ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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――求めたのは穏やかな日常。

――願ったのは幸せ。

――否定したのは不幸。

――奪われたのは平穏。

――そして残ったの只々胸を支配する空虚さだけ。

あぁ、救いようのいくらい滑稽な話だよ、全く。

これでは只の出来の悪い笑劇だ。

道化だよ、私は。

こんな結末になるのであれば、心など、無ければ良かったのに。

















第三十六話:Open your heart

――???―――

 

其処は地球上の何処かにある無人島。

 

その無人島に一人の天災が居た。そしてその天災はハッキングした管制室の映像と無人機から送られてきた映像から先程起こった戦闘――002とその搭乗者の戦闘を吟味していた。

 

「……よくもちーちゃんといっくんをやってくれたね」

 

篠ノ之束は苛立っていた。

 

最愛の友人とその弟が002に倒されたという事実に。

 

しかしそう言いつつも束は無人機自体が撃破されるのは別段問題無いとしていた。

 

所詮小手調べ。撃破されるのも勘定に最初から入れていたのだ。ただ、まさかあんなに直ぐに撃破されるのが少々誤算だったぐらい――訂正、これに追加してまさかコアごと破壊するのも意外だったのだ。束はてっきり奪うのかと思っていたのだ。まぁ、例えそうだったとしてもその点に関しては抜かりの無い様にしていたのではあるが。

 

「取り敢えずコレはもう反応しないし、邪魔だから消そう」

 

そう言って破壊されたとするコアの情報を削除する束。

 

そう、全てのコア(002含む)は、状態や位置情報をある程度チェック可能。更には干渉(002除く)もできるのだ。それにあの戦闘で奪取できたとしても学園側が回収するから大丈夫、と結論に至っていたからだ。

 

例え万が一にでも首尾よく持ち去ったとしても確認次第コアを停止させればいいだけだし、ブラックボックス化もさせてる故に解析される心配はないのだ。

 

「―――さて、最低限のデータは元々取れてるからいっくんの見せ場は今度の機会にしようかな。今はほーきちゃんの専用機の開発を――あ、それとは別に無人機の命令系統を改良しなくちゃね」

 

束は当初、あの無人機達を遠隔操作型にして自分で一夏の実力確かめようとした。だが、何気なくアリーナで訓練中の一夏の動きを見て、その実力と白式の性能を限界まで試したくなったと思うのと同時に、002の機体性能を本格的に調べたかった、という理由で少々高めのレベルに設定した独立型にしたのだ。

 

だが、それが完全に裏目に出た。

 

何故なら、愛しい妹がまさか無防備な状態であんな危険な場所に出てきたからである。

 

完全に予想外だったのだ。そう、あの無人機は高いレベルに設定している為、放送室に居た箒が一夏に声援を送った=指示を出した=指揮官→指揮官を倒せば効率が上がる、と言う結論に至っていたのだ。

 

束がそれに気付いた時には既に無人機が箒に狙いを定めており、急いで止めようとした。そう、一応保険として此方からの命令を優先的に受け入れる様に設定してはいたのだ。いたのだが、既に実行済みの行動が上書できなかったのだ。

 

これには流石の束も焦った。だが、幸運な事に(・・・・・)盾がすぐ近くに居たので箒の身代わりをさせて事無きを得たのだ。そして身代わりで防いだ後、束は無人機が再び箒を狙おうとする前に介入して002を最優先目標に変更させたのである。

 

「まぁ、未完成の鉄クズだったけど絶対防御はちゃんと発動し、ほーきちゃんの盾の役はしっかりと努めていたから贅沢は言わないけどね」

 

拾った幸運。今なら神サマにお祈りをしてもいいぐらいだ、と束は思っていたのだ。事実、防いだ時には脱力感を覚えたのだから。

 

「しっかし気味の悪い能力だねー」

 

そう言いながら束は大画面のディスプレイを眺める。

 

そして視線の先にある画面に映し出されているのは全身が紅黒く染まった古鷹とその残像。そして機体同様に紅黒く染まったKIKU、大型荷電粒子砲、多目的・破砕榴弾砲と言った武装の数々である。

 

「んー、見る限り、効果は残像と機体性能強化、反動無視。それとチャージ時間の短縮かな?でも単一仕様能力の名前が……他にも何かあると予想」

 

ムカつくなぁ、と言いながら考える束。

 

正直厄介な相手だと言えるだろう。欺瞞性能付きの残像を残す瞬時加速を差し置いても、あの状態の002は速く、高火力の武器を無制限で使える状態。そして元々の装甲の堅牢さ。正に走攻守が揃っている状態。しかも未だ何かある節さえ見られる。正直に言えば厄介極まりない、と束は思った。

 

「この能力は絶対にリスクが大きいと思うんだけど、どうなんだろうね?」

 

束は002を調べたかったが如何せん調べる事ができていない。何故なら、002が束の干渉を全て拒否してくるからだ。寧ろ隙があれば逆ハッキングしてくる様子さえ見られた。流石の束でも相手が相手な故に分が悪いので下手な干渉はしないのだ。

 

そして束はむむむ、と少しだけ唸った。だが、それも直ぐ辞めた。

 

「取り敢えず対策はー……うーんそうだね、あの光学兵器を無効化する弾が厄介だから光学兵器の強化と、実弾持った奴を作らないと」

 

だが、束はふと思い出す。002の機体は実弾に対して、高い防御力を誇るという事を。そして今回は盾を消し飛ばせたが、今度はその辺も抜かりなく対応してくる、という事を。

 

「んー……」

 

少しだけ逡巡し、思いついた。

 

「あ、そうだ!だったら絶対防御を無効化する奴を作ればいいんだ!これなら装甲なんて関係なくなるね!束さんったら頭いい!!」

 

そして束は思いつきを実現する為、行動に移り始めた。

 

「よ~し、これでやる事は一杯!やる気はメガマックス!ふふ~ん、バリバリでいくぜぇ~」

 

そして一度集中し始めたら一切の雑音を無視する束。

 

例えそれが唯一と言ってもいい友人からの着信音が聞こえない程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――主任ラボ――

 

ここは吾妻晴臣――主任の根城。生粋の技術者であればここは天国だとでも言わんばかりの整った環境。そしてデータと言う名の宝がこれでもかと言わんばかりに詰まった宝物庫。

 

そしてこの宝物庫の主である主任は現在、口元を歪めながらとある機体を作り上げる為に用意したありとあらゆる資料や実験データを吟味しつつ古鷹共に製作中である機体のデータの加筆修正を行っていた。

 

『――主任』

 

声の主は古鷹。

 

古鷹はこの主任ラボに自分専用に用意して貰っている回線を介して主任に声を掛けた。そして同時に主任が見ているのとは別のディスプレイに『Sound only』の表示が浮かび上がった。

 

「んー?やぁ、終わったのかい?」

 

主任は一度作業を止めて古鷹の方に向き直った。

 

『えぇ、終わりましたよ』

「首尾は?」

『あまり良くないですね』

「そうかいちょうかい。そりゃよ……Why?どうしたんだい?」

 

てっきり首尾は上々だと思っていた主任は思わず声を1オクターブ上げて古鷹問う。

 

『順を追って説明しますよ。先ず、目的であるコアは奪いました』

「ふむふむ」

『ですが、その後トラブルが起こり単一仕様能力が発動、私達は暴走しました。その後、鎮圧しに来た部隊――ブリュンヒルデ率いるIS部隊を壊滅状態へ。そして最終的には満身創痍の状態の所をブルー・ティアーズの攻撃で具現化維持限界を迎えました。結果は学園のIS6機中4機が中破、二機が小破。専用機は中破と小破がそれぞれ1機です。そして負傷者は教師が六人軽傷、生徒が椿を含めて4人軽傷。幸いな事は入院する程の傷を負った者は居ない、と言った所です』

 

古鷹は先程の出来事を詳細に覚えていた。以前は中途半端な状態で正常に戻ったから記憶がちぐはぐだったが、単一仕様能力を完全に発動させた今は、記憶ははっきりとしているらしい。

 

「ほぇ~!あのブリュンヒルデをねぇ。ってことは千歳君の出番が無くなっちゃうじゃないか……!!まぁそれはそれとして、倒したその詳細は?使用武装は?はりーはりー」

 

どうやら主任は被害云々よりも戦果が気になる様だ。そして余談だが、何処かの研究所でとあるヴァルキリーがデスクワーク中に盛大にくしゃみをしていたとか。

 

『……シリアスな気分が粉微塵ですよ全く。取り敢えず結果は十機。先ずは二機の無人機を全武装を駆使しつつ撃破。内一体は単一仕様能力で。次に教師を四人……ラファール×2と打鉄×2を多目的・破砕榴弾砲で。そして無手で教師のラファールを。閃光弾とKIKUでブリュンヒルデの打鉄を。射出型拡張領域のロケット弾で白式を。最後はミステリアス・レイディの自爆を耐えきって、です。まぁ、正確性を求めるのであれば自爆をカウントせず9機、ですが』

「ほほう……で、機体の状態はどうなってるんだい?」

 

主任は敢えて単一仕様能力の詳細は聞かなかった。だが、半ば感として機体にも影響があるとして機体の現状を聞いておきたかった様である。

 

世界最強率いる鎮圧部隊を圧倒したその能力。

 

必要であれば今作成中の機体にも修正を加えるべき事なのかもしれないのだから、能力の代償が何程のものであるかは知っておくべきなのだ。

 

『装甲は取り替えた方が早いですね。そして能力の代償故か、通常では有り得ない程に内部が損傷。特に伝達系が最悪な状態です。総評はダメージレベルD。こちらでは全く手をつけられませんよ』

「ふ~む。ハイリスクハイリーターンな能力なんだねぇ。まぁ当然なのかもしればけど。取り敢えず後で実物で確かめよう。じゃぁ次に聞くけど、椿君の身体の方はどうなってるんだい?」

 

主任はどっからともなくメモ帳を取り出して要点を纏めて続きを促す。

 

『どこも異常はありません。強いて言えば戦闘中に地面に激突して全身を痛めていたのと、能力の発動中に身体機能が異常な数値に……まぁ、簡単に言ってしまえば火事場の馬鹿力を発揮していたせいで暫く筋肉痛に悩まされるぐらいで行動自体には制限は付きせんよ』

 

もっとも、謹慎処分を受けて動けなくなりそうですが、と古鷹は言う。

 

「それはないね。訓練時間は一時間でも欲しい、社長の友達もソレを汲んでくれるとは思うけど、もしもの時は難癖つけてでも阻止するさ。取り敢えず、搭乗者保護機能の性能向上は後回しも良い、と見てもいいかな。んで、残りの単一仕様能力の詳細はまた後でにしておくとして……うん、機体は明日明後日までには引き取りに行く様に手配はしておくよ」

『解りました。そしてそれまでの間は不知火の使用許可をお願いしたいのですが、可能ですか?』

 

古鷹が大破して実質修理が不可能な以上、繋ぎとしての代用機は必要である。最も、それは同時に川崎が今まで秘匿してきた実験機――分類上は第二世代IS――を公開するのも同時に意味しているのでリスクは然るべきだ。

 

「おーきーどーき。諸々の事情込みで問題無いよ。あ、いい事思いついた。製作中の君の体の都合上、椿君には高速機動戦闘の訓練が必要だからこの機会の次いでに専門家(・・・)を呼ぶ事にしよう。まあ、学園に滞在する理由は適当に作っておくからそこんとこよろしく。勿論学園に送る手土産も用意しておくよ!」

 

其処まで主任は言い切って急に声を潜めて古鷹に尋ねる。

 

「……所で、コアの管理は今のところ大丈夫かい?あと、バレてない?」

 

主任の問いに、古鷹は素早く返した。

 

『……はぁ。何気なくサラっと重要な事を言わんで下さい。まぁ、それはともかく、コアの方は問題はありませんよ。少々オーバーな演出でしたが、抜かりはないので疑われる余地はありません。そして管理の方ですが、機体こそ修復不可になっていますが拡張領域は奇跡的に修復可能レベルであり、修復後に確認した所、特に問題はありませんでした』

 

因みに戦術支援AIは奇跡的に無傷でした、と古鷹は付け足した。

 

「ほうほう。取り敢えず椿君には不知火を渡す時に、と言うのは伝えておいてね」

『解りました』

 

古鷹は了承し、主任はソレを聞いてから軽く背伸びをしてひと呼吸入れ会話を再開する。

 

「さて、次にその機体の処遇だけど、戦術支援AIだけ第二研究所に送っておく事にするよ。んで、装甲やら内装やらはさっき言った通り君の単一仕様能力の発動による弊害や被弾による損傷具合を調べる為の資料にする。丁度いいサンプルだから、有効活用しないとね」

『おや、と言う事は不知火の後は別の機体が?』

 

古鷹は続きを催促する。どうやら自分が新しい機体に乗り換えると言う事で少々気になっている様だ。そして主任はそれを読み取ったのかどうかは知らないが、ブブー、と口をアヒルにしながら腕をクロスさせていた。

 

「すんごくおしい。正確には君達に渡すのは古鷹二番機(・・・)さ。そしてオークトチュールと盾。オークトチュールの方は3月辺から部下達と一緒に作ってたのが漸く千歳君からゴーサインがでたから、第2研究所で改良した盾と無事な戦術支援AIを二番機に乗せるんだよ」

 

そう語る主任の目は何時の間にか爛々と輝いていた。特にオークトチュールの部分にはかなり力が入っており、かなりの自信作だよ!と言わんばかりの勢いであった。しかし古鷹はこの手の話に感しては安定のスルーを決め込んでおり、寧ろ『二番機、ですか?』と其方の方が気になって疑問の声を上げていた。

 

「おぉう、最近釣れないね……まぁ良いや。もう知ってると思うけど、君達に渡した機体は元々千歳君がテストパイロットの時に使ってたお古だったんだよ」

 

古鷹はあぁ、そう言えば、と呟く。確かに椿が機体を受領した時、千歳がその横合いでコレは私が元々テストしてた機体だったのよ、と説明していたのを覚えていた。そして主任は古鷹が思い出したとして話を続ける。

 

「それでね、あの時本当は君達に二番機の機体を任せようと思ってたんだ。けどね、ちょ~っとした手違いで一番機で上がってた問題の改善に時間が掛かりすぎたんだ。そしてあれやこれやでズルズル~といって完成したのがつい最近だったんだよ」

『おや、随分と時間が掛かってますねぇ』

「そりゃそうさ。勿論、椿君が提出してたデータにも価値あるモノがあったから反映する為に~もあったよ。でもね、それ以上に千歳君の超辛辣なコメントの数々がねぇ?是非とも改善して見返してやりたいと思ったのさ」

 

それはもう徹底的にね、と主任は言った。

 

どうやら古鷹一番機は戦闘にこそ問題無く対応レベルではあったものの、射撃部門ヴァルキリーである千歳にとっては不満がある部分が多々あったらしい。主任はソレを全て改善する事で見返してやろうとしていたのである。

 

『と言うと、かなり強化されているのですか?』

「モチのロン。全体的に性能は向上してるよ。特にボロクソ言われた推進器の改良を徹底的にしたからねぇ。具体的に言えば第一世代の標準以下から打鉄の初期生産型まで上がったよ!」

 

主任は胸を張りながらドヤる。

 

随分と子供っぽい動機ではあったが、結果は出している様だ。

 

『そりゃまた微妙な』

「其処は大いなる進歩と言ってくれたまえ。だって鈍重な機体が、だよ?まぁ、重装甲機体に速さを求めるのはナンセンスだけどさ、ないよりは良いからね。それに、応用は幾らでもできるし」

『いやまぁ、そうなんですが』

 

しかし微妙なものは微妙です、と古鷹は言いながら話を続ける。

 

『所で、ですが。この話の途中で腰を折るのは腰が引けるのですが、この機体、色々やらかしてるんで凍結に「ノォォオオオオオプログレムゥウウウウウ!!!」……無駄に熱い回答どうも有難う御座いますこん畜生』

 

古鷹は主任に毒を吐きながら理由は?と問う。

 

「簡単に言えばジャイアニズムさ。何処かのガキ大将と同じで俺のする事に文句あるのか?って奴だよ……おう、待つんだチミ、戻りますって言わないで下さいお願いします」

 

主任は初端からぶっ飛んだ思考を全開にしていたので古鷹は戻りますと行って去ろうとしたが、主任が土下座をしてきたので留まる事にしていた。なんとも哀れである。

 

「……ゴホン。さて、話は戻すけど、今回の件を表沙汰にして不利になるのはIS委員会の頭でっかちや女尊男卑に恭順してる連中だから心配ないんだよ。まぁ、もしもの時のカードも私が社長から預かってるから完璧さ」

 

えっへんと胸を張る主任。

 

彼は随分と自分勝手な理論を展開していたが、川崎は有事に備え、秘密裏に国別(IS委員会含む)に交渉用カード(弱み)は保持しているので事実と言えば事実である。しかし、古鷹は何故IS委員会が不利になるなのです?と気になって主任に疑問を投げかけた。

 

「理由かい?そうだねぇ……まぁ、言ってしまえばこれがある意味この件で色んな問題を突っぱねられる一番の強みなんだよね。だって考えても見てよ、たった3ヶ月しか乗ってない素人の”男性”操縦者が条件付きとは言え世界最強含む10機のISを倒せたんだよ?だったら少なからずこう言う考えも現れるよね。”男がISに乗って然るべき訓練と経験を積めば世界最強であるとされる織斑千冬すら容易に屠れるんじゃないか?”って」

 

まぁ、乗れなくても倒せる人材と装備はウチで揃えてるけどね、と主任は嗤う。

 

そう、何も隠そうK.I.C.PASOGの構成員が主任の言う人材に当るのだ。彼等は日々ISに対抗する術を研鑽しており、実際にISに有効打を与えられる武装を持つ強化外骨格・叢雲を駆使して亡国機業のISを退けてみせたのだから。

 

「さてさてここで晴臣さんクエスチョン。この情報を今現在女尊男卑にどっぷり浸かってる世界に流したら一体どうなるんだろうねぇ?」

 

もし男がISに乗れる様になったら?

 

もし男でも乗れるISと対等に渡り合える兵器が完成したら?

 

結果は言わずともである。最も、現状では男がISに乗れる可能性がほぼ無いので与える影響は少ないのも事実。だが、情報とは力。適切に扱えば強力な武器となるだろう。故に主任はこの件が表沙汰にしようが内密に済ませようが(最も、轡木十蔵が協力する以上、表沙汰にはならないとは思うが)、川崎の男性操縦者がブリュンヒルデを倒したと言う事実によって図らずとも暴走した軍用機である古鷹に対して何の手出しできなくなった、としているのだ。

 

『成程、つまりは川崎の力があってこそですか』

「まぁそんな所さ。正に力こそ正義。これが弱小企業だったら鼻で笑われてもみ消されるのがオチだよ。で、話は戻すけど、君達が二番機の調整を完了させて残りのバク取りをすればめでたく古鷹は完成するんだ。正式な型式番号も与えられる。それに時期としても丁度いいんだよね」

『時期?……あぁ、学年別対抗戦ですか』

 

――学年別対抗戦

 

これはIS学園に通う生徒にとって、己の未来が明るくなるか否かが決定する重要なイベント。

 

そう、各国の企業や政治家といったお偉方がこの対抗戦を見る為に一同に参列するのだ。よってこの対抗戦で彼等の目を引く結果を出せば将来が明るくなる事を約束されたも同然と言えよう。無論、訓練機で専用機を倒したら言わずもがな、である。

 

更に言えば準決勝及び決勝の試合には政府高官だけでなく、一国の顔である大統領や社長と言った人物が集うのだ。これでやる気を出さない者はIS学園には居ないだろう。

 

最も、イレギュラーである一夏にとってはその限りではないが。一方の椿と言えばたった今やる気を出す(出さざるおえないとも言う)理由ができたのでやる気を出す組に部類される。

 

「そう、学年別対抗戦と並行して完成披露宴をしようとおもってるんだ。広告部もそれで調整してるし、中々良い演出だとは思わないかい?他の専用機を蹂躙して優勝する華々しい姿……いいねぇ、実にいいねぇ!」

『つまり、責任は重大だ、と』

「そうなのです。……さて、ちょっと話が脱線したけど、事後報告はこれで終わりかい?」

『えぇ、以上です』

「そうかいそうかい。うむ」

 

主任は背伸びをしながら安心したよ、と漏らした。

 

『何がですか?』

「椿君だよ。怒り狂って暴走するなんて中々想像できないじゃないか」

『確かにそうですが、何故それが安心に繋がるのです?』

 

古鷹は主任の言った意味をよく理解していない様だ。

 

「彼もまた普通の人間だった、って事だよ。ウチに来た当初はロボット?って思ったし。と言うか、良くあんな根暗みたいな感じでウチの歴戦の採用担当を屈服させたんだろうって思ったよ。ネタは明かしてもらったけどね。まぁそれはともかく、報告じゃ今はかな~り感情表現が豊かになってるそうじゃないか。君は実際に見てるんだからそう思うだろう?」

『……そうですね。確かに、劇的な変化でしたよ。あぁそれと」

「うむ?どうしたんだい?」

「今更な気がしなくもありませんが、今回の件でかなりの被害を出した筈なのに、私からの報告を聞いて機体云々と言うだけで、叱責一つ飛ばさないのはおかしくはありませんか?』

 

古鷹は問う。

 

この会社は男女を平等に扱う、能力と結果が全ての実力主義企業。しかも信賞必罰を徹底し、例え重役でも大失敗をしたらそれ相応の罰を与える企業なのだ。そして川崎は競争率の強化による社員の質の向上の他に育成にも力をかけており、知恵の足りぬ者には知識を与え、経験を積ませて会社が望む人間へと育て上げて来たのだ。

 

故に育成枠で入って来た椿には徹底的に教育を行う。

 

アメとムチを使い分ける筈だ、と。

 

だから今回被害を出した椿に叱責を飛ばす筈だ、と。

 

原因の一体でもある私にも悪態をついてもおかしくない筈。なのに無いとはどう言う事だ、と。

 

しかし主任から返って来た答えは意外なモノだった。

 

「それは簡単な事だよ。何故ならそれは私の役割じゃないからさ。私は君の身体を作り上げるのと君達以外の戦力を作り上げるのが役割だからね。まぁ、上司として言ってもいいけどさ、罰を与えるのは社長の役目だし、怒るのは師匠である千歳君の役目。そしてどうせ失敗したーとか何とかいってで塞ぎ込むだろうけど、其処は楯無君にでも癒しを担当させるのさ。だから私は怒らない。アフターケアーは完備。出番無し。おーけー?」

 

そうそう、楯無君以外にも良い感じのお相手が居るってのは極悪諜報部隊の連中から聞いてるよ、と主任は目を細めながら言う。しかしそれ以上の事は言わず、眼鏡を外してポケットからハンカチをだしてレンズを拭き始める。

 

『……今回の件で立ち直れますかねぇ。思いっきりトラウマな感じでしたが』

「んー立ち直って貰わないとちょっと困るね。時間は有限だし今椿君の戦力は絶対必要なんだ。だからその時にはどんな手を使ってでも、ね。なんなら川崎が総力を上げて恋のキューピット役をしてもいい。ほら、どっかの偉い人が言ったじゃないか。『男の子の傷ついた心を癒すのは何時だって女の子』って。正にこの時の為の言葉だよ!」

 

フゥーハッハッハ、と高笑いをしながら意味不明のポージングをする主任。そして余談だが何処かの研究所で休憩中のヴァルキリーがコーヒーを飲んでる最中に咽せていたとかなんとか。

 

『おや、色恋沙汰には何も言わないのですか』

「当たり前じゃないか。恋して癒せるのなら実行するさ……無理強いはある程度するど。と言うか、そもそもウチはアイドル事務所じゃないから恋愛禁止じゃないし。自由だよ自由。でもハニトラは勘弁。あと言っておくけど、私は個人的には応援する側だよ。恋愛なんてのは本来強制するものではなく自分で育てるべきだからね」

 

かく言う私も絶賛科学と熱々の社内恋愛中だし、と主任は言うが古鷹は無視。主任はソレに若干涙目になりそうだったがどうにか堪えて話を続ける。

 

しかし今度は先程とは打って変わって表情に真剣さを込めて。

 

「けどね、私達は極悪非道の組織なんだよ。世間一般に対して良い面をしてるけどね。でもその裏では金や人材、資源は勿論、国や宗教、法律や制度、喜怒哀楽といった感情、願い、そして知人友人親友恋人家族と言った関係etc……言ってしまえば利用できるモノ全て利用して『目的』の為に活動しているんだ」

 

だからウチの流儀で行けば椿君の恋愛だって目的の為に利用するよ。だからこそのキューピット。でも、例えそれがどんな結末になろうとも、それは必要経費の一言で済ますからね、と主任は言い、怪しい笑みを浮かべて先程古鷹から聞き出したメモを眺める。

 

『主任』

「安心しなよ、そうならない為に私が居る。と言うか、この天才晴臣さんがそんな下策を許すわけがない。それに君も居るだろう?だったら私達二人で下策を必要としないくらい最強の機体を作ればいいだけだよ」

 

さも当然と言わんばかりに言う主任。

 

「そして言っちゃなんだけどさ、君が怒りを感じるのは勝手だけど、君も君の夢の為にしようとしてる事はウチと同じだろう?願いの為に全てを川崎に、引いては社長にベットしたんだからさ」

 

古鷹は主任に言われ、はい、と認めながら先程主任が語った内容について少しだけ考えた。

 

社長の目的。

 

このフレーズは前々から聞いていたし気になってはいたが、社長から聞き出す事が出来ていない。つまり、自分は川崎五十六の真意が未だ見えていないのだ。

 

何故、力を求めているのか?

 

何故、椿の後ろ盾になる事を承諾したのか?

 

何故、私の願いに協力してくれるのか?

 

上辺だけの理由ではない、本当の理由を自分は知らないのだ。不安が無いと言えば嘘になる。だが、それでも良いと自分は望んでこの身を捧げる事にしたのだ。

 

全てのしがらみを取り払い、自由に宇宙を翔ける。

 

このたった一つの願いの為に。故に協力は惜しまない。絶対に、夢を掴み取ってみせる。

 

例え同族を、兄弟姉妹を何体犠牲にしてでも。

 

古鷹はソレを再確認した上で、しかし一つだけ気になる事があった。主任は一体何を知って、何を思い、何故に協力をしているのか、と。しかし今問いに出した所で返って来る答えには期待していない。故に記録に、心の奥にしまう事にした。何時か時期を見て問いただす、その時まで。

 

「ほむ……で、因みに聞くんだけどさ、君には馬鹿弟子と一緒でウチの蓄積データの閲覧をフリーにしてるんだけど、閲覧履歴を見てたら君、何か色々と調べてるみたいじゃまいか。椿君、何してるんだい?」

 

どうやら――馬鹿弟子、と言う単語とその意味は何れの機会で知る事になるが――主任は古鷹の閲覧履歴に対して既にある程度予測が付いていた様だ。まぁ、実際にはその通りなので古鷹は素直に白状する事にした。

 

『一言で言えば新装備の設計』

 

但しその動機は語らない。必要であれば本人に語らせる。

 

「へぇ……其処は一言言って欲しかったんだけどねぇ?流石にタダじゃないんだからさ」

『それは申し訳ない、としか言えませんね。何分、サプライズとして用意していたので』

「ふーむ……まぁ、ネチネチ言うつもりはないからそれなりのモノだったら不問にしてあげるし採用も考えてあげよう。そうじゃなかったら大幅減給って事でヨロシク」

『……非は此方にあるとは言え、僅か入社三ヶ月足らずで連続減給は珍しいですねぇ。流石に今は未だ辞めさせる、というのはないのですが、この調子だといつか椿がタダ働きになりそうな気がしますね』

 

もっとも、私が協力してる以上、ちゃんとした物にはしましたよ、と言う。

 

「ハッハッハ。椿君の給料は言っちゃえば月給はちょっとした規模の会社の部長並みだから問題は無いよ。それに頑張って結果出せばウチは直ぐに昇給できるシステムだし。と言うか設計図はもう完成してたんだ。だったらコアの受け取りの次いでにスペシャル✩晴臣さんチェックをしよう」

『左様で』

 

そして古鷹は主任の横チェキを安定のガン無視。

 

「あーもう一個思いだした」

 

主任は無視された事にめげずにいたが、唐突に手をパン、と叩いて呟いた。

 

『何をです?』

「んーとね、前々からその手の専門家の部下が作ったアレ(・・)が出来上がったらしいからさ、残りの部分を君に任せたいって言われてたんだよね」

『あぁ……私も重労働ですねぇ。アレやれコレやれと設計の合間合間に言われるがままに働き続けて……ここまで来ると正規の報酬を要求したいのですが、そこんとこ、どうなってます?』

 

どうやら古鷹は自身の体を作る以外に川崎で何かをしている様である。最も、彼ができる仕事と言えば限られているので黒い部分も含めて大方予想はつくが。

 

「ハッハッハ、備品に給料が出る訳ないじゃないか。でも、そうだねぇ……君専用の衛星なら用意して上げなくもないよ?丁度海外の装備開発部がちょいとばかし手を加えた通信衛星を打ち上げるとか言ってたし。うむ、管理者をどうするか~とか言ってたから君に任せてあげるよ」

 

君なら問題無いでしょ?と主任はにんまりと微笑む。どうやらこの衛星の管理権限の譲渡には先程まで色々とスルーした古鷹に対しての意趣返しも含んでいる様である。

 

『然り気無く馬鹿にしてるんですかねぇ……と言うか、逆に責任を私に押し付けようとしてません?色々と問題がありそうなんですが、それ』

 

確かに古鷹の言う通りだろう。川崎の装備部が何やら手を加えたらしい通信衛星。実力は認めるが、主任とほぼ同類の人間が作ったと言う事で不安材料しかないのは目に見えているのである。

 

「大丈夫、通信衛星自体は普通だから。寧ろ付属品がメインだから」

『辞退していいですか?』

「うん、ダメ✩」

 

報酬(強制)……これは喜ぶべき事なのだろうか?

 

『……あーはいはい。ボクセンヨウノエイセイガモラエテウレシイナー』

 

古鷹は抵抗しようとしたが、この変態に何を言っても無駄だと悟り諦めた。そして同時に今度これを使って嫌がらせしてやるとも心に誓った。

 

「うむ、気に入ってなによりだ。それじゃぁ早速君の体の作成を再開しようじゃないか……それにしても便利だよね、君達って。感じないんだろう?疲労とかさ」

『いえ、ありますよ?虚脱感といいますか、取り敢えず何時もよりも処理速度が遅くなる』

 

まぁ、エネルギーが1ドットでもあればこの程度の活動は充分続行可能ですが、と古鷹は微妙にドヤりながら語る。意外に子共っぽい一面である。最も、コアの年齢(因みに古鷹は12歳、他は最高で11歳。そして001こと白騎士は1以下省略)が人であれば何歳に相当するのかは不明だが。

 

「へぇー、でもやっぱり凄いよねぇ。人間と違って」

『当たり前ですよ。寧ろ私達を人間と同じ基準で測る方がおかしい』

 

と言っても此処まで自分の身体作りに熱心なコアは私以外にはいませんが、と古鷹は付け足した。

 

「ふっふっふーそれもそうだねぇ。じゃぁ、そんな所で無駄話は止めてさっさと始めようか。先ずはこの前の実験で採れた展開装甲とスラスターとの出力調整から―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もない白い世界。

 

上に下も左も右も解らない、白だけの世界。

 

いかなる条理も存在しない、空白の世界。

 

何物にも満たされない、空虚の世界。

 

何時の間にか私はそんな世界に佇んでいた。

 

いや、私は佇ずんでいるのだろうか?

 

それとも倒れているのだろうか?

 

解らない。

 

何も、解らない。

 

見渡す限りの白。

 

何者にも染められておらず、また何物にも満たされてない様な白。

 

これは、夢だろうか?

 

もしそうであれば……相応しいな。

 

守ると誓いながら守れなかった私が

 

怒りに身を任せて暴走した私が

 

あまつさえ、楯無に手を掛けようとした私が

 

そんな私が見る、相応しい夢。

 

幸せな夢など、烏滸がましいにも程がある。

 

悲しい夢など、身に余る贅沢だ。

 

何もない世界でただ、何もせずに、また何もできずに佇む。

 

正にこの夢こそ、私に相応しい。

 

そうであれば、このまま夢の中に居たい。

 

できるのであれば、このまま永遠にこの場所に居たい。

 

目を覚ませば、現実に押しつぶされそうだから。

 

目を覚ませば、私は―――

 

「あなたは、だれ?」

 

何処かで聞いた事がある声。

 

この声は……どうやらこの夢には元々住人が居たらしい。何故、住人がいるのだろうか?私は身体をを声のした方向に向けると、其処には白いワンピースを着た小さな少女が此方を見上げていた。

 

おかっぱの髪型

 

真っ白な雪の様な色を持つ髪

 

髪と同じ色を持つ光を宿さないの瞳

 

そして虚ろな雰囲気。

 

私はこの少女を見て内心、酷く驚いていた。

 

(……似ている。昔の、全てを失った頃の私に)

 

他人と顔を合わせられなくなってどれくらい経っただったろうか。孤児院に居た私は、今の自分がどうなっているのかがふと気になって鏡台の前に立って前髪をまくりあげた事があった。そして鏡に映った私は、今まさに目の間に立っている少女と同じだった。

 

絶望に歪んだ顔ではない、只々『無』の表情。

 

もし少女が男であれば、過去の私か?と思っただろう。そう思えるぐらい、少女を見ていると過去の自分を見ている様な感覚がするのだ。

 

「あなたは、だれ?」

 

少女は再び私に問いかける。対する私は少女の問いに――答えた。

 

「私は椿。天枷、椿」

 

……本当は無視をしようと思った。

 

先生や一夏、そして楯無の苦悶の表情、倒れてピクリとも動かない簪の姿。

 

私ではない私――しかし私の一連の行動。

 

この一連の行動が頭を過ぎる度に、抉る様な痛みを感じる。どうしようも無く狂ってしまいそうで、どうしようもなく泣き叫びたかった。全てが色褪せて見えた。

 

 

私は、今まで起こった事全てを否定したかった。

 

 

だから他人に構ってる余裕は無い。……無い筈なのに、結局無視出来ずに反応したのが現実だった。私は先程まで感情の赴くままに好き勝手暴れた癖に、今は感情を抑え込んでこの少女と能天気に会話をしようとしているのだ。

 

なんなのだろうな、私は。

 

「……つばき」

 

少女は私の名を反芻する様に呟く。

 

「……君、名前は?」

 

私は半ば義務的に問い返す。

 

「なまえ、わからない」

「何故、名前が無い?」

 

心の中にかすかな違和感を感じながら再び問う。

 

「……でーたろすと。なにものこってない。だから、わからない」

 

……データロスト、か。

 

ただの人であれば、ここは記憶喪失と言うだろう。しかし少女は違った。だが、私にとっては酷く聞き慣れ、しっくりくる単語。あぁ、それもそうだろう。私は毎日の様に会話をして、ちょくちょく耳にしている単語なのだから。

 

(……そうか。ここは――)

 

この夢は、この世界は、あのゴーレムのコア――名無しの少女の世界、か。

 

ソレを認識すると、心の中で感じていた違和感がふっと和らいだ。

 

……成程、この違和感の正体はコアと、古鷹と会話をしている時の違和感だったのか。最初の頃は気になっていたが、何時の間にか慣れた感覚。今では古鷹が此方に意識を向けているかどうかのバロメーターとなっている感覚。きっと別のコアだったから違和感が顕著だったのだろう。

 

そしてコアの世界に入るのはこれで二度目。

 

一度目は楯無のミステリアス・レイディ(霧纏の淑女)――旧名グストーイ・トゥマン・モスクヴェ(モスクワの深い霧)の世界。思い出すのは群青の髪を持つ、小さき淑女。そしてその淑女の世界は、名は体を表す、ならぬ名が体を表すと言っても良い世界だった。

 

「そうか」

 

私はそこで考えるのを止め、一言だけ返す。何故、私がこの少女の世界に居るのか、何故、私はコアに対して違和感を感じる様になったのかは考えない。今ソレを考えるのは無駄であり、そもそもその気もない。寧ろ、現実から目を背ける居場所としは都合が良いから、な。

 

……贅沢を言えば、独りになりたかった。

 

「でも、ひとつだけ、おぼえてる」

「……」

 

私は無言のまま何も返さなかったが、少女は続ける。

 

「びりびりってきたあとに、くろくてあかいの、せまってきた」

 

……おそらく前者は剥離剤の使用。そして後者は暴走した影響。剥離剤の方はともかく、暴走の方は……古鷹の装備扱いになったから、と見てもいいか。

 

まぁ、何にせよ私は最悪な人間である事には変わりはないだろう。

 

ただ感情の赴くままに暴れる私を、身体を張って止めようした者を傷付け、あまつさえ殺そうとしただけでは飽き足らず、AIに動かされたコアから記憶を全てを奪ってしまったのだから。

 

最悪だよ、本当に。これでは古鷹にも顔向けが出来無い。

 

「きもちわるかった。でも、くろくてあかいの、とってもかなしそうなの、おぼえてる」

 

黒くて紅いソレの正体は単一仕様能力によって表された憎しみの色。

 

私のありとあらゆる負の感情を内包した色。

 

随分と、醜悪な色だ。

 

「そしてくろくてあかいの、いきなりきえた。そうしたらつばき、みえた。でもすぐきえた。けど、こんどはいつのまかここにいる。とってもふしぎ」

「……すまない」

 

私の口から自然と謝罪の言葉が出てきた。

 

「……?なんで、あやまる?」

 

そう言って少女は首を傾げる。

 

只々純粋な疑問。

 

知らないからこその無垢な瞳。

 

私はその視線を受けているだけで、罪悪感で胸が締め付けられる感覚がした。

 

「……それは私のせいだから」

「くろくてあかいの、つばき?」

 

少女は問う。それに対して私はあぁ、と頷き返した。

 

事実だから。

 

それ以上の理由はない。

 

「……そう」

 

そして少女は私を見つめ始めた。結果、私も否応なく見つめ返す嵌めになる。やろうと思えば視線を外せるのだろう、だがしかし外せない。少女の視線には、不思議と視線を外せない強制力があった。そして私は彼女が何を考えているのかは解らなかった。怒っているのだろうか?憎んでいるのだろうか?疎んでいるのだろうか?蔑んでいるのだろうか?

 

どちらにせよ私は――――

 

「つばき」

「……何だ」

 

今まで見つめてきた少女が突然話し掛けてきたので私は思考に耽るのを止めて問う。一体何を言うのだろうかと思っていたが、少女は近づいてきて私の手をおもむろに握り、その手を見つめながら感触を確かめていた。

 

一瞬だけ冷たさが、しかし直ぐにその感覚はなくなり、ただ柔らかな感触だけが伝わってくる。

 

一体、何が目的なのだろうか。

 

そして少しして少女は再び見上げ――しかし手は離さずに口を開いた。

 

「ふしぎ……うん、ふしぎ」

「不思議?」

 

勝手な考えとはいえ、予想していたのとは全く違う答えに思わず問い返してしまう。

 

「くろくてあかいの、つばき、わかった。けど、みてるだけじゃ、よくわからない。いろんなの、みえかくれ。そしてさわるとぽかぽか。でも、かなしんでる。だから、ふしぎ」

 

……感情を読み取ったのか。

 

「……怒らないのだな」

「うん」

「何故?」

「りゆう、よくわからない。……おぼえてないからも、ある」

 

そう言って少女は視線を下げて俯き加減になる。

 

……この少女が何処か必死そうに見えるのは気のせいだろうか?……何故そう思ったのかは自分自身でもよく解らない。だが、僅かに首を傾げる仕草は――他の挙動は一切無いものの――あながち間違いではない様に思えた。

 

そして暫くして少女は顔を上げて視線を合わせてきた。

 

「ねぇ」

「……何だ」

「つばきは、おこられたいの?」

 

一瞬、は?と思ったのは仕方が無いと思う。

 

「……罰は、受けて然るべきだ」

「そう……だったら、いいかんがえ、ある」

 

私はやっとの事で一言を返したが、未だに手を握ったままの少女は軽く会釈をして何やら思いついた事があると言いながら事を進めようとしていた。

 

正直に言えば状況について行けない。さっきまで悲嘆にくれていた筈なのに、何時の間にか少女のペースに飲まれ、その事すら忘れかけ、何を言うべきかとあれやこれやと考えを巡らせようとしていた。

 

(……馬鹿馬鹿しい)

 

私は自分の考えをその一言で切り捨て、受身の体勢に入る。考える必要もない。ただ、言われた事を受け入れれば良いだけなのだから。

 

そして少女は考えを告げた。

 

「なまえ、つけて」

「……君の名前を私が、か?」

「そう。なまえ、つばきにつけてほしい。それ、ばつ」

 

受け入れると言った手前ではあるが、何故、と言いたくなる。

 

私が付けて良い筈が無いのに何故、その答えに辿りつくのだろうか?

 

疑問が尽きない。

 

今とそして先程の少女の言動に疑問ばかりが溢れるばかりだ。考えないと思っていた筈なのに、それでも抑えきれない。少女は一体、私に対し何を思い、そして何をさせたいのだ?

 

「……」

 

しかし私がそんな葛藤をする最中も少女は何も言わずにじっと見つめながら待っていた。どことなく、期待している様に見えるのは気のせいだろうか……いや、考えるのはよそう。

 

(……今は、飲み込むしかない。それに、一つでも償えれるのなら、それに越した事はない筈だ)

 

ならば、私は誠意を持って名前を考えなければならない。

 

少女に与える、最高の名前を。

 

そして私は少女に答えを告げた。

 

「雪風。君の名前は、雪風」

 

雪の様な髪を持つ、自由気ままな風。

 

込める願いは幸福。

 

今は未だ表情の起伏こそ豊かではない。だが、何時か感情表現が豊かになったその時、与えた名の通り、太陽の様な笑顔を振りまきながら自由気ままに振舞うだろう。

 

「ゆ・き・か・ぜ……ゆき、かぜ……ゆきかぜ」

 

少女は、いや雪風は自身の名を何度も繰り返していた。初めて与えられたモノを、自分の名を、まるで大切な物を宝箱にしまうかのように。

 

「うれしい。これ、ふしぎ。こころ……あったかい」

「そうか」

「ありがとう」

 

抑揚のないお礼だが、僅かに表情が動いた様な気がする。

 

(……ッ)

 

私は雪風が見せたちょっとした変化に思わず顔がほころびそうになって―――はっと気付く。いや、気付いてしまった。否、この場合は思い出してしまったと言うべきなのだろうか。

 

(……あぁ)

 

巫山戯ている。

まるで道化だ。先程まで悲嘆に暮れていたのに、自分の感情を殺して雪風の為にと思って行動していた。そして今、雪風が嬉しそうにしているのを見て、私は満足――嬉しいと思ってしまった。

 

何様のつもりなのだろうか、私は?

 

何が幸福だ、バカバカしい。巫山戯るのも大概にしろ。

 

私は一体何がしたいのだ?

 

自分を殺してまで、誰かの為に何かをしたかったのか?

 

私は、道化になりたいのか?

 

違うのか?違わないのか?

 

……そうだな。いやそうだったな。

 

かつて医者に父が末期ガンと宣告さて、先が短いと、母が認知症と宣告され、他にも病を併発して先が短いと言われた時もそうだ。

 

泣きたいのに感情を殺してまで、助けようと、少しでも長く生きて欲しいと思い、その為に必要な治療費を稼ぐ為に生活を切り詰めて働き続けた。必要であれば休日にだって一日のみの短期アルバイトだって予定に組んだ。

 

そう、あの時の私はありもしない希望にすがりつくように、其処にある現実を見ないように働いた。そして稼いだ金で治療費を払い、僅かに残った金を遣り繰りして親の好きな物を買ってあげた。父にいつもすまんな、と言われても、母にどちら様でしょうか、と息子の存在を忘れ去られても私は問題無い、と、私は貴方の息子です、と言いながら、両親が死ぬその時まで同じ事を続けて来た。

 

何故か?

 

それは只、少しでも笑って欲しいが故に。

 

笑っている顔を見て、安心したいが故に。

 

結局は只の自己満足だ。

 

それに、私は本当は解っていた。

 

父は苦しみに耐え、私に無理をして笑顔を向けてくれていた事を。

 

母が私の事を僅かに思い出して、それ故に遠ざけ様としていた事を。

 

両親が、自分達の事はもういいから私に少しでも楽になって欲しいと願っていた事を。

 

だが私は、最期の最後まで気付かぬ振りをしていたのだ。

 

自己満足。

 

たったそれだけの為に死ぬまで両親を苦しませ続けていた。そして結局、ただいたずらに自分の心を擦り切らせただけで、ただ空虚さに胸を支配されただけで、死んだ。

 

哀れ。

 

転生した今だってそうだ。初めて出会った簪にお節介と称して弍式の制作を手伝い、本音が簪が和解したいと言ったからその間を取り持ち、楯無も簪と仲直りしたいからと言ったからその仲を取り持とうとしている。

 

更に言えば簪の力になりたいから武装を設計し、一夏が強くなりたいからと訓練に付き合い、セシリアや箒が一夏と恋仲になりたいからと会話の機会を与える為に行動し、そして鈴の愚痴にもちょくちょく付き合った。

 

何故か?

 

理由は簡単だ。

 

笑っていて欲しいから。

 

幸せであれと願ったから。

 

そして何よりも、私がそれで満足したいからだ。

 

結局、全ての帰結が自己満足になる。

 

私が今までした事は、都合の良い、他人の都合を考えてるようでその実は自分の為にと言う、全く他人の事を考えていないお節介だったのだ。

 

そしてその結果はどうだったろうか?

 

求めたのは穏やかな日常。

 

願ったのは幸せ。

 

否定したのは不幸。

 

奪われたのは平穏

 

そして残ったの只々胸を支配する空虚さだけ。

 

救いようのいくらい滑稽な話だよ、全く。

 

これでは只の出来の悪い笑劇だ。

 

正に道化だよ、私は。

 

どうしようもないくらいに。

 

呆れるくらいに。

 

「……ははっ」

「……どうした、の?」

 

雪風が私が突然嗤いだしたのを首を傾げながら問う。

 

「……いや、何でもない。何でもないんだ」

「……かな、しい?つばき、また、かなしんでる?」

 

雪風が私の心の中を見透かした様に言ってきた。だが、私はそれを認めない。例え今もこうして手を握る事で感情を読み取っていても、私は断固認めない。

 

「そうだろうか?私は、君が嬉しそうにしているから、笑っただけだか?」

「でも、こころ、かなしい、いってる」

「それは違うな。私は「ないてる」……」

 

雪風は私の台詞を遮り、言葉を続けた。

 

「ないてる。こころ、ないてるのに、かお、わらってる。つばき、おかしい」

「私は泣いてなど、いない」

 

泣くのはもう辞めた。目の前で大事な家族を失い、泣き、そして枯れ果てさせたのだ。それに今の私は泣く権利すら無い。全て自業自得。だから泣かない。泣く訳には、いかない。いかないのだ、私は。

 

「なけばいい。ないて、つばき、すっきり。そのあとで、こころから、わらえば、いい」

「断る」

 

もう、泣きたくない。もう、笑いたくもない。胸を抉られる痛みは、もう嫌だ。大切な人を失って悲しむのは、もう嫌だ。こんなに痛いのなら、心など無ければいいのに。私は道化でいい。心など伴わず、ただ、哀れな道化で在りたい。

 

あぁ、そうだとも。

 

私はどうしようもないくらい弱い。どんなに決意しようとも、こんなにも脆く崩れるのだから。あれ程大見得を切って、この体たらくなのだから。

 

(……私は不完全な道化だ)

 

心を捨てきれない道化。

 

嫌だ。

 

私は、私で在る事を止めて、完全な道化(わたし)にならなければいけない。

 

そうすれば、今よりももっと楽になれる筈だ。

 

そうすれば、苦しまなくて済む。

 

そうすれば、もう――

 

「だめ。なかないと、こわれる。つばき、つばきじゃなくなる。それ、だめ」

「知った様な事を言うな」

 

それに、私が私であることなど、最早どうでも良い。

 

私はもう、天枷椿でなく、■■でもない、ただの道化で良いのだから。

 

「わかる。ゆきかぜ、かんじょうみれる。ちょっとだけ、おもいもみれる。だから、わかる。つばき、ほんとはさびしい。だから、さがそうとしてる。じぶんのいばしょ。わらえる、ほんとのいばしょ」

「止めろ」

 

これ以上、何も言うな。私にその言葉は要らない。私には響かせない。ソレを受け入れてしまったら、また繰り返してしまう。もうソレは不要な代物だだから、止めろ。

 

……止めて、くれ。

 

「……それに、まってるひと、いる。つばきがおきるの、まってる。だから、おくる。そこで、なけばいい。ないて、すっきり。それ、いちばんいい」

「止めろ。行きたく……ないっ!」

 

私は雪風の手を振り払い、距離を取る。

 

無様でも何でも良い。今だけは、今だけは帰りたく、ない。

 

「だめ。ゆきかぜ、おれいする。つばき、わたしのなまえくれた。――そして、せかいもくれた」

 

雪風が世界をくれた、と言った瞬間、眩い光が発生、あまりの眩さに目を瞑る。そして光が収まり、恐る恐る目を開けると、先程まで空白の世界だったそれは美しい白銀の世界へと変貌していた。

 

「何が……」

 

余りの事態に、呆然と呟く事しかできない。

 

「これ、わたしのせかい。なまえくれたから、せかいができた。つばき、やっぱりふしぎ。でも、ここちいいから、とってもだいすき」

 

……馬鹿な。

 

「つばき、いまからかえす。すっきりしたら、ゆきかぜ、またよんでほしい」

 

そして雪風の一言と共に銀色の風が巻き起こった。

 

「ッ……!?」

 

身を翻し、逃れようとした。だが、それは叶わず銀色の風に包まれて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――ッ!!」

 

意識が覚醒する。

 

体が痛く、重い。そして心がズキズキと痛む。

 

そして視界が開けて見えてきたのは見知らぬ天井。

 

(……追い出された)

 

その事実を認識すると、途端に思考が鈍くなる。

 

『今の今までは全て夢です。実はあの事故で奇跡的に助かり、病院で眠っていました』

 

そうあればどれだけ良かっただろうか。だが、現実は非情。今もこうして五感から伝わる感覚が、私が病院に居る事を否定し、この世界で『天枷椿』として生き恥を晒しているのを否応なく実感させられる。

 

あぁ、何故なんだろうな。

 

「……あまっち、起きた?」

 

首を横に向けると、ベットの横にある椅子に本音が座っていた。どうやら雪風が言っていた人物とは本音の事らしい。私は本音の言葉には何も返さずに痛みに耐えつつ起き上がり、早鐘を打つかの様に響く心臓の音を誤魔化す為に周りをゆっくりと見回す。

 

この部屋には簡易な机とイスがひと組、トイレ、最後に出入り口が一つ。それ以外は特に何もなかった。これが意味するのは……どうやら此処は独房らしい。

 

……当然と言えば当然か。暴走したからな、私は。

 

だが、意外な事に古鷹の待機形態であるヘットフォンは私の首に掛けたままだった。暴走した以上、一時的にせよ学園側で預かりになる筈なのだが。

 

(……?)

 

違和感。

 

視線を向けて見ると自分の左手がヘッドフォンを固く握っていた。

 

起き上がった時にも気付かなった。どうやら私は無意識でヘッドフォンを握り締めていたらしい。私は奇妙な感覚を味わいながらも意識して動かしてみる。

 

結果は非常にゆっくりとした動作ではあったが、なんとか手を離す事に成功した。そして今までヘッドフォンを握っていた手のひらを眺めてみると、そこには私がどれだけ固く握っていたかを物語る痛々しい痕が残っていた。

 

これが意味するのは……いや、考えるだけ無駄か。

 

(……)

 

私は一度ゆっくりと深呼吸をして本音に話し掛けた。

 

「何か様か?」

 

自分でも抑揚の無い声だとは思った。だが、酷く懐かしい。

 

あぁ、思い出した。これは、昔の私の話し方だ。

 

都合が良い。

 

これで、昔の私に戻れる。あの無気力で無感動な、全てがどうでも良かったあの頃の自分に戻れる。あぁそうだとも。私にとってこれほど嬉しいものはない。

 

「……うん。きいたよ。お姉ちゃんと楯無お嬢さまから、全部」

「そう、か」

 

楯無……もう、動けるのか。

 

胸の痛みが一段と強くなる。だが、私はソレに耐え、会話を続ける。

 

「驚いたか?」

「……うん。とっても、驚いた」

 

そうか。

 

()を、軽蔑したか?」

 

隠し事をし、襲撃されるのが解っていた上で下世話を焼いて親友である簪に怪我を負わせる原因を作り、あまつさえ、仕える主である楯無を殺そうとしたこの私を。

 

「軽蔑しないよ」

「何故」

 

何故、そこまではっきりと言い切れる。

 

「私達と居た時、あまっちはずっと楽しそうにしてた。笑うのは最近からだけど、ずっと嬉しそうにしてた。それは嘘じゃない。……ホントはむっとした所もある。でも、軽蔑はしない……したくないよ」

 

本音は何時もの間延びした声ではなかった。只、真面目に私の問いに答えていた。だが、私は次に続く言葉に不快感を味わう事になった。

 

「それに、ずっと寂しかったんだよね?小さい頃からずっと一人で、いたんだよね?」

 

……止めろ。それは、お前がもう触れていい部分ではない。

 

私は不快感を顕にするが、本音は続ける。

 

「孤児院の居る時も、中学校に居る時も、高校に居る時も、心の中に本当の思いを隠して溜め込んで、誰にも明かさずに一人で居た「黙れっ!!」」

 

立ち上がり、叫んだ。

 

一瞬、自分の声ではない思ったくらい恐ろしく低く、ドスの効いた声。

 

本音は肩をビクっとさせていた。

 

その姿に私は罪悪感を覚える。だが、私には同情は要らないのだ。私の中にあるコレは、もう誰にも触れさせたくないし、誰にも曝け出したくない。

 

「ソレに触れるな。そしてこれ以上、何も話すな」

 

もういいんだ。私はもう駄目なのだから。だから捨て置け。このまま独りにさせてくれ。そうすれば、私は元に戻れる。また哀れで滑稽な道化に戻れる。

 

そして私は二度と本音達とは近づかない様にする。仕事上の付き合いは最低限。ただそれだけで終わらせる。だからもう何も話さないでこのまま去って欲しい。

 

私はもう、友人でも何でも無いのだから。

 

赤の他人。

 

これで十分だ。

 

「……そうしたら、あまっちが戻れなくなる。私が一生後悔する。だから、止めない」

「それは只の自己満足だろう。決してそれは私の為などではない」

 

それは身勝手な自己満足で他者を苦しませ、傷付けてきた私と全く変わらない。

 

「自己満足……うん。これは私の自己満足。でも、それだけじゃない」

「いいや、自己満足は自己満足だ。それ以上も、それ以下もない。それにな、本音、私は同情なんて要らないんだ。だからこのまま「私は!」……」

 

私は、本音が顕した剣幕に黙らざる負えなかった。

 

「私はまだ、何もしてない。何もしてあげれてない」

 

本音が言いたい事は、痛いほど伝わってくる。あぁ、解っているとも。胸のこの痛みが良い証拠だ。だが、だからこそ、私は言わなければならない。

 

「それが、どうした?」

 

抉られる様な痛みを無視して切り捨てる。

 

あぁ、そうだとも。私は他人の想いを踏みにる、最低な男だ。

 

「それも自己満足だろう?癒し?慰め?私の為?違うだろう、それは。おふざけも程々にし―――ッ」

 

乾いた音。

 

同時に痛み始める頬。

 

どうやら私は叩かれたらしい。そして叩いた本人を見てみると、その目には涙を溜めていた。

 

「ふざけて、ない。あまっちは、待つことしかできない、痛みを全然、解ってない!」

 

あぁ、解らんよ。自分の為に行動し、その果に失敗した私がソレを理解できる訳が無い。

 

「私は何時だって蚊帳の外。家の仕事も、ISの事も……さっきだって皆と避難して、結末をお姉ちゃんから聞いただけ。それがどれだけ悔しかったか、あまっちには解る?」

「それは免罪符か?」

「あまっ「それは免罪符かと聞いているんだ」……」

 

自分でも愚かだとは解ってる。

 

未だ経験の浅い少女に言うのは酷だと知っている。私が一番辛いんですと言って被害者面をして悲劇の主人公を演じてるつもりになっているのだって解ってる。

 

所詮独りよがり。只の八つ当たりだ。

 

あぁ、解っているとも。

 

だが、それでも、止まらない。止められない。

 

「待つことしかできなかった?だから悔しい?辛い?痛い?だったらお前は行動するための努力を重ねたのか?お前は全知全能を振り絞って努力をしたのか?――否。断じて否だ。してないだろう、お前は。お前はただ今までの状況と環境に甘えただけ。だから今のお前がいるんだ。そう、何もできずに居る”無力”なお前がな。その言葉は、努力しても待つことしかできない者が言っていい台詞だ。決してお前が言ってもいい台詞ではない」

 

本音はとても傷ついた顔をしている。そして涙が頬を伝っている。あぁ、そうだろうな。そうなる様に、私はしてるのだから。そしてこれで本音は私と縁を切ってくれるだろう。これでいい。これでいいんだ。

 

この心の痛みなど、直に慣れる。

 

問題は、無い。

 

「それに、待つことしかできない人の痛みを全然解ってないと言ったな。だったらお前は行動して失敗した者の痛みを理解できるのか?出来無いだろう。身を粉にしてまで積み重ね、温め、全心全意、己の全てを持って成就させようとしたのに、たった一つの因果で台無しにされて全て奪われ、何も残らない」

 

――お前にはこの苦痛が解るか?

 

語るうちに何時の間にか私は自分の手をきつく握り締めていた。

 

爪が食い込み、血が流れる。

 

だが、そんなのは関係ない。

 

「簪が私のせいで傷ついた。友や教師を私が傷つけた。そして私が楯無を殺しかけた」

 

これでもう充分だろう?私は独りになりたいんだ。そして言った筈だ。私の近くにいれば、必ず不幸になると。そしてそれは、以前、買い物に行った時に身を持って知っただろうに。

 

「でも……それは、あまっちの、せいじゃ、ない」

「あぁ、そうだとも。直接的な原因が私ではない」

 

無人機をけしかけたのは篠ノ之束

 

放送室に勝手に出向いたのは篠ノ之箒

 

誰がどう見ても、私に非が無い様に見えるだろう。後に続く一点を除けば。

 

そう、私は襲撃を知りながら、何も告げずに管制室と言う特等席にクラス代表を含めた何人かを座らせようと織斑先生に提案したのだから。

 

このたった一点で、たった一つの因果でこの結果になったのだから。

 

そしてこのザマだ。

 

あぁ、嗤えるな。

 

あぁ……

 

「――るな、巫山戯るなっ!どれだけの想いを込めたと思ってるっ!どれだけ大切にしていたと思っているっ!漸くやり直せると思ったんだぞっ!漸く歩めると思ったんだぞっ!失ったモノを、取り戻せると思ったんだぞっ!なのに何故だっ!何故こうなるっ!何故何時も、繰り返すんだ……ッ!!」

 

私はこのIS学園に来て、この日まで全力で生きてきた。

 

最初は何処か冷めていた。

 

だが、本音達と出会う事で、それは変わった。

 

そう、新しい環境、新しい日常に戸惑いつつも、確かな幸福を感じていたのだ。

 

だからこそ、目に見える全てが、私にとって愛おしかった。

 

一夏の指導を親身に、本音達との何気ない会話や触れ合いを一つ一つを噛み締め、己を鍛え上げる為の努力にも一切の妥協を許さなかった。あぁ、そうだとも、夜遅くに起きて知識を吸収し、一夏の指導中にも己に課題を課し、必死に、必死に努力してきた。

 

だが、それも無駄になった。それも、たった一つが原因で。

 

――箒のせい?

 

否。私のせいだ。

 

――やり直せる?

 

否。もう、やり直すつもりなどない。

 

――簪が助かったのに?

 

応。もう、痛みは感じたくない。

 

――臆病者?

 

応。敗北主義と罵るがいい。だが、私にとって最早どうでも良い事だ。

 

あぁ、そうだとも。全てくだらなくなった。

 

全部、色褪せて見える。

 

何故、生き返ったのだろうな。

 

どうせ生き返るなら、何も覚えてない、只の『天枷椿』としのうのうと生きられれば良かったのに。そうであればまたやる気をだしてやり直せただろうに。そうであれば、今よりもっと楽な状況だったろうに。

 

そうであれば、本音を傷つけずに済んだだろうに。

 

あぁ、くだらない。

 

最悪な男だよ、私は。

 

「……頼むからもう、去ってくれ」

 

私は、俯きなら呟く様に言う。

 

そして少々無言の間が続いたが、衣擦れする音と鼻をすする音が僅かに耳に入ってきた。去ってくれるのだと思った。だが、その音は遠くなるのではなく、逆に近づいてきて、そして固く握った手を小さな両手が包み込んできた。

 

暖かさが手を伝って感じる。

 

それだけで、とても心が落ちついてくる。

 

それだけで、救われた様な気がする。

 

だが、要らない。私には身に余るモノだ。

 

「……去れと言った」

「いや」

 

何故、私に構おうとするんだ。あれだけ傷つけ、踏みにじり、八つ当たりまでしたのに。

 

「ソレはもう、必要ない」

「ないと、だめ」

「押し付けるな」

「おしつけてない。あまっちが、欲しいって言ってる」

「言ってない」

「言ってる!」

 

私はこの会話にイラつき、手を振り払おうとする。だが、筋肉痛と疲労、そして何よりも本音が全力で掴んでいるせいで振り払う事が出来無い。

 

「離せ」

「離さない、もん!」

 

もういい、ソレはもう嫌なんだ。例えそれで救われようが、結局は失ってしまう。そうしたらまた私は、暴走して、今以上に多くを他者から奪ってしまう。

 

「いい加減に……ッ!?」

 

私は思いっきり力を込めて手を離そうとした。だが、その瞬間に本音が急に手を離した為胴ががら空きになった。そして本音は抱きついてきて、私は成す術もなく押し倒された。

 

本音の頭が丁度溝尾にあった為、一瞬息が詰まる。

 

本気で引き剥がそうと思った。だが、手をかける直前で本音は上体を起し――しかし覆いかぶさるような体勢で――、何時の間にか泣き止んでいた顔に不思議と癒される様な笑を浮かべて告げてきた。

 

「……もう、大丈夫だから。もう、我慢して泣かなくてもいいんだよ」

 

――泣いてなどいない。

 

そう言い返そうとしたのに、呼吸が乱れて言葉を音にして発するする事が出来ず、更には何時の間にか目から熱いナニかが溢れてきて、徐々に視界が歪んできた。

 

どうやら、限界が近いらしい。

 

「……!」

 

私は言葉の代わりに、首を横に振る事で否定する。

 

「あまっちは……つばき(・・・)は、もっと甘えても、いいんだよ?」

「……去って、くれ、私といて、いい事は、ない」

 

本音は初めて私の名を呼んでくれだ。いや、強盗犯との一件の時、呼んでくれた、か。

 

「私は、居なくならないよ。楯無お嬢さまも、かんちゃんも、居なくならない」

「……関係、ない」

「関係なくなんてない。私は、私達はずっとつばきの傍にいる。どんな時だって傍に居るよ」

 

本音はそう言って私の手を引いて起き上がらせる。

 

「だから、思いっきり泣いてもいいんだよ」

 

本音は少しだけ背伸びをして、耳元で囁きかけてきた。

 

視界が完全に歪んで前が見えなくなる。

 

「私が、受け止めてあげるから」

 

暖かい抱擁。

 

そこで私は、とうとう限界が来た。

 

「……うあぁ、ぁ、ぁ」

 

涙が、止まらない。

 

何故、溢れ出す?

 

何故、止められない?

 

「……よしよし」

 

本音は右手で私の背中と頭を優しく撫でてくれた。

 

私はそんな本音を強く、きつく抱き返した。

 

その存在を強く感じられる様に。

 

二度と離さない様に。

 

「もう……嫌だ……皆、私を残して……行かないで……ずっと……傍に、居て……ッ!!」

 

ずっと言いたかった、そして言えなかった一言。

 

私の胸に秘め続けてきた願い。

 

漸く、言えた。

 

「うん。居てあげる」

 

そして私は泣き続けた。

 

声を上げて泣かないのは、せめてもの、意地。

 

子供の様な、つまらない意地。

 







千冬「……出ない(##゚Д゚)」
千歳「……誰かが噂してる(´・ω・`)?」


……あかん、頭文字に千がつく最強組が不憫に見えてきた(`;ω;´)

さて、今回は一気に伏線がばらまかれましたが、回収する時期は早いのもあればかなり遅いものもあります。大体予想はつくのではないでしょうか?

そして文字数ぇ……。うん、やりたい放題やったツケです(笑)。そしてもう分かるかもしれませんが後日談的なのはもう少しだけ続きます。ノリ的には一巻終了ですが……テンポ遅くてスイマセン。それでも丁寧に書こうとはしてるので、気長にお付き合いくだされば幸いです。

あと今回も今回でやり過ぎ感があります(´・ω・`)w。どうにも初めてづくしなのでさじ加減がわかりません。でも、荒んだ状態で心にずかずかと入り込まれるとついカっとなりますよね。それでも手をあげない椿君は紳士かどうかは解りませんが(少なくとも、私は昔ソレで一度友人と肉体言語で語り合った事があります。勿論、直ぐに取り押さえられて先生叱られましたw)。

まぁそれはともかく、なんで本音が来たの?を説明する為に他のヒロイン二人が何やってたか書いておきます。

楯無→起きて体に異常が無いのを確認後、虚と共に暗部のお仕事

簪→治療後、医療室で安静

と言う訳で椿君の所に訪れたのが本音でした。それに、対戦中は空気だったのでここで投入するのがベストかな?と思ったので、はい。勿論、二人にも出番はあります。無い訳がありません。

そして主任は……シリアスでも平常運転です。シリアスもシリアルになります(笑)
でも真面目な時は真面目になります。だって主任ですから。

さて、今回の補足。

>白騎士の年れ……開発時期
古鷹は12歳と明言しましたが、白騎士のコア自体はかなり前から作られてたんじゃね(勿論メイドイン兎)?と妄想。図で表せば

白騎士で数年研究→試作量産型である古鷹を作成→古鷹でデータ採取後、量産型コアの生産を開始

みたいな。と言っても、特にゲロっても特に影響のない設定なのであしからず。まぁ、資金と資源の供給源は伏せカードですけどね。何時か明かせたらなぁと。

>雪風
やったね椿君!キャラが増えるよ!
後々重要キャラになります。と言うか、現状楯無達や束も知らない(束はブッ壊れたと思ってる)存在なので現状、ある意味で鬼札とも言うべき存在です。

このぐらいでしょうか?他に解らない事があれば、可能な範囲で答えます。

こっから愚痴。


アニメで結局弾と虚とダリルとフォルテが(残りのお話は八巻の内容だろうから出番がある可能性はゼロだし)登場しなかったなぁ……(´・ω・`)

非常に残念無念。

まぁ、一話の襲撃時のアメリカ軍側のISがファング・クエイクじゃなくてラファールになってた時点で予想できたのでそんなに期待はしてませんでしたが。……やっぱり低予算だから仕方が無いのだろうかorz

まぁ、それはともかく、次回もまたこの作品にお付き合いいただければ幸いです。

それではノシ

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