ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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プロローグ

――私は、ただ働いていた。

 

晩年、認知症に掛かり、私を忘れてしまった母のために。

晩年、末期ガンで抗ガン治療により苦しんだ父のために。

日々の糧を得るために、私は働いた。

昼夜を問わず、ただ、ただ働き詰めた。

例え体調を崩してでも父のために、母のために。

ただ、奇跡が起きると信じて。

ただ、笑っていて欲しくて。

ただ、安心したくて。

 

そして月日が過ぎ、結局奇跡が起きることなく父が他界、後を追うように母も他界した。

 

全ては無情。

 

これが現実。

 

後に残されたのはただ両親のために生き、自身が特別何かをする事もなく、また何も残すことができなかったただの(わたし)だった。

 

別れは悲しい、涙は際限なく流れた。

 

それは幼き頃私に愛情を注いでくれた父と母が他界したから。だが、それなのに悲嘆にくれてはいても、喪失感は無かった。

 

ただ、空虚さがそこにあった。

 

そして不思議なことに安堵している自分も居た。

 

もしかしたら、ようやく重い荷が降りたと思っていたのかもしれない。

 

何故だろうか?

 

何故、あんなにも愛していたのに、失った時にこうなのだろうか?

 

――解らない。

 

今の私には解らなかった。

 

 

そして時は流れ、私は葬式をあげていた。

 

通常であれば参列者がいるだろう。だが、誰一人として参列することはなかった。親族も、会社の関係者も、友人も誰一人参列していない。

 

後者はまだしも、親族がいないのはおかしいと思う者も居るだろう。

 

だが、両親には親族は居ないのだ。否、正確には駆け落ちらしく親族とは絶縁状態だったのだ。

 

だから、親族はいない。

 

そして私がその事実を知ったのは中学生の頃である。世間一般から見ればあまり褒められる類のものではないのだろう。しかし、私はそれを不快には思わなかった。

 

私を無条件で愛してくれたから。

 

私はそれだけで満足だったから。だから、例え親族がこの場に来ようとも、私は線香を上げさせる事すら許そうとは思わなかった。

 

そしてただ一人で和尚のお経を聞き、葬式を終えた。

 

そしてその帰り道、私は死んだ。

 

呆気なく。

 

事実だけ言えば、信号無視の車両が横断歩道に突っ込み、私は轢かれて死んだのだ。

 

その時の私は、轢かれる瞬間に思考だけが加速した。

 

所謂走馬灯と言う現象だろうか。

 

迫り来る車が非常にゆっくりと進んで見える中、私はあることを願った。

 

今一度『確かな』生きる意味を持って生きたい、と。

 

こんな人生など、無意味だ。

 

こんな最期など、認めない。

 

だから、だから、もう一度『生きたい』、とひたすらに願った。

 

そして徐々に現実の時間が思考の加速に追いついていき、私の視界は白にぬりつぶされた―――

 

 

 

 

―――視界が暗い。

 

いつの間に目を閉じていたのだろうか?それに、喋る事ができない。

 

暗闇は原始的な恐怖を煽る。

 

恐ろしい、そこに何があるか解らないから。

 

(光が欲しい、光が……)

 

すると私の願いが届いたのか、唐突に視界が明けた。否、億劫ではあったが、なんとか自力で開ける事ができたのだ。そして私は見知らぬ女性に抱き上げられていたと理解した。

 

……?抱き上げ(・・・・)られて、いた?

 

(私は……生まれ変わったのか?もう一度……人の身で?)

 

私はその事実を実感……そして静かに歓喜した。

 

そしてそれは泣き声として上がることで現れることになった。

 

「あらあらよしよし、産声をあげないで生まれたと思ったら急に泣き出しましたね……でも、不思議と静かな泣き声ね。普通ならもっと激しいモノだと思ったのだけど」

「あぁ、そうだな」

 

そう言って会話するのは私の新たな父と母らしい。そして夫婦の会話が続いていく。

 

「ねぇ貴方、この子の名前だけど……」

「あぁ、産まれる前に性別を聞くのを忘れてたからな、どちらでも通用する名前を考えてきた。名前はツバキ。そう、この子は天枷椿だ。漢字は赤椿の椿、だな」

「いい名前ね……確か花言葉で『私は常にあなたを愛します』だったわね」

 

……椿、それが私の新しい名前。

 

この世界での私の名前。

 

『私は常にあなたを愛します』

 

良い、名前だと思う。

 

「……競馬を楽しむ身としては少々迷ったが何となく似合うと思ったのさ」

「フフフ……この子が誰かを好きになったら…考えたら止まらないわね」

「あぁ……その時は俺達が全力で応援してあげようと言っても簡単に息子はやらんがな!」

「あらら、もう親バカですか?」

「ッ……言ってろ!」

 

そこから賑やかな会話が続いた。

 

幸せに満ち溢れた、私が最も望んだモノ。未だ泣きじゃくる事しかできないのがもどかしい。だが、今はそれでもいい。それでもいいのだ。

 

(あぁ、そうとも。今度は意味を残せるように、今度はもっと家族と穏やかに過ごせるように、幸せに過ごそう。絶対に)

 

私はそれを心に刻み、決意した。

 

だが、これが転生の代償なのか、その決意は幸せな時間は短い時間で失われることになった。

 

 

 

 

あれから3年後。

 

私は孤児院にその身を置いていた。

 

何故なら、父と母は死んだからだ。

 

――あれは私を連れて海に出かけた日の事。

 

私達が乗っていた車が交通事故に遭ったのだ。事故原因は加害者の運転手の飲酒運転だった。

 

両親は私の目の前で血を流し、死んでいた。

 

私の方を見ながら、その一生を終えたのだ。

 

死ぬ間際で父と母は、どれ程の痛みを、悲しみを、そして絶望を味わっていたのだろうか?

 

しかし、私はそれを知る術は無い。

 

そして意識を失うその瞬間まで、彼らと視線を外さずにいた。

 

否、外す事ができなかった。

 

呪われた様に、意識を失うその時まで目を閉じることも出来なかったのだ。

 

次に目を覚ますと、私は病院のベットに居た。後になって知ったのだが、私は意識不明の重体で生死の境を彷徨っていたが奇跡的に五体満足で一命を取り止める事ができたらしいのだ。

 

だがそれを喜ぶ事は決してなできなかった。

 

まだ幼く、言葉足らずで多くを語ることのできなかった私は痛みを気にする事なく、ただ狂ったように泣き叫ぶことしかできなかった。

 

また失ってしまった、と。

 

――話を戻そう。

 

あれから私は両親の葬式に出た後、孤児院に引き取られる事になった。

 

父と母の親族は健在だったが、私の身元保証人になる事を私自身が拒否したからだ。経緯は何れ語る事になるだろう。少なくとも今ではない。

 

そして時は流れ、私が小学生となっていたとき、世界的有名な事件――俗にいう『白騎士事件』が発生した。

 

そう、日本を射程距離内とする、ミサイルの配備された全ての軍事基地のコンピュータが一斉にハッキングされる事態が発生、その結果ミサイルが日本へ向けて発射されたの事件である。

 

もし被害を受ければ、と様々な憶測が後のニュースで語られる事になるのだが、そのミサイルを搭乗者不明のIS――『白騎士』が全て迎撃したのだ。

 

更にそれだけでは終わらず、ミサイルの迎撃の為に各国が送りだした戦闘機や戦闘艦が白騎士に目標を変え、捕獲もしくは撃破しようとしたのだが、白騎士は無傷でその大半を無力化し、忽然と姿を消したのである。

 

尚、この事件における死者は皆無であり、ISの存在と、その驚異的な戦闘能力に関心が高まるきっかけとなった。

 

その後、ISの生みの親である篠ノ之束がISを発表、紆余曲折を経て国際会議にてアラスカ条約が結ばれ、情報公開と共有、発展の為に各国にISのコアが配分されることとなった。

 

しかし、当のISは欠陥機であることが判明していた。

 

それはISが女性にしか反応しないということである。

 

当時の研究者達はおろか、生みの親である篠ノ之束すらも原因不明であるとし、表向きでは今現在も原因究明中とされているが、半ば放置される事になった。

 

そしてISの力が国の象徴となった今、各国は優秀なIS操縦者を獲得すべく女性優遇政策を実施、これにより『女性=偉い』という誤った風潮がおこり、女尊男卑の社会が出来上がった。

 

多くの男性が不満を訴えたが、表立って逆らう事はできなかった。

 

その後アラスカ条約により、日本にIS操縦者育成用の特殊国立高等学校が設立された。

 

因みに、操縦者に限らず専門のメカニックなど、ISに関連する人材はほぼこの学園で育成される。

 

尚、学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約があり、それ故に他国のISとの比較や新技術の試験にも適しているのだ。

 

公平性、という面では重宝されるのだろう。だが、この規約は半ば有名無実化しており、全く干渉されない訳ではないというのが実情である。

 

そして再び時は流れ私は18才となっていた。

 

普通であれば大学へ進むか就職するかに悩む苦学生である、そう普通(・・)であれば、だ。しかし私は企業でもなく、また大学でもない、女尊男卑の象徴とも言えるIS学園に居た。

 

――世界で2番目の男性IS操縦者として。

 

「……ヒーローになるつもりはないのだが、な」

 

無論モルモットになるつもりもない……既に企業にされているか?皮肉な事だ。

 

(それにあまり女性とは関わりたくなかったが……更に皮肉だが仕方ない。割り切ろう)

 

――ISは例外を除き、女性が乗り手。避けては通れない問題です。

 

心の呟きに『古鷹』が反応する。

 

古鷹。

 

それは私の❘専用IS《・・・・》の名だ。これは私に企業から託された、意思を明確に示す非常に稀有な存在であり、私にとって命の同等の価値がある存在である。

 

尚、ISは様々な待機形態になる事ができ、そのアルゴリズムは未だ解析されていないが、古鷹の場合はヘッドホンとなっている。

 

(そんなことは分かっている)

 

……さて、状況を整理しよう。

 

私は小学生時代を含め十年という月日を費やすことで過去を「割り切る」ことにした。そう、心機一転で新たなる生を謳歌することにしたのだ。

 

そして中学3年生の冬。

 

私はどこに進学するべきかを悩んでいた。

 

再び生を受けたのだ。かつて以上に、いやせめて穏やかに生きて天寿を全うしたいと思っていた。しかし時は女尊男卑が蔓延る差別社会。男子のそれはブラック企業の社畜並みに扱いが酷かった。下手に問題を起こせばどんなに自分に非が無くても罪に問われる可能性がある。

 

例えどこかの企業に就職したとして、自身の上司が女だとしたら扱き使われる上に酷いことになるだろう。そんなのは御免被る。

 

ならばどうすればいいか?

 

そこで考えたのがIS技師になることである。

 

これなら比較的に女性が少なくIS搭乗者以外の女性率は最低限になるので問題が起こる可能性がほぼないと考えた。IS学園は生憎女子高なので進路としては選べなかったが、幸い近くに工業高校が存在したので進路をそこに決めたのだ。

 

そして遊ぶことなく3年間ひたすら参考書・ネット等を利用して基礎知識とISの知識を詰め込んだ。余談だが、一般科目は生前に勉強したモノと同程度ないしそれ以下なので、所謂優秀な成績を収めることができている、とだけ伝えておこう。

 

友人は……それほど出来なかった。当然だ、人付き合いは最低限にしたからだ。お陰で数少ない知人からは勉強中毒者、と苦笑いされながら呼ばれたな。

 

そして時は流れ3年生の冬、進路は専門大学にしようとしたが、何気なく手にとってみた企業案内にとある一文が載っていた事に気付いたのだ。

 

 

 

『川崎・インダストリアルカンパニー IS技師特別育成枠』

 

――学業を優秀な成績で修め、尚且つ学校長の推薦を得た者が育成枠への参加の権利を有する。選考方法は書類選考、筆記試験、面接等の厳正な試験をもって採用とする。

 

 

募集していたのは世界的にもトップクラスの大企業、川崎・インダストリアルカンパニー。年功序列制ではなく、純然たる能力評価制。所謂実力主義の企業だ。

 

そして職場では女尊男卑が一切蔓延らないとしても有名。男にとって最も理想郷に近い職場だ。当然競争率は激しい。だが、そんな企業が育成枠として高卒の人材を探しているのだ。

 

しかもIS技師を。

 

これは好都合と思った私は迷わずこれを担任の教師に相談、後押をしてくれたので学校長に申請した。しかし当時の私は人付き合いが悪かったので、コミュニケーションに関して何か言われそうで若干不安があったが、それでも普段の生活態度と学校イベントの積極参加が認められて難なく推薦を出してもらうことができた。

 

そして試験を受け、採用の通知を首尾良く手に入れることができた。

 

余談だが、私が在籍した高校はこれを大いに宣伝したらしい。その証拠(?)に校長が両手で私と握手をしながら喜んでいたのをよく覚えている。まぁ、高校生にとってある意味最も狭き門をくぐり抜けたのだから当然といえば当然なのかもしれないが。

 

そして高校の受験シーズン本番となる二月。今まで川崎から渡された課題をこなしていた私は研修の為にIS試験場に訪れていた。

 

そして私は上司となる先輩型の指示を受けながらIS――打鉄に触れた時、ソレは起きたのだ。

 

キンッ――。

 

唐突に頭に金属音が響いた。

 

同時に脳に直接おびただしいほどの情報が流れてくる。

 

ISの基本動作、性能、特性、活動可能時間etc.

 

本来であれば一瞬では決してわからないような文字の、情報の羅列を私は理解し、把握した。そして次に発光現象が起き、それが収まった瞬間、私はISを展開していた。そしてもう一つ、とある声を聞いたような気がしたのだ。

 

ようこそ、貴方を歓迎します、と。

 

もしかしたら気が動転して幻聴が聞こえていたのかもしれない、と私はそれを記憶の片隅に置くことにした。

 

そして近くにいた先輩方が大混乱を起こし、事態の終止にかなりの時間を労する羽目になった。だが、それはここでだけで起こったようではなく、別の方でも同様のことが起こったのだ。そしてそれは大きなニュースとなり、世界を沸き上がらせた。

 

――日本で2人の男性IS操縦者が見つかる、と。

 

その後世界各国で一斉に男子を対象にIS適正検査が行われたが、結局見つかることはなかった。そして数日の時を要してIS委員会より私ともう一人のIS適正者をIS学園に編入することが決定された。

 

私はその間に、正確には発覚直後にテストパイロットとして活動するように本社から命令が伝わり、最初に動かしたコアを搭載した打鉄でこの企業の主席テストパイロットにISの操作について教えを受けながら日々を過ごしていた。無論、その間にも男性操縦者として色々とデータ取りが並行して行われている。

 

暫くして新たに本社から命令が下り、開発チームが制作した試作ISのテストパイロットを命じられた。そして乗った試作機から音声が響いてきたのだ。

 

――ようやくまともな会話をすることができます。改めて貴方を歓迎します。

 

それは初めてISに乗ったときに聞こえた口調そのものだった。

 

後々調べて分かったことだが、試作第三世代機『古鷹』には戦術支援AIが搭載されており、擬似人格こそ与えられていないが、簡易音声アシスト用の音声プログラムがはいっており、ISのコアがその機能を利用して話しかることが出来た、との事だった。そしてそのISのコアは戦術支援AIの機能を利用することができるらしい。

 

そもそも、ISのコアには人格があるとされていたが、こういった形でコアが話すのは超の付く特異ケースらしい。そして後日、私にはこのコアも並行してデータ収集をするように追加で命令されたのだであった。

 

因みに私は一旦そのコアに機体名称である『古鷹』の名前をそのままコアの名前として贈ることにした。何故だかそれが相応しい様な気がしたのもその一因ではあるがな。

 

そして現在に至る。

 

確認するが現在位置はIS学園正門前。案内役を務める教師が此方に来る予定だがまだ来ていない。一応、約束の時間前ではあるが中々来ないことに軽い苛立ちを覚えていた。

 

そして暫くすると遠くから黒いスーツを着込んだ女性が此方に近づいて来た。

 

「貴様か?」

 

凛とした声が届いた。

 

「はい、天枷椿です。よろしくお願いします」

「あぁ。私の名は織斑千冬。IS学園の教師をしている。ついでに貴様のクラスの担任をすることとなっている。ではこちらに付いて来るといい。そろそろ入学式が始まる」

「解りました。ではお願いします」

 

かの有名なブリュンヒルデこと織斑先生の後に付いてきて入学式会場へと向かう。そして会場に到着。次いで自分の席に付く折に一人の男を見かけた。

 

恐らく彼がもう一人の男性操縦者、織斑一夏なのだろう。

 

その後、何の遅延もなく入学式は終わり、周囲から視線を感じながらも自身が1年間世話になる1組に向かった。

 

そして今後の予定を考え――或ことに気付き、げんなりとしてしまった。

 

「自己紹介……ひと騒ぎが起きるか」

 

――肯定。貴方は地味なのでともかく、もう一人に問題があるため、緊急時には私を耳栓として使用することを推奨します。

 

(……地味なのは分かっているが、言うな。男としてそれは悲しくもある)

 

――失礼しました。

 

私の容姿は自己評価では地味である。多少は整っていると思うが、前髪を目が隠れるくらいのばしているので、他者から見れば地味さが顕著となっているだろう。

 

しかしもう一人の適性者――織斑一夏はニュースで見ていたがかとても整っている容姿だった。どこぞの主人公といった感じである。それに反応しない女性は恐らく百合の補正がかかっているのだろう。よって彼が自己紹介した暁にはソニックブームでも起きるのではないかと予想している。

 

あぁ、面倒だ。

 

そして席に着き、その時を待つ。

 

生前をあわせ、3回目の高校生活が今、幕を開けようとしていた―――

 


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