ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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第三十四話:因果応報

――対抗戦・管制室――

 

――とうとうこの時が来ましたか

 

古鷹が私に話し掛けてきた。

 

(そうだな)

 

――今回は只の小手調べ。そこに付け込ませてもらいますよ

 

(あぁ、解っている)

 

そう、今回はお互いにただの挨拶。全力と言う意味では迎え撃たない。最初から手札を見せびらかすのは愚の骨頂だからな。よって今回は鬼札の一つである楯無には静観して貰う。そして古鷹の言う通り、そこに漬け込ませてもらうのである。

 

言うなれば挨拶代わりのジャブと見せかけてフック、と言った所である。

 

……この例えで合ってるのかはどうかともかく、私が主任から受け取った剥離剤を使い、これから襲いに来るであろう無人機を撃破、同時にコアを奪うのである。失敗は許されない。

 

それにコアは一つでも欲しい。例え使用不可にされたとしても、無事なまま手に入れる事で得る物は計り知れない。古鷹がそのコアにコンタクトを取る事ができれば尚更である。

 

……最も、主任ならコアをバラしかねないがな。そしてそこら辺は古鷹はどう思っているのだろうか?仮にも同じ親から産まれた存在。言わば兄弟とも言える存在がバラされるのは、あまり快くない、とは思わないのだろうか?

 

私はそう思って古鷹に尋ねてみた。

 

――あぁ、その事ですか。確かに思う所はありますよ。ですが、今は贅沢を言ってはいられませんからね。戦力の増強こそが急を要する課題なので、ね。……ですが、私はある種の希望的観測を抱いているのですよ

 

(希望的観測、だと?)

 

――肯定。まぁ、ある意味博打に近い類のモノなので別段気にしなくても良いです。……とまぁそんな所で、アシストはお任せあれ。このミッション、確実に成功させますよ

 

(あぁ、頼りにしている)

 

――おや、随分と素直な

 

(……そんな時も偶にはある)

 

状況はどうあれ、これがある意味私の初仕事と言える。そしてそんな私を励まし、アシストしてくれる古鷹の存在が素直に嬉しいし、心強いのである。

 

――左様ですか。……とうとうデレ『制裁だ』みぎゃぁああああああ!?!?

 

馬鹿者が、その一言で台無しだ。

 

――……グスン

 

「……その、椿」

「ん?どうした」

 

簪が私に話し掛けてきた。

 

「……本当に、此処に来ても良かったの?」

「あぁ、どうせお互いの手は晒されているし、織斑先生から許可はとったからな」

 

横にチラリと視線を流すと、そこには3組のクラス代表が今か今かと試合開始を心待ちにしている。因みにこの提案したのは私だ。クラス代表の観察力を養う為、と銘打っている。まぁ、簡単に言えば各クラスの代表を成長させる為に特等席を用意して欲しい、と提案したのだ。因みに提案したのは三日前。

 

そしてこの提案を織斑先生に話した所、こんな一言を頂いた。

 

『良い案だ。どうせなら一部の希望者も入れてやろう、と言って狭いから三人まで、いや二人までなら良い。明日にでも希望者を募っておこう』

 

との事だった。そして直ぐに定数が割れたので、公平性を期すために希望者全員の前でくじ引き抽選を行った。そして直ぐに結果発表をし、その結果、何とセシリアと箒が当たったのだ。まぁ、一応公平に決まったのだから不満は上がらなかったからいいがな。因みに、何故三人から二人になったのか、というと、どうやら言いだしっぺの私を入れてくれるから、らしい。

 

まぁ、そうでなければ困るのだが、な。

 

「それに、簪もしっかりと確認出来るだろう?鈴と一夏の実力を」

「……うん。そう、だね」

 

この場合、敵に塩を送る、とでも言うべきなのだろうか?だがまぁ、これは余り意味が無い。この後幾らか時間が経てば無人機の襲撃により対抗戦は中止は確実だから、な。

 

そしてこの行動が矛盾していると言えば其処までかもしれないが、実はそうではない。

 

先ず、今回私はビデオカメラを持ってきている。

 

鈴の甲龍の性能を、と言うのも勿論だが、無人機――ビデオカメラを持っていこうと思った当初は有人機だと思っていた――との戦いを撮影する事が目的である。

 

管制室なら襲撃時にアリーナの隔壁で隠されて撮れなかったと言う事もないし、カメラワークも必要無いからな。それにあの天災の事だ、モニターの映像記録を消去するのも造作の無い事だろう。後々の展開の事も考えれば証拠は多く残した方が良い。そして当然事件が起こった場合は織斑先生に差し押さえられるだろうが、轡木さん経由で裏から回して貰う手筈になっている。ぬかりは無い。

 

まぁ、これを考えた時には人選はあまり期待していなかったがな。だが、今は違う。

 

篠ノ之束の実妹、篠ノ之箒

 

オルコット財閥当主、セシリア・オルコット

 

実に素晴らしい人選だと言える。箒の姉に対する不信感を今以上に強めされば行動は把握しやすいし、手の内に引き込める可能性だって無きにしも非ず、だ。そしてセシリアは言わずともな。バックの味方は少しでも増やせれば、それだけで行動しやすくなる。

 

実に良い流れだ。

 

――おぉう、小物臭溢れる感情がダダ漏れですねぇ。まぁ、同意見ですがね。コアも手に入って味方も増やせる。正に一石二鳥と言えるでしょうな

 

(あぁ、そうだな)

 

だが小物臭は余計だ。自覚はあるが、言われると、な。

 

――さいですか

 

「あの……」

「ん?どうした?」

「や、やっぱり何でもない……」

 

……思ったのだが、今日の簪の様子がおかしい。何故か私に声をかける時、少し躊躇いがちに話掛けるようになっていたのだ。そして(今もだが)何かを尋ねようとしてソレをやめていた。気になって理由を問いただしたが、話を逸してきたので結局聞けず終いになっていたのだ。

 

まぁ、あまりしつこすぎるのも悪いと思ったのもある。それに、今この時の為に様々な準備をする必要があったのだ。気にしている余裕が無かった、とも言える。

 

「まぁ良い。―――さて、徐々調整するか」

 

私は持ってきたビデオカメラを三脚に乗せて大型モニターを画面を移すよう調整する。

 

「……そう言えば、何でビデオカメラを持ってきたの?」

「無論、川崎に提出する為に。許可は取ってある」

 

表向きには何ら問題無い。機密に触れてる訳ではないのでな。

 

「……せこい?」

 

簪が私がビデオカメラ設置している様子を見て、首を傾げながらトンデモない事を言ってきた。

 

まぁ、気持ちは解らなくもないがな。

 

「其処は職務に忠実である、と言って欲しいな」

 

――表向きだけの意味を取れば、世はそれを社畜と言うのですが

 

(言うな。悲しくなる)

 

その言葉は少し痛い。

 

「あら?椿さん、それは……お仕事関係の、ですか?」

 

セシリアが私がカメラを設置している様子を見てポツリと一言漏らした。因みに箒は、と言えば画面上に映る一夏の姿(ピットで待機中)を食い入るように見つめていた。

 

「まぁ、そんな所だ」

「熱心ですわね」

 

流石はオルコット財閥の当主。仕事に関してしっかりと理解を持ってくれている様だ。

 

「……所でお聞きしたいのですが、椿さんはMr.五十六と連絡を取る事はできますか?」

「手順を踏めば出来ない事ではないが……知り合いだったのか?」

 

意外と言えば意外だな。

 

「……実は幼少の頃に僅かな期間ですが、お世話になっていました。最近は家の方も大夫落ち着いたのでお礼を申し上げようと思いまして」

 

……ふむ。まぁ、私が深く知る必要はない、か。

 

「そうか。対抗戦が終わったら取り合っておこう。それでも構わないか?」

「えぇ、構いません。それでは、お願いしますわ」

「あぁ」

 

そして会話が一区切りした所で今度は簪の方を見て話し掛けた。

 

「確か貴方は……更識さん、でしたか?」

「……うん。4組のクラス代表の、更識簪」

「初めまして、私の名前はセシリア・オルコット。よろしくお願いしますわ。そして一夏さんの実力、その目に焼き付けていって下さいな」

「そうさせて、もらう」

 

そして少しの間、私はセシリアと簪とで軽い雑談を交えていた。

 

「……さて、徐々時間だな。簪、よく見ておくといい」

 

そして残りの台詞をセシリアが引き継いだ。

 

「私と椿さんと箒さんで鍛え上げた一夏さんの勇姿を!!」

 

『試合開始です』

 

放送のアナウンスが、試合の合図を告げた。

 

 

 

 

 

――アリーナ――

 

「とうとうこの日が来たわね」

「あぁ、そうだな」

 

鈴の言葉に一夏は頷く。

 

「本当は此処で色々言うべきなんだけど」

「……ああ、俺もだぜ」

「でもその前に」

「あぁ、分かってるぜ」

 

二人同時に告げた。

 

「「勝負だ(よ)!」」

 

そして合図も告げられる。

 

『試合開始です』

 

「「行くぜぇ(わよ)!!」」

 

開幕と同時に一夏と鈴はお互いに距離を詰める。そしてお互いの得物である雪片弍型と双天牙月が鈍い音を立ててぶつかる。だが一夏はつばぜり合いはせず、衝撃を上手く流して懐に踏み込まんとする。

 

「甘い!!」

 

このままいけば最初の有効ダメージは奪えるだろう。だが、其処は代表候補生である鈴だった。

 

懐に入ろうとしてきた一夏に対して焦らず、もう一本の双天牙月で素早く突きを放ち、防がせる事で懐に入られるのを防ぎ、逆に防いだ一夏を蹴り飛ばした。

 

「今度はこっちからいくわよ!!」

 

鈴は双天牙月の片割れをくるくると回し、遠心力を利用した強力な一撃を放つ。

 

対する一夏は焦らず冷静に見極め、正眼の構えから鈴の一撃の軌跡をなぞる様に一閃、受け流す事に成功し、そのまま――先程よりも鋭く――下段より斬り上げ、鈴のシールドエネルギーを削る。

 

「ちぃ!?」

 

まさか渾身の一撃を流された上にカウンターの要領でダメージを与えられるとは思わなかったのだろう。軽く舌打ちをして、ダメージを無視しながらもう一本の双天牙月で横一閃、一夏が引くと同時に距離を離す。

 

そして再び静止状態での対峙。

 

「どうだ!」

「……やるじゃん。だったらもっとギアをあげるわ!」

 

鈴は素直に一夏の格闘技術を評価し、本気で行くと宣言。そして宣言すると同時に二本の双天牙月を連結し、バトンの様に回した後に構えをとった。

 

「行くぜ!」

「行くわよ!」

 

そして同時に加速。

 

「「はぁぁあ!!」」

 

そしてアリーナに幾度となく金属で奏でられる不協和音が鳴り響いた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――IS学園周辺――

 

 

 

一夏と鈴が健全なスポーツマンよろしくと言った具合に激しい戦いを繰り広げている最中、IS学園外縁部では椿の護衛――ATWMTのメンバーが周囲警戒を行っていた。

 

『――α1、定時報告。異常なし』

『――α2、此方も異常ありません』

『――α3、右に同じ』

『――α4、腹が減ったが問題は無い』

『おい、何か違うぞ』

『気にすんな』

 

……メンバーから次々と情報が事細かに送られ、IS学園の事務員室に待機しているHQ――マリウスと轡木十蔵の元へと集約されていった。

 

「よろしい。――聞くが、送られてきた毛むくじゃら(ステルス迷彩服)の調子はどうだ?」

 

マリウスは尋ねる。理由はこれがチェック項目だからである。

 

今回の偵察任務に辺、K.I.C.PASOGの装備科より供給された装備、ステルス迷彩服。愛称は毛むくじゃら。森林地帯擬態服(ギリースーツ)と似た形状の服であり、落ち葉に見えるそれは一つ一つが稼働するフィルムで、起動する事で周囲風景を投影・同化する所謂不可視になると言う映像投影型(またはカメレオン型)光学迷彩と呼ばれる代物である。

 

そしてマリウスはこれが送られた当初、ある事を思い出していた。ゴシップや誇張表現、嘘等の多い、しかし何故かそこそこ売れてる軍事評論誌――何故か自分も購読してしまっているが、理由が解らない――でアメリカがこれと酷似しているの開発した、という記事を見かけた事があるのである。

 

そしてその事を詳しそうな主任に問い合わせた所、予想通りの返答が帰ってきた。

 

『おーマリウス君じゃまいか。珍しいね。んで、何かようかい?……んーんー。あーあれね。簡単に言えば月影で使ったステルス迷彩を流用しようと思ったけど、それよりも手っ取り早い方法がそこにあったからありがたーく頂戴した、ってことさ。何でも社長はコレ作ったとこととっても仲良し(・・・)らしよ?君なら解るでしょ?』

 

……本当に、繋がりの広い方だ。

 

マリウスはこの時ほど社長の手札の多さに畏敬の念を表した事は無かった。

 

実はこのマリウス、元々はとある国の諜報機関に所属していたのである。そしてその時に、今の雇い主である社長、川崎五十六と繋がりのある人物に付いて調べた事があるのだ。

 

理由はそこから付け入る隙を見つける、と言う所謂粗探しの様な任務であった。

 

そして結果はかなりのモノであった。政治家や評論家と言った時の権力者に始まり、有名な資産家、社長、各分野に精通している著名な技術者……上げていけばキリが無かった。

 

そして面白いのが繋がりがあるのに何をもって繋がったのか、また何を対価にして何をしているのかが一切不明だという事である。

 

要するに人の繋がり以外、一切の情報が漏れていないのだ。

 

当時のマリウスは社長を化け物と称した。完璧な対諜報能力、外交手腕。只の社長で収まっているのが不思議でならなかった。そして任務が終わり、上司に報告後、別の任務へと移った。

 

そして暫くしてISが登場し、自身や同僚が人件費の削減と称して監視付きのお払い箱となった時、颯爽と自分の目の前に件の川崎五十六が現れて『私について来い』と言われた時は唖然とした。

 

何故、とマリウスは聞いた。そして答えは予想を超えるものであった。

 

『私はお前が私を調べている事は知っていた。だから力量を調べ上げ、お前と言う人間を評価し、精査した結果、必要だと言う結論に至ったから勧誘したまで。後は、お前が選択するだけだ』

 

マリウスは自身の実力を知っていたつもりだった。そしてその仕事には絶対の自信があった。無茶はしても無理はしない。故に痕跡は残していない筈だと思っていた。だというのにバレていた。

 

完全な敗北。

 

この時の屈辱は二度と忘れる事はしない。だが、それと同時に川崎五十六と言う人間についていけば、どうなるのかと、未知の感覚に襲われた。

 

別に今の状況が不満だとは思わなかった。寧ろ、機密情報の漏洩を防ぐ為に殺されてもおかしくはないのに破格の待遇だと言える。そしてその事を思いなが、社長に尋ねたのである。

 

『監視はどうするか』

 

そう尋ねた。そして社長はまたもや驚愕な答えを返してきた。

 

『私はお前の上司――長官とは友人(・・)だ。監視を外すくらい、どうという事はない』

 

それを聞いた瞬間、マリウスの答えは決まっていた。そして現在に居たり、今もこうして最新装備を有り難く頂戴すると言うのは、これもそのひとつなのであろう、とも同時にマリウスは納得したのであった。

 

『……んー、問題無いな。てかスゲー』

 

α3――キースが最初に答えた。

 

『付け足すなら叢雲とも相性は良い、と言いましょう。生身でモリゾーになるとどうにも不快感がありますが、叢雲なら関係無いですからね』

 

そしてα2がそれに続き、ほかのメンバーからも同様の意見が入り、この毛むくじゃらは好評だと言う事が解った。マリウスはそれを聞いてサラッと報告書様の紙の記憶媒体に手書きし、任務を続行しろと言って通信を終え、自身の隣に座り、状況を見守る轡木に向き直った。

 

「――まさか、こうして貴方の様な方と仕事を組める日が来るとは思わなかった。Mr.轡木」

「いえいえ、私は既に一戦を引いた身。今はこうして見守る事しかできない只の老いぼれですよ」

「ご謙遜を。貴方や先々代の『楯無』の伝説は、我々にとっては語り草だ。そして今もそれに衰え無いと言う事も、社長から聞いていいる」

 

マリウスは彼等の過去を知っている。彼等が現役だった頃の『華やかしい』経歴は、この手の業界にとっては噂となって知れ渡るのはマイナスの筈だが、彼等は別なのである。

 

戦果が大きく、そして多い。所謂隠しても隠しきれない、と言うモノである。

 

「あの五十六が……丸くなりましたね。では褒め言葉だけ受け取りましょう。……さて、聞きますが今回の作戦、貴方はどう見ますか?」

「何も。仕事を完遂するのがプロだ。それ以上もそれ以下もない」

「そうですか。では、『人』として聞きます。どう見ますか?」

 

十蔵はニュアンスを変えて再度質問をした。

 

「……個人的にはろくだに訓練を受けてもいない新兵に任せるのは不満がある。そしてそれしか現状、手の打ちようが無い事も充分理解している」

「子共には、荷が重いですか」

「……王子を子共にカテゴライズするには少々疑問だが、な」

 

マリウスは今までの椿の行動を振り返り、一言で評した。

 

「年齢的にも、行動的にも、ですか」

「年不相応に熟してる部分もあれば、それ以下の部分もある。どうにもアンバランスだ」

「逆に人間味があって良いでしょう?アンバランスだからこそ、人は人足りえます。それは私にも、五十六にも、貴方達にも、そしてあの篠ノ之博士にも言えます。それに、過去に才をもって生まれた偉人達もそうでしたよ?顕著なほどに、ね」

 

確かに『天才』と呼ばれる人物達にもそう言った傾向にあるし、40を過ぎても尚子共っぽい発言をする主任を見て尚更そう思う。だが、天枷椿の場合はどうだろうか?確かに学習能力は非常に高い。だからと言って突出した『何か』がある訳ではないのだ。

 

「では、Mr.轡木は王子に『才』があると?」

「そう思うのが自然ですよ。我々が未だ知りえな『何か』がきっとある。経験から、そう思わざる負えませんよ。そしてそれを見つけ、伸ばすのが我々教育者の仕事です。……ただのしがない事務員の言葉ではないですがね」

 

マリウスは十蔵の言葉を胸の内に反芻し、会話の流れを変えた。

 

「……私は、王子が今回大きなミスをすると踏んでいる」

「ほう?」

 

十蔵はマリウスの発言に眉をピクリと動かした。そしてマリウスはソレをみながら言葉を続ける。

 

「経験が足りない事もそうだが、如何せん『整い』過ぎた。十全、とまではいかなくても優れた装備、優れた戦友、そして我々と言うバックアップ。……古鷹が居るから慢心する事はないと思うが、所詮学園は子共の集まり。感情を優先し、危険な行動を取る輩が必ず現れる」

「想定外の事態、ですか」

 

十蔵は言葉にしながら胸の内で確かに、と思う。だがしかし、これには対処の打ちようがないのであるのも確かだ。何故なら。秘匿性の保護の為に色々と規制して結果、その下手な抑制が反動となって大きな災いとなって返って来るリスクの危険の方が規制前よりも高いからである。

 

「そうだ。そしてそれにより王子が脆く崩れる可能性がある。理解はしているだろうが、我々も流石にそこまでは現状、カバーしきれない。かと言って手札を多くは晒せない。……最悪の事態と被害は覚悟してもらおう」

「承知しています……少しお喋りが過ぎましたか。徐々仕事に戻りましょう」

「了解」

 

彼等は上に立ち、部下を率いる者。作戦を成功させる事もいわずがな、だがそれだけではない。常に最悪の事態を想定するのもまた、彼等の仕事である。

 

だが、彼等もまた只一人の人間。

 

願わくば、成功を。

 

最悪の事態に陥らない成功を。

 

言葉にはせず、胸のうちにその想いを秘めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして暫く斬り結んだ後、鈴は距離を離し、呟く。

 

「……鍛えられた事だけはあるわね」

「おう、だからこそ、絶対に負けられないんだぜ」

 

一夏は慢心せず、隙を見せないよう様に鈴の言葉に答える。

 

あれからどれだけ経っただろうが?10分?15分?いや、もしかしたら5分にも満たないかもしれない。しかし、一つだけ解る事がある。

 

今こうして対峙するまでの間、観客席の皆は固唾を呑んで攻防を見守っていた、と言う事を。

 

それ程までに荒々しいぶつかり合いだった。

 

だがしかし、ここにきて新たな変化が訪れた。

 

「じゃぁ、これはどう?」

 

鈴がそう言うと同時に両肩のアーマーがスライドして開く。そしてその中心が一瞬だけ光り、不可視の弾丸が襲いかかった。そしてそれを見て感で避けようとした一夏を回避する事を許さずに吹き飛ばした。

 

「―――衝撃砲、お味はいかが?」

 

不可視の弾丸のを発射した武装の名は〈龍咆〉。

 

そ空間自体に圧力をかけて砲身を生成し、余剰で生じる衝撃を砲弾として撃ちだす武装である。所謂衝撃砲と呼ばれる武装であり、最大の特徴は発射角度に制限が無い事と、不可視の弾丸。これこそが甲龍を第三世代たらしめる武装なのである。

 

「くっそ、言ってた通り見えねぇ!?」

「当たり前よ、今までのは前座。そら、どんどん行くわよ!!」

「っちぃ!?」

 

鈴は龍咆を次々と連続で発射し、一夏を容赦なく攻め立てる。そして一夏はそんな鈴の猛攻を受け、回避すべく不規則な動きでアリーナを縦横無尽に動く。だが、見えない砲弾を全て避ける、と言うのは土台無理な相談である。幾つかが避けきれずに被弾し、一夏のシールドエネルギーを着実に減らしていった。

 

 

 

 

――想像以上にやり辛そうですねぇ

 

古鷹は一夏の様子を見て客観的な意見を述べてきた。

 

(あぁ、そうだな。どう見る?)

 

――不可視ですが、収束時に一瞬だけ周辺の空気が不自然に乱れます。なので其処から発射タイミングは読めます。流石に正確な弾道の予測はできませんが、それぐらいであれば可能です。

 

(盾自体は物理特化故に有効。よって耐久自体は問題無い。後はどう防ぐべき、か)

 

――解決策は……そうですね。あの空間圧兵装は、砂埃で弾道が見える筈。ですので発煙弾が有効でしょう。その他にも90㎜擲弾銃やグレネード弾を撃ち込んででも同じ状況を作れるでしょう

 

(だがそうした場合、私も攻撃がし難いのだがな)

 

――其処は貴方の腕の見せ所です。位置予測は積まれてるAIで可能ですから、頑張って欲しいモノですね

 

やれやれ、面倒な相手と対戦の約束をしてしまったものだな。……まぁ、ぼやいたところで勝ちに行く、と言う目的は変わらんからな。

 

「押されてますわね。やはり、厳しいですか」

「一夏……」

 

セシリアと箒はモニターを食い入るように見ている。

余程心配しているのだろう。手をキツく握り締めていた。

 

(未だ一夏は零落白夜と瞬時加速を使っていない。恐く、タイミングを待っているのだろうな)

 

しかし、一夏が瞬時加速を使えるのは既に知れ渡っている。そしてそれは鈴も警戒している筈だ。なんせ、零落白夜は当たればどんな有利も覆るのだから。

 

――えぇ、ですが其処は主人公。チャンスが来たら貪欲に喰らいつくでしょうね

 

「……早く、弍式を完成させないと」

 

簪は二人の戦い振りを見て、早く弍式で駆け巡りたい思いが強まったようだ。

 

――これ程の熱意であれば、きっとコアにも届くでしょう

 

(未だ、眠っているのか)

 

――えぇ、弍式のコアは本当の意味でMs.簪と触れ合っていない。完成して初めて触れ合うでしょう。相性はさり気なく調べましたが、問題無いレベルです。後はソリが合うかどうかです。

 

(……そう、か)

 

――む?どうかしましたか?

 

(いや、何も)

 

ソリがあって欲しいと思う自分と、ソリがあって欲しくない自分がいる。

 

理由は解っている。

 

此方側に来て欲しいと言う願いと、欲しくないと言う願い。

 

私はこの願いに板挟みになっているのだ。だが、せめて不幸にだけは遭わないで欲しい。だた、それだけさえ叶えば、それで充分だ。

 

――気持ちは察しますよ。不幸な目に遭わず、幸せで居て欲しい、でしょう?

 

(……そうだな)

 

――ですが、幸福がある分だけ、不幸が必ずあります。幸福だけでは只のディストピアですよ。……まぁ、だからと言って不幸な目に遭えとは言いませんがね。まぁ、言いたい事は貴方がその不幸を軽減させれば良い、と言う事ですよ

 

(もとよりそのつもりだが?)

 

巻き込む以上、降りかかる火の粉は私が振り払う。

 

例えこの身朽ち果てようとも、私の手が届く範囲で、それは絶対に成すべき事だ。

 

例外は、無い。

 

――……ほほう。では、一生分の面倒を見ますか?

 

(……これが終わったら、じっくり話そう。なに、手間は取らせん。体に聞くこともある)

 

――じょ、冗談じゃ……

 

冗談などではない。真面目な話を茶化す貴様の自業自得だ。

 

「……椿」

「……ん、どうした?」

 

簪が何か意を決した様に話し掛けてきた。そして其処に今朝の様な躊躇いは一切無かった。

 

「聞きたい事がある」

「何をだ?」

「昨日、お姉ちゃんと、知らない男の人と、何を話していたの?」

 

……ッ!!

 

――Ms.楯無以外にも聞かれていましたか。しかもよりによってMs.簪に

 

想定外だ。だが、今事情を話しても混乱するだけ、か。

 

「……この対抗戦が終わったら、大事な話をする。其処で全てを話そう」

 

だから、今は何も言うつもりはない。何も、言え無い。

 

「……解った」

「すまない。俺は今まで、隠し事をしていた」

「謝らなくてもいい。ちゃんと話してくれるなら、それでいいよ」

「……ありがとう」

 

私は簪の気遣いに感謝する以外、何もできなかった。

 

「……試合、見よ?」

「あぁ、そうだな」

 

 

 

 

暫らく簪と観戦していると、古鷹が話し掛けてきた。

 

――む。……来ましたよ。数は2。到着まで約5分。ピットへ向かいましょう

 

……遂に来たか。

 

(あぁ、解った。それと、楯無にも連絡を入れておけ)

 

――無論です

 

私は管制室を出ようとしたが、簪が呼び止めた。

 

「……何処に、いくの?」

「……此処から、絶対に離れるな。此処なら、安全だ」

 

今はこれしか言えないのが歯痒い。

 

「一体、何が……?」

「すまない。俺は、行かせてもらう」

「……あ」

 

私は簪との会話を打ち切り、管制室から出た瞬間、全力で走り続けた。そしてピットに辿り着くと同時に強力なジャミングとハッキングを受けたと古鷹から報告があった。

 

そして同時に大きな衝撃がアリーナ全体に走る。

 

余りの衝撃に思わずよろめいてしまった。恐く、アリーナに目標の2機が現れたのだろう。

 

(行くぞ)

 

私は古鷹を展開した。

 

――吹き飛ばしますか?

 

(無論だ。多目的・破砕榴弾砲を使う)

 

私は言いながら165㎜多目的・破砕榴弾砲を展開する。

 

そう、ハッキングを受けた事によりピットのハッチは固く閉ざされているのだ。これでは通れるモノも通れない。なので破壊する。壊しても襲撃犯のせい、と言う事にできるし、今は非常時だ。理由は幾らでも作れるし、偽る事もできる。よって躊躇なく破壊できる。

 

(合わせろ)

 

――了解。砲身角度調整、各関節及び脚部スパイク、ロック。……確認。165㎜多目的・破砕榴弾砲、発射可能。撃てます、My fellow(私の相棒)

 

(発射)

 

短い掛け声と共に、引き金を引いた。

 

そして引き金を引いた瞬間、けたたましい轟音と共に砲口から巨大な火球が生まれ、ピットの厚い扉を易々と吹き飛ばし、巨大な火球はシールドが消失したアリーナを突き抜け、空中へと消えていった。

 

「ぐうぅ!?」

 

そしてそれと同時に轟音と共に馬鹿にならない衝撃が襲いかかり、各関節が悲鳴を上げ、安定性確保のために打ち込んだ筈の脚部のスパイクが鉄を巻き込みながら後方へ下がる。

 

(~~ッ!本当に、馬鹿げた反動だ。一体、何をどう考えればこんな砲を積もうと考えれるんだ)

 

腕が痺れた。直ぐに引くし戦闘に影響が出る程ではないが……キツイものはキツイ。

 

――其処が川崎クオリティ。他とは一味違うんですよ

 

(まぁ良い、行くぞ)

 

私は言いながら多目的・破砕榴弾砲を収納し、新たな武装を展開する。

 

武装展開

 

背部武装

L:120㎜滑腔砲 初弾、HEAT-MP装填 

R:荷電粒子砲

 

主武装

L:.50Cal Beowulf Le16

R:40㎜電磁投射砲――チャージ開始

 

 

――ミッション開始。目標、敵無人機のコア奪取及び完全破壊!

 

私は古鷹の言葉を聞きながらアリーナへと踊り出た。そしてアリーナに踊り出ると、2機の無人機が鈴と一夏を襲っていた。……現在対策を取ろうとして避けまわっている、と見てもいいか。だが、襲っている内の一機が私の存在を確認し、両腕を構えてきた。

 

「椿っ!?」

「アンタがピットのハッチをぶっ飛ばしたの!?」

 

避け続ける一夏達が悲鳴を上げるかの如く叫んできた。

 

「そうだ。一機は引き受ける。そっちをどうにかしろ」

 

今は未だお互いに様子見の状態。だが、直ぐに戦闘は再開する。

 

「アンタ一人じゃ危険よ!?」

 

最もな言い分ではあるが、な。

 

「そう思うのなら、とっとと倒して援護しに来るんだな。あぁそれと、此奴は無人機だ。古鷹の生体センサーで確認した。遠慮なく叩き壊せ」

 

倒せば解ることだ、今言っても何も問題はないだろう。

 

「無人機っ!?」

「そうだ、だからさっさと倒してこい」

「解った!椿、絶対にやられるなよ!?」

「無論だ」

 

ただの小手調べで負ける程やわな鍛えられ方はされてない。それに、今の古鷹は競技用リミッターを解除した本来の性能。負ける道理が無い。援護に来る前に、仕事を終わらせる。

 

――スキャン完了。武装は肩の連射型レーザーと腕部高出力レーザー砲のみと断定。

 

(であればLDSが有効、か)

 

私はそう判断し、射出型拡張領域にあるLDSを意識する。

 

正式名称Laser Disturbance shell.日本語表記名レーザー撹乱弾。

 

効果は光学兵器の収束率の減衰。低出力の光学兵器であれば霧散させる事ができる。欠点は爆風などによって特殊粒子が長されたすい事。だが、今の様な無風の条件下であれば効果時間はスペック通り30秒保つ筈だ。

 

――えぇ。では手早く片付けますよ

 

(解っている。先ずはご挨拶だ)

 

私は無人機に対し、LDS発射と同時にHEAT-MPを放つ。

 

発射されたHEAT-MPはLDSを一瞬で追い越し、無人機へと飛翔する。そしてLDSは丁度中間地点で爆発し、光学兵器の収束率を下げる粒子を展開――効果範囲の光景が霞み始めた。

 

『…………』

 

一方の無人機は初弾を回避、そのまま肩にあるレーザー砲を連続的に発射してくるが、LDSに全て阻まれて霧散していった。

 

――効果は上々。であれば、畳み掛けましょう。

 

(あぁ。そして今ので射撃の補正も更新したな?)

 

――無論

 

私の言葉に古鷹は肯定意を示した。

 

ソレを聞いた私はBeowulfで弾幕を貼りながら120㎜滑腔砲にHEAT-MPを再装填し、再び発射。そして僅かにタイミングをずらして荷電粒子砲の引き金を引いた。

 

『……!!』

 

無人機は回避行動を取ろうとする。だが、今度はさせない。Beowulfで動きを制限させたので避けきれずに肩に被弾。そして体勢を崩した所でタイミングをずらして放った荷電粒子が直撃し、シールドエネルギーを大きく減らした。

 

――電磁投射砲、最大チャージ完了。

 

これは朗報だ。

 

(ベストタイミング。このまま撃つ)

 

私は古鷹からの報告を受けて判断、電磁投射砲のトリガーを引いた。

 

そして次の瞬間、虹色の光輪が生まれ、その中心を穿ちながら光速――レーザーと同等の弾速で弾丸が飛翔。Beowulfの弾幕の間を突き進み、そして追い越して無人機の右肩を貫き、右肩のレーザー砲を破壊した。

 

『……!』

 

だが無人機は素早く体勢を立て直し、お返しとばかりに今まで収束していたのであろう両手のレーザー砲を発射する。私は避けきれないと判断、盾を射線上に積層展開して防ぐ。そして激しい光を撒き散らし、前面に配置した盾を融解させたが後方の盾は何とか耐え切った。

 

――1番、2番が破壊されました。……一撃、ですか。ですが、3番と4番はまだ行けます。

 

(アリーナのシールドを破った威力には流石に耐えられない、か)

 

だが、一夏の方は威力を落としているのだろうがな。まぁ何にせよ、これは拙い。

 

――その様です。早急な無力化を推奨します。その為の提案は二つ。このままの距離で戦闘を続行し、電磁投射砲にて破壊。もしくは近接戦闘を仕掛ける事です

 

私は思考加速をして状況を整理、判断を下す。

 

(……接近する。この距離で戦うのは得策でない)

 

無理して相手の距離で戦う必要はない。それに百発百中ではない。ならば取るべき判断はこれで正しい筈だ。

 

――了解。敵の射撃予測をしながら最短ルートを表示します

 

私は古鷹の助言の下、一瞬でやるべき事を判断し、武装を近接用へと切り替える。

 

背部武装

L:120㎜滑腔砲 Canister装填

R:30㎜ガトリング砲

 

主武装

L:RDI Striker12

R:RDI Striker12

 

近接戦特化型装備。これでとことん食らいつかせてもらう。幸い、あの無人機は足がそれ程早くない様だからな。リミッター解除状態の古鷹なら、充分に食いつけれる。

 

「行くぞ」

 

私は一言呟き、無人機の左肩から飛んでくるレーザーを避け、古鷹から提示されたルートを辿りながら距離を詰めつつLDSを放った。

 

 

 

 

――制室――

 

「山田先生、教員部隊の状況はどうなっている?」

「ジャミングの影響で連絡が取り合えません。そして確認しましたが、通路の隔壁も幾つか封鎖されて居るようで、持ち込んだISに乗り込む事が出来ていない様です」

「……ちっ、纏って待機しなければ意味が無いだろうに。怠慢だな……仕方無い。このまま状況が動かなかった場合、我々も独自のルートで(隔壁を破壊しながら)向かう」

「はい!……何かおかしくありませんか?」

「そんな事はどうでもいい。さっさと情報を整理するんだ」

「は、はい!」

 

……先生達は必死で事態をどうにかしていた。そしてその間にも専用機持ちであるオルコットさんも自分も戦力として加えて欲しい、と提案していた。けど、連携して訓練をした事が無いのを指摘、よって出撃を許可しない、と言われて悔しそうにしていた。

 

そして本当はその時に私も、と言いたかったけど、そもそも完成してないからそれ以前の問題。だから、何も役に立たない。だから、言わなかった。言えなかった。

 

……私だって、役に立ちたい。でも、何も出来ない。今は只見守ることしかできなかった。

 

「……椿」

 

モニターには古鷹を纏った椿が映っていた。そして椿は瞬時加速を発動、両手のショットガンと大砲、ガトリング砲で無人機を激しく攻め立ていた。そして時折肩から何かを発射していた。

 

そしてその中かが爆発した瞬間、無人機のレーザーを霧散させていた。恐く、レーザーの収束率を下げる特殊な弾頭。効果範囲の距離までは正確には解らないけど、霞んでる部分は目立ってるからよくわかる。そして流れは完全に椿が握っていた。

 

「……これが、言いたかった事?」

 

私は少し前の出来事を思い返してみた。あの時椿が『此処から、絶対に離れるな。此処なら、安全だ』と言って管制室を出て行って少しした後、アリーナに凄い衝撃が来た。

 

1組の副担任の山田先生によれば外部からの攻撃によってアリーナのシールドが破壊され、二体の正体不明のISが上空より現れた、との事だった。そして画面を見ると、その正体不明の2機が鈴と織斑君に襲いかかり始めたのである。そして少しして再びアリーナを揺らす衝撃が来た。

 

今度は大地を揺るがすかの様な発射音と共に。

 

そして見た。

 

内側からピットのハッチが吹き飛ばされるのを。

 

巨大な火球が空へと消えていくのを。

 

そしてハッチが吹き飛ばされたピットの中から椿が古鷹を纏って出てくるのを。

 

「昨日の時点で、知っていた?」

 

……ううん。もしかしたらそれ以前から知っていたのかもしれない。

 

お姉ちゃんとも面識があるし、椿は今まで隠し事をしていた、と言っていた。

 

そして其処まで考えて、ある事に気付いた。

 

「……あれ?箒、は?」

 

見れば、箒が何時の間にか消えていた。織斑先生はここから動くな、と言っていたのに、居なくなっていた。これは、どうするべき?

 

「……探しに、行こう」

 

織斑先生には悪いけど、友人の不在を見過ごす訳にはいかない。私はそう考え、箒を探すべく、皆がモニターに集中している内にバレない様に管制室を出て行った。

 

アテはない。でも、箒の事だからきっと織斑君に声を掛ける筈。

 

だったら、それができる場所も絞られてくる。

 

 

 

 

――敵機、超高エネルギー反応を確認。来ます。右回避

 

古鷹の合図でゴーレムの腕部より放たれる強力なレーザーをギリギリのところで躱す。

 

(ダメージレポート)

 

――左肩部、ダメージ小。滑腔砲に異常を確認。砲身が歪みました。使用不可です

 

……滑腔砲が使い物にならなくなったか。だが、問題は無い。

 

私は掠った事を意に返さず、さらに接近し、必中の位置でStrikerを2丁同時に右肩に叩き込む。

 

シリンダー型のショットガンであるStrikerはそのシリンダーを回転させながら、次々と散弾を吐き出し、左肩の砲口を砕いていく。そしてそれと同時に、ガトリング砲も至近距離から撃ち込む。

 

無人機は幾度となくStrikerとガトリング砲の銃弾の雨を受けて、徐々に抵抗が弱くなってきた。それもそうだろう。両肩の連射力のあるレーザー砲を破壊され、取り回しの良い武装は全て封じられたのだから。それに火力のある手の部分のレーザー砲はチャージが必要だと推測する。よって今この瞬間、無人機は只の動くだけの鉄塊となった。

 

だったら仕掛けない手はない。

 

(このまま終わらせる)

 

――剥離剤を使った後、証拠隠滅を行います。AIMLとロケット弾を

 

(解った)

 

私は一応、不測の事態が無いようにLDSを撃ち込む。

そして決着を付ける為にガトリング砲を放ち続けながら両手の武装を変更させる。

 

 

背部武装

L:8連装AIML

R:30㎜ガトリング砲

 

主武装

L:KIKU

R:剥離剤

 

特殊

『射出型拡張領域』選択:ロケット弾

 

私はブースターを最大出力で吹かし、無人機の懐に入る。

 

「フィナーレだ」

 

そして左手のKIKU――パイルバンカー――で無人機を穿つ。KIKU内部で火薬が炸裂し、その衝撃で射出された杭を無人機の中心へ一撃、二擊、三擊と容赦なく打ち込む。そして無人機はがっくりとその両腕を力なく垂らした。

 

恐らく、シールドエネルギーが切れたのだろう。で、あれば。

 

――頃合です

 

(剥離剤を使用する)

 

一度KIKUを引き、アッパーの要領で取っ手の短いさすまたの様な剥離剤を持った右手を叩き込む。そして剥離剤を発動。次の瞬間、激しい放電現象が起き、手に剥離剤とは別の感覚を感じ、そしてその感覚も無くなった。

 

(コア確保)

 

――続いて証拠隠滅開始。

 

(発射する)

 

私は距離を離しながら背中のAIMLと肩の射出型拡張領域にあるロケット弾を撃ち込む。

 

「これも貰っておけ」

 

私はKIKUを収納し、90㎜擲弾銃を展開。爆炎が覆う中心に撃ち込んで無人機の原型を留めなくした。これなら通常であってもコアも無事ではないだろう。証拠隠滅完了だ。後で織斑先生辺にどやされるかもしれない。だが、これでいい。これで――

 

(任務完了)

 

――Mission complete!!

 

古鷹と声が重なった。

 

「後は――」

 

一夏達の方の無人機のみ、と言おうとした所でスピーカーから聞き覚えのある声が響いた。

 

『一夏ぁ!!』

 

この声は……箒か?何故、このタイミングで?

 

――放送室に反応あり……これは拙い、ですね

 

古鷹の言った通り放送室を見ると、箒は窓に張り付く様にマイクを持ち、絶叫していたのだ。

 

『男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとするっ!!』

 

(それは、狙い撃ちしてくれと言ってる様なモノだぞ!?)

 

あまりにも軽率な行動。

 

『箒ぃいい!??』

『あの馬鹿、何やってんのよ!?』

 

無人機は一夏達と交戦途中に箒に気付いて振り返り、箒に片腕を向けた。おそらく、敵性と判断したのだろう。腕から収束光が見て取れる。

 

(どうする!?)

 

私は思考を加速させ、古鷹に問う。

 

――手詰まりです。有効な手がありません。そして瞬時加速での接近も不可。長距離の加速は構造上及び機能上無理です。

 

古鷹が無慈悲な宣告を告げる。

 

……古鷹の言う通り、幾らこの機体の瞬発力や瞬時加速の速度が他の第三世代に劣らないとはいえ、瞬時加速の発動時間や距離は他と比べて短い。そして遠距離戦用の滑腔砲は先程の戦闘で破壊された。残りの遠距離武装である電磁投射砲では充電で間に合わない。そして他の武装では効果は薄い。更に言えば荷電粒子砲はLDSの効果が続いていてまともな収束を開始ができないし多目的・破砕榴弾砲も狙いを付ける時間が無い。よしんば狙えたとしても、外れた場合の被害は想像したくない。

 

LDSが此処に来て仇となった。どう考えても私は完全な手詰まり。

 

そして周りを見てみれば一夏と鈴の距離も完全に離れ、今も片腕のレーザー砲の攻撃を受けている。一夏はソレを必死に避けながら近づこうとして居るようだが―――間に合わない。

 

「くっ!」

 

私は思考加速を解除してBeowulfとStonerを新たに展開してダメ元で放つが、効果がない。

 

ここまでか……?

 

私は救えない、と半ば諦めていた。だが無人機の手からレーザーが放たれた瞬間、ソレは起こった。

 

 

 

 

――放送室――

 

 

「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとするっ!!」

「箒っ!?」

 

私は箒を探しにアリーナ内を必死に探し回った。そして運が良かった、と言うべきだろうか。

そう、気付いたのだ、放送室の扉が空いている事に。

 

「……簪?」

 

箒が間の抜けた声を上げた。

 

「箒、危ないから、早く離れ……!?」

「あっ!?」

 

窓を見ると、見たくない光景が見えた。

 

そう、所属不明機が片腕を此方に向け、攻撃しようとしてた。そして箒も漸くソレに気付いて、そして呆然としていた。

 

(早く、助けないと!!)

 

横合いから銃弾が――恐らくは椿の銃撃だろう――飛んできているが、効果が無い様に見える。そして所属不明機の後方からは、必死に避けながら近づこうとしている織斑一夏の姿が見える。けど、それでも間に合わない。このままだと、確実に撃たれる。

 

そして、死ぬ。

 

私は急いで箒に近づき、その手を掴み、この場から離れようとして弍式を展開した。

 

「え……」

 

そして展開したまでは良かったけど、弍式は私の意思とは全く関係なく動き始めた。

 

「何、で……?」

「か、簪!?」

 

必死で動かそうとするけど、動かない。そして箒は私のおかしい様子に気付き、声を掛ける。

 

「……に、逃げて」

 

私は一言だけ箒に告げ、後は全力どうにかして制御しようと試みた。

 

けど、出来無かった。

 

そして勝手に動き続ける弍式は無理やり窓を割り、所属不明機と箒の間に割り込んで―――――

 

 

 

 

突然放送室の窓が破壊され、未完成の筈の打鉄弍式が前に出て迫り来るレーザーから箒を守った。そして攻撃を受けきった弍式は見るも無残な姿になり、発光現象を起こしながら地に落ちた。そして弍式が消え、あちこちが焼け爛れてボロボロになった制服を纏った簪が横たわっていた。

 

「……かん、ざし?何故、そこに、居るんだ?」

 

箒を身を挺して守った、のか?だが、それにしては何か様子がおかしかった。

 

具体的に言えば彼女の庇い方が。

 

そう、無理やり(・・・・)動かされたかの様に見えたのだ。

 

セシリアの様な代表候補生が見せる洗練された動きでなく、ただ、強引に前に立たされ様に。

 

まるで、人の手で操られた人形の様に。

 

まるで、物を扱うかの様に。

 

(……っ!!)

 

私は其処まで考えて、一つの結論に辿りついた。

 

そして同時に私のナニカが崩れ去っていくのを感じた。

 

――あの兎は……っ!!椿っ!?意識を―――遘√′莉贋扠∮倥礪”蜷医△縺ヲ縺?繧句スシ縺!?!?!?

 

私は、古鷹の言っている言葉が頭に入らない。

 

私はただ、地面に倒れる簪を見つめて、とある事を思い出していた。

 

傷付き、血を流して倒れている簪を見つめていると、あの日を思い出していていた。

 

何もできずに居た、無力な自分を。

 

何もできずに只、泣き叫ぶしかできなかった自分を。

 

何もできずに、愛する家族の死を見つめる事しか出来なかったの哀れな自分を。

 

そして感じていた。

 

―――……簪が、動かなくなった

 

心の底から黒いナニかが沸き上がってくる感覚を。

 

―――折角、これからだったのに

 

あの時感じた以上の衝動を。

 

―――漸く、これから始まる筈だったのに

 

今まで感じた事のない程の衝動を。

 

―――私は……私は、守れなかった

 

悲しみも、怒りさえも超えた衝動を。

 

―――また、繰り返した。あの時の様に

 

そしてこの衝動の正体が何なのかが、何故か解った。

 

―――何故、そうなる?

 

一つは憎悪。

 

―――何故だ?私だから?私だから、なのか?

 

そして、殺意。

 

―――……そうか。だったら――

 

私は湧き上がる衝動を抑えようとは思わなかった。ただその衝動に身を任せ、一言告げた。

 

 

               

 

              「殺す」

 

 

 

 

         ―――――単一仕様能力(ワンオフアビリティ)発動

 

 

 

            もういい。消えて、無くなれ      

 

 


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