ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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'O sole mio!これが、私の太陽!どうも、椿の首に掛かってる古鷹です。……とうとう特別編最終話です。私の前書きの出番も最後です。もっと出番MORE.

……さて、皆様はシスターコンプレックス(以下シスコン)、と言うのをご存知でしょうか?

そう、主に姉妹に対する強い愛着や姉妹愛を超えた愛情(性を対象とする愛情)、またはそういった愛情を抱くことをいうアレです。コンプレックスという言葉を冠していますが、心理学用語とは正式に認められていないのであしからず。

尚、このシスコン、兄にとっての妹、弟にとっての姉と言う異性間だけでなく、姉にとっての妹、妹にとって姉と言う同性間にもこれが当て嵌まる事があります。無論、ブラコンにもこの法則が当て嵌まります。

つまり、この解釈を適用するならば、Ms千冬の視点から見ればブラコン。ワンサマーから見ればシスコンと言う事になります。OK?

……さて、このシスコン、妹の世話焼きな兄(姉)や姉思いの弟(妹)など強い姉妹愛が恋愛感情と似たものへ転じるケースが多いです。

ですから、織斑姉弟は※禁則事項です※、更識姉妹は※検閲により削除※です。……あれ?つまり、私の場合はどうあがいても※お察し下さい※じゃないですかヤダー!

……はっ!つい愚痴になりましたね、申し訳ございませんでした。

さて、何故いきなりこんな話を始めたかと言えば本作のメインヒロインかつ原作屈指のシスコンであるMs.楯無がメインのお話だからです。でも、馬鹿にしてませんよ?

姉妹愛、良い事じゃないですか。見てて微笑ましいですよ。……但し、Ms.楯無の場合はその姉妹愛は鼻から流れるのが多いそうですがね。まぁ、それは置いておきましょう。

このお話は、Ms.本音、Ms.簪が椿とイチャついてる間、彼女は何をしていたのか?その後、何をするのかを焦点に当てています。それでは、ごゆるりとお楽しみ下さいませ。





第三十二話:girls be ambitious!! ~更識楯無編~

――学生寮――

 

朝の喧騒を横目に私は簪ちゃんにバレない様に陰から様子を見守ってる。

 

そう、見守ってるの。

 

だから部屋を出る頃合いを見計らって張り込んでストーキングしてた訳じゃないわ。

 

(……で、今日も簪ちゃんは椿の所に向かってると)

 

そして何時もの様に椿を朝食に誘いに行くのね。全く、椿が羨ましいわ。私だって簪ちゃんと朝食を一緒に食べたい。勿論、椿ともだって。

 

本当は今すぐにでもこのまま駆け寄りたい。けど、仲直りできていないから、あの中には行けない。

 

(……まぁ、それは少なくとも対抗戦後の話、ね)

 

それまでに私が伝えたかった事を纏めておかないと。そしてそれをしっかりと伝える為の心の準備も、ね。さて、辛気臭いのは一旦置いといて――あ、椿が丁度本音ちゃんと一緒に出てきたわね。って、何か何時もみたいに手を繋いでるんじゃなくて腕を絡めてる。……何時の間にか親密度が上がってる。簪ちゃんもそれに気付いてジト目で見てるし。

 

……。

 

…………それにしてもジト目の簪ちゃん、可愛い―――ってじゃなくて、いや、可愛いのは否定しないけど……とにかく、ずっと見てると胸がもやもやするわね……。

 

(はぁ……――よっと)

 

私は内心そわそわしながら簪ちゃん達の様子眺めていたのだけど、背後から邪な気配を感じたので直ぐに横に身をずらした。と言うか、前々から来るのが解ってたから準備はしていたのだけどね。勿論、邪な気配の主が誰なのかも。

 

「たっちゃ――あれ?」

 

予想通り、ものの見事に飛びかかるのに失敗した薫子が視界に現れてきた。

 

「おぉう、バレてたか」

「当たり前よ」

「ですよねー……まぁいいや。それで、今日も今日とてたっちゃんは大事な妹のスト「薫子?」……様子を見守っていたと?」

 

まぁね。

 

と言っても、今は薫子が話し掛けてきたから一旦物陰に隠れたけど。

 

「でもさ、さっきのは視線的に天枷さんに向いてなかった?」

「何でそうなるのよ」

 

……正解。でも口に出しては言わない。て言うか、何で後ろから私の視線が読めるのよ。

 

「じゃぁさ、写真、撮ってきてあげようか?」

「いきなり話が飛躍し過ぎ」

「飛躍し過ぎてないよ?それにさ、天枷さんはそこそこ人気あるんだよね」

「へぇ、椿が?」

 

少し意外。椿は性格的に絡みにくい部類ではない――寧ろ良い部類――けど、前髪のせいで地味男として見られてる筈だから、あんまり他の子には人気ないんじゃないの?と思う。所謂関わらないと解らない系、ね。だから、見た目的にも、性格的にも解りやすいくらい”かっこいい男の子”の代名詞(盛りすぎかしら?)みたいな存在の一夏君に流れて行くものだと思っていたのだけど。

 

「うん。中でもね、前髪で素顔を隠してるのが逆にミステリアスでいい!って子が何人か居たのよ。それに、素顔は顎のラインが綺麗だから実は~やら、乗ってるISは~やらなんやらで結構話題性もあるから、会話ネタ的な意味では織斑君よりも人気があったりするんだよね」

 

……意外に人気あり、ね。やっぱり、見る人は見るのかしら。

 

それに、確かに一理あるわね。ミステリアスなのには中々興味が惹かれるのは確かにだし。でも私はもう素顔を見ている。……横顔で、しかも寝顔だけど。まぁ、それともかくとして、椿の古鷹は川崎の最新鋭機(軍用だけど競技用に制限は設けてる)だから武装、性能、特徴、欠点とかその手の話になるのも当然の流れと言える。

 

「まぁ、私個人としては?あの写真技術が羨ましいんだけどね。どうしたらあんなタイミングで良い絵面の良いシーンを取れるのかな?しかも戦闘中なのに」

 

あ、私もそう思った。アレはある意味凄い事だと思う。あの技術は私には真似出来そうにない。……真似する必要は無いのだけどね。と言うか、椿、思いっきりバレてるじゃない。変装する必要なんてあったのかしら?……やっぱり気分は大事って所?

 

「まぁ、それは置いといて……写真、安くしとくよ?」

「……どうして私が買うのを前提にしてるのかが疑問なのだけど」

 

そりゃまぁ、欲しいか否かと言えば欲しいけどね。……できれば前髪で隠されてない状態で。

 

「別に隠さなくてもいいんだよ?たっちゃんが天枷さんの事をついさっき親しげに”椿”って呼んだの、私はこの耳で確かに聞いたんだからね!」

 

それに、何故かたっちゃんが織斑君の話題はしても、天枷さんの話題を出さないから、逆説で考えてしっくりきたから何となく解ったんだよね、と薫子は補足する様に言った。

 

(……裏目に出ちゃったか)

 

私とした事がつい……と言うか、完全にアウェーね、これ。そのせいでいつもの調子が全く出ないし、切り返しの文句も浮かばない。……薫子にペースを握られてしまったわ。

 

「それにしてもまさか人たらしなたっちゃんがねぇ……あ!って事はさ、虚先輩も?」

 

……薫子の目は確信、になってるわね。もう、隠しだては無理ね。

 

私は仕方が無いと腹を括って答える。

 

「虚は……違うと思う」

 

うん、あれは違う……筈。

 

「何だ、ダブル姉妹揃って~じゃないんだ……因みにどうしてそう思うの?」

「出会って早々に意気投合はしてたけど、其処に恋愛の要素は無かったから」

 

ホント、出会っ早々不思議とぴったり息が合ってたのよね。けど、そのぴったり息が合ってたのが私を弄る事だから私的には悩みの種であったりする。

 

(まぁ、簪ちゃん達よりは気が楽と言えば楽だけど)

 

でも、何か虚に負けている様な気がする。あ~もう、またもやもやしてきた。

 

「ふ~ん……これからどんどん面白くなってくるねぇ」

 

薫子はニヤけながら言って頭の中で何かの算段を立て始めていた。

そしてそんな薫子に対して私はただ一言。

 

「ネタにしたら……どうなるか解ってるわよね?」

 

まぁ、大方予想はつくから先に釘を刺しておくに越したことはない。でも、私の一言を聞いても更に笑みを深めながら薫子は言葉を返してきた。

 

「それは無理ね。ほら、人の口に戸は立てられぬ、って言うでしょ?それに、たっちゃんは妹と仲直りしたら晴れて本格参戦するんでしょ?だったら情報なんて瞬く間に拡散するんだし、これは遅いか早いかの問題だと思うけど?」

「ぐっ……」

 

悔しいけど、否定する材料が見つからない。

 

「あ、勿論私はたっちゃんの応援をするよ?なんて言ったて私とたっちゃんの仲だからね。けどまぁ?ハーレムENDもそれはそれでありだと思うよ?見てて面白いし」

「……見世物じゃないんだけど」

「いいじゃない、たっちゃんも似たような事してたんだし」

 

確かに、過去何度も面白おかしく引っ掻き回してたのは事実だから否定する要素はないし、するつもりも無いのだけどね。

 

だけど、あれはあれ、これはこれ。

 

引っ掻き回すにしても線引きはしてきた。それに、簪ちゃんとは未だ仲直りも出来てない。

あまり、無神経にあれこれ言わないで欲しい。

 

「そうだけど、ちょっと無神経過ぎない?」

「……あ、ごめん。未だ、仲直りできてないんだよね」

 

そう言って薫子は反省の色を見せた。

 

「まぁ、今回は許してあげる。根に持つのは性じゃないし……その代わり、貴方の時は引っ掻き回すから、覚悟しておきなさい?」

「ぐっ……お、お手やわらかに」

 

さぁ?精々振り回されすぎ無い様に、とだけ言っておくわ。

 

「おはようございます、会長、薫子」

 

虚が何時の間にか近くまで来ていた。

 

「あ、おはよう」

「虚先輩おはようございます」

「それで、何か盛り上がってたようですが、一体何を話していたのですか?」

 

私は虚に答えようとしたけど、口を開く前に薫子が答えた。

 

「たっちゃんが恋する乙女になっててウジウジしてるんです」

「なっ!?」

 

いきなり何言ってるのよ!?

 

「……いいわ、徹底的にするから、覚悟しなさい」

「……いいもん。どうせ未だまだ先の話だし」

 

よし、言質は取った。

 

「言っておくけど、出会いは何時だって突然よ?」

 

私もそうだったからね。

 

「はいはい其処まで。先ずは朝食を摂りましょう。それから話を詳しく聞かせて貰います。会長と薫子もそれでいいですね?」

「……解ったわ」

 

どうせ追求から逃れらないから、仕方がが無い、か。

 

「解りました」

 

私と薫子は虚の提案に乗り、三人で食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

「―――つまり、会長は椿さんと過ごせる時間が少なくて不満。偶には一緒に居たい。でも、簪お嬢様の事を考えるとどうしても遠慮してしまう、ですか」

「……そうよ」

「そして結論で言えば恋愛は不得手だと」

「……どうしていいか、解らない」

 

朝食を摂った後、さっきの一件の経緯と事情を話した。そしてその過程で、私が思っていた事を、椿の事に関して色々と話していたら、少々愚痴の様なモノになっていた。

 

でも、虚と薫子は黙って聞いてくれた。

 

お陰でもやもやした気持ちも少しだけ晴れた気がする。

 

「まぁ、大方事情は把握しました。であれば、対処のとりようも幾らでもあります」

 

そしてこの私達の様子を見届けた虚は手を打って言葉を続けた。

 

「さて、今回はこれまで。徐々教室へ向かわなければいけませんね」

「あれ?虚先輩、対処がどうのこうのっと言ってましたけど、どうするんです?」

「それは会長にしか教えません」

「むぅ……まぁいいです。今回は諦めます。……それじゃ、たっちゃん、今日私日直になってるからもう行くね。そんじゃぁね~」

 

そう言って薫子は席を立ち、手をひらひら振りながら食堂から出て行った。

 

ふむ、少々愚痴に時間を費やし過ぎたかしら?けど、時間的に言えば未だ余裕がある。と言っても、丁度いいタイミングだし、これでお開きね。

 

「では会長、私もこれで。……そうそう、個人的なアドバイスですが、椿さんには遠慮無くガツーンと行ってもいいと思いすよ?そう、何時もの様に、です。椿さんなら受け入れてくれますから……では、次は生徒会室で」

 

……ふむ。

 

「何時もの様に、何時もの様に、ね。解ったわ。じゃぁ、また後で」

 

私は虚を見送って、一度思いっきり背伸びをして席から立ち上がった。

 

どうやら今の私は少し頭が凝り固まってたみたい。……そうね、私らしくない。……よし、今から何時もの私に戻るわ。先ずは気分転換しなくちゃね。先ずは……あ、丁度フォルテ達が居た。

 

(……うむ。少し弄ったら良い気分転換になるかもしれない)

 

そう、視界の先にフォルテがダリルとめんどくさそうに歩いてたから、ついついそんな事を思いついていしまった。無論、思っただけでなく実行するのだけど。

 

因みにダリルは三年生で、アメリカ国家代表候補生。フォルテはオーストラリアの国家代表候補生で、私と同じクラス。しかも隣の席。所謂勝手知ったる仲でね。当然何度か弄り倒した事はあるわ。……偶にダリルも一緒に混ざってくるけどね。今回はどうかしら?

 

(まぁその時はその時で考えておくわ。取り敢えずは……フフッ、覚悟しなさい)

 

そして私はそろ~りと気付かれ無い様に二人の背後を取り、目標をフォルテに定めて、軽く助走をつけながらダイブする。

 

同時に決め台詞を一つ。

 

「エントリィイイイイイイっ!!!」

 

そして華麗にダイブを決めた後、可もなく不可もない大きさのおっぱいを揉む。

 

……ふむふむ。やはり触り心地は制服越しとはいえ、中々ね。

 

「うひゃっ!?い、いきなり何するッスか!?てか胸揉むなッス!?」

「おー楯無だ。おはよう」

 

慌てふためくフォルテとマイペースなダリル。

 

うむ、予想通りのリアクションで大いに結構よ。

 

「ふふん、おはよう。そしてフォルテ、奇襲は立派な戦術よ?」

「いや、そもそも対立してないんスけど……」

「まぁ、そんな些細な事は気にしない気にしない♪」

「そうだぞフォルテー、気にすんな」

「気にするッス!それと、何時まで抱きついてるんッスか!めっちゃおも――へぶっ」

 

失礼な事を言いかけるたので後頭部に軽くチョップ。そして文句を一つ。

 

「誰が重いですって……?」

 

女の子なのに女の子のタブーを犯すだなんて……これはちょっとお仕置きが必要ね。まぁ、言われなくても弄るのは既に決定だったけど♪

 

「え、いや、その、ご、ごめ―――」

「謝罪は体で支払って貰うから別にいいわ。―――いざ、Let's KU✩SU✩GU✩RI time♪」

「そ、それは勘弁ッス!?」

「おぉー。何か面白そうだからまざらせてもらうぞ」

「いや、ダリル先輩はまざ―――い、いやぁああああああああッスゥウウウ!?」

 

あ、悲鳴でも「~ッス」は語尾に付くのね。

 

私はそんなフォルテのキャラのブレのなさに妙に感心しつつダリルと一緒にくすぐりを続行した。……お陰で登校時間が少しだけ危なかったけど、間に合ったから問題無いわ。

 

 

 

 

教室。HR後の僅かな休憩時間。

 

「うぅ、何だか乙女の純潔を散らされた気がするッスぅ……」

 

隣の席で突っ伏しているフォルテが未だに何かブツブツ言っていた。

確か、教室にたどり着いてからこうなってたわね。まぁ、そのブツブツは全部丸聞こえだけど。

 

「あら、だったらもう一度快楽に身を任せてみる?」

 

私はそんなフォルテ話し掛ける事にした。

 

理由は単純。いい加減、聞き流すのもアレかな?と思ったし、何より絶対これ弄って貰いたい待ちでしょ、と思ったからだったりする。

 

「謹んで遠慮するッス。それに快楽じゃなくてアレはただの地獄ッス……」

「失礼しちゃうわね」

 

私のくすぐり技術は凶暴だけど、地獄ではないのよ?寧ろ天国だと自負している。そしてこの技術を簪ちゃんに行使すれば……うーむ、身悶える簪ちゃん、か。想像するだけで――おっといけないいけない。ヨダレが垂れそうになったわ。

 

「はぁ~……しっかし、何でいきなり襲って来たんスか?」

 

フォルテは起き上がって理由を聞いてきた。

 

そりゃまぁ、リフレッシュを兼ねて誰かを弄ろうと思ってた矢先に偶々フォルテが見えたからターゲットにしただけ。でも、ソレをそのまま答えると何かつまらないと思ったから、ちょっとだけ考えて答えてあげることにした。

 

「あら、私が貴方を弄るのに理由何て必要かしら?」

「り、理不尽っスゥ……」

 

そう言って再び突っ伏していた。

 

「ふぅ……」

「なにひと仕事終えた見たいな吐息を漏らしてるんスか……」

 

フォルテは顔だけ此方に向けてなけなしの気力でツッコミを入れてきた。

ふふん、前までは此処で終わってたけど、成長してるようね。

 

「いいじゃない、実際に私は満足してるのだから」

「……そう言ってる割にはなーんか心ここにあらず、見たいな感じがするッスけど」

「へぇ?」

 

……やっぱり、そう見えるのね。

 

はっきり言えば正解。

 

確かに弄りがいはあったけど、くすぐり中に、何処か虚しさを覚えた。

 

原因は解っている。

 

解っていても、調子が悪い。

 

薫子にペースを握られ、フォルテには薄々とだけど、気取られる。

 

私らしくもない。

 

本当に、調子が悪いわ。

 

「それに、自分で言うのもあれッスけど、弄る相手間違えたんじゃないッスか?」

「それはないわね。フォルテは弄り甲斐はあるし。寧ろ、弄られないのがおかしいわ」

「酷い言われようッス!?」

「それに、お姉さんのリードから抜け出そうってたって無駄よ?体重に関する発言の罪は、貴方の想像を超えるのよ?たかーい代償を持って払って貰わなきゃね♪」

 

フォルテには悪いけど、このままの状態を維持させて貰う。

 

「うぐっ……じゃぁこうするッス。お昼に何か奢るんで、それで手打ちにして欲しいッス」

「へぇ、随分と殊勝な心がけね」

「うッス。それで……どうッスか?」

「ふーむ……いいわ、今回は特別よ?」

「ははー、寛大なるご処置、感謝感激の極み……ッス」

 

そう言って拝む挙動をとるフォルテ。でも、語尾にッスをつけ忘れない。

ふふん、良きかな良きかな。

 

「それじゃ、お昼、忘れないでよ?」

「解ってるッス」

 

その後、数学の先生が来て授業が始まった。

 

さて、集中しよう。

 

生徒会長たる者、文武両道、公私の区別はしっかり付けないと、ね。

 

 

 

 

 

――食堂――

 

さて、時間は過ぎてお昼休みの食堂。

 

現在、私はフォルテに加えて二人の同席者が居るテーブルに座っている。そして私の手前にあるのは生粋の大阪人にして食堂のおばちゃんこと本溜日和さんお手製チョコパフェ(奇跡的に手に入れれた)と軽食用のサンドイッチ。他にもテーブルには各々が選んだ料理が並べられていた。

 

そして私は全員が食べる準備ができた所で最初の一言を告げる。

 

「と言う訳で!」

「フォルテ」

「ふにぃ。おひるはぁ」

 

「「「ゴチになります!」」」

 

三人同時に合掌。

 

順に私、薫子、そして薫子と同じ整備課のフィー。無論、奢りは私の分だけだけど、フォルテを弄る為にめ説明して口裏を合わせて貰っている。

 

そして結果は……いい感じに決まったわね。

 

「何でそうなるっスか!?奢るの楯無の分だけッスよ!?」

 

予想通りの反応、大いに結構よ。

 

「あら、気にしちゃダメよ?」

「そうよ、気にしたらダメだからね」

「にゃふぅ、だからぁ、だまぁっておごられろぉ、なのですぅ」

「そ、そんな……アタシのお小遣いが……消えてくッスゥ」

 

あ、もう打ちひしがれた。……ふーむ。少し満足できないけど、これ以上弄るのも少し酷ね。だったら、とっととネタばらししよう。

 

私はそう思い立ち、二人に素早く目配せする。そしてソレを受けた二人はニヤリと一瞬だけ笑ってから了解、と頷いてフォルテに話しかけ始めた。

 

「はいはい、冗談よ、冗談」

「うふぅ。ちょぉっとしたじょおだんですよぉ」

「し、心臓に悪いッス……口裏合わせさせたのは楯無ッスよね?いや、そうに決まってるッス」

「当然♪」

 

私は手にある扇をバッと勢い良く開く。

 

『犯人はヤス』

 

「何でッスか!?犯人はどうみてもあんたッス!!。てか、ヤスって誰ッスか。そしてその扇は何処から出したッス。文字も毎回変わるッスし、マジでどうなってるッス」

「質問が多いわね。まぁ、一つだけ答えてあげるわ。……そう、ヤスはヤスよ。それ以上でもましてやそれ以下でもないわ」

 

因みにこの扇に関しては企業秘密よ?

 

「訳が解らんッス」

「あら、ヤスを馬鹿にしてるの?」

「いや、違うッスから!?」

 

それを聞いたフォルテはうがぁぁ、と唸りながら頭をガシガシと掻いていた。

 

「まぁまぁ。ほら、早く食べないと美味しくなくなるわよ?」

「ふぃーはぁおなかがへったですぅ」

「ぐっ……解ったッス。じゃぁ、いただきますッス」

 

「「「いただきますッス」」」

 

「真似するなッス!」

 

おっと、思わず口調が伝染ってしまったわ。気を付けないと私の口調がフォルテと同じになるわね。

 

取り敢えず、フォルテツッコミは皆でスルーして食べ始める。

 

フォルテが「酷いッス!?」とか言ってたけど、無視して先ずはチョコパフェを一口。

 

うむ、美味しい。

 

普通ならサンドイッチから食べるのだけど、この日和さんのパフェは直ぐに売り切れてしまう(値段は高いのに)から、最初から並んで買う必要があり、更に言えばアイスが入っているから時間が経てば当然溶けてしまう。それでは美味しくなくなってしまう。だから最初に食べた。……普通に冷蔵庫に入れて貰えば良かったかしら。まぁ、良いか。

 

そして暫く食事が進んだ後、薫子が話しを振ってきた。

 

「そう言えば何でたっちゃんはフォルテに奢って貰ってるの?脅した?」

「何でそうなるのよ」

 

けどまぁ、脅したと言えば脅したの、かな?いや、違う。女の子の癖に女の子にとってタブーな発言をしたのだから、これは当然の代償ね。

 

「ふぃーもぉ、きになりますぅ」

「簡単に言えばフォルテが私の事を重いって言った。訴訟、判決、有罪、OK?」

「OK」

「ふにぃ。おっけぇ、ですぅ」

 

うむ。流石は女の子。解ってくれて何よりよ。

 

「ひ、否定できないッス……!!」

「タブーに触れたからねぇ?」

 

私はそう言いながらニヤリと笑いながらフォルテを見る。

 

冷や汗をダラダラ流して引きの体勢。

 

見てて本当に面白いわね。

 

「あー、そのニヤケ顔、すっごくムカつくッス」

「何でよ、とても魅力的な笑みでしょ」

 

どっからどう見てもこあく―――じゃなくて、天使の笑みでしょうに。

 

「否定できないのが余計にムカつくッス!」

「才色兼備、文武両道だもんねぇ」

「わふぅ。ふぃーはぁ、とぉってもうらやましいですよぉ」

「でもそんな完全無欠のたっちゃんでも、れ「薫子?」おぉっと」

 

会話の流れで恋愛が不得手、とカミングアウトをされそうになったので素早く釘を刺した。

全く、油断も隙あったもんじゃなないわね。

 

「ほえ?」

「ん?何言いかけたッスか?」

「何でも無いわ。ねぇ、薫子?」

「あははー。うん、たっちゃんの言う通りよ」

 

そう言ってから薫子は仕切りに何でも無い何でも無いと繰り返した。まぁ、私がほんの”ちょっと”だけ殺気を向けたせいなんだけどね。そしてフォルテとフィーは訝しがりながらも首を傾げてるに留まった。

 

ふー危ない危ない。

 

その後、雑談を交わしつ昼食を食べ終わり、食器を片付けた後でフォルテとフィーはそれぞれの教室へと戻り、このテーブルには私と薫子だけが残った。

 

そして一息ついた所で先ず一言。

 

「全く、簡単にバラしかけないでよ」

「いやぁ、ごめんごめん」

 

ごめん、と両手を合わせながらの平謝り。全く信用できない謝り方ね。

まぁ、薫子の性格は良く解ってるからそれでもいいんだけど。

 

「うーむ、どうやら私の誠意は届いてない見たいね。じゃぁさ、謝罪の代わりと言っては何だけど、たっちゃんと別れた後に手に入れたいい情報を教えてあげる」

「いい情報?」

 

一体何かしら?

 

「今日の午後の授業ね、一年生の1組と4組が授業変更で一緒に体力測定やるんだって」

「…………」

 

逆にもやもやするのだけど。

 

「わー急にへの字になった」

「当たり前よ」

 

本音は同じクラスだから未だいい。それに、学年が違うからと割り切ってる部分だってある。がしかし、通常の授業変更でもそうそうマッチングする訳が無い簪ちゃんまでもが一緒に居られるのは羨ましい。

 

(……どうしようかしら?)

 

そうだ、先輩が後輩に直接教える授業を設ける、なんてどうかしら。これなら教える側と教えられる側で得るべき物は多い。……ふむ、一考の余地があるわね。

 

まぁ、これは置いておくわ。それよりも、重要な案件があるのだから。

 

簪ちゃんの体操着姿を拝めれる(・・・・・・・・・・・・・・)、これが何よりも重要なのだから。

 

……うーむ。ブルマを恥ずかしそうに着て上着の裾を押さえて隠そうとする姿が目に浮かぶわ。

 

キュートなお尻と惜しげもなく晒されたスラリとした太もも。B+な胸。そして大きな胸の娘(私含む)と自分のをと見比べた時の涙目、ジト目。次いでに目の敵にする様な鋭い視線。

 

……いい!実にいいわ!想像するだけでご飯は三升はいける!うーむ、これが一気に味わえるのだから本当に素晴らしい。全く、椿が羨まし―――はっ!?

 

そこまで色々と想像していた所で、薫子が居る事を思いだした。

 

拙い。

 

嫌な予感がしつつも薫子の様子を伺って見ると、案の定ニヤけ顔をしていた。

 

そして一言。

 

「いやぁ、見事なトリップだったよ?」

 

やってしまった。まぁ、自重する気はないけど。でも、生徒会長としての尊厳を保つ為に薫子には黙ってもらわければいけない。よって私は薫子に提案する事にした。

 

「見なかった事にしてくれない?」

「えー、どうしよっかなー?」

 

ぐ、ぐぬぬ……!!

 

私は歯ぎしりをしてから、一度ため息を吐いてから条件をだした。

 

「夕食後のデザート」

「交渉成立」

 

そしてお互いに右手を差し出して握手。

 

(何と言う屈辱……!!)

 

そしてお互いに清々しい程の”良い”笑顔。でも、言わずもがな種類は違う。

 

……やっぱりダメね、薫子と簪ちゃんや椿の事で会話をすると私が圧倒的に不利になってしまう。簪ちゃんの話題だと私が勝手に暴走(止まるつもりはない)で自滅。椿の話題だと言い様に振り回されるし、完全な後手になる。

 

……うん、どうにかして対策を立てないと拙いわね。

 

私はそう心に刻みつけ、残りのお昼を過ごした。

 

 

 

 

 

――廊下――

 

時は進んで6時間目終了後。

 

「んっふっふっふー。簪ちゃん居る所にお姉ちゃんあり!……でも居ない、だと」

 

何でよ……。

 

ここに来るまでの労力が無駄になって少しだけ凹んだ。

 

丁度実技後だったから、即量子化で着替えを済ませて早速体育館の一年生が通るルートに張り込んで見た。そして薫子の情報通り確かに廊下を通るのは一年生の1組と4組の生徒。本音や一夏君、箒ちゃん、簪ちゃんと普段から仲良くしてる子達が歩いてるから直ぐに解った。がしかし、肝心の簪ちゃんの姿が見えないのよね。それに椿の姿も。

 

(……直接体育館に向かって見ようかしら)

 

居ないとしたら、必然的に未だ体育館に居ると言う事になる。であれば、向かうとしよう。幸い、HRまでも着替えや移動を短縮したから大分余裕がある。

 

そして移動しつつ生徒の流れを(バレ無い様に)観察しつつ簪ちゃんの姿を探していると、遠くから織斑先生と山田先生が歩いてくるのが見えた。そして二人は何やら話し込んでいるらしく、歩みが他よりも生徒のよりも遅くなっていた。

 

「―――しかし、更識は入学当初よりもかなり明るくなったな」

「はい。始めはちょっと浮いてたので他の子達と馴染めるか心配していましたが、今もう心配する必要もありませんね。しっかりクラスの子達と馴染めてますし」

 

どうやら今は簪ちゃんの話題の様ね。とっと去って行こうかと思ったけど、気になったからもう少しだけ耳を傾ける事にしよう。

 

「まぁ、天枷のお陰、なのだろうな」

「私もそう思います。整備室の管理を担当してる水谷先生からも、つい最近までは仲良く入り浸ってた姿を目撃した、と聞きましたし。まぁ、今は対抗戦の為の練習で来ていませんが」

 

やっぱり、椿も話しに出てくるわよね。

 

此処最近、生徒会と家の方の仕事で忙しくて簪ちゃんを見守れない日が何度かあったけど、そうでない見守っていたどの日も簪ちゃんは椿と本音ちゃんと一緒に弍式の制作をしてた。そしてその時の表情は、椿と出会う前の、使命感に駆られているかの様な表情ではなく、只々、純粋な嬉しさを表情に浮かべていたのを私はよく覚えている。

 

そしてそれは椿が簪ちゃんを前に引っ張ってくれたお陰である事も。

 

本当に、感謝しても感謝しきれない。

 

「……あぁ、専用機か。全く、倉持の連中は何を考えてるんだか。何も作りかけをほっぽり出さなくてもいいものを。それに、今の奴には訓練機を優先的に貸し出すだけでも充分だろうに。……あぁ、いや、結局はアイツが絡んでるから、IFでもあまり結果は変わらんか」

 

あら、織斑先生は身内に厳しいのね。でも、その言い分は最もね。全く、あの時は私も倉持技研には個人的に”ご挨拶”に向かおうと思ったものよ。でも、それだと簪ちゃんの迷惑になると考えて何とか思いとどまったけ。それに、あの時の簪ちゃん、寧ろ私に対抗しようとして嬉々としてその状況を受け入れてたし。 

 

でも、敢えて言いたい。

 

私は決して一人でレイディを組み上げた訳じゃない。既に機体として完成していた図面を元に、レイディ担当の技術者に教えて貰いながら虚と一緒に組み上げただけ。だから、言いたい。

 

『簪ちゃんは私より凄い』

 

……これをちゃんと面と向かって言えればいいのに、未だ言え無いのは本当に難儀よね。

 

「あははは……まぁ、それはともかく、水谷先生が言うには順調に行けば次の学年別には充分に間に合う様ですよ。ホント、凄いですよね、更識さん。未だ学生なのにISを自分で制作するのは並大抵の人にはできませんよ。勿論、手伝っている天枷さんも、ですけど」

「……時々、天枷の中身は実は青狸か何かじゃないかと錯覚する時がある」

 

あ、私もそう思った。厳密に言えば青狸じゃないけど、頼めば本当に大概の事はやってくれるもの(度が過ぎればお仕置きされるけど)。ホント、生徒会の仕事も楽になったわ。虚も感謝してたし。

 

「それはどうなんでしょう?……まぁ、それはともかく、座学・実技共に優秀。それに、織斑君の成長スピードを鑑みれば指導力の高さも伺えます。なので、天枷さんはとても教師に向いて―――って、もう川崎の方に就職していましたね。残念です」

 

一つだけ追加するなら、その優秀さは恐ろしい程の努力の積み重ねによる結果。

 

椿が入学する時、私は仕事で椿の過去の経歴を洗っていたのだけど、その際に高校三年間、その殆どの時間をISに関する勉強や、一般教養に当てていた(当時の担任曰く)、と調べに付いてる。お陰で交友関係も狭く、勉強中毒者なんてあだ名を影で付けられていたとかなんとか。

 

まぁ、それは置いておくとして、その努力で超難関と呼ばれる川崎に就職、と言う結果を出していたのだら、あの時は純粋に感心したわ。まぁ、今もだけどね。

 

「まぁ、な。確かに欲しくはある人材だ。だが、そんな奴にも一つ欠点がある」

「……視線恐怖症、ですね。できれば何か手助けをしれあげたいのですが、こればっかりは天枷さんの方からアクションを起こしてくれないと、触れられない話題です」

「其処は更識と布仏に期待するしかないさ」

 

……簪ちゃんと本音ちゃん、か。そうよね、今、椿に一番近いのは、あの二人だから。

やっぱり、嫉妬するわ。私は未だ椿とは、きっと遠い筈だから。

 

「ですね。……それにしてもあの三人は熱々ですよね。見てて微笑ましいです」

「さてさて、どうなるんだか。……うっかりして婚期を逃すなよ?真耶」

 

次は先生たちの恋愛の話題。しかも完全に砕けた口調ね。……色々面白そうだから聞き耳は立てたいけど、キリもいいから徐々退散しようかしら。

 

「……先輩こそ、未だお相手が見つからないですよね」

「ふん。一夏の奴がもっとしっかりしたら幾らでも捕まえてみせるさ」

 

そう言った所で私が隠れている方を向いてきたのでそっと身を隠し―――って、え?

 

「それと、言い忘れてたが、私はお前にも期待してるんだぞ?――生徒会長殿?」

 

小さい声でボソッと発言して素通りしていった。

 

……まだまだ修行が足りないわね。これでも結構自身はあったのだけど。

 

「ほえ?何か言いました?」

「あぁ言ったぞ。天枷がホントに狼にならんか心配、とな」

「あはは、流石にそれはありませんよ……多分?」

「何故疑問形になる?」

「お、男の人ですから、ね?それに、保健室というシチュエーションは……何でもありません!」

「……そうか。まぁ、真耶の言う通り、奴も男だからな。無きにしも非ず、だ」

 

……良く解らないのだけど、つまり、簪ちゃんが、椿と一緒に保健室に居るって事?怪我でもしたのかしら。それに、椿が狼にって……。

 

(……っ!!)

 

私の脳の衝撃が奔った。

 

このままだと簪ちゃんが……!?

 

「それはお姉ちゃんが認めないんだからっ!」

「ほえっ!?せ、生徒会長?」

 

突然私が物陰から飛び出てきた事に山田先生が驚いてた。そして織斑先生も凄い呆れ顔をしてたけど、私は気にしない。そう、今は簪ちゃんの無事を確かめるのが何よりも優先事項!

 

私は全速力で保健室へ向かった。

 

 

 

 

――生徒会室――

 

 

「――何か言う事はありますか?」

「……申し訳ございませんでした」

 

現在私はHRを終ってから生徒会で虚から正座で説教を受けていた。

 

因みに説教の原因は椿達の様子を偵察していたら、偶々近くを歩いていた虚に見つかったから、よ。まぁ、説教に至るまで経緯を詳しくはせばこうなるわ。

 

あの時の私は全速力で保健室へと急行、その結果、途中の廊下で二人の姿を発見する事ができた。あの時の安堵感と言ったらもう……ね。

 

それで、私は簪ちゃんは怪我をしてる、と織斑先生達の会話から解っていたから、椿はおんぶして連れて行くだろうと推測していた。だから、1歩、いや1ミリぐらい譲って簪ちゃんをおんぶするのを譲歩しても良いと思っていた。でも、私が推測していたのとは違った。

 

『お姫様抱っこ』

 

そう、あろうことか椿は簪ちゃんをお姫様抱っこで保健室に向かっていた。しかも簪ちゃんは腕を椿の首に回していたし。そしてそれを目撃してしまった私は思った。

 

椿が羨ましいし、簪ちゃんが羨ましい。

 

私だって椿にお姫様抱っこしてもらいたいし、私も簪ちゃんをお姫様抱っこしたい。

 

そんな願望がふつふつと心の奥底から湧き上がってきた。

 

そしてあの時の私はすごく殺気立っていた。そしてその殺気を受けた椿がものすごく青い顔になっていたのをよく覚えているわ。……此処まで思い返せば、私は只の嫉妬深い女、よね。

 

……まぁ、それは今は置いておくわ。で、途中で虚が私の姿を見つけて生徒会室でお説教すると言われて今に至るのよ。……説教中の虚は阿修羅に見えたわ。

 

只、笑いながら諭してるはずなのに、とても恐ろしかった。

 

「全く……まぁ、良いです。この件は此処までにします」

「……はい」

「それで、話は変わりますが、朝に私が言った事は覚えていますか?」

 

それって確か―――

 

「『対処のとりようも幾らでもあります』だったからしら」

 

覚えてはいる。でも、あの時の私は軽く聞き流してたのだけどね。まぁ、虚の事だから、何か良い案があるのだと期待している面もあったけど、頼って自分から動かないんじゃ意味が無い、という意思の方が強かった。だから、参考程度にはする、と言った所ね。

 

「はい。其処で私はお嬢様に提案します」

 

虚は私の事を会長ではなく、家に居る時の様に、お嬢様と呼んで一度区切った。

そして一度息を軽く吸って、微笑みを向けながら一言。

 

「明日のお昼から午後の授業の終わりまで、一緒に過ごしては如何ですか?」

「ちゃんと公私の区別はつけないとダメじゃない」

 

それに、椿が首を縦に振る訳がない。

 

「所が、です。――これをどうぞ」

 

そう言って虚は私に一枚のA4の紙を差し出してきた。私はソレを首を傾げつつ受け取り、書いてある文をさらっと流し読みしてみた。そして題名にはこう書かれていた。

 

『警備大綱及び、一般・来客・重要人物の避難及び保護プログラムの見直しに関する緊急会議』

 

私はこれを見て直ぐに虚の発言に納得が言った。

 

何故なら今年のIS学園は椿、一夏君の二人しかいない(実際は一夏君以外が乗れなくなる様にされているだけ。椿は例外)男性操縦者と、篠ノ之博士の実妹である箒ちゃんと言う、3人の有名人が入学したから。

 

だから、事あるごとに各国の政府高官や大企業の重役達が来るのは目に見えている。そしてテロリスト(亡国機業を指してるけど、他の勢力だって在り得る)が襲撃する事も然り。

 

目的は現在無所属である彼等の取り込み。テロリストは言わずとも。

 

と言っても、椿は既に川崎所属だからこの問題は関係ない。でも、椿と友好的な関係になれれば、川崎と太いパイプをつくれるから何かと機会を伺う筈。そして無所属である一夏君、箒ちゃんを取り込むメリットは言わずともね。彼等のバックにはブリュンヒルデと稀代の天才。自国の利益を考えるのであれば、誰だって喉から手が出る程欲しい筈の存在なのだから。

 

まぁ、その辺は家の上司である日本政府のお偉方の手腕に任せるけどね。

 

で、話は戻すのだけど、各国の政府高官が一箇所に集まる、と言うのはテロリストからの襲撃される確率が跳ね上がるのを同時に示している。だから現状の警備体勢、緊急時の避難・護送方法を見直して少しでも助かる様にするのがこの会議の目的。勿論、この手の専門家をIS委員会からの信任を受けた人物をこの会議に何人か呼んでいる。勿論、IS学園の警備の責任者も。

 

そして此処の教師は元国家代表候補生や軍出身(除隊して国との関わりが無いのを確認済み)。一部にIS未操縦者の教職員(勿論背後関係を洗って問題無しと判断)もいるけど、一般生徒の避難誘導この会議に含まれているから参加の義務がある。

 

それでまぁ、一般の教職員はともかくとして、元国家代表候補生や軍出身の教師がこの会議の話の内容に置いてけぼりにされている事は無い。

 

因みにこの会議は一夏君と椿が乗れると発覚した時から既に何度か開いている。そして会議で出来上がった改善案は、轡木のおじ様を通して家の者に通して貰っていると言う寸法。

 

所謂穴を塞ぐ役ね。最も、今回は川崎の方にも通すのだけど。

 

そして私は最後に出来上がったこの案件を頭に叩き込む事。だから、私はこの会議に参加する必要はない。よって午後は完全なフリーになる。

 

だから私は虚の言葉に納得がいった。

 

「成程ね」

 

確かに、これを利用しない手はないわ。

 

「はい。今までゴタゴタしていましたので、ある程度落ち着いた今が時期として丁度良い頃合いだったそうです。そして既にお分かりの通り、午後は完全な自習時間。ISを使っての自習も認められていますから、何処に誰かが誰と居ようよおかしな点はありません。例え生徒会長が男性操縦者が一緒に居ても、です」

「だったら、予定はどうするべきか……」

 

唐突に舞い込んできた幸運。

 

余りの事だったから、どう扱えばいいのか全く検討が付かない。よって私は虚に視線を送って助けを求める事にした。

 

「では一つだけ。お昼と言ったらやはり手作り弁当です。その後は、ご自分で考えて下さい」

「解ったわ」

 

私はそう言いつつ早速色々と頭の中で予定を組み立ててみる。今は未だ荒唐無稽な計画だけど……うん。とっても楽しみね。

 

「では、早速お弁当の下ごしらえの為の準備をしませんとね」

「あら?生徒会の仕事は?」

「確認してみましたが、今日の分は私が少しやれば片付く量なので特に問題はありません。なので、じっくりと時間をかけてメニューをお考えになれば良いかと」

 

ふーむ、正に椿さまさまね。面倒な問題が全て椿が片付けてくれてる。しかも状況が私に味方してる。なら、後は誘うだけ、ね。

 

「悪いわね。じゃぁ、私が誘うついでに今日は来なくていいってメールしておくわ」

「はい、頼みます」

 

さーて、お弁当は腕によりをかけて作らないと。将を射んとせば先ず馬を射よ、男をつかむならまず胃袋をつかめ、とはよく言ったものね。先ずは買い出しをしないと。

 

私は虚に軽く礼を行ってから早速買い出しの準備をしに部屋に戻った。勿論、椿を誘う為(あと、生徒会の活動も無し、と言う事も)にメールを送っておくのを忘れない。

 

ふふっ、明日が本当に楽しみね♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――屋上――

 

「――と言う事よ。解った?」

「……とんだ屁理屈だな。まぁ、別にいいが」

 

私は現在、椿と二人であまり人気の無い屋上の隅で敷物を敷いて向かい合いながら座ってる。それで、椿が何で誘ったのか、って聞いてきたから、簪ちゃんをお姫様抱っこした代償や生徒会活動のお礼返しとか、色々と難癖つけて納得させた。……でも、こんな時ぐらい、素直に一緒に居たいから誘った、と言えないのが悔しい。

 

そして椿の方は簪ちゃん達の誘いを断る理由をあの手この手と弄して此処に向かったのバレない様に気をつけながら来たらしい。どんな手を使ったのかはよく解らないけど、約束をしっかり守るのは良い事ね。

 

「何が屁理屈よ……まぁ、この話は置いておきましょ。さぁて、お待ちかねのお姉さんお手製弁当よ」

 

私は持ってきた二段の重箱を前に置いて早速並べる事にした。勿論箸も用意する。因みに今回作ったのは一段目はBLTサンド。二段目は鶏肉のはちみつ焼きと卵焼き、そしてエビチリと牛バラ煮。

 

所謂家庭的なお弁当の部類ね。本当もっと豪華にしても良かったのだけど、私が注文はある?って聞いたら椿が其処まで多く食べないからそんなに量を作らなくてもいい、あと、普通のモノで頼むってメールの返信で帰ってきたからその通りにした。

 

「どう?」

「ふむ。これは美味そうだ。……だが、弁当は本当に一人で作って来たのか?」

 

む、絶対に虚に手伝って貰ったとか思ってるわね。生憎、私一人で作ったわ。……それとも、私って料理できない女って思われてるのかしら?だったら思い直させるには丁度良い機会ね。

 

「当たり前よ。私は編み物以外は大抵できる自信はあるわ」

 

そう、他の事は人並み以上にこなせる自信はあるし、実際にできるのだけど、何故か編み物だけは本当にできないのよね。頑張って練習しようとして編み始めても、結局最後は毛がいつも変に絡むから、解くのに苦労したわ。

 

「何故編み物が……まぁいい。早速頂くとしようか」

 

そして椿はBLTサンドを一つとって口に運び、咀嚼し始めた。

 

……うん、味には自信はあるけど、やっぱりちょっと緊張するわね。

 

「お味はどう?」

「……美味い」

「そう、良かった」

 

口では軽く流したけど、内ではもうお祭り騒ぎ。やっぱり、美味しいって言われると嬉しい。でも、椿はあんまり褒め言葉を知らないらしいから、何がどう美味いのかは言ってくれない。そこがちょっとだけむっとするけど、その単純な一言が最大級の褒め言葉だって事はもう解っている。だから、とっても嬉しい。

 

そして私は椿の言葉を聞いてから自分の分のBLTサンドをとって口にする。

……うん、美味しい。トマトと私お手製のオリジナルソースの酸味が効いててサッパリとした味わい。自分で言うのも何だけど、どんどん食べ進めたくなるわね。……これぐらい椿も言ってくれていいのに。

 

「ふむ。この卵焼きも、あぁ、いや全部……中々どうして、美味い」

 

そして食事中、椿は終始美味い美味いと満足そうに次々とおかずやBLTサンドを口に入れていた。

しかも心なしか動きが機敏。どうやら私の料理を気に入ってくれた様ね。

 

(……むぅ)

 

でも、私はその様子を見て少しだけ不機嫌になる。勿論、偏らず、私の分も考慮しながら食べ進めていたから私が全く食べれなかった、と言う訳ではないし、食事中の会話が殆ど無かったから其処に不満があった訳ではない。只、ホントはこの時点で食べさせっこしようと画策していたのに、それが失敗になったから、不機嫌になっただけ。

 

(まぁ、いいわ)

 

私はチラリと食事中の椿を伺う。……うん。相変わらず表情は前髪のせいで少しだけ解りにくいけど、アレだけ美味しそうに食べてる(きっと目も輝いてる)のに、自分の都合だけでそれを邪魔するのもなんか悪いわね。

 

そんな事を思いつつ適当におかずに箸を伸ばして―――

 

「「むっ」」

 

――椿の箸とぶつかった。そして気付けばこれが何時の間にか最後のおかずになっていた。

 

……これはチャンス?だったらものにしないと。

 

「あぁ、すまない。譲る」

「其処は男の子でしょ、食い意地くらい貼りなさい。――はい、あーん」

 

私は椿が譲ったおかず――卵焼きを椿の口へ持っていく。

 

「……貰おう」

 

椿は口を開けたのでその口の中に卵焼きを入れた。

……ホントはお返しのがあったらいいのだけど、これ以上は望みすぎね。また次の機会に持ち越すとしよう。うん、その時のメニューも、色々考えなきゃね。

 

「ご馳走様」

「はい、お粗末様でした」

 

これで完食。でも、これで終わりじゃない。

 

「じゃぁ、食後の後はデザート!」

 

私はそう宣言して手早く重箱を片付けてデザートを取り出す。

やっぱり締めはデザートじゃなきゃね。

 

「デザートは別腹か」

 

当たり前よ。女の子のお腹はデザートとご飯は別なのだから。

 

「と言っても、ポッキーだけど」

 

実を言えば、今回のお弁当作り、買い出しの時点で何を作ろうか散々悩み続けていた。和風、洋風、中華風と言った数々のおかずから何を選抜してどういった彩りにしようか悩んだ(最終的には椿に注文はないかとメールで聞いて方針を決めた)。

 

で、それに時間を使いすぎてすっかり食後のデザートの存在を忘れてしまった。だから泣く泣く持ってきたのが部屋にあったポッキー。あの時は無念、とは思った。でも私はこのポッキーを見て妙案を思いついたから、無念は直ぐに晴れたけどね。

 

「……ポッキー、か」

 

あら?何か思い出してる様な態度をしてるけど、何かあったのかしら?まぁ、疑問に思って聞いた所で、千葉機がはぐらかしてるのは目に見えているからそんな労力は使わないけど。……んーちょっとくすぐれば吐くかな?まぁ、それは今度の機会にでもしておこう。

 

「じゃぁ―――んっ」

「……何をしている?」

「もう、何でツッコむのよ。こいうのはノリよノリ」

 

私はポッキーを一度口から離して椿を諭しにかかる。

 

そう、ポッキーをみて思いついた妙案――それ即ちポッキーゲーム也!ルールは簡単。2人が向かいあい、1本のポッキーの端を互いに食べ進んでいき、先に口を離したほうが負けとなる。

 

……でも、私的にはそのまま、ね?

 

「いや、ノリの問題では無い。追求すべきは何故、ポッキーをお前が口に含んでいるか、だ。訳が解らん。寄越すなら普通に寄越せ」

「いいじゃない、スリル満点よ?」

 

と言うか、随分と反応が鈍い。……まさか、ポッキーゲームを知らないとか?ツッコミも何か的外れだし……あながち間違いではないのかも。

 

「食事にスリルを求めるな」

「いいえ、これは食事じゃないわ。これはデザート。だから問だ「喧しい」あうっ」

 

っ~~!!頭にチョップされた。しかもいい角度でもらったからそんなに力が込められてない筈なのに結構痛い。しかも避けれる筈なのに避けれないってどう言う事よ……!!

 

「全く……」

 

何ため息ついてるのよ。私だって色々不満あるのに。

取り敢えず、私はさっきの一本をそのまま食べる事にした。

 

「ぶーぶー」

 

美味しいのに。マウストゥーマウスなのに。

 

「何がぶーぶーだ」

「じゃぁ……しよ?」

「……っ、何を言ってるんだ馬鹿者」

「あ痛っ!?」

 

あまりの痛さに涙目になってしまった。と言うか、何でそうなるのよ!私が精一杯の猫なで声でお願いしたのにその返答がチョップ(しかもさっきよりも強め)って……うぅ、心揺らされた癖に!揺らされた癖に!

 

「はぁ……もういい、私は食べる気はない。と言うか、もう満足してる」

「……ちっ」

 

逃げられた。

 

「もう一発ご所望か?」

「謹んで遠慮します」

 

そう何度も喰らいたくないわ。

 

「なら余計なアクションはするな……さて、私はこれで戻らせて貰うぞ」

 

それは困る。寧ろ、ここからが本番なのだから、居なくならたら元も子もない。

 

「あら、未だよ」

 

私は立ち上がろうとした椿に待ったをかけた。

 

 

「……む?午後は、一夏をシゴく予定があるのだ、要件は手早くして済ませ――ふぁ」

 

椿は台詞の途中で盛大な欠伸を漏らした。随分と珍しい。

 

「どうしたの?」

「あぁいや、少々寝不足でな」

「寝不足?」

 

少し意外。椿の事だから、体調管理とか、睡眠時間の確保とかはしっかりとしているモノだと思っていたのだけど、どうやら少し違ったみたい。そしてそれと同時に興味が湧いた。

 

「寝不足になる程やっているモノは一体何?」

 

と、思わず聞いてしまうくらいには。そして私の疑問に対して、ほんの少しだけ顎に手を当てて考える様な素振りを見せたけど、直ぐに止めて解答してくれた。

 

「いや何、ここ最近、二時間程仮眠をとってから、古鷹の武装についてちょっとな。私だって一応テストパイロットの端くれなんだ。どんな理由があれ、機体を預かっている以上はきっちりとこなさなければな。で、その後にまた寝るのだが……まぁ、気にしなくてもいい」

 

……努力を怠らない、か。それも尋常じゃないくらい。よく、其処まで頑張れるのね。一体何が原動力なのかが気になると言えば気になる。

 

「……そう」

 

でも、それは聞かない。椿が何時か語るその時まで、待つ。

 

「では、私はこれで―――うぉっ!?」

 

椿はそう言って立ち上がりながら反転しようとしたけど、途中で奇妙な声を上げた。

 

何故なら私が椿が反転すると同時にその手を引いて体勢を崩させた上で椿の頭を私の膝の上に誘導させたから。だから椿は突然の事態で奇妙な声を上げた。

 

「だから、未だ要件は終わって無い」

「……だがしかしこの体勢は。それに、予定が「ダメ」……」

 

椿はそう言って起き上がろうとしたけど、私は椿の肩を押さえてそれを防ぐ。

 

「キャンセルして」

 

未だ、この胸にあるもやもやは晴れてない。今、椿を行かせれば、きっと一生後悔する。

だから、行かせない。行かせたく、ない。

 

「……理由を聞こうか」

「このまま私と一緒に居て欲しいから」

 

今、さらっと凄く恥ずかしい事を言ってしまった。……頬が熱くなるのを感じる。でも、それは本当の事だから。今日ぐらい、ずっと一緒に居て欲しい。

 

「……子共か?」

「私は未だ、子供」

 

私は、今ぐらい、思いっきり我儘をしたい。例えそれが、どんなに迷惑な行為であろうとも、今日、今この時だけは、遠慮するつもりはない。

 

「狡い言葉だ。……楯無、お前は――あぁいや、止めておこう」

「……なによ、言いたい事があったらはっきり言って」

「別に気にする程でもない。……さて、私はこれから一夏達に予定変更を伝える。しかしこの体勢だとメールが打ちにくい。だから、その抑えている手をどけてくれ」

「……居てくれるの?」

 

私の我儘に、付き合ってくれるの?

 

「違うぞ楯無。私は只、偶には不良学生をやるのも悪くないと思っただけだ。それに今日ぐらい、ゆっくりしていても誰も咎めないからな。そして其処にお前が居ても何ら問題はあるまい?」

 

そう言って椿は携帯を取り出してメールを打ち出していた。

 

……遠回しだけど、一緒に居てくれると、私の我儘に付き合ってくれると言ってくれた。でも、素直に一緒に居る、とは言ってくれないのが残念だけど、それでも、嬉しかった。

 

「……ありがと」

「何を言ってるのかさっぱり解らん。私はのんびりしたいと決めたからそうしただけだ」

 

相変わらず素直じゃない。でも本当に、優しい。

 

「それでも、ありがと」

「そうか。――よし、こんな感じの文で後は送信すれば……ククク、一夏の困り顔が目に浮かぶな」

「……どんな文なの?」

 

……素直にお礼を言ったのに軽く流された上、メールを打つのに夢中になって私の方を全く向いてなかったから少しむっとした。でも、気になってしまったから気分転換変に聞いてみる事にした。

 

「ん?あぁ、これだ。中々の傑作とは思わないか?」

 

そう言って椿は振り返らずに私に背中越しに携帯を見せてきた。

なので私は少しだけ椿の方に近づいてメールを見てみた。

 

『宛先:篠ノ之 箒

 件名:予定変更

 本文

 

少々用事で一夏の手伝いが出来なくなった。よって箒、君に今日の一夏の訓練のメニューの決定権を移譲するモノとする。そしてその際にセシリアを出し抜いて攻勢にでるのも可。またとない機会だ、是非ともあの唐変木の心を揺さぶらせるといい。戦果に期待する。なに、心配する事はない。一夏は君のISスーツを満更でもなさそうにしているのだ、是非とも生かして悩殺すべし。以上』

 

……一夏君に箒ちゃんをけしかけるのね。しかも色仕掛けを強要。でも、箒ちゃん達は出来るのかはなただ疑問。真っ赤になって恥じらうのが関の山に――あぁ、ソレが狙い、ね。

 

この場合、やり口がえげつない、と言えばいいのかしら。

 

「そしてセシリアには『一夏のサポートを任せる』に書き換えて後は同じ文を多少変えて送れば……ククク、色仕掛けに惑う一夏が本当に目に浮かぶぞ」

 

其処で椿は一区切りして、補足した。

 

「あぁ、一応言っておくが訓練はしっかりやる様に厳命したから問題は無い。まぁ、それでもあの唐変木は無事では済まされまいて」

 

やるべき事はしっかり押さえておく、と。

 

「まぁ、一夏君は鈍感大魔王だから、ね。あそこまでいけば病気かと思うけど」

 

私は椿に携帯を返して呟く。

 

「ほう?よく知っているな。……あぁいや、調べていたか」

「うん。仕事でだいぶ前から、ね。理由は言わなくても解るだろうから省くけど、中学校の頃とか、息を吐く様に上は大人のお姉さんから下は後輩って具合に無差別に撃墜させてたもの。あと、記録によれば小学校の高学年からも既に撃墜数がふた桁になってたらしいわ」

 

私がこの仕事を正式に引き継いで、今までの調査内容を見てこれを見つけた時は流石に目を疑った。だって……ね?よく刺されないで生きてたと思った。

 

そして一夏君がISに乗れた、と解った時には危機感を覚えたわ。だってこのままじゃ簪ちゃんも毒牙にかかるっ!?って思ったもの。

 

……最も、毒牙は毒牙でも、一夏君のじゃなくて椿の毒牙にはかかってしまったのだけど。……まぁ、私も、ね。

 

「そうか。やはり奴は生まれながらの主人公なのだな……まぁ、見てて面白いからこのまま姦しくやっていて貰いたいのから別に良いのだがな」

 

そして椿は一息付いて付け足した。

 

「がしかし、だ。現状、奴が誰かとくっつくにはちと早すぎる」

「だから引っ掻き回していると」

「そうだ。だがまぁ、一夏が恋愛に本気になったら手助けはするさ。引っ掻き回した以上、それぐらいの責任は果たす。最も、そのタイミングでブラコンの姉がどう対応するかは知らんがな。もしかしたら手出し無用と言われるかもしれん」

 

あぁ、織斑先生が……まぁ、他人の恋次は見てて面白いわよね。そう、見ているだけなら。当事者からすれば、とんでもなく迷惑な話だけど。でも、これは一応二人を同時に応援してるからいいのかしら?それに、一夏君は一夏君で相当な唐変木だし、これぐらいが丁度いいかもしれない。

 

と言うか、そう言う椿の恋愛観念ってどうなってるのかしら?私としてはそっちの方が”かなり”気になる。……まぁ、思ったところで実際には聞く勇気はないのだけど。

 

「まぁ、そんな所だ。よし、送信もした。後は―――よっこいしょっと」

「っ!?」

 

椿はいきなりヘッドフォンを外しながらおっさん臭い掛け声で私の太ももの上に頭を乗っけてきた。

 

「動くなよ。折角丁度良い場所に枕があったのだ。逃げられては困る」

「……馬鹿」

 

素直に膝枕してって言ってくれてもいいのに。

 

「誰が馬鹿だ。それに、ひどく心地良いコレが悪いんだ。私に罪はない」

「だったら、サービスしてあげるわ」

 

私はそう言って椿の頭を撫でる事にした。一瞬だけ椿はビクンっと反応して跳ね上がろうとしたけど、直ぐに楽な体勢に戻った。……と言うか、寝不足の癖に髪質が私よりいいってどう言う事よ。何か、女の子として負けちゃいけない所で負けた様な気がしてならないのだけど。

 

「どう?」

「……ふん」

 

椿は鼻を鳴らすだけで、何も言わなかったけど、私はそれを満足してると解釈した。そして其処まで思って私はいい事を思いついたから一言付け足す事にした。

 

「あそうそう、貴方が堪能してるこの枕、高くつくから」

 

ホントは膝枕何て予定しなかったから、その分の埋め合わせはしてもらわないと。

 

「……詐欺か?」

 

あ、口がへの字になった。

 

「詐欺じゃないわよ?これは当然の代価。びた一文だってまけるつもりは無いから。それと、このサービスは別料金だから、そこのところよろしく」

 

ふっかけるべき時にはふっかけないと、ね。

 

「はぁ……サービスぐらいタダにするべきだろうに。全く、この我儘娘は……」

「いいじゃない、女の子の我儘ぐらい受け止めるのが男の子の甲斐性でしょ?」

「知らん。私はもう寝る」

 

……なによ、そこは受け止めてやるって言うべきなのに。それに、何だか釈然としない。当初の目的であるお昼と午後の時間を一緒に過ごす、っていう目標は達成したけど、頭の中で考えてたあれやこれは全く実行できていない。できたとしても、精々一回だけ椿に卵焼きを食べさせたぐらい。

 

折角の機会なのに、活かしきれていない。

 

そしてさっきも言ったとおり、今してるこの膝枕は想定外。まぁ、ある意味役得なのだけど、その代わり多くを犠牲にしてしまっている。本当は、私が椿に目一杯甘えたかった。でも、あの時引き止める方法がこれぐらいしか思い浮かばなかったから……――あぁもう、むしゃくしゃする!

 

「……痛い」

「あ、ご、ごめん」

 

考え事に集中していたら撫でる手に力が入りすぎて、何時の間にか鷲掴みになってて頭に爪をたててしまった。……折角、気持ち良さそうにしてたのに、私のせいで台無しにしてしまった。

 

「……聞くが、何を焦っている?」

「どうして、そう思うの?」

「強いて言えば勘。だが、あながち外れではあるまい?現にお前にしては珍しく考え事に集中し過ぎていたからな。そして私を引き止めた時の言動も、だ」

 

お見通し、か。内容までは解ってないと思うけど、それは事実。でも、今それを言う訳にはいかない。だから、私は少しだけ違う事を話す事にした。

 

「私だって、偶には『女の子』になりたいから」

 

私は『楯無』だから、家の仕事で自分の身分や素性を隠すのは勿論、重要人物の監視や敵対組織を潰したりと、世間一般には決して言え無い事を色々としてきた(当主を正式に引き継いだ事でもう偽る必要は無くなったけど)。勿論、全うなモノじゃないと、これは汚い仕事と言う事はしっかり理解してるし、必要だからと納得もしている。でも、裏での仕事に慣れた時、ふと思った事があった。

 

『私は誰?』

 

私は■■。

 

この疑問にはこう答えるのが正解。

 

でも、たったそれだけの筈なのに、本当に解らなくなってしまう時があった。

 

怖かった。

 

私が私でなくなる事が。

 

だから、私はお休みの時は精一杯、女の子()らしく在る事を目指した。そう言う風に振舞おうとしてきた。でも、それでさえ、私は私だと言える自信が無かった。そしてそれは虚や、簪ちゃんにさえ隠してきた私の本音。

 

そこのまま時間だけが流れていくだけで、本当に私が私で無くなるとさえ思った事もあった。

 

でも、それはもう解決した。

 

解ったから。

 

椿と居れば、私は私だって、心の奥底から言えるから。

 

初めてデートした時も、普段の日常での会話も、今、こうして膝枕をしてる時も聞こえてくるこの胸の高鳴りは本物だって言えるから。

 

だから、

 

「そして椿と居れば、私は女の子で居られるから」

 

だから、私とずっと一緒に居て欲しい。

 

……もしかしたら告白の文句なのかもしれない。でも、そう取られてもいい。この気持ちは、私の、■■の本当の気持ちだから。

 

「それは勘違いだ、と言わせてもらおう」

「……どうして?」

「まぁ聞け。直接的な物言いしかできんが……あぁ、いや、これはただの言い訳か。まぁいい。取り敢えず、言おう。お前は良い女だ。デートしたあの時も、生徒会での雑談の時も、無論、遠目でお前を見かけた時もだ。今こうして私の目に居映るのは、一人の、とても魅力的な女性だ」

 

其処で椿は一息ついて言葉を続けた。

 

「だから、お前はもう既に立派な”女の子”(お前)だ。振舞うも何もないし、勿論更識の当主だからどうとなぞ関係ない。だから私は勘違いと言ったんだ。あぁ、それと、妹思いの良い姉、と付け足そう。いや、ストーカー癖と露出癖があるから引くか」

「…………」

 

一瞬、頭が真っ白になった。

 

「……すまない。真面目に言ったつもりだったが、最後のは蛇足だったな……楯無?」

「な、何でも無いわ。うん、別に、何でもないから」

 

私はそう言いながら椿の視界を塞ぐ様に撫でるのを再開する。……そうでもしないと、真っ赤になった顔を見られるから、それは恥ずかしい事だから、視界を塞いだ。

 

本当になんのひねりもない言葉だった。最後は巫山戯たお陰で台無しになったけど、真摯な物言いで、私を一人の女性として、魅力的だと言ってくれた。

 

――私を異性として意識してくれている。

 

それが解ったから、本当に嬉しかった。

 

――椿とずっと一緒に居たい。

 

この思いが、天井なしに何処までも膨れ上がってくるのを感じる。そして思った。椿になら、私は本当の名前を教えてもいい、と。ううん、知ってほしい。

 

椿にもっと私の事を知ってほしい。

 

それ以上の理由なんて必要ない。だから、言う。

 

「……ねぇ、椿」

「……ん、どうした」

「私の名前が、どうして『楯無』なのかを、知ってるよね?」

「あぁ。更識家の事情は大方、な」

 

説明は不要。後は、私が一歩踏み出すだけ。

 

「貴方に、私の本当の名前を受け取って欲しい」

「断る」

 

―――。

 

「っ……どう、して?」

「理由を話すつもりはない。だが、一つだけ言えるとしたら、今は未だ、受け取れない。それだけだ」

 

その言葉に私は安堵した。一瞬、私の想いが拒絶されたと思って、胸が酷く痛んだ。でも、椿の言葉で、その痛みも直ぐに和らいだ。

 

何故なら、椿は”未だ”受け取れない、と言ったから。そしてそれは何時かは受け取る、と言う意思表示をしているから。だから、胸の痛みの和らいでいった。

 

「何時か、受け取ってくれる?」

 

でも、不安感は拭えないから、聞いてしまう。

 

「……あぁ、そうだな。何時か、受け取ろう」

「……ありがと」

「礼を言われる様な事はしていないが……まぁ良い。徐々、眠らせてくれ」

「……お休み、椿」

「あぁ、お休み、楯無」

 

そして椿は全身の力を抜いて大きく息を吐いて静かになり、規則的な呼吸を繰り返しはじめた。一方の私は、その呼吸のリズムに合わせ、慈しむ様に、愛おしむ様に頭を撫で続けた。

 

 

 

 

「……完全に眠った、わね」

 

五時間目が始まって15分ほど経った。お昼の終了や授業の始まりを告げる鐘が鳴った時、椿は一瞬だけ肩をビクっとさせて反応したけど、今もう静かに寝息を立てていた。

 

そして椿の寝顔を見ながら、先程の問答を思い出して改めて思った。

 

何で、名前を受け取ってくれないのか、と。

 

理由は話さないと言われると、どうしても気になってしまう。私の何がいけなかったのか、それとも椿自身に何か問題があるのかと、勝手に頭が憶測を飛ばしてしまう。

 

「……切り替えないと」

 

今は、こうして一緒に居られる時間を大事にしないと。変に考えて、無駄にする訳にはいかない。そう考えた所で、川崎からIS学園に帰る時の事を不意に思い出してしまった。

 

あの時とは過程が違うけど、私が膝枕をして、椿が眠っているという、以前と同じ状況になった。

違うのは自分の意思で膝枕したか否か、椿が横ではなく仰向けになって眠っていると言う事。

 

だからこそ思い出した。

 

そして欲が出た。

 

(もう一度、見たい)

 

たった一度だけ見た、あの素顔を。

 

私はその欲に従って、前髪を払い除けようとゆっくり手を―――

 

『おっと、それはダメですよ』

「っ!?!?!?」

 

いきなり声をかけられて、一瞬体が浮きあがりそうになった。

 

「……居たのね」

 

椿の相棒こと、古鷹。完全に意識が覚醒した、篠ノ之博士の管理から逃れた唯一のコア。

その古鷹が、自身の待機形態であるヘッドフォン(今は椿の手の中にある)から声を出してきた。

 

『えぇ。正確には、お昼休みの始まりから、となりますがね。Ms千歳が主任を連行したきり帰ってこないので暇で仕方がなかったのですよ』

 

それって、今までの出来事を最初から最後まで見ていたって事よね。

 

「……だったら邪魔しなくてもいいじゃない」

 

そのまま傍観して欲しかった。今、この時だけは、私と椿の二人だけの世界であって欲しかったから。

そこに水を差して欲しく無かった。

 

『否定。これだけは、見過ごせませんよ。以前はオマケで、でしたが、ダメなものはダメです。理由はお分かりでしょう?』

「……自分の意思じゃないから?」

『肯定。椿が病を克服するその時まで、お預けです』

 

視線恐怖症。一体何が原因なのか、本当に解らない。そもそも、資料にあった医療カルテには、15年前、つまり椿が三歳の頃から発症したと書いてあった。

 

其処で一つの疑問。

 

何故、三歳で?と言う事。舌足らず、ではないとしても、思考は未だまだ単純な頃の年齢。なのに何故、視線恐怖症になどなるのかが解らない。

 

本当に原因が謎だった。

 

『何を考えてるのかは大方察しますが、考えない方が賢明かと』

 

私が思考を巡らせてると、古鷹が話し掛けてきた。

 

「……何故?」

『言うなれば、絶対に私達からは踏み越えては行けないライン、です』

「ライン……」

 

私達との、線引き。

 

『確かな拒絶。私でさえ、はぐらかしてくるので取り付く島がないのですよ。何を隠しているのかはしれませんがね。ただ、今言えるとしたら、椿が引いたラインを自ら踏み越えて来るまで待つべき、それだけです』

「……きっかけさえダメなの?」

 

椿が、歩み寄るきっかけを作るのもダメなの?

 

『肯定、とははっきり言えませんね。もしかしたら、そして貴方達なら、可能かもしれません』

「……そう」

『ですが、あくまでも可能性。下手をすれば、離れていきますよ。意外に繊細なので』

「繊細、ね」

『そうです。その証拠を教えましょう。昨日の事です。これは感情が不安定になったのを観測したので私が問いただして知った事なのですが、Ms.簪が軽く捻挫をしたのを覚えてますね?』

 

勿論。

 

その事実を初めてしったのは織斑先生や山田先生からの又聞きだけど、その後でこの目で椿が簪ちゃんを保健室に連れて行く姿を目撃した。忘れる訳が無い。

 

『あの時、椿は心が揺らいでいたのですよ。煽って無理をさせた自分のせいかもしれない、と。たかだか軽い捻挫一つだけでこれなんですよ?幾ら何でも繊細過ぎだと思いませんか?』

 

私は古鷹の問いに頷いた。簪ちゃんの怪我をたかだかと言われたのは少しだけむっとしたけど、確かにそう思う。過保護、と言えばそうかもしれない。けど、誰だって怪我はする。無論、そこに例外はない。古鷹の言う通り、幾ら何でも繊細過ぎる。

 

『まぁ、Ms.簪だからこその心の表れなのでしょうね。最も、貴方やMs.本音でも、同様でしょうが』

「……そう」

『だからこそ、私は貴方達にお願いしたいので――いえ、言う必要はありませんか』

「何を言おうとしたの?」

『お気になさらずに。既に解決済みでしたので』

 

いまいち意図が理解できない。

 

『さて、ひと段落した事ですし、今度はレイディの所にでもお邪魔します。それでは』

 

そう言って古鷹は静かになった。一方の私は暫く無言で椿を見つめ続けた。

 

そして私は先程の古鷹の意図を考え様として―――止めた。これは考えなくとも、いい問題、よね。古鷹は既に解決済み、と言っていたから。だから、私は何時もの様に振舞えば、それで正解の筈だから。

 

(でも、それだけじゃ、満足できない)

 

私はそう思いながら、指で椿の顎のラインをゆっくりとなぞる。そして頬までなぞった所で、今度は唇に這わせ、指を軽く押し付けた。そしてその指を自分の唇にもっていって、くっつけた。

 

間接キス。

 

これぐらい、罰は当らない。

 

「これは私だけの、秘密」

 

そう意識した途端、今よりも体が熱くなって、胸の鼓動が激しくなる。

 

「私は、貴方が好き」

 

眠っているから、届くことのない私の想い。何時か、私はちゃんとこの想いを届けたい。

更識楯無としてじゃなく、更識■■として、告げたい。

 

「……寝よう」

 

相変わらず胸はドキドキしてるし、本当はもっと椿の寝顔を見ていたいけど、一緒に寝て、微睡みを共有したい。そんな気分だった。

 

「……お休み」

 

私は壁に背中をつけて、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よく眠れた、か」

 

私は静かに目が覚めた。どうやらか結構な時間、熟睡してしまったらしい。まぁ、それは仕方ない事だ。楯無の膝枕は、本当に気持ちよかったのだから。

 

……さっさと起きよう。楯無も、疲れているだろうからな。

 

そして起き上がり、古鷹を身に付けてから楯無に礼を言おうとして所で気付いた。

 

「……眠っている、か」

 

見れば楯無は壁に寄りかかりながら穏やかに寝息を立て眠っていた。……通りで私が起き上がったのに反応が無い訳だ。それに、正座で眠っているのに、姿勢が崩れていないのだな。

 

ある意味で感心しながら、携帯で時間を確認してみると、6時間目が始まって20分程時間が経った頃。時間的には少しだけ余裕がある。だったら、起こさずにこのまま眠らせておくのが最善だろう。楯無も――私とは事情が違うが――忙しく、眠る時間は少なかった筈だ。

 

「……寝顔、保存しておくか」

 

これがヨダレを垂らしただらしない寝顔だったら弄るネタに使うのだが、生憎普通の寝顔。しかも心なしか幸せそうな表情である。まぁ、それはそれでアリなので私は一枚だけ取って保存する事にした。

 

(その代わりと言っては何だが、枕にでもなるか)

 

壁が枕では、きっと痛いだろうし、起きた時に痛みに悩まされるだろう。

 

私はそう考え、楯無の横に座り直し、起こさない様にゆっくりと楯無の頭を自分の太ももへと誘導する(勿論寝やすい様に自分の太ももを地面に密着させて)。次いでに上着を抜いで上にかけてる事にした。まぁ、こんな所で風邪を引かれては困るから当然だな。

 

「……幸せそうだ」

 

楯無の寝顔を見て、私は思わず独り言を漏らしてしまう。

 

横顔ではあるが、膝枕をする前よりも、心なしか表情が更に柔らかくなっていた。

 

「それ程、私と居られたのが嬉しかったのか」

 

自惚れるつもりはないが、そうであって欲しいとは思う。

 

私はそう思いながら楯無の頭を撫で、肌触りの良い髪を少しだけ堪能しつつ寝顔を観察し続け、更に一言漏らす。

 

「……どうして、だろうな」

 

どうして私は、楯無の本当の名前を受け取るのを拒否したのだろうか。

 

いや、その理由は解る。私は、そう、私は―――

 

『おや、起きていましたか』

「……いつ話掛けてくるのかと思ったがな」

 

私は古鷹に声を掛けられたので思考を中断した。

 

『解るのですか?』

「あぁ、相性が良いせいでな。最近、何となくだが解るようになった。見ていたのだろう?昼の出来事を最初から最後まで」

 

古鷹が意識を集中しているか否か。

 

何故か感覚で解るようになったのだ。理由は解らん。

 

『えぇ。ばっちりと』

 

……本当に忌々しい。奴がニヤニヤしているのが目に浮かぶ。だが、心なしか何時もと雰囲気が違う。

何か言うつもりなのだろうか?……だったら先手を打つか。

 

「言いたいことがあるならばはっきり言え」

『おぉう。正に以心伝心。解ってるじゃないですか。では先ず始めに』

「何だ」

 

どう反論してやろうか。

 

『貴方は織斑一夏の様には振舞えません』

 

――――。

 

「何を、言っている?」

『そこで惚けるのは止しましょうよ』

「……訳が解らないな」

 

本当に、訳が解らない。

 

『はぁ……まぁ、それでも良いですよ。精々苦しみやがれコンチクショー』

「……言いたいのは、それだけか?」

『未だありますよ?一億と五千万通りの罵倒の数々が。まぁ、面倒なので言いませんがね。ですが、一つだけ。貴方は彼女達をどう思っているのかを』

 

酷い言われようだ……だが、その問いは考えるまでもない。

 

「何人にも代えられぬ存在。私が、天枷椿という人間が、最も大切に想う存在」

 

思い返せば出会って僅かに一ヶ月だ。だが、その一ヶ月で、もう二度と手に入らないと思った暖かさを手に入れる事ができた。

 

人と触れ合う楽しさを思い出させたのを

 

守りたいと言う想いを

 

幸せで在れと言う願いを

 

この事を久しく忘れていた私に彼女達は思い出させ、そして与えてくれた。

 

だからこそ、私は彼女達に感謝している。

 

……きっと私は、彼女達に依存してしまっているのだろう。彼女達無しでは、私は、「私」で居られる自信が無くなってしまうくらいには。

 

今在る私は、彼女達が在ってこその私なのだから。

 

『好きだ、とは言わないのですね』

「恋愛感情に簡単に結びつけるな。私の想いは、そんなに安っぽくなどない」

『別に安っぽくなどありません。恋愛舐めてません?』

 

……恋愛、か。私は曇りない空を見上げながら呟く。

 

「初恋さえした事が無いんだ。他人の恋路は引っ掻き回せても、その価値観は解らん」

 

正確には初恋など、前世の頃に一度だけ。ありふれた、惹かれて終わった、それだけの初恋。それ以上の事など、ありはしなかった。

 

『貴方は、彼女達を見て胸が高鳴りませんか?それが恋と言うモノですよ?』

「さぁ、な」

 

確かに、私は彼女達と過ごす一時は、胸の高鳴りを感じていた。だが、それを恋と結びつけるのは、余りにも安直過ぎると私は思う。

 

それに、もしこれが恋だとしたら、私は後悔するだろう。

 

私はあの三人から誰か一人を選ぶなど、できやしないのだから。

 

私が仮に恋をしても、きっとその気持ちに自分が耐えられないだろうから。

 

私のその想いが、本物だとは、限らないから。

 

私を取り巻く状況が、ソレを許さないから。

 

私に深く関わると、不幸な目に遭うのだから。

 

だから、否定しよう。この胸の高鳴りは、恋などではない、と。

 

これは別の感情だ。

 

私は、恋をしていない。

 

「……聞くが、お前に、お前達に恋愛感情と言うのは理解できるのか?」

 

私は、自分の考えを纏め、古鷹に問う。

 

根源かつ、極端な事を言ってしまえば恋愛感情とは、性欲、つまり種の存続の為と言う本能から派生した感情であるのだから。失礼かもしれないが、生殖機能を持たないコアが、それを理解できるのだろうか?

 

『肯定。貴方は大方、性欲~だのなんだのと考えてるのかもしれませんが、敢えて言います。恋愛とは「心」です。……臭い台詞ですが、この表現が最も適切ですよ。そして心を持つ私達は、当然理解できる。勿論感じる事もできる』

 

……どこかで聞いたことがある様な台詞だ。あぁ、思い出した。確か一昔前の映画でロボットと人間の恋物語をテーマにしていたのがあったな。

 

「では、お前は恋をしているか?」

『クククッ、ご想像にお任せしましょう』

「そうか。だったらお前はロリコンと言う事にしておこう」

 

此奴はレイディ以外とは殆ど会話していないだろうからな。あぁいや、白騎士ともちょくちょく話しているらしいから、そっちもありか。まぁ、どちらにせよロリコン認定にするが。

 

『おうふ、失策でした』

 

口は災いの元、だな。学習するといい。

 

「……さて、質問には答えたし、質問したい事も質問した。だから話はこれで終わりだ。とっとと主任の所にでも行ってろ」

 

最も、ここに居ると言う事は大方主任が千歳さんにレストランにでも連れて行かれるのだろう。しかもその時は大抵買い物にも行くから、帰りは結構遅かったりする。

 

ソレを知ったのはISに乗り始めて10日目の事だ。まぁ、訓練相手には当時月影が完成しておらず、千歳さんと共に私に訓練を施してくれたソフィー(そう呼ぶ様に言われた)と模擬戦をしていたから何ら問題無かったがな。

 

『釣れないですねぇ。と言うか、この時間帯に帰って来ると思ってます?』

「いや全く」

 

女の買い物は長い、とはよく言ったモノだ。千歳さんもその例外ではない。

 

『貴公……まぁ良いです。今度は姉の所にでも行きます』

「なんだ、さっきはレイディの所に居たのか」

『えぇ。相変わらず、素直な子でしたよ。では、これにて』

 

そして古鷹が静かになったの確認した私は、少しだけ思考を巡らせた。

 

(……好き、か)

 

以前、レイディにも言われたな。何だろうか、コアの中でも恋愛が流行っているのだろうか?……考えるだけ無駄、か。……そうだな、無駄だ。

 

例え私が本音を好きだろうが

 

例え私が簪を好きだろうが

 

例え私が楯無を好きだろうが

 

それは考えても無駄な事だ。今はただ、和気藹藹と学園生活を楽しむ。それだけで、私は幸せで満ち足りているのだから。それ以上を求めるなど、しない。

 

だが、それでも少し気になってしまう事がある。

 

私はチラリと眠っている楯無の横顔を伺う。

 

……美しく、かつ可愛らしい寝顔ではある。まぁ、其処は今は重要ではない。今確認するべきは、楯無がしっかりと眠っているか否なのだ。

 

(……問題無い、か)

 

規則正しい呼吸のリズム。それに、今までの会話で起きなかったのだ。なら、今からする事に、何ら問題は無い……だろう。

 

「……、……きだ」

 

……これは、声が、小さい、か。中々どうして、難しいモノだな。

 

『楯無、好きだ』

 

只、その一言を言うだけなのに、口が乾いてどうにも上手くいかない。

……さっきも言ったが、私は恋愛と言うモノが本当に解らない。

 

だから、眠って聞こえていないとは言え、本人の目の前でその一言を言うと、私の心がどうなるのか。

 

私は、確かめたい。

 

「……、す……だ」

 

ダメだ。

 

「た……し、……きだ」

 

話にもならん。名前ぐらい、しっかり言ってみせろ。

 

「楯無、……」

 

巫山戯ているのか?どうした、私なのだろう?たった一言だけ、しかも寝ているんだ。それぐらい、しっかり告げて見せろ。

 

「楯無、す……だ」

 

腹から声を出せ、何度言ったら解るんだ。

 

その後、何度も何度も言い直し、その度に自分を罵った。

 

そして漸くその時が来た。

 

「楯無、好きだ」

 

……漸く言えた、か。

 

私は今、ある種の達成感を感じていた。そしてそれと同時に―――

 

「……っうぅ」

「っ!?」

 

今まで寝ていた筈の楯無がもぞもぞと動きだし、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せな夢を見ていた。

 

あれは……そう、私が椿とデートをしている夢。

 

椿は前髪を切って、私を■■と呼んでくれていた。

 

そして私はそんな椿と手を繋ぎながら、色んなお店を冷やかして回って、欲しいモノを買って貰って、目一杯甘えてる、そんな夢だった。でも、この夢には未だ続きがあった。

 

私は歩き疲れて、帰る前にちょっと休憩、と言って椿におねだりをして枕になって貰った。そして椿は私に笑いながら「仕方が無いな」って言いながら頭を撫でてくれた。

 

とっても気持ち良かった。

 

だから、私はありがと、と言いながら笑った。

 

そしていつしか時間が流れて、辺はすっかり暗くなっていた。

 

その時、椿は一言漏らした。「そう言えば、告白したのもこんな感じだったな」って。

私もソレを思い出して、もう一度言って、っておねだりしていいた。

 

でも、何度もつっかかったり、騒音で聞こえなかったりしたから何度も言い直しをさせた。

そして椿は漸くはっきり言ってくれた。

 

「楯無、好きだ」

「わたしも」

 

そう言って私は起き上がって、椿の背中に手を回して胸板に頬ずりをした。

 

椿の暖かさと、匂い、両方を同時に味わえる、とってもお得な行為。

 

そして顔を上げて、好きだと言おうとした。

 

でも、何か違和感を感じて途中で止める。

 

おかしい。暖かさや匂いがやけにリアルの様な……しかも、私服の筈なのに何だか制服の様な感触がする。それに、私を■■じゃなくて楯無って言った様な気が……?

 

……。

 

…………あれ?

 

私は恐る恐る顔を上げて見た。

 

そうすると、私服で前髪を切った椿ではなく、Yシャツで前髪を伸ばしたままの椿と目が合った。しかも、凄く頬が真っ赤になっている。そして私はここに来て漸く理解した。

 

何時の間にか起きてて、これは現実だったのだと。

 

「っ~~~~!!」

 

私は一瞬で顔が赤く染まった。しかも、目がまるで岩に縫い付けられたかの様に動かない。

しかも、椿も同じ状態らしく、口をパクパクしたままで、顔を逸らそうとしない。

 

だからお互いに、視線を外せない。

 

(……何か、何か言わないと)

 

けど、何を言っていいのか解らない。でも、何か言わないとずっとこのまま。

この際何でもいい、変な事を言ったら、後で後悔してればいいだけ。

 

「……ねぇ」

「っ……何だ」

 

私は、思った事をそのまま口にした。

 

「ぎゅっとして」

 

……って、何をこの流れで言ってるのよ私!?でも、でも……!!

 

「やらないと、駄目、なのか?」

「……うん」

 

もう、どうにでもなれ!

 

私は半ばやけくそになりながら心の中で叫んだ。

 

「……解った」

 

そう言って椿はおずおずと背中に片方手を回して、自分の胸板へと押し付けてきた。

そして余った片方の手は、私の頭を優しく押さえていた。

 

……暖かくて、いい匂い。

 

本当は胸がバクバクしてる筈なのに、不思議と落ち着く。

 

そして私はまた、頬ずりをしてしまう。

 

「……満足、か?」

「…………」

 

こんなんじゃ、全然足りない。

 

ずっと我慢してた。

 

だから、離さない。

 

離したくない。

 

離さないで。

 

私は背中に回した手に力を込めて継続の意思表示をする。

 

「……ならこれで、貸し借りは無しだ」

「……馬鹿」

 

こんな時ぐらい、そんな話なんてして欲しくない。

 

でも、椿はそんな私の想いに気付かずに言葉を続けた。

 

「その代わり、お前が満足するまでこのままでいる」

「……だったら、もっと強く」

 

私は椿から言質をとってお願いする。そして椿はそれに何も答えず、無言で背中にある手に力を込めて、強く抱き締めてくれた。そして残りの手は、優しく私の頭を撫でてくれた。

 

(……大好き)

 

私は、心の中で想いを告げる。

 

本当は、今すぐ声に出してこの想いを告げてしまいたい。

 

でも、これは場の勢いに頼っただけの言葉。

 

告げても、きっと届かない。

 

告げてしまったら、遠くへ離れてしまう。

 

だから、私は何も言わずにこのひと時を胸に刻み付ける。

 

 

そしてチャイムが鳴るまでの間、私達は無言で抱き締め合った。

 

 

 

 

「……もう、良い」

「……そうか」

 

チャイムが鳴り終わったあと、私は椿に手を退かしてもらってから、ゆっくりと身体を離す。

そして立ち上がって上着を返してから直ぐに身体を椿に背中を向ける。

 

本当は、ずっと抱き締め合っていたい。

 

でも、そうしたら今度こそ本当に椿の迷惑になってしまう。

 

私の為に無理やり予定変更をした時点でもうアウトかもしれないけど、その上にHRにも顔を出さないとなると、クラスの子や、本音が不審に思ってしまう。

 

だから、止める。

 

「……我儘に付き合ってくれて、ありがとね」

「問題無い」

 

そして直ぐにお互いに無言になってしまう。

 

気まずい。

 

でも、話を進めないと、ダメ。

 

「……今日の事は、秘密ね」

「……あぁ」

「だから、HRの後からはまた、何時もの私達」

 

だから、何時もの様に振舞わないといけない。

 

「そう、だな」

「だから、直ぐに教室に戻らないと」

「……なら敷物は、私が片付けよう」

「ううん。私がやっておく。だから、先に戻ってくれない?」

「そうか……では、失礼する」

 

そう言って椿は靴を履いて屋上から去って行った。

 

(……行っちゃた)

 

私は椿が去った後、振り返って出入口を見つめる。

 

結局、顔を見せられなかったし、椿の顔を見られなかった。

 

(……何時もの様に振る舞える、かしら)

 

解らない。

 

あれ程、甘えてしまったから、次に椿を見た時、普通で居られる自信が無い。

 

抱き締めてくれたのは凄く嬉しけど、それと同じくらい恥ずかしくてたまらない。寝ぼけていたとは言え、いきなり抱きついて、頬ずりまでして、私も、と言ってしまったから。

 

そして其処まで考えてふと思う事があった。

 

(……椿は、私の事を好きって言った?)

 

寝ぼけていたとはいえ、私は夢の中で椿が「好きだ」と言ってくれたから「私も」と返した。けど、もしこれが何時の間にか起きていた時に返していた出来事だとしたら、と。

 

(それは無い、わね)

 

どうせ記憶が夢と現実を混合したせいで区別がつかなくなっただけ。だから、椿が私を好き、とは言って無い。きっと、徐々時間だから私の名前を読んでいただけ、ね。

 

でも、あの言葉は本物だと主張する自分が居る。

 

解らない。

 

本当は、どれが真実?

 

(……考えても頭が痛いだけ、ね)

 

なら、考えない様にしよう。

 

私が何時か、椿の口から好きだ、って言わせればいいだけなのだから。

 

「……よし、やる気が出てきたわ!」

 

そうと決まれば、うじうじしていられない。

 

私は何時も通りに振る舞い、何時も通り(・・・・・)にアプローチをかけよう。

 

私はもう、躊躇わない。

 

私は、簪ちゃんがどうとか、もう思わない。

 

私は、この恋を絶対に実らせてみせる。

 

(だから、覚悟しなさい。私は絶対に逃さないから!)

 

私はそう意気込んで、さっさと荷物を片付けて教室へと戻った。

 





読了、お疲れ様でした。

とうとう3万字いっちゃっいました。前編後編に別ければ良かったかな?と今更ながらに思ったり。

それはともかく、いかがでしたでしょうか?

前半は所謂原作組とのちょっとしたからみ。中・後半はいちゃいちゃの構成でした。

そしてちょっとだけ補足。

ダリルとフォルテに関しては完全な独自設定です。

ダリル、と言う名前はアメリカ人で(しかも男ですが)名前が多いのでアメリカの国家代表候補生に(ヘルハウンドもMGSのフォックスハウンドとちょっとだけ似てるし)。フォルテはサファイヤの産出地の一つであるオーストラリアで選びました。

と言うか、ヘルハウンドとコールドブラッドの設定はよ。あと、テンペスタとメイルシュトロームの設定もよこ(ry

まぁ、それはともかく、アニメで彼女達どうなるんでしょう?省かれるのでしょうかね?
因みに私は個人的にフィーがどうなるのか気になったり。

そして楯無の本名に関してですが、これは椿が楯無の本名を知るまで伏字とさせて貰っています。

それでは、次回お楽しみに!

といっても、今は本当に忙しいので、更新はかなり遅れます。気長にお待ちください。


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