ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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第二十九話:天枷椿の日常

先日の一件は古鷹に詳細に明かした。そしてソレに対し古鷹はただ一言。

 

『そこで怒らなければ男じゃありません。寧ろ安心しました』

 

とだけ言ってくれた。私はそれに対し、ありがとう、と返した。そして後から聞いた話だが、あの時の古鷹には単一仕様能力の兆候が現れたらしい。

 

そしてその可能性について、四つ程主任が提示した。

 

一つ目は古鷹が白式のコンセプト――一次移行でも単一仕様能力の行使が可能――を取り込んだ。

 

二つ目は実は古鷹は既に二次移行を済ませていた。

 

三つ目はコアは本来形態移行しなくても単一仕様能力の行使が可能である事。

 

そして最後の四つ目は私自身に何らかの力がある、と言う事だ。

 

三つ目まではまぁ、解らなくもなかった。古鷹が二次移行を既に果たしていた、は未だしもISの生みの親である篠ノ之束自身、コアについて全て解ってない節があるのは知っている。なので、そう言う事があっても決しておかしくはないのだ。

 

だが、私自身に何らかの力がある、と言う事に疑問を抱いた。

 

確かに、私は他人にはできないであろう思考を加速させる能力がある。そして前世の記憶を持つ転生者でもあるのだ。これらは私は他者とは一線を画する証とも言えよう。だからこそ思うのだ。これ以上に特別な力が宿るモノなのか、と?

 

解らない。

 

考えても謎が深まるばかりだった。だが、私はそれでも良いと思った。何故なら私は『私』なのだから。他の誰でもない私自身なのだ。例え、転生者故に肉体と精神が釣り合っていなかろうが、例えこの肉体に得体の知れない力があろうが、そんなのはどうでも良いのだ。

 

受け入れよう。

 

例えどんなモノであれ、ソレは私の一部なのだから。

 

認め、受け入れなければ何も始まらないのだから。

 

……あぁ、それともう一つ言う事があったな。あの一件後、アーロンから教えられた連絡先に連絡をいれてみた所、アローンから部隊の目的や構成を教えられた。そしてその過程で解ったのは構成員は計7人である事、社長より選び抜かれた信頼しても良い人物達である事、そして指揮官のネーミングセンスが壊滅的だった事である。

 

尚、今後の予定として、先ずは対抗戦時には周辺の偵察に従事するの事だった。後、アーロンから個人的な連絡先を教えて貰った。愚痴や相談には乗ってやる、との事らしい。

 

……もっとも、アーロンから娘関連での愚痴を聞かされそうだ。なまじ交流がある分、きっとそうなる。何故か確信できた。さて、過去の振り返りはこれで一旦置いておこう。

 

現状を確認する。

 

現在私は何時もの様に6時に起きて朝のシャワーを浴び終わった所だ。

まぁ、其処は朝のいつも通りの日常ではある。そう、日常ではあるのだが――

 

「あまっちおはよ~」

「……あぁ、おはよう」

 

私が洗面所から出た瞬間――服装は制服である。決して下着姿ではない――私のベットから相変わらず妙ちくりんな着ぐるみタイプの寝間着を着た本音がもぞもぞと起き出してきた。

 

「……もう、自分のベットで寝るつもりはないのか?」

「うん!」

「……はぁ」

 

本音が元気良く返事をしてきた。

 

そう、先日の一件の後、私のベットに最初から潜り込んでくる様になったのだ。さらに細かく言えば寝るタイミングを一緒にしてくるのである。

 

それに対して私は男女同衾云々と――解りやすく言えば自分のベットで寝ろ――と言ったのだが、現在は説得が上手くいっていない。と言うか、取り付く島が無いのだ。『いや』の一言で拒否される。なので実力行使に出ようかと思ったのだが、今度は腕にひっついて拒否して離れなかったのだ。そしてそんな本音を無理やり離すのは気が引けるので、仕方なく実力行使は止めた。よって現在は半ば諦めている状態なのである。

 

情けないとか言わないで欲しい。これでも頑張ってるのだから。

 

「ど~して溜め息なの~?」

「いや、俺の根気のなさに嘆いただけだ。……ほら、さっさと身支度を済ませろ」

「はいは~い」

 

本音はそう言って洗面所へトコトコ向かった。

 

……色々と思う所はあるが、早く起きれる様になったのがせめてもの救い、か?いや、寝顔を拝見できる時間が少なくなって残ね――――この思考は止めておこう。

 

取り敢えず私はベットに立て掛けた古鷹を手に取って首に掛け、椅子に座った。

 

――おはようございます

 

(あぁ、おはよう)

 

――それで、貴方はどうするんです?

 

(どう、とは?)

 

何を言ってるのか良く解らん。

 

――Ms.本音とMs.簪の事ですよ。何ですそのイチャイチャっぷりは。見せつけてるんですか?しかもダブル妹とかマニアックでうらやまけしからん。彼女いない歴=年齢の私に喧嘩売ってるでしょ絶対。だったら買いますよ?えぇ、それも高く買ってやりますからお願いですマイクの部分ねじらないでぇえええええええええええ!?!?!

 

取り敢えず私は巫山戯た事を言ってきた古鷹に制裁を下す事にした。

 

朝のいの一番から喧し過ぎるぞ馬鹿者。

そして、コアに彼女も何もあったものではないだろうが。

 

――ぐすんっ。もうお婿にいけ――申し訳ございませんでした

 

(ならば最初から面倒な事をするな駄コアが)

 

ちっ、非常に残念だ。お婿に行けない、と言い切ったら遠慮なくマイクの部分をへし折ろうかと思ったのだがな。命拾いしたな、古鷹よ。

 

――だってだってー

 

(止めろ、男の声で言われても気持ち悪いだけだ)

 

思わず寒気がした。

 

――だったら女性の声に変えます?

 

(……できるのか?)

 

初めて知った。

 

――えぇ。この戦術支援AIは操縦者の好みに合わせて音声をいじれる様になっているのです。ナイスミドルから幼女まで選り取りみどりと言う無駄に高性能仕様。まぁ、元が機械なので私の様に流暢に話す事は出来ませんがね。結局はカタコトです。ある程度プログラミングすればある程度はカタコトも解消されますけど、私が居る以上意味の無い事です。――とまぁそんな所で、ですが音声変えてますか?できますよ?Ms.本音の声も、Ms.簪の声も、そしてMs.楯無の声も。私は男ですが、貴方の為なら考えない事もない。なんなら愛の囁きだってしてみせますよ?それはもう情熱的に

 

(饒舌に語られてもな……まぁいい。いらん、そのままでいろ)

 

男が女声で会話してきても反応に困る。と言うか、元を知ってると想像しただけでも吐き気がする。しかも愛の囁きだ?寝言は寝てから言うがいい。そして何故よりにもよって本音や簪、楯無を引き合いに出すのだ。訳が解らん。

 

――え、それって――いや、冗談です。嘘、ハッタリ、ネゴシエーション、もしくはザパニーズジョークですごめんなさい。ですが、理由を聞いても?

 

(本物の声なら、何時でも聞けるからだ)

 

当然の事だろうに、何を言ってるのだろうか?

 

――ほうほう。……依存度はうなぎのぼりで高まってる様ですねぇ。クククク……

 

依存度がどうこうあたりからよく聞こえなかったが、取り敢えず言いたい事がある。

 

(気色悪い笑みをするな。少しはレイディの様にはならんのか)

 

――レイディの様に素直になれと?

 

(あぁそうだ。お前は――いや、止めておこう。やっぱりお前には合わん)

 

普段から素直な古鷹なぞ、想像するのもゴメンだ。

 

――解ってくれて何よりです

 

さて、私は古鷹とそんなやり取りをして時間を過ごしていると、洗面所から本音が出てきた。

ただ、若干髪――ドライヤーで髪は乾かした様だが――が、乱れている。

 

「あまっち髪梳いて~」

 

何故か本音が髪を梳けと要求してきた。

……まさか、私にやってもらう為に梳いてないのか?

 

――さぁて、どうでしょうね?

 

えぇい、お前は黙っていろ。

 

「……普通、男にやらせるか?」

「やらせるものなのです」

 

本音はきりっとして答えた。もし漫画だったら✩マークが出てもおかしくはないだろう。良く解らんがな。ただ、買った漫画にそう描写されていたのだ。きっと間違ってはいない筈。

 

「……まぁ良い、引き受けよう」

 

特に断る理由がないので私はソレを請け負う事にした。

 

「やった~」

 

本音は嬉しそうにしながらトコトコと駆け寄り、そして私にヘアブラシを手渡してそのまま―――

 

「すたんぷっ!」

 

――ぼすんっ

 

そんな音が聞こえたかもしれない。いや、実際に聞こえたんだがな。

 

本音は一体何を思ったのか短い掛け声と共に小ジャンプをして私の膝の上へ、そして足をブラブラさせながらまるでゆり子椅子に座っているかの様に私の胸に寄りかかって来た。

 

「……本音、何故俺の膝の上に座る?」

 

普通、椅子を持ってくるなり何なりするだろうに。

 

「えへへー気にしない気にしな~い」

「何故そうなる……」

 

本音が寄りかかってくる事で髪の匂いが鼻腔をくすぐり、彼女の肉付きの良い太ももの柔らかい感覚が伝わってくる。

 

……色々と困る。本能に任せてしまえば、衝動的に思いっきり抱き締めたくなってしまうのだが、理性でソレを何とか押し止める事に成功した。勘弁して欲しい。私の理性も不朽の城壁ではないのだから、一時の思いで間違いは犯したくない。

 

「……いや?」

 

本音は少しだけ前傾姿勢になってから振り返り、上目遣いで尋ねてきた。

 

――それは反則ぅ!

 

(黙っていろ、このすっとこどっこい)

 

――す、すっとこどっこいって……

 

私は古鷹の言葉を全ては聞かず、本音に話し掛ける。

 

「……嫌ではない。だが、髪を梳きにくい。普通に椅子に座ってくれないか?」

「はいは~い」

 

そして本音が素直に離れたのを確認した私は素早く古鷹を取ってテーブルに置いた。

途中、『えっちょっ、待って』などと聞こえてきたが、無視した。

 

当然の報いである。

 

「じゃぁ梳いて梳いて~」

「あぁ、解った」

 

私は部屋にある大きめの鏡の前に陣取った本音の髪の毛をひと房掴み、丁寧に梳いていった。

髪は毛先の部分が少々ツンツンしていたが、それ以外はしっかりと手入れが行き届いてるらしく、サラサラであり、次いでに良い香りも再び鼻腔をくすぐった。

 

これは髪を梳く者にのみ許された役得なのだろう。まぁ、偶には良い、か。

 

「ふむ……やはり髪は女の命、なのだな」

 

私は本音の髪を手に取って少しだけ感触を味わせてもらう。

この髪質は女性だからこそ、できるモノなのだろうな。詳しくは知らんが。

 

「そうなのです」

 

本音は若干キリッとしながら言った。

 

「であれば、そんな大切な髪を男に任せるのはどうかと思うがな」

「あまっちなら問題無いよ~」

 

……良く解らん理屈だ。

 

「まぁ、褒め言葉として受取っておこう。だが、本来、本性は獣である男を、清純な乙女が何の備えもなく背後に立たせるのはどうかと思うぞ?それにな、俺は齢18になっても子共だからついつい悪戯心が沸いてしまうんだ」

 

そう、私は衝動的に悪戯心が沸いてしまったのだ。

 

そして悪戯心が沸いてしまった私はきっと悪くないだろう。

 

なので私は遠慮なく悪戯を実行する事にした。

 

「ほえ?」

 

本音は突然饒舌に語りだした私に対し、一体何を言ってのか解らない、とでも言う様な間の抜けた返事をしていた。……若干の罪悪感を感じるが、其処は耐えよう。

 

最も、何で耐えるのかは私自身にも解らんが。

 

「つまりは―――こうだ」

 

そして私は悪戯心に従って人差し指を頭頂部から項にかけて沿わせてみた。

理由はただ何となくやってみたかった、只それだけである。他意はない……筈。

 

「ひゃぁっ!?」

 

何とも可愛らしい悲鳴だ。そして何となくだが、嗜虐心もくすぐられるな。

 

「くくく……」

 

思わず笑いがこみ上げてくる。

 

「もぉ~、あまっち酷いよ~」

 

おっといけないいけない。本音が頬を膨らませて怒っていらっしゃる。

 

「すまんすまん」

 

私は取り敢えず謝る事にした。

 

「すまん、は100回でいいんだよ~」

「……幾ら何でも多過ぎるぞ」

「てひひ~」

 

取り敢えず、そんなに怒ってはいないようだな。まぁ、次に梳く時は自重しようか。

……ん?なぜ私は次があると思ったんだ?いや、本音の性格なら有り得るからそう思っただけか。まぁ、そう言う事にしておこうか。考えても解るもんじゃない。

 

そして途中、絡んでいたので痛くならないように解いたりしていったりもした。

 

「きもちいい~」

「そうか」

 

見れば本音は本当に気持ちよさそうに目を細めていた。ふむ……日向ぼっこしている猫の印象だな。見ているだけでも此方も和む。

 

「手馴れてるね~。誰かにやったことあるの~?」

「ん?……あぁ、孤児院でやったことがあるんだ。俺が居た時にに髪の長い子が居てな。その子に散々文句を言われながら梳き続けていたらいつの間にか上達したんだ。そしていつしか他の子達にもやって、とせがまれる様になってな」

 

あの頃はまぁ、何だ、過去を割り切る事にして少しづつ周りに関わるようになってから院長から漸く心が開いてくれましただの、これから積極的に手伝ってくださいねだの何だのと言われて炊事家事洗濯は勿論、行事にも色々と参加をさせられた。

 

髪の梳くのもその一つだったのだ。

 

何故かは知らんがな。と言うより、男の中で女の髪を梳くのが私だけだった。結局、理由が何だったのかは今でも良く解らない。そして髪を梳く以外にもあの孤児院には手の掛かる子供がたくさんいた事を私は今でもよく覚えていた。

 

朝に弱い者。

 

準備が遅い者。

 

寂しがりやな者。

 

文句ばかり言う者。

 

何時も空回りする者。

 

直ぐに泣いてしまう者。

 

怒りやすい、激情家な者。

 

何もせず、無気力で居る者。

 

とにかく色々と手が掛かった。今思い返して見れば、懐かしくもあった。彼等は今頃、一体何処で何をしているだろうか?まぁ、既に私のあずかり知らぬ所で元気でやっているだろう。私が孤児院を卒院するその時には皆しっかりとしていて、そして笑顔で私を見送ってくれたのだから。

 

故に、何も心配する必要はないし、思い残りもない。

 

「……そうなんだ~」

「どうした?」

 

本音は少し間を置いて反応を示した。

 

「んとね、あまっちは本当に色んな事が出来るんだね~って」

「そうでもない。ただ少しだけ、他人よりも効率良くやっているだけだ」

 

前世での経験があるからこそ、できる裏技の様なものだからな。だからこそ、勉強や日常生活において、一々回りくどい手順を踏まなくてもできる事は幾らでもある。

 

「ほぉほぉ」

「まぁ、そんなモノだ。――さて、終わったぞ」

「ありがと~」

 

私は梳き終えたのでヘアブラシを本音に返し、古鷹を身に付けて軽く背伸びをした。

 

――はぁ……どうせ私なんて……

 

身に付けた古鷹がいじけていた。とういうか、今までいじけていたのか?

まぁ、今まで何してたかは知らんが、今言えるとしたら――

 

(なら茶化すな馬鹿者)

 

それだけである。

 

――そう言われましてもねぇ。性分なので

 

(何が性分だ馬鹿者。そんなんだからレイディに胡散臭いと言われるんだ)

 

仮にも兄だろうに。妹にそう言われて悲しくならないのか?

 

――胡散臭くても良いでしょうが!

 

キレるな。そして何故胡散臭いにこだわるんだ。

 

(……まぁ、良いがな。もう慣れた)

 

――慣れた、ではなく相性が良いから、に訂正して欲しいのですがねぇ。まぁ良いです。徐々私はあっちに意識を集中します。本日も良き日々を過ごせる事を祈りますよ

 

祈らんでも過ごすさ、祈らなくても、な。

 

「ねぇねぇあまっち」

 

髪を結直した本音が私に話し掛けてきた。

 

「何だ?」

「今度時間があったら私があまっちの髪を梳いてあ「ダメだ」なんで~?」

「俺の髪は、特に前髪は梳かせるのは無理だ」

 

他人からは視線が隠れる様に、次いで私からは見える様にするのはコツがいるのだ。

他人には任せられないし、今後とも任せるつもりはない。

最も、この視線恐怖症さえ治ればバッサリと切ってやるのだがな。

 

「……未だ、話してくれないんだよね」

 

本音は唐突に悲しそうな声音で言った。

……理由は話したくはないが、病の事ぐらいは言っておくべきか。

 

「……視線恐怖症、と言うの精神病を知っているか?」

「視線、恐怖症……」

 

本音は私の言った単語を反芻していた。

 

「まぁ、言葉通りの意味だ。直接他人と目が合うとどうしても息苦しくなる。理由は聞かないで欲しい。ただ、両親を失った事に関係する、とだけ覚えてくれ」

 

そして折を見て簪にも言う必要がある、か。

彼女にも私が前髪で目を隠す理由をはぐらかしていたのだから、な。

 

「……うん、わかった」

 

本音は元気なく頷いた。

 

……そう、悲しそうにしないで欲しい。

 

「何、いつまでも視線恐怖症に囚われている訳でもないんだ。何時か、何時か必ず治す。だから、その時はある意味初めてのご対面、と言うやつだな。――待ってくれるか?」

「……うん」

「そんな顔をするな。笑って頷いてくれ、それがせめてものお願いだ」

 

そう言ってありったけの感情を込めながら本音の頭を撫でた。

 

安心して欲しいと。

 

悲しい顔をしないで欲しいと。

 

笑って欲しいと。

 

そう、感情を込めながら。

 

「……うん!」

 

願いが通じたのか、本音は元気良く返事をしてくれた。

 

……良かった。

 

「宜しい。――さて、徐々食堂に行こ――む?」

 

私は本音に食堂へ行こうか、と言いかけた所で扉が叩かれる音がした。

そして私は本音と共に廊下に出ると、其処には簪が居た。

 

「おはよう」

「おはよ~」

「あぁ、おはよう、簪。――それで、朝食の誘いか?」

「うん。一緒に、行こう?」

 

これも何時の間にか日課になってしまったな。

 

本音と共に廊下に出て、簪に挨拶をして食堂に共に向かう。

 

まぁ、悪くない。いや、寧ろ良いか。

 

場所も、人も、年齢も、容姿も、関係も異なるが、失われた在りし日々の日常を味わえる。それだけで、私は満たされ、幸せになれるのだから。

 

自然と笑顔になれる。

 

「あぁ、行こうか」

「勿論~」

「じゃ、じゃぁ――」

 

そう言って簪は私の手を握ってきた。

 

……あの一件後、正確には買い物から帰る時から本音と同様に簪も私に対する態度が変わった。と言うか、部屋に戻るその時まで中々手を離してくれなかった。あの時はかなり恥ずかしかったと言えるな。それに、何人かにも目撃されてしまった。

 

「い、行こう?……繋いじゃ、だめ?」

 

その上目遣いは反則だろう。これでは拒否できなないだろう。

そして拒否できなかった私はきっと悪くない。

 

「……構わない」

 

そう呟くと簪は嬉しそうに握り手を握り直していた。そして本音も握ってきた。それを確認した私行くか、と呟き、自然と揃った足並みで食堂へ向かった。

 

これも私の日常に新たに加わった一つ。

 

嬉しい。

 

ただ、途中途中の道のりで会う者達からは凄まじい形相で見られたしまった。中には羨む者や、何故か微笑ましいモノを見るかの様に笑う者も居た。

 

 

……まぁ、最後辺りのを除けば当然な反応なのかもしれないが、な。だが敢えて言おう、私は彼女達と付き合ってる訳ではない。

 

 

それに、彼女達が私をどう思っているのかも解らんから、な。

 

 

 

 

――教室――

 

「起立、礼」

 

『ありがとうございました』

 

「では、ここまでの部分はしっかりと復習しておいてください」

 

私は本音達と朝食を終えた後は授業を順調に消化し、たった今三時間目の授業が終わった所である。そしてだが、視線恐怖症に関しては朝食後に話した。あれから話すタイミングをどうしようかと考えたが、行動は早く起こすべきだと思い立ったからだ。ただ、これについては詳細を詳しく話すつもりはない。辛気臭いだけだし、内容も話す程でもない。そして簪は静かに『待ってる』と一言だけ言ってくれた。

 

「っ~~、終わった……」

「何だ、疲れたのか」

 

見るからにお疲れの様だな。目には若干の隈が出来ているから尚更だ。

 

「ん、まぁな。……毎日五時起きで箒と一緒に素振りやら走り込みしてるからなぁ」

「ご苦労な事だな」

 

継続は力なり。良いことじゃないか。

 

「放課後は椿達と模擬戦、その後は山田先生の補講……ハードだぜ」

「で、一般教科の方はどんな塩梅だ?」

「……ダイジョウブダゼー」

 

絶対に大丈夫じゃないだろう。カタコトになっているのを隠せていないぞ。

 

「勉強を疎かにするな、出席簿アタックを喰らいたいのか?」

 

それに、幾らISに乗れるからといって教養が無いのはダメだ。時としてペンは剣よりも強し、と言うからな。無論逆も在り得るが、無いよりはあったほうが断然に良いに決まっている。

 

「絶対喰らいたくねぇ……でも、やる事が多くてなぁ」

 

それぐらいで多いとは言わんが……まぁ、中学校を出たばかりではまだ慣れていないし、忙しいとも思うだろうな、是非とも今の内に慣れておくといい。スケジュール管理をしっかりできる者は社会に出てもしっかり立ち回れるからな。

 

「ま、今は見逃しておいてやる」

 

せめて対抗戦までは目を瞑っておこう。その後は訓練や補講の一部を一般教養に回させなければ、な。

 

「恩に着るぜ……あ、そうだ、トイレ行かねぇ?」

「あぁ、良いだろう」

 

私は頷いて一夏と共に廊下に出て駆け足で向かう。……しかし、只トイレに行くというのもつまらんな。いや、トイレに行くだけの事に面白さを求めるのは間違っているのかもしれないが、如何せん男性用トイレは教室からかなり離れており、ただ駆け足で向かうのは気が滅入るだけなのである。よって私は少し考えて面白さを付加する事にした。

 

「一夏」

「ん?何だ?」

「ジュース一本」

 

この言葉だけで充分だろう。

 

「お、いいな。てか、椿の場合はコーヒーじゃ「スタート」っておい!?」

 

私は一夏が話している途中でギアを上げて一気に駆け抜ける。

 

「先手必勝」

「なっ……卑怯だぞっ!?」

 

戦争に卑怯も何もない。勝てば官軍負ければ賊軍、と言うだろう?要は勝てれば何でも良いのだ、勝てれば、な。

 

「今この瞬間は、速さこそ全てだ!」

「それがフライングの理由になるかぁああっ!」

「――――俺を超えて見せろっ!」

「って人の話を聞けよっ!?」

 

さぁ、私にはあずかり知らぬ事だな。と言うより、ツッコミをする程余裕があるとは私も舐められたモノだな。ならば更にギアを上げよう、これが私の全速力だっ!!

 

「っ!更に速く……負けるかよ!」

 

面白い。

 

「―――ついて来れるか?」

「ついて来れるか、じゃねえ!直ぐに追い抜いてやるから椿の方こそついて来やがれっ!!」

 

はっ、言ってくれる。

 

ならば今この瞬間から私は、ただ勝利に酔う一人の戦士となろう。

 

私は一夏に追い抜かれぬ様、全速力で廊下を走った。

 

 

 

 

結果だけ言おう。

 

あの激戦は私に勝利の女神が微笑んでくれた。

 

所謂、これ以上の言葉は不要、とい言うやつだな……この台詞の使い方がこれで合ってるのかどうかは知らんが。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……畜生!」

「くくく……勝った、ぞ……だが、腹が痛い」

 

特に横っ腹がっ……!!

 

しかも用を足した後も再びやる事になるとは思わなかった。これは実に想定外だった。僅差で勝ったがな。

 

「あ、お帰り~」

「あぁ、ただいま、本音」

 

私が一夏との激戦を制したのを本音が出迎えてくれた。

 

「おわぁ~凄い汗だね~」

「……一夏の奴が(妨害するのが)激しくてな」

 

デットヒートなんてレベルじゃなかった。妨害は常套手段。寧ろされて引っかかった方が悪いのである。そう、正に命を賭して戦うかの様な――

 

「「「激しいっ!?」」」

 

クラスメイト達が一斉に反応していた。何だ、と思ったが直ぐに理解した。

 

・私と一夏は顔を(疲れで)赤らめ、汗ばみ、荒く息を吐ている。

 

・先程の私の発言。

 

拙い、墓穴を掘った……今は掘ったもアウトか。

 

「何言ってんだ!?先に(進路妨害を)仕掛けたのはお前だろっ!」

 

状況を理解してない一夏が一言かましてきた。

 

貴様、周りが誤解してる状況でそれは止めてくれ……!!

 

「「「先に仕掛けたっ!?」」」

 

……頼む!!

 

「まさかのワンサマ受け!」「カメリア×ワンサマは不動かっ!」

「だけどそこからの攻守交替ワンサマ×カメリア!」

「いいっ!実にいいっ!」「薄い本はよ」

 

拙い、どんどん教室が腐ってきた。

 

「「一夏さん!/一夏っ!」」

「おわっ!?ちょっ、待っ――」

 

一夏がセシリア達に教室の隅へと引き摺られていった。

 

……正直、私が悪かった。今度何か奢る事にしよう。

 

「あ、あまっちぃ~……」

「……本音、これは誤解なんだ」

 

私の不用意な発言のせいでな。

 

「だったらー証拠を見せてー」

「……どうすればいい?」

 

私がホモではない事を証明できれば、なんだっていい。一体何をさせられるのかは解らんが、確実にやり遂げて見せよう。

 

「先ずは椅子に座って~」

「あ、あぁ」

 

私は本音の指示に従って椅子に座った。

それで、次はどうするのだろうか?

 

「とうっ!」

 

短い掛け声と共に本音が私の膝の上に座ってきた。

 

「そしてこのまま抱き締めるのです」

「……それは”今”この”場所”で、やらないとダメなのか?」

 

見ろ、クラスメイト達が凄い形相で見てきているのだが。

 

「だめ」

 

拒否された。

 

「っ~~~!……解った」

 

私は声にならない唸りを上げてから了承する事にした。

 

無理やり逃れれば周りから白い目をされ、抱き締めたら抱き締めたで面倒。

 

どうあがこうが、結局は詰みだ。ならば頷くしかあるまい。

 

私はそっとお腹の辺で左手で右手をつかみ、本音を引き寄せた。そして必然的に本音の髪が私の視界一杯に広がった。

 

少し、ムズ痒い。

 

私はムズ痒さから逃れる為に本音の肩の上から顔を出す事にした。そしてそれにより、本音の顔がすぐ真横に現れた。ほんの少しでも動けば、頬と頬がぶつかるかもしれない。

 

……恥ずかしい。早く終わってくれ。

 

「てひひひ~顔が近~い」

 

口調こそ相変わらずだが、視線を横に流せば頬が赤くなってるのがわかる。

 

……私だって頬に熱を感じる。

 

「……もっと強く抱き締めて欲しいな」

 

本音は不意に甘い声でおねだりしてきた。

 

……えぇい、もうどうにでもなれ!

 

正直に言えば死ぬ程恥ずかしい。きっと私は人気のない場所で悶え苦しむだろう。いや、絶対にする。そうでもしなければ理性のタガが外れてしまう。

 

私はそんな事を思いつつ要求通りに強めに抱きしめた。

 

先程以上に強い女性特有の甘い香り。

 

触れ合う頬と頬。

 

柔らかい肢体。

 

感じる人の熱。

 

「ふぁ……えへへへ」

 

そして直ぐ傍から聞こえてくるとても嬉しそうな笑い声。

 

もう、色々と限界になりそうだった。

 

「「「早くくっつけ!!」」」

 

「ギャァアアアアアアアアアッ!?!?」

 

突然響く揃った声と一夏の悲鳴。

 

ある意味最高のタイミングだった。

理性が失われそうになったが、どうにか押し止めれた。

 

「……皆、何か言ったか?」

 

只、一夏の断末魔宜しくな悲鳴(ナニをされていたのかは知らんが)と被って何を言ってたのか解らん。本音の声はギリギリ聞き取れたんだがな。……生憎、私は聖徳太子ではないので全てを聞き取るのは無理だ。

 

「「「何でもないよ」」」

 

……全員同じタイミングで返してきたか。随分と仲の良いクラスなのだな。いや、私もそのクラスの一員ではあるが……何故だろう、何かに省かれている様な気がする。きっと大方女子会の様な集まりか何かなのだろうそうだと信じたい。

 

「そ、そうか……本音、もういいだろう?」

「うん!いいよ~」

 

私は本音の口からいいよ、と聞いた瞬間、脳裏にとある言葉が浮かんできたのを自覚しながらゆっくりと抱きしめるのを止めた。

 

もっと抱きしめていたかった。

 

……そう脳裏に浮かんでしまった私は少々毒されてしまったのかもしれんな。

 

そして本音が満足そうに自分の席へと戻っていったのを確認した私は、次の授業が始まる僅かの間を机に突っ伏して過ごす事にした。

 

疲れて熱かった事もそうだが、今は別の意味でとても顔が熱かった。

 

今の私には少しクールダウンが必要だ。

 

 

 

 

――食堂――

 

さて、時は飛んで昼休み。私は本音と簪とで端の席に陣取っていた。因みに、私から見える位置で少し離れたテーブルには一夏と箒、セシリアが仲良く食事をとっており、そしてソレを少し離れた席で羨ましそうに見ながらラーメンを啜っている鈴が居た。

 

一夏達はまぁ、何時もの光景であるが、鈴に対しては一緒に居たいならとっとと仲直りしろといいたい所である。だがまぁ、彼女なりに意地があるのだろう。であれば、その意地は尊重すべきだな。……何の意地があるのかは知らんが。

 

「――さて、俺達も食べようか」

「それはいいけどーあまっちは相変わらずあんまり食べないんだねぇ~」

「……私達よりも少ない」

「と言われても、な。朝に大量に食べているから問題は無い。それに午後は殆ど実技の、それも基礎体力を付ける時間だろう。食べ過ぎて動けません、では話にならない」

 

まぁ、それがISを動かす時間になったとしても食生活は変える予定はない。

因みに私は何時もの様にサンドイッチとブラックコーヒ。本音はオムライスで簪はかき揚げ入りうどんである。確かに彼女達よりも少ないが、私の食べる量は言う程少ないだろうか?

 

「あまっちの機体は重いしあんまり動かないから食べても問題無いでしょ~?」

「それに、放課後に織斑君と訓練してるのに良く夕食まで持つ」

 

二人は口々にそう言ってくる。

 

「本音、見た目には騙されてはいけない。古鷹は瞬発力なら第三世機の、しかも白式にも劣らないんだぞ?下手をすれば胃の中身がシェイクされる程にな。そして簪、俺は一夏の白式と違って燃費が良いんだ。そう、白式と違ってな」

「そう言えばそうだった~」

「……燃費は関係あるのかな?」

 

『ぶぇっくしょんっ!?』

 

あると思うがな……多分。因みに噂をされていた(話題に上げてやった)一夏が盛大なくしゃみをしていたが、流しておいた。しかも箒とセシリアに唾がかかったな。手で抑えれば良いものを。

 

『『一夏っ!/一夏さんっ!』』

 

『す、すまん!でも、誰かが俺を噂をしていた様な……』

 

クククク……無様だな。

 

「あまっちが悪い顔してる~」

「……良くない事を考えてる証拠」

 

二人がジト目で見てきた。

 

そうは言うが、私は何もしてないぞ。ただ、話題に持ち上げただけだぞ?そう、話題に上げただけなのだ。故に無罪である。ふっはっはっは。

 

「気にするな。ほら、このままだと冷めたり伸びたりするぞ。――いただきます」

「む~……いただきま~す」

「……いただきます」

 

私が少々強引に音頭を取った。そして二人は納得していない様だが、昼飯を摂る事を優先した様である。まぁ、当然だな。そして私はそんな二人を眺めつつサンドイッチを手にとったが、簪のある行動に目がいった。

 

「ふむ?簪、君はかき揚げをほぐす派なのか?」

 

そう、簪が少し楽しそうにかき揚げをうどんの汁の中に沈めていたのだ。ある意味シュールな光景だな。……何故シュールなのかは知らないが、感覚的にそう思った。

 

「違う。これはたっぷり全身浴派」

 

即答してきた。どうやら重要な事らしい。

しかもちょっとだけドヤ顔で言ってきたから尚更そう思った。

 

「……良く解らんが、かき揚げの形は残すのだな?」

 

そして思った事は、随分とけったいな名称の派閥である、と言う事である。

 

「うん。……今度、椿も試せばいいと思う」

「まぁ、食べる機会があったらそうさせて貰おう。――因みに本音は何派だ?」

 

オムライスを幸せそうに頬張っていた本音にも尋ねてみた。

 

「はむっ……ごくん。……んーとね、私は卵をかけてから~」

 

ほう、卵をかけるのか。

 

「かけてから?」

「先ずはかき回します」

「それから?」

「かき揚げを投入!」

「そして?」

「ほぐしてお口の中へ!」

「かきこむのか」

「いぇ~す!」

 

パッシィン!!

 

本音が手を突き出して来たので思わずハイタッチを返してしまった。取り敢えず、ごちゃ混ぜ派だというのは解った。

 

「……むぅ」

 

そして簪、何故羨ましそうに本音を見つめているのだ?

 

……まぁ、それは置いて置くとしよう。

 

「しかし、こうして考えてみれば、意外にかき揚げうどんは奥が深いのだな」

 

サクサク派、たっぷり全身浴派、ごちゃ混ぜ派etc…….

 

うむ。意外と奥が深い。

 

「それはそうとしてあまっちは何派なの~?」

「……少しだけ気になる」

 

む、私の派閥、か。

 

「期待してる所で悪いが、生憎俺はかき揚げうどんは食べた事が無い。あっても精々月見うどんかきつねうどんだ。まぁ、詰まるところ、俺はかき揚げがはいってるうどんとは不思議と縁が無かった、と言う事だな」

 

それに、小中学校の間は給食で出たときはかき揚げが好きな人物に譲っていた。そして思い返せばその時から私は昼は少食だった気がする。

 

「……少し、食べてみる?」

 

そして私の言葉を聞いてどう思ったのかは知らないが、簪が食べてみるか、と提案してきた。

 

「いいのか?」

 

メインの具材だろうに。

 

「う、うん」

「では、その言葉に甘えていただくとしようか」

 

善意からくれるのであれば、有り難く貰っておくのが筋と言うモノだろう。

 

「じゃ、じゃぁ……あーん」

 

そう言って簪はかき揚げの一部を切り取った上で蓮華で掬い取った上で差し出して来た。

 

……だから何故そうなるんだ。それとも何か、慣れろとでも言うのか、この私に?

 

「…………」

 

ぬぅ……そんな懇願する様な目で私を見ないでくれ。

 

「……簪、やらなければならないのか?」

「……んっ」

 

簪は何も答えず再び蓮華を突き出す。

 

……解った、やろう。幸い誰も私の方に集中していない(筈だ)。タイミング的に行けるか?……よし、今しかないだろう。

 

私は思考加速をして周りを見渡してからそう結論付けた。

 

「……あーん」

 

そして私は口を開き、汁ごと掬われたかき揚げを貰った。

 

程々にほぐされたかき揚げと汁。

 

悪くはない。

 

「……ど、どう?」

「あぁ、美味い。中々悪くない味だ」

「むぅ~~」

 

確かに美味かった。そして本音が唸っていたが、無視する事にした。何故ならこのままの乗りでオムライスまであーんされた時には色々と拙いからな。そう、色々とま―――っ!?

 

ゾクリ。

 

凄まじい殺気を感じた。この威圧感……奴か!?

 

そう思いつつ私は水色の悪魔(アーロン曰く)である楯無の姿を探したが、何処にも見当たらなかった。どうやら私の行動を読んでいたらしい。

 

末恐ろしい奴だ、楯な――いや、水色の悪魔め。

 

「ほえ?どうしたの~?」

「……挙動不審」

「いや、なんでもない。あぁ、そう言えばそうだが――」

 

どうやら奴の殺気には指向性があるらしい。取り敢えず私は気を取り直す為に別の話題を提供して二人の食事風景を眺めつつ昼食を終えた。

 

 

 

 

さて、昼食から少しだけ時間が経った。因みに場所は変わらず食堂。

 

あの後本音は生徒会の方で少し呼び出しを食らってたので今は簪と二人きりである。まぁ、特に急ぐ用事もなかったのでそのまま簪と雑談に花を咲かす事にしている。

 

……それに、あの水色の悪魔も居なくなっただろうからな。

 

「――そう言えば、何故簪はその眼鏡を掛けたままのだ?目は悪くないのだろう?」

 

今は弍式の制作をしていないし、そもそも空中投影型ディスプレイは貸したので必要は無いと思ったのだが……もしかして私の思い違いで、本当は目が悪かったのか?

 

「そう、だけど。ただ何となく。……お、おかしい?」

 

どうやら思い違いではなかった様だ。

 

「いや、似合ってるからおかしくはないさ」

「あ、ありがと」

「――だが、少し外した顔も拝んで見たい、と言うのもあるな」

 

って、私は何を言ってるんだろうか?まぁ、良いか。実際、気になってしまったのだから。

 

「……じゃぁ、外すね」

 

そう言って簪は眼鏡を外して見せた。

 

「……ど、どう?」

「……」

 

ふむ……やはり、姉妹なのだな。とてもよく似ている。それに、簪は簪で……ふむ、ずっと見ていても飽きないな。元からして良いのだ。これは当然の帰結、と言えるな。

 

「つ、椿?」

「……」

 

ジー……。

 

「あ、あの……」

 

……。

 

「そ、そんなに見つめないで……」

 

…………。

 

「は、恥ずかしい……」

 

………………。

 

「っ~~~~!!」

 

……………………。

 

「……あぅ」

 

ぼすんっ!

 

む?変な音が鳴った様な気がしたが……おや?簪が真っ赤になっている。

 

「どうした、簪?……大丈夫か?」

「……さ、さっきからずっと、みないで、って」

 

……あぁ、そう言えばそうだった。

 

「すまない。無遠慮過ぎた」

 

流石に女性に対して失礼すぎだったな。

無論、男の顔をずっと拝むのは此方からお断りだがな。

 

「べ、別にそんなに気にしてない。……その、場所さえ選んで……ゴニョゴニョ」

「……そうか」

 

最後辺りは声が小さくて聞き取れなかったが、そんなに気にしてはいない、と言うのは解った。だが、流石に婦女子の顔を見つめ続けるのはダメだな。

 

が、しかしだ。

 

「顔が少し赤過ぎだぞ。―――熱はないのか?」

 

異常に赤くなっていたので風邪かと思った。

なので私は顎下――皮膚温が適正かどうかを測る為に手を軽く添えた。

 

「ひゃっ!?」

「……どうした?」

「い、いきなりだったから……その、驚いた」

「……あぁ、すまない。ちゃんと確認取っておけばよかったな」

 

むぅ……さっきから私は無遠慮過ぎるな。普段はそうならない様にしているつもりなのだが……女性だらけの環境のせいでその辺の感覚が鈍化してきのだろうか?

 

「……でも、とっても気持ち良い」

 

簪はそう言って目を細めて笑っていた。

 

「っ!!」

 

一瞬、ドキリとしてしまった私は悪くは無いだろう。

 

それぐらい魅力的な笑みだったのだ。……それに、その、何だ。そう返されると何も言えないのだが。世辞も何もあったもんじゃない。

 

はっきり言おう。見惚れてしまったのだ。

 

自分の手の中で頬を赤らめながら柔らかく微笑むその顔に。

 

……口に出して言わないがな。

 

「……そうか」

「うん」

 

この場合、それは良かった、とでも返せば良いのだろうか?……解らん。言葉を飾る事が不得手な私には、この状況で使える良い語彙が見つからなかった。

 

「……取り敢えず、熱は無い様だから手は離すぞ」

 

流石に何時までも触れているのは駄目だろう。

 

「……あ」

 

そして私が手を離した瞬間、簪は名残惜しそうに声を上げ、そして手を掴んできた。

 

「……簪?」

「……な、何でもないっ!!」

 

そう、手を離してぶんぶんと頭を振って否定さてれも、な。

……自惚れでなければ簪は未だ、手を離して欲しくなかったのだろうか?もし、そうであれば……正直どう言えば解らない。

 

そして今更な事であるが、とても恥ずかしい事をしてしまった。簪も現在進行形で顔が真っ赤だが、私も頬に熱を感じる。

 

色々と拙かった。

 

「そ、そう言えば、本音は生徒会に何しに行ったのだろうな?」

 

無理やり話題を変えようとしたとは言え、少しどもってしまった。

 

なんとも情けない体たらくだな、私は……それに、もしこの一部始終を古鷹に見られたりしたら絶対に面倒な事になった。ある意味命拾いをしたと言えるな。

 

「わ、解らない。で、でも仕事はちゃんとしてると思うよ?」

「そうだと良いんだが――」

 

その後、ギクシャクとしながら会話を続けて残りの昼休みの時間を過ごした。

 

今思い返せば、お見合いをしている様な気分だった。……経験はないがな。そして教室に戻ろうとした時に気になった事があるのだ。

 

自販機で何時もは不人気なコーヒー類が全て売り切れになっていた。

 

何故だろうか?ブームでも来てたのか?まぁ、紅茶好きの私にはどうでもいいブームだかな。

 

 

 

 

――???――

 

其処は人影の無い校舎の端の廊下。そしてそんな廊下に二つの影があった。

しかし、その影はお互いを見てていない。背中合わせの状態である。

 

「――C、例の物は?」

「その前に、合言葉を言え」

 

Cと呼ばれた影がヘリウムガスによって変えられた声で合言葉を要求した。

 

「ワンサマー、学術名織斑一夏、鈍感目、朴念仁科、唐変木種。所持スキルは特一級フラグ建築士と女殺しと難聴、そしてラッキースケベ」

 

とんでもない合言葉である。

 

「――よろしい。例の物は希望通り用意してある。先ずは対価を」

「……対価は――コレよ!」

 

そう言ってもう一つ影はCの腕を掴んだ。

 

「何ぃっ!?」

「ふふっ、逃がさないわよ?」

「ぐっ……その声、まさか楯無、か」

「正解。それで、貴方は一体何をしてるのかしら?」

 

手を掴んだ影――更識楯無はCと呼ばれた影――天枷椿に質問した。

 

「っち、まさか声を変えていたとはな。……だが、取引方法は生徒会や教員連中からは完全に秘匿した筈だと言うのに、何故、解った?」

「どうせそんな事だろうと思ったわよ。まぁ、解った理由を言ってもいいけど、ソレを言う前に何で織斑君の写真を販売してるのかしら?」

 

そう、今の椿はCと名乗って、ご丁寧にヘリウムガスまで使った上で黒いローブを着ているのだ。何のつもりで黒いローブを着ているのかはしらないが、何とも奇妙である。

 

「売れるからに決まっているだろう。と言うか、お願いされた」

 

椿は正直に答えた。

 

そう、椿は箒達用に一夏の戦闘中の勇姿をちょくちょく古鷹の持つ映像記録を応用して写真にしていたのだが、他の生徒から私も、と供与を要求された――なんの拍子でバレたのかは知らないが――ので、椿は公平性を保つ為に他の生徒にも現像、もしくはデータで渡す事にし、Cと名乗って販売しているのだ。そしてお値段は最低限写真の現像代を賄える程度である。

 

尚、販売を続けている理由は本人が面白いからやっているだけらしい。聞けばCを名乗っている間は私、と本来の一人称を使えるから気が楽だとかなんとか。

 

因みに『C』とは椿の英語名であるCamelliaの頭文字をそのままとっただである。

 

「……それで、もう一度尋ねるが、いつ気付いた?」

 

椿は楯無に種明かしを求めた。

 

「三日前よ。私のクラスの子が織斑君の写真を、しかも白式を纏って正面から雪片を上段から振りかぶってる写真を見てトリップを引き起こしてたからね、その時に色々と聞いてみたのよ。そしたらCって名乗る人物と取引方法と取引場所を丁寧に教えてくれたわ」

「ちっ、彼奴か。だからあれ程自室で鑑賞しとけと言ったんだが……」

 

椿は毒づいた。今の彼はさながら悪の商人である。そして黒いローブがそれにより一層の拍車を掛けていた。だが、ヘリウムで全て台無しにしていたのもまた事実である。

 

「はぁ……取り敢えず、生徒会室に来てくれるわよね?」

「……致し方ない、か」

「じゃぁ早速――」

 

ぎゅぅっ。

 

楯無は椿の腕から手を離し、矢継ぎ早に手の方を握った。

 

「楯無?」

「……一応、逃げない様に、よ」

「私が逃げる訳が無いだろう」

 

椿は手を握られた理由が解らないでいた。

 

それもそうだ。楯無の実力差の点で逃げられない、と言う事もあるが、彼は基本的に(一夏弄り以外の)非を認め、罰は甘んじて受け入れている全うな(?)人間なのだから。

 

「いいから、そのまま黙って手を引かれてなさい」

「……解った」

 

椿は渋々頷いて楯無に手をひかれながらついていった。だが、その表情にいやいや、と言った感は無い。普通に歩調を合わせているのが良い証拠だろう。

 

「ふふっ♪」

「どうした、何が嬉しい?」

 

椿は楯無が何か嬉しそうに笑っていた事に対し、疑問を発した。

 

「それは秘密♪」

「……そうか」

 

楯無に答えを拒否されたが、椿はそれ以上真意を問い詰める事はしなかった。

そして椿はその時の楯無の表情を見ていなかった。

 

大好きな人の手を引く事ができて、頬を赤く、そして幸せそうに緩ませていたその表情を。

 

まぁ、楯無に手を引かれている以上、見る事ができないのは当然と言えば当然なのかもしれない。だが、彼もまた、一夏程ではないが罪作りな男であるのは事実である。

 

 

 

 

――生徒会室――

 

「で、これが私の罰か」

「えぇ、そうよ」

「溜め過ぎだろう、全く……」

 

現在私は楯無に今回の罰として生徒会の仕事を手伝わされている。それ自体は問題無い。罪は認めよう。ただ、一夏との訓練の後なので非常に億劫であった。まぁ、書類仕事は慣れているので苦にはならないのだがな。

 

「すいません、椿さん」

 

虚が申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「いや、虚は気にしなくていい。悪いのは必要最低限の人員を集めなかった此奴だ」

「何でよ!」

 

私は書類に落丁や誤字が無いか等を確かめながら楯無を指差すと直ぐさま反応してきた。

 

「喧しい。虚の負担が大きいのは事実だろう――ほら、この書類は終わったぞ、判子を」

「……早いわね。事務仕事は得意なの?」

 

私が書類を楯無に手渡すと、楯無はそう呟いていてきた。

 

「まぁな」

 

それに、確かに此処はISを扱う学園故に、重要な書類もちらほら見受けられるが、所詮は学校の書類だ。前世で数十年間社畜をやってきた私にとってはこの程度はあらかじめ説明を受けていれば処理は容易いモノであった。

 

「だったら、これからも手伝ってくれない?」

「一夏との訓練後に、か?」

「えぇ、そうよ。一時間程でいいから」

 

まぁ、それぐらいなら問題無い、か。だが一つ質問はしておこう。

 

「忙しいか?」

「最近少し立て込んでてね。あんまり簪ちゃんの所に行けない」

「そうか。随分と忙しいな」

 

この楯無(ストーカー)がストーキングできないと言うのは余程の事なのだろう。

……基準がおかしいのかもしれんが、此奴限定なら普通だ。

 

「……私をストーカー基準で考えてないわよね?」

 

楯無が私をジト目で睨みつけてきた。

 

「そんな訳が無いだろう。――ほれ、判子を」

「はいはい」

 

そして私は楯無に書類を手渡ししてから発言する。

 

「で、だ。そもそも私は生徒会副会長なのだろう?と言っても後ろに予定が付くがな。手伝おう。何も問題は無いし、時間的にも余裕があるからな」

「そ、ありがとね」

「ありがとうございます」

 

その後私達は黙々と書類を片付けていった。

 

 

 

 

そして一時間後には山積みされていた殆どの書類が残り僅かとなっていた。

ふむ、少々久方ぶりの書類仕事だったから張り切りすぎたか?まぁ、別に良いか。

 

「まさかあの量を片付けるなんてねぇ」

「やはり、椿さんには早く生徒会に入って貰いたいです」

「まぁ、それは楯無次第だが、な」

 

私はそう言って楯無に視線を向ける。

 

「……解ってるわよ」

 

楯無は若干不貞腐れながら言った。

 

別に、不貞腐れなくても良いだろうに。何時もの様にすらっとはいかないのか。

 

「あらあら……さて、お茶を淹れますね。椿さんもどうですか?」

「あぁ、貰おう。そして飲んだら寮に戻らせてもらおうか」

 

飲んだ後でも食堂の閉店まで幾らか余裕があるしな。

 

「解りました。……あら、お湯がもうない。沸かしてきますね」

 

そう言って虚はお茶を用意する為にお湯を沸かしに出て行った。

 

……しかし、虚が淹れる茶か。中々楽しみではある。以前楯無から聞いたのだが、虚の淹れる茶は中々の絶品らしい。ジャンルは違うが、チェルシーの淹れる紅茶と比べてどうなのだろうか?

 

中々に楽しみである。

 

「それにしても疲れたわね~っと」

 

楯無はそう言いながら背伸びをしていた。

 

「なんだ、肩でも凝ったか?」

「えぇ、そうね。それにおっぱいも大きいから――あうっ」

「一時間真面目に仕事した瞬間すぐそれか、たわけ」

 

私は妙な事を言い始めた楯無の額に向けて消しカスを弾いてやった。

ペシンッと軽快な音がなったが、まぁ気にしない。

 

「むぅ~。これは持つ者の悩みよ、男と持たざる者には解らない悩みね」

「知るか」

 

そして自分の胸を持つな。目のやり場に困るだろうが。そして簪や鈴が聞けば絶対に怒る。彼奴等は箒のソレを親の敵の様な目で偶に見てたからな。

 

「ねぇ、椿」

「なんだ?」

「肩揉んでくれない?」

「……藪から棒にどうした。と言うか、なぜ私がやらなければいけない?」

 

突拍子過ぎるぞ。

 

「昼休みの出来事を忘れたとは言わせないわよ?」

 

やはりあの殺気はお前か、この水色の変態ストーカー悪魔め。

……しかし、何が悲しくて殺気でお前を見分けれる様になったんだか。

 

「つまり、対価をよこせと?」

「当然よ。簪ちゃんにあーんしてもらった対価は払ってもらわないと」

 

何故支払い先がお前なのかははなただ疑問に思うが、まぁ取り敢えず――

 

「――いいだろう。やればいいのだろう?」

「ふふっ、じゃぁお願いね♪」

 

私はあぁ、と軽く頷いて楯無の背後に回った。

そして肩に両手を置こうとして、とあるモノに気付いた。

 

「……ペアルック、付けていたのだな」

 

そう、首元に見覚えのある金のチェーンがあったのだ。

 

これは私がある意味初めてのデートで買った思い出の品。

 

金と銀のペアリング。その片割れだ。

 

校則の関係もあって、私は大事にしまっていたのだがな。

 

「そうよ。私は毎日肌身離さず身に付けてるの」

 

そう言って貰えると買った者として嬉しくはあるが――

 

「生徒会長ともあろう者が風紀を乱すのはないただけないな」

「あら?これぐらいなら先生たちも目を瞑ってくれるわよ?……もしかして、知らなくて付けてなかったり、する?」

「校則はできる限り順守するのが私なのでな。故に付けていない」

 

最も、順守しているとは言え午前中は一夏と共に廊下を爆走していたのは秘密だ。

 

「……それでもいいじゃない、つけてくれたって」

 

楯無は少し拗ねた様な声音で言った。

 

「そう、言われてもな」

 

今まで校則を順守していたから、と言う理由もあるが、何となく恥ずかしくもあったのだ。……さて、どうしたものか。付けるべきか、否か。

 

「……ねぇ、本当は私とのペアルックは嫌だ――あ痛っ!何で叩くのよ!」

 

楯無はそう言って私を押しのけて立ち上がった。

 

少し真面目に話そうとした所を叩かれて気分を害したのだろう。

 

だが、な。

 

私は楯無を正面から見据えて発言する。

 

「馬鹿な事を言うな楯無。嫌な訳が無いだろう。アレはお前と私のこの世に二つとない、たった一つだけの大切なモノだ。それだけは決して揺らがない。揺らぐ訳が無い!」

 

本当に馬鹿な事を言ってくれる。

 

私は少し怒っていた。私はあの品を買う事が出来て本当に良かったと思っている。だからこそ、その片割れを持つ楯無にそんな事を言って欲しく無かった。

 

「……その、ごめんなさい」

 

私の剣幕を受けてか、楯無は素直に謝ってきた。

 

「それでいい。私も少し熱くなり過ぎた様だ。……だが覚えていて欲しい。お前の首にかけているソレは私にとってもかけがえのないモノだ、と言う事を」

「……うん」

 

楯無は頷いては見せたが、少し納得がいって無い様だ。

 

……ふむ。

 

「……決めた。私も明日から身に付ける。二度とお前が馬鹿な事を言わない様に、『Recollections of me and you』、あのリングに刻んだ言葉が嘘では無い事を証明する為に。そして何よりも、

 

       

         私がお前の事をとても大切に想っていると証明する為に」

 

 

そして其処まで言って楯無がずっと無言だったのに気付いた。見れば楯無はオーバーヒート宜しくと言わんばかりに最大限にまで顔を紅潮させており、もし擬音を付けるのであれば、ぶすぶす、と燻っている、が似合っていた。

 

「……楯無?」

「っ!何でもない、何でも無いわよ!」

 

楯無はそう言って何か急ぐ様に席に座って前を向いていた。

 

……私は何か変な事を言っただろうか?いや、無いな。少々恥ずかし事を言ってしまったが、あれは私の正直な感想。何も訂正する必要は無いし、指摘された所でするつもりはない。

 

「そうか」

「……あのタイミングでその言葉は卑怯よ、椿の馬鹿」

「ん?何か言ったか?」

 

ゴニョゴニョしてよく聞き取れ無かった。

 

「こ、こっちの事だから気にしないで。それよりも、早く肩揉んで頂戴」

「解った。始めるとしよう」

 

私はそう言って軽く項の部分に親指を添えた。

 

「っ!?」

「……どうした?」

 

楯無は私が項に親指を添えた瞬間、肩をビクンッとさせていた。

 

「……ちょっと手が冷たいわね」

「そうか?」

「えぇ。意外に冷え性かもね?」

 

そうなのか?簪や本音が手を握ってきた時には何も言われなかったが……ふむ。少し食事の方を改善した方が良いのだろうか?

 

「まぁ、後で考えるから別に良いか。……続けるぞ」

「何が良いのか解らないけど、お願いするわ」

 

私は先ず、二本の親指を使って背骨を挟みこむように頭蓋骨と首の付け根付近を押さえつけた。次いで指の先にぐっと圧力をかけ、首の筋肉に沿わせながら下から上へと移動していく。ある程度まで言ったら上から下へと移動させながら圧力をかける。そしてソレを私は一定のリズムと力加減でソレを何度も往復させた。

 

「どこか強く押して欲しい部分はあるか?」

 

暫く往復させてから、私は楯無に強く押して欲しい部分を尋ねた。

 

「んー、項のちょっと上、かな」

「ふむ……この辺か?」

 

私は指定された通りの場所を軽く押す。

 

「えぇ、お願い」

「解った」

 

そして私は強く、痛すぎない程度に押した。

 

「~~っ、気持ちいい……」

「それは良かった」

 

だがまぁ、何だ、楯無は本当に肩が凝っているな。特にこの項と肩上部の肩上部よりの部分が手のひらからでも解るぐらいに、な。何故、項の上を指定したのかは解らんが、まぁ、自覚が無い、と言う事にしておこう。

 

私は暫く楯無が指定した場所を指圧してから私が見つけた肩上部の凝りを指圧するのではなく、手のひらを使ってグッ、グッ、と押し始める。

 

「うっ……あ……ッ……ハァッ……」

 

……若干吐息が荒いぞ。

 

「ん~、キクぅ~~」

 

私はそんな楯無の言葉を聞きながら今度は肩全体へと左右の往復を繰り返す。

 

正直、ツボがどうのこうのは知らん。何となく、感覚でやってるのが現状だ。……あぁ、思いだした。確か肩甲骨の近くにツボがあったな。押して上げるとしよう。

 

疎覚えの知識の中にあった肩外兪(けんがいゆ)と呼ばれる部分――肩甲骨の角の内側――に親指をあて強く押し始める。

 

「っ~~~!?!?」

 

どうやら効果は抜群らしい。足をジタバタさせていた。

 

「っ、ちょっと、いきなり何するのよ!」

「ツボを押しただけだ。ほれ、どんどん行くぞ」

「えっ、ちょっ、ま、待って―――」

 

残念ながら今の私は聞く耳は持たない。そう、今の私は、な。そして少し面白いと感じてしまったのは、ここだけの秘密にしておこう。

 

 

※ここからは音声のみでお楽しみ(?)下さい※

 

 

 

 

 

 

 

『ふむ、ここが良いか?』

 

『あ……其処はダメ!んふぁああああ!?』

 

『ほう、ここも良いのだな、お前は』

 

『はぅ…んあぁっ……んぐっ』

 

『さて、ギアを上げさせて貰おうか』

 

『んはぁ……ひぅっ!あぁぁっ!!』

 

『言っておくが、手加減するつもりなどもとよりない』

 

『あっ……! やめ、……今この状態でされたら……! うぅ、あぁっ……!』

 

『随分とまぁ感じやすいのだな、お前は』

 

『はひぃっ!?す、すごいぃぃ…………!!』

 

『脆すぎる……面倒だ、正面から(肩髃を押させて)いかせてもらおう』

 

『えっ!?や、やめ、あ、ああぁぁぁっ!ら、らめぇえええええっ!?!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※これは只のKEN✩ZENなKATAMOMIです※

 

 

 

 

「さて、これで肩もみは終わりだな」

「はぁ……はぁ……そ、そうね」

「気持ちよかったか?」

「……えぇ」

 

それにしても随分と脱力している様だが……どうしたんだろうな?まぁいいか。徐々虚も帰って――

 

「只今戻りました。……おや、会長、どうしました?」

 

丁度戻ってきたか。して、本当に楯無はどうかしたのか?

 

「な、何でもないわよ」

「はて?……まぁ良いです。取り敢えず早速お茶を淹れますね」

 

うむうむ、早速お楽しみの時間だ。

私は虚からお茶を淹れてもらう為にさっさと自分の席へと戻った。

 

「……お茶が好きなの?」

 

楯無は私の行動の素早さを見たのか、そう言ってきた。

 

「まぁ、そんな所だ」

 

本当に好きなのは紅茶だが、お茶は紅茶の次に好きだ。

特に玉露がとても好きである。

 

「ふふっじゃぁ、腕の見せ所ですね」

 

あぁ、楽しみにしている。

そして暫くして虚からお茶が渡された。

 

「粗茶ですが、どうそ」

「いただこう」

 

これは……素晴らしい。私が好きな玉露ではないか。

 

「本当はお茶請けも用意できれば良かったのですが……」

「気にすることはない。これで充分だ」

 

そう言いながら私は茶碗を右手で持ち、左手を添えて音を立てずに飲み始める。ふくよかな香りとトロリとした甘み、そしてコク。

 

……素晴らしい。

 

「いかかですか?」

「美味い。これが毎日飲めるのなら、毎日生徒会に通いたくなったな」

「ふふふ、ありがとうございます」

 

虚の笑顔も中々良いものだ。本音のとは違った和みを感じる。こんな笑顔と共に茶を飲めるのはとても至福だ。

 

「ぐぬぬぬ……」

「ん?どうした、楯無」

「何でもないわ」

 

ふむ?まぁ、楯無がそう言うならそう言う事にしておこうか。

 

そして私は玉露を音を立てずにもうひと啜り。

 

……たまらん。

 

「本当に好きなようね」

「あぁ、お茶は本格的なの以外は飲みたくないのでな、何時もはコーヒーで我慢してる」

 

コーヒー好きには失礼かもしれんが、お茶以外は別段どうでもいいのだ。インスタントであろうが自販機で売られている様なものでも、な。

 

「私は虚に感謝している。――ありがとう」

「どういたしまして」

 

将来の虚の旦那さんが羨ましいよ。こんな素晴らしい茶を淹れてくれるのだ。私ならそんな奥さんの為なら幾らでも尽くして見せよう。いや、尽くす。断言しよう。

 

そして私は玉露を飲み干した。

 

「――さて、私は戻らせて貰おうか」

「そう、じゃぁ次もお手伝いよろしくね」

「お茶も用意しておきますね」

 

ほう、それは楽しみだ。

 

「期待させて貰う。では」

 

私はそう言って生徒会室から去った。

 

――さて、簪と本音には何と説明してはぐらかせば良いだろうか?

 

寮へと向かう最中、私は夕食に遅れた理由を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色々暴走しながら書いてたら2万字越えた……どゆこと。
はい、そんな訳(?)で第二十九話です。如何でしたか?ニヤニヤして貰えれば幸いです。

椿と三人の行く末は如何に?

ただ、簪との絡みが少し少なかったのが心残り。それに、本音との絡みが多いのは同じ部屋+同じクラスなので、どちらにも当て嵌らない簪は……まぁ、今後の展開ではその辺の不足分をカバーしようとは思っています。簪ちゃんマジ天使(確信

そしてライルが言ってた通り椿君、かなりの(肩もみの)ヤリ手でしたね(ゲス顔
しかも思いっきり告白紛いの宣言……マジぱないっす。

そしてオマケ。


【挿絵表示】


暴走次いでに衝動的に描いてしまったecmはきっと悪くない(`・ω・´)
ただ、紙が薄くて読み込んだら全体的に暗くなったてしまったのと楯無を上手く描けなかったのが無念。……何時か絶対今以上に上手く描いて見せます。


後、何となくワンサマのステータスをfate風にしてみました。

名前 クラス  射撃  格闘  技巧   敏捷  知力  幸運   精力
一夏  鈍感   F   A   D   A   E  D(S) EX

※これは三年一般生徒をCとした場合の基準(EX,S,A,B,C,D,E,F)。但し、知力だけは一年生基準である。幸運の(S)は女性との巡り会いの良さ。でもワンサマは割を食うのがデフォなのでD.そして精力EXは……敢えて何も語るまい。

クラススキル
・唐変木 S
女性関連の、特に日常での気転が全く効かない。ただし、Sであっても本当に大事な場面では気転が効く。尚、EXの場合は大事な場面でも気転が効かず、ただの人でなしである。

・朴念仁 S
女性からのアプローチに気づかずに、その好意を感じ取る事ができない。
B以上からはガチホモに勘違いされるレベルである。


所持スキル
・フラグ建築士 特一級
ありとあらゆる女性とフラグを立てるスキル。
級によって性能は異なるが、特一級は僅かな期間でも一度敵対した女性や心に傷を負った女性とフラグを立てる事ができると言う呪いに近いレベルである。

・女殺し A
このスキルを持つ者の言動、動作はレズビアン、彼氏持ち以外の女性の女の部分を鋭く刺激し、虜にする。ランクによって効果の差は出るが、A以上は呪いレベルである。

・難聴 EX
告白されてもありとあらゆる状況から告白とは違う意味合いに聞こえるスキル。
EXランクになると最早Destiny,もしくはFate.

ラッキースケベ A
高確率で美少女とスケベぇさんなイベントが起こる九割の男子垂涎なスキル。
ただし、それと同時に高確率で名誉の負傷をするので注意が必要。
尚、残り一割のホモの場合、好みの男に低確率で発生する。


ワンサマが射撃Fは此処のワンサマには射撃適正無しの烙印が押されてるので妥当。格闘Sじゃないのは未だ未熟だからだったり。知力がEなのは曲がりなりにもIS学園は進学校なので頭良い娘が集まるからです。

異論は認める(`・ω・´)

それでは次回もお楽しみに!!

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