ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~ 作:ecm
――廊下――
さて、現在私は今日の授業を全て終え、のほほんさんと別れた後に一度全ての手荷物を部屋に置くために寮へ向かっている。
「……あぁそうだ、空中投影型ディスプレイも持っていかなくてはな」
忘れていたが、会社からの支給品として空中投影型ディスプレイも受け取ってあるのだ。だが、私は携帯端末とPCと古鷹があれば事足りているので未開封のまま収納スペースに入れたままだったのだ。
故に私は使わないの勿体ない気がしたのでこの際だから、と簪に貸すことにしようと思いついたのである。
(うむ、それがいい)
自分で納得しながら扉を開けると――
「お帰りなさい、貴方」
そっと扉を閉じた。
――貴方は何を(黙っていろ)
今貴様の戯言に付き合う余裕はない。今の私はコンディションレッド、非常警戒態勢、スクランブル、もしくはデフコン5だ。
取り敢えず言いたい事があった。
(何故奴が居る)
いや、もしかしたら幻視なのかもしれない。そうだと思いたい。思わせてくれ。
「……1045室、だな。見間違いはない」
部屋番号を再確認し、扉を開ける。
「お帰りなさい、貴方。私にします?それとも私にします?それともワ・タ――」
再び扉を閉めようとしたが、今度は止められた。見れば侵入者はいつの間にか部屋側の取っ手を握っていた。
「ちょっと!最後まで言わせなさいよ!」
「断る。そして何故ここに居るんだ、楯無」
そして何故裸エプロンなのだ。アウトだ。
――寧ろストラ(喧しい)
「大丈夫よ?水着は着ているから」
私の心を読んだのか、楯無はそう答えた。
「ではどうやって入った?」
「マスターキーは持っているわ!」
「元気で非常によろしい回答だ馬鹿者」
取り敢えず頭に手刀を喰らわせる。
「あいたっ!?」
良い角度で入った。クリティカルヒットだ。
「何故こんな事をした?」
楯無は頭を摩りながら回答する。
「貴方にお礼をしようと思ったんだけど……何も叩かなくてもいいじゃない」
「それはお前の自業自得だ。反省しろ」
「……この魅力的な姿に何とも思わないのかしら?」
自分で言う事でもないだろうに。……まぁ魅力的な体付きである事は否定しないがな。正直言って目のやり場に困る。
「抜かせ、誰がそんな礼を求めた。それにお前のその姿は視るに耐えん。少しは恥じらいを持ったらどうなんだ?」
「えー」
えー、ではない。仮にも婦女子だろうが。
「全く。……何故このタイミングでお礼をしようなどと思った?下手をすればお前の大事な妹に鉢合わせるかもしれないんだぞ」
それはお前にとって宜しくない事態だろうに。
「簪ちゃんの行動は常にマークしているから問題ないわ!」
さらりとストーキングしている事を白状する楯無。
「……お前の性癖は理解した」
場合によっては警察に突き出す事も辞さない。
露出狂にして悪質ストーカー。
どこに出しても恥ずかしい変質者だな。
「ちょっと、変な勘違いしないでよ」
「自分の姿と発言を省みてからもう一度よく考えて言え」
「失礼ね、愛故に致し方ない事よ?裸エプロンは違うけど」
えっへんと楯無は胸を張って答えた。
「……まぁ、そう言う事に取り敢えずはしておく」
「取り敢えずじゃ困るんだけど」
「喧しい、話を戻す。もう一度言うが、俺は別に礼を求めてやっているのではないのだが?」
「それは関係無いわ。コレは私からの気持ちよ?遠慮せずに受け取りなさいよ」
さも当然だと言わんが如く楯無は言った。
「何が遠慮なく受け取りなさいよ、だ。そんなものは要らん。取り敢えず服を着ろ」
「あら?貴方は着衣の方が好きだっ「ど阿呆」っ痛!?」
馬鹿な事を言いだしそうになったので再び手刀を喰らわせて沈黙させる。
「い、いたいけな女の子になんてことを……」
「抜かせ、お前の様ないたいけな婦女子なぞいてたまるか」
「そ、そんな……」
よよよ……と言った形で座り込む楯無。
その時でも胸を強調するのを忘れていない。
まぁ、なんだ。
「もう一発いくか?」
「遠慮します」
再び手刀を放つ体勢に入るが、楯無は即立ち上がって全身からノーと表した。
「なら最初からするな」
「むぅ……貴方はどうしたら私の好意を素直に受け取ってくれるのかしら?」
「好意を受けとる程の成果を俺はあげてないだろう?」
そもそもアプローチの仕方が間違っている。
「それはないわ、簪ちゃんは目に見えて変わってる。これは紛れもない貴方のお陰よ?」
随分と自信があるな。
「これも妹をストーキングしてきた成果か?」
「そうね、私が毎日ストーキングして来た成果よ――て何言わせるのよ!?」
「言ったな?言い切ったな?なら後はこのボイスレコーダーを――」
「させないわ」
さり気なくちらつかせてみたボイスレコーダーを一瞬の動作で取られてしまった。なんと手際がいいのだろうか。さすがは暗部。
「冗談、冗談だ。録音してないから安心しろ。だから返せ」
「貴方のジョークはブラック過ぎるのよ」
楯無はそう言いながらボイスレコーダーを返した。
「気にするな。……まぁ、取り敢えずだ」
「取り敢えず?」
「少なくとも今はお前の礼とやらを受け取るつもりはない」
「今は?じゃぁ今後はあり得ると」
「まぁ、そうなるのだろうな」
「気になるわね」
……今は未だ私達の事情を話して協力を仰ぐ訳にいかないな。何れは話す必要はあるが。
「それは秘密だ、と言えばミステリアスで良いだろう?」
「秘密にする意味はないんじゃないの?」
「これは気分の問題だ。まぁ、必要になればお願いするだろう」
「ふーん……まぁいいわ、後はいこれ」
何時の間にか楯無の手には端末が握られていた。
「これは?」
「簪ちゃんに必要なデータをある程度纏めてみたわ」
「随分と手際が良い」
「まぁね。他にも纏めてる最中のがあるけど……ソレはまた次回にするわ」
「解った。そしてさっさと着替えて出て行け、物が取れん」
「……もう!解ったわよ、ちょっと待ってなさい」
楯無はそう言って扉を閉めた。
そして暫くして何時もの制服姿に戻った楯無が出てきた。
「次は勝手に入るなよ?」
「あら、それは約束できないわね」
「何故?」
「それは秘密よ」
さっきの仕返しか。
「まぁ良い。ではな、楯無」
「えぇ、また後でね、椿」
さらりと楯無は私の名前を呼びながら去って行った。
そして去って行った後、再び寮は静寂さを取り戻す。
(……ふむ)
セシリアや箒に言われるのとはまた違った感覚がした。楯無の発音の仕方が二人と違うからだろうか?
――何ですか、まさか名前呼ばれただけで動揺でもしましたか?あんな素ん晴らしすぃ姿を拝見したにも関わらず?たったそれだけで?
(アレの姿はどうでもいい。そして私は決して動揺した訳ではない)
ただ、少し不思議な感覚がしただけ。多分、それだけだろう。
――どうでも良いって……男の発言としてどうかと思いますが……まぁ良いでしょう。さっさと取る物取ってお手伝いを始めましょうか?お節介さん?
(何だその言い方は、馬鹿にしてるのか?)
――そう言う訳ではありませんよ。まぁ、先程の呼び方が気に入らないのなら……そうですねぇ、初心な世話焼き好き屋さん、と呼んでも良いのですが?
さっきよりも酷くなっていた。
(止めろ、お前に言われると虫唾が走る)
――虫唾って……貴方も大概に人の事を言えませんね。主に罵倒する的な意味で。
(お前の戯言よりは数倍マシだ)
――失礼な、ウィットに富んだ素晴らしい発言でしょうが。
(抜かせ、貴様の発言は何時も厄介な物ばかりだろうが)
私は古鷹に文句を垂れつつ空中投影型ディスプレイを持ち、一路整備室へと向かった。
◇
椿が去った後、とある人物が彼の後ろをつけていた。
(むぅ……絶対何か隠してると思うのよね)
後をつけていたのは先程去った筈の楯無であった。
(まぁ、証拠はないんだけどね)
それは秘密だ、と椿が言った時、僅かに雰囲気が変わった様に見えたからである。一瞬だけだったから確証は無いが、絶対に何か隠しているのだろう。
(暫く付ける必要があるかしら?)
確かに恩義は感じるが、それとこれとでは話が別である。
(それはさておくとしても、中々初心だったわね)
取り敢えず昨日の一件の報復として脱ぎネタを敢行する事にした。
何故そうしたかと言えば彼の意外性を見たかった、と言えば良いだろうか?普段は髪で感情の起伏が分り難いため、困った顔や驚き顔が見分けがつかないのだ。
よって至近距離で扇情的な姿を見せつけてあたふたさせようと思ったのだ。
しかし結果は反応が薄く、失敗したように見えたので骨折り損かと思った。だが、名前で呼んだときは僅かに動揺しているのが見て取れた。恐く脱ぎネタの方は刺激が強すぎて反応しきれなかったのだろう、と。だとしたらそれはそれで中々の収穫であると楯無は思った。
(ふっふっふー、まだまだ私のターンは続くわよ?)
――だから今度も覚悟してね?
(でも、少しは手加減して欲しいわね)
あの手刀は何度も喰らいたくない。恐く織斑先生の出席簿ぐらいの威力はある。昨日身をもって喰らったから保証できる。
楯無は若干辟易としながらも椿の後を付けて行ったのだった。
◇
――整備室――
「……ここまで持ってくるのも案外疲れるな」
意外に重かったのだ、このディスプレイは。
私は我慢して最後の道のりを歩く。
目的は何時もの場所。
現在二人が集中して弍式の制作をしている場所である。
「……漸く到着、か」
「ん~?あまっち遅かったね~」
私の声に気付いてのほほんさんが声をかけてきた。
「あぁ、途中トラブルがあってな、コレを持ってくるだけなのに時間がかかってしまったよ」
「トラブル~?」
「あぁ、だがあまり気にしなくてもいい」
楯無と接触していたなどとは口が裂けても言えないな。
「これは……?」
簪が私が持ってきたモノに興味を示した。
「まぁ、見ての通り空中投影型ディスプレイだな。会社からの支給品なんだが、俺は使わないから丁度いいと思って持ってきた。是非使って貰いたい」
「いいの?」
「あぁ、俺は携帯端末とPCがあれば事足りるからな」
あと古鷹がいればな、と心で付け足す。
「ありがとう」
簪はそう言いながら手早く使用できるように設置していく。
「ふむ、じゃぁ後はこれを差し込むとしよう」
楯無に渡された端末を差し込む。
すると機体制作に関わるデータが色々と表示された。
「これ、全部私が今必要なやつ……どうやって揃えたの?」
簪が疑問の目を向けてきた。
「それは秘密だ。なに、別に危ない事はしていないから問題ない」
「本当?」
「あぁ本当だとも。まぁ、弍式が完成したら出処を教えよう」
「……解った」
「じゃぁ簪さんはこのデータを自分のに入れておくように。俺とのほほんさんは空中投影型ディスプレイでデータを見ながら制作しよう」
「りょ~かい」
簪は楯無から貰ったデータをコピーし、ソフト面の作業に入る。そして私とのほほんさんもブースターや装甲等のハードの面の制作に取り掛かった。
◇
私は現在寮の広間でくつろいでいる。まぁ先程の結果から言おう。
凄まじかった。
短時間で纏めたとは思えない程弍式に必要なデータが詰まっていた。その事に二人は目を丸くして私に問いただしてきたが、何とか楯無の存在を悟らせずに話をはぐらかす事ができた。だが、後からこれ以上のデータが恐く渡されるであろうから、悟らせないようにするのは無理かもしれない。確実にバレるだろう。
――愛故に致し方ない、ですか。
(あぁ、想像以上のシスコン振りだな)
――同意しますよ。
(まぁ、それが暴走し過ぎて玉に瑕なのが残念だがな)
――元は良いと認めるのですね?
(否定はしない。十分魅力的だろうよ)
――左様ですか……これは彼女達にとって強力なライバルが増えましたね。
(左様ですかの後がよく聞こえなかった。何か言ったか?)
――いえ何も。おっと、6時方向よりMs.簪が来ますよ。
古鷹に言われて振り向くと確かに廊下から簪が歩いてきた。
「さっきぶりだな」
「うん……ちょっと、いい?」
「どうした?」
「弍式の武装の事で、相談がある」
ほう、アセンブルに迷ったか。
「まぁ、聞こうじゃないか」
「うん、今私が持たせようとしている武装は解ってるよね」
「あぁ、そうだな」
背中に装備する連装荷電粒子砲『春雷』、「マルチロックオンシステム搭載6機×8門のミサイルポッド『山嵐』、そして対複合装甲用の超振動薙刀『夢現』。想像するに一撃離脱に特化した武装である。
「貴方はどう思う?」
まぁ、私なりの考えを言ってみるか。それで少しは参考になるだろう。
「一撃離脱に特化するのであればこれで十分かもしれないな、ただ――」
「ただ?」
「どうせなら機動性をもっと活かす為に散弾系を入れるのもアリかもしれない」
「散弾?」
「あぁ、弍式の速度であれば近接特化の白式以外になら大抵追いつける筈だからな。機動性を活かして攪乱、接近して叩き込む、という考えだ」
その他の散弾の使い方をあげれば、ミサイルで相手に回避機動をさせてる間に距離を詰めて一撃を加えるのもアリだ。スペック通りの機動力であれば十分考慮に値するだろう。
「……考えてみる」
「その他に考えれるとしたら、やはり無難なSMGやLMGの弾幕系だな」
「どうして?」
「単純に長期戦となった時の保険用だな。今の武装では長期戦に対応できる程の弾持ちは無いだろう?」
荷電粒子砲はエネルギーを食うから無駄撃ちはできない。ミサイルはミサイルで一気に使うタイプだから直ぐに弾が切れる。よって直ぐ夢現だけになるのは目に見えていた。かのブリュンヒルデの様な圧倒的な技量がない限りそれは避けるべき事態だろう。
「そう、だね」
どんな状況でも必ず一撃離脱がスムーズに行く訳ではない。必ずあるのだ、想定外の事態が起こりうると言う事は。故に手札は多い方が良い。
「まぁ、そんな武装に悩める君には是非我が社の製品をお使い下さい」
「セールスマン?」
「まぁ、そんなところだな」
「少し、可笑しい」
そう言いながら簪はクスクスと笑っていた。
「失礼な、相談に乗った次いでに仕事をしただけなのだがな」
「あんまり、似合ってないよ?」
「むぅ……」
会社員を20年以上やって幾度も売り込みをしてきた経験があるんだがな。どうやら今回は不発に終わったらしい。まぁ気にしないが。
「あ、ご、ゴメン……」
簪は私が気に障ったと思ったのか、謝罪してきた。
「いや、構わない。この地味さでは説得力も欠けるのだろうからな」
髪が長すぎて目元が隠れているからな。知り合ってもいない赤の他人であれば不審者と思われても仕方ない。しかも私が幾ら世界で二番目の男性IS操縦者として有名でも、知られているのは名前だけだからな。TVでも学生時代の写真がちょっと流れたくらいだ。
それにあの頃は研究所で訓練をひたすらしてたから、私に関する情報は殆どあがらなかっただろう。調べられたとしても精々孤児院と私の持病くらいの筈だ。
「でも、普段は地味でも本当はヒーローな人だっているよ?」
「……ヒーロー?君は特撮モノを見ているのか?」
「うん……見てるけど、お、おかしいかな?」
女の子の趣味としては珍しい部類だな。
「いや全く。俺も昔は良く見ていたよ」
と言っても、この世界では孤児院の付き合いぐらいでしか見なかったがな。当然記憶に残るはずがないので、思い出したのは前世での日曜日の朝の特撮モノばかりだった。
「そうなんだ。やっぱり、男の子は皆好き、だよね」
「まぁ、そうだろうな。しかし普段は地味でも本当は正義の味方、か。まぁ、確かに俺は地味なんだが……俺には似合わない称号だな」
どちらかといえば普段は地味で目立たないが、実は悪の組織の一員でした、だろう。それに川崎は変態企業だからな。危険な発想力を持つ変態共がゴロゴロ転がってる。
正に悪の秘密結社にふさわしい。
「そんな事はないよ?」
「具体的には?」
「だって、何時も優しくしてるから」
純粋無垢な瞳を向けながらそんな事を言ってくる。
……その視線は少し、こそばゆい。
「そんなものか?別にテレビで見るような格好良い事をしている訳ではないが」
「下手にカッコつけているヒーローより、断然貴方の方カッコ良い」
恥ずかしげも無く言ってくれる……。
「まぁ、俺が格好良いのは置いておくとして、格好付けだけではダメだ、は否定しないな。カッコつけだけなら誰でも出来る。肝心の正義感がなければソレをヒーローとは言えん」
まぁ、ダークヒーローは定義しずらいがな。
「そう、だよ……十分カッコ良いと思うのに」
最後の方はよく聞こえなかったが見識は一致した様だ。
「だから、貴方はヒーローになれると思う」
「残念ながらヒーロー願望はない」
「……そう、なんだ」
簪は目に見えて気落ちしていた。どうやら私に何か期待をしていたらしい。
……どうフォローすべきか。
取り敢えず考えながら言葉を紡ぐ。
「まぁ、なんだ……君の言葉を借りるのなら俺は既に願望する必要はないんだ」
「……え?」
「ふむ……なんと言えば良いだろうか」
難しいな、フォローと言うモノは。
――思った事をそのまま言ってみては?
古鷹はそんな事を言ってくる。
(……解った)
その提案に乗り、無意識に思いついた事をそのまま口にする。
「簪、俺は君に手を差し伸べた時点で既に君のヒーローだ、というこ――忘れてくれ」
「~~~っ!?!?」
殆どを言ってしまった以上ソレは無意味だった。
簪は驚きながら最大限に頬を紅潮させている。
私はなんて事を口走ってしまったのだろうか。二枚目のキザ野郎にも程がある。こんな恥辱を味わうくらいなら、いっそのことひと思いに殺して欲しい。
――あー本当に言っちゃいましたよこの人。
(貴様のせいだ)
――私は助言しただけです。実行したのは貴方でしょう?
それはお門違いです。と古鷹は言ってくる。
――それにほら、彼女を放ったらかしで良いのですか?
意識を向けなおすと依然として簪は真っ赤のまま。
「……済まない、色々と問題発言をしてしまった」
「べ、別に気にしてない」
そう言いながらも簪は私に目を合わせようとしない。
気まずい、非常に気まずい。こんな時に一夏の唐変木スキルが羨ましくなる。
「……取り敢えず、今俺が言った事は他言無用で頼む」
「う、うん」
本当アレはに色々と拙いのだ。
「……そろそろ部屋に戻る。お休み、簪さん」
「……お休み」
私は別れを告げ、逃げる様に部屋へ戻った。
◇
彼が去った後、私は座ったままでいた。
何故座っていたのかと言えばこの熱暴走を起こした頬を冷却する為。
「うぅ……」
まさかあんな事を言ってるとは思わなかった。
『君のヒーローだ』
もし事情を知らない人が見ればお前は何を言ってるんだ、と思うだろう。
だけど、私にとっては最高の言葉だと思った。
私は特撮モノが何よりも大好きで、ヒーローに憧れていたから。
それも物語のヒロインのピンチを颯爽と駆けつけ救ってくるヒーローに。
彼と出会ってから私はその事を良く思うようになっていった。
自分の境遇を準え、私がヒロインで彼がヒーローで、と。
そしてその思いは日増しに強くなっていた。
最初は出会って僅かの、気前の良い優しい友人だと思っていた。
本音と仲直りする時、そして今も弍式の制作のお手伝いをしてもらってる時も彼は文句も何も一切言わず、見返りも求めずに協力してくれた。
正直何か隠してるんじゃなかと思った時もある。けど、悪い意味じゃない。
悪意が一切感じられないのだ。
……偶に悪戯と言う名の悪意を主に本音に振りまいたり、スキンシップと言う名目で織斑一夏を弄っているらしいけど。
基本的に彼は仲間に対しては損得勘定で物事を測る事はしないんだと思う。本音の話や他所の噂、そして彼の行動を実際に見れば解る。
まるでヒーローの様な友人
そう、友人だったのだ。だが今は違う。
もう一度あの言葉が蘇る。
『簪、君に手を差し伸べた時点で既に俺はヒーローだ』
また、私の名前を呼び捨てで呼びながらそんな事を言ってくれた。
(私の、ヒーロー……)
胸がドキドキする。
憧れのヒーローと出会えた感動の胸の高鳴りとは違う。
切なくなるような、でもそれでいて嬉しい胸の高鳴り。
一体この胸の高鳴りの正体は何だろう?
(もっと話し合えば、わかるかな?)
そうしたいと思う。だけど少し、恥ずかしい。
(何時もは普通に話かけれるのに……)
まともに話し合うには少し時間がかかりそう。
簪はそう思いながら自室に戻っていった。
◇
その頃。
「じょ、状況が良く解んないけど簪ちゃんの赤面ゲッチュ……ぷはっ」
何処かで水色髪のストーカーが盛大に鼻血を吹いて倒れていたのはまた別のお話である。
書いてて色々恥ずかしいと思った
だが後悔はしてない(`・ω・´)