ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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第七話:春、それは恋萌ゆる季節

 

――代表者決定戦試合後、シャワールーム――

 

 

サァァァァァ………。

 

シャワーノズルより暖かなお湯が流れ落ちる。

 

白人にしては珍しく均整のとれた肉体。

 

そしてそこから生まれる起伏の富んだ艶めかしボティライン。

 

それをなぞるようにお湯は流れていく。

 

セシリアはシャワーを浴びながら物思いに耽っていた。

 

思い出されるのは今日のアリーナでの顛末。

 

汗臭く、そしてまだまだ未熟な操縦技術で立ち向かって来るあの姿。

被弾しても、追い詰められても決して恐ることがなかったあの姿。

そして、強い意思が宿った瞳で必死に食らいつかんとする勇姿。

 

「――織斑、一夏―――」

 

だが、他者に媚びることのないあの眼差しは、不意に父の姿を逆連想させた。

 

それは名家に婿入りした父親の姿だった。母にはいつも引け目を感じていたのだろう。常に態度が弱く、それでいて頼りない、情けない姿を私と母に晒し続けていた。

 

それはISが出る以前からその傾向にあり、ISが出てからより顕著となっていた。

 

母はそんな父を疎ましく、会話さえ拒絶しているきらいさえあった。

 

だからこそセシリアは憧れたのだ。

 

母に、己の力で世界を股にかける母に。

 

母はとても厳しかったが、それでも情けない父よりはましだった。そして心に誓ったのだ。『情けない、頼りにならない男とは関わらない』、と。そしてついこの間まで誓い通りに生きてきた。だがそれも今日、この瞬間に遂に終わりを告げた。

 

何故なら、遂に出会ったのだ。

 

織斑一夏と。

 

頼ってしまいそうになる様な雰囲気を持ち

 

決して媚びることの態度を持った

 

強い意思を宿す瞳を持つ男と

 

セシリアは出会ったのだ。

 

「織斑、一夏」

 

もう一度声を出して口にする。

 

不思議と胸が熱くなる。

 

それを意識すると途端に胸がいっぱいになる。

 

甘く、切なく、それでいて嬉しいこの胸の高鳴りを心地よく感じた。

 

そして理解した。

 

この気持ちの正体を。

 

「ふふふ、この気持ちが恋。私の、初めての、恋」

 

だからこそ知りたい。織斑一夏のことを。

 

そのためなら全てをさらけ出しても良いと思った。

 

だがその前に――

 

「――先ず謝らないといけませんわね」

 

自分の蒔いた種は自分できっちりカタを付ける。

 

 

 

 

――一年一組――

 

SHRが始まる前、私は一夏と他愛も無い世間話をしていた。

 

「そういや椿ってさ、IS学園に来るまで何してたんだ?」

「あぁ、俺は乗れるのが解った時から操縦訓練をさせられたな」

「へぇ、どんな感じだったんだ?」

「一言でいえば厳しい。川崎のテストパイロットは鬼教官だったんだよ」

「マジか……具体的には?」

 

少しばかり過去を振り返りながら話す。

 

あの人は本当に厳しかった。今でも思い出せる。

 

「そうだな……例えばFCS無し、PICリアクティブ・コントローラー無し、オートバランサー無しの完全なマニュアル射撃をやらされたな」

「げぇ……って事は」

 

一夏は顔を少し青くしていた。

 

「あぁ察しの通りだ。リコイルが半端なかったよ。しかも俺は素人だぞ?だと言うのに要求がやたら高かった。正に鬼だったよ」

 

思い出すのは訓練の日々と、あの人の言葉の数々。

 

『人にはそんな便利な機能はないの、だから無くても当てられるようにしなさい』

 

『最初からアシストに頼るのは以ての外、それだと武器の癖をしっかり理解できないわ』

 

『先ずは貴方が使う武器の特性を身をもって知りなさい』

 

その数々の言場はあの人が射撃のエキスパートだからこそ真実味があった。だからこそ私はそれに従い、ひたすらに訓練を続けていた。

 

「マジか……ご愁傷様だな」

「あぁ本当にな」

 

そのうち帰ったらPICもオートではなくマニュアルで制御させられるかもしれない。無論やれと言われたらやるのだが。

 

――貴方も奴隷根性が染み付いてますねぇ

 

(言うな、あの人には本当に頭が上がらない)

 

「少し、よろしいかしら?」

 

いつの間にかオルコットが此方に来ていた。

 

少し皮肉を返してみようか。

 

「オルコットか、嫌味以外なら受け付けるが」

「いえ、以前は心無い言葉で侮辱してしまった事に対し、その謝罪を述べに来ましたの」

 

以前のオルコットとは全く違い殊勝な態度をとっていた。

先ず一夏の方を向き一言。

 

「一夏さん、申し訳ありませんでした」

 

オルコットは頭を下げていた。

 

「あ、あぁ……謝ってくれたならそれでいいよオルコットさん」

 

一夏は豹変した態度で接するオルコットに驚きつつ受け入れていた。

 

「その……できればセシリア、と呼んでくださいまし」

「わ、分かったよ。セシリア」

「はい!」

 

嬉しそうに微笑むオルコット。しかもいつの間にか一夏を名前で読んでいた。そして私から見るとオルコットが一夏に向ける視線が若干熱く見えた。

 

これから導かれる解は――

 

(落ちたな、あれは)

 

――落とされてますねぇ

 

学園に入りさっそく一人を落とした一夏であった。無自覚に。

 

お相手は英国お嬢様にして代表候補生。更に言えば美少女である。

 

これが世の男性なら発狂モノである。

 

「そして天枷さん」

 

此方に向き直るオルコット。

 

「貴方にも謝罪を「必要ない」……え?」

「遺恨は明日の対戦で流す。だから、今は何も聞く気はない」

「……解りました。では明日、全力でお相手した後で謝罪しますわ」

「そうしてくれ」

 

――貴方は変な所で頑固ですねぇ

 

(後腐れ無しにするのなら一度全力でやりあった方が良いい。決して頑固という訳ではない)

 

会話は終わり、オルコットは席に戻った。そして時間も丁度キリが良かったので、一夏も「また後でな」と言って席に戻った。

 

 

 

 

――朝のSHR――

 

「という訳で一年一組代表は織斑君に、副代表は天枷さんに決まりました。これから頑張って下さいね!」

 

嬉々として山田先生は喋っていた。

 

「先生、質問です」

「はい、なんでしょうか?」

「昨日俺は負け筈ですが何故代表になったのでしょうか?それに椿も俺に勝ちましたし」

「それはですね――」

「――それは私が辞退したからですわ」

 

山田先生が台詞を奪われていた。若干涙目である。

 

「確かに勝負は一夏さんの負けでした。しかしそれは仕方なの無い事。私と一夏さんでは搭乗時間も経験も違いますから」

 

そこでオルコットは一息つく。

 

「そこで一夏さんに代表になってもらい経験を積んで頂きます。実戦は何よりの糧といいますし、更に言えば代表になれば実戦に事欠く事はありませんわ」

「いやぁ、セシリアはよくわかってるね!」

「そうだよねー折角の男子、私達で持ち上げないない手はないわ!」

「私達は貴重な経験ができて、更に男子の情報が売れる。一粒で二度美味しい……流石は織斑君ね」

 

周りの生徒はオルコットに賛同していた。中には商魂逞しい生徒もいた。もっとも私も相川や鷹月経由でそれに便乗しているが……いやはや、多数決の原理とは素晴らしいな。

 

「だったら椿は――」

 

まだ抵抗しようとしていたので止めをさす事にした。

 

「俺が立候補したのは”副”代表だ。さっき山田先生が言ったのにもう忘れたのか?それにお前との対戦は予定変更が理由だろう。運命を受け入れろ一夏。これが現実だ」

「ぐぬぬ……わ、わかった」

「解ってくれて嬉しいぞ」

 

――何がぐぬぬ(五月蝿い)ぐぬぬ……

 

何がぐぬぬだ。お前には似合わん。

 

「と、ところで一夏さん。よろしければ私と天枷さんの対戦が終わったら、IS操縦を教え――」

「その必要はない。一夏の教官役は私と天枷だけで十分だ」

 

セシリアの台詞を箒が立ち上がりながら中断させていた。

 

(剣道はまだしも彼女は教えれる程操縦していないだろうに)

 

――同意します。経験者から学ぶべきことは多い

 

「あら、あなたはISランクCの篠ノ之箒さん。ランクAのわたくしに何かご用ですか?」

「ら、ランクは関係ないだろう!」

「え?箒ってランクCだったんだ……」

「だからランクは関係ないと言っている!」

 

因みに一夏はランクB。私は織斑先生と同じランクSだ。尚、その事は簡単に吹聴する訳にはいかないので書類上はAと偽っている。

 

「座れ、馬鹿者共」

 

にらみ合ってるセシリアと箒の頭を織斑先生が出席簿で叩いて座らせる。

 

「貴様らのランクなどゴミのような物だ。私からすればどれもひよっこに過ぎん。まだ殻も破れたいない段階で優劣を付けようとするな」

 

オルコットは何か言いたげな顔をしていたが、世界最強の前では意味ないと理解したのか、大人しく聞いていた。

 

(辛辣だな)

 

――まぁ世界最強ですし。それに新人に対する評価はどこでも似たようなモノだと思いますが?

 

否定はできないな。私も川崎であの人に散々言われた。

 

「それではクラス代表は織斑が、副代表は天枷となる。異論は無いな」

 

『はい!』

 

クラス全員――ただし一夏を除く――がそれを肯定する返事をした。

 

そしてその日の授業は滞りなく終わり、私とのほほんさんは職員室に向かい、遅くまで居残る為の許可を貰い、整備室に向かった。

 

以前からの約束であった弍式の手伝いと古鷹の整備のためである。

 

あの時メインブースターに異常が見られたため、構造的に何も問題ないか詳しく見る必要があるからだ。因みに一夏との訓練は箒とオルコットに引き継がせた。

 

一夏は私に指導して貰いたかった様だが、如何せん先約があるので今は教えれないと断っておいた。そして、オルコットは私との対戦が控えているので今日は自主訓練している。対戦が終わったら箒と仲良く一夏を指導してやってほしいと思うが……恐らく無理だろう。

 

――お互いに牽制し合うのが関の山ですか

 

(大方予想できる結末だな)

 

そして整備室に到着する。

 

中に入ると今日は簪以外に人はいなかった。

 

「かんちゃん来たよ~」

 

トテトテとのほほんさんは簪の方へ向かい、その後に私も続く。

 

「……うん」

「さて、取り敢えず俺は先に古鷹のチェックをさせてもらおう。少し時間がかかるから、後で合流する事になるな」

「解った」

「はいは~い」

 

そして古鷹を展開した。

 

(さて、以前の様な真似は許されん)

 

――そのつもりです

 

問題のメインブースター、そしてスラスター、バーニアの出力値、関節疲労、装甲の歪み、センサー類、果ては火器管制等々のプログラムまで念入りに洗い出す。

 

今度はあのようなミスは認められない、認めるものか。

 

二時間後、古鷹のサポートの元、機体に異常は見られなかった。やはり整備を怠ったのが原因らしい。

 

――お疲れ様です。この体には特に異常はありませんでした

 

(そうか、お前のお墨付きなら問題無いだろう)

 

一息ついて簪達の下へ合流する事にした。

 

「終わったから合流しにきたぞ」

「おつかれ~」

「お疲れ様」

 

簪の方を向き詳細を求める。

 

「さて、俺は今回初めてこの弍式に関わる。簪さん、この機体のコンセプトを説明してくれ」

「弍式は一撃離脱系の機動型。基本的な戦闘方法は連装荷電粒子砲『春雷』による一撃と第三世代技術使用の六機×八門のミサイルポッド『山嵐』による広範囲殲滅」

 

聞けば第三世代技術とはマインドインターフェースによるマルチロックオンシステムだとか。原案はあったらしいが、制作自体は彼女一人で行っているらしい。

 

「近接戦闘時は?」

「対複合装甲用の超振動薙刀『夢現』で対応する」

「では他の内容になるが――」

 

その後も幾つか簪に質問し、大体の現状を把握できた。

 

「現在機体完成度は約四割、取り敢えず武装を後回しにして機体を完成させようということか?」

「うん……武装は夢現しか出来てない。山嵐は物自体は有るけどマルチロックシステムが、春雷はデータ不足で完成してないから、武装は後回し」

 

まぁ、武装に関して言えば最低でも学園の備品でどうにかなる。一応作る場合にだがマルチロックシステムは簪に一任する。と言うか、誰にも譲りたくないとの事なので、その意思を汲み取るのが筋だろう。そして荷電粒子砲はに関しては許可が出てば古鷹のデータを使用しようと思う。流石に許可無しではダメなので後で主任に確認をとってからになるがな。

 

しかしそれ以上に一つ問題がある。

 

(……今までの進行速度から見ると完成はクラス対抗戦後以降になるな)

 

例え私と本音が協力しても、やはり限界という物がある。

 

――それに学生なら製作時間にも限界がありますからね

 

その通りである。恐らく簪もそれを認めているだろう。整備科の人達にも手伝うのを依頼したい所だが、それは彼女の判断に任せる事にする。

 

「さて、現状は理解した。役割分担はどうする?」

「私がハードを担当してるから、本音と貴方には装甲のチェックとブースターの調整をして欲しい」

 

……ふむ。

 

「では俺がブースターの方をやろう、のほほんさんは装甲の方を頼む」

「解った~」

「じゃぁ、始めよっか」

 

簪の宣言でそれぞれで自らの役割をこなしていく。

 

私は作業の高速化のために古鷹にも機体データを参照させ、時折誤っていた数値の部分を訂正及び必要な数値を入力を行っていく。最もそれは現段階での調整であり、完成度が高まるにつれて誤差が出てくるため、また後で調整が必要になるが、それでも必要な事なので丁寧に作業する。

 

そしてひと段落した後、ふと簪の作業が気になり、簪の方を向く。

 

「……」

 

簪は一心不乱にキーボードを高速で打鍵していた。

 

しかも同時に二つ。

 

そしてキーボードは市販のとは形が違うので恐らく自作のモノなのだろう。

 

(凄いものだな)

 

――そうですね。兎程の速さはないですが、あれは常人が真似できる代物ではありません

 

これも一種の天才と呼べるだろうか?

 

「……どうか、した?」

 

視線に気付いたのだろうか、私の方を向いて尋ねてくる。

 

「いや何も。作業がひと段落したから少し休憩をな」

 

見苦しい言い訳だったろうか?

 

「……そう」

 

簪は此方に視線を向けるのを止め、作業に再び集中した。どうやら上手く誤魔化せたようだ。

 

「む~」

 

そして簪は作業に戻ったが何故かのほほんさんは私をジト目で見て唸っていた。

 

「のほほんさん、何故君は唸っている?」

「べつにー」

「そうか……さて、作業に戻るとしよう」

 

――おやおや

 

(どうかしたか?)

 

――何でもありません。作業を再開しましょう

 

私は同意し、作業を再開する。

 

そして時間は経ち、いつの間にか許可を貰っていた時間ギリギリになっていた。

 

「今日はここまでか」

 

「そうだね~」

「……うん」

「では、寮に向かうか」

 

私達は3人で寮に向かった。

 

 

誰かに尾行されていたとは梅雨とも知らずに。

 

 

 

 

椿達が整備室を出た後、とある生徒が後ろをつけていた。

 

(簪ちゃんが人を頼るようになった……)

 

つけていた人物は簪の姉、更識楯無だった。

 

そして椿達三人の様子を見て楯無は驚いていた。

 

以前まで彼女は誰にも頼ろうとしてなかった。無論、私や虚、本音に限らず誰にも、である。だが、今見てみればどうだろうか、本音と共に談笑しながら歩いている。どうやって仲直りしたのか気になるが、今はそんなことはどうでもよかった。

 

楯無にとって最大級に驚べきは簪が本音共に椿と談笑しながらに歩いていた事である。

 

少なくとも、仲が悪くなるまでの間は異性の知り合いはほぼ居なかった筈。一体どうやって知り合い、そして尚且つどうしたらそんなに仲良くなったのだろうか?

 

気になる。それも非常に、と楯無は思った。

 

楯無は職業上、椿の事はある程度調査してあるのだ。

 

名前は天枷椿。年齢18才。IS適性A。

 

かの大企業川崎・インダストリアルカンパニーに特別育成枠で就職していたが、IS適正があることが発覚してからはテストパイロットとして入学まで訓練をしていたらしい。そして両親は幼い頃に他界、幼少時代は孤児院で育っていた。また、余り社交的ではなく、交友関係は広くない。そして視線恐怖症を患っているらしく、精神科にて幾度となくカウンセリングを受けている履歴があった。

 

男性操縦者という事を抜かせば孤児院の出、視線恐怖症以外は特殊な事情はなかった。しかし、あの川崎の特別育成枠に受かった事からかなりの努力家であることが読み取れた。

 

だが、だからと言って書類からでは人を全て測る事はできない。

 

「……いずれ彼とは個人的に会う必要があるわね」

 

――私の簪ちゃんの拒絶を容易く撃ち破った男、天枷椿。

 

(もし簪ちゃんにナニかしたら許さないわ……!)

 

恐らく、学園最強ともう一人の男性操縦の邂逅はそう遠くの未来ではないのであろう。楯無は親の敵を見るかの様な目で椿を睨みつけていた。

 

そしてそんな楯無に近づく影が一つあった。

 

「何処にいるのかと思えば其処にいましたか会長」

「……見つかっちゃたか」

「見つかちゃった、ではありません。さぁ、戻りますよ」

「えっ!?そ、それは勘弁かな!」

「勘弁も何もありません。仕事が溜まっていますので」

 

有無を言わさず襟首を掴まれ引きづられていく。

 

「わ、わかったわよ……」

 

楯無は渋々了承し、大人しく虚に従った。

 

 

 

 

「―――ッ!?!?」

 

どこからか悪寒を感じる程の威圧感(プレッシャー)を感じた。

 

思わず辺を見回すが、誰もいなかった。

 

――驚きの感情。どうかしたのですか?

 

私を心配してか、古鷹が話しかけてきた。

 

(何か強烈な威圧感を感じた…今はもう感じないが…一体何が…)

 

――威圧感を……遂に第六感(ハイパーセンス)でも備わりましたか。まだ宇宙にも出ていないというのにもう新人類ですかそうですか

 

(備わってはいない……と思うぞ?)

 

さっきの威圧感を察知してしまったのではっきりと言える自信は無い。そして私は新人類になってもいないぞ。常人には無い能力は持っているが。

 

――だからそれを新人類と(クドい)

 

「どうしたの~?さっきからキョロキョロして~」

 

どうやら私の挙動を不審に思ったらしい。取り敢えずはぐらかす事にした。

 

「いや……何でもない」

「ならいいや~」

 

のほほんさんは特に追求する事なく引き下がってくれた。

そして暫く歩き、私は二人に告げた。

 

「さて、明日は解っていると思うが俺とオルコットの決闘だ。期待しているといい」

「……期待する」

「おぉ言うねー。もし負けたら食堂で一番高いデザート奢ってもらうよ~?」

 

賭け事か。ならば私も乗る事にしよう。

 

「なら、尚更負けるわけにはいかないな。勝って逆に奢ってもらおうか」

「……あまっちは女の子に奢ってもらうのに抵抗感は感じないの~?」

「おや?賭ける前からもう放棄するのか?そんな弱気でどうする?」

「ぶー、あまっちの意地悪~」

 

頬を膨らませながら不服の意を伝えてくるのほほんさん。簪はそれを見て苦笑していた。

 

「どうかな?もし俺が勝ったら気分が良くるかもしれない。そんな時は奢るかもしれないぞ?」

「本当に~?」

 

甘い物には目がないのか、瞳をキラキラさせていた。余程食べたかったようである。……仕方がないな。

 

「まぁ期待しているといい」

「やったー」

 

本当に甘い物が好きな様だな。

 

「勿論、簪さんにも」

「……いいの?」

「遠慮はいらん。別に奢るのが二人になった所でなんら問題はない。忘れてるかも知れないが俺は給料貰ってる社員だぞ?奢る資金ぐらいはある」

「じゃぁ、お言葉に甘える」

 

――さり気なく太っ腹アピールでポイントをかせ(邪推するなよ駄コアが)

 

何故いつもそっち方面に直ぐ直結させるたがるのだ。まったくもって理解できん。

 

その後も雑談が続き、気付くといつの間にか学生寮に着いていた。

 

「さて、ではお休み。簪さん」

「お休み~」

「……お休み」

 

簪と別れ、のほほんさんと共に部屋に戻った。

 

「そういえば何であまっちは前髪で前をかくしてるの~?」

 

幾らか時間が過ぎた後、就寝する前にのほほんさんが私に訪ねてきた。

 

――私も気になります。幾らお洒落っ気が無くてもソレは流石にやりすぎかと。元はかなり良かったと思うのですが?今はその髪型のお陰で見る影もないですが

 

どうやら古鷹も疑問に思っていたようである。

 

「特に何もないぞ」

「じゃぁ何で~?」

「……残念だが、教えてはあげれないな」

 

少し間を置いて答えてしまった。

 

――訳あり、ですか

 

(お前には教えておこう)

 

――聞きましょう

 

(対人恐怖症。その中の視線恐怖症だ。直接人と目が合うと動悸が激しくなる)

 

企業や学園には既に書類上にて伝えていたが、未だ古鷹には教えていなかったな。

 

――それは何故?

 

(……今は言えない。いずれ話す)

 

これは過去に原因がある。だから今は言いたくない。

 

――解りました。なら私はこれ以上は問いません

 

古鷹は今問うことを止めてくれた。

 

「……私じゃ、頼りない?」

 

不意にのほほんさんは声音を変えて聞いてきた。どうやら間をあけて答えてしまった事で私が話したくない理由が暗いモノであるからだと推測したようだ。

 

「頼りない、と言う理由だけで教えないなんて事はない」

「でも、私はあまっちの事――」

 

本当に心配している顔で見つめてくる。

 

本音(・・)

「ふぇっ!?」

 

……思わずまた名前を呼んでしまった。が、言ってしまった以上仕方ないのでそのまま続ける。

 

「何時か理由を教えよう。だがそれは今ではない」

「……本当に?」

「あぁ本当だとも。だからこの話はこれでしまいだ」

「わかった~」

 

口調がいつものに戻っていた。……取り敢えず今はこれでいいだろう。

 

「ではお休み、のほほんさん」

「……おやすみ~」

 

一瞬不機嫌そうな声音を出していたが、気にしても仕方ないのでさっさと布団を被って寝る事にした。

 

しかし、本当に何故だろうか?この私が知り合って間もない人を、しかも女性をいきなり名前で呼ぶとはな。あぁ、いや私は案外――

 

 

 

 

暫く時間が経った。

 

椿は就寝したが、本音は未だ起きていた。

 

「むーさっきは名前で呼んでくれたのにー」

 

椿の方を見ながら本音は思う。

 

いきなり名前を呼ばれて思わずびっくりしてしまったが、呼ばれて嬉しかった。だが、直ぐにあだ名の方に戻ってしまったのでとても残念だ、と。

 

「でも、すこしは信頼してくれたのかな~?」

 

結局理由を教えてはくれなかったが、何時かは話してあげると椿は言っていた。その何時かが来て話してくれたその時、そしてもしそれが辛い過去の話だったら――

 

「私が癒してあげる」

 

つばき

 

と、本音は声を出さずに寝ている椿を見つめながら告げる。

 

トクン、と確かに胸が高鳴る。切なくなるような、でもそれでいて嬉しい感覚。

 

今日のSHR、セシリアは一夏に対しに恋する乙女の表情をしていた。肝心の一夏はそれに気付いてなかったが……今はどうでもいい。恐らく私もセシリアと同じ表情をしているだろう、と本音は思った。

 

――頬が熱く火照ってる。

 

本音は自分の頬を触りながら今までの事を思い出し始めた。

 

何時も周りに気付かない様にしているが、良く気配りできており、頼り甲斐があった。誰に対しても偏見を抱かずに真摯に接してくれる――偶に真摯過ぎて本音は嫉妬してしまう時もあるが――そして何よりも椿は優しく、面倒見が良かった。

 

そう、あの一週間、一夏や箒に勉強を教えながらも本音の勉強をおざなりにする事なく、最後までしっかり見ていたのだ。時々一夏と一緒に本音は駄々をこねたりしていたが、椿は特に怒る事はせず、やんわりと勉強に向かわせる様に誘導してきたのだ。

 

(本当の先生みたいだったな~)

 

随分と手馴れていた、と本音は思った。

 

そして極めつけは簪と仲直りする時に頭を撫でてくれたことである。

 

(……嬉しかった)

 

思い出すのはあの暖かい手の感覚。大きいながらも柔らかい、女の子の様な繊細な手だった。そして私はそんな彼に何時の間にか心を惹かれてしまったのだろう。

 

本音は椿を――

 

(好きになっちゃった……~~っ!!)

 

思わず本音は足をばたつかせてしまう。

 

――今、私がライバル視しているのはかんちゃん。今は未だ無自覚だけど、あれは絶対に心惹かれている、と本音は半ば確信に近い想いを抱いていた。

 

恐らく、自分の好意の本当の意味に気付くのもそう遠くはないだろう、と。

 

――つばきは本当に寝ているのかな?

 

もし先程の行動や表情を見られていたら、と思うと胸のドキドキが止まらない。

 

(うぅ……)

 

あぁ、恥ずかしい。今日は少し、眠るのが遅くなりそうだ。

 

そして本音が眠りについたのは、時計の短い針が一時を指した頃だった。

 

 


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