バカとナイトと有頂天 作:俊海
注意点 ブロントさん全く出ません。ついでに明久も出ません。
完全に須川が当初予定していたキャラとかけ離れていきました。
今回くっそ長いです。ちょっと敵側のゲス成分高め。
以上のことをご容赦いただけるなら、そのままお読みください。
「……なんつーかさぁ。士郎って基本的には常識人だけど、ちょくちょく俺たちよりもぶっ飛んでるよなぁ」
なんなのあいつ。家庭科にどんだけ情熱を注いでんの?
そりゃあ俺だって、家庭科はそれなりにはできる科目だ。むしろ全教科で一番点数が高い可能性すらある。
だとしても、士郎のやつが軽々と600点超えてんのおかしくね?何があいつを家庭科に駆り立てるわけ?
「須川、士郎達の戦いには手を出さないほうがいいぜ。触らぬ神に祟りなしってな」
「言われなくったって分かってるっての。誰が好き好んであんな修羅場に突撃するかよ。ヤ○チャが悟○とフ○ーザの戦いに横から入る並みに無謀だろうしよ」
400点超えの戦いなんぞ死んでも巻き込まれたくねぇ。
強力な効果を持つ腕輪コミコミになんだぞ。
昨日だって、比那名居の腕輪のせいで、士郎が一瞬で瀕死になったんだから。俺のような一般人には耐え切れる未来が見えねえ。
「んじゃ、あいつらはほっといて、こっちで3vs3で戦うとするか。テメーらもそれでいいだろ?」
「ああ、あたいのほうは問題ないね。あれに突っ込むくらいなら映姫様の説教を聴いてる方がマシってね」
「私もこっちでいいかな。……咲夜さんから離れられるしさ」
小野塚とかいう乳のでかい姉ちゃんと、十六夜が拉致ってきた河城は同意してくれた。
残るはあと一人なんだが……。
「賛成させてもらいます。というより、須川さんと戦えるならなんだって構いませんよ」
即座に同意してくれた。
東風谷のやつ、よっぽど俺との戦いにケリをつけたいと見える。
まー、あの時に煽りに煽りまくった俺が悪いっちゃ悪いんだろうけど、幾分か今の交流で親しくはなれた気はするんだがね。
「そっちの方からご指名たぁ、感謝カンゲキ雨嵐だわ。そんなに俺のことが気に入ったのか」
「はい!今まで、こうやって自分の趣味を全開にして話し合える相手っていませんでしたから!一応、中学校時代に女子でも話ができるっちゃできる人はいたんですけどね」
「ん?なんだ昔馴染みにも居たのか。ならそいつらと語り合ってたら良かったんじゃねぇの?わざわざ俺みたいな野郎を相手にしなくてもよぉ」
ふと思い浮かんだ疑問を東風谷に尋ねてみると、途端に楽しそうだった表情から一転して、どこか影を背負った雰囲気を垂れ流し始めた。
え?もしかして俺、地雷踏んじまったか?喧嘩別れでもしちまってたってのか?
「……そういう話ができる人たちって、大体が腐ってる方しかいないんですよね」
「俺が悪かった。そいつらとはその話をするのはやめろ。侵食されちまうぞ」
やばい、東風谷の目からハイライトが消えた。相当キテるぞ、これ。
……でも確かに多いよな、少年漫画やらロボット系アニメだったら。
あいつら、男同士の友情を脳内変換して、同性同士の禁じられた感情にしちまうもんなぁ。
不幸中の幸いは、東風谷がそいつらに染まらずにいられたことか。
「私は普通に熱い展開が好きなだけなのに、何故か恋愛感情に持って行ったりしちゃうんですよね、ああいう人たちは……。そのせいで純粋に自分の好きなことについての会話ができなかったり、その人たちと交流してたので、周りからも私がそういう人間だって誤解されたり……。あははは……おかしいですね、目から汗が出てきましたよ……」
なーんでこうも地雷踏んじまうかな俺はァァァァ!!
どういうことだよ!なんで俺の聞く質問は、大概がろくな展開にならない返答しかねえんだ!?
俺なんかしたか!?これじゃ士郎以上に空気読めないやつみたいになっちまうじゃねえか!!
「早苗……どんまい。私もちょっと変わった趣味とかあるから、その気持ちはちょっとわかる気がする」
「安心しなって。あたいらは早苗のことはわかってるから。大事なのはこれからのことさね」
「うう……すみません二人共……。いや私だって、偏見があるとかじゃないんですよ。好きでもないことを延々語られても、悲しかっただけなんです……」
しまいにはサイド二人に慰められる始末。
……なんでだ。なんで俺の周りには、何かしら悲しみを背負ったやつが集まってくんだ。
魂魄とか、士郎とか、明久とか、その他もろもろ。
「なあなあ須川。腐ってるってどういう意味だ?ゾンビか何かか?」
「私もよくわかんないから、教えてくれない?」
「……お前らは知らなくていい世界の話だ」
霊烏路は予想していたが、霧雨まで知らねえとはな……。
男の口から説明すんのは正直きついので、適当にごまかすことにした。
「とんだ災難だったなお前。同情するわ、いやマジで。……あれ?お前が言い出せなかったのって、周りからイメージと違うって言われるからじゃなかったか?」
「それもあります!でもそれ以上に勘違いされたくなかったからなんです!!だから、あの時は本当にありがとうございました!」
……愚痴をこぼされながら感謝されるのは、初めてだな。
「なんでお礼言ってんの?」
「あの時ああいうノリで暴露できたので、勘違いされずに皆に知られましたからね。案外普通に受け入れてもらえました。だから、そのお礼です」
「ああ、まぁ、あれだったら勘違いする余地がねえもんな」
愚痴を吐ききったおかげか、随分穏やかな顔になって説明してくれた。
あんな暑苦しいセリフを素で吐ける奴に、そっちの趣味があるとは思えねぇか。
「残念ながら、須川さんほど趣味が合う人はいませんでしたけど、それでも隠し続けるよりはずっと気分は楽ですし、いろいろ助かりましたよ」
「そいつは良かったな。まぁこっちとしても、自分の好きなことをくっちゃべる相手に不足してたもんだから、互いに良かったってことで」
「はい!これからは須川さんとは同士です!!ですから尋常に勝負しましょう!!」
『ですから』の前後で文章が繋がってるように見えねえんだが。
なんで同士だったら勝負すんだよ。
「言ったじゃないですか!戦いを通じて分かり合うシーンが好きだって!さぁ殴り合いの時間ですよ!!」
「やべえよコイツ、生半可な男よりも男らしいよ。いやむしろバーサーク?」
なるほど、むしろこうやって趣味が合うからこそ殴り合う運命なのね。
どこのジャ○プ展開だよ。いや俺はジャ○プ好きだから別に問題ないけども。
どっちにしろ、敵である以上戦わなくちゃいかんのは避けられねーんだよなぁ。
「そいじゃ、始めるか「なかなかやるじゃないか十六夜!俺の剣製についてこれるなんてな!!」
「士郎こそ、私の世界に入門するなんて想像していなかったわ!私に別の目的がなければ、じっくり戦いたかったわ!!」
「見くびられたもんだな!!そうやすやすと俺を倒せるとでも思っているのか!?悪いが俺は絶対に負けられない!!別の何かで負けるのは構わない!!だけど、この勝負には負けるわけにはいかないんだ!!」
「奇遇ね!!私も私自身のプライドにかけて、この勝負を譲ることは許されないのよ!!」
なにかかっこいいコト言いながら戦っている二人だが、あれって要約すると『家庭科に自信あるから負けたら恥ずい』ってだけの話だろ。
俺たちも家庭科の成績は良さげな方だけど、あの二人は完全に別世界の住人と化している。
あれだな。普段まともに見えるやつほど、心の底の闇は深いってやつだ。
にしても、十六夜はもうちょいまともな性格をしてると思ってたんだが、誘拐なんぞするたぁ、思いもよらなかったわ。
いや、それでも他の異常な女子生徒の面々と比べると、常識的な頭はしてるけどさぁ。
というか、俺たちの周りに、まともな女子が存在しねえ。
何かと俺にちょっかいをかけてくる霊烏路しかり、周りのことなんか考えず我が道を行く比那名居しかり、島田に常人には理解できない愛を向けている清水しかり、根本と付き合ってるとかいう男の趣味が悪すぎる小山しかり。
……あれ?後ろの二人に比べると、霊烏路達ってだいぶまともじゃね?比べるのがおこがましいレベルで常識的じゃね?
むしろ、比那名居までの前半と、後半組を比べたら、天と地の差があるくね?
何これ、霊烏路ですらまともな人間の部類に入るって、この学校の女子は一体どうなってやがるんだ?
「ん?どうしたの須川?また泣いちゃってるけど、どこか痛いの?保健室行く?」
「……悪いな霊烏路、俺お前のこと誤解してたわ。俺の心配してくれるなんて、お前ってめちゃくちゃいいやつだったんだな」
「何言ってるのさ、友達が泣いてたら心配するのが普通だよ?そんな当たり前のことで、そう言われても……」
なぜだ。霊烏路が癒しになってきた俺がいる。ぐう聖ってレベルじゃねーぞ。
……ダメだダメだ!惑わされるな、俺!!
「ああ、そうだったな……。んじゃ、いっちょやりますか!!」
「うにゅーー!!突撃だー!!」
「なんつーか、長かったな、戦闘に入るまで」
霧雨に正論を言われると、なぜか負けた気がするのはなぜだろうか。
まあいいさ、そんなことより、相手方の武器はっと……。
「……おい、待て。なんだそれ。なんだその武器」
「何って、どう見たって鎌じゃないか。なにか問題あるかい?」
「いや、お前はいいんだ。小野塚は全く問題ねえ。ついでに言うと、東風谷の武器も博麗と同じだから気にしねえ。だが残り一人、なんだそれ」
小野塚の召喚獣はでっかい鎌を持っている。
まさに命を刈り取る形をしている、そんな形状の鎌だ。
東風谷も、お払い棒が武器だが、それに関しては博麗だってそうだから、許容範囲ではある。
だが、河城、お前はおかしい。
明らかにでかい、人間に持てるものじゃない。人が一人上に乗れるくらいには。
むしろそれは乗り物というやつじゃねえのか。武器じゃねえ、というか武器と認めたくねえ。
「なんだそれって、ただの『戦車』じゃないか。何かおかしい?」
「おかしすぎるわァァァァァ!!!!なんでテメーだけ重装備なんだよ!?なんでオカルトで生まれているはずの召喚獣の武器がそんなにメカメカしいもんになってるんだよ!?明らかに武器としてのランクがバグってんじゃねーか!!木刀やら箒やら腕にひっついてる棒で倒せる代物じゃねーよ!!そんなの単騎で倒せる奴なんか憤怒のホムンクルスしかいねーよ!!」
「またまたー。ファンタジーの世界だったら、戦車なんてすぐぶっ飛ばされるじゃん。特撮映画だって、結局踏み潰されるだけだしさ」
「お前、G○TE見てねえのかよ!?あれ完全に戦車がチートになってんだぞ!地球なめんなファンタジー状態になってんぞアレ!!」
「えー、でもさー、科学的な力って言うなら、そっちの空のほうが……」
「お前それ皮肉か?皮肉ですかコノヤロー!コイツの武器、俺とそんなに大差ねーだろーが!!でかい棒をぶん回してんのと何にも変わんねーよ!!むしろ無駄にでかい分めちゃくちゃ攻撃すんの遅かったっつーの!!こいつ俺でも瞬殺できたし!!攻撃される前に完封できたわ!!」
妙な言い訳をしてきやがる。霊烏路の武器は、本当にただただでかいだけの金属棒だ。
それのどこに科学的な力とかいうのがあるってんだ。
「むー!須川ひどいよ!私の武器そんなに弱くないもん!!ちょっと攻撃するのに時間かかるだけで、当たれば強いんだよ!!」
「あーはいはい。わかったから怒んな。そうだな、お前は強いなー」
「分かればいいよ!!」
「……須川、お前完全に空の扱い方に慣れてきてんな」
別にそんなこたぁねーよ。コイツって分かりやすい性格してるから適度に応対出来るだけだっての。
不機嫌になっても、とりあえず褒めとけばなんとかなる。そりゃ扱い易くもなるだろう。
「おいおい、まだ倒せてないのかよ。お前ら真面目にやれよ。せっかく十六夜も無理してこっちに送ったってのに、やる気あんのか?」
「ったく、なんだよなんですか。そろいもそろってぞろぞろと、千客万来で感謝の極みってか?」
向こうに援軍が来やがった。なぜか無駄に東風谷達を馬鹿にしながら。
頭がよくなると、周りも見下すような性格になっちまうのかね。だったら俺は馬鹿のままでいいや。
……いやでもなー、明久も去年から努力して成績上がってんだし、俺も頑張るべきなのか?
俺の嫌いな言葉は、一番が『努力』で二番目が『頑張る』なんだが。
「おや?あんたが咲夜の奴をこっちにやったってのかい?どうしてくれるんだい、あいつがこっち来たとき、すごく機嫌が悪かったんだけど?」
「そりゃあそうだろうよ。十六夜の奴、吉井のバカと戦いたがってたらしいからな」
また明久かっ!
あいつどんだけポコポコフラグを立てりゃあ気がすむんだ!!
マジでナイスボートみたいな展開はごめんだからな!?
「なんでそんなことしてくれちゃってんのさー!!そのせいで私がひどい目にあったんだからね!?」
「はっはっは!そいつは悪かったな!でも安心しろ!俺が来たからには、決着がついたも同然だ!!」
河城が食って掛かるも、どことなく下卑た笑みを浮かべながら返答する男子生徒。
何しでかすつもりだ、こいつ。
一応後ろにも数人引き連れてはいるけど、どいつもこいつもパッとしねえ顔だし。
最初の相手の反応を見ている限り、B・Cクラスはロクに家庭科を勉強してねえらしい。
自分が不利になるような状況で勝負を挑むってことは、何かしらの策があるんだろうな。
「数を揃えたはいいけど、お前はこの点数についてこれるのか?少なくとも私に勝てなかったら士郎には勝てないぜ?」
「点数?そんなもん関係ないね!どんだけ点数が高かろうが、お前らは俺にひれ伏すだけよ!!」
「ふっふーん!私たちだって結構強いよ!!そう簡単には勝てないからね!」
霧雨や霊烏路の強気な啖呵もどこ吹く風と言わんばかりに、ニヤニヤしながらこっちを見てくるクソ野郎。
おーい、お前視線が完全に霊烏路の体のあちこち彷徨ってんぞ。特に胸あたり。
体付きがいいからって、んなじろじろ見んじゃねえよ。セクハラで訴訟されても知んねーからな。
「おい、霊烏路といったか」
その変態が、霊烏路に呼びかけた。
霊烏路さーん、そいつぶん殴っちゃっていいっすよ。完全にお前のこと捕食対象として見てるよそいつ。もう我慢できねえ中学生みたいな思考回路してるからそいつ。
……まあ、霊烏路がそんな視線に気づくわけもねえか。
「んー?私がどうしたの?もしかして勝負するつもり?だったら相手に――」
「『親の話』をされたくなかったら、俺の言うことを聞きなぁ!」
……はぁ?親の話?
「……あー、そこの男子生徒。もしかして今お前がしてるのって脅迫のつもりか?」
「その通りだ!昨日だって島田を人質にしてたやつだっていたんだ!!これくらい想像できてないわけないよなぁ!?」
「その内容が……親の話?」
本気で言ってんのかこいつ。親の話程度で脅迫できると思ってんの?
もしかして『キャー!パパとママの話をされるなんてチョー恥ずかしいんですけどー!そんなのされるくらいなら自殺しますー!』みたいな展開を想像してんの?
霊烏路がそんな阿保っぽい思春期のギャルのような反応すると思ったら大間違いだぞ。
もはや絶滅危惧種と言っても過言じゃねえほどに純粋な霊烏路が家族に対して恥ずかしいと思うわけがないだろうが。
しかも、霊烏路をこんな風に育ててきたんだ。さぞや自慢になるような両親に違いない。
そんな両親の話で脅迫?バカバカしくて話になんねーよ。
『むしろ言ってもらえ。恥ずかしがることねえだろ』
そう告げようと、霊烏路のほうを見やると――
「う……え……あぅ……」
うーわー、滅茶苦茶どもっちゃってるじゃねーかよ。
これ完全にシリアスな感じの事情があるやつじゃん。俺の頭に浮かんだ茶化すような言葉を吐いたら空気読めてないにも程があるやつじゃん。
ヤベーよ、俺ちょっとやらかしてんよ。自分が恥ずかしくなってきたよこれ。
「クックック……激昂して俺に襲い掛かるなよ?そうすると一発でルール違反だぜ。戦死扱いにされるぞ?」
召喚者自身の戦闘の参加は反則行為。
それを破ってしまうと、不利な状況に追い込まれちまうってか。
……こいつはマジで面倒だな。
霊烏路が口ごもったのを見て、気を良くしたのか、さっきよりも不快な笑みを浮かべる男子生徒。
そして、そのまま自分の懐に手を伸ばし、小さい手帳取り出して、頭上に掲げた。
「この手帳には、お前ら全員の弱みが書いてある!!バラされたくなかったら、俺に逆らうんじゃねえぞ!」
どこの脅迫手帳だ。
よく試召戦争なんかのために、そこまで調べ上げようという気になったもんだ。
一人の秘密を探り当てるだけでも労力はとんでもないだろうに。
そもそも、その作戦も通用しないやつだっているんだぞ。例えば――
「さあて、じゃあ早速命令するぜ!霊烏路ぃ!まず手始めにそこの男子生徒を戦死させろ!!」
「え、それって……須川のこと……?」
「そうだ!逆らうんだったら、さっきの話の続きをしてやってもいいんだぜ!?当然須川も動くんじゃねえぞ!避けたりしようとした仕草を見せれば、即座にお前の秘密を公開する!!」
だめだこいつ性根まで腐ってやがる。遅すぎたんだ。
俺に自害しろと命令すれば済むものを、わざわざ霊烏路にやらせるたぁな。
「い、嫌だよ……須川を攻撃するなんて……。それだったら私が自爆して……」
「逆らうなって言ったはずだぜ?お前が自殺したら、二人とも言いふらしてやんよぉ!」
「……い、いやだよぉ。須川は倒したくないし、秘密もバラされたくないよぉ……!」
……なにこんな時まで俺を気遣ってんだコイツ。
最初なんか敵意全開で睨んできやがったくせに。
そんなに涙目になるまでバラされたくない秘密だってのかよ。
「そこまで言うんだったら許してやってもいいぞ?ただし、誠意を見せてもらわねえとな!」
だが、その言葉を聞いて、男子生徒は獲物がかかった虫みたいな目をした。
絶対碌なこと考えてねーよあいつ。頭の中薄い本の内容でいっぱいになってるよあれ。
だって取り巻きも、なんかそういうの期待してるようなじっとりした視線を向けてんだもん。
「せ、誠意?」
「そうだ!明日まで俺の命令に全て従うっていうなら、許してやろうじゃねえか!」
「……それだけでいいの?」
「ああ!それだけだ!!」
断言しよう。それだけで終わるわけがない。
その命令でやらせたことで、さらに脅迫するのが目に見えている。
そもそも、そんなことをせずとも、男子生徒のする命令だけで、霊烏路の人生は滅茶苦茶にされるのが想像できる。
ま、霊烏路は純粋だから、そこら辺の機微には疎いのかもしれねーけど。
「さあ言え!『分かりました。貴方様の命令に従います』ってな!!」
「…………わかりました……」
なるほど、霊烏路にそう命令したのは、最初っからこの形に持っていきたかったからか。
霊烏路なら、自分を犠牲にするだろうって考えた末のこの脅迫か、よーやるわ。
そんなことを考えてるうちに、霊烏路は力なく膝を床につけていた。
そのざまを相も変わらずニヤニヤした顔で見下ろし、自慢げに黄門様の印籠を見せつけるかの如く手帳を掲げる男子生徒。
……わかってるよ。こう言ったらいいんだろ。こんなの柄じゃねえってのに。
「霊烏路、さっさと俺を攻撃しろよ。何でゲザろうとしてんのお前」
「……須川?」
「ばっ!お前いきなり口をはさんでくるんじゃねえよ!!これは霊烏路と俺の間の話だ!!」
「どー考えても俺も関係ある話だろうが。俺を倒すか否かって話なんだろ?じゃあ俺は攻撃されようが構わないから、殴りに来いっつってんだ」
「須川はそれでいいの!?私に裏切られて戦死させられるんだよ!?」
「だーかーら、良いって言ってんだろーが。本当に鳥頭だなお前!大体前の戦争の時も自殺してたし、いまさら補習室に送られようが気にしねえよ」
本当にバカだなコイツ。俺なんかに気ぃ遣わなくたっていいっての。
「これで霊烏路の秘密をバラす必要はなくなったんだ。こんな奴らの命令なんざ聞く必要ねえ」
「そんなの!私のことなんか他の人に比べたらっ!」
「うっせえバーカ!さんざん言おうと思ってたけど、お前ちったあ自分のこと大切にしろぉぉぉぉぉ!!泣きそうになるほど言われたくねえ話をさせてたまるか!!俺が犠牲になんのはお前のためじゃねえ!俺がこうしたいからしてるだけだ!分かったら殴ってこい!!ハリー!ハリー!」
いやむしろ攻撃してください。そうしてくれないと俺が困るの!
そうやって必死に説得したかいあってか、ようやく霊烏路の召喚獣が俺の召喚獣に向かい合った。
「……うん、分かった。ごめんね、須川」
「いいか、ここを狙えよ?絶対に外すんじゃねえぞ?外したらパーだからな?」
「戦争が終わったら、お詫びするから。断られても絶対にするからね」
「はいはい。それなりに期待しとくわ」
いまだに申し訳なさそうにする霊烏路に、軽いノリで返答する。
やれやれ、ようやくこのクソ重たい空気から解放されんのか。こりゃさっさと補習室に行くほうが正解だったのかもな。
んなことを考えている間に、霊烏路の召喚獣が、デカい棒を振りかぶり、俺の召喚獣の脳天めがけ振り下ろして――
「うわ、あぶなっ!」
――スカッ!
「あれ?」
俺の召喚獣は、普通にその攻撃を避けた。
なんで避けたかって?だって戦死したくないし。
言っとくけど、自己保身のためじゃねえからな。
『は、ハアアアァァァァァァア!?』
あれだけ犠牲になろうとした奴が、当然のように逃げたんだから、周りの奴らは召喚獣の方に釘付けになるよな。
そうだ、釘付けになるんだ。召喚獣の方に。
つまりそれって、召喚獣を気にしすぎて、全員が『俺の行動』に目を向けられなくなるってことだよなぁ!
「オラァァァァアアア!!!その手帳をよこせやゴルァァァァ!!!」
「なっ!?」
その隙に召喚獣とか関係なしに、クソ野郎の集団に飛び込んだ。
うん、これは戦闘行為じゃない。ちょっとばかりゴミくずどものいる方向にジャンプしたくなっただけなんだ。
そこにたまたま外道達がいただけで、別に戦闘を妨害しようという意図はない。
「お、お前っ!?これは反則行為だぞ!?」
「いや違うから。これはあれだよ、宗教上の理由で、この時間になったらとりあえず誰かの懐に飛び込んで、そいつが持ってる物を一旦奪い取るっていう儀式があってだな」
「どこの宗教にそんな摩訶不思議な儀礼があるって言うんだ!?」
「バッカお前、これで終わりじゃねえからな?そっからホイミンケンタウロスの構えをとりつつ、奪い取ったブツをメッカの方角に捧げたら、34秒ヒゲダンスを踊るっていう工程が残ってんだ!邪魔すんな!!」
「邪神でも召喚するつもりかっ!?」
「邪神じゃねえ!!パピプペポン神への感謝の祈りだ!!」
「そいつは絶対邪神だ!!なんだその妙ちきりんな名前は!!そんなパルテノン神殿とぱぴぷぺぽが混じったような名前のやつが、まともな神様であってたまるか!!衛宮先生!これどうなんですか!?反則でしょコレ!!完全に暴力行為ですよ!?」
「構わん、続けろ」
「職務放棄するつもりですか先生!!」
「さてな。悪いが私には君らがごく普通の試召戦争をしてるようにしか見えないのでね。咎めようにも咎められんのだよ」
「んなっ!?」
ふははははは残念だったな!!衛宮先生は士郎と兄弟なだけあって、正義感が強いお方なんだよ!!
明らかに試召戦争のルールを破るようなことをしても、悪事を食い止める目的での行動なら、多少は大目に見てくれることも計算済みじゃァァァァァ!!
甘い、甘すぎる!!その作戦を実行するなら衛宮先生以外のところでやるべきだったな!!
オラァ!!いい加減に観念しやがれ!!
「チッ!!仕方ねえ!!お前ら!!そいつを取り押さえろ!!その間に俺は須川の隠し事を暴露する準備をする!!」
『オウッ!!』
そうなりますよね!!
さすがの俺でも、いきなり複数人相手にやるのは無理だっての!
くっ!なんとしてでもあのクソ野郎のもとにまではたどり着く!!
「おげっ!?」
そうする前に、約一名真横に吹っ飛んだ。
なんかすごい勢いで蹴っ飛ばされて。
「悪いな。思いっきり足が滑った」
その生徒を蹴っ飛ばしたのは、Fクラスの男子生徒だった。
おもっくそヤクザキックでやったのに、棒読みで嘘をついてはいるが。
「にぎゃっ!!」
「うごっ!?」
「……申し訳ありません、つい体が痙攣してしまいました」
「すまん。ちょっと屈伸したら当たってしまった」
他の二人も、見事なまでの裏拳を顔面にお見舞いしたり、鋭いアッパーカットを顎に食らわせたりと取り巻き達を物理的に黙らせた。
そのまま三人はクズどもを睨みつける。
「おう、お前ら。今須川は大事な大事な儀式の時間なんだ。邪魔しないでもらえねえかな?」
「それでも邪魔をするというなら、まずは私達を打倒してもらいましょうか」
「俺達の癖は、ちょっとやそっとじゃ治らんぞ?」
Fクラス生徒たちの眼光にたじろぐ取り巻きと、ついでに下衆野郎。
その隙に俺は、一気に蛆虫の襟首を掴み、無理やり顔をこちらに向けさせる。
「ぐあっ!?」
「よう。俺の隠し事の暴露の準備とやらは終わったかよ?」
「あ、ああ!もうとっくに終わってるさ!その気になれば、学校中どころか、ネットにだって拡散される!だが俺も鬼じゃない!今すぐ見逃すっていうなら、それを取りやめてやっても――」
「あっそ、やれば?」
「……へ?」
「やってみろっつってんだ。俺の恥ずかしーい過去とやらを」
「お、お前!?そんなことされていいってのか!?」
「だーかーら、良いって言ってんだろーが。本当に鳥頭だなお前も!」
脅迫して士気をくじく。確かに有効な作戦だ。
だけど、そもそもがその作戦も通用しないやつだっている。例えば――
「全部が全部、今までに俺が笑い話でしゃべってきたことばっかりだから、いまさら誰かにバラされようが気にしねえよ!」
――俺みたいに、隠すほどの秘密を持ってないやつとかにはな。
「あ、あんだけのことしといて、全部笑い話ですむのかっ!?好きになった女に告白する前に振られたとか、誰もいなくなった体育館の中で一人だけになったところでかめ○め波の練習してたこととか、中学の頃に電車の中で寝たふりをして隣に座っていた女の人に寄り掛かったりしてたことがかっ!?」
「はっ!そんな程度で恥ずかしがる訳ねえだろうが!!」
嘘です。滅茶苦茶恥ずかしいです。特に女子の目がある前で言われるとさらに。
チクショーーーー!!!情報源どこだァァァァァ!!!調べたやつは絶対に許さない!絶対にだ!!
何でそんな詳しく調べ上げてんの?ストーカー?ストーカーなの?俺みたいな平凡な人間にストーカーがいたの?俺のこと好きすぎるだろソイツ!
……いかん!彼女いなさ過ぎて『ストーカーだけど、そんなに俺のこと好いてくれるなら、付き合いたい』と思ってしまった!!
クソっ!思考が明後日の方向にばかり行ってしまう!!
「霊烏路の隠し事、泣くほど知られたくない過去みたいじゃねえか。それを守れるってんなら、俺の過去の話くらいいくらでも暴露されてやるぜ。バラされたって構わない過去と、どうしてもバラされたくない過去、どっちかがさらし者にされるなら、そりゃ前者をとるだろ」
「くそっ!こんな捨て身になるやつがいるなんて!!」
「理解してくれたようで何よりだ。そんじゃ、とっとと手帳を渡せや。そしたらお前の悪事は黙ってやる」
当然嘘だ。こんな言葉に乗ってくるとは思えないがな。
このまま手帳を所持させていたら、どうなることか分かったもんじゃねえ。どうしても取り上げねえと。
「だ、誰が渡すか!!盗れるものなら盗ってみろ!お前が探してる間に戦死してやる!!補習室に行ったらお前らじゃ手出しできねえだろ!」
そうなったらマズイ。戦争終了後に霊烏路の秘密とやらが公開される。
だが、さっきの一悶着の間にこのカスが服のどこかに手帳を隠しやがった。
全部調べてたら時間がかかっちまう。
……まあ、そんなものはどうにでもなるんだがな。『コイツ』がいるから。
「おい、お前の言ってる手帳ってのはこれのことか?」
「……え?」
背後から声をかけられ、その低能が振り返った。
そこには、ゴミくずが持っているはずの手帳をひらひらさせている霧雨の姿があった。
「あ、あれ?は、おい、はぁっ?なんで!?いつの間に!?」
「そんな程度で隠しただなんて、この私の前でよく言えたもんだな!」
「おっし!!ナイス霧雨!!」
射命丸や忍者のせいであまり印象に残ってはいないかもしれないが、霧雨は女子陸上部の中では最速を誇る選手だ。男子でもその動きに追いつくことは困難なレベルで。
しかも、霧雨は手癖が悪い。ゲームとかで言うシーフが持ってるであろうスキルなら実際に使えるほどに。
だから可能だった。このクソから手帳を掏るということが。
「!しまっ!?」
「さーて、まだ策はあんのかい、クソ虫君よぉ」
「や、やめろっ!!離せ!!こ、東風谷!小野塚に河城、助けてくれ!」
この期に及んで、そんなセリフを吐くとは、根本みてえな野郎だな。
てめえの行動を振り返ることもできねえのか、コイツ。
でも俺ってこんな奴らよりもバカなんだな……本気で勉強しようかな俺。
ま、そのことは置いといて、その助けを求められた三人に向かって、我らがクラスが誇る謙虚なナイト様のお言葉をお借りさせてもらうとしよう。
「お前ら、今の言葉聞こえたか?」
「聞こえないですね」
「何か言ったの?」
「あたいのログには何もないねぇ」
さすがナイトは格が違った。
「畜生!いい加減に離しやがれ!!くそっ!あいつの口車に乗せられるんじゃなかった!!そうじゃなかったらこんなカハッ!?」
「うっせえから、そのまましばらく寝てろ」
頭突き一発だけで気絶するとは、軟弱な奴め。
やかましすぎて、ついカッとなってやっちまったぜ。反省も後悔もしてないがな。
「で、衛宮先生、今の俺の行為はやっぱりアウトっすかね?」
「何を言っているのかさっぱりだ。今の一連の行動は、宗教上の理由なんだろう?あいにくと私は宗教関係のごたごたには巻き込まれたくはないのでね。むしろ君こそ、私は今の光景を何も見ていなかったことにしてはくれないかな?」
「……そんじゃ、俺たちは共犯っすね。それじゃあ俺も衛宮先生の問題行為は何も見なかったってことで」
「それはありがたい。君には感謝してもしきれないな」
「衛宮先生、俺達がやったのは暴力行為ですか?ちょっと不慮の事故が起こったんすけど」
「私も偶然、相手の私物を手に掴んだりしたんだが、それはどうなるんだ?」
「いや、何も問題ないさ。足を滑らせただけ、痙攣しただけ、軽くストレッチをしただけ。暴力行為にあたるものは何もない。霧雨は、ぶつかって相手が落としたものを拾い上げてやっただけにしか見えなかったし、その後で『お前の言ってる手帳ってのはこれのことか』と確認すらしていたのだから、窃盗ではないと判断しよう」
「それを聞いて安心したっす」
つまり、衛宮先生は俺達の反則行為に目を瞑ってくれるってことか。
さすが衛宮先生は話がわかるぜ。
「おい待てよ先生!明らかにそいつらはルール違反してるじゃねえか!」
「そ、そうだ!故意かどうかは別として、試召戦争だってのに召喚者に対して実力行使してたんだぞ!しかも霧雨なんか窃盗だろ!」
「Fクラスの野郎も補習室行きにしろよ!!」
相手の生き残りがやかましく叫んでいるが、正論っちゃ正論だ。
確かに俺達は、わざとではないが、断じてわざとなんかではないが妨害したのもまた事実。
そこを周りから指摘されると、非常に弱い。
「何だったら、こっちもFクラスの奴らを訴えたっていいんだぜ!?どうなんだよ衛宮先生!!」
「……訴えるにしても、君たちはどこに訴えるつもりなんだね。警察か?それとも学園の教師陣に対してか?」
「はっ!そんなの警察に行って……」
「ところで、君たちが見せびらかしていたこの手帳は、君達が『脅迫行為』に及んでいた物的証拠になるのだが、聞くまでもないが、そういったものがそちらにはあるのだろうな?どこかに隠しカメラでも設置していたとでも?だったら、それらが今度は、『盗撮』だったり、どこかに細工して撮影しているなら、その際に生じた『器物破損』なんかの証拠になってしまうが?」
「え、いや……その……」
「ああ、もしや君たちは自分が逮捕されることを覚悟に、彼らに裁きを与えるつもりだったのか?だとしたら申し訳ない。証拠もなく、君らの味方もほぼほぼいない状況で戦おうとする姿勢、個人的に尊敬するよ。君らの須川君達の罪を暴こうというその執念には感服した。さぁ、どこの警察にも好きに申し出てくればいい」
これって、暗に『お前らの犯罪行為の証拠はこっちの手にあるってのに、なんでお前ら証拠もなしに他人を訴えようとしてんの?』って言ってるよな。
事前に忠告しているあたり、衛宮先生はやはり甘いというか。
「だったら、学園長たちに話してやる!試召戦争中だってのに、暴力で解決した生徒がいて、それを黙認した教師までも存在するってな!」
「まぁ確かに『意図的ではないにしろ』学園内で傷害事件が起きてしまったのは、看過できない事案ではあるな。だが問題点はそこだけだ。それだけなら、大した問題ではないだろう」
「はぁ?先生何言ってんですか?俺達が言いたいのは、あいつらはルール違反したってことですよ?」
その言葉を聞き、衛宮先生は訝しげな顔をして返す。
「君たちこそ何を言っているのだね?彼らは一回たりともルール違反はしていないんだぞ?」
「……はい?」
あれ、俺たちルール違反してねえの?俺でさえもそうとは気づかなかったぞ。
周りを見渡しても、ほかの連中も状況が呑み込めていないみてぇだし、衛宮先生はいったい何を言っているんだ。
「『召喚者自身の戦闘の参加は反則行為』だから、彼らは処罰されるべきだと、君たちはそう言いたいのだろう?」
「そ、そうですよ!俺達だって召喚獣を出してるのに、それを無視して殴ってきて……」
「では聞くが、現時点での君達の召喚獣の点数はいくらだ?」
「そんなの、見たら分かる……えっ!?」
何をそんなに驚いてんだ?なんか点数がおかしいってのか?
そういや、俺達も相手の点数確認してなかったな。さて、点数はどれくらい……。
「……んあ?全員0点になってんぞ?バグってんじゃねえのこれ」
「いいや、バグってなどいないさ。B・Cクラスの生徒諸君は、Fクラス生徒の体と接触する前に戦死していたのだからな」
「ちょっと待てよ!いったい誰が攻撃したって――」
「――俺だよ」
連中が抗議の声を挙げようとした瞬間に、横から聞こえてくる男子生徒の声。
……ああ、そういやそうだったな。何かおかしいと思ったんだ。なーんか足りねえなと思ってたわ。
そりゃそうだわ。『アイツ』が全然出しゃばってきてないんだからな。
『アイツ』が、こういう事態に首を突っ込まないでいられる性格な訳がねえだろうが。
おそらく、この学園の中で一二を争うお人好しな『アイツ』が、こういう仲間の危機を黙って見ていられるわけがねえじゃねえかよ。
今の今まで、全く存在感がなかったのは、意図的にそうしてたってことか。
誰にも気づかれずに敵を狙撃して、俺達が反則行為をしないように手助けしてくれてたってのか。
おいおい、さすがだな『正義の味方』さんよ。
「お前らが危害を加えられる直前に、俺がお前らの召喚獣を戦死させていたんだ。これなら『召喚者自身の戦闘参加』にはならないだろ?なんせ、その後に殴られようが蹴られようが、もう勝負はついているんだから」
「え、衛宮士郎ぉーーっ!?」
「士郎の言ったとおりだ。君らが怪我をする前に、召喚獣はすでに戦死している。だから、彼らは試召戦争のルールには抵触してはいないというわけだ」
とんでもない離れ業をしてくれるな士郎。
一発たりとも外さずに、タイミングよく戦死させるなんて、普通の奴らにはできねえよ。
「悪いな須川達。お前らが頑張っていたのに、協力もせずに横から小賢しいことをして」
「んな謙遜すんじゃねーよ。サンキューな士郎」
そういや、十六夜はどうしたんだ?あいつと戦いながら援護射撃するなんて無理じゃね?
「十六夜なら、わざと負けてくれたぞ。明久とは何かあったらしいけど、そこは俺が明久に頼み込んでみるってことで条件を呑んでくれたんだ」
「私としては、士郎の言ったとおりに事が運べば何も心残りはないもの。それに――」
チラリと、負け犬集団を横目で見やって続けた。
「さすがに、あんな奴らを野放しにしておくのは、私の精神衛生上嫌よ」
「全力で同意するわ」
他の三人にも見捨てられてたしな。
「お前らもありがとよ。おかげで助かった」
「礼には及ばねえさ。人として当然のことをしたまでだからな」
「ええ、仲間の危機には一丸となって協力するのが紳士というものです」
「女を泣かせる外道共を許してはおけるわけがなかろう」
こいつらが味方で本当によかった。
Fクラスの連中が敵に回るのを想像するだけで恐ろしい。
「……そんじゃ、補習室送りになる前に、いくつか尋問させてもらおうか?」
生き残った連中にはまだ用がある。
戦死してもらうわけにはいかねえ。
「じ、尋問って、なんのことだ?」
「いや、こっちからする質問はたった二つだ。これに答えてくれれば、お前らは補習室送りにされるだけで済むぞ」
「そ、それだけでいいのか?」
「ああ、この約束は必ず守る」
もっとも、これだけの観衆の中で愚行を犯したんだから、とっくの昔に周りからの評価はダダ下がりっていうおまけ付きだがな。
「……もしも従わなかったら?」
「テメーらの股間についてるネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲をペンチで念入りに潰す」
「よし!なんでも聞いてくれ!!いや、なんでもお聞きください!!」
やけに素直になったな。最初からこうやって脅しとけばよかったか。
「あそこで伸びてるバカが『あいつの口車に乗せられるんじゃなかった』って言ってただろ?あの手帳はそいつがお前らに渡したものか?」
「そうです!」
「で、そいつの名前は?」
「根本恭二であります!!」
あっさりげろったな。俺の脅しが効きすぎたのか、それとも奴自身に人望がなかったのか。
たぶん後者だな。そうに違いない。
「さてと、じゃあもういいぞ。さっさと補習室に行ってこい。敵前逃亡でも戦死扱いになるんだ、鉄人の方向に全力疾走しろ」
『アイアイサー!!』
奴らは即脱兎のごとく逃げ出した。
はえーなおい。はぐれメ○ルもびっくりの速さだ。
「……なあ須川。さっきも手助けできなくて申し訳ないと思ってるんだが、できることならもう一つ頼まれてくれないか?」
「どうした士郎。んな真剣な顔になって」
真剣な顔、というよりは無理やり無表情になろうとしているほうが近いか。
「俺は今十六夜を倒した。つまり、このまま誰にも勝負を挑まれなければこの戦場から抜け出せるわけだ」
「ほう、それで?」
「ちょっと野暮用ができたから、ここを抜け出していいか?」
「よし、行け」
「……えらくあっさりだな。いいのか?こんなに迷惑をかけて」
いや、たぶん士郎ならそう言うだろうと思ってな。
予想できてるのに驚くわけがないだろう。
「止めたって行くだろお前。じゃあすんなり送り出してやらあ。俺の分も頼むわ」
「ああ!任せろ!」
「それじゃ後は、敵側の説得だが……」
士郎を攻撃しないようにするのは簡単だ。そのための文面も考えてある。
「おう、おめーら。士郎の心の寛大さに感謝しろよ?この場はお前らを見逃してやるってさ」
「どういうことですか?」
「士郎の血に飢えた召喚獣は、次の獲物を求めるために別の戦場に向かうそうだ。ただし、お前らが攻撃してこなかったらの話だ。だから、士郎にゃ攻撃すんじゃねーぞ」
士郎の点数は家庭科において最強だ。
そんな奴の相手をしなくていいってんなら、見逃してくれる大義名分になりうる。
「ええ、どうぞどうぞ。そういうことなら仕方ないですねー、見逃されてあげましょう!」
「そもそも咲夜さんが戦死した時点で、勝ち目ないもんねー。だから戦略上当然だよねー」
「そりゃ願ったりかなったりってね。あたいが楽できるならなんだっていいさ」
これでお膳立てはできた。あいつは頼んだぞ士郎。
「ほれ、今の内だ。あとは俺達に任せな。安心しろって、あっちにだって内藤や魂魄がいんだから」
「そうだな……じゃ、行ってくる!!」
言い残すと、士郎は全力でFクラスの教室へ走っていった。
……実を言うと、俺も腸が煮えくり返りそうではあるんだが、他にもやらなくちゃいけねえことがあるからな。
おいしいところは、士郎に譲ってやるよ。なんせあいつは『正義の味方』なんだから。
で、さしあたっての俺の今やらなくちゃいけねえ仕事は――
「…………」
この俺の胸に抱き着いてきている霊烏路を何とか剥がすことかね……。
何かいつの間にか抱き着いてきてるんですけど、この子。
いや分かる。分かるよ?あれだけのことがあったんだから、落ち込みたくなるのも分かる。
でも、なにも俺に抱き着かなくったっていいだろうがァァァァ!!
他にもいるじゃねーか霊烏路を助けようとしたの!!あそこにいるFクラス男子共も助けてくれたし、霧雨に至っては手帳を奪い取ってんだぞ!抱き着くならあっちの方じゃねえか!
俺がやったことなんて、あいつに突進したぐらいで、他には何もしてねえんだけどォォォォ!!
男に抱き着いてんじゃねーよ!女なら女の方に抱き着いてろ!霧雨にしとけって!あいつ男気にあふれてるくせに乙女なところもあるとかいう究極生命体(アルティミット・シイング)なんだから!!そんでキマシタワーとか建築しろよ!!俺はそれを見てなんかこうホッコリするし!!現在進行形で周りからホッコリされるのは俺の性に合わねえの!!俺はあくまで脇役なの!!
「……霊烏路、そろそろ離れてくれやしませんかねぇなんて思ったりするわけですが?」
「…………嫌」
あの霊烏路さん?なんか抱き着く力上がってません?さっきよりもコイツの体の起伏がより正確に感じ取れるようになってきてんですけどォォォォ!?
おいやめろ!この感触が持続し続けたら俺の中にあるパトスが迸っちまうんだよ!このままだと俺が神話になる前に賢者になっちまう!!
魔法使いからこんな形で賢者に転職したくねえ!!悟○の書なしで転職できちまったら俺が魔法使いじゃなくって遊び人だったってことになっちまうだろうが!俺を遊び人にさせないでくれェェェェ!!
「…………」
「…………」
誰かァァ!助けてくださァァァァァい!!