バカとナイトと有頂天 作:俊海
話は、宣戦布告を受けた直後のBクラスに戻る。
「さてと、明日のFクラス戦の作戦でも考えますかね」
汚い忍者こと笠松ノブオは、教室の前に立ち、話を切り出した。
その教室には、自由参加だと知らせていたにもかかわらず、半分近くの生徒が残っている。
これだけで如何に忍者がBクラス生徒の信頼を勝ち取っているかが分かるが、実は残らなかった生徒も部活や用事で忙しくて都合が合わなかったり、作戦を考えるのが下手くそであるがゆえに敢えて参加しなかったりと事情があってこの場にいないだけの生徒が8割と、驚きの数値だ。
「でも良かったのかしら?辞退した人達の中には役に立たないって考えて帰った人もいるんでしょう?参加させたほうがよかったんじゃないかしら?」
「マーガトロイドは相も変わらず優しいこって」
「茶化さないで。これで自信とか失ったりしたら士気が下がるのは目に見えてるじゃない。それでもいいのかってことよ」
「お前、船頭多くして船山登るって知ってるか?変に意見が多いとまとまる意見もまとまらねーだろうが。俺としてはこれでも人数が多いとさえ思ってるぜ」
忍者は効率的な行動を最優先する。
それゆえ、選択肢が多いことが決して良いことではないと知っている。
10の中から一つを選べ。と言われるのと3の内一つを選べでは決断を下すまでの時間が全く違う。
だから、忍者は強制参加ではなくて自由参加にしたのだ。
「つーかなんでお前らそんなに残ってるわけ?どんだけ暇なんだよ」
「いや、だってなぁ」
「忍者が残れって言ったし」
「何か俺にもできないかとか考えてよ」
「はあ?なんで俺が関係するんだよ?わざわざ俺に付き従う必要なんかねえだろ」
忍者にとって誤算は、本人が気づいていないところで起こっていた。
というのも、忍者自身が自分がどれだけクラスメイトに支持されているかを知らなかったことだ。
彼は、自分のことは汚く卑怯な人間だと評価されているから多くの人間に好まれるとは思っていないのである。
実際、忍者は勝つためには手段を選ばないし、勝負の時も相手の裏を書くようなことばかりしている。
それでも、なんだかんだで染み出てくるのである、彼のお人好しな性格というのが。
そもそもが、そういう手段に訴えるときは何かを守る時ぐらいしかしないことから『ああ、ただ悪ぶってるだけで良いやつなんだ』という印象を与えている。
どっかの誰かさんのようにテストでカンニングしたり、勝負する前に相手を不調にさせるようなことも決してしない。
忍者にとって、万全の状態でかかってくる強い相手を、薄汚い作戦と卑怯な戦法を使って軽くねじ伏せることが勝利だ。
例え自分が弱くても、頭で補うのが忍者の戦い方。
相手の全力を、自分の策で倒してこそ意味がある。
策があれば、弱くても勝てることを証明すれば、自分よりも弱い仲間を助けることができる。
そう信じて、汚名をかぶってきた。
だからこそブロントさんと反発し、共感する。
どちらも、根底にあるのが『強い相手を倒し、仲間を守る』ことだから。
「ああ妬ましいわね。こうやって信頼されているのが妬ましい」
「信頼なんて、俺から一番遠い言葉じゃねえかよ。何温かい目で見てきてんだ水橋」
「その鈍感もある意味妬ましいわ」
古くから忍者との付き合いがあるパルスィは、忍者が皆の信頼を得ているのが嬉しく思ってしまう。
それと同時に、彼女のすぐに他人を妬む癖が出てしまっているが。
「もーっ忍者さんったらー!ひねくれものなんですからぁ!でも、そうやって悪ぶってる忍者さんも危険な香りがして魅力がマシマシの天井知らずですね!それだけじゃなくてツンデレで皮肉屋でお節介焼きなんてどれだけの属性を兼ね備えているんですかってんですよ!きゃー素敵忍者さん抱いてくださいっ!」
「やかましい!黙ってろこのバカガラス!」
そこでまたも空気の読めない射命丸が忍者に絡み始める。
大事な会議をしようというのに、話題をあらぬ方向に持っていかれてはたまったものじゃないので、忍者は一喝する。
が、そんなもの普段から言われ慣れている射命丸からすれば、話の糸口を見つけるためのエサに過ぎなくなってしまうのが困りものだ。
「バカなカラスは霊烏路さんだけで十分ですよぅ。はっ!?もしかして忍者さんもそっちが好きなんですか!?確かにあの子も様々な萌えポイントが詰め込まれてますが私だって負けてないんですからね!霊烏路さんほどじゃないですけど、私だって平均よりはるかにあるんですよ!むしろ私のほうが身長が低い分、かえって胸が大きく見るんですからこっちの方がお買い得です!どーですか、触ってみますか?お代金は忍者さんの印鑑とサインで十分ですよ~?」
「お前絶対変な書類にサインさせるつもりだろ!?連帯保証人なんかにはならねえからな!!つーか話を脱線させるな!」
「そうよ!あんたはいっつも適当なことばっかり言って、忍者にちょっかいかけるし!どーせそういう言葉も適当なのに決まってるわ!」
「水橋も話をずれさせんじゃねえ!!そっちはどうでもいいことだろうが!」
「どうでもよくないわよ!忍者がこの女に騙されないように気を使ってるんだから感謝して欲しいくらいよ!」
「俺はこんな人をおちょくったような奴の言葉は真にうけねえよ!」
「あやややや、パルスィさんに忍者さん、私はいつだって本気ですよ?そこを誤解してもらっちゃあ困ります。私はいつもいつでもうまくいくなんて保証はどこにもないんですから日頃から全力全開全速前進先手必勝油断大敵を信条にしてるんです!」
「その全力さをもうちょっと別のことに使いやがれ!」
作戦会議をしようというのに、いつの間にか忍者とパルスィ、射命丸の痴話喧嘩が始まってしまった。
だが、意外にもクラスの連中はこれをスルー。
というか、突っ込むだけ無駄であると理解してるだけだ。
なんせ、このコントは頻繁に起こることだし、このあとの流れも全員把握している。
忍者はリーダー向きな人間である。
こいつの後ろにならついていってもいいと思わせる信頼がある。
だが、こういう話し合いの時、どうしてもあちこちの面倒を見る性格が災いして、いつまでたっても進展しないことがしょっちゅう起きてしまう。
それゆえ会議をする時も、少人数でなければ、忍者は話を回すことができない。
だが、Bクラスにおいてそんなことは問題ではない。
そういうときのために彼女がいるのだ。
こうやって、会議が踊りまくっているときに収拾をつける進行役が。
「はいはい、あんたたちそこまでにしなさい。文は二人をおちょくらない。パルスィは文の挑発に乗らない。忍者は挟まれたからってヒートアップしない。そうやってたら日が暮れても終わらないわよ」
「……はーい、反省しまーす」
「うぅ……悪かったわよ……」
「あー……本当にいつもすまんな」
「分かったらすぐに始めるわよ。書記は文、議長は忍者で副議長は私とパルスィでいいかしら?」
「了解でーす」
「俺には異存はねえよ。つーかいっつもそうだしな」
「ああもう、アリスの進行役スキルの高さが妬ましい……」
人呼んで、Bクラスのメイン進行役ことアリス・マーガトロイドが方向を修正する。
彼女は、その場を取り仕切るのが異常にうまい。
まあ昔から、約二名の滅茶苦茶にキャラの濃い幼馴染の相手をしていれば嫌でもそうなるのは仕方ないことかもしれないが。
「そんじゃあ明日の戦争で使えそうな作戦を――」
「おお、やってるじゃないか、感心感心」
ようやく始めようかとしたその時、一人の男子生徒が教室に入ってきた。
彼が入ってきたとき、教室の空気が一瞬で冷え込み、全員が露骨に嫌そうな雰囲気を漂わせる。
ニヤニヤと人を馬鹿にしたような笑みを浮かべながら入ってきたのは、風邪をひいて休んでいることになっている生徒。
本来のこの教室の代表である根本恭二である。
「ああいう格下の相手をするのは面倒でな、よく代役をやってくれたよ」
「……は?お前、俺に代役頼んだとき『Fクラスの生徒のBクラスへの意識を忍者に向けさせるために代わってくれ』って言ってなかったか?」
「忍者は頭が悪いな。お前ごときでBクラスの関心をひけるとでも思ったのか?俺の代役にしちゃあ華がなさすぎるんだよ。そんなもん方便に決まってんだろうが」
「お前なあ……そんなに手を抜いてて大丈夫なのか?んなことしてたら足元すくわれんぞ」
「Fクラス程度に負けるわけ無いだろ。何もしてなくても適当にやれば勝てるさ。正直この会議も無意味だと思ってるくらいだしな」
「……ああそうかい」
忍者は呆れていた。
重要な戦争の前に、そんなお気楽な思考に到れる根本の頭を。
そして、そのことをこの場で言ってしまう口の軽さに。
(こいつ、FクラスはDクラスに『圧勝した』って事実が見えてないのか?『辛勝』じゃなくて『圧勝』だ。だとすれば、少なくともFクラスはCクラス相当の戦力を持っていると考えるべきだろうが)
お情けで手加減することはあっても、忍者は最初から相手を見くびっていることはまずありえない。
いつだって冷静に相手を分析し、どのような戦術を取ればいいかを思考する。
そして、その観察眼から見たFクラスは『一筋縄ではいかない相手』と評価している。
こっちが劣っているとは思わない、が慢心すれば一瞬で優劣が逆転するほどに実力は拮抗していると忍者は考える。
(Cクラス相当となると、戦術一つでその差は埋められる。だからこうやって作戦を必死こいて練ってるってのにコイツは……!)
「おい、どうしたんだ忍者?まさかクラス代表に逆らう気じゃないだろうな?」
「……別に。俺はただ、リーダーに従うだけだ」
「ああそうだ。それでいい。お前は俺より下なんだ。せいぜい役に立てよ」
(だからどうして、そういう無駄にヘイトを稼いだり士気を下げるようなことをわざわざ言うんだよ!)
無能ならまだいい。
無能なリーダーなら、自分たちで補佐すればどうとでもなる。
だが、根本はその場の空気を悪くすることしか喋らないのが、それを超える欠点だ。
自分がいくら悪く言われようが、忍者は一向に気にしない。
そういう風に言われるようなことをしているし、むしろそっちの方が褒められるよりマシだと思うくらいだ。
ただ、皆がいるところに、明らかにこっちを駒としか見てないような発言をしたら、この場にいる生徒は根本に従いたくなくなるのは目に見えている。
そうなると、クラスのやる気がなくなるのは当然である。
皆が敵意を持って根本を睨んでいるのを見た忍者は、心の中で舌打ちしながら、
(俺のことを貶めるなら、もうちょっと考えてやれよ。なんでこういう場で言うんだコイツは)
と、どこかずれた憤りを感じていた。
ただ、忍者は一つ読み違いをしているが、それはあとで分かることだからおいておこう。
「まあ忍者がそこまで言うなら、俺も一つ作戦を提示してやるよ」
「…………えっ」
「絶対にやれよ?俺がせっかく考えた作戦なんだからな。これさえ決まればこっちの勝ちは確実だ」
「お、おう……で、その作戦は?」
「この紙に書いてある。それを読んどけ。じゃあ俺は帰るから、無意味に時間を割く前にさっさとお前らも帰れよ」
言うだけ言うと、根本は足早に帰路についた。
無理やり渡されたルーズリーフを握ったまま、忍者は呆然と立ち尽くす。
あまりの破天荒さに、頭の処理が追いつかなかったのだ。
根本が来てから、Bクラスの教室内で喋っていたのは忍者と根本だけ。
立ち去ってからは、忍者が喋らなくなり、絶句したままの教室はしんと静まり返っていた。
そして、しばらくして、根本が完全に下校したであろう時間が経過して、Bクラスの時間は再び動き出す。
「あああああああああ!!!なんであいつがクラス代表なんだよ!!!」
「もう本当になんなんだよあいつ!いちいち人をイラつかせないと気が済まないのかよ!!」
「私、Bクラス入ったときは嬉しかったけど、根本が代表って聞いて絶望したもの……」
「どうして忍者君が代表じゃなかったのかしら……絶対そっちのほうが良かったのに」
Bクラスの不満が爆発した。
ここに居る全員、忍者の指示として集まれと言われたから集まった生徒である。
すなわち、それは同時に『根本よりも忍者の方がリーダーとしてふさわしい』と考えていることを意味する。
そんな連中の前に、根本が現れて馬鹿にしてきたのだ、そりゃあキレる。
「なんで忍者は反論しないのよ!?あんた馬鹿にされてたのよ!?」
「構いやしねえよ。事実あいつの方が俺よりも成績がいいんだからな。基本的に馬鹿でも、勉強ができる以上、この学園ではあいつは俺より上だってのは揺らがねえんだし」
「別に、勉強出来るってだけで人を馬鹿にするのは咎めてもいいと思うのだけれど?私だって彼には従いたくないもの」
「あいつには不満しかねえけど、リーダーのご意向には沿うのが俺だ。上がそう言うならそういう事なんだろうさ」
「あああーー!!なんであんなに忍者さんに無駄に威圧的なんですか根本は!絶対僻みですよ!忍者さんに絶対勝てないからああやって小姑みたいにネチネチ嫌味たらしく言ってくるんですよ!クラス代表だから逆らえないことをいいことに!」
「へっへっへっ……まあそうだわな。俺は汚い忍者だ。汚いは褒め言葉だし、悪口は賞賛の声だ。あいつがああやって絡んで来るってことは、俺のことを驚異だと思ってんだろうさ。評価されてんなら悪い気はしないぜ」
そのままヒャーッハッハッハッハ!と笑い出した忍者を見て、クラス全員が思った。
『こいつ、良いやつすぎんだろ』と。
さっきの忍者の読み違いはここである。
忍者が馬鹿にされたとき、忍者本人よりも、クラスの生徒の方が怒っていたということだ。
Bクラスの生徒は『自分も馬鹿にされてる』と思ってたのではなく『お前ごときが忍者を馬鹿にするな』と憤っていた。
が、当の本人がどこ吹く風といった様子で受け流していたら、皆の印象は『無駄にムカつく根本』のことよりも『やべえ……忍者が大人すぎる』とスライドしていき、教室内のボルテージが下がってきた。
ようやく落ち着いたか、と確認した忍者は、すぐさま処理しなければならない仕事に取り掛かる。
それは――
「……根本の考えた……作戦……ねえ」
もう、この時点で嫌な予感しかしない。
絶対にロクでもない作戦に決まってる。
「マジであいつ余計なことすんなよ……しかも、絶対にやれって……」
「あいつ、自己顕示欲強すぎるのよ……」
忍者とパルスィがげんなりした表情でルーズリーフを見る。
なんで絶対にやらなくちゃいけないんだ、この作戦を。
「……まあ確認してみましょう。もしかしたら害にはならない作戦かもしれないんだし」
「どうあがいても益にはならないんですね分かります」
まあもっとも、そんなのには期待してませんけど、と射命丸が切り捨てる。
アリスに促されて、忍者はルーズリーフを開く。
せめて損害は少なくしてくれと祈りながら文字を追っていき、作戦の概要を理解すると――
「…………アホか」
一言で締めた。
しかも言い終わったあと、ショックのあまり脱力して椅子に座り込むおまけ付きである。
相当アレな作戦だったんだろう。
「そんなにダメなやつだったの?」
「……なんというか、具体的なことがさっぱりわからねえし、どうやってその作戦を実行したらいいのかがわからん」
「……何よそれ?」
「……要約すると、Fクラスと協定を結んで、Cクラスを利用してFクラスに協定を破らせて、一気にFクラス代表を叩き潰すって作戦だ」
それを聞いたクラスの生徒は、要領を得ない表情をした。
聞いた限り、案外まともな作戦で根本を少し見直したくらいなのに、どうしてダメ出ししているんだろうと。
「それって結構使える作戦じゃない。何がいけないのよ」
「……そこだけ聞くと使えそうだが、実行できない」
「なんでよ?」
「協定の内容が『四時までに決着がつかなかったら戦況はそのままにして、翌日の午前九時に持ち越しにする。ただしその間試召戦争に関わる一切の行為を禁止する』ってのが問題だ」
「……普通に結びそうな内容だけど?」
「いや、俺だったら絶対に結ばない」
「どうしてですか?」
「それだけしか書いてないからだ」
それだけ……?
皆が忍者が言いたいことがよくわかっていない様子を見て、続きを話す。
「この文章だと『この協定を破った時どうなるか』が一切書かれてないだろうが」
「「「「「……あっ」」」」」
「ペナルティで何されるかわからんのに、協定なんか結ぶかっつーの。そうでなくても、向こう側が『ペナルティなんか書いてなかったから、そっちの不備だ』とか言ってきたら破綻するぜ?」
破られたときどうなるかが決まっていないのに、協定を結ぶわけがない。
どちらもが都合のいい解釈をして、泥沼になってしまうから。
そうなると、明確にペナルティを決めなくてはいけないが……
「だったらペナルティに『この協定を破ったときは、戦争を再開する』って書き足したらいいじゃない」
「却下。それだとFクラスが協定を結ぶ意味がなくなる。戦争を中断するための協定だってのに、破ったら再開じゃ守る必要性がねえ」
「それなら『破ったものは戦死扱いとする』っていうのは?」
「んなこと書いたら警戒しすぎて、向こうの生徒が戦争終わった瞬間に直帰すんぞ。それにそのペナルティは万が一俺達が破った時の損害がデカすぎる」
「そもそもその協定の条件を『戦争行為の一切を禁じる』からもっと破りそうなものに変えたらどうですか?」
「いや、多分それ以上にFクラスが破りやすくて、こっちが破りにくい条件ってのはなかなか無い。……ったく根本もこういう無駄なところは頭がいいから困るぜ」
破った際のペナルティがこっちから提示できない。
Fクラスから見て、Bクラスがそのペナルティを食らうと得をして、BクラスがFクラスに奇襲するのを正当化できるペナルティ。
そんな都合のいいものはそう見つからない。
「それに、そのペナルティが思いついたとして、それでもFクラスがこの協定を結ぶかは非常に怪しい」
「ほかに問題があるの?」
それだけなら忍者はショックを受けたりしない。
ほかの問題が重なり合って、この作戦の実行が困難になっている。
どれほどにこの作戦に穴があるのだろうか。
「Fクラスが『別にこのまま戦争続行で構わない』って言ってきたらおしまいだ。いや、むしろFクラスとしては限界まで続行の方を選ぶだろうしよ」
「それはまたどうして?」
「だらだら長引いてると、こっちの回復試験のせいで戦力の地力が目立ってくるからだ。そのうえ、Fクラスの方がBクラスよりも体力が多い。長時間肉体労働ができるってのは十分な長所だからな」
「あー……確かにBクラスはFクラスに比べると運動能力低いですもんね……」
射命丸や忍者など、例外はいるにはいるが、天は二物を与えない。
頭がいいBクラスの生徒は、運動に費やす時間を勉強に割り振っているので、贔屓目に見てもFクラスよりスタミナがない。
それならばFクラスはBクラスが疲労するまで延々戦い続ける方を選ぶだろう。
「それから、最後の条件だ」
「……まだあるんですか?」
いい加減にしてほしい。
射命丸の表情から、そんな感情が見て取れる。
「正直、Cクラスをけしかけたところで、あいつらがCクラスと試召戦争の話になるとは思えん」
「そっちの紙にはどう書いてあるんですか?」
「根本ってCクラス代表の小山と付き合ってるだろ?小山に頼んでCクラスが漁夫の利を得ようとしているように見せかけるらしい」
「別に不自然じゃないですよね?CクラスがBクラスの設備を手に入れようとしているって考えたら」
「問題はそこじゃねえ」
もしFクラスがBクラスの教室を手に入れたら、連戦でCクラスと戦うのは避けようとするだろう。
疲弊しているところに、同レベルの相手と戦うのは誰だって嫌だ。
だが、それでもなお、FクラスはCクラスと協定を結ぶことはない。
なぜなら――
「多分だが、あいつらはCクラスのことはシカトすんぞ」
「なんでですか?」
「Cクラスの位置取りを見てみろ」
「んー……ああ、なるほど」
Cクラスの教室はBクラス斜向かいにあり、Cクラスより向こうは壁がある。
しかもその上、DクラスがBクラスの隣にある。
「戦争が終わったあとってことは、俺達のBクラスの教室があいつらの手に渡ってるってことだ。隣にDクラスがあるし、そいつと結託してCクラスと戦争しちまったほうが、楽にCクラスに勝てるだろ。そんなんだったら別に戦争を避ける必要性がない」
「でも、DクラスはFクラスに負けたせいで戦争できなかったんじゃ……」
「一応『和平交渉にて集結』って形で終わらせてるからな。CクラスはDクラスに譲るって形にすればホイホイ乗ってくるだろ」
「確かに……」
これらの問題点をすべて解消しながら、必ず実行させる。
根本はなんという無茶ぶりをしてくれたのだろう。
こうなると、忍者は頭を痛めるしかなくなってしまう。
「……だから俺は少人数で会議したかったんだ」
「こういう対処に困る作戦を出されても、どうしようもないってことね……」
「この世で一番厄介なボスはな、働き者の無能なんだよ」
無能なリーダーは、何もしないことが一番の貢献である。
自分よりも技能で長けている人物がいるなら、そいつに任せたほうが効率的だし成功しやすい。
自らの能力をわきまえず、無理にやろうとすると、すぐに弊害が出てきてしまうのだ。
けれど、自己顕示欲が強い根本にそれを強いるのは到底無理な話。
最初っから、Bクラスは作戦立案に関しては詰んでいると言っても過言ではない。
もっとも、忍者がいなければの話ではあるが。
「しゃあねえな。この作戦を下敷きに、なんとか運用できるように改正してみるか」
「あんたにそれができるの?」
「……そうでもしなかったら、いろいろ面倒だろうが。それにこの作戦くらいならまだマシだ。もっととんでもな命令されるかと思ったぜ」
この程度、忍者の手に負えないものではない。
むしろ、ブロントさんや内藤たちと無茶をやってた時と比べると、こんな作戦なんか誤差レベルである。
どうしても忍者を過労死させたければ、この三倍は持って来い。
「着眼点は悪かねえんだ。基本的にスポーツなんかは相手に如何に反則をとらせるかで勝負が決まることだってある。ルールの隙を突く方向性自体は間違いじゃない。できるなら具体的にして欲しかったがな」
「まあ、それを根本に求めるのも酷ってもんよね。……本当にあんたの頭の柔らかさには妬ましさしか覚えないわ」
「へっ!俺を誰だと思ってやがる!」
「そんな性根じゃないのに、似合いもしないで悪ぶってるツンデレ忍者ね」
「なんでも一人で抱え込む善人かしら?」
「シャイで、ひねくれ者で、それでもとっても優しいダークヒーローでっす!」
「照れ屋なお人好しって感じだな」
「いつでも仲間のことを考えてくれてる、素晴らしいリーダーでしょう?」
「い、いい加減にその俺への評価をやめやがれ!!」
顔を真っ赤にして、全力で否定する忍者。
が、それでもクラスのみんなは生温かい目で見つめてきて、なおのこと恥ずかしい思いをしなければならなくなってしまった。
「と、ともかくだ!俺は相手の裏を書く汚い忍者だ!敵の嫌がることを考えさせたら誰も足元に及ばねえぜ!」
「確かに、勝負で勝つのに一番いい戦法は相手が嫌がることをし続けることだもんな」
「その通りだ間桐。なかなか分かってんじゃねえか」
「妹にされ続けてたら嫌でも覚えるさ。しかもゲームだけとかじゃなくて、日常生活においても」
「……なにか相談事があったらいつでも乗るからな?」
「何、今さらのことだ。……本当に、どうしてああ育ったんだろう。昔は優しかったのに……僕、恨まれるようなことしたっけ?」
「いや、そんなことはないはずだ!お前の良さは少なくとも俺は知ってるぞ!何かあるとすれば妹の方が悪いんだ!」
なにか悲壮感に包まれ始めた間桐慎二を必死で慰める忍者。
なるほど確かに、この場面を見ていると忍者のお人好し加減がうかがい知れるわけだ。
だが、そこに空気も読まず二人に悪態をつく女生徒の姿があった。
彼の妹と妙に馬の合う、メデューサ・ゴーゴンである。
「そんなもの、シンジが悪いに決まってるじゃないですか。サクラに落ち度はありません」
「だからいったい僕が何をしたって言うんだ?血の繋がりはないけれど、あいつを蔑ろにした覚えはないぞ。むしろ僕が桜に恐怖を覚えていると言っても過言じゃない」
「どうせシンジが自分でも気がつかないうちに彼女を傷つけていたんでしょう?やれやれ、これだからシンジは鈍感で困ります」
「そんなの僕の管轄外だ。身に覚えがないことで一々生命の危機に陥れられたらこっちの身がもたないだろ」
「シンジなら大丈夫でしょう?レンガに乗ってる亀でも連続で踏んでたら命のストックは増えるじゃないですか」
「僕の命は残機制度じゃないし、学生から配管工に転職したという事実はない!」
「あれ?一山298円くらいで売ってるものと思ってましたが」
「僕の命はみかん程度で等価交換できるものだったのか!?」
その光景を見ていた忍者は、なにか思いつくとメデューサの方へと近づいていく。
「そうだ。お前にちょっとやってもらいたいことがある。聞いてくれるか?」
「なんでしょうか」
「明日の試召戦争で、お前には校舎の裏側で隠れてろ」
「それはまた……なんでですか?」
「お前、確か目が良かっただろ?外から中の状況を客観的に見といてくれ。そんでマイクとイヤホンで状況を報告しろ」
「構いませんが……わざわざ戦力を割いてまでするようなことでしょうか?」
「相手はFクラスだ、何をしでかすか分からん。もしかしたら急に校庭に飛び出してくるかもしれねーんだ」
「そんなバカな……」
「問題なかったらすぐに戻ってきてもらうし、最初の間でいい。頼む」
「はあ……分かりましたよ。どうせ無駄になると思いますけど」
「助かるぜ。じゃあ明日はよろしくな」
言い終えると、忍者は間桐のそばに近づき、メデューサからは気づかれないように耳打ちした。
「……明日の戦争では、お前があいつに命令しろ」
「えっ……えっ?」
「あいつを呼ぶときは、お前を伝令係として向かわせる。そのあとはお前の補佐をやらせるからな」
「なんでいきなり?」
「……俺だって、女に尻に敷かれるのは嫌なだけだ。たまにはテメエはゴーゴンの言いなりじゃねえってところを見せてやれ」
「忍者……」
間桐だって人間である。
いつもいつも、メデューサに言われっぱなしではストレスが溜まる。
そこを察した忍者が、実害が伴わない程度で意趣返ししようというのだ。
それでも、やはり、生徒の一人を貶めようとしているのは違いない。
どうやっても彼を綺麗な人間とは言えない。
言うとするならば……
「……やっぱり、お前は汚い忍者だな」
「汚いは褒め言葉だ」
汚い忍者。
これが一番しっくりくるだろう。