バカとナイトと有頂天   作:俊海

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次の小説は趣味全開にはならないといったな。
悪いがあれは嘘だ。

今回も趣味全開、キャラの性格変化祭りでござるの巻。
彼が中の人ネタみたくなってしまってるこの小説に未来はにい。
もう、この小説を読まなくてもいいんじゃよ?(チラッ

いや、できれば読んでいて欲しいですけどね。
どんどんカオスなことになってますから、最初の頃と雰囲気が変わりすぎてますし。

最初のあの空気感はどこに消え去ったんだろう……
それではどうぞ


第十五話 バカとナイトとツッコミ男

『さて皆、総合科目テストご苦労だった』

 

 

みんな本当にお疲れ様だよ。

今までずっとテストを受け続けて、昼休みとともにそのテストが終わったほどだから、相当な量のテストを皆やっていることになる。

僕?僕は点数減ってないから受けてないよ。

午前中はずっと、昨日習った太極拳の動きを練習してた。

 

 

『これからBクラスとの試召戦争が開幕するが、やる気は十分か?』

 

『おおーっ!』

 

 

一向に下がらないモチベーション。

僕らの武器のうちの一つといってもいいだろう。

 

 

『今回の戦闘は敵を教室に押し込むことが重要になる。くれぐれもミスしないように細心の注意を払え!』

 

『おおーっ!』

 

『さあ開始時刻まであとわずかだ。俺が指示した奴らは作戦行動に移れ。くれぐれも、勝手な単独行動をとるような真似だけはするな!』

 

『うおおーっ!!』

 

 

戦争が開始するまで、あと10秒もない。

僕は、前線部隊の士気が上がったのを『遠くから』聞いていた。

…………うん、遠くから。

何故かって?それは――

 

 

『ところで、明久のバカはどこに行った?』

 

『そういえば昼休みから見てないな』

 

「ちょ、ちょっと待ってー!!僕まだ戻ってない!今まだDクラスにいるんだけど!!」

 

 

何を隠そう、僕は今までDクラスの教室にいたからだ。

美鈴さんや内藤君と一緒に過ごしてたから、昼休みの終わりごろだというのにまだ戻っていなかった。

必死こいて、Fクラスの教室へと向かう僕。

その僕の声を聞いた雄二は、慌てたように叫んだ。

 

 

『はぁ!?なにやってんだこのバカ!んなところにいたら一気に戦死まで持ってかれるぞ!』

 

「そんなこと言っても仕方ないじゃないか!とにかくすぐそっちに戻るから――」

 

 

キーンコーンカーンコーン。

無情にも、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響いた。

これでBクラス戦が開始になってしまう。

 

ちなみに、実はBクラスの教室は、FクラスとDクラスの間に存在している。

その上、Dクラス側には階段はなくて、Bクラスの前を通らないと階段にたどり着かない。

これらの立地条件から何が導き出されるか。

さぁ、みんな考えてみよう。

 

 

『吉井の首をもぎ取れーーーっ!!』

 

「ですよねー!」

 

 

答え、『孤立した僕を狙ってBクラスの生徒諸君が襲いかかってくる』でした。

わざわざ僕のために八人も生徒が追いかけてくるなんて、これが女の子だったらどれだけ嬉しいことかっ!

 

流石に僕ひとりで、Bクラスの生徒を相手取ることはできない。

いや、1vs1なら問題ないけど、これだけ多いと負けの線が濃厚になる。

僕はFクラスに向かっていた足を方向転換し、Dクラスの方向へと全力疾走。

壁に追い込むように、Bクラスの生徒も迫ってくる。

 

 

「あー!もう逃げ場がない!」

 

「前の戦争じゃうまくいったらしいが、やっぱりお前は馬鹿だな!」

 

「そっちに行っても階段はないんだぜ?」

 

 

廊下の端に追いやられた僕を囲みながら、僕を馬鹿にするような顔でBクラスの生徒は近づいてくる。

ウカツ!『囲んで警棒で叩く』平安時代に活躍した稀代の哲学剣士、ミヤモト・マサシが残した実際すごい計略の一つである。

奥ゆかしいこの作戦は、相手がどれほどの強者でも、常人の三倍の戦力でカラテを使ってしまえば三下同然であるところに目をつけたミヤモト・マサシが、効果的に相手に俳句を読ませるように洗練されてきたマッポーめいた鬼畜作戦なのだ。

このままでは僕はジリー・プアーになってしまい爆発四散することは逃れられぬ定め。

 

 

「あのー。僕がここにいたのは戦争が始まる前なんだし、見逃してくれるって選択肢はないかな?」

 

「あるわけねーだろ。お前を見逃すなんて、それこそ馬鹿のやることだ」

 

「お前は要注意人物ってことで名前が挙がってたからな。せめて痛みを知らずに安らかに死ぬといい」

 

「え?僕死ぬの?テレッテーされちゃうの?北○有情破顔拳されちゃうの!?」

 

 

それだけは絶対にゴメンだ!

でも、僕を見逃してくれない以上、戦死は免れ無い。

できればその状況に持ち込みたくない僕は再三訴える。

 

 

「どうしてもだめ?」

 

「だめだな。残念だがご退場願おうか」

 

「これほど頼んでも?」

 

「しつこいな。この馬鹿」

 

 

その言葉を皮切りに、相手は一気に召喚獣を召喚してくる。

僕に逃亡すら許されなくなってしまった。

こうなったら、覚悟を決めるしかないのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ君たちの負けだよ」

 

「……なんだと?」

 

 

ちくしょー雄二のやつ!こんな鬼畜な作戦よく考えられるな!

というか、考えついても却下するでしょ普通!

 

直後、ガラガラとDクラスの教室の扉の開く音がした。

そして直後に飛び出してくる三人の影。

 

 

「Fクラスブロントがタイマンを仕掛ける!」

 

「Fクラス博麗霊夢が勝負するわ!」

 

「Fクラス姫路瑞希が勝負を挑みます!」

 

『なにぃ!?』

 

 

 

 

 

『Fクラス ブロントさん

 Fクラス 博麗霊夢  VS  Bクラス×8

 Fクラス 姫路瑞希

 

       429点

  英語   176点       0点×8

       384点            』

 

 

 

急に現れた三人に反応できなかったBクラスの皆は、わけがわからないまま試召戦争に持ち込まれた。

そんな隙を見逃すわけもなく、三人はバックアタックに成功し、一気に相手の点数をゼロにまで削りきる。

ふう……どうやら僕がテレッテーされるんじゃなくて、相手がシンクノソラーされる側だったみたいだ。

 

 

「いきなり挟み撃ちにするだと……?」

 

「Dクラスに伏兵がいたなんて……」

 

 

ああ、やっとこの八人も今回の僕たちの作戦のことに気づけたみたいだね。

 

前回の戦争で、Dクラスは今回の戦争に全面的に協力してくれることになった。

そういうわけで、僕が単独で行動しているように見せかけて、わざと行き止まりになるDクラスへとBクラスの生徒を誘導。

その後、壁際にまで『僕が追い詰めた』生徒に、Dクラスに隠れていた三人で一気に襲いかかる。

こうすれば、なんのリスクもなく相手の人数を削れるって寸法だ。

 

 

「人呼んで『釣り野伏せ作戦』だよ」

 

「き、汚いぞ!」

 

「だから僕は何度も『見逃して』って言ったじゃない。君たちが戦死するのを回避するためにも忠告しておいたのに、それを跳ね除けちゃうんだから」

 

「『相手が勝ち誇ったときそいつはすでに敗北している』って名セリフを知らないのかよ。限られたルールの中で勝利条件を満たしただけだし汚くはない。戦争での策略を汚いと思う浅はかさは愚かしい」

 

 

そして、ここからが本当の作戦の肝だ。

なにせ、この状況から『僕たちはFクラスに向かわないといけない』んだから。

さっきは演技でやっていたけれど、どうしてもBクラスの前を突破してFクラスに戻るのはとても困難だ。

いくら僕たちが主戦力だからといって、人数の差はどうしても埋められない。

しかも時間をかけるほどに相手の数がどんどん増えていくし。

 

 

「とか言ってるあいだに後続組がこっちに来てるよ……」

 

「このままだと俺たちの寿命が壁にハメられてマッハなんだが……」

 

「ど、どうするんですか?」

 

「私たちだけじゃ、正面突破は難しいわよ?」

 

 

一応、こうなることを想定して、雄二は作戦を僕とブロントさんには言い渡してある。

言い渡してあるけど……やりたくないなぁ。

それに関してはブロントさんも同感のようで、どこか逃げられる場所はないかと長い首をあちこちに向けている。

はぁ……覚悟を決めるか……

 

 

「……仕方ない、アレをやるよブロントさん」

 

「俺も他の手段はにいかと必死に回転させたが絶望的な破壊力も誇る破壊力を持つことになった作戦が出なかった。しゃあねえな(ソルボイス)霊夢!少し我慢すろ!」

 

「えっちょっとブロントさん!?」

 

「後で僕を磔にしてもいいからここは堪えて姫路さん!」

 

「ひゃうっ!よ、よよよよ吉井君っ!?」

 

 

迫り来る軍勢を前に、僕は姫路さんに、ブロントさんは霊夢にやった。

え?何をって?

 

お姫様抱っこだけど?

うん、サラっと言わないと恥ずかしい。

 

 

「ぶぶぶブロントさん!?何するんですかいきなり!何いきなり人を抱き上げてるわけ!?」

 

「文句なら後で聞くから今の俺の耳は念仏状態。耳のガードを固めた俺に隙はなかった」

 

「人前でなんて恥ずかしいじゃないですか!たしかに抱き上げるのは勝手ですけどそれなりの抱き上げ方があるでしょう!?」

 

「聞こえてない。何か言ったの?俺のログには何もないな」

 

 

相当恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にした霊夢はポカポカと可愛らしい擬音でも付いてそうな感じでブロントさんの胸を叩く。

……それでも、『下ろせ』だとか『止めて』とかは言わないんだね。

 

 

「あ、あううぅ……」

 

「本当にごめんなさいというか僕が全面的に悪いって言うのは分かってるし全責任は僕にあるからどうかここだけは穏便に僕に抱き上げられてくださいませんか姫路さんそのですねこれは仕方ない行動であって僕に下心その他諸々の感情はないから安心していやすみません僕なんかの謝罪が効果あるとは思えないけど謝れるだけ謝り倒すしあとで損害賠償を払えと言われるなら内蔵を売るぐらいの覚悟でやってるからどうかここだけは素直に僕に抱かれてください」

 

 

姫路さんまでもが真っ赤になってしまった。

眼福であるのは間違いないけど、申し訳無さの方がはるかに上回ってしまっている。

恥ずかしいし罪悪感がハンパじゃないし、何か謝罪的な言葉を延々垂れながしながら姫路さんの感触を意識しないように意識する。

そういえば『意識しないように意識する』ってなんだか矛盾してるよねーあははー。

 

 

「明久!目がバラバラに引き裂かれる勢いでバタフライしてるぞ!頭を冷やすべきそうすべき!」

 

「はっ!?ごめんブロントさん!」

 

 

そうだ。今は現実逃避をしている場合じゃない。

雄二の作戦通りに動かないと、主戦力である三人が戦死してしまうんだ。

こんな時に、僕の恥や外聞なんてどうでもいいことじゃないかっ。

 

 

「姫路さん、しっかり僕につかまって。絶対に手を離したらダメだよ」

 

「え、いいんですか?そんなご褒美……じゃなくてっ、吉井君は気にしないんですか?」

 

「割と四の五の言ってられないからね、舌を噛まないように口を閉じて、怖いようなら目を瞑って、僕から離れないように。そうじゃないと怪我の保証ができない」

 

「え……?あの、何をするつもりなんですか?」

 

「霊夢もブロントさんにしっかりつかまって!何があっても暴れないように!地面との抱擁をしたくなかったら言うとおりにして!」

 

「しがみつくべき、死にたくないならしがみつくべき。まだ俺は死にたくないんです!!命ロストが怖いんです!俺の覚悟を決めた時間を奪わないで下さい!お前らがロストしたらここでしがみつかなかった人達のせいですね?早くしがみついテ!」

 

「あんたたち二人は何をするつもりなの!?それに死ぬってどういうことですかブロントさん!?」

 

「待ってください吉井君!いろいろな発言からとんでもない行動をしようとしてるのが推測できるんですけど!?」

 

「「うるさい、気が散る!!!一瞬の油断が命取り!!!!!」」

 

「「アッハイ」」

 

 

注意は一秒、後遺症が死ぬまで。

切羽詰った僕たちの様子でようやく大人しくなってくれた二人を尻目に、僕たち二人は壁の方に向かって走る。

姫路さんも怖くなったのか、目を思いっきり瞑って、僕の首に両腕を回して全力で抱きついてきた。

霊夢に至っては、首に抱きつくだけじゃ飽き足らず、足をブロントさんの腕に絡ませるという超安全策をとっている。

ブロントさんの腕が長いからいいけど、普通の人なら自由に身動きができなくなってしまうからやらないほうがいいんだけどなぁ。

 

さぁ、雄二が手配してくれてるならいいんだけど、間に合ってなかったらえらいことになる。

それでも、もうすぐ後ろまで迫ったBクラスの集団に追いつかれても困る。

腹をくくるしかない。

 

 

「いくよブロントさん!」

 

「本気を出しても良いぞ!」

 

 

走り出した僕たちの目の前に迫り来るは、校庭を見下ろせる大きめの窓。

にもかかわらず、失速することなく、大きく開かれたそれに全力疾走していく。

これからすることへの恐怖心に打ち勝つために、大声を出して無理やりテンションを上げる。

 

 

「アーーーーーーーーイ!!!」

 

「キャーーーーーーーン!!!」

 

 

窓にぶつかる寸前で、両足に力を溜め、バネのように僕らの体が跳ね飛んだ。

そのまま、二人分の影は窓にへと吸い込まれていく。

 

 

「「フラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァイ!!!!!!!!」」

 

 

僕と、ワンテンポ遅れてブロントさんの体は窓を飛び越え、外の世界にへとこんにちは。

砲弾のように三階から打ち出された僕たちは、数秒の間快適とはとても言えない空の旅をすることになった。

今までに味わったことのない浮遊感に、腹の底が冷えるのを感じた僕は、慌てて着地点がどこかを確認する。

 

 

「!よし、手はず通りに先生がいる」

 

 

このまま地面にぶつかると、僕たちは汚い花火になってしまう。

そこで、僕の『あの肩書き』が鍵になってくるわけだ。

うまくタイミングを見計らって――――

 

 

「試獣召喚!」

 

 

――召喚獣を繰り出す。

そのあたりはうまく雄二が言いくるめてくれたんだろう、すんなりと召喚できた。

 

 

『Fクラス 吉井明久

 

 世界史  92点  』

 

 

 

召喚した召喚獣を、僕達の落下点にへと移動させ、全神経を集中させて操作する。

まず先に落ちてきた僕を軽く受け止め、少しのダメージは覚悟ですぐに地面に放り投げさせた。

姫路さんはぶつからないように、自分の体を盾にするのは忘れない。

 

 

「ウグッ……まだだ!」

 

 

痛みをこらえて、すぐさま召喚獣をブロントさんの所へ動かし受け止める。

クッ!やっぱり少し痛い。ブロントさんの体重は伊達じゃなかった。

召喚獣への負荷が僕の体にフィードバックして、両腕が軽くしびれる。

でも地面にまともにぶつかるよりマシと考えなくちゃ。

 

 

「……はーよかった。なんとか成功した」

 

「……これは一歩間違えるとグラビガで大ダメージを受ける隠し技なので俺が拍手し出した。明久のおかげだ。助かった、終わったと思ったよ」

 

 

パチパチと、少し弱々しく拍手するブロントさん。

肝が据わっているブロントさんでも、流石に紐なしバンジーは怖かったんだろうなぁ。

僕なんか、手の痺れとは別に体全体が動かなくなってるもん。

 

 

「……いやー、私も大概常識離れしてるとは思ってたけど、まさか空を飛ぶなんて常識はずれもいいところだわ」

 

「常識はずれで済むことなんですか……?もっとこう、危険なことはしないでくださいとか私達にも教えておいてくださいとか言うことはいっぱいいあるんじゃ……」

 

「怪我なんてなかったんだからいいじゃない。終わり良ければすべて良しよ」

 

「あ、あははは……」

 

 

霊夢はどこか、人間離れしている気がする。

なんだか竹を割ったような性格というよりは、多くのことに無関心っぽい。

無茶な作戦を決行したから、最低でも爪を剥ぎ取られるぐらいは覚悟してたんだけど。

 

 

「あらかじめ言ってたらこんな無茶な作戦をさせてくれないと思ったから黙ってたんだ。ごめんね」

 

「そ、そんなことは気にしなくていいんです!それよりも吉井君は大丈夫だったんですか?」

 

「うん、召喚獣でしっかり受け止めたし、転がしたあとも受身とってたからね」

 

 

昨日、美鈴さんから力の受け流し方を教わっておいてよかった。

太極拳は、力の移動を追求した武術であり、その内の一つにダメージを自分の体から他のところに逃がすやり方も教わったんだ。

美鈴さんいわく『明久さんの体のスペックはなんだかおかしいです』と言われるほど、僕は体の動かし方が上手いらしい。

それでも怪我はしまくったんだけどさ。

 

 

「それにしても、召喚獣でよく受け止められましたね。あんな小さい体なのに、すごい力です」

 

「そもそも、召喚獣って物理干渉できなかったんじゃないの?」

 

「ほら、僕って観察処分者でしょ?雑用とかするから特別に物理干渉できるようになってるんだ」

 

 

さらに言うなら、召喚獣は例え点数が一桁であっても人間の十倍ぐらいの力は出せる。

僕の点数はさらにその十倍以上だから、三階から飛び降りてきた人間を受け止めるくらいの力は普通にあるし、召喚するタイミングさえあってれば失敗するはずのない作戦でもあったわけだ。

 

 

「でも、まさか不利益しかない『物理干渉できる』って特性をここまでうまく引き出せるとは思わなかったなぁ」

 

 

この作戦は雄二が考えた、無茶ぶりもいいところの作戦だけど、うまく僕の特性を活かしている。

最初に『ボロ雑巾のようにこき使ってやる』って言ってたし、僕が痛い目にあうのは許容してることはしてるからいいんだけど、他の人も巻き込むのはどうなんだろうとは思う。

それでも、これで相手の戦力の一割近くは削り取れたんだからアドバンテージはでかい。

誰もやろうとしないからこそやる。なんて、どこの悪魔なんだろう。

 

 

「でもこれで僕達を追ってこれる生徒はいるはずもないし、何の障害もなく自分の教室に戻れるね」

 

「その意見にはどちかというと大賛成。あんな飛ぶながら着地する技は生半可な生徒には真似できない技なのは確定的に明らか。じゃ、帰還系の仕事があるからこれで――」

 

 

 

 

ドズン、という音が校庭に響いた。

しかもその音は僕達の後ろから発生したもので、今僕たちは校舎の方に向いている。

そして、さっき見た限り僕達と先生以外で校庭に立っていた人物はいなかった。

 

どうして誰もいなかったところに人が突然現れたのか?

それは簡単で困難なこと。

 

さっきの僕達と同じように、窓から飛び降りてくればいい。

答えを出すのは容易くて、実行するのは難しいけれども。

 

 

「……ちょっと待とうよ。僕以外の生徒は物理干渉できる召喚獣じゃないのに、どうやって飛び降りるのさ?」

 

「そんなの簡単だ。それなら生身で飛び降りたらいいだけの話じゃないか」

 

 

僕は振り返って、飛び降りてきた生徒と向き合う。

僕達は、召喚獣で衝撃を抑えて、なんとか無事でいられたんだ。

何の準備もなく三階から飛び降りたら無事じゃすまない。

 

だというのに、目の前に立っているこの生徒は、なんてこともなく僕の独り言に返答してきた。

『立っている』ということでさえ普通におかしいのに、平然と返答するなんて普通に異常だ。

 

これがランサーとかアルトリアさんならまだ分かる。

彼らは人間とは思えないほどの身体能力を持っているから、納得はできる。

でも、この生徒は士郎と同じ弓道部で、別段喧嘩が得意という話は聞いたことがない。

強いて言うなら、なんでもそれなりにソツなくこなす天才肌というぐらいのこと。

なんでもできる分、これといった特徴もない器用貧乏なこの生徒に、超人的な力があったとは思えない。

 

 

「……いや、だからなんで君は無事なのさ。骨折とかしないの?化け物じみた身体能力でも持ってたりするわけ?」

 

「なんでか僕は、生まれつきやたらと回復力が高くてな。僕も正直自分で自分が怖いと思ってるほどだ」

 

「それだけで済むような話なの!?」

 

 

いや絶対おかしい!

骨折するレベルのダメージを、瞬時に回復するなんてそんなの人間じゃねえ!!

どこの魔人○ウだ!

 

 

「なんていうのは冗談で、ただただ着地の心得を知ってただけの話さ。そもそも、妹のたわいもないイタズラでビルの屋上から突き落とされるくらいは無事にならないと今まで僕は生きてこれなかったんだぜ?」

 

「妹さんからの愛が異常に重たい!」

 

 

しかもその重さを、物理的に味わってしまっている。

そんな妹お断りだ。

 

 

「おいおい僕の妹を侮辱してくれるな。なんだかんだで妹っていうのは可愛いもんだ。はっきり言って僕は妹が嫌いだけどな」

 

「もはや修復不可能なレベルで兄妹間に深い溝が構築されている!?」

 

「ああ僕は妹が嫌いだ。でもそれでも、いつだって誇りには思っている」

 

「その発言が嘘臭すぎて、全く心に響いてこない!」

 

 

なんでいきなり良いセリフを吐いたんだろう。

誇りに思うというより、妹さんに埃程度にしか思われてないんじゃないか?

 

 

「まあそんなことよりだ。あんな無茶苦茶な作戦をよく実行できたな。予想外なことには慣れてる僕も、流石にあれには度肝を抜かれたよ」

 

「そうだろうね。まさか僕も女の子を付き合わせることになるとは思わなかったよ」

 

「だろうな。…………ちょっと待て。『女の子を付き合わせること』って言ったか?」

 

「言ったけど?」

 

「お前自身はそういうことをやってたとか言わないよな?」

 

「そんなの日常茶飯事じゃないか」

 

「どんなバイオレンスな人生を送ってきたんだお前?」

 

「流石に三階はないけど、校舎の壁伝いに逃亡することなんか両手の指じゃ足りないくらいだよ」

 

「むしろそれで無事だったお前の身体能力に関して疑問を呈したくなったぞ」

 

「ずり落ちかけたことはしょっちゅうだけど、大体は小指なんかがどっかの凹みに引っかかれば登れるし」

 

「SA○UKEに挑戦するつもりか!?そもそもそんだけの力があるなら飛び降りたって平気だろ!」

 

「飛び降りたことなんてないから怖かったよ?車にはねられた時は捻挫で済んだし、それよりかはビビってたんだけど」

 

「お前さっき僕のこと化け物とか言ってたけどそっちのほうが化け物だ!」

 

 

失敬な。

せいぜい美鈴さんに『身体能力が異常だ』って言われる程度じゃないか。

そう、武術の達人である美鈴さんに『異常だ』って言われるくらい…………

あれ?冷静に考えると、僕っておかしい?

 

 

「いや、それよりも間桐君。君はそんなに超人だったの?」

 

「露骨に話題を変えてきやがった……」

 

 

士郎曰く『中学からの友達』である間桐慎二君は毒を吐きながら頭をかきむしった。

髪型は若干ウェーブっぽく、身長は僕と同じくらい。

あと、なんだかんだでモテる――らしい。

 

『らしい』というのは、なにせ間桐君は友達がいないからだ。

士郎が言ってる友人というのも、あくまで士郎が勝手に言ってるだけで間桐君自体は否定している。

士郎って博愛主義みたいなところがあるからなぁ。間桐君は本気にしなかったんだろう。

 

そのせいで、間桐君がどういった人物なのかは僕は全く知らないわけだ。

会話して感じることは、なんとなく僕の同類のような気がするっていうことだけど。

 

 

「僕は超人なんかじゃない。本当に怪我が治りやすくて他人より多少力があるってだけだ。喧嘩なんかはしたことないし、喧嘩したところで僕の勝ちは絶対ないと言い切れる。衛宮のやつと勝負したら、間違いなく僕が負けると断言できるほどには勝ちはないし、殴り合いにおいて僕の体のスペックに価値はない」

 

「そのわりにはド派手な登場だったね」

 

「このままみすみす吉井達を逃がすのもどうかって思うだろ?階段を下りるくらいなら窓から落ちたほうが早い。幸い僕は、パルクールを習得してるから着地に関しちゃ問題ない」

 

 

士郎も似たようなことを言ってた気がするが、そんな技術が日常生活に使われることはあるんだろうか。

パルクールを覚える必要に迫られる環境ってどんな戦場なんだろう。

そう突っ込みたくなったけど、これ以上間桐君の深い闇に近づきたくはない。

 

 

「僕たちにそこまでの価値はないんだけど……」

 

「謙虚を通り越して嫌味に聞こえてくるセリフをドーモアリガトウゴザイマス。少なくとも、お前ら四人の価値はお前らの勝ちにつながる。だったらここで倒す方が都合いいんだ」

 

 

うーん、なかなか油断してくれない。

今まで僕は、相手が油断しているうちに倒すっていう不意打ちに近い戦術を使ってたから、慢心しない相手には少し手を焼くな。

間桐君が、相手を見下すほど自信過剰な性格であれば楽勝だったのに。

……なぜだろう。本来ならこの対決は果てしなく僕に有利だったような気がする。

 

 

「それで、一人で僕たちを相手にするつもり?だとしたら過小評価もいいところだよ」

 

「まさか、僕だけでお前らに勝てるわけないさ。そんなの僕だって分かりきってる」

 

「だったらどうやって?」

 

「……おいおい、優秀な軍師がいるのはそっちのクラスに限ったことじゃないのを忘れたのか?」

 

 

雄二と同レベルの畜生な作戦を立てる軍師がそうホイホイいられたら敵味方関係なく嫌だ。

あんな勝つためにどんな手段でも使う、悪知恵の働く鬼なんかそうそういるわけないはず。

 

 

「……あ」

 

「どうしたんですかブロントさん?」

 

「忍者がこんな状況を見過ごすはずがないという意見。あいつのINTは鯉のぼりで上がっていく実績があるのだよ」

 

 

そういえば、会話している時にはそう思わなかったけど、笠松君は『学園一汚い男』と呼ばれている。

汚い、ということは相手の裏をかくことに長けているということ。

そんな彼が、この状況を傍観しているだけとは思えない。

けれど、間桐君以外にこんなところに飛び降りれる人がいるのか?

 

 

「ッ!伏せろ明久!」

 

「なぁ!?」

 

 

ブロントさんの叫び声を聞いて、慌てて召喚獣を伏せさせた。

その直後、召喚獣の真上を鎖のようなものが飛来してくる。

あ、危ない!ブロントさんが気づいてなかったら、戦死しているところだった!

 

 

「あら、避けられてしまいましたか。完璧に不意を付いてたと思ったんですけど」

 

「それはあれだメドゥーサ。こいつら人間やめてるレベルで強いし」

 

「慎二に言われるとなると、相当なようですね。まさか人外に人間をやめてると言われるなんて」

 

「お前まで僕を人外というのか!?それを言うならお前だって人外だろ!人外代表のランサーとまともに殴り合える時点でお前も人間じゃねえ!!」

 

「私は喧嘩が好きじゃありませんので、殴り合いじゃありませんよ。あれは調きょ……いえ拷問するつもりだったんです」

 

「なぜにより悪い言葉に言い直した!?ランサーを拷問するなんてこの人でなし!」

 

「なんやかんやで逃げられました。彼は逃げるのがうまいみたいです」

 

「ランサーを拷問するようなことがお前にあったのかよ?」

 

「図書館で本を読んでいたら、中に入ってきて大騒ぎの喧嘩をしだしまして、相手もろとも静かにさせようと」

 

「そこですぐに手が出るあたり、お前の常識もぶっ飛んでるよ」

 

「『図書館ではお静かに』という規則がある以上、規則を破るものには何をしても良いのです」

 

「規則を破ったものに何をしてもいいなんて規則なんか存在しない!!」

 

「うるさいですねいじられキャラの慎二、あまり喋らないでください、いじられキャラが感染ります」

 

「そんな要素が感染ってたまるか!!……ってちょっと待て僕がいじられキャラであるという前提に話が進んでるぞ!?」

 

「確かに、少し偏見でモノを言ってしまいましたね。謝罪します」

 

「分かってくれればいいんだ」

 

「あまり喋らないでください、ドMキャラが感染ります」

 

「認めましょう……僕はいじられキャラですっ!!」

 

 

すごく、間桐君に親近感がわく僕がいる。

 

 

「そんなことより、どうしてアンタはこんなところにいるのよ?あんたまで飛び降りたとか言わないわよね?」

 

「ええ、ただ校舎の陰に隠れていただけです。ノブオに『校庭に教師がいるってことは、誰かがあそこで何かやらかすはずだからお前はちょっと見張ってろ』と、昼休みに指示されて監視をしていました」

 

 

さすがは笠松君だ。作戦を看破していたわけではないけど、対処法だけは押さえてきている。

もしこれが雄二のぶっ飛んでる作戦じゃなかったら、そのまま反撃でもくらっていたのかもしれない。

そうなると、雄二と笠松君のどちらがブレインとして優秀かが、この戦争の勝敗を分ける。

 

 

「僕もそのことは知ってたからな。メドゥーサが奇襲を仕掛けられるように、わざと目立った登場の仕方で注目を集めていたわけだ。会話なんかも、メドゥーサがこっちに来るまでの時間稼ぎに使っただけだ」

 

「その会話のせいで、相手にも考える時間を与えたというのが、慎二が慎二という欠点を持つ理由だと思いますけど」

 

「僕自身の全てを欠点のような扱いにするな!」

 

 

このふたりは、漫才をしないといけない宿命でもあるんだろうか。

 

 

「こうなったら破れかぶれだ!Bクラス間桐慎二が勝負を挑む!」

 

「Bクラス、メドゥーサ・ゴーゴンが勝負を挑みます」

 

 

まさか、Bクラスとの初戦が、校庭のど真ん中でやることになるとは思いもしなかった。

こっちは四人だけど、相手はBクラス。2対4でも厳しい状況だ。

でも、ここを抜けないと合流できない。負けることは許されない。

 

 

「……案外、こっちの作戦を見破った上で、戦力を分断したのかもしれないなぁ」

 

 

そして、Bクラスに所属する『学園一汚い男』の存在に、少しばかり威圧される。


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