幸せな過程   作:幻想の投影物

5 / 15
ようやく書き上げました。
ほとんど説明会かもしれませんが、大容量の二万字近くをどうぞ。




白に塗り潰した黒

 謹慎を言い渡されてから一日目の朝となった。実は昨日の夜の間にルイズの采配でディアボロにも寝床を提供されたのだが、彼はいざという時にシーツを被っていては行動が遅れるとのことで、近くにあった椅子を寝床として使うと言って聞かなかった。

 恩と言われても、ルイズも受けても返せない程の「自信」をつけて貰った大恩がある。だから相応のもてなしによって貴族としても礼を告げたいと提案したのだが、頑なにディアボロはそれを断る、といった構図がしばらく続く事になる。結局は折れたルイズがふてくされて寝てしまったのだが、ディアボロはそんな彼女に受けても返せない程の、それこそ一生をかける価値のある恩と忠誠心を持っていた。

 今度、機会があれば命じられることこそが我が喜びになり得るのだと、そう言ってみたら彼女はどのような顔をするのだろうか。そんな楽しみも湧き上がってくる。恩と恩を押し付け合う奇妙な主従は、新たな朝を互いの顔を見る事で迎えていた。

 

「ルイズ、朝だ」

「ん……おはよ」

 

 そんな思惑があったとも知らず、謹慎一日目は召喚された日の翌日よりもずっと友好的な関係での挨拶を交わす関係になっていた。寝ぼけた目じりをこすりながら、彼女はコルベールが気を利かせて注文してくれたカーテンの向こう側で着替えを行う。ディアボロとて男だ。衣擦れの音を響かせる美少女の肢体に一切反応しない、と言うまでには枯れていないが、それ以上に彼女をそんな目で見る必要性も無い。

 悠然とティーを淹れて待っていたディアボロは、カーテンの向こうから出てきたルイズに湯気と香りの引き立つ紅茶を差し出した。

 

「ありがと。……あら、美味しいわね」

「その辺りも含めて、今日から情報交換の予定だったろう。この際だ、オレもおまえも、一切合財全てを曝け出そうじゃないか……この部屋…オレ達しかいないこの部屋でな」

「ちょっと…! そ、その言い方は誤解を招くわよ!?」

「む、思い返せばそうかも知れん。すまなかった」

「…と、とにかく飲んで落ちつきましょう。美味しいのは本当だし」

 

 ディアボロも彼女にならって、紅茶のカップに口をつける。自分でいれた紅茶はヴェネツィアにて隠れ住んでいた時と変わらぬ腕前。いや、むしろあの地獄を味わい続けていたというのに味が衰えない辺りは上出来と言えよう。

 これを読む人の中には、起床の際に異様に喉が渇いてしまう人もいるかもしれない。だが、その時は朝イチで何かを飲むと落ちつくことだろう。そのようにして朝の名残を消し去った二人はテーブルに向き合って座り、お互いの事について話し始めようとした時だった。

 

「すみません、ミス・ヴァリエール。謹慎期間のお世話をさせていただく事になるメイドです。ディアボロさんの分も含めて朝食をお持ちしましたので、入ってもよろしいでしょうか?」

 

 ノックの音と、聞き覚えのある少女の声がドアの向こう側から投げかけられた。

 

「ええっと…昨日のメイド? お腹もすいてるし、渡りに船だわ。入って来て」

「失礼します。よいしょ…と」

 

 大きめのトレイを抱えて部屋に入って来たのは、学院でも珍しい黒髪を持ったメイド、シエスタだった。彼女が持ってきた料理の数々は、ヨーロッパ風でバランスの取れた豪華な美食。実はルイズの分はついで、本命は貴族と闘ってくれたというディアボロの為にマルトーが腕を振るったご馳走だったのだが、その真実を知る者は生憎と居なかった。

 此処に在る事実は、ただ二人の前に美味しそうな食事があるという事だけである。

 

「ディアボロの分もあるし、いつもと毛色が違うのね。量も多すぎないから丁度いいわ」

「イタリアンも少しあるのか…いや、貴族制度と言い…似たような文化があってもおかしくは無いな」

「ふぅん? また気になる言葉が…っていうか、そこのメイド」

「は、はい…!?」

 

 貴族の言葉は絶対、かつ貴族の恐ろしさを目の当たりにしたのは昨日の今日だ。シエスタはビクビクと怯えた返事を返してしまう。挙動不審な様子にルイズも毒気を抜かれたのか、安心していいわよと笑みを浮かべて言った。

 

「あなた、この二日はつきっきりになるの?」

「はい。オールド・オスマンの命令ですし、いつでも貴族様の欲しいものに答えるようにと、それから、お食事の時間を要望に合わせるようにと仰せつかっております。逐一命令を聞く為、それからお召物の洗濯などですね」

「ふぅーん? どうしようかしら……」

「あ、あの…私がいる事で何か、ご都合の悪い事でもおありでしょうか…?」

「あなた自身は別にいいんだけどねぇ。どうする…? ディアボロ―――って、食べるの速いわよ」

「少し腹が空いていたのでな。懐かしい料理にも惹かれたまでだ」

「いや、堂々と言われても…それで、アンタはどうすんの?」

 

 こればっかりは判断を仰ごうにも、同じく当事者である彼に聞くしかない。いつの間にか先に料理を頬張っていたことに少し呆れたルイズだったが、空気を読んだのかディアボロは真剣な雰囲気に戻って言い放った。

 

「……このオレが言えた義理ではないのだろうが、理解者の一人はいた方がいい。彼女も交えて語り合うのも悪くは無いだろう。どうせ時間は十二分にあるのだ」

「あっそ。じゃあアンタ、一応他言無用のことになるから。後で話すことは絶っっっっ対に、他の人には言わないでよね」

「え、えぇぇぇぇ……!?」

 

 巻き込まれたシエスタとしてはたまったものではないのだろうが、ルイズはそんな彼女を無視して始祖への祈祷、直後にディアボロと同じく食事を始めてしまった。既に食を済ませているシエスタにとっては一応の猶予期間が生じたという事なのだろうが、それでもプレッシャーは測り知れない。どこぞのリーゼントなスタンド使いと違って、ただの一平民として過ごしていたシエスタはプレッシャーを跳ね返す様な真似はできないのである。

 

「始祖ブリミルよ、ささやかな糧を有難うございました」

「ボーノ。味付けは少し濃いが、ヴェネツィア程では無いな。舌を慣らすには丁度いい」

 

 一時を穏やかな時間が過ぎ、ルイズとディアボロは料理の数々を味わい尽くして食事を終えた。空になった皿を引き取ったシエスタは、後に待ち構える「話し合い」とやらに関して涙を流し、食器を食堂まで持ち帰って行くのだった。

 悲壮感に満ちた彼女の背中を見送るが、ルイズは仕方ないだろうなと此方で当たり前になった貴族制度の恐ろしさを改めて知る。もし、街の人間の全員からああいう風に恐れられていたとしたら。持ちえない魔法という夢に執着はあるが、それに見合わない肩書きがもたらす恐怖ほど虚ろなものも無いだろうなと、少し寒気が走った。

 話題を切り替えて、あの平民のことについてディアボロに聞くことにした。

 

「そう言えば、あの子の名前なんだったかしら」

「確かシエスタ、といっていた筈だ。先日は朝と昼に世話になっていた。少しばかり、彼女ともオレは縁があるのかもしれん」

「相手のこと知ってるとこんなところで会うなんて、みたいな事もあるものね。……そうそう、どうせあの子が戻ってくるまで暇になるわね、少し貴族の魔法についてレクチャーしておくわ。そっちには無いって言ってたし」

 

 ルイズの提案は、まだ此方の世界に「馴染んで」いないディアボロには嬉しい提案だった。この先も貴族だけではないだろうが、魔法を扱うメイジやその中でも外道な人間と出会わないという道理は無い。戦いにおいて敵を知る事は重要。まして、事前情報を知れるのは願っても無い事だった。

 

「ああ、まずは…昨日のギーシュだったな。奴はドットと言っていたが、どう言う意味を持つのだ?」

「ドットは基本的に四つあるメイジのランクの中で一番低いものよ。でも、昨日のゴーレムの拳を受けて分かったでしょうけど、それだけで簡単に人を殺せる威力を持つわ」

「確かにな。スタンドを纏わなくては胃が少しばかり破裂してもおかしくは無い」

 

 幻痛というわけでもないが、腹をさすってこたえるディアボロ。先日のギーシュが与えた唯一といっていいほどのダメージ箇所をさすって威力のほどを思い出す。

 

「そんな訳だけど、メイジのランクは成長と共に増えて行くの。もう一つの点が出来て“ライン”に、もう一つ足して“トライアングル”。そして極めた者は“スクウェア”と言って、属性が風なら一人で小規模の嵐を起こせたり出来るようにもなるわ」

「人間が、才能や努力次第で幾らでも自然並みの力を持つのか」

 

 これには流石のディアボロも驚いた。

 暗殺チームのギアッチョならば街一つを覆い尽せる氷を作り出すことも可能だが、スタンドの中でも「冷却」という現象に通じた力を持つからこそ、自然そのものから力を借りてソレはようやく可能となる。だが、スクウェアともなればその規模をまさしく個人の力で運用が可能だというのだ。

 

「特にトライアングルとスクウェアはピンからキリの実力者が居るわ。魔法の系統を繋げる事が出来る数でこのランクは決まってくるのだけど、場合によってはスクウェアメイジにトライアングルが勝つ事だってあるの。相性次第で変わってくるものよ。戦闘面でだけ見た時の話だけどね」

「スタンドと似ているな。例え時を止めるような奴がいたとしても…トラップを張って本人の知覚外からの遠距離攻撃で倒せる事もある。フン、普通の人間が持たないような力には“完全”は存在しないという良い教訓か」

「時を止める…って。そんな馬鹿げた奴もいたの!?」

「いや…だが、オレは似たような力を持っていた。……今は何故か、使えんがな」

「ふぅん。でも、それでいいかもしれないわよ」

「何?」

 

 力である魔法を使えない、というのはルイズのコンプレックスだとディアボロもわかっていた。だからこそ、その力を求める節もあり、それも我が主となるならば求め続ける姿勢も尚良しと考えている。しかしルイズは、その大きすぎる力について否定的な意見を挙げたのだ。

 

「勘違いしないで。私だってあんたみたいにすごいパワーや魔法は使いたいと思っているわ。でも、未熟な輩が身の丈に合わない力を持ったとしても持て余すだけだし、たとえそんな凄い力があっても日常で使うことはできる? 魔法の本質は貴族がこの国を豊かにするために使うための力よ。民のために、土地のためにってね」

 

 ディアボロもその考えにはなるほど、と納得する。恐らく食事の前に言っていた始祖ブリミルとやらも、そのような力の使い方をしてきたからこそここまで魔法文明が発達しているのだろう。

 

「これも力を持たない私位しか持たないような古臭い考えだけど、魔法は元々そのためにあったんだって歴史でも証明されているわ。……ま、最近のやつは力がすべてだと思い込んでいるらしくて、実際に民のために使うメイジはそういった仕事についている人ぐらいしかいないんだけどね」

「耳の痛い話だな。困難に立ち向かうための力―――スタンド能力は日常に活かせる能力者は数少ない。そのほとんどが命がけの戦いに使う者ばかりだ」

「あら、ディアボロはそれでいいのよ。だって使い魔は主人を守るためにもいるんだし、メイジの一人や二人を簡単に下せる力がなくっちゃね」

「そうか……なるほど、確かに今のオレには、元の力の封印は丁度いい位なのかもしれん。いつか取り戻すのは確実だが」

 

 ディアボロが椅子に体重をかけ、ずいぶんとこの口も思いやりに富んだ言葉を吐くようになったものだと、前の自分を思い出して感慨にふける。そうした過去を懐かしむ行為そのものが自分が大きく変わっている証明でもあると、思わず右手を握りなおした。

 その時、ようやくシエスタが戻ってきたようだ。ディアボロのスタンド能力を発現させたおかげで発達した聴覚が彼女のぱたぱたと近づいてくる足音を聞き取っていた。

 

「失礼します……その、本当に私を交えてお話しするのですか…?」

「当然よ。貴族と使い魔と平民。面白いとは思わない?」

「は、はいぃ……」

 

 シエスタの受難は始まったばかりである。

 

 

 

 

「それじゃ始めましょうか。まずは私からでいい?」

「好きにしろ」

「き、聞かせて頂きます…」

 

 萎縮が一人、自然体が一人、そして話し手が一人。

 ルイズはこうして誰かに己の過去のことを話すのは初めてだった。まして、ディアボロだけでなくただのメイドであるシエスタという少女もこの場にいる。これから話すことに対して少しばかり反応は予測できていたが、それでも彼女は一度「話し合う」と言ったのだ。そう簡単に貴族が一度言葉にしたことを反故にするのは貴族ではない。

 信念と芯は固まった。後はゆっくりと息を吐き、ぽつりと言葉をこぼすだけである。

 

「……まず、私は魔法が使えないわ。幼少の時、初めて杖と契約して“ライト”の魔法を使おうとした途端、爆発が起きたの。幸いにも爆破範囲は杖の先っぽ程度だったから、誰にも怪我はさせなかったけど―――その時から私は、精神的にドンドンまいって行く毎日を過ごすようになったの」

 

 使用人たちにもその噂はあっと言う間に広まる。曰く、ルイズお嬢様は魔法を使えない貴族。もしかしたら旦那様と平民の混血かもしれない……。馬鹿にするにも程がある。しかし水を得た魚のように、それからの使用人の大半は自分たちが平民であることを棚に上げ、魔法が使えない貴族と言い続けてルイズの精神を徐々に削っていく日々が続いた。

 病弱な姉であるカトレアは「大丈夫よ、かわいいルイズ」。そういってルイズを落ち着かせた。ルイズとて、落ち着かせるだけで何もしない事にはもやもやした。かといってルイズがカトレアに何かを要求することもできない。他の家族からは何とか魔法が使えるようにと家庭教師やつきっきりでの指導が始まったりもしていた。

 だがその悉くが失敗。今ではこの学院に預けられ、魔法の勉強と成功を目的に一年間を過ごしてきたが、その中でも成功と言えるのは使い魔の召還と契約という二つのみ。学院の同級生は、その成功すらも「平民」であるディアボロが召還されたのだから失敗だと囃し立てた。言葉の持つ責任を何も知らないまま、傷をつけられ続けた日々を送っていたのだ。

 

「まぁ、ディアボロのおかげで余裕もできたし、ヴァリエール侯爵家の三女って箔を使えば貴族として生きていくにも問題はないって今は思っているわ。今の私は他人の意見でそう簡単に意思は変えないつもりだし、土地の経営とかで領主である貴族が魔法を使う場面なんてそうそう無いもの。だから、私はゼロのままでもいい。ゼロならここからいつでも始められるって思えるし、ね…。それから、ディアボロを召喚して契約したのは二連続で成功したんだって、自信もついた。足りない物は、これからこの手にしていくつもりよ」

 

 こんなところかしら。

 そう言って締めくくったルイズの目は、優しげな光に満ち溢れていた。

 魔法が使えないから、自分は絶対に使えるようにならなければいけない。そんな強迫観念から釈放され、薄暗い牢屋の中から出てきたのは星を見つめる者。たとえ夜であろうと、変わらぬ星の輝きをその瞳に焼きつけた一人の少女。

 

 ディアボロは満足そうに口の端を持ち上げていたが、対してシエスタはその境遇と決意に絶句していた。ディアボロという男のあり方は昨日の決闘で垣間見ることができていた。計り知れないほどに巨大な精神力と、何事にも屈さぬ心を持つ人間だと。

 だが、まさかその主さえこのように偉大な志を持つ人物であったとは思いもしなかった。シエスタがこれまで見てきた貴族の姿は、ルイズの言う理想像とはかすりもしない。いうなれば、これまでの輩は威張り散らし、暴力をふるうだけの天災。とても同じ貴族という人種であるとは思えなかったのである。

 

「ほら、呆けてないで次はアンタの番よ。別に壮絶な過去とかいらないから、見たまま感じたままのことを言ってちょうだい。私もコイツも、此処で話した事は誰にも言わないから」

「ですけど……その…」

「平民としての貴族の不満でも構わないわ。どうせこの時間は皆授業にいるから寮に残ってるのは私たち位だし、聞こえやしないから安心しなさい。私も貴族として、民の声を聞けるようにならないといけない。……その手助けだと思って、ね?」

「……分かりました。本当に…いいんですね……?」

 

 シエスタも腹をくくった。そして、自分の半生を口にする。

 

「…私は、タルブの出身です。両親も健在で、前までは変わった曾おじいちゃんが居ましたけど、それなりに幸せに暮らしてきました。ですが、そんな中で有名なワインを作っている醸造所にほとんどの収入が持って行かれて、めぼしい特産品もワインの材料になる良質なブドウ以外は無かったので、私達の生活も苦しくなってきたんです……」

 

 トリステイン王国の南にある都市、ラ・ロシェールの近くにある小さな村がタルブ村である。村はトリステインの貴族たちにも一定の人気があるワインの酒造によって村を成り立たせてきたが、ここ数年の間にそれが主流となってしまい、他の産業は余り目が行かなくなってしまった。

 そんな中で生活も少しずつ質素なものへと変化して行ったシエスタは、家族の為に何処かで働き口を探そうと決意してメイドという天職を見つけた。そうした初めての就職場所でもあり、今でも続けている貴族が通う魔法学院のメイドという立場は給料も良く、仕送りの後で両親たちから端っこが濡れた跡が見てとれる手紙が返されるくらいには充実していた。

 しかし、幸せと言うのは犠牲の上に成り立つものだと実感する時もあった。

 

「何人かの同僚のメイドは、貴族様の御怒りを買って大けがを負ってしまったり、酷い時にはもう働く事も出来ない体になったり、多分夜逃げしたんだと思いますが……いつの間にか姿が見えなくなることも少なくありませんでした。だから、私はこの仕事を続けられるのは本当に運が良かったんだと思っています。おじいちゃんが言っていましたけど……“虎穴に入らずんば虎児を得ず”を私は実践しているんだと思います。危険を冒さなければ…大きな成功は得られないって」

 

 しかし、シエスタは本当に運が良かった。古くからの料理長であるマルトーを筆頭として、古株に色々とコツを教えてもらいながら、ギーシュに難癖つけられるその時まで上手く立ち回ることが出来ていたのだから。

 

「そうして、私はディアボロさんに助けていただいたんです。命の恩人、とも思っていますが…貴族と立ち向かったその姿が、貴族を平然と両方共に無傷で下してしまったその姿が、私には恐ろしく見えていたんです。だからあのときは逃げてしまいました。………本当に申し訳ありません、そしてありがとうございました。この場を借りさせていただきますが、謝罪と感謝を、受け取って貰えないでしょうか」

 

 それがシエスタが見せた涙の理由。

 貴族をも圧倒する重圧感や、とても平民とは思えない程に鋭く尖った目つきは、一般の民草でしかないシエスタにとって恐れを抱かせるには十分だった。元々が一般観衆から恐れられるギャング、更にはギャング組織のボスとして君臨していたディアボロだ。シエスタがああなってしまうのも仕方のない事だったのだが、彼は視線を送るシエスタを見てハッと気がついた。

 

「…………」

 

 いい目をしている。

 この世界に来てからと言うもの、集まったギャラリーは数に入れないにしても、この自分と親しくなった間柄の者たちにはジョルノ達にも通じた希望の光を宿した人間が非常に多い。その中でも、何の力も持たない筈のシエスタは、最弱のドットと言われたギーシュとは、また一風違った視線をこちらによこしていたのだ。

 弱者故に感じた、強者への敬意。ただへりくだって腹の底ではクソ以下の考えを持っていたチームの幹部共とは全く違う。従う事でこそ己に価値を見出し、その従う姿勢に誇りと矜持を持ち合せている。

 シエスタの場合、家族の為にいい主を見つける慧眼を鍛えざるを得なかったのかもしれない。だが、理由はどうあれ彼女は「自分とよく似た目」をしていたのだ。

 

 同族意識…とでも言うべきであろうか。似たような言葉に同族嫌悪というものもあるが、不思議と湧いてくるのは嫌悪感ではなく誰かに仕えるものとしての風格。この謝罪も、ディアボロを上としてみなしたが故の心よりの言葉なのだろう。

 

「…実に不思議だと、オレは思う……」

「…? どうしたのよ、いきなり」

「この場に集まっているのは…誰もが“恩”を感じ、その近しい者へ少なからずの恩を返そうと、新たに決意を固めた奴らばかり……実に、奇妙な巡り合わせもあったものだ。そう…思ったのだ」

 

 シエスタはディアボロに命を救って貰った恩を感じ、ディアボロは地獄の中から光を得た事でルイズに恩を抱き、ルイズはディアボロが認めてくれたことの大恩を返そうと貴族らしく覚悟を固めた。誰もがこの短期間に確かな成長を遂げ、この部屋に集まっている。

 何とも「奇妙な」話だと、そう思うまでに時間はかからなかった。

 

「シエスタ…恩は確かに、この身に返された。……だが、恐れることは何の不思議も無かろう……オレは、確かにそう感じさせるだけの事をやって来たのだからな」

「そ、そうなのですか…?」

「…まぁ話は変わるけど、私から言わせてもらえるなら、シエスタの村の経済状況は領主が管理するべきものなのに、それを怠っているって言うのは理解できたわ。トリステインの“伝統と歴史を慮る”風習も及ばない領地の経営に、特産品のたった一つで村を任せるって……私もするべきことが見つかったわね。私個人から、お礼を言っておくわ…遠慮しないで、貴方は受け取りなさい」

「そん……いえ、確かに(・・・)お受け取りしました。ミス・ヴァリエール」

 

 深々とルイズにお辞儀をした彼女に、そう畏まらなくてもいいわ。と、ルイズが笑った。

 

「…さて、最後はアンタだけど、期待してもいいのよね?」

「陳腐な物語としては上出来(・・・)だとは、思っているがな」

「少し怖いけど、私も聞かせて頂きます」

 

 そうして、二人を見回したディアボロはゆっくりと深呼吸を繰り返した。

 頭の中からバラバラにした過去を引きずりだし、土にまみれた記憶を手探りで拾っていく。その様子は、これまで地面に目を向けなかったかディアボロの姿としては酷く滑稽なものだったであろう。それでも、彼は過去を掘り起こした。来歴を語る程度で怯えていては、オレは変われない。

 あの頃とは違うのだ。絶頂は今でも、この身と主の手元に在る。

 

「…オレは此処とは別の世界、地球と言う惑星のイタリアという国で生まれ育った……。生まれは既に服役していた母の腹から。父親は誰とも分からない。幼少のころは“臆病でどんくさいがさっぱりしている”と言われていたな」

「信じられないわね。今の貴方は恐ろしく我を通す(・・・・・・・・)って感じだけど」

「何にせよ、ここに今のオレが居ることには変わりあるまい」

 

 そう言って、彼はつづけた。

 ディアボロは意味をつきつめれば「悪魔」と言う意味を持つ名前である。そんな彼が何の因果か、服役の終わった母と共にイタリアの西に在るサルディニア島に訪れた際、神父に引き取られて19歳までを過ごすことになった。サルディニア島はそれから、ディアボロの故郷とも言えるようになる。

 

「…やっぱり、生まれからしてとんでもないけど……母親は同じ牢の犯罪者を父親に、アンタを孕んだの?」

「いや、女性のみの刑務所だ。男が訪れる機会がない…母も覚えがないと言っていた。故に、悪魔の子、とでも名付けたかったのだろうな。今となってはどうでも良い話だが」

「………」

「ほら、シエスタ? 呆けてないで聞きましょ」

「……まぁいいだろう、続けるぞ」

 

 そんな気味の悪い子として接する母の態度を見かねたのか、自分でも分からない。ただ、気付いた時には自分は母を生き埋めにしていて、その現場を引き取った神父が見つけてしまった。敬虔な教会の信徒としてあるまじき姿を見られたディアボロはやはり悪魔の所業を行う忌み子であると追われることになり、追い詰められたディアボロの精神は更なる変調をきたすようになっていった。

 

 それから夜になり、彼が再び自意識を取り戻した時に見たのは、自分が育ってきた村が炎上する光景だった。それに何の感情も抱かないままに村を離れ、彼は大火災の中で死んだ一人として扱われることになる。

 

「思い返せば、あの時から我が半身の兆候が見えていたのだろう……人間としてありたかった自分と、悪魔と言われ何処か認めていた自分。二つの意志(・・・・・)別れ始めていた(・・・・・・・)のだ……」

 

 行く当ても無くなり、とにかく命を繋ぐ必要があると判断した彼は南に下って、単身エジプトに辿り着いた。偶然にもちらりと見た街の壁には、制限も緩い労働者を求めるだけのバイトの張り紙があった。これに喰いついたディアボロだったが、この時から運命は始まっていたのだろう。

 担当した遺跡から偶然にも一人の時に見つけたのは、六本の古めかしくも何処か心惹かれる意匠が施された「矢と弓」だった。それを見た瞬間、惹かれた彼は指を小さく切って怪我をしてしまい、突如として襲ってきたしばしの苦しみの後に気付く。明らかな「パワー」が自分の中に渦巻いているのを感じたのだ。

 それからこの力を凡俗に与えてはならないと矢と弓を持ったまま行方を眩ませようとした矢先、怪しげな老婆とエジプトのある町で出会うことになる。

 

 ―――その力こそ、スタンドの源! おぬしが持つ矢と弓は、DIO様の為に必要なものじゃ! 金なんぞが欲しければやろう…さぁ、渡すのじゃ!

 

 人気も無い裏通り。あまり目立つ事も無く、彼らの交渉は成立した。エンヤと名乗った老婆は奪い取ることも考えているようだったが、自分が発現させた「力」には叶わないと知ったのか、交渉事を持ちかけて来たらしい。今となっては、どうでもいい事実だが。

 

「そうしてオレは…イタリアの“裏社会の浄化”を。オレの様な爪はじき者の受け皿としてギャング組織…“パッショーネ”を創立した。だが、オレは決して知られてはならないと感じた…。組織の力の源を知られないことこそ、根源たる“未知の恐怖”を人間から湧き起こさせ、裏の結束力を高めるに至ると信じていたからだ……」

 

 事実、彼の組織は瞬く間に巨大化しておった。その道程でディアボロは正体を知られてしまう時があったが、そうした人物の全ては残虐を以って排除し、ただ一人、己だけが裏を牛耳る帝王としての王座に座り続けることになる。

 彼にはその時、「ヴィネガー・ドッピオ」という人間でありたいと思った意識が表面化し、肉体さえも変える事の出来る「二重人格」となっていたので、最小限の人間以外には知られる事も無くなっていた。例え知った人間がいても、確実に第二人格であるドッピオに殺させていたので問題は無かった。

 時は流れ、多くの社会に受け入れられない輩を保護し、時を重ねてようやく組織基盤が完成する。しかし、彼が思った以上にボスという立場から見た景色は甘美だった。悪魔と罵られ、陰鬱な日々を過ごした幼少期とは比べ物にならない程の絶頂の感覚が体を駆け巡っていく。いや、そのような下地があったからこそ、この絶頂は遥かに美しいものだと感じたのだろう。

 故に絶頂は、決して脅かされてはならない。常に現状を維持し続けろと彼の暗い過去が囁きかけてきた。己の声に従ったディアボロはその過去すらバラバラに引き裂いて出生や自分の情報を消すと、「帝王」としてあり続けるために、おぞましい手段を用いた「粛清」を始めた。更なる恐怖によって反逆など起こさせないように。

 

「だが、ギャングとは決して一つの組織だけが突出するべきでは無かったのだ。麻薬チームが暴走を始め、抑圧を跳ね除けた暗殺チームはオレの正体を探り始めた……オレがそのちっぽけな部下の不満を見逃したからこそ、全ては破綻していったのだ……過程を軽視した結果は、決して成功には繋がらないのだと…………」

 

 そうして始まったのが、ジョルノ・ジョバァーナという輝きを先頭に据えた、正体不明であり続けるボスの座を挿げ替えることで、自分がボスとなって真なる裏社会の「浄化」を図ったブチャラティチームの行動だった。

 ディアボロとて表との境界線は弁えている。おおっぴらな事をして世界的な権力にパッショーネを摘発される可能性はあったが、それ以上にボスの座を明け渡すわけにはいかなかった。決して力を借りたくは無い「下衆共」である無差別殺人を楽しむような医者とその部下にまで出撃の命令を下したが、奴らですらジョルノの前では無様に散っていく。まさしくゴミの様に、ゴミ集積車へと詰め込まれて。

 そして……これはまた因果か、エジプトで己が現代初、その価値に気付いたのであろう「スタンドの矢」が目の前に立ちはだかることとなる。己の正体を追っていた人物が生きており、その「矢」を使って「何か分からない」現象を起こしながら最後の戦いが始まった。

 

 戦いは熾烈だった。最初に起こったのは、人格や意識が他人の体へと入り、勝手に動く自分の体を他人の目で見るという不可思議な現象。ここまでよくやってくれた二つ目の人格であるドッピオは、その時に死にかけていた相手の体に移ってしまったことで、肉体と共に死を迎えてしまう。ディアボロもその不可思議な現象をも利用し、娘の体の「第二人格」として矢を一時的に手にすることが出来たが、ディアボロはその戦いを制しきることが出来なかった。

 その失態の結果(・・)は―――言うまでも無く、この場にいるディアボロがその世界からさえもはじき出されるような大敗を喫した、と言う事だ。

 

「これがオレの生きてきた道。パッショーネのボスとして君臨するため、オレはどんなことでもこなせる様になる必要があった。正体不明のボスとして振舞う中で時間が余ったという理由もあったが……ともかく、おまえに淹れた紅茶の技術も身に付けたという事だ」

「………ゴメン、ちょっと待って。色々と想像を遥かに超えてたわ……シエスタは?」

「スタンド使いとかが…その、本当に私が聞いても良かったのかと……ですけど、ディアボロさんは本当に人を…お母さんを殺して…?」

「覚えは無いが、確かにそうしたという自覚はある。その頃から、オレは殺人に何のためらいも無くなっている。今は…ルイズ、おまえの命令さえあればどんなモノでも排除すると考えている」

「重いわね」

「そう、ですね」

 

 シエスタは思う。この壮絶な生き様は、確かにあの決闘の時に感じた重圧感を持つには十分だ。例え先ほどから話に出てくるスタンドとやらが無くても、ディアボロは頂点に立つ者として、頂きに坐す者として「絶頂」の日々を送り続けたのであろう。

 感じていたのは、人として全く正しい「恐怖」だったのだ。だが、やはりシエスタは「運がいい」。彼女はこの時点で、ディアボロから発せられる恐怖と言う物の正体を知った。恐怖を己が物とすることが出来ていたのだ。

 

 ルイズは、思う。

 ディアボロが話す過去は、恐らく彼の手が無意識に握られるほどに話したくない恐怖だったのだろう。確かに、自分も思い出したくも無い過去は持っているともいえるが、彼のソレはいささか異常過ぎる。

 だからこそ、なのだろう。そんな忌むべき過去とやらを打ち明けてくれたこの従者に対して、己の覚悟を再三に告げるのだ。

 

「……まぁ、まだ理解はできないけどアンタの生き様に対して“納得”はできたわ。時には人を罰する立場である貴族の私には人を殺すことは悪い事、なんて言う権利は無い。だけど、ディアボロは私の“通過点”なのは分かったわ」

 

 従者と同等の主はいない。必ず主と言う物は従者より優れており、その命を下すことによって従者に在るべき姿を取らせる存在。もし、主がその時点で間違っていたとしても、そうした「正しい姿」は道を違える前に主従同士で間違いを正すことが出来るだろう。

 

「オレが通過点……成程、奴に似ているおまえならば…このディアボロを越えるやもしれん。だが、オレを越えるという事は即ち帝王を越えるという事だ」

「お山の大将が帝王気取ってても仕方ないでしょうに。ま、何だかんだ言ってアンタも手貸してくれるんでしょ? だったら問題ないわよ」

「わ、わわ…ミス・ヴァリエール…?」

「ふふっ。どうしてそこでアンタが不安そうにするのよ」

 

 とんでもない啖呵を切り、更には越えるべき相手の手を借りると言い放ったルイズに昔の癇癪しか起こせなかった姿は無い。彼女の強迫観念に押し潰されていた本来の性格が押し出され、輝ける道を追いかけようとする彼女は…そう。

 とても爽やかだった(・・・・・・)……。

 

 ディアボロが似ていると言ったのは、やはり彼女とジョルノを重ねたからである。常人には無い、どん底から己の力と同士の手を借りて全員で昇り切るだけの「覚悟」が感じられる。瞳だけではなく、体全体から発せられる覇気は何処までも貪欲なもの。しかし、そこには人の薄汚い「欲望」は見えない。

 ルイズは、気高く飢えていた(・・・・・・・・)のだッ!

 その姿を、ディアボロが見逃すはずがない。まだ何の行動も起こしていないようにも見えるルイズだが、その内面は確実に成長しているのだ。己の決闘の時には全幅の信頼を、言葉を受け取った際には最上の感謝を。その姿は、真に貴き一族。優しさと、「黒」を正面から受け止める姿は例え汚泥にまみれたとして、泥の下から力強く天に向かって伸びる「ハスの花」そのもの。

 釈迦を飾り立てるのではなく、その釈迦と共に在るハスと同じなのだ。

 

「……やっぱり、私は…」

 

 シエスタは、二人の輝きに圧倒された。

 その行動が一般に悪と呼ばれる所業であっても、己が正しいと信じたことの為に突き進み、夜のような漆黒の輝きと共に絶頂を手にし続けていたディアボロ。彼の話を聞いた時は、こんな殺人者の近くにいるなんて、と嫌悪が生じた。

 例えどんなに蔑まれようと、健気に努力を惜しまぬ経験を積み続けた結果を得る事ができ、今も成長の留まる事が無い光の精神を備えたルイズ。彼女の言葉には、その全てを己に刻みつけるような重みがあって、とてもじゃないが矮小な自分には耐えきれないと思った。

 身がすくむ。動悸が激しくなり、自己嫌悪が生じる。貴族の誰をも怒らせることの無い、ただそこにいて当然だと思われる植物の様な生き様を刻んできたシエスタは、これまでをただの幸運の積み重ねで過ごしてきた。己が特別だ、とも思ったことは無い。ただ、何時途切れるとも知れない運が事を上手くまとめてくれただけなのだ。

 

 シエスタという少女は、ただ己の小さな心に後悔を抱く。こんなに壮大で、雄大で、寛容な二人の話は、やはり凡俗に過ぎない自分には効果が強過ぎる薬…毒でしかなかったのだと。

 

「さて…ここまで付き合ってくれたアンタにも感謝しないとね」

「感謝…ですか…?」

 

 しかし、そんな沈んだ気持ちもルイズの言葉で引っ張り上げられた。感謝。貴族から受け取ることになる感謝と言うのは、確かに凄いもの。先ほども何となく、覚悟を決めたように見せかけて受け取っていたが、今度ばかりはルイズの目の輝きが、お辞儀と言う手段で顔を反らすことを許さなかった。

 

「これで、私達は全部打ち明けた仲になった。でも、貴方は本当に自然体でお世辞も無く語ってくれたし、ディアボロの事を心の底から否定しなかったのよ。確かに、私もコイツの過去に関しては思う所があるけど…それでも、主っていう贔屓目も無しにこの場に留まってくれた。別のメイドに押し付ける事も出来たでしょうに……でも、シエスタは戻って来てくれたでしょ?」

「は、はい。ですがソレはご命令だったからで……」

「それは、嘘だな。……貴様の目が、それを物語っている」

 

 え、と小さく声を上げた。だが、どうしようもなくディアボロが指で示した自分の目が気になって、近くのドレッサーにあった鏡で確認する。そこには、納得できるだけの理由がしっかりと存在していた。

 

「寂しそう…ですね」

「それが事実だ。同じ職場で働く者がいたとしても、結局は一人の時は昨日の様な事が起こりかねん。その恐怖に日々怯え続けたお前は…打ち明ける相手もおらず……孤独だったのだ」

「……そうでした。私は、確かに心の底では誰にも打ち明けたりはしなかった。他のメイドの子が貴族様への文句を言っている時に、私は……たった一人で何処にあるとも知れない耳に怯え続けてたんですね………」

 

 明るい仮面の下に、シエスタの本心はあった。

 例え仮面をかぶろうとも、目だけは隠すことが出来ない。それと同じだ。

 

「教えてくださって、誠にありがとうございます。ディアボロさん」

「…やっぱ、観察眼はまだまだ勝てないわね」

「青二才どもめ、経験を積んでから物を言え。貴様らはまだ、等しくこのディアボロの前ではカスに過ぎん」

「ふ、ふふふふ……い、言ってくれるじゃない…やってやるんだから!」

 

 ルイズとシエスタと等しく見下ろしながら、ディアボロはそう語った。

 しかし、ルイズはその言葉に喜びを覚えずにはいられない。青二才と言う事は、まだ自分は未熟であるが成長が可能だという事を暗に語られているようなものだ。流石の彼女も、こんな罵倒を褒め言葉と受け取る日が来るとは思っていなかったのだが。

 だが、成長する枝が突如として先を別れさせて成長するように、ディアボロと出会ってから自分と言う巨大な一つの幹より現れた小さな枝がある。それにこそ、己の心血を注ぐ価値があるのだと、ルイズは信じて疑わない。

 

「…お二人は、本当に仲がよろしいのですね」

「…そう、かもしれん。いや、だがオレもルイズをドッピオと重ねているのかもしれないな。我が生涯に在るべき半身……オレは、心のどこかでそう思っている」

 

 女々しい事だと、そこは己を恥じた。

 「私のドッピオ」はもういないのである。だが、そこにルイズを据え置く事で、彼は何とか他人から注目される現状を凌いで来た。そんな心を見透かしたのか、ルイズは高らかに謳うように、その手を指し伸ばすのだ。

 

「ふーん? ま、それじゃあ私がその位置を成り代わってあげる。ドッピオって言うアンタのもう一つの人格が亡くなったのは……ご愁傷様としか言えないわ。でも、アンタは此処にいるのよ。死んでしまったソイツの分まで、私の使い魔として生きなさい」

「分かっている。分かっているとも……」

 

 目を伏すが、涙は出ない。それほど軽薄な心だったというのも否定しないが、ここで涙を流すことは侮辱に値するのだ。それは、最後まで「ボス」であるディアボロを慕ってくれていたドッピオの心の叫びを戦いのさなか、何処かで感じたからかもしれない。

 あの灯った火が消える感覚と共に、送られた言葉は……決して、無駄にできないのだ。

 私も電話したかったぞ…ドッピオよ。

 

「……私は、厨房の方の手伝いもありますので、しばし失礼させていただきます。またご用がありましたら、夕食を持ってきた際に遠慮なくお申し付けください」

「悪いわね。……そっか、もうそろそろ夕食の時間なのね。それじゃそっちの用事が片付き次第、こっちに持ってきてちょうだい」

「半生を三人が語っていたのだ。相応の時は経っていたか……まぁ、今は夕食を待つか」

「わかりました、失礼いたします」

 

 シエスタが退室して行った後、窓から見える夕焼けに入ろうとしている太陽を見て、ルイズは感慨にふけっていた。短い間に、随分と自分は沢山の「覚悟」を決めてきたものだと思う。それが、実践できるかはまだ分からないが、やはりそんな自信さえもが胸の内から湧き上がって来た。

 

「さてと……次は、スタンドのことについて少し詳しく話してもらえる?」

 

 だが、まずはまだ自分の知らない使い魔の様々なことについて知り、正しく見極めることが必要である。そのためのスタンド講座をディアボロに頼んだのだが、やはりというべきであろうか、彼はルイズの問いに快い返事を返してくれた。

 

「前にも言った様だが、スタンドは本体の精神と、生命エネルギーが実体を成した“像”の事を言う。扱うのは人間故にこのキング・クリムゾンのような人型もあるが、動物や、オレのペットだったカメにもスタンドがあるように、人型でなかったり、像を持たずともスタンドを視認し、なおかつ超常的な能力を扱える生物をスタンド使いと呼ぶ」

「能力は私達の魔法みたいに覚えて使って行くの?」

「いや、スタンドは個人の在り方を突出させたように、能力は極めて尖ったものが多い。使い方次第では万能とも呼べる奴もいるが、基本的には特定の条件下におく事で無敵を発揮し、特定の条件下においては最弱にもなりうる諸刃の剣となるだろう。もう一つの特徴として、スタンドそのものが傷ついた場合は本体も傷つき、本体が腕を失うなどの怪我を負えば、スタンドも該当する部位が無くなる」

「まさしくもう一人の自分……つまり、スタンドさえ見れば相手がどんな様子かってのも分かるのね」

 

 いい所に気付いた、とディアボロは続ける。

 

「釣竿や体内に寄生する程小さな奴らもいる。一見武器に見えない物を持っていたとしても、決闘の時のギャラリーやギーシュと言った普通の人間からは見えない場合はそれがスタンドだという事もあるだろう」

「私の場合は…見分けがつかないわね。あなたのが見えてるんだし。シエスタなら見えて無いみたいだけど……流石に闘うような事態が起こったら、あの子は巻き込めないし」

「そうだな、オレも余計な犠牲は好かん。だがこの世界にオレ以外のスタンド使いがいるとも考えられん……杞憂で済む話だろう」

「そうだったら、見えない味方っていう最強のアドバンテージをとれる訳ね。…そうだ、そのスタンドは“選ばれた人間が得る力”って言ってたけど、さっきの話に出てきた“矢”がそうなの?」

 

 此処に来てルイズの知力が発揮される。先日までの話と、先ほどの話に出てきた僅かなワードから結びつけて「スタンドの矢」はまさしくスタンド発現の為に必要なものではないかと予測を立てていたのだ。

 彼はその問いにそうだ、と答えながら文節の言葉をつけたした。

 

「だが、スタンド使いに選ばれるかどうかは正しく天に任せるしかない。スタンドの矢は……選ばれない人間には死体すら残らない“死”を与える。気易くスタンドを得ようとしたところで、半端な覚悟では自分のスタンドに喰い殺されるだろう。自分の本質を表に実体ある物として現出させるのだ。相応の扱う精神力と理性が無ければ、“本能”を抑え込むことなど出来ようも無い。……まぁ、一部は本能そのものに従っていた事で同調していたがな」

「死ぬ、ねぇ。やっぱり殺伐としてるわ……何で死ぬの?」

「知らん。我がパッショーネに新人が入団する際に、“ポルポ”という男にスタンドが身に付くか、はたまた“信頼”に足る人物かを見極めさせていたが……その大半はただの赤いどろりとした液体になっていたな。残った服が、ソイツのいた最後の証だ」

「……直接見たら、しばらくトマトとかは食べれないかもね」

 

 ポルポのスタンドが「魂」を引きずり出し、その魂に直接矢を指した者は原型のまま死んでいたが、抵抗して肉体を直接矢が貫いた際はやはりトマトペースト状の液体になっていた。だが、やはりディアボロは組織が完成しきる前に何百とその光景を見てきたが、志半ばで倒れるような輩には目もくれなかったのだろう。それだけは言える。

 

「お待たせしました。ミス・ヴァリエール、ディアボロさん。夕食をお持ちしました」

「あら、もうできたの? 入って、シエスタ」

「失礼します」

 

 朝の時のように彼女が部屋に入り、銀色の蓋で伏せられた料理をテーブルの上に置いて行く。全てを並べ終えた後、おすすめはこれですと言ってシエスタは蓋を開けた。

 

「マルトーシェフお勧めの一品。前菜は“モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼ”です。マルトーさんが初めて母親に教えて貰った料理だそうで、自信たっぷりでした。とても美味しそうですよ」

「……なんていうか、タイムリーな話題だったわね」

「…そうかも知れん」

「……?」

 

 料理を前にニコニコと微笑むシエスタに対して、二人はチーズの間に挟まれているトマトに微妙な視線を向ける。そして、どうにもスタンドとそれを結びつけてしまいそうな錯覚にも陥ってしまうが……流石に、料理にスタンド能力が関わっている筈がないだろうと、ディアボロは長年の経験から結論を下した。

 ただ、彼がいる歴史の中で、杜王町という場所に料理人のスタンド使いやエステティシャンのスタンド使いなど、日常に溢れた一般人らしいスタンドを持つ者がいる事を、彼は知らない。

 

 いつもの御祈りを済ませて、二人は夕食を始めたのであった。

 

「あら美味しい。見た目は質素だけど、中々小洒落た味付けね」

「互いが引き出し合っているな……シエスタ、お前も席に座るがいい。流石にこの量は二人では足りんだろう」

「あー…やっぱりマルトーさんの見立ては正しかったんですか…」

「何の話よ?」

「その、“貴族に楯突いて守ってくれたんだ、飯くらい貴族の主人も黙らせて同行させてくれるとも! 我らが担い手によろしく頼むぜ”と……」

「豪気な性格だとは感じていたが……」

「すっかり私がディアボロの抑圧者扱いねぇ。…まぁ、コイツの意見には賛成だし、アンタも加わりなさい。傍で一人だけ立たせるのって何か慣れないわ」

「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

「固いのね…そうでもないと、聞いた限りじゃメイドはやってけないみたいだけど」

 

 シエスタも席に座ったのを見て、ルイズは少し猥談を挟みながら、ディアボロは寡黙に話に反応しながら和やかな時間が始まった。誰一人として血も繋がっていないが、半生を打ち明けた者同士で遠慮の壁も意味を成さない程度には無くなったのだろう。

 まるで家族の様な温かさに包まれながら、三人は幸せな時間を共有するのであった。

 

 

 

 

「謹慎処分一日目。いやはや…とんでもない話を聞いてしまったもんだわい」

 

 遠見の鏡で様子を見ながら、老人は膝に乗せた片耳が欠けた(・・・・・・)ネズミを撫でていた。気持ち良さそうにその大きな手に身をゆだねるネズミに優しい視線を送りながら、それを机の上に在る「書物」のページに目を通す。奇しくも、鏡に映るディアボロの左手に在るものと、ページに描かれたルーンの文字は一致していた。それは何度見ても変わることは無い。

 

「ガンダールヴと、スタンド……片や伝説に伝えられし万の武器を使いこなす与えられた力と、己の力をその身より引き出す虚像にして実像也。厄介じゃのう……裏組織のリーダーで、殺人も厭わぬ性格とは思っておったが……ミスタ・コルベールめ、まだまだ上っ面しか見えておらんかったか」

 

 ルイズの全ての命に従う。そう言った時の彼の瞳を覗きこんだとき、老人は目の前に巨大な闇が現れ、己が呑みこまれていく姿を幻視した。漆黒に染まった、最早何色にも変われぬ決意が彼の胸にはある。不幸中の幸いと言うべきか、ギーシュ・ド・グラモンの例もあって、それは主であるルイズが敵と定めた者にしか矛先は向けられないようだが…捨て置くには、子供達に悪影響を与える可能性もある。

 だからと言って、彼を排除する事も躊躇われた。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。この少女の心の闇を取り払う事が出来たのは、自分自身の成功の証である彼だけであり、この一年間を覆すほどに彼女を急成長させてくれたのは他ならぬディアボロであったからだ。

 

「さて、情報の隠匿に流出を防ぐための書類づくり、更には公爵家への誤魔化しの文をしたためねばならんとは……のう、モートソグニルや。この枯れた老人にはいささか酷な仕事とは思わんかね」

「………ギ、チチチ」

「うむっ!? 笑いおったなこ奴! ええい、ミス・ヴァリエールの使い魔はあれほど利口だというのに、このネズミめ――――って、ありゃ。チョイと見せなさい」

 

 チョイチョイと手招きした老人――オールド・オスマンに使い魔のモートソグニルは腹の辺りを見せると、彼が渋い顔をしているのが分かった。この顔は、恐らくいつものアレだろう。モートソグニルはオスマンの顔を見て思っていた。

 

「ありゃ、やっぱり塗装(・・)が落ちとるわい。また白く塗りなおさねばならんか……やれやれ…面を立てる(・・・・・)ことも面倒(・・)じゃ。なんつって…………はぁ、アホなことやっとらんと…さて、染髪の魔法薬はどこへやったか……」

 

 モートソグニルの腹から覗いていた「こげ茶色」の体毛に、オスマンは首を振った。

 オスマンは貴族院の学院長である故、その実力も申し分ないと言われている。だが、彼とて立てる評判も気にしなければならない身であるが故に「ドブネズミ」が使い魔である事は隠さなければならなかった。

 伝統などを最重要視するトリステインの貴族として、王宮に睨まれないための措置であるが故に、モートソグニルは「ハツカネズミの様な白色」に染められていたのだ。

 唯一つ、黒真珠の様な目を残して、という欠陥は残っているが。

 

 誰も気づかなくとも、時は満ちた。

 この瞬間、運命は交差していたのだ。




ダブルミーニングのつもりです。どこがって話ですけど。

※)今回、運営からアンケートの実施が【規約違反】との事で一時凍結を頂いてしまいました。
  我ら一同心を入れ替え、今後このような事態に陥らないよう、細心の注意を払って書かせていただきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。