幸せな過程   作:幻想の投影物

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性格改変があるのはご了承ください。
なるべく、全員がかっこいい作品を目指していきたいと思います。


真実への到達

 人間とは終わりを以って完結する生物である。

 何かしらの終わりによって充足を感じ、その過程で経験した苦しみや疲労の全ては終わりの時に幸せや達成感と言った高揚の感情と共に完結する。それは死に向かう一方的な「命」を持つ生物として、その中でも知能を持った全生物の中でも最も顕著に表れる特徴ともとることが出来る。

 その中には過程を無くして結果のみを追い求める人物もいる。そう言った人物は己から行動をしようとせず、ただ夢物語を頭に思い浮かべて満足する愚かな人間ばかりだと、そう言う見方も出来るだろう。

 しかし、もし行動を良しとして過程をいらない物として斬り捨てる人物がいたとしたらどうだろう? 頂点として「絶頂」の時を追い求め続け、それへ至るために「過程を吹き飛ばす」。何とも矛盾した例と言うのは理解しているが、それを成し遂げてしまった人間と言うのもやはり存在するのだ。

 

 その名はディアボロ。悪魔の名を冠するギャングの絶頂(ボス)…だった。

 

 そんな彼も、ずっと後回しにしていた過程のツケが回されてきたのだろうか。はたまたそのツケが乗算と円環を繰り返して無限を手にしてしまったというのか、ともかく、このディアボロと言う男は己が絶頂を追い求めるために斬り捨ててきた全ての物に報いを受けるが如く、正しく「死に続ける」こととなった。

 

 だが、決してディアボロという男に真実と言う「到達点(ゼロ)」が訪れる事は無い。

 0.00000000……000001()と言った様に、決して彼が到達する事は許されていなかった。彼が死に続ける「過程」の中で、いっそ殺してくれと懇願する事もあった。正しくそれは直後にかなえられ、彼は死の直前で万全の状態に戻されて再び死を経験する。しかし、絶対に彼の死亡と言う「ゼロ」に到達する事は無い。

 死なせてくれと、懇願する事が多かった。だが鎮魂歌(レクイエム)は死者へと送る魂を癒す歌。生きる彼への懇願は決して受け入れず、死の安らぎを与えようと延々と彼に死んだ生を与えようと運命の歯車を回し続ける。

 いっそ狂いたいと、正常な思考を保たされる彼は思った。先ほどの「人は完結を追い求める生き物」という定義にあてはめるとするなら、彼は本当の終局。死と言う己の終焉によって死に続けるという過程を無かったことにしたかったのだ。だが、それは彼の人生を否定するある黄金の精神を持った若者の巻き起こした風によって、彼自身を再び否定されることとなる。

 

 ディアボロは死の淵へと近づきつつも、次の瞬間には再び生の謳歌を味わされる。そんな中で、彼は一種の悟りとしての答えを導き出した。

 

 ―――これは罪だ。これは罰だ。ならば己は、この罰と己の人生を「認める」べきなのではないだろうか?

 

 思えば、この「王なる深紅」を共にしてからの日々、己の中で過ごしていた「ドッピオ」という半身を偽りの仮面として遣い続け、パッショーネという巨大なギャングのボスと君臨し続ける中で身分を隠し続け、己と言う存在が決して誰にも「認識されない」ようにするため、己の手で己の歴史を消し去ってきた。

 しかし、今こうして永遠と言う牢獄に囚われた今、それがどれだけ哀しい事だったかが分かる。命とは巡るための物であり、人ならざる者の手によって白紙へ戻されるまでは決して己を消してはいけない。己の歩いた轍を辿る者がおり、己の過去を振り返る事で自ずと絶頂の時へ歩むことが出来るための布石ともなるのだから。

 

 現に、数多の自分の命が失われる感覚を経験した中で、その死に際の瞬間は決して色あせることなく頭にこびりついている。その中で己は死を嘆くばかりだったが、死に際に直面したシチュエーションはどうだっただろう?

 

 自動車に轢かれた。

 ―――エピタフで飲酒の運転手が追突する「未来」が見えていたが、それを己が防ぐ形となっていたのではなかったか。

 

 肝臓を抜かれた。

 ―――名も知らぬ誰かのドナーとして役に立てた。あの時の医者は健康な臓器だと褒めていたが、その声は誰かの命を助けられると、喜色に染まってはいなかったか。

 

 飛び降り自殺現場の真下で潰された。

 ―――飛び降りた人間は奇跡的に助かり、近くの野次馬が呼んだ救急車でその人の命は助けられると、意識が落ちる直前に聞きとれた。

 

 まだまだ多くの例があるが、自分はその中で何を思った?

 最初は、自分の境遇に嘆いていた。

 途中から、少し周りに目を向けるようになった。

 今に至るくらいには、助けられたのか? と疑問に思うようになった。

 現在は、良かった。この四文字が頭に浮かんでくる。

 

「……ぐ、今度は…?」

 

 そして、また俺はどこかに放り出される。

 そこは戦場だった。誰もが命を失う戦場。

 己が力――傍に立つ者(スタンド)は、時の力を封じられても未来は見える。

 

「…エピタフ」

 

 だから、鎮魂歌がこの身に祝福と制約を与える前に「悲劇の未来」を探さなければならない。己がそこに割り込む事で、助かる命が在るのなら、救える意志が在るのなら。罪に濡れた己の身を差し出すだけでいいのなら、俺は「俺」を保つために喜んでこの身を差し出そう。

 決して、終焉(ゼロ)が訪れることがないというのなら。俺に出来ることがそれだけならば、俺は流される形になろうと、それでも俺自身の意志で…!

 

 そして見えた。これより十二メートル、三時の方向。銃弾を受けて倒れる兵士。倒れた時の指が引き金を引いてしまい、巻き散らかされた弾丸が仲間の小隊を襲う光景。その直前、自分が割り込むことで死ぬ未来が。

 エピタフの予言は覆らない。だが、その未来は最終的に己を必ず導いてくれる。

 

 嗚呼、この身は既に死に続ける。ならば―――自らの意志で死に飛び込むのみ。

 

「キング――――」

 

 故に呼ぶ。己が傍に在るべき姿見(ヴィジョン)を。

 この身と共に運命へ抗うため、手を貸し立ち向かう者(スタンド)を!

 

「クリムゾン!!」

 

 思い出せ、パッショーネを作り上げた理念は何だった? 絶頂に至る事か? 違う。裏社会を浄化し、己が頂点へ君臨する事で裏社会を表で生きられぬようになった者の受け皿とするための物だったろう?

 褒められた仕事ではない事は知っている。そして、そのためには何人もの部下を騙し、殺してきた事を覚えている。だが、いつしかその理念を忘れて麻薬を広めさせることになってしまったのは―――何故だったか。

 分からない。覚えていない。それでもこうなってしまった今だからこそ言える。

 

 かつての情熱をこの胸に。

 

 届かせろ、紅の王よ。たった一つ、この身を決死として挑むだけでエピタフの予知を曲げられる。自分で見た未来だからこそ、この手で、その能力で「吹き飛ばす」事が出来たではないか。

 ならば、今は行動範囲の括りを吹き飛ばしてしまえ。そして、その兵士を救え――!

 

「な、貴様何者――!?」

「キング・クリムゾン!」

 

 その男の目の前にスタンドを割り込ませ、直後に飛んできた銃弾の壁とする。

 

 此処で一つ、語らせてもらうとするならば―――なるほど、確かにスタンドは物理的なものに干渉できないし干渉される事は無い。だが、思い出してほしい。グイード・ミスタのスタンドがただの銃弾を蹴り飛ばせるように、その全ては使用者の「強固な意志」にて決定されるということを!

 

 ディアボロのスタンドはただただ己の本体の意志に従い、常人には見えぬ肉の盾となってその場に降り立った。それは、限界を超えた射程距離の外。恐らくはこれ一回限りの奇跡なのだろうが、ディアボロにとってはそれで十分。

 

 キング・クリムゾンがその胸に銃弾を受け、ディアボロの胸にも風穴が開く。

 

「…アンタ、俺をかばって?」

「………」

 

 気管と声帯をやられたらしい。声は出ないが、兵士の訳が分からない、と言った風な顔に対してディアボロは口の端を歪ませる事でその場に崩れ落ちた。心臓の辺りも見事にやられているらしく、彼はただ訪れる次の終わりに対して久しく使われていない表情筋に命令を出し、にこやかな笑みを浮かべた。

 先ほどの兵士が小隊の連中に自分を助けてもらうように頼んでいるようだが、絶対に不可能だろう。重要な器官をサッカーのゴールネットかと言うほどに穴をあけられているのだ。ここで助かるならば、それはこのレクイエムの終焉に他ならない。

 

 己は許されてはならないのだ。だから、これで良い。

 

 ディアボロは、知らずに内心で大笑いを繰り広げていた。

 こうまで己が変質するとは、という過去の自分とこれで良いではないか、という今の自分。まるで失った半身ドッピオの代わりにディアボロそのものが二面化したのではないかと思われるほど、まったく違う自分が顔を覗かせて心で笑っている。

 

 そう言えば。ふと、彼は思った。

 今まで己は真実に到達する事が出来なかった。全てをありのままに受け入れ、この体は全く動かすことが出来なかった筈。例えるならば、リフティングの際にボールを蹴る位置に足を動かそうと思ったのに、実際はさほど足が上がっておらずにボールを取り落としてしまうと言ったようなものだ。

 だが、己はあの時、確かに自分の意志でスタンドを操り、この体を動かし、声を発する事が出来ていた。それはつまり―――レクイエムの影響が無くなっているのではないか?

 

 そこまで考えて、彼の意志は暗き闇の中へと落ちた。

 

 

 さて、確かに彼は真実や終焉といったゼロに辿り着く事は無い。

 しかし、しかしである。

 もし彼の傍に、「ゼロ」となる人物がいるとしたら――?

 

 

 これは、そんな御伽噺。

 

 

 

 

 遥か、地球とはまったく違う惑星、時間軸、世界に位置する大地が在った。

 始祖ブリミル。魔法をこの世にもたらし、魔法を使える者達やそうでない物にも唯一神として信仰される実在したものを祭り上げ、六千年もの間決して変わることのない魔法至上主義の歴史を紡いできたこの地には、「奇妙なこと」が起きていた。

 

「我が使い魔を、召喚せよ!」

 

 風が吹き荒れ、大地を揺るがす衝撃が作り出される。

 この魔法至上主義の中、魔法を扱い経済の為にその能力を惜しみなく使い、戦争の度に人を容易く殺せるその御業を以って絶対の権力を誇った「貴族」と呼ばれる者たちがいる。そして、魔法を使える者をメイジとも言うが、これは貴族の前提条件に過ぎない。

 

 貴族として生まれたからには魔法を扱えて当たり前。

 

 しかし、その中でただ一人「ゼロ」と呼ばれる二つ名を持った少女がいた。

 彼女は魔法の全てを爆発と言う「結果」に集結させ、望んだ魔法を欠片たりとも扱う事が出来ない。その事は周囲との大きな隔たりを生み、時には身分が低い筈の「平民」と呼ばれる魔法を使えない人間達にさえ陰ながら笑いものにされていた。

 その言葉が、彼女の耳に入っている事すら気付かず。

 

「ハァッ、ハァッ…! み、ミスタ・コルベール…!」

「……分かりました。ミス・ヴァリエール、貴方も限界でしょう。後一度だけ、“サモン・サーヴァント”を許可します」

「あ、ありがとうございます!」

 

 嬉しそうな笑みを見せた少女は、温和に見える壮年の教師に向かって礼を言う。しかしその内心ではこれが本当の最期であると、「覚悟」を決めて呪文(スペル)を唱えて行く。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

 己が名をその場に誇示。

 そして誇りとするヴァリエールの人間だという事を胸の内に、これが最後だと何度も心で言い聞かせながら一言一句間違えないように精神力を滾らせていく。身の内で高められた魔力は彼女の杖へと巡り、循環する魔素の流れが彼女の意志に応えるがため、魔法としての形を作り出して行く。

 

「五つの力を司るペンタゴン」

 

 思えば、周りには囃し立てるクラスメイトも、家の恋愛問題としても宿敵のツェルプストーも、ずっと自分を見守っててくれるコルベール先生以外には誰一人として存在しない。

 一回目はいつもみたいに馬鹿にされた。

 五回目からはバテ始めた自分に心底失望した声が聞こえた。

 十回目ともなれば誰もが爆音や爆破熱に訴えを口々に、学院へと戻って行った。

 

 そして、最早数える事すら忘れた今。最期と告げられた私は生涯忘れられぬ程の集中をしているのだろう。こうして馬鹿な事を考える半面、意識の別側ではただ召喚のことしか考えていない思考も存在する。二つに分けられた思考を同時に認識するなど、どれだけの執念があればこうなるのやら。

 自嘲を零し、残った自信だけを胸に呪文を紡いでいく。

 

「我の運命に従いし、“使い魔”を召喚せよ!」

 

 杖を振り下ろし―――爆発が巻き起こった。

 最後の一手。最後に至るためのゼロカウント。そう言った要因が組み合わさった結果なのか? それは誰にも分からない。そして彼女の様子を見ていた教師、コルベールは再び爆発が巻き起こり、サモン・サーヴァントの使い魔が潜り抜けるための銀色の鏡が現れなかった事でかぶりを振って目を伏せた。

 

(駄目だったのか、嗚呼、ブリミルよ。なぜ彼女にだけこのような試練を与えたのか。私は貴方を恨みましょうぞ。もはや死に絶え、この世界にはおらぬ人の子よ―――)

 

 コルベールは教皇が聞けば怒り狂いそうな反逆の徒として扱われる言葉を吐き、忌々しげに天を仰いだ。しかし、様子が変だ。先ほどまでのミス・ヴァリエールならば何かのリアクションを起こしてもおかしくは無い筈。

 爆風と煙で姿の見えない彼女がまったく行動を起こさないことを不審に思いつつ、彼は声をかけようとして、

 

「ミスタ・コルベール……見て下さい」

 

 信じられない、との感情が込められた言葉を耳にした。

 彼女の指をさす方を見てみれば、そこには確かに彼女の呼び声に応えたのであろう「生物」がいた。しかし、それはただの使い魔では無い。

 

「……人間? それに、この髪の色は」

「私の親族ではない、とも言い切れませんが……この格好、やはり平民なのでしょうか」

「分かりません。ですが、貴方が召喚した使い魔である事は“真実”です。ようやく辿り着きましたね、ミス・ヴァリエール」

 

 そう。例え召喚したのがこのヴァリエールに連なる桃色の頭髪を持った人間だったとして、それが使い魔であるという事には変わりがない。知らず、コルベールの瞳からは一筋の涙が流れていた。

 その直後、異変が起きるとも知らずに。

 

 ―――到達シテシマッタカ。ナラバ、モウワタシカラ出来ルコトハ無イ。

 

 どこからか響く無機質な、それでいて何かの感情を感じさせる声。それは、召喚主のルイズと名乗った少女と、教師コルベールの二人の耳に聞こえてきた。いや、正確にいえば感じていたと言った方が正しいか。

 その声がしたのは目の前の男なのかとルイズは目を向けるが、以前として彼は倒れたままだった。気絶しているようで、卵を産む最中のウミガメよりもじっと身動き一つしていないように見える。

 一体何だったのだろうかと首をかしげるが、幻聴ならばその方がいいと、関わらない方向に二人の意見は一致していた。

 

「ミス、私がレビテーションで彼を君の部屋まで運びましょう。目を覚ましたら、存分に語り合って事情を聞いておいてください。コントラクト・サーヴァントの報告などもそれからで構いませんぞ」

「お心遣いに感謝します、ミスタ・コルベール」

「誰が何と言おうと、彼はミス・ヴァリエールが召喚した使い魔です。友好な関係を築ける事を祈らせていただきます」

 

 その言葉にはうるっと目頭が熱くなったが、何とかしてこらえた。

 しかし、まったくもって、まったくもって不可思議で奇妙なことが起こっているのだという事も何故か実感できる。ルイズはこの尊い桃の髪色を持った人物を不審そうに見つめながら、そう思うのであった。

 

 

 

 ルイズは溜息をついた。

 一応、髪色から判断して高貴な身分である事を疑いつつ、一つしかないベッドを占有させる。それは良いが、もし平民でしか無かったら蹴っ飛ばしてやる。そんな事も思う。

 そして何より、召喚したはいいがまだ使い魔契約をしていないことが悔やまれる。この男はマントをつけていないから平民だ、とも言い切れない「凄味」を眠っている今でも発しており、何か自分の意志を寄せ付けないかの如き意志をも感じられる。眠っているのに意志を感じるとは、ど~にも妙な話であるとは自覚しているが。

 

「早く、起きなさいよッ……」

 

 あーもう、という呟きと共に拳が振り下ろされ、ベッドを殴打する筈のそれは寝ている男の鳩尾に綺麗に吸い込まれていく。あ、と気付いた時には自分の華奢な手は男の肉体に接触しており、想像以上に鍛えられている固い感触は手酷い反動を手に返してきた。

 

「痛たた……」

「…ぐ、ぅ」

 

 掌がしっぺでも受けたような痛みに悶えていると、先ほどの衝撃がきっかけとなったのか、桃色の紙に緑の苔が付いたような奇妙の見た目の男が目を覚ましていたのだ。ルイズは焦る気持ちと、その正体を確かめんとする好奇心に突き動かされて行動を取ろうとして―――

 

「ハァッ!」

「え」

 

 突如として飛び起き、部屋の隅で臨戦態勢を整えた人物に対処しきれなかった。

 呆然としたせいか、杖を取り落としてしまうという失態さえ犯し、この明らかに「ヤル気」に満ち溢れた人間への対抗策(と言っても失敗魔法の爆発のみ)を取る事すら困難となってしまったのだ。

 ルイズはそこで、彼の体が恐ろしく鍛えられている事を思い出す。杖を持っていない自分が動くより、あちらの方が早いのではないか。そんな考えが冷や汗をかかせ、鼓動の速度を速める。今なら吊り橋効果も簡単じゃないのか、という冗談めいた思いが頭をよぎった瞬間、目の前の男は、どこか呆気にとられたかのような表情をしていることに気付いた。

 

「……お前は」

「あ、アンタ何するのよ! これからの御主人に向かってその態度は!」

 

 反射的に言ってから、ルイズはしまった、と内心で焦りを生じさせた。

 先ほど「危険」という判断を下したにもかかわらず、杖を拾う事も無く身分を確かめるような会話も無く、見ず知らずの戦える人間に向かって挑発に等しい言葉を投げかけてしまったのだ。

 すわ、一大事か。ルイズは聡明ながらも性格に難在り。一番自覚している失態を教訓に、生き残れたらこれから気をつけようと、思ったところで、相手が戦意を発する事も無くなった事に気付く。戦闘に当たってはズブの素人のルイズなのだが、生憎と「ゼロ」の二つ名を賜り続けたおかげで敵意や悪意と言ったものには敏感になっていたようだ。

 しかし、次にディアボロが発した言葉によって再び場の空気は一変する。

 

「……殺さないのか」

「は、へ…? こ、殺すってそんな。確かにサモン・サーヴァントの使い魔は一度術者か対象が死なないと次は使えないけど……」

「サモン・サーヴァント? それが、お前のスタンド名なのか?」

「スタンド? そっちじゃ魔法をそう呼んでいるの?」

 

 そして新たな沈黙が訪れる。

 数十秒に渡る視線の交わし合いと、ギャング組織のボスとなれる知識量を持ったディアボロと、座学はトップを占める最高峰の知識を持ち合せるルイズの思考に整理がついた時、ようやく両者の見解に相違があると気付く事になった。

 まずはディアボロが動き、敵意が無い事を表す為に無防備に両掌を見せた状態でルイズの近くに歩み寄り、その地面に腰を下ろした。椅子に座っていたルイズは、自然と彼を見下ろす形になるが、こうした相手に対して当たり前の様に視線を譲る行動は、そう言った身分の相手と長い間付き合ってきた証拠ではないのだろうかと新たに思う。

 

「まずは私から言わせてもらうわね。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。誇り高きトリステイン王国の貴族、ヴァリエール公爵家の三女よ」

 

 自己紹介から始めようと、ルイズが率先して言葉を発する。ディアボロもその意思をくみ取り、相手が言ったことが狂言や妄想の類では無い事を立ち振る舞いや言葉の調子から読み取って此方も対等な関係として自己の紹介をした。

 

「オレは…ディアボロ。かつてイタリアのとある組織を率いていた身の上だ」

 

 ルイズはディアボロから漂う雰囲気が只者ではない事を、その一言で納得した。

 一方、そうして本名を語る彼は、最早自分の秘匿を投げ捨てたものだった。

 あの永遠の鎮魂歌を持つスタンド「ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム」を発現させた少年、ジョルノ・ジョバーナに敗れ去り、真実への到達を良しとされなくなった彼にとって、自分の身ほど無価値で殺され続ける物は無い。故に、後悔も無い。誰に己が知られようとも結局己の事はあの「反逆者」以外は世界の誰も知らず、何処で名乗ったとしても結局は殺され続けて最初からいないものとして扱われるのだろうから。

 

「えっと、状況説明から始めた方がいいのかしら」

「是非そうしてくれ」

 

 ディアボロの簡潔な物言いに、ルイズも本当に未知の領域に踏み言った人物の様だと評価を下すと、昼ごろの使い魔召喚の儀式が自分の進級を決める最重要課題である事。そして召喚されたのが普通の幻獣では無くディアボロだった事。使い魔と召喚されたディアボロには悪いが、これからの一生を自分の為に費やしてもらう事になるのだとも。

 そうした説明が終わった後、ルイズはディアボロの発言にまたもや驚かされることになった。

 

「昼から、だと? 今は太陽が沈みかけているようだが…本当に、その間この身には何事も無かったのか」

「え、ええ。強いて言うならコルベール先生が“レビテーション”の魔法でアンタをここまで浮かして連れてきた位よ。先生もメイジとしての腕は達者だから、途中で取り落としたり、どこかにぶつけるような事もしなかったわ」

「……そうか。オレは、死ぬような事態には巻き込まれなかったか。……すまない、ああ、ヴァリエール、だったか」

「…せめてミス、とか敬って欲しいのだけど」

「そうか。ならばミス・ヴァリエール。少し考える時間をくれ。整理をつけたい」

「それもそうね。落ちついたら、ちゃんと説明してくれるかしら」

「ああ」

 

 短く答えた後、ディアボロは思考の海へと没頭する。

 この目の前の少女が言うには、ファンタジーにでも存在する魔法とやらが当たり前のように発展していて、この古めかしい石造りの部屋を見る限りは科学分野の代わりに魔法が広められているとも考えられるだろう。

 スタンドなどと言う超常現象が存在し、事実、そのスタンドで魔法よりも惨たらしい目に会ってきたのだ。空間を越え、時間を越え、命を越え、最終的には自分の身は世界をも超えてしまったのだと考えれば納得は行く。

 中でも特筆してここが異世界だと思えたのは、夕焼けから薄らと見えてきた赤と青の双月だ。赤い色の月を見た時はそう言う日が特別な魔法召喚の「条件」とでも思っていたが、良く見るとその隣にはどうやっているのか、青々と輝く二つ目の月が空に浮かんでいる。地球では有り得ない天体そのものの違いで観察してみると、北斗七星さえ見当たらないのだ。

 

「…成程、な」

「納得できた?」

「ああ。突拍子もない事になるのだろうがな。とりあえずは、礼を言わねばなるまい」

「お礼? アンタ、何処かのボスだったんでしょう。私が召喚したことが益になるとは思えないけど」

「いや、君のおかげで地獄から抜け出すことが出来たのだ。永遠の死と痛みを伴う無限の空間から」

「永遠って…」

「運命や定められた未来と言った“引力”を信じる気は無かったが、どうやらオレを召喚したミス・ヴァリエールには全てを話しておいた方がよさそうだ」

 

 言って、ディアボロは真剣な瞳でルイズと目を合わせた。

 これがただの平民に当たる、何の力も権力もない人物だったとしたらルイズは癇癪を起こし、貴族社会として当然の「貴族と平民が対等に語るのはありえない」とでも言っていただろう。だが、自己紹介の際にディアボロも相当な権力を持っていた事を認識しており、かつ彼の発する異様なまでの「凄味」はディアボロを巨大な人物として見せるには十分であった。

 あれほどの地獄を繰り返しつつ、その中で一度は手にした強大な精神を見失う事は無かった男、ディアボロ。地獄の中で「死なない現在」という光を見つけた彼は、かつてイタリアでの矢を巡る決戦の時に匹敵する程の意志を取り戻していた。

 

「まず、ここはオレの世界では無い。いや、惑星が違うだけで人間が生きることに十分な条件を持った宇宙のどこかに在る星なのかもしれんがな」

「惑星? それに世界が違うってどう言う事よ」

「第一に、あの月をどう見る?」

「どう見るって……」

 

 ディアボロに言われ、空に浮かぶ月を凝視するルイズ。しかしそこには、依然として浮かび続ける双月が大地を見下ろしているのみである。

 

「いつも通りだけど。これがどうしたのよ」

「そこに認識の違いが在るのだ。このオレがいた世界では月と呼ばれるものはたったの一つしかなかった。色も白かそれに近い黄色、場合によって赤く見えているだけで一つと言う事実は決して変わらん」

「……それって」

 

 ありふれた日常と常識の中で、決定的に違う点をディアボロは力説する。決して狂った人物では有り得ない程冷静で、淡々と己の知っている「真実」を嘘をつかれた仲間に優しく説く様な物言いがルイズの反論を許さない。

 

「そしてこちらの世界では魔法と言うのは御伽噺や架空の物語でしか存在しなかった。それ以外はこの世に存在する法則を解き明かし、人の手でそれを補えるように発明を続けて生まれた“科学”が此方で言う魔法の代わり、になるのだろう」

「つまり、其方には平民しかいないってこと?」

「平民の定義が、魔法が使えない人物を指すのならな」

「中々、面白いわね。有り得ないって叫びたいけど、アンタの口調だと想像は出来なくても確かに“在る”んだって信じれそうだわ」

 

 自分でも驚くほど、すんなりとルイズはディアボロの言葉を呑み込んでいた。それが召喚した物が語っていたからか、彼自身が発している圧倒的なまでの自信に満ち溢れているかは分からなかったが。

 そしてルイズは決して愚者では無い。ただ、これはディアボロが身の上を語る前置きに過ぎないのだとも理解しており、それを聞く為の問いを、彼女は用意する。

 

「それで、アンタは私に喚ばれるまでどうなって(・・・・・)いたのかしら」

「……先ほどの言葉の通り、オレは決して死にきれない死を何度も“体験”させられていた。自分の体は思うように動かせず、思考だけが先回りして決して真実に到達する事の無い地獄にな。この体が死ぬ感覚に襲われれば、苦痛と死に行く喪失感が最後まで浸食する前に僅かな生と言う希望に踊らされる。そんな、“法則を無視した”体験をさせられていた」

 

 想像以上の答えにルイズは絶句したが、最後の言葉は誘導するための言葉だと気付き、この空気にはこれ以上触れたくは無いと思ってすぐに飛びついた。

 

「法則を無視、それはつまり、そっちが言う“カガク”を越えた何かってこと?」

「そうだ。選ばれた人間の精神力と生命エネルギーが実体(ヴィジョン)となって現れ、常に傍に立ち、時にはその自身の力として立ち向かう者―――スタンド、と呼ばれる力が在った。そして、そのスタンドを扱う人間をスタンド使いと呼んでいた」

 

 本来ならば表に出すことは決してない、超常現象を可能とする不可思議な存在。ただの一点に特化されたスタンドは全て戦闘の為に傍らに立ち、御伽噺ですら思いつかない不可解な現象ばかりを引き起こす。

 そう、決して人に話すことはできない裏の話でも最重要機密(トップシークレット)のそれを、ディアボロはただ己を召喚し、死亡体験の輪廻から解き放った少女へと、その恩に報いる一環として話したのだ。

 

「そして、とあるスタンド能力で今言った地獄に囚われていたオレを、ミスが呼びだし真実を手にすることを許してくれた。罪に濡れたこの身ではあるが、今はただこの恩に報いたいと思っている」

「…随分と長い前置きだったわね。それじゃ確認よ」

 

 ルイズは決してうろたえない(・・・・・・)

 この使い魔候補の壮絶な半生を聞いて、ゼロと蔑まされた自分と重ねてしまったことは認めよう。その質は違えど多大な重さの不幸を背負った者同士、親近感が湧いてしまったことも認めよう。

 だが、己がうろたえる事だけは許可しない! 私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。誇り高きトリステインの貴族が一人にして、この男が頭を垂れるに相応しき主である! この強大な力を持つスタンドを語る男を、ディアボロと名乗る強き意志を持つ人間を跪かせることで決して弱みを見せてはいけないのだ!

 

 何故こうまでして異世界の人間、此方で言えば何の権力も無い平民と等しき人物に対して「敬意を払う」ような真似をするのかは分からない。だが、自分の中に在る何かが、決してこの場で気圧されてはならないと叫んでいる!

 己に従い、己が正しいと信じてこの男を導く先に連れて行く。ルイズは確信したのだ。

 

「この私に仕え、生涯を使い魔として異世界で過ごすことに異論はある?」

「無い。我が身を救った恩師の傍に立ちつづけよう」

「屈する事は無いと誓える? 胸を張って、私の使い魔だと叫ぶことに抵抗は?」

「誓おう。一度は君臨した者として、上に立つお前に言葉も送ろう」

「言って、名前を」

「オレは、ディアボロ」

 

 それは王と騎士の誓いの如く。現代の地球では廃れ、何処の国でも古臭いと笑って吐き捨てるような、気にも留めない抜け落ちた髪の毛のような儀式。

 ただ、この場においては、もっとも輝ける瞬間だった。

 

「ディアボロ。我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

 誇り高き名前を、もう一度彼の為に唱えた。

 

「五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え―――」

 

 彼の為に。このゼロの身を敬い、ただの一度も成功したこの無い力によって呼び出すことが出来た、彼への最大の感謝を込めて祝福を与えたいと思った。

 ルイズは決して貴族の名を語る、腐り堕ちた力だけを奢る人物では無いのだ。

 ならば、己に全てを捧げると誓ってくれたこの男に、私も対等に応えるのみ。

 

「我の使い魔となせ」

 

 彼に近づき、顔を上げさせる。瞳の奥に眠る、邪悪とも正義ともつかぬ強大な意志の奔流を全身で受け止めつつ、ディアボロの唇に己が祝福を与えるのだった。

 

「……」

「使い魔のルーンが刻まれているわ。少しだけ、辛抱して」

 

 唇を放し、数秒もしないうちに訪れた左手の甲の焼けつく様な痛みに、ディアボロは耐えきれない物でもないと表情は平静に保ったまま、ただ主となりうる人物を前にして痛みを抑え込んだ。

 優しく、確かな命令を下す口調となったルイズは刻まれたルーンを見て、人生二度目の成功に涙を流しそうになったが、それは今では無いのだと熱くなった目頭を意志の力で抑え込んだ。

 無事にディアボロの左手にルーンが刻まれた後、ルイズはここまで持たせた神経が一気に切れたように、酷い脱力感に襲われる。突如としてフラフラとした頼りない足取りになった彼女を見かねたディアボロはルイズの肩を持つと、ベッドに寝かせるように体勢を整えさせた。

 

「さっそく使い魔として動いてくれて何よりだわ……」

「今は眠れ。オレはどこにもいかない。俺は、お前が呼んだからこそ此処にいる」

「分かってるってば。でも、やっぱり眠いわ…」

 

 こらえきれない眠気に従い、おやすみ、とルイズは死神もいない夢の世界に、幸せの絶頂のままに旅立った。見届けたディアボロは、もしトリッシュと平穏に暮らしていれば、こんな光景が毎日見られたのだろうかと想像して―――取りやめた。

 

「…………」

 

 永遠を抜けだした時、気絶している筈の自分は確かに「最早力が及ぶ事は無い」という忘れたくとも忘れられない「ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム」の声を聞き届けた。それはつまり、この少女こそが己が到達するべき「真実」であるという事を示唆してしたのではないだろうか。

 

 今の彼は知る由も無いが、彼女がゼロという蔑みを言われている事を聞いた時、この想像を確信へと変えたのだという。だが、やはりこの時は―――ただ、ルイズと言う少女に感謝の念を捧げるのだった。

 




もはや性格が違う、という点については少しずつ、日常パートで元に戻っていくディアボロをお楽しみください。というか、何故かあの世界のギャング連中は敵味方問わずに義理堅いイメージがあるのは私達だけなのでしょうか。

6/13 編集 俺→オレ

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