この手を伸ばせば   作:まるね子

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武らしさや夕呼らしさが出せていると、いいな……(自分では判断がつかない


第五話「戦術機、来る」

 戦術機のガイダンスを終え、分厚いマニュアルを渡された悠平は日課である専用の資料室へ足を運ぶ途中、3月も終わりに近づいている現在でも夕呼が副指令として横浜基地に在籍していることに、今更ながら疑問を抱いた。

 一度気になり始めると理由がわからない以上、何か良くないことが起こっているのではないかと不安になってくる。それもあの夕呼が相手となればなおさらだろう。

「……ユーヘー、どうしたんですか?」

 悠平の手を握って離そうとしないネージュがやや心配そうに訊ねてきていた。いつの間にか足を止めていた悠平は、先に夕呼の所に寄ることをネージュに伝えた。

 再び歩き始めた悠平は隣を歩くネージュをそっと覗き見た。伸び放題であった前髪はきれいに整えられ、長い髪もツーサイドアップにまとめられている。透き通るような青い瞳には出会ったころのような虚ろさはあまり見えず、表情が薄いところを除けばかなり印象が変化している。

 変わったのは外見だけではなく、最近は自ら進んで悠平の役に立とうとするようにもなっていた。今までにない、自発的に何かをするという内面の変化は外見以上に大きな変化といえるだろう。

 悠平はネージュの変化にうれしくなり、自然と少しだけ足が軽くなるのを感じていた。

 

 

「あら、言ってなかった?今度横浜基地に作る新しい部署を担当するのよ、アタシ」

 悠平たちが夕呼に理由を尋ねるために執務室へ向かうとそこには丁度同じ質問をしようとしていた武がいたため、二人で夕呼に問いかけて返ってきたのがさっきの言葉だった。

 武はオルタネイティヴ4が完遂されたためA-01がすでに解体されていただけでなく、新部署が立ち上げられることすら知らされていなかったらしく、悠平以上に驚いていた。負傷して入院していたA-01の仲間が挨拶もなしに次の配属先に移動したのだから当然ともいえるだろう。

 ふと悠平は脳裏に引っかかるものを感じた。オルタネイティヴ4が終わったにもかかわらず夕呼がなぜ簡単に悠平とネージュを訓練生にして武を教官につけたのか。なぜ悠平にB27フロアまでいけるような高セキュリティのIDを渡したのか。全てはその新部署につながっているような気がしたのだ。

 それを話すと夕呼は意地の悪い笑みを浮かべた。

「よくできました。褒めてあげるわ。白銀よりも頭の回転はいいみたいね」

「って、やっぱり企んでたんじゃないですか!?」

「別に企んでいないとも言ってないと思うけど?」

 武の言葉に夕呼は魔女の笑みで反撃を繰り出した。やはり武よりも魔女のほうが何枚も上手のようである。

「それで、新部署とは一体何を行うものなんですか?」

 やり込められ項垂れる武に代わり悠平が夕呼に尋ねると、夕呼は少しだけつまらなさそうな顔をした。

「00ユニットに頼らない凄乃皇の完成と量産化、そしてその運用ってところかしらね」

「00ユニットに頼らない凄乃皇の、完成!?」

「えぇ。凄乃皇の完成と運用のためなら米国が保有するグレイ・イレブン()()のG元素を優先的にまわしてくれるそうよ」

 武は無茶だと思った。

 凄乃皇は荷電粒子砲を装備する非常に強力な兵器だが欠点が多く、運用することは難しいのが現状だ。しかも最大の()()であるラザフォード(フィールド)を安全に制御するには00ユニットが必要になるのだ。そして求められているのは凄乃皇の完成と量産化。当然、00ユニットを量産することはできない。だが、ここで重要なのは00ユニットに頼らない凄乃皇の完成ということだ。つまり、00ユニットは使えない。

 夕呼はそのことについては鼻で笑って返した。

「制御をパターン化して限定すれば、現状でもラザフォード場を安全に展開することはもうできるのよ。ただし、そのことを上に教えてやるつもりはまだないけど」

 夕呼によれば00ユニットの稼動データから抽出したラザフォード場の制御データを基にシステムを構築すれば、演算処理能力が高いだけ通常のCPUでもラザフォード場を安全に制御できるという。

 しかし、他にまだ重要な問題が残されている。

 米国が保有するグレイイレブン()()のG元素をまわしてくれる、ということはグレイ・イレブンに関しては現状、横浜基地に残されたわずかなグレイ・イレヴンしか使用できないのだ。

 グレイ・イレブンは凄乃皇の主機であるムアコック・レヒテ機関の燃料だ。それがわずかしか使用できないのでは凄乃皇を完成させたとしても運用することができないも同然だった。

「だから御巫、アンタにこの世界の技術を勉強させているのよ。この世界の存在ではないアンタの発想力にこの難問を解決するアイディアを期待しているの」

「…………は?」

 悠平の耳に、とてつもなく無茶な要求が届いた。確かに発想力は重要だろう。事実、XM3が誕生したのも武の経験からくるこの世界にはなかった発想が鍵となっていた。しかし、悠平にも同じようにこの世界にはない発想を求めるのは無茶というものだ。そして、夕呼にしてはあまりにも他力本願でもある。

 おそらく夕呼のほうでも研究を行ってはいるのだろうが、何らかのブレイクスルーが起きなければ完成のめどが立たないのが現状なのだろう。

 悠平が黙り込んでいると、夕呼は新部所についての詳しい説明を再開した。

 新部署の名称は未だ決まってはいないが暫定的に横浜独立実験開発部隊と呼ばれ、夕呼が最高責任者につく。その権限は大きく、G元素を扱う関係でオルタネイティヴ計画権限にも匹敵するほどだという。凄乃皇の運用だけではなく凄乃皇の直援部隊もまた、この実験開発部隊で用意することになる。つまり悠平とネージュはこの部隊に所属させるために訓練生にしたのだ。

 これだけを聞くとオルタネイティヴ4のときとあまり変わらないようにも感じるが、一番大きいのは使える予算の規模である。オルタネイティブ計画ではその重要度の高さから予算を湯水のように使用できたが、この新部署ではある程度予算が決められており、その中で研究・開発を行い、戦術機も用意しなければならない。

 そのかわり、凄乃皇の完成にはかなりの時間をかけることを許されているという。最悪、地球から全てのハイヴを消し去ったあとに完成させても月や火星で使用することができるためだ。しかし、悠平にはそれだけではない何かがまだ隠されているようにも感じられた。

 話が終わるころにはすでに日課を行う時間は残っておらず、悠平たちは翌日に行われる戦術機適性検査に備えるのだった。

 

 

 それはあまりにも突然だった。

 悠平から噴き出したぬめり気を帯びた生ぬるい体液は悠平を支えていた武を濡らし、床を、壁を無残に汚してゆく。飛び散った液体には元がなんだったのかすら分からない塊が浮かび、凄惨さを助長していた。

 鼻を突く臭いが充満し、武に吐き気を催させる。

 目の前で起きた惨劇に、悠平に駆け寄ろうとしていたネージュすらも口元を押さえ、青ざめ、身を震わせた。

「あ……あぁ……あぁぁぁぁあああああああっ!?」

 悠平からあふれ出た体液に身を浸し、武が壊れたような絶叫を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きったねぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええっっっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、吐いたのだ。嘔吐したのだ。嘔げたのだ。思いっきりゲロったのだ。盛大にぶちまけたのだ。

 戦術機適正検査でそれなりの適正を出し、しかし初めての激しい――激しすぎる振動にふらついていたところを武に支えられたその瞬間、悠平の口から噴出(バースト)したのである。

 全ての原因は戦術機適性検査の一時間前に遡る。

 

 

 戦術機適性検査の通過儀礼の被害やシミュレーターの激しい振動をゲームによって知っていたため、悠平は普段よりも少ない昼食で済ませることにした。

 ネージュと二人で昼食をとっていると、格納庫へ見学に行った際によくネージュのことを孫のように可愛がってくるメカニックチーフが昼食のためにPXに現れた。チーフは悠平とネージュを目ざとく見つけると、悠平の昼食の量を見て、

「男ならもっとしっかり食え!」

 と一喝し、山のような合成焼きそばを悠平の前の叩きつけるように置いたのだ。

 なんのことはない、チーフは悠平たちが戦術機適正試験を行うことを知っており、普段からネージュと一緒に行動している悠平に対する八つ当たりもかねての行動なのだ。

 結局、悠平は用意された合成焼きそばを残すことができず、完食した状態で戦術機適正試験に挑むことになったのだった。

 

 

 悪夢のような経験から数日。訓練用の機体の搬入がまだということもあり、武の不知火に複座の管制ユニットを取り付けての軽い実機訓練とシミュレーター訓練を繰り返す日々が続いていた。

 悠平はゲームによる経験から驚くほど早いXM3に対する適正を発揮してみせ、ネージュも先入観のなさから武の戦闘機動が常識であると判断し、型に囚われない柔軟さを発揮していた。

 そしてさらに数日がすぎ、訓練内容のマンネリ化を防ぐため武はヴォールクデータとオリジナルハイヴ攻略時のデータを組み合わせたハイヴ攻略シミュレーターに手を出し始めた。このデータはオリジナルハイヴでリーディングして得た実在のハイヴのデータを基にしてあり、BETAが無制限にかつランダムで湧き出してくるという非常に厄介なシミュレーターだった。

 初めて見たBETAの姿に不快感を感じたのも最初だけであり、悠平とネージュは日に日に腕を上達させていった。その伸びっぷりは武をして、ヴァルキリーズと同等以上の早さだと言わしめるほどだった。このまま行けばそう遠くないうちに武の知るヴァルキリーズの実力に追いつくであろうことは目に見えていた。

 そんな報告を日々受けていた夕呼が、未だに訓練機の用意ができないことに激怒するのは無理もないことだったのかもしれない。

 

「訓練機でなくてもいいからさっさと機体を用意しなさい。さもないと荷電粒子砲ぶちこむわよ!?」

 

 夕呼ならばやりかねない、と担当の者たちは恐怖に身を振るわせ、死ぬ気で機体の調達に奔走することとなった。

 そして4月も終わりを迎える頃、ようやく機体が搬入されることとなった。

 

 

「やっと、俺たちの機体が来るんだなぁ」

 長かった、としみじみ口にする悠平。しかし、それも無理のないことだった。実機訓練がほとんどできない分を全てシミュレーター訓練にまわし、ベテランたちに頭を下げて相手を頼み込んでシミュレーターでの小隊戦を繰り返した結果、悠平とネージュは未だ訓練兵にもかかわらずすっかり基地内最強のエレメントと認知されてしまっていた。

 異常に早い上達速度もあったが、これほどの腕になってようやく機体が回ってくるということに武は苦笑を隠せず、同時に帝国内の戦術機の損耗率に戦慄が走っていた。国内のハイヴを落としたタイミングはかなりギリギリであり、あれ以上落とすタイミングが遅ければ帝国軍と国連軍の戦力では戦線を維持できなくなっていたのである。

「そういえば武、俺たちが乗る機体はなんなんだ?」

「最初は吹雪を用意しようとしてたらしいけど、いつまでたっても用意できないことに業を煮やして武御雷を持ってこさせようとしてたんだと。さすがにそれは無理だってことで、なんとか用意したのが不知火らしいぜ」

 ある意味で夕呼らしいエピソードではあるが、ようやく自分の機体が来るのだ。悠平は本音を言えば武御雷にも乗ってみたかったが、不知火も可動フィギュアを買うくらい好きな機体だったので文句はなかった。

 二人に用意された空のハンガーを眺めていると格納庫のシャッターが開き、整備兵たちがあわただしく動き始めた。どうやらついに不知火が届いたらしい。

 珍しくネージュが自分から搬入されるところを見に行きたいというので、ネージュを先頭に武と悠平もあとに続いた。

 

 

 普段から見慣れた武の不知火とは違う、帝国軍カラーの不知火が戦術機輸送用のトレーラーに寝かされて運ばれていた。戦闘の際にできたであろう装甲の擦過部分が装甲の重厚さを引き立たせている。機体の半分近くにはシートがかけられているが、その威圧感は間違いなく本物だった。

 集まってきた整備兵たちがシートをはがしに掛かる……がなにやら様子がおかしい。遠くから漏れ聞こえてくる声から、なんらかの不備があったらしいと気づくが、悠平にはそれ以上はわからなかった。

 しかし、シートをはがされた不知火を見て、その不備がなんだったのかをようやく理解した。

「……………………」

 ネージュが思わず絶句するという非常に珍しい事態を引き起こしたその不知火は、大部分の主要な関節が明らかに稼動しないと分かるほどに破損していた。

 




ヒロインがイメチェンしていくのは予定通りですが、主人公がネタ化していく気がするのは……どうしてこうなった。

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