この手を伸ばせば   作:まるね子

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今回はちょっと短めです。


第十九話「量子情報領域」

 霞はシリンダールームでリーディングとプロジェクションを駆使して純夏と会話を行っていた。話の内容は悠平の抱えるトラウマについてだ。

 悠平はつい先ほど目を覚ましたのだが、やはり純夏の脳髄を00ユニットに量子融合することを引き受けてはくれなかった。だが、引き受けないとも言わなかったため、悠平にも複雑な葛藤があるのだろう。

 ただ、悠平のトラウマは少々根が深く、このままでは純夏を00ユニットとして復活させることは難しそうだ。しかし、悠平が抱えている恐怖を知った今なら拒否してしまう気持ちもわかるのだ。そんな悠平に強要するのは間違っているだろう。

 霞がどうしたものかとため息をつくと、純夏から返答が返ってきた。

 

――大丈夫。あの人ならやれるよ。

 

(でも、もし失敗してしまったら……)

 悠平の両親のような悲劇が再び起きてしまう。そんなことになったら自分や武だけでなく、悠平自身も多大なショックを受けてしまうだろう。

 

――うーん。口で説明するのは難しいなぁ……。

 

 どこに口があるのだろうかと一瞬本気で考えてしまったが、純夏には何か確信があるらしい。

 

――ねえ、わたしにあの人と話をさせてもらえないかな?

 

 

 目が覚めた悠平は気を落ち着かせるために屋上へと出ていた。普段は意識して思い出さないように努めていたことを思い出してしまい、心がガタガタになってしまっていた。

 視線を遠くに向けると、一面廃墟ばかりの荒野が一望できる。BETAとG弾によって深く傷ついたこの光景は、まるで今の自分の心のようだ。

(まさか、00ユニット完成のための最後の作業が生体の量子融合とはな……)

 悠平はため息をついた。

 これを純夏が提案したというのなら、できるという確証があるのだろう。彼女の力を悠平は信頼できるものだと思っている。

 だが、悠平は己の力を、己自身を信頼できてはいない。アポーツに失敗し、純夏が目の前で両親のようになるのは耐えられそうもない。

 悠平は胃液がせりあがってくる感覚に思わず口元を押さえた。フェンスに体重をかけ、くずおれそうになる体を支えた。

(思い出すだけでこれか……情けないなぁ……)

 ゆっくりと深呼吸することで、気を落ち着けていく。

 ふいに背後に気配を感じたと思ったら、背中からやさしく抱き締められるのを感じた。視界の端に銀色の絹糸がちらちらと見え、背中にはもうすっかりおなじみとなった二つの幸せな感触がある。

「……無理、しないでください」

 悠平を背中から抱き締めたネージュが口を開いた。

「無理、か……俺はトラウマでここまで逃げてきたヘタレだぞ?何が無理なんだ?」

 少々深刻そうなネージュに悠平は軽くおどけてみせる。だが、ネージュはそんな悠平の真意を見抜いてみせる。

「……こんなに辛そうなのに、やるつもりなんですよね?」

「…………ああ。やるつもりではいる。……まだ踏ん切りはつかないけど、な」

 ネージュを心配させまいとしていたが隠し切れないと判断し、悠平は白状した。だが言葉にしたとおり、まだ踏ん切りはついていない。とてもではないが、今の状態で臨んでも成功するものも失敗してしまいかねない。

「……どうして、そこまでがんばるんですか?」

 ネージュが再び尋ねてくる。己がここまで無理を重ねる理由とは一体なんだろうかと考え、やはり答えは一つしか思い浮かばなかった。

「どうせならさ、みんなで幸せになりたいじゃないか」

「……みんなで幸せに、ですか?」

「ああ。俺は今、ネージュと一緒にいられてすごく幸せだ。でも、純夏が復活すれば武も俺ももっと幸せになれる。それは俺がちょっとがんばれば実現するんだ」

 だったらやるしかない、そう言って悠平は苦笑を浮かべた。この世界に来て気づいたことだが、悠平はハッピーエンドを渇望していた。あの悲劇のせいなのかアニメやゲームの影響なのかはわからないが、そのためならば多少の無理や無茶はやらなければならないと思っている。

 今回のことも、考えてみればトラウマを克服するまたとない機会なのだ。たとえ克服することができないとしても、この一度だけはなんとしても成功させなければならない。それが悠平の思い描くハッピーエンドへの、絶対に逃すことのできないフラグの一つなのだ。

 ネージュが絶対に放さないとでも言うように悠平を抱き締める腕に力を込めた。

「……あまり、無理はしないでください。心配、しますから」

「気をつけるよ」

 そう言ってしばらくそのままでいると霞が屋上へ上がってきた。どうやら話があるらしい。

 

 

「こんな場所で話?一体誰が……」

 霞に連れてこられたのは純夏の脳髄が収められているシリンダールームだった。こんなところで一体何の話なのだろうか。

 

――あー、テステス。ちゃんと届いてるかな?

 

 突然悠平の脳裏に声が響いた。

(いや、これはプロジェクション……?でも、この声は……)

 ネージュのプロジェクションに慣れた悠平はすぐに声の正体に気づいたが、誰の声かまではすぐにはわからなかった。

 

――あ、よかった。ちゃんと翻訳できてるみたいだね。

 

 再び悠平の脳裏に声が響く。この場にいるリーディングとプロジェクションの両方が使える能力者は霞だけだ。しかし、霞ではない。それに翻訳と言った。ならばこの声は――

「はい、純夏さんです」

 霞が悠平の考えを読んで肯定した。

 純夏が悠平に話があるとすれば、00ユニット完成のための最後の作業についてしかないだろう。

 

――正解~!……って、あれれ?もしかして、わたしが説得するまでもなくやる気だったりした?

 

(まだ踏ん切りはついてないけどな……)

 悠平はやると決めてはいたが、まだ不安に苛まれ覚悟が決まらないでいる。これをヘタレと言わずなんと言うのだろうか。

 

――わたしとしては、あんな過去があれば不安になるのも仕方ないと思うけど……。

 

 むむむ、と唸るような純夏の思念が伝わってくる。

 

――じゃあ、そんなあなたの不安を少しでも減らすために、一つアドバイスをあげちゃいます!

 

 (アドバイス?何か、失敗しないような方法があるのか?)

 

――うん。というかあなたは一度、生きた人間のアポーツと量子融合に成功してるんだよ。

 

 純夏の思わぬ言葉に悠平の心臓が跳ねた。

 

――この世界への存在の上書き(オーバーライド)は言っちゃえば量子融合なの。そして、あなたはあの子の上書きに成功した。

 

(でも、それはお前が手伝ってくれたからなんじゃ……?)

 あの時、G弾爆発の影響で量子化の際にわずかに接触が途切れてしまい、テレポートと同時にアポーツを行うこととなった。純夏というイレギュラーがなければ、またあのような悲劇が起きていたに違いない。しかし、

 

――むしろ逆かな。あなたの力が働いていたから、わたしはタケルちゃんたちを助けることができたの。わたしがやったのは()人の上書きを少しだけ残ってた演算能力で補助しただけ。それ以上はわたしにもどうしようもなかったの。

 

(じゃあ、ネージュは……)

 

――うん。あなたは自分であの子の上書きを成功させたんだよ。

 

 悠平はてっきり純夏の助けがあったからこそ、ネージュの上書きに成功したのだと思っていた。だが、純夏は悠平自身が成功させたのだと言う。ならば、本当に――

 

――それで、わたしと00ユニットの量子融合を成功させるための方法だけど、

 

(……え?さっきのが、アドバイスじゃなかったのか?)

 

――さっきので自信を持ってもらうのも大切だけど、方法自体は他にちゃんとあるんだよ。それでね、あなたはあの光の奔流――量子情報領域(クァンタムフィールド)を覚えてるかな?

 

(くぁんたむ……?)

 名称はよくわからないが、転移する際に見た光の奔流のことは覚えている。無数の粒子が飛び交い、その中の一つ一つに様々な情報が含まれていたことも、それらがネージュや武たちを構成したいたことも覚えている。だが、より明確に思い出そうとしても、それ以上のことは思い出すことができない。

 

――それは仕方ないよ。あれはあなたがテレポートで自分を量子化することで一種の量子コンピュータのような状態になっていたから認識できたようなものだしね。生身のままじゃ情報を引き出せなくても仕方ないよ。

 

 量子情報領域とは量子化された情報や物質が行きかう空間のようなものらしい。かつて悠平が見たものはそれであり、純夏はそこで悠平の記憶を読み取って悠平の抱えるトラウマを知ったのだそうだ。

(量子コンピュータの一種……その状態になれば――)

 

――演算能力不足になることはまずなくなるよ。たとえ一瞬であったとしても、量子コンピュータには変わりないからね。

 

 悠平が思考加速なんて芸当ができるようになったのも、そこに原因があるらしい。元々、能力の精度を上げる訓練を続けていたことで下地はできあがっていたそうだが、一度量子コンピュータとしての能力を発揮した影響で思考速度の高速化が可能になったのだ。

 

――でも、肉体的にはあくまでも普通の人間であるあなたが一瞬でも量子コンピュータの演算力を手に入れるのは危険なことなの。

 

 テレポートとアポーツの併用による自身の量子コンピュータ化は悠平に多大な負担をかけるという。それが転移後に悠平が感じていた頭痛の正体であり、副次効果が生身での肉体加速と思考加速なのだ。

 思考の加速や肉体の加速とは、通常は人間の肉体に存在するリミッターが完全に外れた状態にあると言ってもいい状態だ。思考の加速でもあまりに速度を上げすぎれば脳への負担が大きくなり、肉体の加速は下手をすれば自らの身体能力に耐え切れずに自壊を招くことになる。

 量子コンピュータ化することの副作用は人間としての崩壊につながる非常に危険なものなのだ。最終的には負荷に耐え切れず、廃人になってもおかしくないという。

(そんな危険なことをやらせようなんて、案外黒いんだな)

 悠平が意地の悪い顔でそんなことを考えると、純夏から異議の申し立てが来た。

 

――確かに何度もするのは危険だけど、後一度くらいなら脳への負担も大きくないから大丈夫だよ。元00ユニットの演算力を信じなさい!

 

(元であって今は違うだろ……)

 そう思いつつ悠平は苦笑した。リスクがあるとはいえ、本人からこんな方法が提示されたのだ。ならば、これでやれなければいつまでたってもできないままだろう。

 悠平は00ユニットを完成させるために純夏を量子融合する覚悟を決めた。




純夏さん、脳髄のままちょっとでしゃばりすぎですよ。メト○イドじゃないんだから……

リーディングとプロジェクションで仲介をしていた霞が今回の縁の下の力持ちでした。

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