この手を伸ばせば   作:まるね子

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少女臭はしません。

あれ、俺は何を言ってるんだ……?


第十一話「紫」

 冥夜たちは戦術機適性検査で問題ないとわかってから、昨日は一日中シミュレーター訓練を行っていた。夕呼によれば、なんでも従来のOSではなく新OSを訓練生時から使用するテストケースとして選ばれたらしいが、旧OSに触れたことがない冥夜たちにその違いを理解することはできなかった。

 その違いを客観的に知るために、11日に国連軍で新OSを先行実装している精鋭部隊が帝国軍と行う合同実弾演習を見学することになっていた。戦場の雰囲気を肌で感じるという名目で戦術機に乗って見学を行うという。

「教官たちは少しでも私たちに経験を積ませようとしてくれているのよ。ありがたいことだわ」

 合成しょうが焼き定食を食べながら千鶴が言った。

「場合によっては私たちも参加させてもらえるんですよね。うまくやれるかな……?」

「……腕が鳴る」

 少し不安げな壬姫に、合成焼きそばを頬張っていた慧が不敵な顔で返した。

「実機訓練も今日からだし、合同実弾演習まで一週間もないんだよね。そういえばタケルって神宮司教官より強いよねー」

 美琴は合成さば味噌定食を武にマイペースに話しかけた。

「ん?まぁでも、神宮司軍曹もまだXM3を使い始めたばかりだしな。飲み込みは早いからいつ追いつかれるか正直冷や冷やもんだけど」

 そう言いつつも武の表情は簡単には追いつかせないけどな、とでも言うように笑みを浮かべていた。

 白銀武大尉。XM3の発案者にして副司令直属の実験開発部隊の隊長。ハイヴ攻略の訓練として使用されるヴォールクデータでこれまで誰も到達することができなかった反応炉到達をたった三機で、それも最高難易度のものをクリアしてしまったその技量は間違いなく世界トップクラスのものだろう。

 戦術機訓練課程に進んだことでまりもと共に教官を務めることもあり、その厳しさは時にまりも以上に感じられるものがある。だが、世界でもトップクラスの衛士に直接教えを請うことができるというこれ以上ないほど贅沢な環境で訓練をさせてもらえている現状に冥夜は感謝していた。

「タケル。確かそなたも合同実弾演習に参加するのであったな」

「ああ。ちょっと新OSのアピールをしにな」

「私も、タケルさんと一緒にがんばってきます」

 冥夜の確認に武と霞が答えた。

 この二人は恋人同士というだけあっていつも一緒にいる。聞いた話では戦闘時には複座で一緒に戦術機に搭乗することもあるのだという。以前、霞は彼女の一人だと言っていたが、他にはどんな娘がいるのだろうか。

(迷惑でないのならば、私も……待て、何を考えている!?)

 冥夜はつい思い浮かべてしまったふしだらな妄想を振り払うように勢いよく頭を振った。あの夜に武から戦友のことを聞いたときから、冥夜は時々このような妄想にふけることがあった。一人の男性が複数の女性と関係を持つことは不誠実であると嫌っていたはずにもかかわらずだ。

(わ、私はそのような人間だったのか……?いや、そんなことを考えている暇はない!今は一刻も早く戦術機を乗りこなせるようにならなければ……!)

 己の未熟に気合を入れなおしていると、いつの間にか話題は今日の予定へとシフトしていた。慌てて耳を傾けると、みんな食事が済んだら午前のシミュレーター訓練のために強化装備に着替える前に整備が完了した吹雪を見に行くのだという。冥夜にも依存はなく、みんな時間が惜しいと言わんばかりに食事を詰め込んでいった。

 

 

「「「「おぉぉーっ!」」」」

 全員が整備の完了した吹雪を見て歓声を上げる。見た目は搬入された時と何も変わらないはずなのだが、やはり自分の機体というのは何度見ても嬉しいものなのだ。

 今日の午後からこの吹雪に乗れると思うと、冥夜もまた心が浮き立つのを感じていた。だが、すぐに頭から冷や水をかけられたような気分へと落ち込んでしまうことになった。

「あら、ハンガーに何か搬入されてきたわ?吹雪はもう全員分そろっているのに……」

「あ、あれってもしかして!」

「……武御雷」

「わぁー!ボク、初めて見たよー!」

 そう。将軍家の縁者である己のために用意された武御雷。本来は斯衛の一部の者にのみ使用が許される高性能機だ。そして冥夜にこの武御雷を贈ることができるのは()()しかいない。

「来たか……」

 そばで武の声が聞こえた。いつの間に来ていたのか気づかなかったが、教官を兼任しているだけあって武御雷が搬入されることを知っていたようだ。

「あれを見て動じていないとは、さすがとでも言うべきであろうか」

「紫がどういう意味を持っているかってのも知ってるが、まぁそんなに気にすることじゃないだろ」

「ふふっ。大物だな、そなたは……」

 将軍専用機である紫の武御雷を見てもまるで動じない武に、冥夜は救われていた。

(そういえば(タケル)と武御雷、どちらにも()の文字が入っているな)

 武を武御雷に乗せたら、なんだか武の専用機のように思えてしまいそうだ。そんなくだらないことを考えていると、いつの間にかみんなは武御雷を近くで見ようと移動しようとしていた。

(あの者たちもいるかもしれんし、私も共に行くべきであろうな)

 冥夜はみんなに遅れないように武御雷へと足を向けた。

 

 

「すごーい、綺麗ー!」

「タマ、ちょーっと待った」

 先頭に立っていた壬姫が武御雷の足元へと近づいていくのを見て、武は待ったをかけた。壬姫は不思議そうな顔で武を見つめ、武が視線を向けている先に気づいた。

「斯衛のお姉さんがこわーい顔して見張ってるから、怒られないようにあまり近づかないようにしておこうぜ」

「あ、そうだねー」

 あのまま放っておけば、壬姫はこちらを――武を睨んでいる真那にぶたれていた。そうなればこの小隊の空気は一気に重苦しいものになっていただろう。

「ほらほら。午前は神宮司軍曹が教官だから、そろそろ着替えたほうがいいぞー」

 時間が迫っていることを理由に、武はみんなを更衣室へと急がせる。そろそろ来る頃だと思ったため、引き離しておく必要があるのだ。

 みんなが更衣室へ向かうのを尻目に確認しつつ、武は自分へ向かって歩いてくる複数の目立つ影に意識を向けた。

「――はじめまして、月詠中尉」

「……貴官に名を呼ぶことを許した覚えはありませんが」

 武の前に立ったのはやはり赤を纏った月詠真那と白を纏う神代、巴、戎だった。武が名前を知っていたことに驚きを見せなかったのは資料を読んでいたからだと判断したのだろう。この世界では武の階級は真那よりも上ではあるが、やはり疑惑からかきつい態度が見られる。

「それはすみません。ですが、一度彼女の教官の一人として挨拶をしておかなければなりませんから」

「殊勝な心がけ、と言っておきましょうか」

 そう言うと、真那の纏う空気が変わるのを武は感じた。いよいよ本題と言うところなのだろう。

「……貴官が白銀武の名を騙ってまでここに潜り込んだ理由はなんだ?」

 やはりそこに食いついてくるか、と武は心の中で嘆息した。疑惑自体は前の世界ほど強くはないのだろう。言葉の端々にあまり強く出れないもどかしさがにじみ出ている。

 しかし、このことからやはりこの世界に元々存在していたシロガネタケルは武家と何らかの関わりがあるのは間違いないようだ。

「騙ってなんかいません。俺は正真正銘の白銀武ですよ」

「……とぼける気ですか?」

 武の言葉に戎が食いついてくる。

 とぼけるも何もないのだ。武はこの世界のシロガネタケルとは同姓同名の別人であるということが戸籍で証明されている。

「あくまで人違い、だと言いたいのか?」

「少なくとも、斯衛に尋問されるような心当たりはありません」

「貴様……っ!」

「よせ、巴!」

 武に食って掛かろうとした巴を真那が制止する。巴はもどかしそうに唇をかんだ。

「……ならば質問を変えよう。冥夜様に近づいた目的はなんだ?」

「冥夜に近づいた理由、ですか。そうですね……」

 武が冥夜を呼び捨てにしたことに白の三人が怒りの色をあらわにしたが、真那によって再び制止された。自身も怒りを感じているようだが、武が続きを口にしようとしていたためだ。

「近づいたことに理由があるとするなら、それは彼女たちを死なせないためです」

「死なせないため、だと……?」

 武の答えに真那がわずかに驚きを見せる。

「そんな戯言を信じると思っているのですか!?」

「我々をバカにしているのか!」

「本当の目的はなんだ!?」

 白の三人はまるで信じようとしないが、真那は難しそうな表情で沈黙を続けていた。

「俺は今まで多くの戦友を失ってきました。だからもう、これ以上死なせたくはないんです。だから、少しでも彼女たちが死ぬ可能性を減らせるように、こうして今ここにいます」

「……悪いが、そんなものを信じることはできない」

 真那の答えに武が少し残念そうな顔をする。だが、真那の話はまだ終わっていなかった。

「――しかし、それが嘘であるとも断ずることはできそうにない。ゆえに、ゆっくり貴官を見定めさせていただく」

 真那の答えに白の三人が息を呑んだ。真那はもっと深く切り込んでいくと思っていたのだろう。武にとっても少々以外ではあるが、戸籍が偽造であること以外にやましいところがないためありがたいことでもあった。それに、

「ただし、その言を違えたときは……覚悟しておくがいい」

 と真那が付け足したため、半端な真似はできなくなってしまった。もとよりそのつもりではあったが、他人に、それも真那に言われると存外プレッシャーを感じるものだ。

「月詠!神代、巴、戎!タケルに何をしていた!?」

 武が頷くと同時に、冥夜が走ってきた。真那たちのことが気になって戻ってきてしまったらしい。

「冥夜様……」

「タケル、この者たちに何もされなかったか?」

 駆け寄ってきた冥夜は心配そうに尋ねた。遠目からでは斯衛に問い詰められているように見えたのかもしれない。まあ、そのとおりではあるが。

「別に、教官として冥夜のことをよろしく頼むって言われただけだよ。……ですよね?」

「……ええ。大尉は冥夜様の教官ですので念を入れてお願いしていたところです」

「それならばよいのだが……」

 武と真那がそろってこう言ったので、冥夜はどこか納得のいかなそうな顔ではあったが不承不承頷いた。

「それよりも冥夜様、武御雷のことですが……」

 真那は冥夜が武御雷が贈られて来たことに複雑なものを感じていることに気づいており、搬出せよと言い出す前に諌めようとしていた。だが、

「――よい。すでに搬入されたものであるゆえ、搬出せよとは言わぬ。だが、一介の訓練兵には吹雪でも身に過ぎるというもの。いつか武御雷に見合った衛士になるまでは、乗ることはないだろう」

「……感謝いたします、冥夜様。……それでは、私どもは失礼させていただきます」

「窮屈な思いをさせてしまい、すまない。そなたたちの心遣いには感謝している」

「もったいないお言葉……身に余る光栄にございます」

 そう言って真那たちは会釈して去っていった。

 殿下の心遣いを冥夜がわずかでも素直に受け入れたことに武は驚きを隠せないでいた。もしかすると、武が思っているよりもこの世界は急速に変化していっているのかもしれない。

 

 

 合同実弾演習への出立を翌日に控える頃、悠平は90番格納庫の床に大の字で転がっていた。二機分の複合ジャンプユニットを荷電粒子砲が使用できる状態まで持っていくことができたため、その開放感に浸っていたのだ。

「荷電粒子砲を一発撃ったくらいなら、問題ないところまでこれたからな……あとは出たとこ勝負で何とかするしかないだろう……」

 疲労から来る眠気に抗いながら、悠平はBETA上陸までに行う予定だった項目を頭の中で確認していく。

 荷電粒子砲を一発でも打てるようにすること。これは二機分が完了しているため、合計二発まで発射することができるようになった。

 オーディンズ用の不知火の搬入と、不知火全機へのXM3と新型関節の実装と訓練。ヴァルキリーズは飲み込みが早かったため、まだ未熟ではあるがすでに実戦でも十分通用する状態にあるらしい。

 クリスカの治療は順調だが、今回は留守を任せることになっている。

 電磁投射砲は今回は存在を隠すため、代わりの兵装担架には突撃砲と長刀が追加されると聞いている。

 ネージュは今日も水月に引っ張られていったらしい。ネージュに会いたい。ネージュを抱き締めたい――

 眠気が強くなり、意識が保てなくなる。

 完全に眠りに落ちるのはあっという間だったがその瞬間、悠平は唇に何か柔らかいものが触れたような気がしていた。




新たにフラグが立った気がします。

最後の文章で思わずキャーと身悶えてしまう俺は、案外乙女チックなのかもしれない(何

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