この手を伸ばせば   作:まるね子

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早速オルタの正史破壊と創造が開始されました。未来は不確定なのです。
正直いつどこで超展開が起きても不思議じゃありません。それくらいか考えずに書いてます。


第三話「新たな道」

 クリスカは異常事態に戸惑っていた。

 イーニァの様子がおかしい。いや、プラーフカの解放で人格が崩壊寸前まで行ったのだ。己と同じで精神的にも磨耗してしまっているはずだった。事実昨日もあまり調子が良くなく、夕方から睡眠を取っていたほどだ。

 それが朝起きてみたらどうだ。イーニァはすっかり回復していた。否、回復などでは済まない。イーニァの肉体もたった一晩で急に成長していたのだ。まるで何年も経っているかのように。

 イーニァは目を覚ますなりクリスカに抱きついて泣き出してしまった。その時は自分に起こった変化に戸惑ったのか、怖い夢でも見たのかと思っていたが、泣き止むとイーニァはみんなを探さないと、と言って部屋を飛び出していってしまった。

(みんなとは、誰のことを言っていたんだ……?)

 クリスカはイーニァに自分の知らない何年分もの記憶があるように思えていた。自分とイーニァの間に何か隔絶したものが存在しているのを感じていた。

(何を馬鹿な……私とイーニァはずっと一緒だった。そんなことがあるはずがない。あるはずが……)

 ふいにユウヤの顔がクリスカの脳裏に浮かんだ。ユウヤならば何か知っているかもしれない。知らなかったとしても、ユウヤは相談に乗ってくれるだろう。

()()()……お前なら、何か分かるのか……?)

 ユウヤに相談しに行けば、イーニァと合流できるかもしれない。そう考えて部屋を出ようとすると、丁度サンダークが部屋に入ってきた。何か話があるようだ。

 

 

 ユウヤはイーニァと二人で機密レベルの高い会話を行う際に使用する特殊な通信室へ来ていた。イーニァを連れて来るのはまずいとは思ったが、基地司令にイーニァも一緒にという向こうの要望であることを聞かされ、そのまま連れて来たのだ。

 やがてモニターに映ったのは、もうすっかり見慣れた夕呼の顔だった。

「副司令……っ!これは一体どうなっているんだ!?一体なんで俺たちは過去に……っ!?」

「ちょっと落ち着きなさい。アタシは頼まれて通信してるだけで、アンタとは初対面よ」

「なんだって……?」

 いや、とユウヤは思い直す。確かにこの時期はまだ夕呼と面識がなかったはずだ。ならば夕呼は一体誰に頼まれて通信をしているのか。

 すると、夕呼が画面の隅に移動し、代わりにここ数年ですっかり馴染み深くなった男が現れた。

「ユウヤ、イーニァ、どうやらそっちも無事みたいだな」

「ユウヘイだー!」

 ユウヤは悠平たちも無事だということを聞いて安心した。悠平の話によるとどうやらユウヤたちはG弾の爆発の影響と悠平のテレポートが作用しあった結果、過去に飛ばされたらしい。

 そして、悠平はユウヤたちを横浜基地へ迎え入れたいと言っていた。しかし、ユウヤには気がかりなことがある。

「クリスカ・ビャーチェノワのことか……」

「ああ。何とかできないか?」

 今ならクリスカはまだ生きている。ならば今度は助けることだってできるはずなのだ。

「分かってる。そのことなら多分何とかなる」

「本当かっ?」

「人工ESP発現体……第六世代までならそれはオルタネイティヴ3の成果であるとしてオルタネイティヴ4に接収できるんだ。事実、霞はそうやってこっちにいる」

 本来、オルタネイティヴ4はオルタネイティヴ3の成果を全て接収する権利がある。しかし、ソ連は霞が唯一実用に耐えうる生き残りだとして他の成果を渡さなかったのだ。そこに漬け込めばクリスカとイーニァは比較的容易に横浜基地で保護できる。

 それを聞いたユウヤは安堵の息を漏らした。

「それで残る問題はユウヤのことなんだが……」

 XFJ計画はまだ終わっていない。しかし未来の記憶があるため、ある程度スケジュールを早めることはできるだろう。それに、

(唯依を安心させてやりたいしな……)

 XFJ計画を完遂させ、唯依に自信を持って弐型を日本へ持って帰ってほしいという願いがユウヤにはある。ユウヤのいた未来ではクリスカたちを連れて逃走したことで本当の意味での完成には至ることができず、結局フェイズ2止まりでの採用となってしまった。今度こそ完成させるにはステルス技術によるフェイズ3の盗作疑惑をなんとかして、しっかりとXFJ計画を完遂させる必要がある。それを考慮に入れると、どんなにがんばってもおそらく合流できるのは11月の終わりか12月の頭くらいだろう。

「まぁ、なんだ……二人をそっちで預かってもらえるのなら、俺も安心して弐型を完成させられるしな」

 ユウヤは少し照れくさそうにしながらそう言った。

「……そろそろ時間よ。詳しい段取りが決まったら連絡か、なくても報告が行くことになると思うからそのつもりでいて」

「じゃあ、そっちにいるお前の仲間たちにもよろしくな」

 悠平はそう言ってユウヤに笑ってみせた。

 

 

 ユウヤとイーニァとの通信が終わると、夕呼の鋭い視線が悠平をちくちくと突ついていた。

「ずいぶんと好き勝手やってくれたじゃない……アイツらがまだ有用そうな人工ESP発現体を隠し持ってたってのは気に食わないけど、そう簡単に手放したりしないでしょうね。取引の材料は当然アンタたち持ちよ?」

「分かってますよ……俺たちにとっては重要度は高くなくても、あちらにとっては無視できないものがありますからそれを出すつもりです」

「当然それはこちらにもくれるものなんでしょうね」

「もちろん。そうじゃないと意味がありませんから」

 悠平と夕呼のやり取りに武は妙な寒気を感じたが、さすが二年間夕呼の下で研究を任されてきただけあってたいしたものだろう。

 夕呼は武と悠平が用意した情報と技術のレポートを渡され、目を通し始めた。BETAに関する情報を見ている夕呼はどんどん表情を険しいものに変え、00ユニットに関連する部分に差し掛かると一気に驚愕の表情へと変わった。

「ちょっと!ここに書いてあることは本当なのっ!?」

 差し出してきたページは、00ユニットから反応炉を通してBETAへ情報が漏洩することが記載された部分だった。やはりそこはあまりに深刻な問題なのだ。

「……ええ。00ユニットになった純夏自身がそう言っていました」

「……なんてことなの。人類の希望となるべく作ったものが、まさか自分たちの首を絞めることになるなんて……」

 確かにこれはショックだろう。ある意味で00ユニット脅威論は正しかったのだから。しかし、今回は事前にそれを知ることができている。そしてそれを回避するためのものもすでに用意されているのだ。

「夕呼先生、その次のページを読んでみてください。そこにちゃんとそれを回避するための方法が書いてありますから」

 悠平にそう言われてページをめくる夕呼は呆けたような表情をした後、唇が釣りあがり恐ろしくも力強い笑みを浮かべた。

 そこに書かれていたのは試製03型電磁投射砲の冷却システムに使用されている冷却水――人工ODLの情報だ。現物も電磁投射砲の中に存在しており、その性質から容易に複製することもできる。これをODLの代わりに使用することで情報漏洩を回避することができるのだ。

 ページが進み、技術情報の部分へ行くと夕呼が子供のようにはしゃぎながらレポートに目を通し続けた。その様を傍から見ていると夕呼が壊れたようにしか見えず、悠平は妙な恐ろしさを感じていた。こうはなりたくないものである。

「これだけあれば十分すぎるとは思いますけど、どうですか?」

「えぇ……確かに、アンタたちを置いておくには十分すぎる対価ね。これだけあればちょっとした無理くらいなら聞いてあげたくもなるわ」

 夕呼はこの上なく上機嫌だった。これ以上となると、おそらくキスの雨を全員に降らせることになるだろう。それを避けるためではないが、悠平は一つの頼みを口にする。

「そこにグレイ・イレブンを消費しない新型抗重力機関の製造を追加するので、一つ頼みたいことがあるんですけどいいですか?」

「グレイ・イレブンを消費しない……!?……いいわ、言ってみなさい」

 全てを抱擁し慈しむ聖母のような笑顔を浮かべて、悠平はこう言った。

 

「――何をしてもいいので米国のG弾根こそぎブン取ってください」

 

 悠平の顔は笑顔なのに恐ろしいほどの怒気を放っていた。放たれているオーラが般若のようにすら見え、その場にいた全員を――ネージュすら怯えさせていた。G弾を投下されて爆発に巻き込まれたことがよほど腹に据えかねていたらしい。

 思わぬ迫力を見せ付けた悠平の要求に、夕呼は消極的にではあるが承諾することとなった。

 

 

 武は純夏の脳髄が収められたシリンダールームに来ていた。

 悠平と夕呼が言うにはこの世界は()()()()()()()が本来ループしていた世界ではないらしい。それはつまり、自分が因果導体としてループしていた世界は別にあるということだ。

「G弾が落ちてきた後、あの世界の夕呼先生はどうなったんだろうな……」

 武は以前悠平に言われたことを思い出していた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それはこうしてIfに来る前の世界の未来のことも当てはまるのだ。あちらには凄乃皇・伍型も健在で、追加の建造も行われている。夕呼ならばどうとでもするだろう。結局は心配しても解消することができないのだ。

 扉の開く音に振り返ると、悠平と霞が部屋に入ってくるところだった。

「どうしたんだ?二人でこんなところにくるなんて珍しいな」

 悠平と霞が二人で行動していることもそうだが、悠平は普段滅多にこの部屋へ立ち入ることはなかった。直接聞いたことはないが、武に遠慮していた部分もあるのだろう。

「ああ。ちょっと気になっていたことの検証に来たんだ」

 霞を連れてこの部屋に来たということは検証するのは純夏関係だろうか。悠平はこの世界や武たちのことをずっとゲームの内容として知っていた。ならば、観測者の視点から何か気になることでも見つけたのかもしれない。

「ぬか喜びをさせたくないからはっきりしたことは言えないんだけどな……」

 悠平の歯切れが悪い。何か言いづらいことなのだろうか。

「――鑑純夏を……00ユニットを完成させられるかもしれない」

 それを聞いた瞬間、武の思考が停止した。

 

 

 それを最初に聞いたとき、霞も一瞬思考が停止したのはつい先ほどのことだ。

 悠平はG弾の爆発した直後、量子分解に成功したものの再構成させることができず、謎の現象を認識していたらしい。その現象の中悠平から引き剥がされていく霞たちの粒子を助け、この世界に上書き(オーバーライド)させたのは純夏だという。

 なんでも、謎の現象の中で武と霞に見慣れない情報の粒子がまとわりついていたのだが、それが純夏の魂のようなものである可能性があるらしい。だとすれば、この世界に元々存在した純夏の魂に上書き(オーバーライド)され、存在しているかもしれないのだ。

 かつて00ユニットだった純夏ならば正しい数式を知っている可能性がある。それらを確認するために霞と悠平はシリンダールームにやってきたのだ。

 純夏がまた00ユニットとして復活するかもしれない。それを知った時、霞は喜びを感じていた。二人ではなく、三人で幸せになれるかもしれない。そんな未来が来るかもしれないことを嬉しく思ったのだ。

 不完全な数式を暗記し、霞は純夏の前へと進み出た。

(純夏さん……応えてください)

 プロジェクションで不完全な数式のイメージを送り、リーディングで反応を待つ。

 すると、霞の脳に膨大な数式の数々が流れ込んできた。膨大なイメージの奔流に霞の脳が悲鳴を上げそうになる。しかし、それはハレーションではなく、間違いなく()()()()()。次があるという保障がない以上、これを逃がすわけには行かない。必死にイメージを記憶し続け、やがてそれは唐突に収まった。全てのイメージを記憶したのだ。

 全てを記憶した霞は読み取った情報全てが数式というわけではなかったことに気づいた。そしてそれは純夏からのメッセージであり、一つの()()を実行するために必要な情報(データ)だった。

(そういうことなんですね……純夏さん)

 霞は心の中で一人、純夏の提案を必ず成し遂げることを誓った。

 

 ――待っているね、霞ちゃん。二人でタケルちゃんと幸せになろっ。

 

 霞の耳に、純夏の声が届いた気がした。

 




悠平が第一部の時より主人公し始めている気がします。伊達に二年間夕呼にもまれたわけじゃないということですね。
……なんか私怨入っていそうですが(汗

それにしても、日本とアメリカじゃ時差があるのでユーコンは朝でも日本は日付が変わるかどうかというくらいなんですよね。
この様子だと霞さんは徹夜になりそうかな……

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