あ、やめっ、怒らないでっ。ねっ?
武は暗い世界で少しずつ意識が浮上していくのを感じていた。体に力が行き渡り、感覚が戻ってくる。
(テレポートに……成功したのか?)
状況を確認するためにゆっくりと目を見開いていく。暗闇に慣れた目が光を認識し、反射的に目を瞑ってしまう。
(……状況は、どうなったんだ?みんなは……?)
武は霞に声をかけようと、目を見開いた。
だが、武の目に映ったのはかつて見慣れた懐かしい配置。しかし、まだ当分は見ることのないはずだった、
(え……何で?何でだ……っ?)
純夏が再構成した世界へ戻ってしまったのかと焦るが、そうではないと気づく。懐かしいあの気配が、あの日常の気配を感じない。それに、元の世界に戻ったとしたらそれは冥夜が武の布団にもぐりこんだ日から始まる。そんな予感がしていた。ならば、ここは再構成された世界ではない。
(だとしたら……
脳裏に浮かんだのは、この世界が
(……いや。これが三回目だっていうなら、オルタネイティヴ4を成功させて、可能な限りみんなも助けて、今度こそ二人とも幸せにしてみせるだけだ!)
武はすでに純夏と霞、二人共を愛することを覚悟している。それに、オルタネイティヴ4で得られたBETAの情報もかなり持っている。仮に00ユニットが期限までに完成しなかったとしても、最悪の事態は避けられるはずだ。
(でも、そうなると純夏をどうやって助けるかが問題だよな……)
00ユニットが完成しなかった場合の打開策を考えながら武は制服に着替え、交渉に有利と思われるゲームガイを含む様々な物品をボストンバッグへ詰め込んでいった。
これからのことに考えをめぐらせている武は、着慣れたはずの制服が少し小さく感じることに気づかずにいた。
「……っ、ここ……は……」
悠平は頭痛を抑えるように手を額に当てながら、ゆっくりと目を開いた。
未だにじむ視界は場所の特定を難しくさせるが、静かに響く稼動音とぼやけてかすかに見えるレイアウトはここが戦術機の中であることを理解させた。
(能力は……まだ、少しきつそうだな……みんなは、どうなった……?)
少しずつ回復する視界に網膜投影による情報が映し出される。悠平の機体の周囲に反応は四つ。悠平はほっとして部隊内通信を開こうとする。
「……え?」
そんな間の抜けた声が漏れてしまう。己の網膜に投影された情報が信じられなかった。通信を開くために表示された全員分のバイタルが、一つを残してゼロを示していた。
「嘘……だろ……っ?」
強化装備の反応は、ある。だが、バイタルがフラットを示し続けている。それは搭乗者の死亡を示していて――
それぞれのコックピットを確認するために悠平は管制ユニットから飛び出し、周囲に倒れていた機体へ駆け寄った。
「ネージュ……っ!」
まず先に駆け寄ったのは、ネージュの弐型改。唯一バイタルが返ってきた機体だ。
管制ユニットが開放される時間すらもどかしげに見つめ、中を覗きこむ。そこには、ネージュが力なくシートに身を預けている姿があった。
勢いよくネージュの傍へ降り立った悠平はすぐに外傷のチェックを開始するが、どこにも怪我はない。呼吸も安定しており、気を失っているだけのようだ。
「……よかった」
だが、まだ安心するのは早い。他のみんなはバイタルがフラット状態なのだ。急いで確認しなければならない。もし心肺が停止しているだけならば、蘇生させることができるかもしれない。
悠平は残りの機体へと駆け寄り、管制ユニットの中を確認して回った。しかし、どれも
「これは……どういう、こと、なんだ……?」
最後の機体の管制ユニットを覗き込んだ悠平は力なくつぶやいた。
管制ユニットの中にあったのは脱ぎ捨てられたかのような強化装備と、各々が身に着けていたと思われるものだけが取り残されていた。
(彼女が失敗した……っ?いや、それはない……彼女は俺にはっきりと任せてと言った)
何故かは分からないが、彼女が失敗をすることはないという確信があった。ならばみんなは無事なはずだ。
ふと、悠平は自分が今どこにいるのかを確認していなかったことを思い出した。
辺りを見渡してみると、周囲にあるのは廃墟ばかり。半壊したビル。崩れ落ちた高架線。家だった瓦礫。そして、家を押しつぶすようにして倒れている大破した
「……っ!?」
悠平は激しいデジャブを感じた。否、デジャブなどではない。悠平はあれを見たことがある。
撃震に押しつぶされている
「横浜……?俺は……ヴェルホヤンスクハイヴから、横浜まで……飛んだ、のか?」
信じられない。己にこれほどの力があるなどまるで信じられない。だが、悠平には一度、信じられないような体験があった。そして今回の転移は、雷に打たれてパソコンや机ごとこの世界に転移してしまったあの時とどこか似ている。違うとすれば別の世界に転移したか、同じ世界内を転移したか――
(……待て。本当に
悠平の脳裏を嫌な想像がよぎる。もしかしたら、ここは同じに見えるだけで別の
(だとすれば……俺は、俺たちはこれからどうすれば……)
これからのことに悩み始めた悠平は、何かが開く音で思考を中断することになった。
(なんだ!?何か、いるのか……っ!?)
音源は目の前の武の家。玄関のドアがゆっくり開かれていくところだった。そして、中から出てきたのは、
「……御、巫?」
幽霊でも見たような表情の、制服姿で大きな荷物を持った武だった。
目を覚ましたネージュを含む三人は機体のそばで現状の確認を行っていた。しかし、ネージュは二人が行う突拍子もない話に目を丸くするばかりだった。
武の直感によればこの世界は
それらの検証の役に立つ可能性を考え、まずは衛星データリンクを使って現在の日時を確認することとなった。しかし、念には念を入れて通常アクセスではなく、こちらの現在地がばれないようにハッキングによって行う。武は悠平がそんな芸当を身につけていたことに驚いたが、夕呼の下で色々研究していたらこれくらいのことはできるようになってしまったのだ。
やがてハッキングが成功し、現在日時が悠平の網膜に投影された。
「2001年、10月、22日……」
それは、武のループの基点。因果導体だった武にとって全てが始まった日だった。
沈痛な面持ちな武だが、悠平にはその姿は若返ったような様子は見られない。2004年の3月時点の武との差異が感じられないのだ。
「つまり、これはループじゃなく俺の能力の結果である可能性が高い」
もっとも、それとて確実とは言えない。今口にした推測では、武がかつての自身の部屋にいた理由に説明がつかない。だが、悠平は以前夕呼と話し合って得た一つの可能性があることを思い出していた。それを確認するためにも、まずはこの世界の夕呼と接触する必要があるだろう。
そのことを武に伝え、夕呼と接触する方法について三人で話し始めた。
夕呼との接触で一番確実なものは、武が一人で横浜基地に向かうというものだ。悠平の推測が正しければそこに
他に浮かんだのは、ここにある戦術機に乗っていくというものだったが、こちらは未確認機として最悪攻撃される可能性があるということだ。もっともそれでやられるとは思っていないが、兵站の残りが少ないため戦うことになれば苦戦するのは間違いないだろうし、それで横浜基地の戦力を減らすのは愚作だといえるだろう。
結局、これまでのループどおりに武が一人で横浜基地へ向かうこととなった。
荷物を悠平に預け、横浜基地のゲートへと辿り着いた武はこれまでどおりに衛兵に足止めされてしまっていた。
「香月副司令に伝えてくれ。シリンダーの彼女と四番目の成就のためにシロガネタケルが帰ってきた、って」
堂々とした武の態度に、二人の衛兵は怪訝そうな顔をしながらも夕呼へ連絡を行う。夕呼に関わることは全て報告するように言われているのだ。
「……すぐにこちらへ来るそうだ。しばらくはこのまま拘束させてもらうぞ」
そう言って武は身動きが取れないように拘束されてしまった。これも仕方のないこととはいえ、あまり気分のいいものではない。
だがすぐに誰かが走ってくるような足音が聞こえた。夕呼が来たにしては早すぎる。そう思ってその誰かを確認しようとすると、武の腹部に強い衝撃が走った。
「……タケルさんっ!」
武は己の腹部にダメージを与えた小さな正体を確認した。
「タケルさん……タケルさん……タケルさん……っ!」
「えーっと、霞……今俺拘束されてるわけで、そんなにくっつかれるのはちょっと……」
だが霞は武に抱きついたまま首を横にふるふると振った。小刻みに震えながら強く抱きついて離れないその小さな体は紛れもなく武の知る霞だった。
「心配、しました……っ!心配したんです……っ!」
半ば泣きそうになりながら武の顔を引き寄せ、霞は何度も強引に唇を重ねてくる。
突然始まったラブシーンに二人の衛兵がどうしたものかと困惑した様子を見せるが、唇を塞がれている武から何かを言うことはできないだろう。それ以上に、非常に恥ずかしくて何も言えない。
「ウチの子から情熱的に抱き締められるだけじゃなくアッツアツの光景まで見せ付けてくれるなんて、いいご身分じゃない」
そう言いながら現れた夕呼は魔女の笑みを浮かべながらも唇の端を引きつらせていた。
霞が心細さから大胆さ爆発してしまいました。
さてはて、これからどうなるのか……