この手を伸ばせば   作:まるね子

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だいぶグダってきた気がする……


第十七話「カウントダウン」

 不知火・弐型フェイズ2.5改と暫定的に呼ばれることになった機体の慣熟テストの最中、ユウヤはフェイズ3と同じ見た目とは違って中身はほぼ完全にフェイズ2であることに気づいた。違いは精々装甲の形状と可動兵装担架の数と配置、ナイフシースくらいだろう。確かにこれはフェイズ3の()()を被ったフェイズ2だ。

 ユウヤは機体を加速させた。関節に負荷のかかる三次元的な戦闘機動を次々に試していく。

 加速。急減速。急上昇。反転。急降下。関節で着地の衝撃を完全にいなし、立ち上がる反動を利用して急加速。ビルの側面を蹴って宙返りをしつつ、他のビルの側面を蹴ってそのまま最大噴射。急制動。肩部スラスターとジャンプユニットを噴かして高速反転。再び急加速。

 かつての弐型フェーズ2ではすぐに関節をダメにして整備兵に殺されそうな機動を軽々とこなしていく。

「すげぇ……すげぇよ、不知火!これが今のお前なんだな、相棒!」

 新型関節によって常に全力を発揮することができるようになったXM3。そして、それらの恩恵を最大限に受けたこの不知火とならばユウヤは更なる高みへ上れる。そんな予感を抱いていた。

 

 

「今日も飛ばしてたな、ユウヤさん」

「そりゃ、弐型に一番思い入れがあるのはユウヤだろうからな……今日も近接格闘が一番強いからって理由でネージュに頭下げてまで居残りシミュレーター訓練付き合ってもらってるし」

 イーニァは二人のシミュレーターを操作する役を買って出たため、武と悠平は一足先にPXへ向かっていた。すでに甲20号攻略作戦開始は一ヵ月後まで迫っており、不知火・弐型フェイズ2.5改――弐型改での調整も万全に整っている。

 しかし、武には心配事が一つあった。

「なぁ、少し顔色悪いぞ。また夕呼先生の実験か?」

 そう、悠平の顔色が悪い。おそらく疲れが取れていないのだ。以前も似たようなことがあったが、あの時も夕呼の実験が原因だったのだ。ならば今回もその可能性を疑うのは当然の道理だろう。

「実験、といえば実験なんだけど……今、ちょっとある研究を任されててな。もうすぐ成果が出そうだから、攻略作戦までには体力を戻すさ」

 悠平はそう言って笑みを浮かべた。疲れてはいるようだが、とても充実しているようだ。聞けばネージュも差し入れなどを行っているらしい。

 武は悠平が夕呼に少しでも研究を任されているということを羨ましく思った。あの夕呼が任せるくらいなのだから、悠平は思った以上に優秀なのかもしれない。しかし、己の頭では戦闘面では役に立てても研究などはとても手に負えないだろう。己の頭のできは自分自身が一番よく分かっているのだ。

「よし、今日は俺がメシを奢ってやるよ!たくさん食って体力回復させとけ!」

 武はそう言って悠平の背中を叩いた。自分でやっておいてなんだが、京塚曹長のような物言いに武は少しだけ懐かしいものを感じていた。

 

 

 悠平は量子融合現象を利用したある研究のために丸一日研究室に閉じこもることがあった。その甲斐あって量子融合現象に一定の法則を見出し、必要な融合サンプルも十分なものが用意できたのだ。そしてついに、研究の最終段階へ移行しようとしていた。

 研究の内容は、ムアコック・レヒテ機関に代わる抗重力機関の開発とそのために必要な物質の生成。悠平はこの研究を任された際、横浜基地に残されていたわずかなグレイ・イレブンのおよそ半分と各種G元素を少量ずつ預けられていた。

 凄乃皇の主機であるムアコック・レヒテ機関は通常、グレイ・イレブンを燃料として使用し、グレイ・イレブンに反応を起こさせることで稼動する。しかし、反応を起こすということは燃料として消費するということでもあり、それは凄乃皇のもっとも大きな弱点でもあった。今現在、BETAにしか生成できないG元素を手に入れるためにはハイヴを制圧するしかなく、凄乃皇はハイヴの制圧に使用される決戦兵器であるにもかかわらず、ハイヴからグレイ・イレブンを手に入れなければ使えないのだ。

 夕呼はその問題を解決するために悠平の能力を使用してグレイ・イレブンの生成ができないかと考えた。しかし、BETA由来の物質の生成はやはり無理があるのか、すぐに研究は行き詰まってしまったのだ。

 そこで悠平はグレイ・イレブンを生成するのではなく、グレイ・イレブンを他の物質と量子融合させることで特殊な素材を作り、グレイ・イレブンを燃料として消費しない主機の開発ができないかと考えたのだ。その提案を聞いた夕呼はすぐに各種G元素や様々な物質を用意し、悠平に与えたのだ。

 連日連夜、融合と実験を幾度も繰り返した結果、半ば偶然ではあるが、グレイ・イレブンを複数の物質と一定の配分で量子融合させると、電気エネルギーを通すことでカルーツァ・クライン・エコーが一種の磁界のようなものを形成する素材を生み出すことに成功した。一つでは特に使い道がなかったものの、磁界のような波形から磁石のようにプラスとマイナスが存在するという仮設を立て、同極同士を共鳴させることでごく小規模ではあるが重力偏差の発生を確認したのだ。

 この結果からついに悠平は重力制御とラザフォード場発生実験の装置を完成させ、実験に移ろうとしていた。

「で、あれが横浜に残っていたグレイ・イレブンの半分を使って作った実験装置ってことね?……思ったより小さいわね」

「まぁ、そもそもグレイ・イレブンの量が量なので……それに使用したグレイ・イレブンの量と電力によって出力が変化するというところまではわかってるので、あとはラザフォード場が発生するかどうかですね」

 少なくとも、低出力実験の際はムアコック・レヒテ型と同様の出力パターンの確認が取れていた。あとは現状で理論上、重力制御とラザフォード場の発生が可能な出力を持たせた装置での実験だけだった。

 予想外のことが起きても対処ができるよう、実験は武たちがかつて総戦技演習を行った島の近くで行われることとなった。

「まもなく実験装置の設置が完了します」

 ピアティフの声がインカムを通して聞こえてくる。悠平と夕呼、ネージュの三人は実験観測用の船にいた。遠く離れた位置にあるもう一隻の船は実験用の装置を載せた小型の実験艦だ。ピアティフを含めた数人の技師はそちらで装置の設置を行っていたのだ。

「設置が完了次第、ボートでこちらに移ってください」

「了解しました」

 悠平の手は緊張に震えていた。理論上はこれで抗重力機関として機能させることができるはずだが、それが誤りであった時のことを考えると落ち着かないのだ。

「少しは落ち着きなさい。アンタがそんなんじゃ他の連中も緊張するじゃない」

「ですが、もうグレイ・イレブンの余裕はありません。これが失敗したら次につなげられるかどうか……」

「アタシが見た限りじゃ理論に問題はなかったわ。あとはあの装置がうまく機能するか、それだけよ」

 夕呼が腕を組み、静かに実験艦を見つめる。

「……大丈夫です、ユーヘー。この作戦は成功します」

 ネージュは悠平の手を握りながら答えた。心なしか言葉から自信のようなものが感じられる。

「へぇ……信じてるのね」

 夕呼が笑みを浮かべるが、悠平はネージュが未来予知で結果を見たのかと思っていた。しかし、それを読んでいたかのようにネージュからのプロジェクションで違いますと否定される。

「……女の勘です」

 そう言ったネージュの唇が小さく笑みを浮かべていたことに気づいたのは、常日頃からネージュと共にいた悠平だけだった。

 

 

「ミカナギ型とでも名づけましょうか」

 実験の成功を確認した夕呼は突然そう言った。悠平は突然自分の名前が出てきたことに混乱し、固まっているようだ。

「アンタの理論を元に、アンタが設計した実験装置で成功したんだから、アンタの名前をつけるのは当然でしょ?」

 夕呼はそう言い切った。事実、ムアコック・レヒテ型も元はその研究を行っていた人間の名から取られている。G元素にしても発見者の名前がつけられているのだ。

「え、あ、でも……まだ重力制御とラザフォード場の展開に成功しただけで、主機としては……」

 そう、確かに悠平が可能にしたのは重力制御とラザフォード場の展開の二つだけだ。それだけでは主機としては使うことができない。ならば、足りないものは補えばいい。夕呼は以前、自力で新しい抗重力機関の開発を行っていた際に副産物で超高出力ジェネレーターを生み出していた。それは戦術機に載せるには少々コストが高すぎ、かといって凄乃皇の主機にするには機能が足りなかったものだ。しかし、今回の実験で得られたデータを元に抗重力機関を組み上げ、超高出力ジェネレータと接続してやれば凄乃皇を作り上げることができるのだ。

 今回のラザフォード場展開時のデータはムアコック・レヒテ型のものと一致してるのは観測中に確認済みだ。ならば00ユニットの稼動データから作り上げたあのシステムで安定した制御も可能だろう。

「まぁ、実際に組み上げて運用試験をしてみないと確実なことは言えないんだけど」

 そこまで説明すると、夕呼は照れくさそうに笑みを浮かべた。素直に感謝するのは苦手なのだ。

「こんなに早くここまでこぎつけるとは思ってなかったわ……アリガト」

 これで理論は準備ができた。あとは甲20号作戦を成功させ、鉄原ハイヴのグレイ・イレブンを手に入れるだけである。

 

 

 作戦開始まで後一週間となった頃、ユウヤは夕呼にB27フロアにある技術開発ブロックへ呼び出されていた。ユウヤはそこまで行けるような高い権限を与えられてはいなかったが、悠平が一緒に行くことで一時的に通れるようになったのだ。

「こんな地下深くにあるのか……かなり厳重なんだな」

「ここで扱ってるのは機密性の高いものだからな。場合によっては知るだけで消されかねないものもあるから、下手にドアを開けないように気をつけたほうがいいぞ」

 ゲッ、と顔を歪めたユウヤはいくつかあったドアを気にしないように努めた。

 しばらく通路を歩いたユウヤたちは真っ暗な部屋の入り口に立つ夕呼に気づいた。

「待っていたわよ、ブリッジス」

「このようなところで、自分に何か用ですか?」

「えぇ、アンタに見せたいものがあってね」

 そう言って夕呼は真っ暗な部屋の中へ足を向けた。悠平が夕呼の後についていくのでユウヤもおとなしくついていく。

 部屋の中央らしき場所にたどり着くと、目の前に何か巨大なものがあることに気がついた。しかし、周りが真っ暗なのでそれが一体何なのか判断がつかずにいると、夕呼が小さく笑った。

「アンタに見せたかったのは、これよ……御巫!」

 夕呼が合図をすると視界が閃光で白く染まる。目が突然の光に驚いたのだ。徐々に光に慣れ、視界が回復し始めるとユウヤは目の前にあったものに目を丸くした。

「これは……っ!?」

 それは、巨大な銃。戦術機用の武装だった。銃身はそれなりに長く、銃の後方底部にはマウントアームらしきものも確認できる。

「これはEML-03X――試製03型電磁投射砲。帝国ではなく、横浜製の電磁投射砲よ」

「……なんだって俺にこんなものを見せる?」

 少しの間呆然としていたユウヤが気を取り直したように夕呼に尋ねた。しかし、夕呼は当たり前のことを言うように口を開いた。

「当然、アンタに甲20号攻略作戦でこれの試射を行ってもらいたいからよ」

 ユウヤにはかつて、試製99式電磁投射砲の試射を行った経験があった。ならばユウヤにこの新しい電磁投射砲の試射が回ってくるのは当然のことだろう。しかし、試製99型にくらべれば小型ではあるが取り回しは難しそうであり、マウントアームがあることから反動も大きく、武装も制限されるだろう。

 こんなものを装備して比較テストになるのか、とユウヤは無言で考えていると夕呼が新型の電磁投射砲についての説明を始めた。

 この試製03型は120mmではなく36mmの砲弾を使用しており、ジェネレーターも99型以上の高出力小型化に成功している。フォアグリップに見える部分の内側には温度を常に一定に保とうとする特殊な液体が満たされており、それが巨大な冷却装置代わりとなっている。そしてその最大の特徴はマウントアームに見える可動兵装担架であり、非使用時はアームを折りたたむことで電磁投射砲を背部にマウントすることができる。当然、電磁投射砲を背部にマウントしている状態ならば他の武装を使用することもできるし、デッドウェイトとなる場合はパージすることもできるという。ベルト給弾システムではなくマガジン式を採用しているため邪魔な取っ掛かりも存在しない、運用データさえ集まれば即実用化が可能なレベルの兵器だった。

 ただし、120mm弾ほどの射程はなく、連射性能ゆえにすぐにマガジンが尽きるという弱点も抱えている。その反動の大きさから、戦闘機動を行いながら使用できるのは新型関節を実装した機体のみであることも弱点になるだろう。しかし、そんなものは99型に比べれば全然マシだとユウヤは思った。光線級を相手にするのでなければある程度接近してしまえば、電磁投射砲の威力で殲滅してしまえるのだ。装弾数にしても、マガジン式を採用したことで補給を容易にしている。そして、ユウヤにとってもっとも重要だったのはこの電磁投射砲を装備したまま従来どおりに戦うことができるということだった。多少バランスはとりにくくとも、それができるのとできないとでは大違いだからだ。

 だからユウヤは、テストパイロットの矜持にかけて電磁投射砲の試射を請け負った。

 




というわけで甲20号攻略作戦の開始と凄乃皇の完成、両方のカウントダウン回でした。

ご都合主義な展開や兵器もだいぶ増えてきましたが、果たして受け入れてもらえるのかどうか……

だいぶストーリー加速してきたかなー?

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