ムシウタ - error code - 夢交差する特異点 作:道楽 遊戯
メリー・クリスマス、七星。お前のご主人様は最高に素敵なヤツだったよ
訳文が死ぬがよいに聞こえたら一巻読破済みですよね。暇な人はこの時期読み返すことをおすすめします。新規の人にもおすすめ布教。
貴方に最高で最悪のボーイ・ミーツ・ガールを
なんでこう何度もラスボスみたいな人とご対面しなければいけないんだろう。
見馴れたくない細目の長身の美女が入室する。泣き黒子が色っぽく、美人と言って差し支えない仕事のできそうなお姉さんを見るのは眼福です。でもその鎖の笑みはやめてください。SAN値減ります。
特別環境保全事務局の中央本部に正式な抗議の為、足を運んだのは、こちらなんだけど愚痴ちゃっていいかな。
駆け引きとは時間との勝負。
中央本部に言い逃れさせる時間を与えないために、傷を負い疲労困憊の身体に鞭打ち朝早く出向いたのは私の判断によるものだ。
中央本部の借を返すのは本意だけど、こんなに早く対応したのは好き好んでじゃない。襲撃を受けた翌日に重い身体引っ張て交渉するのは正直面倒です。
私だって戦闘のダメージがあり精神を消耗している。
だからといって日を延ばし出直すのは円卓騎士団の沽券に関わる。これ以上嘗められたくない。
イチは脇腹の骨折と打撲や火傷で重傷者一歩手前の状態。独自に創った治療班に手当てを任せているが、念のため円卓会の医療機関で精密検査して安静して貰いたい。
イチはかっこうと戌子との激戦から離脱後、無理が祟って気を失った。
最後の一撃が痛手となった。同化武器を破損したのだから同等のダメージを精神に受けている。
それでも戦闘行為中は気を失わなかったし武器を復元する胆力は流石である。
相手があの二人であったのが問題であった。あのまま戦闘が続けば敗北は間逃れなかったであろう。
こうも早く一号指定同士の戦闘になったのは誤算だった。特環がいつか仕掛けてくると思っていたけど組織基盤ができて直ぐのタイミングで嵌められたことは、色々と気が抜けていたと弁解仕様がない。
本当に油断していた。まさか私たちが仕掛ける前にやられるとは思っていなかった。
「お待たせしました。円卓騎士団、月見里キノ副団長」
「いえいえ、こんな夜分遅くにご足労ありがとうございます。魅車副本部長」
社交辞令だけのやり取り、我ながら白々しい挨拶だと思う。待ったせて貰ったのは他でもない魅車八重子がこの場に現れていなかったからだ。これからの話にそこの中年本部長だけでは務まらない。
なんでだろうねー、こんな特環の不祥事事件が起きたその日に都合よく事件と無関係であるかのよう遠くの街まで出張していたのは。
これで彼女に責任追及は押し付けるのが難しくなった。
始めから対策されてるのは折り込み済みだけど。
「人が揃いましたので早速ですが本題に入りましょう。これは緊急かつ重大な案件です。
何故、我々円卓騎士団が特環の攻撃を受けたかについてご説明頂きたい」
さあて、女狐との化かし合い。捕って喰われないように気を付けつつも平和的な戦争しよう。
「そもそも我々としては、今回の件について未だ事態を把握ができていない状況でありまして。円卓会の抗議を受けて知り得た事故であり、交戦した局員の事情聴衆もまだ終えておらず、今の段階ではなんとも」
「それはそちらの落ち度ですね。情報を速やかに伝達し把握に勤めるのは組織として基本なのでは?交戦した局員の処罰はどうなっていますか」
「御尤もで大変恐縮です。戦闘行為に及んだ局員、かっこう、あさぎ両名の身柄は特環施設で謹慎拘束中です。欠落者となった局員については規定通り施設に搬送。現在、交戦局員の拘束を継続してかっこう、あさぎの事情聴衆をしております」
「そうですか。迅速な対応感謝致します。それでは今回起こった事件の概要を把握して頂く為お互いの情報を纏めましょうか」
本部長との対談からあちらの主張と、特環局員の対応が知れた。彼にとっては本当に局員の暴走による事故だと思っているかもしれない。そんで今必死に対応しようとしている所だと。
貴方を嵌めようとしている人間はそこで言葉を控えたまま微笑だけを浮かべていますよ。
中央本部は局員が欠落者になっており、何故か特環局員のゴーグルの映像記録に残されていないので、全容を掴めない。勿論これはキノが破壊するように意図したからだ。
先走った局員の独断行動、上層部が関与していない事故、果たして本当に局員の仕業だったのか。局員が騙されていた、操られていた説など言い訳は作れる。そして特環の責任存在の有無を曖昧にしようとしている。
しかしキノがボイスレコーダーの戦闘記録を保持していたので音声のみのやり取りが明確化された。ボイスレコーダーの所持については元々公式の会談等で行われているやり取りを必ず残る形にするのがモットーであるキノの持ち物だ。
大方の事情を纏め、局員が何者かの指示と独断あるいは命令により忠告を無視した攻撃行為を円卓騎士団にしたことが判明した。
これらの証拠で顔を青くする本部長殿と余裕のある魅車副本部長。
どう落とし前付けますかと話を持ってくる前に魅車八重子が話に割り込んだ。
「今回の事件此方の不手際としか言いようがありません。申し訳ございませんでした」
事故を有耶無耶にしようとしていた本部長の責任逃れをキッパリ捨てさり、あっさりと責任を認めて謝罪する魅車八重子。毒気を抜かれるなんてことはない。
この女はそんな殊勝な人である筈がない。
「過ちを認めると言うことでいいのですね。円卓会としては言葉だけの謝罪で責任追及を逃れられると思われているなら心外なのですが」
「ええこれらは特環の上層部と局員による明確な落ち度ですから。それでは円卓会は私たちにどのような処罰をお望みでしょう?」
微笑の魅車。きっと責任問題を追及して特環の資金の減額や発言力を低下させても彼女自身の立場は揺るがない対策を講じている。
離れた場所からでも上位局員戦闘部隊に指示していたように彼女が痛手を受ける対策は完璧なのだろう。
特環に影響を与えても彼女自身に影響を与えることは難しい。
元々この件の主犯はキノの予想に基づいた推測でしかないのだ。だから証拠もなく彼女を直接追い詰めることはキノにはできない。
「今回の事件不可解な点が多く、上層部が関与している事件。あるいは事故だとこちらは断定していますがその人物の特定を円卓会は望んでいません」
キノが言ったのは意外な言葉。
明らかに何者かの意図による円卓騎士団への攻撃の真相を自ら閉ざす。
「落ち度、と言うなら特別環境保全事務局全体にあったと私は見ています。正直今回の件で特環は円卓会の信頼を著しく落としました」
私は特環じゃなくて魅車八重子に意旬返ししたいのだ。下手に特環の力削いで暴走する虫憑きを抑えられなくなってもキノが困る。
やっぱ主犯は痛い目みないとね。
「特環、引いてはその能力に疑念を持った私たちはこれまでの援助を見直すことにします」
どちらも予想していた通りの資産家倶楽部円卓会直属組織円卓騎士団による援助の見直し。
円卓会はプライドが高い。身内への攻撃を黙って見逃す程生半可ではないし、その影響力を無視できるほど小さな組織ではない。
中央本部長の顔色の変化が面白い。真っ白だ。
「あ。勘違いなさらないように。投資額はこれまで同様の援助をお約束しますので」
掌をお返ししましょう。いやあ、早く血の気を治してね本部長。さすがに心苦しくなるから。
さて唇で弧を描く魅車八重子の細い両目を見据え言葉を紡ぐ。
「疑念を抱いたのはあくまでその能力です。特環の組織としての必要性は私たち円卓会の認める所です」
先も言った通り、特環の虫憑き管理は必要である。無秩序な虫憑きの暴走など眼も当てられない。
一般人に虫憑きは恐怖される。その存在を隠し続ける特環の活動は認めざるを得ない。
少しばかりお灸を据えてやりたかったけどねー。
「ですから見直そうとしているのは円卓会の援助方針そのものです。先程大臣を含めた政府関係者から同意を得て円卓会が援助している欠落者収容施設の共同管理権が認められました」
魅車八重子の表情は変わらなかった。
「特環の欠落者の研究、引いては虫憑きの研究。私たち円卓会も大変興味深く支援してきました。惜しみ無い資金の援助をしてきましたが今回の件でそれまでの支援方針に疑問を抱きました。このままで大丈夫なのだろうか、と」
魅車八重子の人体実験、興味深いね。是非見せられる内容なら見せてくれ。
見せられないなら今までより遥かにこそこそと研究すれば。
資金の流れは見張られることになるけど、頑張れ。
「今まで特環を信頼しその能力に疑問を感じなかった円卓会の援助する研究費用。しかし本当に有効活用できているのか判断できなくなったのです」
誰かさんがウチらに攻撃してくるから信用できないっす。毛ほども信用していなかったけど。
「ですから共同研究の名目で研究成果の確認と資金運用の実態調査をしたいのです。あっ。別に横領を疑っている訳ではないですよ」
お茶目な冗談なのに場は和まない。むなしいね。
「それ以外に特環上層部に私たち円卓会が秘書とスタッフ数名を派遣致します。ご安心下さい。彼らはとても有能な者ばかりです。二度と事件が起きるようなミスは起きないでしょう」
下手したら乗っ取られるぜって遠回りに言われているのに気付かされた彼らは神妙になった。嘘だけど。
これが円卓騎士団に手を出したが故の報復。
特環の力は削がない、だけど動きづらくなった。生かさず殺さず。政府としての役割を実行させる能力を持たせながらそれを悪用させないように見張りを立てる。
特環内部に入り込んだ円卓会の影がその役割を果たしてくれる。
これが私を怒らせた結末だ。ざまぁみろ。
「以上が円卓会が提案する特環への処置です。ご質問ありますか?」
ニッコリ笑みを浮かべたキノは質問した。
とある住宅街の一角から離れた場所に佇むアパート。
そこには一つの怪談がある。
ある目撃者による怪奇談。
夜も深く空は雨雲で、月を隠し暗い暗い時間帯。
男は仕事帰りの夜道、ポツリポツリと降り注ぐ雨に辟易しながら自前の折り畳み傘をさして、明かりの少ない帰宅道を歩いていると、奇妙な音が聴こえてきた。
それは歌声であった。地面を叩く雨音に掻き消されず暗がりに響く不思議な歌声。
こんな夜遅くに歌を唄う人物を男は物珍しく思うも、その時は不審に思わなかった。
歌声は耳心地良く、こんな時間で、それも雨の中唄う人物の謎も相まって興味を抱いた。
一体誰が歌を唄っているのだろう。
その疑問を究明する為歌声の主を探してみようと好奇心に火が付いた。冷やかし半分興味半分の男は自らの帰路を後にして道を逸れた暗い細道に足を伸ばした。
歌声は移動しているので自分と同じように帰りの途中なのかもしれない、と思いつつも歩みを進める。
隠れた裏道のような荒れた草原を踏みつけ、コンクリートとの道の一角まで通り抜ける。
誰も知らない隠れた近道を抜けたような達成感を感じながらも歌声の後に続く。
漸く人影を見つけると、その奇妙な光景に足を止めた。
人影は一つだけではなかった。
寧ろ数多く、背丈の大きさから大人の自分より低く、未発達な体つきをしており、年端のいかない子供であることが伺える。
彼らは歌声に誘われるようにボンヤリとした歩みで雨の中歩いていた。
傘もささず、雨に打たれ、濡れることに気を留めず歩き続ける。
異常だった。異様とも言える、その光景を目に収めながら男は歌声に立ちすくむ。
パシャり、と。
水溜まりに、足を捕られた男は音を立て血の気を引く。
歌声に導かれる子供たちは、その音に振り返った。
生気のない亡霊のように暗い眼差しの子供たちが一斉に男を見詰めだす。
どの子供たちの眼も闇のように濁っていた。
再び先導して歩く歌声により前に向き直り、亡霊たちは行列を成して歩き出す。
そこから男は必死に走った。
振り返りもせず、道順すらわからない程必死に走り続けた。
男の耳に聞こえてくる、歌声から必死に逃れる為に。
子供を連れ去る歌声の怪談が広まり、その性質から子供拐いで有名な童話ハーメルンの笛吹男と同一視されるようになった。
「ここが噂の出所か」
小さな丘の上にある寂れたアパートを前にして、イチは呟く。
「ハーメルンの童話か。真相を考えれば全くもって面白みのない噂話だ」
詰まらなさげに言い捨て敷地に進んだ。
「動くな。そこで止まれ」
アパートの敷地半ばで声が掛かった。よく通るハスキーな声である。視線を上げれば二階のベランダフロントに立つ帽子を目深く被った人物が飛び降りた。
「虫憑きだな」
確信を持ってイチは聞いた。
「そう言うお前は何者だ。特環の局員か」
「俺はイチ。誤解するな特環と関係を持たない。アンタに話があって来た」
「話だと?」
友好的でない態度のハスキーボイスの人物にイチは交渉しに来たのである。
「その前に確認だ。居るんだろ」
「......何がだ?」
「取り繕うか。面倒だ」
警戒されているのか、全く気を許す気配もなく刺々しい視線が送られ会話も探り探りになっている。
気が長い方ではないイチは時間をかけて聞き出すよりも、行動で話を進めることにした。
軽く息を吸って声を張り上げる。
「命令だ。出てこい!」
二階建てアパートの中からぞろぞろと人が現れ出す。
ゆったりとした動作は生気がない緩慢な動きで亡霊のような足取りであった。
結構な数の人が収納されていたらしく二階のベランダにもそれなりの数の少年少女が顔をみせる。
その顔に感情はなく能面のような無表情が貼り付いているようだ。
イチの言葉で姿を見せた彼らは出て来たまま何をするでもなく佇んでいる。
それを見たイチは驚くことなく集まった人々に目を向けた。
「噂の誘拐された子供たちの正体。予想通り、欠落者たちか」
亡霊染みた少年少女は皆一様に欠落者だった。
元は虫憑きだったのであろう彼らは虫が死んで夢を失った末路の者たちである。
名前の通り、感情を欠落してしまった彼らは夢を見ることさえ許されていない。自分で思考することも出来ず、食事等の行動すら自発的に行わない。単純作業の命令のみに従う心を失った人形こそが彼らを表す姿なのだ。
どこを覗いているのかわからない視線がイチとハスキーボイスの人物を取り囲む。
「この子たちは欠落者にしたのは特環だ。無慈悲にも特環は、一般人だったこの子たちに宿る虫を殺し、夢を奪い去り欠落者にした。そして何処かの施設に搬送されそうになった所を俺が助け出した」
見られた以上隠す気をなくしたのか帽子の奥から鋭い視線でイチを睨み、饒舌に語る。
大体の事情は調査済みだったイチとしては聞かされた事情に関心はなく、気だるげに視線を合わせた。
「助け出した、か。欠落者を保護した所で意味はない。失った夢は二度と還ってこない」
「黙れっ」
目の前の人物に、無情に想える程残酷な事実を指摘する。
虫憑きである以上そのことを知らない筈もないハスキーボイスの人物は感情を昂らせた。
イチにとってその人物の心情に興味は薄い。どの程度の認識で欠落者の保護をしているかを知りたくはあったが、感情的なその姿からキノのような計画性はないと知れただけで、その人物の内情にた気を掛ける気分ではなくなったのだ。
交渉だけを目的に切り替え話を進める。
「個人で欠落者の保護することも最初から限界が見えている。人間一人生活を維持するのにどれ程コストが懸かるか身をもって知っただろう」
「個人だけではないっ。賛同してくれている協力者がいる」
「アパートの管理人。欠落者の親族に協力を依頼したのか。それもいいだろう。だけれども一般人による援助など摂るに足らない雀の涙だ。これだけの人数、援助する者もかなりの負担になっているだろう。許容量を越えればどうなるかなど語らずとも知れている」
他に追及するなら欠落者の親族全員から援助は得られていない筈だ。虫憑きは畏れられ忌み嫌われている。そんな存在に人は快く資金を提供してくれるなんて都合よくいかないだろう。
この場所は一般人による破綻しかけた限界のある欠落者収納アパートなのだ。
「だったら!どうしろと!?」
「俺たちが引き取ってやる」
「なに!?」
「後はこちらが引き受ける。欠落者の保護、資金の援助、生活介護も、全部な」
それこそご都合主義のような提案をイチは持ち出した。
ハスキーな声の持ち主は突然現れた、イチのその言葉に動揺した。あまりにもオイシイ話に徐々に眉間に皺がよる。
「そんな話を鵜呑みに信じられるとでも」
「信じるか、信じないかは、どうでもいい。このアパートは巷では噂になっている、いずれ特環の耳に入るだろう。どのみち限界なんだよ、この欠落者アパートは。だからわざわざ出向いて話を持ち掛け、引き取ろうということだ」
傲慢さが感じ取れる不敵な態度でイチは交渉する。下手に出る話ではない為殊勝な態度はとっていないがそうでなかてもイチは改めない。この欠落者収納アパートが気に喰わないのだ。後先のないやり方しか出来ない人物も。
イチ独自の雰囲気が威圧感を伴わせている。ハスキーな人物も呑まれそうな圧力に抵抗しながら声を高く響かせる。
「そんな話、はいそうですかと頷けるか!」
「やはり交渉事は俺には向いていない......」
苦々しそうに呟き、前に進む。険しい表情をしたハスキーボイスの人物はそれに呼応して一気に戦闘体勢に移る。諭された経営問題とは別に感情論だけが欠落者の仲間たちを奪わせないと叫んでいる。
イチは嘆息してから目付きを鋭く変えた。
「面倒だ。力強くでも押し通る」
「くっ!仲間を奪われて堪るか!お前は敵だ」
欠落者の引渡し、交渉は決裂し戦闘に発展する。
敵は仲間を取り戻す為に特環に挑み、欠落者の解放に成功した猛者。
もつれた交渉の説得よりも厄介な戦闘になるかもしれないと、イチはこれから始まる戦闘を予想した。
「皆アパートの中に隠れろ」
ハスキーだと褒められたことのある自分の声を張り上げる。
虫憑きとなり欠落者をアパートで管理する人物、ヒビキは命令を与えた。
意思のない仲間たちはこうした命令がないと自衛すら行えない。命令に従いアパートに戻る姿の仲間たちを見て臍を噛み、敵を睨んだ。
どこか浮世離れした雰囲気の少年だ。不遜でいてそれが似合う人形めいた整った冷たい容姿をしている。
直感で感じた。強力な虫憑きだ、油断出来ない。
欠落者となった仲間を奪い盗ろうとする連中は特環と同じ、俺の敵。
激情に支配されたまま、自身の虫を呼び出す。虚空からスラリと棒状の長物が現れる。
無機物のような丸みのある円筒の長い胴体の先に音響を拾うマイクを模した頭部が付いている。四枚の羽が並列に並んでいるトンボをモデルにした一本のマイクスタンドの形をした甲虫が姿を見せた。
「マイクスタンドか?装備型の虫憑きだな」
疑念を含んだ問に応えようとはしない。
相手も戦闘に備え、腕にダイオウムカデに似た虫を巻き付けいる。短い足を動かし蛇のように腕を駆け登り姿を消した。見届けることなく自慢の声をマイクに響かせる。これが俺の戦闘スタイル。
「いくぜ。ーーーAhaaaaaaa!!」
「衝撃波かっ。ッくは」
ハスキーな歌声は衝撃波となってイチを襲った。
アパートの敷地にある芝生を根こそぎ抉りだしながらもイチを吹き飛ばす。手加減抜きの強力な一撃。
マイクスタンドの能力である衝撃波は広範囲に攻撃出来、指向性を持つ多数殲滅特化の力だ。
虫憑きでも生身で受けて無事ではない。
呆気なくはあるが宙に飛ばされ地面に叩き付けられた人物を介抱すべく近く。
死んではいないと思いつつも、これからどう少年に処置を施すか悩んでいると、動かないと思っていた人影が動いた。
「また一段と厄介な虫憑きだな」
起き上がる所作に不具合はなく、痛みや怪我を感じさせない動作だった。得体の知れない敵の状態に驚きと警戒が生まれる。
コイツ、効いていないのか。
ダメージの不審を観察ですると身体に付いた汚れと僅かな傷以外の異変に気付く。
イチと名乗る敵の顔に黒いアイライン、頬にオレンジのタトゥーが浮き上がっていた。
「同化型っ!かっこうと同じなのか!」
「そいつの名前を出すな。気に喰わない」
苦々しく悪態する敵は否定しなかった。
つまり確認例の少ない強力な虫憑きと認定されている同化型の虫憑きであると認めたのだ。
自分の甘さに気づいた。敵は思っていた以上であると。
脅威的な敵に攻勢に出る。
「Hey!Hey!Hey!」
イチは広範囲に広がる衝撃波を同化した脚力で避けようとする。だが思ったより広い範囲をカバーする衝撃波に捕らえられ撃墜する。
その高い攻撃力は同化した肉体を押し潰し撥ね飛ばした。遠距離からの攻撃は思いの外イチを無力化し一方的なダメージを与えている。
ヒビキはマイクスタンドを握る両手を汗で湿らせつつも声を高く高く響かせる。
「Raaaaraaaaaaaa!!」
「耳障りだ」
何度吹き飛ばすしても平然を装い立ち上がってくるイチに戦慄しつつも声を張り上げ続けている。
コイツに敗ければ仲間が奪われる。それだけは絶対に嫌だ。
自身の夢を磨耗しながら必死に攻勢を緩めない。アパートを背に立ち向かいながら、中に控えている自分の最も大切な人を思い出す。
『ねえ、ヒビキ。歌手デビューとかしないの?』
『なんだよ。藪から棒に、奏』
もう自分に笑顔を向けてはくれない大切な人との思い出がヒビキに力を与えてくれた。
ヒビキにとって大切な人、奏はよくハスキーだと言われているこの声で歌うことを好んでくれた。
バンドやって本格的な音楽の道をいこうとしたヒビキをだれよりも応援してくれたのが他でもない彼女であった程に。
『だって勿体ないじゃない。折角色々なところからオファーの声を掛けて貰っているのにデビューしないなんて』
『勿体なくないよ。俺にはまだ下地をつくる余地がある。デビューするのも、もう少し先でも遅くはないさ』
『もう!勿体ぶっちゃって!そんなにノロノロしていたら折角のチャンス逃しちゃうんだからぁ!』
幼さの抜けきれない拗ねたように声を荒げる様子をヒビキは苦笑して見守った。
奏は俺にとって大切な存在。一緒に居ると励まされて安らぎと癒しを与えてくれた。
その奏を特環はヒビキから奪い去った。
虫憑きとなったいた奏を狙い局員を派遣して襲い欠落者にしたのだ。
ヒビキのライブイベント当日の日に。イベントが終わり会場から抜け出した後に待っていたのは搬送しようとする特環局員と感情を失った奏だった。
もう、もう二度とあんな想いを味わいたくないっ!
「Caaaaaaaaall」
透明な衝撃波がイチの回避能力を上回る範囲の壁となって襲いかかる。吹き飛ばされては立ち上がり、接近するを繰り返すイチは打ち身の傷痕を青く腫らし血を拭うことなく淡々としている。
ヒビキの意図ではないが背後にある欠落者アパートを気にして雷による迎撃を控えの羽目に陥っていた。
純粋な身体能力頼りたいして接近もままならずやられぱなっしである。
一方的な展開に追い込みつつも、機械のように動きを辞めないイチを恐ろしく思えた。
「そろそろ飽きたな」
愚直なまでの繰り返しを続けていたイチがポツリと呟いた。
「強がりはよせ。手も足も出ないならいい加減諦めて帰ってくれ」
ヒビキも夢を使い続けて精神を疲れさせていた。
一方的な攻撃とそれでも起き上がる敵の不気味さを感じながら本心からの言葉を口にする。
「帰らせてもらうさ。用事を済ませた後でな」
「わからず屋め!」
嘆願むなしく拒絶され激昂するヒビキ。
マイクスタンドに音を当てるように近づけ大きく叫んだ。
終わりにしたい。そう思ったヒビキはこれまでよりずっと力を込めた声を衝撃波に変えた。
「終わりだああ。shooooouuuuut!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
拳を握りその場で深く腰を落とし衝撃波の壁に正拳を叩き返した。
オレンジのタトゥーが活性化し、迸る雷撃が空気を破裂させる。
僅かに後ろに進むも両足で踏み止まり衝撃を相殺した。
「馬鹿な!」
ヒビキにとって信じ難い光景である。
タフな奴だと思っていたがここまで無茶が出来る化物とは思っていなかった。
慌てて追撃に声を振り絞る。マイクスタンドの音響が衝撃波を作り出しイチに迫り来る。
一度突破した攻撃をイチは同じように対処して無効果して前を歩く。
ゆっくりとアパートの広い敷地を横断するイチに恐怖しながら声を枯らして迎撃する。
どれもこれも拳で凪ぎ払われ、接近を阻むことに成功しなかった。
ついにヒビキはイチに追い込まれた。
「限界か」
「畜生。諦めるか、諦めて堪るか」
奏が欠落者にされたその日はヒビキのライブコンサートの当日だった。
この時すでに虫憑きだったヒビキは奏の様子の異変に気付かずにいた。
思い返してみれば滑稽な話だが、まさか奏が虫憑きになっているとは予想もしていなかったことだ。
虫に怯え、特環に怯えていただろう奏はその時は全てを隠しヒビキに不審に思わせない努力をしていたのだろう。
心配していたのは自分のことではなくヒビキに負担させてしまうこと。そんな優しい子だったから。
ライブハウスで控え室でのやり取りに隠し事を秘めた奏。
ヒビキとの会話で何かを伝えようと奏の言葉はいつもより力が篭っていた。
『妙にデビューを急かすなあ。なんでそんなに焦る必要があるんだ』
『だってヒビキの歌声は凄いんだもん。さっさとデビューしてくれたら有名になって自慢出来るでしょ』
『おいおい。人をダシにする気かよ』
妙な小悪魔っぷりの態度が彼女らしかった。
盛り上がり無事終了したライブ。
真っ先に奏の姿を探した。
いつもなら終わったらすぐに近くまで控えてくれた彼女が姿を見せないことが不審だった。
探しまわってライブハウスの裏側を覗けばそこに彼女は居た。
コートとゴーグルを装着した特環局員に搬送用トラック。
確かにそこに奏ではいた。
虫を殺され欠落者になって。
すぐに血が登り、虫を出した所までの記憶から先が曖昧だ。
自分が何を叫んでいたのかもわからない。気が付けば虫であるマイクを握り締め、奏を見下ろし立ち尽くした。
なんで奏が虫憑きになったことに気付いてやれなかったんだろう。
どうして奏が欠落者にならなければならないのだろう。
後悔、悔恨。ヒビキの脳内をずっと埋めつくしそればかりを考えさせられた。
何もしてやれなかった。
ずっと見守っていてくれたのに。
彼女はどうして虫憑きになったんだろう。
ヒビキに付き添ってくれた彼女はどんな夢をみて虫憑きになったのか。
ーーきっと奏はあの日に全てを伝えてくれた。
「もう諦めたか?」
「いいや。大切なことを思い出した所だ」
そうだ。彼女は伝えたのだ。自分に。
何故なら彼女の夢はーー
『私は響の最初のファンだからね。いつか大きな舞台に立つ響を見ながらそれを自慢するの。それが私の夢』
それを聞いて俺はーー
「アアアアアああァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーー!!」
透明な波動がイチの上空の景色を歪めさせ、空間ごと押し潰すかの様に拡がりをみせる。
ヒビキの咆哮は喉の限界まで音を出し続け呼吸すら忘れてマイクに音響を響かせる。拾い上げた音を何倍にも増幅させ、今にも弾け飛びそうな張り詰めるめたエネルギーが大きく空間を支配してなお肥大化し続けた。
遂に貯まりに貯まった衝撃波がイチの頭上から襲来した。
「ウオオオオオおおおおおおお!!」
衝撃波に接触した瞬間、同化型の身体強化能力を凌駕したエネルギーが隕石のような威力でイチの両足を大地にめり込めさせた。
そのまま見えない巨人に踏み潰されたかのように地面に埋め込まれていく。平らな庭に陥没と亀裂が芝地を荒れさせ破壊される。
最初に片足を地面につけたのはイチの方だった。
「あああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァ」
怒濤の絶叫はひたすら途切れることなくイチに襲い続けた。重圧は増すばかりで緩まることない。
巨大な山が乗し掛かってる圧力の強さにイチは身動きすらとれずに衝撃波を喰らっている。
必死に抵抗し力む筋肉は所々断裂した熱と痛みを点しており、気圧そのものが圧縮されたかのような内臓も破裂せんばかりに痛みを発している。
噛みきらんばかりに食い縛る歯から血が溢れ出た。
本格的に臓器にダメージを受けている。
このままだと無抵抗に殺され兼ねない。
だがイチの眼には諦めを宿してはいなかった。
「ッォ、ォォォオオォ、うおおおおおおッ!!」
ゆっくりと継続して襲い掛かる衝撃波を押し返し、立ち上がる。
立つだけで切れた筋肉から出血が起き生じた激痛に歯軋りする。
血走ったアイラインの引かれた両目を見開きオレンジのタトゥーが輝きを増していく。
そして身を沈ませていたその場所から一歩前に進んだ。
大地を揺らす衝撃と絶叫とイチの歩み。
距離が0になればヒビキの負けだ。
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァ」
再び迫り出した敵にヒビキの絶唱は喉の痛みも無視して震え続けた。
衝撃波の重圧を受けても歩みが止まらないイチとけして叫びを止めようとしないヒビキの戦い。
欠落者だけが見守る戦いの結末は近かった。
欠落者を収用していたアパート。その敷地をステージにした虫憑き同士の戦場。荒々しい破壊音も戦いの叫びもなくなった。静けさを取り戻したアパートの敷地に風が靡く。
静寂がこんなにも耳を焦らすのは歌声が停止したからか。
夢を磨り減らし、喉から声を涸れ果てるまで絞り出したヒビキは両足を着いていた。
先に膝を折ったイチに対し、何度でも立ち上がりヒビキに迫る敵の執念に心が折れた。
「結局お前に欠落者は守れない」
「ぃ、もぅとを、家族を、守って何が悪い」
「!お前、女だったのか」
掠れた声でヒビキは吐き出す。妹である奏を守る。そんな当たり前のことをヒビキはしてやれなかった。
帽子がとれて露になった長髪と素顔のヒビキにイチは驚きをみせる。ずっと男だと勘違いしていたようだった。
「まあ、いい。お前は負けた。大人しく勝者の決定に従え」
イチの勧告がヒビキの心を貫く。
「ただの欠落者の引き渡しが随分と面倒になったものだ。おいお前」
予定外の戦闘。思ったより負傷を負った。それだけヒビキは強敵だった。欠落者を守ろうとする心は本物だったからだろう。
治療班にお世話になる回数は今の所イチがダントツ一位だ。不名誉ながらもお世話にならざるを得ない。
用件を終らせてさっさと帰ろう。
「俺たち円卓騎士団は少数による虫憑き集団。最近漸く組織としての形になったが人員は足りていない」
唐突な話にヒビキはよくわからない顔をする。
「戦闘班、情報班、治療班、回収撤退班、支援班、調査班。人手に事欠かない組織だ。当然新しく欠落者を管理する人材が必要になる」
その言葉に反応して顔を上げたヒビキ。渋い顔をしたイチは話を続けた。
「実力があって面倒見のいい人材の適任者を探している。さて心当たりある該当者がいるなら紹介して欲しい所だ」
ここまで言えば理解できるだろう。本当、面倒になったものだ、欠落者引き取りの用件は。
イチは話すべきことを話し終えたように言葉を待った。
「......ヒビキ。俺はヒビキ。絶対に欠落者を守り通す。適任者だ」
声を最後まで振り絞ってイチと戦った虫憑きは言う。
眼の光は強い意志を秘めていた。
「採用してやる。必ず守り通せ。約束を違えるなよ」
勝者の決定だ。
上から目線なのはイチの性分だった。
「ああ。......ありがとう」
ヒビキは欠落者アパートの玄関を見詰めて呟いた。
視線の先には彼女に似た顔の幼い少女が立っている。
そこに居るのは感情を宿すことない欠落者だ。
だけどーー
『いつか最高のステージに連れてってやる』
そう言ったヒビキに向けて最高の笑顔を見せたあの頃の少女を幻視し眠りについた。
一段落した欠落者アパートに電子機器の着信音が鳴り響く。円卓騎士団の通信機だ。
イチはポケットから取り出した通信機を耳に当てた。
すぐに切羽詰まった声が耳に入った。
『団長!』
「どうした」
通信の声の主は情報班信也。切迫した声色に一切余計を入れずに聞き出す。
『キノが正体不明の虫と交戦中!強力な虫で危険度暫定レッド。一号指定及び、成虫化級と診断されます。キノは応援戦闘員と撤退の拒否。団長の応援申請のみ連絡が入り単独戦闘を続行中、そして通信を拒否しております!』
「なっ!」
『既に早瀬と治療班を団長に向かわせています。至急副団長へ向かって下さい』
「念のため近くに八千代及び清太を待機っ。キノの危険が確認されればレッドの敵だろうと時間を稼げ!」
通信機に怒鳴り付けイチは次の戦闘の準備をする。
最初に感じたのはキノの身の安全の心配、そして疑念だった。
強力な虫ならイチに当たらせればいい。
応援の拒絶、撤退の拒否。どれも自分だけ関わって他は関わらせないつもりなのがわかる。
それでいてイチにだけに応援要請。このタイミング、イチが欠落者アパートに出張していた時間にだ。
イチが間に合うかわからない距離で独断専攻をし自分で対処できない場合の保険扱いだ。
どうしてこんなまどろっこしい事をするかがイチには理解できない。
「何を考えている。キノ」
ここに居ないキノを想いイチは呟いた。
α、それは一言で表すならカラミティートリガー。
解放されれば瞬く間に分裂し増殖して破壊を振り撒く災害を成すだろうとされる虫憑きだ。
彼は世界を憎んでいる。延命させる機器の中で命を繋ぎ、されど自由のない眠りに微睡む生涯。
その経歴は謎が多い
しかし彼の肩書きは重要度は高い。
それもその筈。彼は始まりの虫憑き。
始まりの三匹よりも先に誕生した超常の存在。
原初の虫憑きαなのだから。
空高く浮遊する物体があった。
地上から離れ過ぎたその物体は下から視認することは難しい。高々に浮かんだ黒点を人は鳥と思うかもしれないし、飛行機や、風船のような浮遊物を思わせるかもしれない。
しかしそれは眼だった。
昆虫の複眼をばらしたあと神経で繋いだ中心に人間の眼球を埋め込んだ見た目の化物。
それを下から見上げる一人の人物。
「α。お前は私が倒す」
覚悟と強い意志を持ったキノがそこにいた。
今回の独断専攻はキノにとって勝手極まる行動と自認しつつ譲れない想いがあった。
誰にも邪魔されない所でキノはある行動を目的としている。
「腕試し。それじゃ一丁やってみようか」
災害級の虫αを相手にキノ一人の戦闘が始まる。
今年はムシウタがやってこない。大助がクリスマスの約束を果たしていない。つまりクリスマス中止のお知らせだ!サンタ狩りだぜリナ!
でも、やったね!来年2月に新刊出るらしい!
べ、別に待っていなかったんだからね!勘違いしないでよね!