Fate/Meltout   作:けっぺん

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前回の前書きの縦読みに気付いた方はいらっしゃるのだろうか。


Escape From New Moon.-3

「……」

「大丈夫よ、ハク。誰も貴方を咎めることはないわ」

 旧校舎に転送された後、最初の通信は生徒会室に戻ってくるようにとの事だった。

 正直、戻りづらい。あろう事かサクラ迷宮に入る前に何者かに襲撃され、更には敵らしい凛に生徒会の情報を教えてしまったのだ。

 生徒会からすればこれは早々に危うい状態だ。

 サクラ迷宮を抜けるどころか、入ってすぐに襲撃される状態を作り出されてしまう。

「ハク、どの道生徒会室に戻らないと始まらないわよ」

「……うん」

 だが、これは僕の責任。ここから先も、僕はサクラ迷宮の攻略をするつもりだ。

 僕のミスでレオ達を危険に晒す訳にはいかない。

 決心して、それでも少し躊躇いつつも、生徒会室の扉を開く。

「あ……ほら、来たッスよ。ボクの出番はこれで終わりッスね」

「まぁまぁ、出てきたついでに生徒会に入っていきませんか?」

「……」

 何だこの光景は。

 用具室に引き篭もっていたジナコがここにいて、それをレオが勧誘している。

 ジナコが出てきたことに驚き、そして何より驚愕すべきは彼女ではなかった。

「貴女のサーヴァントも参加を希望してますよ?」

「レオ、私は別に何も言っていないのですが……」

 苦笑しながら言う軽鎧を纏った青年は、記憶にない。

 見たところ、ジナコのサーヴァントだろうか。

 穏やか目は攻撃的な逆立てた金の髪とは相反的でその奥に在る深い思慮は僅かも読み取ることができない。

 この場に居る誰よりも強大な存在感。例えるならば、それは光源そのものだ。

 レオやガウェインでさえ霞んで見える程、その青年の存在は強く輝いている。

「さて、ハクトさん、お帰りなさい。まずは座ってください。今後の方針を話し合わなければ」

「え……あ、うん」

 レオの言葉に責め立てるような雰囲気は無い。

 何気なく安心しながら席に着く。

「私たちは行くとしましょう、ジナコ。貴女が生徒会に手を貸さない以上、ここにもう用はないでしょう」

「無理矢理連れてきといて、自分勝手ッスねーアルジュナさんは。さすがはマハー……なんちゃらに名高い大英雄ッスよ」

「……アルジュナ?」

 ジナコが平然と言った真名に目を見開く。

 サーヴァントにとって露呈は致命的となる真名をさらりと言ってのけた事、それだけならまだ分からなくもない。そんな代表例、ガウェインが居るのだから。

 驚愕はそれではなく、真名そのものについてだ。

 アルジュナ。インドの叙事詩、マハーバーラタの中心人物。

 雷神インドラの子として生まれ、弓の名手として知られる大英雄。

 そんな存在ともなれば、成程この圧倒的な存在感も納得できる。

「あぁ、ハクト、でしたか。私はアルジュナ。此度の聖杯戦争でアーチャーのクラスの下に召喚に応じたのですが今は……」

「……何スかその物言いたげな目は」

「いえなんでも。今はこの通り、危険地へ赴くつもりのない怠惰なマスターの要らぬ守りを任されております」

「任せてないッス! そんなにイヤならガトーのおっさんのトコロでも行きゃいいじゃないッスか!」

「ふはははは! 残念ながら小生が傍に置くのはかの女神のみでな! だがさすがは雷神(インドラ)の子よ、誠実の中に秘めた雷鳴の如き激烈さ、公私を明確に別ける絶対的な意思。お主と見える事ができて小生感激である!」

 話題を振られたガトーが哄笑しながら青年――アルジュナに言う。

 スーパー求道僧を自称しているだけのことはある。アルジュナという英霊の性質と出自を読み取り彼なりの敬愛を見せるガトーにアルジュナは目を見開くもすぐに穏やかな笑みへと戻る。

「……ふむ。私も契約上の役割があるゆえマスターを変える事は出来ませんが。ガトー、貴方の人間性はどうやら他者(ヒト)とは違うようだ。高名な僧とお見受けしますが?」

「いやいや、こちとらまだまだ修行の身。答えを求める一介の男に過ぎん」

「成程、より高みを目指すのは良い事です。そんな気概をジナコが少しでも持ってくれれば尚良いのですが」

「ボ、ボクだって向上心くらい持ってるッスよ! じゃなきゃ何が目的で一日中レベリングしてるッスか!」

「貴女の命で「スレ監視」なるものを行っていた時にふと見かけたのですが、ジナコ、貴女のそれは向上心の賜物ではなく半ば機械的なものでは? 調べてみたのですが、そういった存在を「廃人」と呼ぶそうですよ?」

「何勝手に余計なコトしてるッスか!? ネトゲ廃人も行くトコ過ぎれば立派なステータスッス!」

 何だこの不毛な会話は。

 さながら問題児と教師の会話か。諭すようなアルジュナの言葉にジナコは子供のように返す。

「アタ――ジナコさん帰るッス! 行くッスよ、アルジュナさん!」

「はいはい――ハクト、困ったことがあれば呼んでください。ジナコはともかく、私は出来うる限り協力をしましょう」

「……はぁ」

 マスターであるジナコの意思より、アルジュナはこの生徒会の意思を尊重しているのだろうか。

 僕でも分かる程に規格外なサーヴァントが脱出に協力的なのは心強いが、何となく引っかかるものがある。

 誠実かつ健全、凛のランサーに匹敵しうる英雄らしさ。だが二人には決定的に違うところがある。

 ランサーはどんな時でもマスターを尊重している。

 マスターが悪の道に走ろうと、それを良しとして手を貸すのがランサーだ。

 対してアーチャー――アルジュナは今のジナコを良しとしていない。例えばランサーがジナコのマスターだったら、その怠惰な性格をも良しとして、しかしその生活に対する純粋な疑問をぶつけていただろう。

 アルジュナは相手を良しとせず、自身の測りで相手を考えている。

 個人的な主観を切り捨て、客観のみで人を見ているのだ。

 ジナコが文句を言って、アルジュナが返す。進展のない会話を延々と繰り返しながら二人は生徒会室を出て行った。

「ははははは! やはり名うての英雄は大いなる人徳を持っている。彼に倣い小生も徳の向上をアップする所存ッ! という訳で御免!」

 アルジュナと話せた事に気を良くしたらしいガトーがそれに続き出て行く。向上をアップって何だ?

 レオは見向きもせずに、溜息を一つ吐いた。

「……上手く引き込めると思ったのですが、用具室警備員なる彼女の意思も固いですね」

「ガウェイン、ああいった一つの道のスペシャリストは人と違う考えを持ってるものです。今は諦めましょう」

 ジナコたちの協力を得れなかったことに残念そうに嘆息するレオ。

 ユリウスとダンさんは何かのデータを解析しており、白羽さんは何もせずにお茶を飲んでいる。

 ――何というか、戻ってくる前の緊張していた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

「おや、どうしました? そんな呆けた顔をして」

「いや……責められると思ったから」

「何故です? 死んでしまったらともかく、生きて戻ってこれたのは賞賛に値しますよ」

 レオの、王としての物言い。だが、悪い気はしない。寧ろ安心できた。

「それに遠坂 凛の生存、そしてどんな事情であれ、敵である事が確認できた」

「確かに問題は多いが、君がアリーナに入った事で手に入った情報も多い。戦果としては十分だろう」

 戦いの場数を多く踏んでいると思えるユリウスとダンさんの言葉も、論理的に今の状況を分析してその上で気にするなと言外に告げている。

「ま、そういう事。何も気にしなくて良いんだよ、白斗君」

 皆のそれが気遣いである事は明白だ。

 だがだからこそ、今後このような事がないように頑張ろうと思える。

 凛が敵であるのなら、その原因を探ってどうにか平和的解決を望みたい。

「ところで、ジナコは何故生徒会室に?」

「あぁ、言い忘れていました。ハクトさんを探すにおいてサクラ迷宮に入ったのはアルジュナさんなんですよ」

「……ジナコは、非協力的だったけど」

「えぇそうなんですが、貴方が行方不明になったという生徒会での情報を聞きつけたのでしょう。それにミスカリギリはサクラ迷宮に入っていませんし、そもそもアルジュナさんが無理矢理連れてきた感じでした」

 ……魔力を供給する都合だろうか。

 多分この生徒会室は旧校舎のリソースの大半を使用できる。ジナコがサクラ迷宮に来ずともこの部屋にいれば効率よくアルジュナに魔力を回せるとかそんな理由だろう。

 何故アルジュナが僕を助けてくれたのか、それは気になるが残念ながら既にアルジュナは退室した後だ。

 ジナコの居る用具室は普段は開けてもらえないだろうが、用事があるときにでも感謝はしておこう。

「さて。それは置いといて、今はミス遠坂についてです。ハクトさん、何か現在の彼女に関して分かったことはありますか?」

「……元々サーヴァントだったランサーとの契約が断たれていた。代わりのサーヴァントはディーバっていうクラスらしい」

「……ディーバ……歌姫ですか。妙ですね。謎は一つ解けましたが、何より彼女が戦闘に向かなさそうなサーヴァントに変更する理由が見当たらない」

「謎?」

「はい。サクラ迷宮の一階には通信を妨害する歌声が響いています。術式化していましたが、そのディーバなるサーヴァントのものに違いないでしょう」

 通信を妨害……とは言え、先ほどのような強制退出が出来るくらいには自由は効くということだろうか。

「……ですが、どんな障害があっても僕らはサクラ迷宮を抜ける他ない。一先ずはもう一度あそこに行く必要がありますね」

「うん。すぐに向かうよ」

 レオの目が見開かれる。まぁ、初回からあんなアクシデントがあって尚向かおうとする人なんてそう居ないだろう。

 だが僕にはこれくらいしかできないのだ。

 適材適所。僕のできることは、サクラ迷宮に潜って少しでも聖杯戦争に戻るための一歩を進めることだ。

「――はい。任せましたよ」

 それを知っているからこそ、レオは笑って任せてくれるのだと思う。

「凄いなぁ、白斗君。いつ死んでもおかしくないアリーナに、また行く気になるなんて」

 白羽さんがそんな呟きを漏らす。感心というよりそれは、信じられないものを見るような表情だった。

「バックアップの仕方も、僕には分からないからね」

「そんな理由で前線に出れるのが凄いんだよ。でも、絶対に死なないでね」

「……うん、分かってる」

 白羽さんが奥底で何を思っていたのかは分からない。

 確かに今の僕の仕事は死と隣り合わせ。何が起きるか分からないアリーナに入り込むという危険極まりないものだ。

 死を恐れているのだろう。だが、白羽さんは止めたりしない。

 レオの指示(オーダー)、白羽さんの懇願(オーダー)、どちらも捨てずどちらも完遂する。

 それが僕の答えで、僕がやるべき仕事だ。

 

 

 サクラ迷宮の入り口である桜の木。

 先ほどのような突然の襲撃に警戒しながら外に出てきた僕は、木の前に立つ小さな人影を見つけた。

「……アンデルセン?」

「む、やっと来たか。待ちくたびれたぞ。ただでさえ苦手な肉体労働だ、いつ切り上げようかと考え始めていた。まぁ労働といってもここに立っていただけなのだが」

 キアラさんのサーヴァントである少年は目を合わせた瞬間眉根を寄せて愚痴を言い出した。

「えっと……何か用?」

「ああ、マスターの命でな。あの女も役立たずなりに手を貸したいのだろうよ」

 言って取り出したのは、一冊の本。

 ペラペラと捲れる、それを形作る紙一枚一枚に確かな魔力の宿る宝具に等しい一冊。

「――運命は捻り曲がった世界の環。歌を失くした女は犠牲から目を背けた傍観者。泡と消えるは必然だ」

 アンデルセンは物語を紡ぐように開いた本から零れる魔力を束ねていく。

 魔力はやがて一つの術式として完成する。その術式は自らの完成を感じ取ると、此方に飛び込んできた。

「うわ――」

 術式は令呪の無くなった左手に吸い込まれるように消える。

 魔術回路と繋がり、一つになっていく感覚。

 魔術師の性質を変化させる可能性のある形式であるが、問題なくインストールは完了された。

「ハクに何をしたのかしら、アンデルセン」

 姿を出現させたメルトの眼差しがアンデルセンを射抜く。

「何て事はない。脱出の為にあの女は力になりたい。そう言っていなかったか?」

 確かにキアラさんを生徒会に誘った時、そんな話をしていた。

 となると、これがその貸してくれる力なのだろうか。

「今の術式があの女のものなら、何故これが必要なのだと思ったのかしら?」

「そんな事、俺が知るか。キアラは生徒会室に向かった。説明があるんだろうからさっさとアリーナに入れ」

 サクラ迷宮で何かしらの作用を及ぼす術式で、その使い方を生徒会室からキアラさんが教えてくれるという事だろうか。

 キアラさんはサクラ迷宮に入った事はない筈だ。生徒会の情報も知らない以上、役に立つ術式は分からないと思うのだが。

 とは言え、どんな効果を発揮する術式であっても、あって困るものではないだろう。

「……あぁ、分かった。生徒会室から通信で教えてくれるって事かな?」

「多分な。俺は魔術なぞ良く知らん。さて、使いも終わった。仕事に戻らせてもらうぞ」

 魔術師の英霊であるのにアンデルセンは言ってのけた。

 作家であるのだから当たり前だろうが、キャスターが魔術を知らないという事実に何ともいえない心境になる。

「仕事って?」

「執筆作業だ。俺は作家だからな」

 そう言うとアンデルセンは用は済んだと消えた。

 英霊になってまで、執筆をする――それがアンデルセンの英霊としての能力なのかもしれない。

「――行くわよ、ハク」

「……メルト、何でアンデルセンには辛辣なんだ?」

 基本誰に対しても手厳しいメルトだが、アンデルセンに対してはそれが一際強い。

 生前の知り合い、という事でもなさそうだ。失った記憶――聖杯戦争中で、関係があったのだろうか。

 キアラさんに関する記憶はないし、深い関わりも無さそうなのだが。

「……ハク、聖杯戦争中の事、本当に何も憶えてないの?」

 メルトの表情には、心配や不安、焦燥のようなものは見られない。

 だが、何かを思っているのは明確で、記憶があればそれが分かっただろうにというもどかしさを感じた。

「……うん。何回戦まで戦ったのか、誰と戦ったのか。何も、思い出せない」

「私については? 私がどんなサーヴァントか、憶えてる?」

 僕のサーヴァント、メルトリリス。

 クラスの割り当てられていない特殊なサーヴァントで、他には――

「……ごめん」

 ただ、それしか言うことが出来なかった。

 目の前の、共に戦ってくれたサーヴァントの事を何も思い出せないという事実。

 メルトがどう思ったかは分からない。だが、その事実が何よりも強い責め苦になっていた。

「……気にする事はないわ。でも、そうね……」

 暫く考え込むように顔を伏せていたメルト。僕が記憶を失ったことによる不都合もあるに違いない。

「一つだけ言っておくわ。キアラには気をつけなさい」

「え?」

「利用するならする時だけ。関わるのは最低限よ。分かったかしら?」

 キアラさんが何者なのか。それをメルトは知っているのだろうか。

 だとすれば、メルトは何故キアラさんに気をつけろと言っているのか。

 幾ら考えても、失った記憶を掘り起こすのは不可能だ。だが、メルトは信じられる存在、それは間違いない。

「……うん、分かった」

「なら良いわ。迷宮に入りましょう」

 彼女の言葉が、何を意図してのものなのか。

 疑問は増えるばかり。

 ともかく、まずはその一つ。凛は本当に敵なのか。

 それを確かめるべく、サクラ迷宮の入り口を開いた。




大体の予想通り、アーチャーはアルジュナでした。オリキャラ二人目。
言わずもがなかもしれませんが、ケイローン先生を基にしています。
最初はカルナと同じような喋り方だったんですが、対話させた時紛らわしいと思ったんでこうなりました。

ガトーの「向上をアップ」は友人Nの名言。
インタビューの練習してる時にぶっ放され、ツボったので使用しました。
ガトーに喋らせても違和感ない辺り、思考回路が似てるんでしょうね。

次回はようやくサクラ迷宮。
現在の進行状況はPUNISH前で止まってます。どうすりゃいいんだよあんなの。

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