Fate/Meltout   作:けっぺん

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一回戦終幕です。


九話『星の開拓者』

 

 

 メルトの一撃を受けたライダーは、ゆっくりと崩れ落ちる。

 それと同時に『黄金の鹿号(ゴールデンハインド)』は消滅し、主たるライダーは地に落ちた。

「な、なんでだよ!? なんで僕のサーヴァントが負けるんだよ!?」

 慎二は叫びながら尚もコードキャストを発動させようとする。

 回復のコードか、或いは攻撃のコードでメルトを先に倒し、勝利するつもりか。

 どちらにしろ、既に勝敗は決したようで、慎二からはコードの兆しすら見られない。

「どう考えても僕の方が優れている! 天才のこの僕が! こんな所で負けるワケにはいかないのに!」

 コードの発動を諦めた慎二は、焦りを隠さずにライダーを睨む。

「そ、そうだ、全部お前のせいだ、エル・ドラゴ! お前が不甲斐ないからこんな事になったんだ!」

 ふらふらと立ち上がるライダーは、皮肉気な笑みを浮かべて、自分に責任を擦りつけるマスターを見やる。

「……なんだい、ボロボロのアタシに鞭打つかい。さっすが、アタシのマスターだ。筋が良いよ」

「憎まれ口を叩く余裕があるなら戦えよ! 僕が、僕たちが負けるワケないんだから!」

 慎二はそう言うが、本当は理解しているはずだ。

 ライダーはもう、戦う力は残っていないと。

「あー、そりゃ無理だね。アタシ、心臓撃ち抜かれたし? そろそろこの身体も消えるっぽいよ?」

 実際、ライダーは喋るだけで精一杯のようだった。

 斬撃の痕は致命傷。

 あんな風に極普通に喋れるのが不思議なほどだ。

「な――なんだよそれ、一人で勝手に消える気か!? 僕が負けたのはお前のせいだぞ!」

「……あぁ、アタシのせいかもねぇ。実力、天運、はたまた執念、こっちの油断。負けた原因はいくらでも口にできるが――」

 ライダーは海を思わせる決戦場を見渡す。

 海を馳せた英雄ながら、一度も見る事のなかった海の底。

 何か思うことがあるのだろうか。

「ま、なんでもいいさね。人生の勝ち負けに、真の意味での偶然なんてありゃしない」

 圧倒的な運の差がありながら、勝利を拾ったのは僕たちだった。

 それを百パーセントの運ではなく、他の要素もあったと。

「敗者は敗れるべくして敗れる。こっちの方が強いように見えても、何かがアタシたちは劣っていたんだ」

「なに他人事みたいに言ってんだよ! 僕は完璧だった。誰にも劣ってなんかない!」

 髪を掻き毟りながら、恨めしそうに慎二はライダーに言う。

「こんなはずじゃなかったのに……とんだはずれサーヴァントを引かされた! こんなゲームつまらない、つまらないっ!」

 ライダーに吐き散らす慎二を尻目に、メルトは此方に歩いてくる。

「行きましょ、ハク。これ以上先は見ることないわ」

「……え?」

 これから起こる「何か」を分かっているように、メルトは言った。

 勝者は僕達。つまり、慎二は――

「ちょ、おい、待てよ! お前たちに話しがあるんだ、僕に勝ちを譲らないか!?」

 必死の形相で、慎二が提案してくる。

「だ、だってほら、君は偶然勝っただけだろ? 二回戦じゃ絶対負ける。でも僕ならきっと勝ってみせる!」

 慎二は聞かされていなかったのだろうか。敗者に待ち受けるそれを。

「な、考えても見ろよ。二回戦目で二人とも終わるより、どちらかが優勝した方が僕たちにとってはプラスになるだろ?」

 もしくは、冗談だと思っているのか。

「……ハク。行くわよ」

「え……あ……」

 メルトが促してくる。

 手を引かれ、慎二たちの方を向いたまま一歩後ずさる。

「おい、待て、行くなよおい! こんな簡単な計算もわからないのか? 聖杯を分けてやるって言ってるのに!」

 その必死の提案を、ライダーが手で制す。

「やめとけってシンジ。負けちまった以上、何で上塗りしようと今更惨めなだけだぜ?」

「う、うるさいっ! お前のせいで負けたんだよ! 何偉そうに口聞いてるんだよ!」

 無意識のうちに、慎二に話しかけていた。

「……慎二、勝ちは譲れない。二回戦も勝つ」

「……ちっ……こんなゲームで勝ったからって調子に乗るなよな。リアルなら僕の方が何倍も優れてるんだ。地上に戻ってお前がどこの誰かハッキリしたら――」

 その瞬間、真の意味で勝敗は決した。

 

 ――

 

「うわっ!? なんだよ、これっ!? 僕の、僕の身体が、消えていく!? 知らないぞこんな退場(アウト)の仕方!?」

 慎二の手が黒く染まり、土塊のように崩れ去っていく。

 そして、僕たちと慎二たちの間に現れた障壁。

 勝者が助けようと思っても、絶対に干渉できないように。

 消えていく身体に狂乱しながら騒ぐ慎二の横で、ライダーの身体も消滅していく。

「し、慎二……!」

 障壁に手をつき、どうにか壁を壊そうとする。

 あのままでは慎二は恐らく――

 どうにかして、助ける方法が在る筈だ。

 しかし、壁はどうやっても壊せない。

「メルト、壊してくれ!」

「無理よ。この壁は不可侵のもの。こうなっては受け入れるしかないわ」

 メルトの言葉に、壁の向こうのライダーが静かに頷く。

「聖杯戦争で敗れたものは死ぬ。シンジ、アンタもマスターとしてそれだけは聞いてた筈だよな?」

「は!? 死ぬって、そんなの良くある脅しだろ? 電脳死なんて、そんなの本当なワケ……」

「そりゃ死ぬだろ、普通。戦争ナメんじゃないよ。負けるってのはそういうコトだ」

 幾つもの戦場を潜り抜けてきた英雄だからこそ言える、残酷な真実。

「大体ね、ここに入った時点でお前ら全員死んでるようなもんだ。生きて帰れるのはホントに一人だけなのさ」

 身体の半分ほどが消滅して尚、それを露ほども気にしないでライダーは言う。

「な……やだよ、今更そんな事言ってんなよ……! ゲームだろ? これゲームなんだろ!? なぁ!?」

 止まらない消滅に、慎二に焦りは一層増していく。

「な、何とかしてくれよ、サーヴァントはマスターを助けてくれるんだろ!?」

「無理。別段文句言うような事じゃないだろ? 善人も悪党も最後にはみんなあの世行きなんだから」

「何分かったような事言ってるんだ! お前悔しくないのかよ!?」

「そりゃ反吐が出るほど悔しいさ。だけど契約した時言っただろ?」

 

 ――覚悟しとけよ? 勝とうが負けようが、悪党の最期ってのは笑っちまうほど惨めなもんだ。

 

 心の底から愉快そうにライダーは言う。

 既に八割型が消滅し、ほとんど見えなくなっている。

「はは、あんだけ立派に悪党やったんだ。この死に方だって贅沢ってもんさ。愉しめ、愉しめよシンジ」

 そして、ライダーの目は此方に向けられる。

「アンタらも容赦なく笑ってやれ。ピエロってのは笑ってもらえないとそりゃあ哀れなもんだからな」

「――慎、二……」

 笑えるわけがない。

 今目の前で、親友が死のうとしているんだから。

「サーヴァント、アンタが決戦前に言ってた、喜劇王だっけ? 笑いの王様かぁ。シンジも名誉な渾名貰ったねぇ」

 慎二はもう、それに返す気力さえないようだった。

 ライダーはメルトの言葉を思い出して一頻り笑った後、ほとんど見えない口元をキリッと結びなおす。

「……さて、ともあれ良い航海を。次があるのなら、アタシより強くなっていてくれよ?」

 遂に手の全てが消滅し、握っていた拳銃が地に落ち、そのまま消える。

「アタシの本業は軍艦専門の海賊だからねぇ。自分より弱い相手と戦うってのはどうも尻の座りが悪くていけないからさ」

 最後に慎二の方を向き、小さく笑う。

 

「……月の開拓は、過ぎた事だったかねぇ」

 

 世界を廻り、幾多の海を眼に焼きつけて、人類史において大きな一歩となった。

 人々が住む星の開拓者は、そんな呟きを遺して、楽しげな笑みを浮かべたまま消えていった。

 そして、敗者の運命を見せ付けられながら、ただ一人取り残された船長は、

「お、おい! 何勝手に消えてんだよ! 助けてくれよ、そんなのってないだろ!?」

 既に居ない副官に、すがるように助けを請う。

 自らのサーヴァントだった残滓を掴もうと肘から先が無くなった腕を伸ばし、そのまま力なく崩れ落ちる。

「あ、あぁ……消える! 紫藤! 助けてくれよ、友達だっただろ!?」

 涙を流して絶叫する慎二に、僕が出来る事なんて何一つ無い。

「……ごめん、慎二」

 今失われようとする命への謝罪が、精一杯だった。

「……あ、あ――消える、消えていく! なんで、おかしいぞこれ! なんでリアルの僕まで死ぬって分かるんだ!?」

 聞こえなかったのかは分からない。

 だが、もう慎二に何一つ言葉は届かない。

「うそだ、うそだ、こんな筈じゃ、助けろよ、助けてよお! 僕はまだ八歳なんだぞ!?」

 最早誰に対しての叫びかも分からない、無意味な助けを請いながら、

「こんなところで、まだ死にたくな――」

 仮初の親友は、ゆっくりと消えていった。

 今この瞬間、間桐 慎二という人間の魂が、存在が、完全に消え去った。

 この場に残るのは、勝者と認められた僕とメルトのみ。

 勝者と敗者、二つを隔てた壁の反対側には、もう何も無い。

 その事実を受け入れるしかないのだ。

「……()()シンジじゃなくて良かったわ」

 メルトの言う「あの」慎二の意味は分からなかったが、その言葉から察するにやはり慎二に勝てたのは奇跡だったのだろう。

 ――こうして、僕は親友を破り、聖杯戦争の一回戦を終えた。

 

 

 決戦場から出てきて、再び校舎の景色を見ると、ようやく勝利の実感が沸いてくる。

 それでも、慎二の事が気になってならない。

 目の前にいながら、助けることが出来なかった。

 勝ち続ける限りずっと今の光景を見なければいけないということか。

 絶対に、何度やっても馴れそうにない。

 一体どれだけ呆然と立ち尽くしていたのか。

 気付くと、凛さんが此方を見ていた。

「一回戦、終わったみたいね。シンジ君はアンタと戦うって言ってたから、負けて死んだのはアイツの方ね」

 さも当然のように、凛さんは言う。

「アジア屈指のゲームチャンプも形無しね。まぁ、命のやりとりなんて、あの馬鹿には未体験だっただろうけど」

 確かに慎二はゲーム気分でこの戦いに参加していた。

 そして、その気分のまま敗北し、最後まで死を否定していた。

「遊び気分でこの聖杯戦争に参加した魔術師の末路ってヤツ? どう、みっともない死に様だった?」

「っ、そんな言い方……!」

「あのね、ここは戦場なのよ。敗者に肩入れしてどうするの。それでアイツが生き返るワケじゃないんだから」

 何も言い返せない。

 まったく、その通りだった。

 この戦いは、ただ単純に負けたものはただ死ぬ。

 それだけの事なのだ。

 一回戦を終えて尚、それを認めることが出来ない僕が場違いであり、異常なのだと。

 聖杯戦争で勝利した一人はどんな願いでも叶える事が出来る。

 この場所に来た者たちは皆、どんな事があっても叶えたい願いを持っている。

 もちろん、マスターたちはそのために命を奪う覚悟も、逆に敗れたときに命を失う覚悟も持っている。

「アンタ、その様子じゃ記憶、まだ戻ってないんでしょ」

「……」

 無言で頷く。

 この少女は、何故僕の事をここまで知っているのだろうか。

「まぁ、それは良いわ。目的が無いのはいい。けれど、覚悟くらいは持っていなさい」

 そうだ。記憶がないから願いも分からない。

「覚悟もなしに戦われるのは目障りなの。死ぬ覚悟も殺す気概もないのなら世界の隅で縮こまっていて」

 だけど、僕自身が死を拒んでいて、それ故に慎二を殺したのは事実。

 これでもまだ覚悟が持てていないか、と言われれば、それは否だ。

 中途半端のまま生きていたら、慎二に申し訳が立たない。そうメルトは言っていた。

 僕は慎二の分も勝ち残らなければならない。

 その為に、戦う覚悟なら持つことが出来た。

「――そう。口先だけの事じゃなければいいんだけど」

 他のマスターの様に願いを持って戦うことは出来ない分、人一倍の覚悟を持つしかない。

 流されるままに戦っていて、勝てる筈もない。

「……凛さん」

「凛で良いわ。敬語って何か調子狂うから」

「――凛、君にも願いがあるのか?」

「勿論じゃない」

 自分は、それらを踏みにじって勝ち進む事になるのか。

 凛と別れ、個室に戻る。

 疲れは思った以上に出ていたらしく、直ぐに眠りにつく。

 明日になれば、二回戦が始まる。

 今はとにかく休まないと――

 




次回から二回戦です。
あの陣営、実は大好きです。
そこはかとなくウェイバー陣営と似通ったところがある気がして。

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