Fate/Meltout   作:けっぺん

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私服の案は私の属性の数だけあります。
白衣もその一端なのです。ですが白衣が私服と言われるとちょっと考えます。
そんな葛藤と共に、カオスをお送りします。


Backyard of Eden-2

 

 

 生徒会室の扉を叩くと、「どうぞ」という短い返答が返ってくる。

 それに従い、扉を開く。生徒会室は他の教室と違い、豪華な絨毯を敷いた会議室のような造りだ。

 そこに居るのは、黒い学生服の少年と少女、コートを着込んだ青年、白い鎧を着た青年の四人。

 黒い制服の少年は、レオだ。先程までクラスメイトだった者の名を忘れるはずがない。

 しかし、残りの三人は初対面……のような、そうでないような。

 記憶の片隅にあるような感覚、という事は聖杯戦争中に面識があったということだろう。

「では、いきますよ」

 レオは三人に何かの合図をして、此方を見る。

「せーの……おはようございまーす!」

「おはよーございまーす!」

「……」

「……」

「……はい?」

 レオとは思えない、大きな挨拶に乗ったのは少女だけ。

 残る二人は気まずそうな顔で沈黙していた。

「ナイスです、ミスキザキ。それに引き換え二人とも、打ち合わせ通りやらなきゃダメじゃないですか」

「……いや、だが」

「朝の挨拶は元気よく快活に。やや脳の作りを疑われるほどバカっぽいほど学生らしい、と言ったでしょう」

 黒いコートの青年が何かを言おうとするが、それはレオの叱咤に遮断される。

 青年二人は顔を見合わせ、小さく溜息をついた。

「もう一度いきますからね。せーのっ……おはようございます!」

「おはよーございまっす!」

「グッ……グッドモーニング」

「……お……おはよう、ございます」

「……」

 そして無言で、レオは笑顔のまま此方に“何か”を強要している。

 その“何か”とは明白だ。今の、明らかに普段のレオとは違う挨拶をやれと言っているのだ。

「……何か悪いものでも?」

 さすがに身を案じ、そう問いかける。

「えぇ、食べましたとも。それはもうガブガブと。黒いコールタールのような何かを」

「……! あの黒いノイズ……!?」

 先ほどの校舎の惨状を思い出す。

 やはりレオも同じ、あれに飲み込まれた一人だったということか……!

「え? 何ですか黒いノイズって。僕が言っているのは、ユリウス兄さんのヘッタクソなカレーの事ですけど」

「……」

「この校舎、学食が無いんです。聖杯戦争中唯一の楽しみだったのに」

 戦慄した自分が馬鹿らしく思える。

「なので無理を言って兄さんに調理をしてもらったんです。校庭の隅で。出来たものは黒いコールタールみたいな何かでした。兄さん、あれどうやって作ったんです? 『兄のメシがまずい』なんてタイトルでスレッド建てたら十分で埋まるレベルですよ?」

 レオは苦い顔をしている黒いコートの男性に聞く。後半部分は良く分からない。

 どうやら、あの男性はユリウスというらしい。

「……すまん。俺にとってカレーは粉末状のものであり、レーションにふりかけるものだった。スープ状のものにしろと言われ、ドラム缶いっぱいに胡椒を入れて水とオリーブオイルを混ぜてみたのだが……」

「あぁ、ルーも入れてなかったんだね。でも食べれなくはなかったよ? スイカとかにかければ美味しいかも」

「ミスキザキ、フォローは良いですから。ちょっと黙っててください」

 キザキ、と呼ばれる少女も、どうやらそのカレーではない何かを食したらしい。

 そしてそれなりの点数だったと。

 一体どちらの味覚がおかしいのかは言うまでもない。本人から言い放たれた調理法からして明白である。

「ジャンクフードは兄さんの本領だと期待したのにガッカリです。アサシン、しっかりご指導をお願いしますね」

「呵々、生憎儂もその手の道には疎くてな。期待するな」

「ッ、今のは!?」

 突如聞こえてきた男性の声は、この部屋にいる誰のものでもなかった。

「あぁ、説明を忘れていましたね。兄さんもミスキザキもマスターです。当然サーヴァントを連れていますよ」

『ッ――』

 ――そういえば、そうか。

 聖杯戦争のマスターとして戦っていたならば、サーヴァントを連れていて当然だ。

 何を驚いていたのか。姿を消した上での発言ならば、メルトも行えるだろうに。

「さて、脱線してしまいましたが、僕の精神状態を疑ったということは、僕の事を憶えているようですね」

「え――あぁ、うん」

 かつてクラスメイトだったレオは、こんなにフレンドリーではなかった。

 それはしっかりと記憶している。

「では、悪ふざけはここまでに。僕は貴方の知っている、冷静沈着なレオで間違いありませんよ」

 柔らかに笑うレオは、普段通りだ。少なくとも先程のような異常さは感じられない。

「……でも、残念です。ハクトさんが忘れているようなら、これを機にキャラ変えをしたかったのですが……」

「そんな発言してる時点でレオ君らしくないんじゃないかな?」

 的確に指摘するキザキさん。まったく以てその通りである。

 とはいえ、そんな変わったレオの年相応の少年らしさがもしかすると地なのかもしれない。

「ところで、いつまで立ってるのかな? 座ってもいいんだよ?」

「あぁ、そうでした。お掛け下さい。そこが貴方の席です」

「……」

 既に僕にはついていけていないが、席まで決まっているらしい。

 指されたレオの反対側である席に腰掛ける。

「では、改めて。お待ちしていました、ハクトさん。初めまして。僕はレオナルド・(ビスタリオ)・ハーウェイ。今更自己紹介もどうかと思いますが、この校舎で顔を合わせるのは初めてですから」

「……ユリウスだ。今はレオのサポートに徹している――アサシン」

「応とも。儂はアサシン。ユリウスに雇われたしがない英霊よ」

 レオに続いて黒いコートの男性――ユリウスとそのサーヴァントが名乗る。

 暗殺者(アサシン)のサーヴァントらしくその姿は晒さず、気配をも断っているが、この場の空気を支配しているような感覚がある。

 ユリウスはレオの口ぶりからすると、レオの兄のようだ。

 雰囲気など全てがまったく似ていないが、異母兄弟という奴だろうか。

「ガウェイン、貴方も」

「は。サーヴァント、ガウェインです。……その、我が主は現在、年相応の無邪気さを発散しています。ですので、多少の我儘は大目に見ていただけますよう」

 レオの言葉を受け、鎧の男性が続く。

 ガウェインは確かめるまでもない。レオのサーヴァントだろう。

 クラスはセイバー。その能力は今回の聖杯戦争に召喚されたサーヴァントの中でもトップクラス。

 そんな知識だけは、何故かきっちりと思い出せる。

「私は黄崎(きざき) 白羽(しらは)。よろしくね、白斗君。さ、リップも出といで」

「は、はい……! パッションリップです。ハクトさん、よろしくお願いします」

 呑気に名乗る白羽さんの横に、そのサーヴァントが出現する。

「……大きい」

「何の事を言っているのかしら、ハク?」

 呟きに瞬時に反応したメルトが姿を現し、此方を射抜くような視線を向けてくる。

「いや……なんでも」

「あはは、白斗君もオトコノコだね!」

 人事と言わんばかりに笑う白羽さん。

 ――何故だか、こんな会話をした事がある気がする。

 いや、記憶の詮索は後でいいだろう。

 白羽さんのサーヴァント――リップは巨大な爪を持つ少女だった。

 そしてもう一つ、常軌を逸する胸囲を持った……どこか雰囲気がメルトと良く似るサーヴァントだ。

「まったく、貴女まで来てるなんて思わなかったわ」

「メ、メルトだって……でも、メルト、これって……」

「えぇ。気に喰わないわね……」

 メルトとリップは既知の仲らしい。

 他人には分からない会話を続けている。

「それで、メルト……その格好は?」

「じゃ、失礼するわ」

 格好について触れられた瞬間、メルトは姿を消した。

 それと同時に、桜が現れる。桜を見たリップは、此方に一礼した後メルト同様姿を消す。

「失礼します。校内の全スキャン、完了しました。校舎にはもう、未発見のマスターはいないようです」

「そうですか……状況からして彼女達もどこかにいると思ったのですが、いないのでは諦めましょう――ハクトさん」

 桜の報告に眉を寄せたレオは、僕が知る最強のマスターとしての風格をそのままに此方に向き直る。

「貴方に来てもらったのは他でもありません。この旧校舎――いえ、月の裏側からの脱出作戦に参加していただけないでしょうか?」

「月の……裏側?」

 矢継ぎ早の新展開に理解が追いつかない。

 脱出も何も、月の裏側とは何なのだろうか。

 物理的な概念ではないことは分かるが、そもそも月に裏表があるのだろうか。

 そもそも、それ以外にも理解が及んでいないものがある。幾つか質問をしておかないと。

「はい。僕たちは全員、聖杯戦争中の記憶を失ってここに居ます。憶えているのは自分のサーヴァントと、戦いの中で知り合った人々のデータだけです」

「お恥ずかしい話ですが、私も同様です。恐らく貴方のサーヴァントも、記憶を失っているでしょう」

 レオが話す現状にガウェインが同意する。

 マスターもサーヴァントも記憶を失っている。

 戦いの中で起きた事が明確に思い出せないのは僕だけではないらしい。

「今、皆さんは予選を突破した直後の記憶状態に戻ってしまっているんです」

 なる程。それに加えて僕の昏睡状態は他に比べて長かった。

 だから失われた記憶も大きいということか。

 どうにも、背筋が寒くなる。

 記憶を失ったのは自分だけではないという事で恐怖は幾分か薄れたが、それでも自分が何者だったか分からないというのはひどく心地が悪い。

「とにかく、僕らが記憶を失った事とこの旧校舎にいる事は関係がある筈です」

「旧校舎……この施設も、セラフの一部なのか?」

「セラフではありますが、かつて僕たちがいた領域ではありません。聖杯戦争の外である、月の裏側です」

 レオの言葉に、それが本題である事を知る。

「セラフはムーンセルが聖杯戦争を進める為に作った仮想空間。ですが、ここはムーンセルの監視が届かない、法の死角です。ガウェイン」

「はい。どうぞ」

 ガウェインが何か操作を行うと、ユリウスの背後にあった画面に何かが映る。

 球状の図面、これは、月だろうか。

「こんな事もあろうかと、wktk(ワクテカ)図面を用意しておきました!」

 にこやかにレオは言う。やはり偽者だろうか。

「……レオ、ワクテカというのは精神状態を表すスラングであって、図面の用語では」

「ワクテカ図面です、兄さん。兄さんだってここの表記はどうだとか盛り上がってたじゃないですか」

「……アレは分かりやすさの追求だ。ブリーフィングでは時にスタイリッシュなものが好まれる」

「なるほど。僕が言うのもなんですが兄さんが指揮していたチームは中二(フォーティーン)ばかりだったんですね」

 話が脱線したまま直進していく。

 白羽さんを見ると、お手上げと言わんばかりに首を横に振った。

「っと、話を戻しましょう。この図解にあるように、現在僕たちは月の裏側に居ます」

 確かに今表示されている図面のまま解釈すると、今居るのは月の裏側。聖杯戦争が行われていた場所の真反対に当たる場所だ。

 僕たちは表側から裏に落ちてきた――いや、あの黒いノイズによって、裏側に落とされたのか。

「ここはムーンセルが“使用しない”と封印した情報倉庫です。サクラ、説明を」

「はい。ムーンセルは光を記憶媒体にした、物質に頼らない記憶装置ですが、ここはその光が入り乱れた高次元。悪性情報や虚数すらソースとして成立する、“宇宙(せかい)の外”です」

 悪しきものも是とする、生命が居る場所として相応しくない空間。

 それがこの、月の裏側らしい。

「ムーンセル中枢が光を閉じ込めている熾天の檻ならここは虚数で出来た堕天の庭。私たち上級AIも裏側には入れませんでした」

「まぁ、もう僕たちが入っちゃってるんで絶対も禁断もありませんけどね」

「シリアスが台無しだよレオ君」

 ははは、と快活に笑うレオに、ガウェインとユリウスが渋い顔をしている。

 白羽さんは突っ込むものの、二人は文句を言わない辺り、レオの豹変ぶりを認めているのだろう。

 もしかすると、西欧財閥の次期当主という本来の立場から解放されたレオは、本来ああいった学生生活を送りたかったのかもしれない。

「とにかく、そんな危険な領域で僕たちは目を覚ましたのです」

「私たちNPCも同様です。本戦でマスターの皆さんと一緒に飲み込まれ、生き残った者が校舎に残されています」

 

 

「神よぉぉぉぉぉぉぉ――――!」

 

 

「……」

 何かが部屋の外を走っていった気がする。

 今の声の主も、生き残った者の一人なのだろう。多分。

「気にしないで続けましょう。この旧校舎は安全のようですが、それがいつまで続くか保証はありません」

「加えて、校舎の外は黒い海に染まっている。触れた瞬間、消滅するだろう」

 レオの言葉にユリウスが補足する。

 月の裏側。失われた記憶。謎の旧校舎。出口のない世界。取り残された人々。

「さて、ハクトさん。この状況で、僕たちがすべきことはなんでしょうか?」

 そんなの、聞かれるまでもない。

「脱出――ここから脱出して、聖杯戦争に戻ることだよね」

「……だろうな。聖杯戦争では敵同士であっても、この状況では手を組まざるを得ない。お前はそういう男だ」

 どうやら、ユリウスは僕について何かを知っているらしい。

 恐らく、そういう人間だったということを記憶に留めているだけだろうが、この心は表から持ってこれた数少ないもののようだ。

 レオも僕の答えに、満足げに頷いた。

「期待以上の返答です。これで共同戦線の開始ですね。月の裏側から脱出するまで、僕たちは仲間です」

 脱出しなければならない空間に居る以上、それが正しい選択。

 マスター達が協力し合って、どうあってもこの空間から出なければ。

「では改めて――レオ・B・ハーウェイの名の下に、ここに月海原生徒会の発足を宣言します!」

 強い意志の籠もった宣言が、生徒会室に響く。

 チーム名はどうかと思うが、レオの下ならどんな困難も乗り越えられる。

 そんな希望を抱かせるほどの頼もしさだった。

「しかし……まず第一の問題があります。これをクリアできなければ脱出プランを練ることすら不可能でしょう」

「……問題? 何かあるのか?」

「真に言いづらいのですが……人数が、足りないのです」

「…………」

 頼もしさを感じた瞬間にこれだよ!

 決して叫びはしないが、やはり変わっていたレオを前に頭を抱える。

「会長の僕、秘書の兄さん、じいやのガウェイン、庶務のハクトさん、雑務のミスキザキしかいないではありませんか」

「……何で外堀から埋めていくんだ?」

「雑務って、要するにパシリって事だよね?」

 不満を口にする白羽さん。重要な席である四役を埋めずに何故外から埋めていくのだろうか。

 ガウェインに至ってはそもそも役職ではない。

「これでは僕が夢見た生徒会とは呼べない。いや、呼んでいい筈がない!」

 そんな不満や疑問を一切無視してレオは力説する。

「生徒会というのはもっと華やかで、青春の匂いで満ちていて、トラブルが多発するものなのです!」

「その通りです、我が君。どのような品種であれ、花が増えるのは良い事かと」

「これって本当にレオ君?」

「……悪いが、本物だ」

 白羽さんの疑問に、ユリウスが答える。

「そういうことですので、生徒会メンバーを見繕ってきてください。校舎には僕達と同じ境遇のマスターが何人かいますから」

「……なんて初仕事だ」

 何故だろう。重要な仕事である筈なのに、真面目にやる気が起きない。

 本当に大丈夫なのだろうかあのレオは、とも思いつつ、溜息を吐いて席を立った。




A、懐かしの黄崎白羽。最早誰それレベル。天然ツッコミ要因として動かしやすすぎる。
B、鯖持ち。ユリウスも。という事は。
C、求道僧フライング。
――あぁ、いいカオスだ。愉悦。

そんな訳で以前から立てていた「好き勝手」という保険の下、まずはアサシンが日の目を見ました。

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