Fate/Meltout   作:けっぺん

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まだ一章書き終わってないけど既にカオスがヤバイ。
でも自重する気はない。


Backyard of Eden-1

 ――女の話をしよう。

 

 目覚めた時から、女は病理に繋がれていた。

 

 重い鎖は満遍なく。つま先から頭まで、ミイラの如き死に化粧。

 

 自由がない、と余人は憐む。

 

 自由はない、と彼女は喜ぶ。

 

 鉄のドレスは難攻不落。

 

 城門開いたその奥に、在るのは乙女か魔性の罠か。

 

 他人の秘密は蜜の味というが、さて。

 

 

 +

 

 

「脳波の正常活動を確認しました。覚醒状態です」

 遠くで、声がする。

「――ぱい。先輩」

 どこか懐かしい声が。

「この声が聞こえますか? 落ち着いて、ゆっくり目蓋を開けてください」

 その声に、曖昧だった意識と視界が輪郭を取り戻す。

 身を深く案じる声に揺り起こされて、目蓋を開けると――

 そこには見覚えの無い空間があった。

 設備を見たところ、保健室と思える。

 セラフでは経験した事のない、既に地上では失われた、一昔前の古めかしい作りの保健室。

 僕はベッドに横になっていた。眠っていたのだろう。

 傍らには白衣の少女がこちらの様子を窺っている。

「――っ」

 桜。たしか、そういう名前だった。

 保健室に配置された、マスターの健康管理担当のAIだ。

 事情は分からないがどうやら今まで看病をしてくれていたらしい。

「――」

 何やら深く安堵したような表情をする桜。

 そこまで心配を掛けてしまったのだろうか。

 そんな珍しいものを見る目を察してしまったのか、桜は慌てて言う。

「あ、いえ! 何でもないんです。紫藤さんの声を聞いたらホッとしてしまって」

 やはり長い間心配を掛けてしまったらしい。

「きっと、他の皆さんより昏睡状態が長かったからですね。とにかく、目覚めてくれて嬉しいです」

 桜の言葉に笑い返しながら、体の状態を確認する。

 うん、大丈夫。手足は動かせる。もう立ち上がることも出来るだろう。

「ここは?」

 不具合が無い事を確認した後、桜に問いかける。

「その前に、確認させてください。貴方は、自分が誰なのか分かりますか?」

「え――あぁ。大丈夫」

 意識するまでも無く分かっている。

 名前は紫藤 白斗。月海原学園に通う生徒――というのは仮の姿。

 あらゆる願いをかなえる聖杯を手にするため月に侵入した魔術師(ウィザード)の一人だ。

 魔術師は電子ネットワークに精神、人格ごと潜入できる特別なハッカーのことだ。

 魔術が途絶えた現代において、唯一魔術理論を継承する人々。そのくらいの知識なら持っている。

「それでは、今は西暦何年で、ここは何処ですか?」

「……? 今は西暦2030年。ここは――ムーンセルの内部、セラフのどこかだと思うけど」

 人類の技術進歩が1970年から凍結され、西欧財閥によって宇宙開発が廃止された時代。

 そんな中、今僕がいるのは月の内部に発見された異星文明の遺産、擬似霊子演算装置ムーンセル・オートマトンの中だろう。

 聖杯が眠るこの場所に、その聖杯を手に入れるために侵入したはずだから間違いない。

 ムーンセルの内部に作られた仮想電脳空間SE()RA()PH()で構築された学園型の会場。

 それがここだとは思うが。

「では、聖杯を求める貴方達の戦い、聖杯戦争において戦闘を代行するソース。それは何ですか?」

 桜の問答は何を意味しているのだろうか。

 ムーンセルに来た者ならば当たり前のように知っている知識ばかり。

 安全状態の確認ならもう既に終わっていると思うのだが。

「サーヴァント。過去の英雄を再現した使い魔だ」

 それと同時に与えられたのが、サーヴァントを律する令呪。

 これによってサーヴァントと契約し、使役するマスターになったのだ。

「そこまでは問題ないようですね。じゃ、じゃあ、これが一番大事な事なんですけど……紫藤さん、聖杯戦争中のこと、少しでも覚えていますか?」

「――っ」

 そんなの当たり前、と記憶を廻り、ぴたりと停止する。

 何も無い。魔術師である以前の紫藤 白斗がまったく思い出せない。

 何故こんな物騒な戦いに参加したのか、それさえも。

「やっぱり、他の皆さんと同じですね。自分が誰なのかは憶えているけど聖杯戦争中の記憶は思い出せない」

 桜の言葉の最中も、記憶の底までを探す。

 しかし、やはり一切の記憶が抜けていた。

「落ち着いて聞いてくださいね。紫藤さんは、自分がマスターである事しか思い出せない、記憶障害状態なんです」

「――そうか」

 まったく実感は湧かない。だが、それを事実と捉えるほかない。

 どんな戦いを繰り広げ、どんな相手を倒してきたのかはあまりにも曖昧だからだ。

 憶えているのは、先程までは違う校舎で“一般生徒”として学園生活を送っていたこと。

 それが突如として闇に呑まれ、メルトに助けられたこと。

 それだけだった。

「聖杯戦争前の、初期状態に戻ったのか」

「はい。乱暴に言ってしまえば。あれ? という事は……」

 桜はふと、不安そうな表情になる。

「あの、紫藤さん。私の名前、分かりますか?」

 おずおずと桜は訊ねてきた。

 確かに、名前を発していなかった。不安になるのも当然だろう。

 勿論、彼女の名前は――

 

 

 ――フランシスコ・ザビ――!

「違いますよ」

 

 思惑が言葉を発する前に両断され、驚きを隠せない。

 そんな僕に、

「私、これでも健康管理AIですから。特に紫藤さんのスキャニングはバッチリです。ふざける時とか空回りする時とか、大体空気で読み取れます。ですので、ここぞという時の不真面目さは自重してくださいね? 保健室の管理権限として、口に出来ないおしおきとかありますから」

 にこやかに笑いながらも、怒涛の注意がぶつけられた。

 凄まじいプレッシャー。確かに、真剣な場面でふざけるのは命に関わる。今のは桜からの警告ということか。

「分かった。ごめん、桜」

 素直に謝り、名前を覚えていることを告げる。

「コホン、とにかく、急ぎ足でしたが自分の手で状況を確認していただきました。今私に出来る事はこれくらいです」

 そういって桜は部屋の隅へと移動していく。

「――もしもし、こちら保健室です。紫藤さんが目を覚ましました。精神、肉体共に異常はありません」

 どこかに連絡をしているのだろうか。

 そんな疑問は、放送のように部屋に流れる返答で解決する。

『それは良かった。では、早速ですが此方に来ていただけるよう、伝言を』

「あの……紫藤さんは目覚めたばかりですし、今は挨拶だけで……」

『申し訳ありませんが、その余裕はありません。事態は一刻を争います。それに彼なら――』

『ま、何言わずとも勝手に動き回るだろうしね』

『……そういう事です。僕の知っているハクトさんは、いつまでも大人しくしている性格ではありませんから』

『という訳で、白斗君。早めに生徒会室に来るようにねー』

『ちょ、さっきから貴女は僕の台詞を』

『レオ。伝えたい事は伝えただろう。通信を切るぞ』

『あ、兄さ』

 通信は突然切れた。

 いや、向こうから一方的に切られたのだろう。

 恐らくははきはきとした声の少女と、低く鋭い声の男の二人によって。

 生徒会室に来いとの事らしいが……

「……えっと、放送の通りです」

「あぁ……うん」

 どうにも締まらない放送内容に、なんともいえない空気が包む。

「と、とにかく、行ってみるよ」

「は、はい。生徒会室は二階に上がって左手側の教室です。また、紫藤さんのサーヴァントは右手側の教室で待機してもらっています」

「分かった。ありがとう、桜」

 生徒会室に行く前に、メルトのところに向かった方が良いだろう。

 向こうも心配してくれているだろうし、目覚めたことを報告しておかなければ。

 ふと、左手の甲を見ると、そこにある筈の令呪はそのカタチを失くしていた。

 一画を代償にサーヴァントにあらゆる強権を発動する刻印にして、マスターである証。

 令呪を失った時点で敗北となる聖杯戦争のルールに則れば、既に僕は敗北者。この状況で僕が存在できているという事自体が、現状の異質さを表すものだ。

 だが、まだメルトと契約していることは変わらない。何故なのかは分からないが、魔力がメルトに流れていることは確認できる。彼女も無事だったのだ。

 マスター権があるのか、ないのか。それについては後でいい。

 早くメルトに会うべく、二階右手の教室に向かおう。

「でも桜、何でメルトを別の部屋に?」

「えっと、何て言いましょう。目の毒と言うか、紫藤さんの知っている姿と違うというか」

 何かあったのだろうか。ちなみに目の毒なのはいつもと変わりない。

「長い眠りからの目覚めだけでも精神がいっぱいいっぱいですから、席を外してもらったんです。とにかく、驚かないで下さいね?」

「あ、あぁ……」

 釘を刺すように桜は言う。まぁ、そこまで驚くことはないだろう。

 メルトに関しての驚きなんて、契約した時のインパクトが最高潮だろうし。

 

 

 桜に聞かされた、メルトが居るという教室に入る。

 木造の机、木目のタイル、レトロな窓枠。そんな妙な懐かしさに胸を締め付けられる。

 今の時代では経験しようのない旧い校舎の風景。

 何故かその床には、鎖の線材が幾つか転がっている。

 しかしどこにもメルトの姿は無い。気配は感じるものの、教室の真ん中に立っても姿は見えない。

「やっと来たわね。待ちくたびれたわよ、ハク」

 突然後ろから声が聞こえた。

 そういえば、サーヴァントは霊体のように姿を消せることが出来るんだったか。

 あの落下する星空で再会してから僅か数分。

 自分にとっては先程の事だが、彼女にとっては何時間も前のことかもしれない。

「さぁ、刮目なさい、貴方のサーヴァントの姿を」

 メルトとの戦いは思い出せないが、それでもこうして再会できる事が頼もしく振り向くと――

「どうかしら。全世界待望、全メルトリリスファン待望の新衣装よ。まぁ、あの狐に似ているのが癪だけど」

「…………」

 インパクトの強い姿を知っているからこそ、それ以上の驚愕がある。

 黒いブラウスとミニスカートのゴシックな組み合わせ。

 派手なフリルのついた袖は手元を隠し、メルトの舞うような攻撃スタイルを阻害しないミニスカートにも派手なフリルは満遍なくあしらわれている。

 起伏の乏しい胸元は大きく開かれ、蝶結びの紐で留められていた。

 それだけならまだ良い。今まで見ていたメルトと比べれば逆にマシになっている。

 しかし、

「……? ハク? 何か感想とか無いのかしら?」

「…………何で首輪?」

 それらの服装を百歩譲って良しとしても異質が過ぎるパーツが、首元にあった。

 ダークパープルの首輪に掛けられたDリングから下がる鎖は短く、床に転がった線材を含めて、外そうとして足掻いた形跡が見られる。

 今のメルトの態度からして、諦めた、ないし開き直ったのだろう。

「知らないわよ。まったく、馬鹿にしているにも程があるわ」

「何でそんな格好に?」

「システムの変更が影響してるんでしょうね。見たところサーヴァント用の拘束具ね」

「こ、拘束具……」

 そう見えないことも無いが、まぁ、とは言え……

「……露出は減ったんだね」

「さて、行きましょう」

 触れてはいけない事だったらしい。

「まぁ、こういうのも嫌いじゃないし、暫くはこれで良いかもね」

 そして気に入っているらしい。

 メルトは袖を口元に当てて微笑む。

 普段の姿とは違う艶やかさ。とは言え頼りになるのは変わりない。

 メルトがいるのなら何も恐れる事もない。

「じゃあ、気を取り直して行きましょう。生徒会室よ」

「あぁ――メルト」

 一足先に教室を出ようとするメルトを呼び止める。

 驚愕が先に出てしまったが、落ち着いた以上伝えておかなければ。

「その服、似合ってるよ」

「――」

 月並みな言葉だが、まだ感想を伝えていなかった。

 目を見開いていたメルト。暫くの間があり、無反応という状況に頬が熱くなる。

 慣れないことはするものではないか、とちょっとした後悔を抱いていると、

「……そういうのは最初に言うものなのよ、馬鹿」

 それだけ言って、姿を消してしまった。

 メルトが何を思ったのかは分からないが、ともかくその忠告は聞き入れておこう。

 ――女心と秋の空。どうにもその天候は、予期できない。

 妙な出だしだが、ともかく今は生徒会室へと向かうことにした。




駄蛇様より素晴らしい拘束具イラストをいただきました。

【挿絵表示】

想像以上にCCCっぽい拘束具でした。
コートが無くなり地味になってしまったと思われていた後ろ姿にはまさかの背面縛り。
更には透けたスカートとちりばめられたエロス…グッドスマイル!
「見せてんのよ」は是非言ってもらいたいところ……!!

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