Fate/Meltout   作:けっぺん

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ちょっと短め。
本編の執筆が終了したのでラストまで今日から連日投稿したいと思います。


七十二話『最後の旅路を』

 

 

 人形の並ぶ個室。ここに来るのも、これが最後になる。

「……終わったんだね」

「えぇ……名残惜しいわね」

 毎夜を過ごした個室は、七週もあれば愛着を持つのに十分すぎた。

 人形をそれぞれ撫でながら、部屋を歩くメルト。やはり思うところがあるのだろうか。

 そういえば、()()悟ったような表情の人形は再び飾られていた。

 何かの突き刺さったような痕はそのままながら、再び飾ったのはメルトの心境の変化だろう。何があったのかは知らないが。

 転がっていたり落ちている人形など一つもない。買って、最初に全て飾った時に元通りしたそこに、あれから追加された二つ。

 他に並んだものたちとは出来の差が激しいが、僕がコードキャストの応用で編んだ僕自身とメルトのぬいぐるみだ。

 アリーナの探索を終えた後などに少しずつ編んでいたものだが、六回戦、凛との戦いの後に完成した。

 たった一週間。それでもメルトは気に入ってくれたようだし、僕としては嬉しかった。

 二つは、メルトのベッドに寄り添うように置かれている。

 これも含めた全ての人形にメルトは手を置いて、撫でて回っていた。

「でも、ここに居続ける訳にはいかない。さあ、行きましょう」

 愛着を持っていただけに、メルトは悲しげな顔で人形達に別れを告げる。

「……良いの?」

「聖杯と人形、優先すべきはどっちかしら?」

 意地悪くメルトは言う。

「……変わらないな」

「こればっかりは、ね……」

 お互い笑い合い、個室を出る。

 全てが最後。名残惜しさも感じるが、僕は前に進まなければならない。

 階段を下りた所にあるエレベーターの前に立つラニは、どことなく不安そうな面持ちだった。

 これから向かう月の中枢。それに対する不安だろうか。

「ラニ」

「ハクトさん、準備は出来たのですか?」

 敢えてだろうか。準備という言葉を選んだラニに大丈夫だと告げる。

「行こう、ラニ――聖杯へ」

「――はい」

 そう、これが全ての終わりになる。

 殺風景なエレベーターは今まで通りながら、表示板に示される階層は遥かに深い。

 このエレベーターが向かう先が、月の中枢。聖杯がある場所。

 今回は、メルトとラニ。心強い仲間が二人居る。

 何かしらのトラブルがあるとしても、きっと問題は無い。

 エレベーターに入るとメルトが実体化し、重々しく扉は閉じられる。

 三人を乗せたエレベーターは、静かに降下し始めた。

 ――さあ、行くとしよう。最後の旅へ。

 

 

 何分経っただろうか。今までよりも長い時間、降下の感覚を味わっていた気がする。

 ようやく停止したエレベーターから出ると、役目は終えたと黒く霧散し消えていった。

 アリーナとも思えるただひたすら続く道。これの先に、聖杯があるのか。

 歩き出すと、周りには映像が流れていく。

 見覚えのあるものから、ないものまで数多く。間違いない。これは聖杯戦争の映像だ。

 見知らぬマスターと、よく知っている、自分の相手となったマスターが戦っている映像がある。

 見知らぬマスターと見知らぬマスターが戦っている映像がある。

 そんな今までの戦いが流れていく。聖杯に向かうように。

 戦いが集結する場所。それが今から行く場所。

「――まさか、本当にこんなところまで来れるなんて」

「……メルト?」

 歩きながら、メルトが呟く。

「ラニ。感謝するわ。ハクをここまで勝ち上がらせてくれて、ありがとう」

 突然のメルトの感謝に、ラニも戸惑いを表しつつ返す。

「……は、はい。ですが、私は最低限の力しか貸せませんでした」

「謙遜はいらないわ。この聖杯戦争は貴女が居なければ勝ち残れなかった。精々四回戦を勝つくらいが限界ね」

 正直なところ、リップに勝てたかも怪しいが。

 とはいえ、その辺りは追求しないでおく。メルトなりのプライドがあるのだろう。

「その貴女に、最後に一つ頼み事をしたいのだけれど、いいかしら?」

 メルトは真剣な表情のまま話し始める。

 冗談にしか聞こえない、メルトの頼みにラニも黙り込んだ。

「……メルト、どういう事?」

「念のためよ。この先に何があるか、分からないから」

「しかし、ハクトさんが肯定しなければ……」

「あら、貴女自身は別に構わないようね」

 本当に真剣なのだろうか、このサーヴァントは。

 意図の読めない頼みの内容。ラニは僕の答えを待つように、視線を向けてくる。

「僕は……構わないけど」

「……」

 分かりきっていたが、メルトの目つきが恐い。

 自分から提案したというのに、とも言いたいがそれを言う前に、ラニの顔は間近に迫っていた。

「っ――」

「ん……」

 ラニの唇が押し当てられる。間近から感じるラニの匂いが鼻腔をやんわりと刺激する。

 有無を言わさない勢いに驚くも、とにかく魔力の流れに集中する。

 使わず仕舞いに終わった三画の形を残した令呪。そして、魔力を通す回路全体が補強されていくのを感じる。

 流れ込んでくるラニの魔力は、確実に体に馴染んでいく。やがて流れ込んでくる魔力が止むと、ラニは名残惜しそうに唇を離した。

「……魔力の贈与……完了しました」

「……うん」

 どうにも、小恥ずかしい気分になる。

 今行ったのはラニからの魔力の贈与。聖杯を手にするにおいて、しておいた方が良い準備という事らしいが、本当だろうか。

 特に、令呪に特有の魔力を込めるというのも不可解だ。

「……さて、行くわよ」

「メルト、何を……」

「良いから」

 最後の最後まで、このサーヴァントの心情は分かりそうもない。

 赤面するラニを連れ、足早になったメルトを追う為に駆け足で真っ直ぐの道を抜けて行った。

 

 

 +

 

 

 我ながら、どうにも不器用だなと思う。

 感謝を表すというのは慣れていない。そもそもどんな形でそれを示すのかすら良く分かっていなかった。

 唯一分かっていた事は、ラニがハクに抱いている気持ち。

 人形らしくない、表立った“良い”感情。

 でもきっと、それがハクに伝わる日は来ないと思った。

 私自身ハクをラニに譲る気は無いし、それ以前にラニは地上に戻れるとしてもハクはその手段がない。

 このまま帰るだけのラニに、何かしらの礼くらいはしておきたい。そう思って最初に思い立ったのが、これだった。

 ラニの抱く好意を、大義名分も込めてハクに伝えさせる――言葉にはなっていないものの、多分伝わっただろう。

 ハクが私以外の誰かを意識してしまう。その事に嫌悪感はある。

 でも、このまま何もなく聖杯に向かってしまえば、ラニは最初の私と同じ、何も手に入らない(みのらない)恋を抱いていただけになってしまう。

 たった一つでも、何かを与えてあげたかった。ハクとラニとのつながりを。

 それがラニの今後に影響を及ぼすかと言えば、恐らくほぼ無いと確信できる。

 つながりと言っても、結局はその程度。儚い思い出に過ぎない。

 それをラニが理解できるかできないかは知る由もないし、それを考えられるほど私は人間らしい“好き”が分からない。

 BBなら、どうしただろうか。リップなら、どうしただろうか。

 あぁ、リップは別に良いわね。結果なんて見えている。

 BBが私と同じ立場だとしたら、或いはこの場で更なる思い出を作り出すのだろうか。三人で。

 考えて、すぐに否定する。そもそもBBだったら私の考えた大義名分を自分でやってのける力があるのだから。

 だとすれば、私こそ異端なのだろうか。

 人間らしい恋は、やはり良く分からない。

 恋愛初心者の私では、結局何がラニの為になるのかすら分からない。

 いえ、ラニも嫌ではないようだし、今のは多分、正解の一つだったんだろうけれど。

 でもその行為に、やはり抵抗はあった。

 ハクが私以外と繋がってしまう事に、今までに感じたことのない程の嫉妬心を抱いてしまったのだ。

 理解は及んでいる。

 これこそが、人間らしい“好き”の一端なのだと。

 生まれたばかりの私が白野とそのサーヴァントの関係に抱いたものとは比べ物にならない、嫌な感じ。

 まったく、こんなものがありふれているとなると、地上も憧れようにも憧れられない。

 自分で促しておきながら、自分で嫌悪するなんて、どうにも面倒な感情が生まれてしまったようだ。

 ハクは私を好きだと言ってくれた。私もハクが好きだと言った。

 では、ラニはどうなのか。考えるまでも無い。ラニはハクが好きなのだろう。

 では、ハクはどうするのか。私とラニ、どちらかを選ぶ状況となったら。きっと、私を選んでくれる。そう信じたい。

 では、そうなった場合、ラニはどうなるのか。地上に戻る以上、私には関係ないと割り切ってしまうことも出来るが、やはり考えてしまうことだった。

 こんな事を、人間は日夜考えているのだろう。

 面倒極まりない感情の捩れと縺れと交差が舞い踊る。憧れはしなくとも、とても楽しそうだ。

 なんて自分が持つ微妙な嗜好を自重しつつ、こんな感情を持てたことに感謝する。

 正直、私はここまで勝ち残れるとは思っていなかった。

 弱いマスターで、弱い自分。弱者の目線から見る事が出来たとは言っても、弱いことに変わりは無い。

 きっとどこかで負けてしまう。それでもそこまでは、サーヴァントとしてハクを守ろう。

 そう思って戦ってきて、ついにはハクはあの王様を倒すまでに至った。

 驚くべきことだと思う。複合神性とは言っても、私のサーヴァントとしての格はそこまででは無いだろうに、それを補うハクの成長速度は事実、どんなマスターにも勝るだろう。

 最弱から最強に至った私のマスターが今、聖杯に向かっている。

 きっと、“あの”サーヴァント達もこの道を歩んでいたのだろう。この先にある運命と対峙するために。

 この先に何が待っているか。普通に考えれば、聖杯だけ。

 なのにどうにも、そんな予感がしない。こういった勘というのは、当たってしまうものなのか。

 その為というのも一応あっての、ラニからハクへの魔力贈与なのだが、できればそれが活用される状況にはなってほしくない。

 このまま何の問題も無く、ハクには願いを叶えてハッピーエンドを迎えて欲しいから。

 もうすぐ、別れが来るというのも分かってる。

 だから、それまでは普通に、接していたい。出来るだけハクを、不安にさせないように。

 




ラニファンサービスという名のメルトデレ。
ちゃんと意味はあるんですよ?

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