Fate/Meltout   作:けっぺん

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七十話って随分長くなったなぁと今更ながら思います。
とは言ってもCCCもこのまま続ける予定なので、最終的には百五十くらい行きそうですが。

ってな訳で、決戦も佳境。楽しんでいただければ幸いです。


七十話『不完全な完璧』

 

 いつの日だっただろうか。

 きっと、聖杯戦争も序盤、僕がまだ、ハクトさんを特別視していなかった頃。

「――ガウェイン」

 ガウェインを、騎士として傍に置いた。

「――レオ」

 王として、全てが当然であると。

 ただの義務として赴いたこの聖杯戦争においての従者に対して、叙任の儀を行ったことを覚えている。

 地上の王宮を模して造った部屋で、既に決定していた役割だというのに、形だけの儀式をガウェインは求めてきた。

 主君の剣を以て、騎士の肩を叩く。

 その儀をによって、ガウェインは真として僕の剣となったと頷いた。

 王の決定で剣を振るう、完璧にして当然たる騎士として。

 当たり前であるこの関係。

 ガウェインは常に主君を立てて自らの意思を封殺する剣であった。

 王座への道。そこを歩く僕がガウェインの心に何かを見つけたのは、そう昔ではない。

 しかし、その何かの正体は、未だ分からない。

 もしかすると、この戦いが終わっても。

 

 

 +

 

 

 レオと最初の剣戟を交わす。強化のコードキャストを掛けても力はほぼ互角だった。

 二、三と剣を合わせる。やはり、というべきか。レオは剣を使い慣れている。日ごろから訓練を受けていたのだろう。

 何とか対応が出来ているが、短刀ではリーチも相まって不利か。『黒い銃身』で結界の破壊を試みる隙さえ与えられない。

 無理に撃とうとすれば、あの剣は心臓を確実に貫くだろう。正当なコードなのだろうが、それでも違法術式と差の無い殺傷能力がある事が見て取れる。

 メルトも再び、セイバーとぶつかりあっている。しかし三倍の強化は黙過できるものではない。

 きっとメルトもそこまで長く持たないだろう。時間経つほど不利になる。このままではレオが結界を維持できなくなるまで、耐え切ることも不可能だろう。

「はっ!」

 レオの一撃を間一髪で弾くと、その隙を見逃すまいと巨大な弾丸を放ってくる。

「くっ!」

 咄嗟に左手を前に出し、『黒い銃身』の引き金を引く。弾丸とぶつかり、それは爆発する事も無く消滅した。

 一旦剣戟が終わり、レオが構えを直す。

「これはまた、不思議な銃を持っていますね。さしずめ、術式を破壊するプログラムといったところでしょうか」

「さぁ、どうだろう――ねっ!」

 隙あり、と見て取って結界に弾丸を放つ。

 しかしその斜線上に張られた盾に防がれ、盾諸共魔弾は消えた。

「ぶつかった術式を問答無用で破壊する。確かに強力ですが、結界に当てるのは難しいと思いますよ」

 確かに、銃弾が直線に飛ぶ以上、狙いの予測は簡単だ。その位置に盾を張れば、結界の破壊は簡単に防がれてしまう。

 だとすれば、後一つの切り札。その使い時を狙うほか無い。

「さあ、行きますよ」

 再び向かってくるレオの剣に迎え撃つように短刀を振り上げる。

 まだ一分経過したかどうか。時間切れを待つには、あまりにも長い時間だ。

 それにメルトの方に気を向ける暇すらない。専守の構えを取っているにしても、能力が三倍となったセイバー相手に三分は長すぎる。

 かつて、これだけの短時間という制限の中で戦ったことがあっただろうか。

 早急に決着を付けるべく開始した三分間と、その三分を出来るだけ狭めようとする僕たち。

 短い制限時間は、最強の相手をより強く見せる。レオが戦い、セイバーも絶好の状態となったこの頂上の戦い。

 僕たちの剣戟の他に後一つ、金属が打ち合う音が戦場に響く。メルトが頑張ってくれている。こんな中で、僕が弱音を吐くわけには行かない。

 何よりも最後に相応しい場での、最後に相応しい相手との戦い。それは、どこまでも最強である相手とのただ単純なぶつかり合いだった。

 一つ一つに重みのある剣戟に何とか付いていくだけで、攻め時が一切見つからない。そんな中、

「きゃっ!」

 一際大きい打撃音と共にメルトの悲鳴が聞こえた。

「メル――」

「余所見ですか?」

 思わず視線を向けた瞬間、レオの剣が振るわれ、弾き飛ばされた。

「っくぁ――つっ!」

 弾き飛ばされた先は、結界の壁だった。

 炎であるのに質量があるかのような防壁は背中を打ち付けているだけで背を焼いていく。

「ハク!」

 同じ場所に弾かれたらしいメルトが駆け寄ってくる。

「大、丈夫……」

「そんな訳ないでしょ! 背中が……」

 背の嫌な痛みを堪えながら言うが、看過できないものだったか。

 確かにその痛みは激しいが、まだ戦えない程ではない。余力はまだ残っている。逆に、レオから離れた今がチャンスだと見ればいい。

「……ここまで、ですね。ガウェイン」

「はっ……」

 どうやら、勝負あったと見たらしい。相手が重傷を負った以上、その決定も仕方ないだろう。

 これで戦いは終わる。ならばその命は、焼き尽くすことで苛烈に幕を閉ざすべきだ、と。

 セイバーは再び剣で空を切り、膨大な火炎を纏わせる。

「……メルト、行くよ」

「ハク……分かったわ。信じるわよ」

 メルトは全て分かってくれている。今から何をしようとしているのか。それがどこまで危険なことなのか。

 それでも止めはしない。このまま何もしなければ待っているのは死であり、何より、僕が出した答えだから。

「この輝きの前に夜は退け。恵み齎すは遍照の剣――」

 戦いの閉幕を飾るべく謳われるは、どこまでも地上を明るく照らす太陽の剣。

 上等だ。終わらせよう。この聖杯戦争を。

「――『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』!」

 二度目の真名解放でありながら、遜色のない威力を持った灼熱の奔流が解放される。

 結界により逃げ場は少なく、最早消耗をしている今、先程のような鎧を展開することも出来ない。

 だから確実に終わるだろうと、レオは決定した。間違っていない。戦略においても、レオは最強だ。

 今紡げるのは、魔弾の生成、僕自身の身体能力の底上げ、メルトの敏捷の強化、ありったけの魔力供給。そして最後に、残されたあと一つの切り札だけ。

「メルト!」

「えぇ!」

 今から行うことが成功する保障なんてない。寧ろ、確立的には失敗の方が遥かに高い、分の悪すぎる賭けだ。

 しかし、そんな確立なんてどうでもいい。全ては、今まで通り、意地で切り抜けられる事なのだから。

「はあああああぁぁぁぁっ!」

 メルトは『さよならアルブレヒト』を展開しながら灼熱の中に飲まれていく。

 大丈夫だ。きっと、メルトならやってくれる。

 僕はただ結界に向けて魔弾を放つ。

「無駄だと、分からないのですね」

 レオが盾のコードを紡ぐ。敗色濃厚どころか確定も良い所の状況での悪あがきを封殺する、絶望の一手。

 そう、無駄だとは分からない。否、無駄ではない。

 銃弾の速度が先程と同じならば、レオの術式は問題なく、その効力を発揮しただろう。

「――え」

 だが、今回は違う。レオの素早い対応を超えた、数倍とも思える速度の魔弾。

 これが、最後の切り札。決戦場に来る前、青子さんから貰った術式だ。

 意思の無い概念に限り、時間の加速、遅速を可能とする、『(blue)』と名付けられた、曰く青子さんの力のほんの一端。

 魔弾の速度を飛躍的に上昇させるたったこれだけで、消費する魔力はかなりのもの。最早これ以上のコードは使用できない。

 後は確実に、勝利を取るだけ。極力荷物を減らすべく、『黒い銃身』を収容する。

 それと同時に魔弾は結界に届き、ビシリと大きく罅割れる音と同時に膨大な魔力を一撃の下、跡形も無く消滅させた。

 その結果を確認し、レオに走る。放射状に放たれた灼熱の範囲から間一髪、逃れる。その過程において左腕が一瞬飲まれ、激しい痛みが走ったが、今は関係ない。

 右手でしっかりと握り込んだ短刀を振る。

「ッ――!」

 対処しようとしたレオの剣。だが、限界を超えた身体強化の上ならば、此方の方が力は勝る。

 剣を弾き飛ばし、徒手となったレオ。

「『臓腑を灼くセイレーン(グリッサード)』――!」

 灼熱を乗り越えたメルト。その膝がセイバーを捉える刹那、

「レオォォォ――――ッ!!」

 短刀は確実に、レオの胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎士と王は、同時に致命傷を負った。

 

 

 

 役目を終えた短刀は、魔力の供給が断たれると消え去り、レオの胸の空洞を露にした。

「か――ふっ……」

 その呻きは、どちらのものか。

 膝を引き抜いたメルトに支えられ、ゆっくりと下がっていく。

「ぐっ……」

 何歩目かでセイバーが膝から崩れ落ち、手に持っていた聖剣を力なく手放した。

 そして、

 

 ――

 

 決着を伝える、壁が現れた。

「……体に、力が入らない。不可解です……心臓を貫かれたのに、欠けた穴を埋められたような気がする……」

 色を失っていくレオ。短刀の一撃をまともに受けておきながらその命がすぐに終わらないのは、霊子体ゆえなのだろう。

 結界が消えたが、遥か吹き荒ぶ熱砂の風は既に無く、沈み掛けの夕日より尚紅い空が決戦場を覆っていた。

「そう、か……信じられないと思ったこと、敗北を想像しなかったのが……僕の限界だったのですね」

 必要であった大切な事に今になって気付いた――そんな自嘲を漏らしながら、レオは哀しげに俯く。

 決戦の前に、メルトが言っていた、レオに足りないもの。その答えを、レオは理解したらしい。

「勝利しか知らず、敗北の先にある感情を学ばなかった。それが無欠ではなく恐れを知らないことだと――そんな当たり前の心が、僕には無かったのですね」

 完璧であるが為にレオは敗北を知らなかった。敗北が教えてくれる事を、レオの周囲は教えてくれなかった。

 それに気付きながら、レオは微笑んでいた。敗北による死を迎えながら、彼は喜びを噛み締めている。

 ほんの些細な、しかし人間らしい、達成の喜びを。

「不条理と、不合理に反発する……“もう一度”“次こそは”、ですか。……うん、難しいですが、これはいい感情だ」

 そんな風に、大きな一歩を踏み出しつつも、レオは消える。聖杯戦争における、最後にして最強の脱落者として。

 ムーンセルは一切の容赦をしない。たとえ相手が、遂に完成された、完璧なる王だったとしても。

「諦めないことがこんなにも、強い力になる……凄く、勉強になりました」

 悔しさも、死への恐怖もあるだろう。そして、生に対する執着もあるだろう。

 本当の意味でそれらを理解していなかった、そう悟ったレオは、乾いた笑いを漏らす。

 どこまでも、自分への皮肉を込めながら。

「はは――本当に、愚かです。そんな人間に、人々を導ける筈もなかったのに」

「……」

 そんな呟きに、白銀の従者は何も言わない。

 自分を向いた主に、余力を振り絞りながら向き直る。

 気がつけばその鎧にはあちこちに傷が入っていた。メルトとの打ち合いで付いた傷も、或いは決着の要因だったのだろうか。

「ガウェイン。貴方は、知っていたのですね。真の王となる為に、足りないものが何であるかを」

「レオ――王よ、私は……」

 セイバーの言葉を、全て分かっていると首を横に振ってレオは封殺する。

「分かっています、ガウェイン。敗北が必要であっても、僕を勝利させるために全力で忠義を尽くしてくれた。いつか、僕が敗北する時のために」

 そんな忠義の証でもあった、太陽の聖剣は担い手に先立ってその役目を終える。

 太陽の込められた聖剣は太陽の輝きも無く、消え行く星の残滓のように静かに消滅していった。

 セイバーはそれに目もくれず、レオは聖剣の最期を傍目で看取ってから言葉を続ける。

「貴方は敗北の時が必ず来るとしった上で、僕の成長に付き添ってくれた。あまりに非合理的な生き方ですが――」

 きっとセイバーにとっては最上の、静かな微笑みでレオは告げる。

「礼を言います、心から――ありがとう、ガウェイン。僕の剣であってくれて」

 黙して受けるセイバーは忠義の礼を崩さず、レオの次の言葉を促しているようだった。

 王と従者という、決定的に主従決定付けられた二人ながら、今のセイバーは子の成長を採点している親のようにも見えた。

「貴方でなければ、僕は気付けなかった。この敗北を、ただ偶然と見なして無情に切り捨てていただけでしょう」

「――いいえ、王よ。貴方ならばどのような敗北であれ、受け入れたでしょう。私は騎士として剣を捧げたまで。貴方の成長は貴方によるものです」

「――――」

 そんな、当然といった物言いを聞いて、レオの表情に変化が表れる。

 今までの彼だったら、絶対に見せないような、そんな表情でセイバーの言葉を聞いていた。

「ですが、今はその成長に立ち会えた事を光栄に思います。貴方は真実――誉れある王だった」

 セイバーは目を閉じて語る。

 その目蓋の裏には、何が映っていたのか。或いは、レオという王に仕えた戦いの日々だろうか。

 一言一句に重さを乗せながら全てを言い切って、目を瞑ったままセイバー――ガウェインは消えた。

 敗北の言い訳も命乞いも無く、最期まで王に付き従い、その剣となる事に徹底した完全なる騎士として。

 彼は全力で戦い、全てをレオに捧げた。生前にあった、自分の浅慮な行いが国を滅ぼしたという後悔も持たず。

 そこに、恥じ入るものなど欠片もない。

 従者の消えた跡を暫く見つめた後、レオは此方に振り返る。

「……レオ」

 思わず、目前の少年の名前が漏れた。

 セイバーの言葉を聞き届けた彼の目には、彼らしからぬ、けれど年相応の一筋の涙が在った。

「やだな……熱が冷めていくのは、恐い。これが人の底の感情、絶望――こんな単純な事さえ、分からなかったんですね」

 涙を指で伝いながら、レオは呟く。

「貴方は、全部知っていた。敗北を知っているからこそ、勝利に向かってひた向きに進んでこれた」

「……うん。僕は、それしか出来ないから」

「僕が知らない、大切なものを……貴方は全て持っていた。今は貴方に……王聖さえ感じます」

「いや……僕は王にはなれないよ。レオの方が、遥かに相応しい」

 敗北を知って、レオは完全な王になれた。しかし僕は、敗北以外の何も知らない。

 ようやく打ち勝っても、王なんて尊い存在には僕は及ばなかった。他でもない、レオがそう証明していた。

「……他愛の無い言葉でさえ、意地を感じる。……メルトさん、良いパートナーを持ちましたね」

「そうね。また会いましょう、完璧な王様」

 メルトは最後まで素っ気無く返す。しかし、その言葉にもうレオを下に見る雰囲気はなかった。

「また、ですか。そうですね……それは、楽しみだ」

 レオは儚げに、しかしこれまで何度も見てきた笑みを向けてくる。

 羽を得たカゲロウのように、極僅かな羽ばたく時間を、彼は笑って終える。

「この敗北は王道に必要なものだった。それを活かせないのがただ、残念ですが……“また”があるのなら……きっと……」

 そんな、あまりにも小さな、それでいてありえない希望を呟きながら、レオは消えた。

 影も、形も残さず。今まで消えていったマスターと同じ、黒い粒子となって。

 約束された王の死とは思えない、儚い終わり。その最後の一粒が見えなくなるまで、僕は瞬き一つしなかった。

「――メルト」

「――何かしら、ハク」

 まだ実感の持てない事実を確認するために、精一杯唇を震わせる。

 何度経験しても慣れない虚無感が胸を締め付けつつも、それを受け入れるために聞いておかなければならなかった。

「勝ったん……だよね?」

「えぇ――貴方が、聖杯戦争の勝者よ」

 

 そうか――全てが、終わったんだ。これで、本当に、全てが――

 




詠唱の後半はオリジナル。遍照は遍く照らすこと。
寺とは関係ありません。

全てが終わりました。うん、終わったよ。
どこぞの欠片なんて知らないよ。
そんなこんなで、一番の激戦でした。
というより、どこぞの欠片との戦いが難しすぎるんです。

聖杯戦争決着。いよいよ終幕に至ります。
Fate/Meltoutも後数話、お付き合いいただければ。

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