Fate/Meltout   作:けっぺん

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二日おきに投稿すれば、今年中に終わるはず。
出来るのかって? 頑張ります。

そんな訳で決戦前でございます。


六十七話『決着への語らい』

 

 

「――」

 霊子の世界。殺し合いの中でも、朝の清澄な空気だけは落ち着いた雰囲気をマスターに与えてくれる。

 そう、最後の日がやってきた。聖杯戦争の終わる日。どんな結果にしろ、今日全てが決着する。

 メルトは、すぐ隣で小さく寝息を立てていた。

 一糸纏わぬその姿は、メルトの好む無垢な人形を思わせる。

 そんな姿を見ながら考える。もしかすると、聖杯戦争が終われば、すぐに聖杯の下に行かなければならないかもしれない。そうなれば、これがメルトと過ごす最後の朝になるのだと。

 だが、そうだとしても止まるわけにはいかない。それは自分だけの判断で、すべてを蔑ろにする行いなのだから。

 だから、今日のレオとの戦いに向け、やるべき事をやるのが、マスターとして正しいことだ。

 最強の相手であるセイバー。その情報を一点ずつ整理していく。

 まず、真名から。レオは真名の秘匿を一切行っておらず、聖杯戦争で最初に出会ったときからサーヴァントを真名で呼んだ。

 それは自信の表れなのだろうか。完璧であり、強力なサーヴァントであるのだから、それは当然と踏んだのか。

 剣士(セイバー)のサーヴァントとしてこれ以上ないほど相応しい、白銀の騎士の正体。それは円卓に名を連ねる忠義の騎士、ガウェインだ。

 レオに対して臣下の礼を崩さず、レオを静かに見守る騎士。彼とはアリーナで初めて剣を交わした。

 伝説に相違ない、強力な太刀筋と携える太陽の聖剣。正に完璧なサーヴァントとして、圧倒的な力で立ちふさがったのだ。

 セイバーが持つ聖剣の名。それはかの約束された勝利の剣(エクスカリバー)の姉妹剣でもあり、月の加護を持つ前者とは反対に太陽の加護を持つ転輪する勝利の剣(ガラティーン)が、ガウェインの切り札。

 太陽の熱を具現化した力に加え、セイバーはその身体に備わる特性で僕たちとの差を更に大きく広げていた。

 ガウェインの伝説において、彼を最強の騎士たらしめたその特殊な性質の名は聖者の数字。中天に太陽がある限り、彼の能力は驚異的なものへと昇華してしまう。

 聖剣だけでも十二分に強力だというのに、ガウェインはこの能力で無敵ともいえる鉄壁さを兼ね備えていた。

 アリーナの光を遮断することで、一瞬の油断の内に彼に傷を負わせ、聖者の数字にも傷を与える事が出来た。

 もうあの強力なスキルに悩まされることはない。そこまで至って尚僕を焦燥させたのは、去り際のレオの言葉だった。

 レオの言う奥の手。それは決着術式という特殊なカテゴリに含まれる、大きな力を持ったコードキャストである可能性が高い。

 それを危惧した僕に、ラニが授けてくれたコード。それはラニの師から齎された、同じくして決着術式に含まれるものだった。

 名を『黒い銃身(ブラック・バレル)』。特訓の際に試用した限りでは、決着術式と呼ぶに相応しい圧倒的な力を見せてくれた。

 更に、僕とメルトの絆が鍵となる術式、『道は遥か恋するオデット(ハッピーエンド・メルトアウト)』の存在。

 きっと、この二つの術式が勝利を与えてくれる。負けることはない。聖杯に辿り着く最後の試練を突破するに足る、十分な力の筈だ。

 後信じられるのは、メルトだけ。僕とメルト、レオとセイバー。

 どちらが勝っているか、それがもうすぐ判明する。他でもない、命を懸けた戦場で。

「んん……」

 小さく呻くメルト。起床が近いのだろう。

 その時を待ちながら、僕は静かに戦意を確かなものにしていた。

 

 

「待っていたぞ少年。身支度は整えたかね?」

 愉悦に口元を歪める言峰神父の典型(テンプレート)な言葉も、これが最後になるだろう。

 監督役の上級AIの最後の役目なのだろうか。今まで通りエレベーターの前に立っていた神父は、僕、メルトに続いて、後ろに並ぶ“三人”を見やる。

「……見送りが多いものだな。決勝だというのに、これだけの“人間”が残っているのは極めて異例だろう」

 そんな呟きを、

「私の命はハクトさんに救われました。最後の戦いの見送りをするのは当然です」

 ラニは普段通りながら、感情を込めた言葉で返す。

「まぁ、通常の役割(ロール)で手を貸せなかった子がここまで来たんなら、最後くらいは、ね」

「まさか君が決勝まで残るとは思わなかったが、意地を見せたものだ。他人の勝利を祈ってみるのも悪くないな」

 青子さんと橙子さんも、教会を出て僕を鼓舞してくれた。

 今まで戦ってきた中で、二人の存在も欠かせないものだった。情報の数々や零の月想海へのキー。どれも勝利に繋がった手助けだ。

「僕のこれまでの勝利は三人無しでは成せませんでした。だから最後の戦いは、三人()挑むつもりで来てもらったんです」

 実際、教会の二人には断られると思っていた。

 しかし、青子さんは笑って許可し、橙子さんもやれやれと苦笑しながらも応じてくれたのだ。

 エレベーターから先は僕しか行けない。だが、戦いを支援してくれた三人には、送り出して欲しいという図々しい要望を、ラニ含めた全員が許可してくれるとは思わなかったが。

「ふっ、踏みしめた道程は自らの力のみで開拓したものではないと? 決勝まで来てそんな物言いをする魔術師こそ、異例だったか」

 言いながら、神父はエレベーターの前を空ける。

「ならば見せてもらうとしよう。君たち全員で歩んだ道のりの成果を。さぁ、最後の暗号鍵(ラスト・トリガー)を提示するがいい!」

 神父の宣言に頷き、決勝の二枚のトリガーをエレベーターにセットする。

 低い唸りを上げながら、エレベーターは扉を開く。最後の魔術師を、決戦場へ誘うために。

「君の願いか、ハーウェイの若き当主か。どちらが聖杯に届くか、楽しみにしているぞ」

 最後まで、愉悦の笑みを崩さない神父を一瞥してから、三人に振り向く。

「――勝って、きます」

「御武運を、ハクトさん。貴方なら必ず、レオ・ハーウェイを超えられます」

「頑張ってね、小さなマスターさん。君に授けた力が、君に勝利を与えんことを」

「どこまでも貪欲な魔術師め。とは言え私の無意味な声援が君に意味を成すなら……精々、頑張ることだ」

 心から勝利を信じてくれるラニ。どんな風の吹き回しか戦いに備えてとある術式を与えてくれた青子さん。肩を竦めて苦笑しながら電気タバコを吹かす橙子さん。

 全員に心から感謝をしながら、

「メルト、行こう」

「――えぇ」

 エレベーターの扉を潜る。

 最後の戦いに向けて扉は閉じられ、ゆっくりと、決戦場へ動き始めた。

 

 

 王たる少年が、目前に現れる。

 壁に隔たれて尚放たれる独特の雰囲気に、今度こそ怖気付かずに対峙することができた。

 いつも通りの柔らかな微笑みは、これから剣を交える相手に対しても、変わらず見せるものなのだろうか。

「長かった。僕はこの戦いを、ずっと楽しみにしていました」

「……僕も、なのかな。今までとは違う形で、今日を迎えたよ」

「それは良かった。立場は違っても、お互い見るものは同じなようだ」

 嬉しそうに笑みを深くするレオに、しかし年齢相応の無邪気さは見られない。

 定められた王と、完璧な騎士というこれ以上ない組み合わせが、そんな悠長な考えを持たせる筈も無い。

「個人の欲望なんて、ハーウェイの当主としてあってはならない事です。ですが、貴方も同じ気持ちであるのなら別だ」

 互いは互いと戦うためにここに来た。つまり、ここで対峙するのは必然の運命なのだと。

「ふふ、本当に嬉しく思います。かつて群集の一人に過ぎなかった貴方が、立派な戦士としてここに居ることが、何よりも」

「ここまで、色々な事があったからね。戦ってきた皆が、僕を成長させてくれたんだ」

「成程、それが貴方の強さ、ですか。残念です。ここから先の、貴方の成長を見る事が出来なくて」

「僕も残念だ。いつかレオに追いついて――“もう一度”打ち負かしたかった」

「……ふふっ」

 レオの言葉の返答に、勝利の確信という重みを乗せる。メルトは小さく笑い、レオは暫くの間言葉を失った。

「……『ここで終わらない』ではなく、『今のまま僕を倒す』と? 正直、驚きました」

 驚愕はもっともだろう。どうせ僕なら、まだ終わらないと根拠の無い意地を見せると思っていたに違いない。

 だからこそ、僕はあえて言葉を選んだ。それが僕が何より変わった所以であり、それを実際に見せ付けることがレオへの戦意の証になると踏んだからだ。

「しかし、貴方では僕に後一手、届かない。それを埋める根拠が貴方の道程だったとしてもです」

「後一手……か。だったらその一手くらいは意地で埋めるしかないかな」

「……どういう事です?」

 今までだってそうだった。どんな強敵が相手だろうと、僕の根底は変わらない。

「今まで歩んできた道が、僕の全力だ。残る差を埋めてきたのは、いつだって意地だったからさ」

「貴方の個としての力はそれに作用してないのですか?」

「僕自身の力も含めて、これまでの道程なんだよ、レオ」

 これは、レオには分からないだろう。

 僕は何らかのバグでマスターとしての力を得たNPCに過ぎない。

 そんな僕にとって、自分の力そのものもこれまで歩んできた道で手に入れたものだ。

 レオはそれを知りえない。だからこそ、レオをより驚かせる取って置きの材料になる。

「……聖杯戦争に参加する以前に力を持たなかった。空の器に一戦ごとに、水を注いでいったと?」

「うん、そんなところかな。僕にとって始まりがこの聖杯戦争だった。最初に何も無かったからこそ、この戦いで得たものは誰よりも多いと思ってる」

 生まれつき完成されたレオと、最初は空っぽだった僕。この決勝戦は、正に対極の二人によるものなのだろう。

「過程を信じる絶対の自信ですか。本当に……これからの戦いを、期待させてくれますね」

「期待には応えられると思うよ。ううん、期待以上の形で、応えてみせる」

 壁さえなければ、握手を交わすくらいはしていただろう。

 代わりに笑みで自信を示す。絶対に君を倒すと。

「さて、ガウェイン。戦いに向けて、貴方から何かありますか?」

「……いえ、私からは何も。力の優劣は戦場で決めるもの。このような場で意を示すのは主の名誉に傷をつけましょう」

「あら。許可が下りないと会話も出来ないのかしら? どこまでも忠犬ね」

 メルトの目が、獲物を見つけた目に変わった。最後の戦いまできても、加虐体質万々歳であった。

「発さないのではありません。発する必要が無いのです。我が心は主と共にある。その時点で答えは出ています」

「お子様と同じ心じゃたかが知れてるわね。そこの王様に足りないものを、騎士たる貴方は理解しているのかしら」

「……今のレオに足りないものなど、まだありません。レオは完全無欠の王として、成長していける方です」

「あら、少し見直したわ。よく理解(わか)っているんじゃない。それが私のマスターとの、大きな差なのよ」

 メルトの言葉の意図は掴めない。

 だが、メルトは何かを勘付いているようだった。

 僕にも気付かない、僕とレオの差。それが、勝敗を分ける鍵になるのだろうか。

 黙したセイバーと何やら勝ち誇った表情のメルト。レオの困ったような笑みと目があった。

「どうにも、メルトさんとガウェインの相性は悪いようだ。これから戦う身とすれば普通なんでしょうが……」

 今までの相手とも大方こんな感じだった、というのは言わないでおく。多分レオも察しているだろう。

「そろそろ、お終いのようです。最後に、一つ質問をよろしいですか?」

「え? ……うん。僕に答えられる範囲なら」

「簡単な質問です。貴方がここまで勝ち進んだ理由……聖杯に託す願いは、何なのですか?」

 そうだ。それはある種、必然の問答なのだ。

 ここまで戦ってきたのは当然、願いを叶えるため。

 戦いの後、凛が言っていた。レオにも僕の願いを話してやれと。

 だったら今が、相応しい時かもしれない。

「……開拓だよ、レオ」

「……開拓、ですか?」

「僕が今まで戦ってこれたのは、その中で僕が一歩ずつ進んできたからだ。それが正しい道だと思ってる」

「つまり、地上の人々にも同じ、進歩の道を歩ませると?」

「簡単に言えばね。これはレオと真反対の思想だ。地上の状況からして、正解とも言い難い。でも――」

 真っ直ぐにレオを見据え、宣言する。

「――歩まなければ、人は生きられない」

 停滞という、人類の管理。西欧財閥が行うそれは、確かに正しい行いだ。

 だが、そこで管理されるのは、農場の羊も同じ。それは人ではなく、別の類の何かなのだ。

 勿論、西欧財閥の管理という名の停滞の先に、或いは進化があるのかもしれない。

 しかしその進化で突き動かされるのは、既に変わってしまった何かだ。

 自ら歩むからこそ、人間は進化していく。レオと真逆の思想だからこそ、僕は絶対にレオに負けるわけには行かない。

 先に待っているのが破滅だろうと、そこまでの猶予期間で何かを成し、その未来を回避する。

 僕の生きてきた戦いの中で、僕はこの願いに至った。他でもない、僕と同じように、前に進むことで高みへと目指して欲しい。

「……本当に、貴方は僕を驚かせてくれる。しかし尚更、僕とは相容れないようだ」

 対極の二つが存在するのなら、必然であってもその意味は増す。

 これからの戦いにおいてぶつけ合う戦う理由、信念として。

 そんな対話は、低い唸りを上げて停止したエレベーターによって幕を閉じる。

「価値のある時間でした。このまま終わってしまうのが、少しだけ惜しい」

「そうだね。でも、ここから先は話す場じゃない」

 目を逸らして、同時に扉に向かう。

「行きましょう、ガウェイン」

「行こう、メルト」

 ――最後の、決戦場へ。




ハクの願い発表。
開拓、進化。それはハクが当然として歩んできた道のりです。
だからこそ、それこそが良き道だと思っているんでしょう。

いよいよ決戦。六回戦より長く書ける気がしねぇのです。

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