Fate/Meltout   作:けっぺん

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多忙期間は明日で終わり……後は走り切るだけだ。

そんな訳で、何も無い三日くらい飛ばしますよ。決勝だろうと。


六十六話『繋がるこころ』

 

 ――決勝戦も六日目を数えた夜。この夜が明ければ、レオとの決戦が待っている。

 順調に術式の発動を効率よく出来るようになってきた反面、レオはあの後、一切姿を見せることは無かった。

 出来ればもう一度アリーナで戦って、通常の状態であるセイバーの立ち回りを確認しておきたかったのだが。

 或いは、それを危惧してレオは沈黙を貫いていたのかもしれない。

 レオとセイバーの現状、それだけが気がかりだが一先ず、最後の猶予期間である今日この日、これまでの戦いを思い返していた。

 

 一回戦。予選の中で知り合って、仮初の親友という役割だった慎二との戦い。

 あの時僕は、まだこの聖杯戦争が何たるかを承知していなかった。

 血で血を洗う、魔術師同士の殺し合い。そんな何かの冗談にしか思えない非情なルールを、対戦相手であった慎二もただの脅しだろうと笑っていた。

 それでもゲームである以上、アジアチャンプの名は伊達でない事を照明する強さを慎二は持っていた。

 絶対的な幸運を以て世界を渡ったライダー。彼女に振り回されながらも、慎二は自身とプライドを崩さず、最初の相手として立ちはだかった。

 戦いが終わった後、僕も慎二も敗者に与えられる悲劇をまざまざと感じることになる。慎二は他でもない、体験者として。

 聖杯戦争の敗退者に与えられるのは死。何をしようと逃れることは出来ない、その後何度も見ることになるどうしようもない運命。

 助けを請うて、それでも僕は何も出来ず、慎二は消えていった。生に縋りつきながら。執着の叫びを上げながら。

 慎二との戦いを通して、僕は聖杯戦争を知った。負ければ死ぬ。ただ、そんな結末だけは嫌だと、情けなくちっぽけな意地。

 

 そう、二回戦、優勝候補であり、何度も死線を潜り抜けてきた老兵、ダンさんとの戦いは、その意地だけで戦ったものだった。

 戦いへの気概や経験、その実力も、ダンさんは遥かに上を行っていた。しかし唯一つ、サーヴァントであるアーチャーの独断はダンさんの騎士道に反する暗殺を目的としていた。

 それはアーチャーにとって常のこと。顔のない狩人として、村を守り続けた弱い英雄にとっては当然の、確実に効率よく相手を仕留める手段なのだから。

 アーチャーの独断にダンさんは軽蔑の眼差しを向けた。令呪の縛りを与え、騎士としての戦いを優先したのだ。

 全てを任せていれば、ダンさんはほとんどの障害を暗殺する事で勝ち進んだだろう。しかしそんな確実な勝利を是としないダンさんの公平を尊重する心は、僕の在り方に大きな石を投じてくれた。

 ただ生に執着していた僕はダンさんと戦い、相性の悪いサーヴァントを見事に御す彼に大きなものを見た。

 最期に得難い騎士としての戦いを経験したアーチャーも、ダンさんに感謝をしていただろう。

 戦いに意味を見出せ。咎を受けるのは道程ではなく結果に至ってからだというダンさんの優しさと厳しさの混じった遺言があったから、僕は今まで勝ち進んでこれたのだ。

 

 そんな大きな成長を果たして進んだ三回戦。僕と同じで、それでいて僕より弱い小さな少女との戦い。

 ありすは実体のないサイバーゴーストだった。彼女は地上のどこかで重傷を負い、いつまでも続き、どこまでも追ってくる痛みに苛まれながらも生き続けた。それは自分のためではない、まったく関係のない大人の事情。

 ようやく眠りについた彼女は電脳の世界を彷徨い、やがてこの戦いに迷い込んだ。

 遊びたいという無邪気な欲求をどこまでも無情に歓迎する、ムーンセルの生存戦争に。

 それを肯定するのは、ありすに付き従うアリスと陰で支え続けた童話作家のみ。非情な戦争の中でありすはいつまでも遊んでいたかっただろう。

 そんな夢物語に終止符を打ったのは、他でもない僕だった。

“ワタシはアナタ、アナタはワタシ。名前も忘れたアナタのために、アナタの姿をそっくり映す。

 ワタシの名前はわらべ歌。トミーサムの可愛い絵本。マザーグースのさいしょのカタチ。

 夢見るアナタとワタシのために、夜が明けるまで浪漫飛行。

 あぁ、でも昇降機が降りていく。

 夢の終わりがやってくる。

 ありすの終わりがやってくる。

 物語である以上、終わりがくるのはあたりまえ。

 寂しいアナタに悲しいワタシ。最期の望みを、叶えましょう――”

 砂糖菓子の細工のように消えた儚い煌き。白と黒の映し鏡を見て、僕は聖杯戦争に大きな疑問を持った。

 こんな非情なルール、あってなるものかと。思えばありすとの戦いが、僕の願いの根底だったのだ。

 

 ありすとの戦いを終えた僕は、聖杯戦争における重大なルールブレイクを犯した。

 即ち、他者の決戦の介入。敗北を確信し、自滅しようとするラニを見ているなんて、僕には出来なかったのだ。

 一旦の拒絶と和解。マスターではなくなったラニは、それから僕に手を貸してくれた。当然のこと、彼女が居なければ僕はここまで勝ち進めなかっただろう。

 波乱の中始まった四回戦。その相手は僕と同じ、記憶のないマスターだった。

 白羽さんは自身の在り方に疑問は持ちつつも、死から逃げることだけを戦いの意味としてきた。

 最初の僕と似ていながら決定的に違う点は、それが確たる戦いへの意思になっていたことだ。白羽さんの前向きさは、ただ前に進んで、いつか来るべき時になったら考える。言わば問題の後回しだ。

 だが、白羽さんはそれを良しと出来る。彼女が僕と同じ、イレギュラーだったとして、それを知ったときも彼女はあぁそうかと前向きに笑えるだろう。そう確信できる、明るい少女だった。

 そして彼女と契約したリップは、メルトの姉妹。BBに作られた人工サーヴァントにして複合神性だった。

 仲が良いとは決して言えない二人が協力しなければならなくなった状況、それは違法マスターの討伐。

 きっとあのランルー君も、確たる願いを持っていたに違いない。

 一時の協力を経て矛を交えた決戦は、魔力を使い切った白羽さんをムーンセルが見放す結果となった。

 彼女の後押しがあるからこそ僕がある。それは絶対に忘れてはいけないことだ。

 

 五回戦。戦いも折り返しを過ぎ、後半となったここで戦うことになったのが、因縁の相手であるユリウス。

 レオの義理の兄である彼は、レオを勝たせるために動いた暗殺者。しかし根底にあったのは、愛する者の言葉だった。

 それを封じて西欧財閥の影となっていたユリウスのサーヴァント、アサシンによって、絶体絶命の危機に陥った。

 メルトの回復はラニが居なければ叶わなかった。どうあっても、彼女無しでは勝てない相手だったのだ。

 更にはメルトが宝具を解放して、アサシンの気を攫うことでようやく勝てた相手。紛れも無く、それまでで最強の相手だっただろう。

 最期には、ユリウスとも分かり合えたと言えるだろうか。敗北しても尚僕を殺そうとしたユリウスの言葉は、彼を無情の殺人鬼だと思い込んでいた考えを否定させるものだった。

 どんなに歪んだように見えても、根底だけは真っ直ぐだった。ユリウスの言葉を聞いた後は、彼に対する恨みなんてこれっぽちももてなかった。

 消える直前に触れた手。それは返り血で汚れながらも、鋭利に透き通った信念が伝わるものだったのだ。

 

 この戦いの直前である六回戦。対戦相手である凛は、終始徹底した戦い運びをしてきた。

 対戦カードの破壊。それは何より有効な、正体を隠す手段だ。しかしその中で、此方に向けられた行動の一つ一つを照らし合わせることで、何とかサーヴァントの情報まで辿り着けた。

 インドに伝わる大英雄であるランサー。彼は凛の在り方を肯定し、彼女の武器となって障害を切り裂いてきた。

 ここまで勝ち抜いてくるにおいて、凛は何度も協力してくれた。時には相手サーヴァントの情報も教えてくれる、心優しい友人だった。

 しかし戦わなければならない。それが聖杯戦争のルールなのだから。

 レジスタンスとして、凛は聖杯が西欧財閥に渡ることがないよう戦いに臨んだ。その結果として、彼女はレオに辿り着かずに敗退した。

 だが、それは決して無駄死にではない。僕はレオを倒す。レオを倒して、聖杯を手に入れる。その後どんなことが待っていようと、自分自身を貫き通す。

 凛が見てきた世界。そこからどれだけ変えられるかは分からない。だがそれでも、地上を知らない僕にとっては子供達の笑顔は変えがたい思い出になるだろう。

 これまでの戦いの集大成、それはもう明日にまで迫っている。

 レオという、聖杯戦争の頂点に辿り着くための最期の相手。彼を倒し、僕は聖杯に辿り着く。

 幾ら歩んでもその上にあると思わせるレオの実力。それは間違いなく本物であり、最高クラスのサーヴァントであるセイバーとの相性も完璧だろう。

「……」

 明日が終わったとき、この校舎に戻ってこれるのは一組だけ。

 ここまでの猶予期間の殆どを決着術式の展開に使ってきたが、それでも完璧とは言い難い。

 確かに、出来ることは全てやってきた。だが、明日の結果によってはそれら全てが無駄になってしまうのだ。

「……ハク?」

「……メルト」

 ここまで戦ってきてくれた、唯一無二の相棒。

 もしかすると、彼女との別れは明日かもしれない。最悪の結末に至る可能性。今更になって、最後の敵の目前まで来て、どうしようもない不安を感じてしまう。

 勿論、勝つつもりはある。今までメルトと歩んできた道程は決して短くはない。レオにだって届く。そう確かに思えていた筈なのに。

 今感じているのは、それら全ての否定だった。

 良くある話かもしれない。絶対的な自信を持っていても、いざ物事と相対すれば竦み上がってしまう。

 僕はそれを、決戦の前日である最後の夜に感じていた。

 僕が負けたら、今まで戦ってきたマスター達の思いはどうなる。

 勝利を信じてくれたものが居た。叫びを上げて、生を望んだものが居た。そうでなくても、最期には笑みを見せてくれていた。

 そんな皆の思い全てが無駄になる。それに、今まで手を貸してくれたラニは、僕が負けたらどうなってしまうのか。

 アトラス院は西欧財閥からの警戒を受けていると聞いた。レオが聖杯を手にすれば、ラニが地上に戻ったとしても安息はないだろう。

 そう、負けるワケにはいかないのだ。なのに、なのに――

「……恐れているのね」

「っ」

 聞いた事のない、メルトの声だった。

 心配とも励ましとも、哀れみとも蔑みとも違う、それでいて全てを理解しているような、優しげな声。

「何で、分かるんだ……?」

「……私が、いつも恐れていたからよ」

 恐れていた? いつも強気に微笑んでいたメルトが?

「加虐嗜好。ドールマニア。そして、ムーンセルを改竄して手に入れた無敵性(クライムバレエ)。言い換えれば全部、恐怖から来たも同然なのよ」

 どうにも、繋がりが見えない。

 メルトと恐怖は、縁の遠すぎるものに思えるからだ。

 加虐嗜好も、ドールマニアも、無敵性も、相手より上であるが故の性質では――

「あ……」

「気付いたみたいね。相手より上でなければ常でいられない。それが私なの」

 繋がった。メルトと恐怖が。当然だと思っていたメルトの性質そのものが、即ち恐怖の現れだった。

「相手より上であって、徹底的に蹂躙して、やっと私でいられる。口を聞かない人形じゃないと、愛でることもできない」

「……」

「私が白野を手に入れれば、BBは私を消すかもしれない。だからBBより上を目指した。どうしようもない――恐怖ゆえに」

 自嘲するように笑うメルト。その顔は悲しげで、何より深く同意できた。

 恐れを知っているからこそ理解できる。恐れを理解できるからこそ、抱くなと言える。そうでなければ、いつ飲まれてもおかしくないから。

「この聖杯戦争に来て、不思議と恐いことはなかったわ。多分それは私が弱かったから。ハクと同じ視点で始まったから」

「……僕と同じ?」

「えぇ。最弱のステータス。最弱のパートナー。白野はここから始まって、少しずつ強くなったんだって理解できた。それでやっと、強者っていう価値観が見えたの」

 常に上であったからこそ、メルトは下を知らなかった。弱者が抱く恐怖からすれば、強者が抱く恐怖なんて――

「何て、おこがましいんだって、ね」

 岸波 白野は、最弱から始まり、やがてリップを、メルトを、BBをも超える力を手に入れた。

 他者の恐怖を知り、肯定することで、メルトは自身の恐怖を乗り越えたのだ。

「ハクはきっと、強者って立場に立つ事はないと思う。だから、私と同じようにはなれない。でもね……」

 メルトはそっと、抱きしめてきた。暖かさが、肌に伝わってくる。

「ハクはハクの心がある。貴方にはラニもいて、何より私がいる。だから、何も恐れる必要はないわ」

 これ以上ない優しさに包まれる。どこまでも静かに諭すメルトは、まるで母性の化身だった。

 思わず、涙腺が緩む。このまま全てを吐き出してしまいたかった。それを必死に堪えていても、

「……そうだ、ハク。まだ、私の思いを伝えてなかったわ」

 やっぱり、どこまでもこのサーヴァントは変わらないと、確信できた。

 

「――私も、ハクが好き。何よりも、貴方を愛してる」

 

 壊れてしまった。これ以上、この少女を前に堪えることなんか、出来る筈も無かった。

「っ――!」

 小さな身体を、強く抱きしめ返す。堰を切ったように思いに任せて泣き叫ぶ。それだけで、メルトは全て理解していると言わんばかりに小さな手に力を込めた。

 自分でも、何を言っているのか分からない叫びが収まるまで、ただメルトはそうしてくれていた。

 

 

 何分経っただろうか。コートにうずめた顔を起こすと、メルトの微笑みと目が合った。

「……落ち着いた?」

「うん。もう、大丈夫」

 戦いの最終局面になって尚弱音を吐いていた自分。

 情けないマスターだとは思う。どうにも、今まで戦った皆に申し訳が立たない。

 だが、それも最後。もう、弱音は吐かない。自らの弱さを打ち明けてくれたメルトのためにも、信念を持った一人のマスターとして、レオと対峙する。

「ハク、ハクの術式の出力パス、覚えてる?」

 メルトの問いに、記憶を探る。ラニが言っていた、『道は遥か恋するオデット』の出力条件。

「絆、だよね?」

「そうよ。何でそれが出力の鍵になっているか、ハクには分かる?」

 ――絆が鍵になっている理由。そういえば、考えた事は無かった。

 確かに、そう言った概念が鍵になっているのなら、それには意図がある筈だ。

 僕とメルトが使う事を前提とした術式。それに掛けられている鍵の意図とは、一体何なのだろうか。

「なら、ヒントよ。その術式を作ったのは、BBなの。そして、BBは愛を求めていた」

「BBが……」

「……気付いたみたいね」

 BBは求めていたものを、メルトに与えた。

 どういったカタチでそれを迎えるかを知る由もないのに。自らの意にどこまでも反した娘に対して。

 何故なら、メルトもBBも、同じものを愛していたから。

 望んだ愛を、求めた時に得られるように。それが、自分と同じ道を歩ませたくないBBにとっての、メルトへの親心。

「だから、最後のパスはBBが真に求めていたもの。溶かすでも、潰すでもない、真正の愛」

 メルトの言葉は、心の奥底に響いてくるようだった。

 最後のパスを解放する――その為には何をするべきなのか、既に伝えたとばかりに、メルトは口を噤む。

 そこから先は、僕に任せる。そういう事なのだろうか。

「……良いの?」

「愚問よ。……どこまでも、幼いままなんだから」

 そう言って、メルトは目を閉じた。同時に、その身体に変化が生ずる。

 脚具が黒く霧散し、幼さの残る素足を床に付ける。

「……そんな事、出来たんだね」

「……お披露目は初めてだけど、簡単な事なのよ」

 そんな、呑気な会話でさえ、愛おしかった。

 外見から鋭利さが抜け、目の前に居るのはただの――それでいて僕にとっては特別な、少女の姿だった。

「たった一夜……それだけで良い。ハク、人の愛を、教えて頂戴」

「……うん」

 力を入れずに、そっとメルトをベッドに倒す。

 コートから指先だけを覗かせる手が、一層幼さを助長するその姿は、どうしようもなく愛らしかった。

「ん……」

 出会ってから、七週。この瞬間、僕はメルトの唇に触れた。

 人ではないもの同士だった。それでも、愛くらいは、人の形で示したかった。

 だからこそ、

「――好きだ」

 たったそれだけの言葉に、僕なりの愛を込めた。




けっぺんゎ頑張った……読者の皆がまってる……でも……もぅつかれちゃった…でも……あきらめるのょくなぃって……けっぺんゎ……ぉもって……がんばった……でも……描写…限界で……(いろんな意味で)イタイょ……ゴメン……無理だった……でも……けっぺんと読者の皆ゎ……ズッ友だょ……!!

「何やってんだろテストの真っ最中に」とか思いながら、自分なりに頑張りました。駄目でした。
予想通り詰まったのでKに相談したら「ノリで書け」って言われました。ノリで書きました。
まぁ……なんだ、訓練された読者の皆様なら良いように保管してくれると信じています。

さて、ようやく決戦だ……本当に長かったなぁ。

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