頂上決戦で弱いままなんて、そんな事はさせないぜ。
身体強化のコードを切らさないまま、もう片方の広場に向かって走る。
疲労は容認できるものではないが、メルトの補助をしないわけにはいかない。
見えてきた――広場にはメルトと何か、大きな人影。
「……バーサーカー?」
間違いない。中華風の鎧を纏う、二メートルはあるだろう赤銅の偉丈夫。ラニのバーサーカーだ。
ドールはまだしも、サーヴァントとの戦いまで試練に含まれるというのだろうか。
いや、多分あれはバーサーカーを模した敵性プログラムだろう。実際会った時の威圧感のようなものが感じられないし、思考を失った狂戦士特有の咆哮を上げることもない。
ランク付けすれば、バーサーカーには及ばないまでも通常のドールを遥かに超える力を持ったくらい、といったところか。
しかし、機械的であった戦い方はしていない。バーサーカーの筋力をそのままに、メルトの一手二手先を読むような戦い方をしている。
だからだろう。メルトも攻めるに攻められず有効打は与えられていないようだった。
いや、そうはいっても、どうにも違和感がある。メルトの戦闘能力はサーヴァントとしてもかなりの位置にあるだろう。
サーヴァントに及ばないプログラム相手にここまで苦戦することがあるだろうか?
「っ、この!」
プログラムの矛は嵐の様にメルトを襲う。
時には薙ぎ、時には突くことで確実に追い込み、逃げ場を無くしたところを切り伏せる。ドールにしては芸達者が過ぎる。
これが決着術式の試練――すぐにでも、補助に向かわなければ。
恐らくこの位置からならば、弾丸が届くだろう。そう考え、コードを紡ぐ。
そして放った弾丸は、届く事無く突然現れた壁に防がれた。
「なっ……」
どうやら、広場を囲うように防壁が展開しているらしい。
マスターであろうと余人は介入できない。一対一が原則である試練ということか。
力になれないという現実に歯噛みしていると、一端距離を置いたメルトと目が合った。
「ハク!」
走りよってくるが、やはり防壁を超えることが出来ない。
「良かった、無事みたいね。試練は?」
「大丈夫。何とか終わったけど、この壁のせいでコードが……」
「そうね……この程度任せなさい、と言いたいけれど……」
何か、言い難そうにメルトは顔を伏せる。何かあったのだろうか。
「……この空間での制限かしら。戦闘スキルの一切が使えないわ」
――事は、思った以上に深刻なようだった。
これが、メルトが苦戦していた理由。攻撃スキルが使えるのなら、遠距離から『踵の名は魔剣ジゼル』を使うなり、傷ついても『臓腑を灼くセイレーン』での強引な回復も可能だろう――極力使ってほしくはない作戦だが。
魔力を奪うことも、回避できない攻撃に対する絶対防御も敵わない。
今までの強敵と比べれば幾分劣る相手だろうと、戦闘スキルが使えなければ筋力や耐久の差がより顕著になる。
メルトはその二つのステータスは平均より劣る。あのバーサーカーを模したプログラムが相手ならば、それこそ差はかなり大きいだろう。
高い敏捷なら理性を失ったバーサーカーを翻弄させることも可能だろうが、相手はそもそも、理性のないプログラムである。
とことんメルトに不利な条件。更に、補助すら出来ない。一体どうすれば――
「くっ!」
突如、襲ってきたプログラムの矛を躱すように、メルトが跳ぶ。
「うわっ!?」
魔力によるブーストを掛けていたのか止まりきれず、プログラムの矛は防壁に衝突した。
瞬間、何やら防壁に衝撃が走った。術式、物理攻撃問わず一切通さないものと思っていたが、物理攻撃ならばどうやら通るらしい。
とはいえ、このプログラムの筋力でも破壊できなかった防壁だ。メルトの攻撃では到底破壊は敵わないだろう。
この壁が無くなれば、コードキャストで補助をするなりしてメルトを助けることが出来るのだが。
戦闘を再開するメルト。目の前で戦っているのに、何もできない自分に苛立ちを感じる。
今すぐにでも助けたい。一緒に戦いたい。なのに届かない。この防壁さえ――なければ。
「っ――」
『 』
何かに、呼ばれた気がした。
声にならない声で。か細く、それでいて何よりも近く深く聞こえた。
――言葉を紡げ。
確かに、そう聞こえた。
――口を開け。
考えるより先に、口元は動いていた。
――言葉を、紡げ。
再び、聞こえた。
そして、理解する。
「……――『
紫藤白斗の、メルトリリスの、一にして極致のかたち。
零を十に。そして、十を異なる十へと変換する性質。
その一端が、脳に刻まれるように入ってきた。
即ち――今必要な術式を即興で紡ぐ、行き当たりばったりも良いところの術式。
確かに自分に相応しい、内心苦笑しながらも、抜かれていく魔力の具現化を確かにその手に感じていた。
目前にある防壁を、とにかく破壊する手段を――
「っはぁ!」
槍のように展開した魔力が防壁を貫き、大きな穴を開ける。
その穴から走りこむように飛び込み、更にコードを紡ぐ。
「
恐らく、コードはこれが最後だ。
メルトが攻撃スキルを使えない以上、出来るだけダメージを与えうるコードを紡ぐべきだろう。
「メルト、避けて!」
「っ」
敏捷を上昇させたメルトは素早く爆弾のコードを回避する。
このコードの範囲は弾丸に比べて大きい。一旦後退させた後、紡いだ術式をプログラムに投げつける。
大きく爆ぜたプログラム。その煙が晴れる前にメルトが突っ込み、膝の棘を突き刺した。
引き抜くと同時に更に一撃、素早く戻ってくるメルトとは反対に、プログラムは力なく倒れた。
「……終わったのか?」
「そう、みたいね」
これで、試練は終了のようだ。ふわりと浮くような感覚で、この空間の消滅を察する。
必要の無くなった空間は自動的に閉じられ、そこにいるマスターとサーヴァントを元居た場所に強制転移させる。
そこまでがこの試練の内容だったらしい。
消え行く空間を見ながら、メルトが口を開く。
「……ハク、どうやって防壁を?」
「零の月想海の、最後のコード。まだ良く分からないけど、色々な効果が使えるみたいだ」
とはいえ、何か引っかかるものがある。この術式、『道は遥か恋するオデット』が、イフの結集体である零の月想海にあるとは、どうにも思えない。
紫藤白斗のために存在し、メルトリリスのために存在する。そんな術式であるという確信が持てる術式なのだ。
「そう……」
メルトはそれだけ言うと再び、流れに身を任すように力を抜く。
やがて世界は閉じられ、元あった場所へと転移する。
謎は多い。だがこれもまた、ラニが何か知っているだろうか。
使いこなせるようになればレオと戦うにおいても強力な武器になる。残り少ない猶予期間でそれが可能になるだろうかと思いつつも、僕も転移に身を任せることにした。
「――ありがと、BB」
ぼそりと発されたメルトの呟きは聞き取れなかった。
アリーナに戻ってきた後、すぐにリターンクリスタルを使用して校舎に戻る。
さすがにここから特訓に転じれる力は残っていなかった。
戻ってきて、ラニの元へ向かう。黒いキューブは鼓動を刻みながら、展開を今か今かと待っているようにも見えた。
「ラニ」
ラニはいつも通り、三階で星を見ていた。
「ハクトさん、お帰りなさい。無事で良かったです」
目を合わせると、ラニは安堵の表情を見せてくる。
その表情を見て自然と顔がほころぶ。
「ラニ、これで……」
「はい。決着術式はハクトさんを認証するでしょう。少々お待ちを……」
黒いキューブを渡すと、ラニは何やら操作をし出す。
するとキューブは光り輝き、その立方体の姿を変えていく。見た事もない高密度の術式。これが、決着術式なのか。
やがて光は収まっていく。ラニの手にあったキューブは異様な存在感を持った黒い銃身へと変貌していた。
「……これが……」
「はい。本来は、エーテルで活動する全てを破壊するアトラスの七大兵器に名を連ねる概念武装。師は術式化したものを私に与えてくれました」
強力に過ぎたものを、ラニの師は術式へと変える事で切り札に変化させた。
本来ほどの力は持たなくても、なお決着術式に相応しい力を持った概念武装の亜種ともいえる術式。
「実際どれ程の力があるのかは分かりません。ですが、恐らく込めた魔力に応じた力を発揮するでしょう」
言いながら、ラニは銃を差し出してくる。
「お受け取り下さい。私が貸せる、最強の力――『
術式を受け取った瞬間、禍々しい黒い魔力は手に染み込むように滲み出てくる。
認証された影響か。驚くほど手に馴染んでいる。しかし手を通す魔力を止めると、銃身は黒いキューブへと戻っていった。
「そのキューブを展開し、魔力を込め、引き金を引く。それだけで魔弾は敵を穿つでしょう。ですが――」
ラニは思案するように顔を伏せる。
「あくまでそれは術式化した、いわばレプリカです。他の術式は破壊できても、サーヴァントを傷つけることは出来ないかと」
なる程。それだけなら、何の問題も無い。元よりこれは、レオの決着術式に対抗するべく用意したものだ。
セイバーに通ると知れれば、より事態が好転したというだけ。状況としては何も変わっていない。
「その点は大丈夫だ。決着術式への対策が出来ただけで十分だよ」
「ですが、レオ・ハーウェイとの戦力差はまだあると思います。根本的な、ステータスの差も埋める必要があるのでは……?」
そう。決着術式の対策は出来ても、レオとの差はまだある。
聖者の数字を破ったとはいえ、セイバーの力が強力である事に変わりはない。それに、レオのマスターとしての性能もトップクラスのものだろう。
勝てる確率は、地道に高めていっているとは思う。だが、まだ勝率の差は大きいのだ。
埋められる要因といえば、今のところ後一つ。
「これで、埋められないかな?」
術式を展開する。礼装からコードを得る感覚で、魔力を通すことで術式の構造を表面化するくらいなら出来るようにはなれた。
やはり、というべきか。呼び出した『道は遥か恋するオデット』の構造は緻密で細部まで完璧といってもいい程作りこまれている。
「これは……ハクトさんの術式ですか?」
「うん、一応……」
零の月想海で手に入れたものとはいえ、使用した感覚から、そういっても過言ではない気がした。
「この術式は、決着術式に相当するレベルのコードです。これほど難解な術式、見た事がありません」
ラニをもってして、過去知りえないほどの精密な術式。一体誰が作ったものなのだろうか。
「あらゆるコードの可能性を、一切の無駄なく配置できる構造……これは一体……」
解析を始めるラニ。僕もこの術式の全貌は知らない。
ここはラニに任せて、成り行きを見守ったほうが良いだろう。
「使用履歴……サーヴァントへの魔力供給……『軍神五兵』?」
解析の手を止め、ラニが表情を怪訝に曇らせる。
「ハクトさん、バーサーカーの宝具の使用が出来るのですか?」
「……え?」
突拍子もない言葉に、思わず聞き返す。
ラニが連れたバーサーカーの宝具――あの矛だろうが、それを使用した覚えはない。
あの術式を使用した履歴の中にその記述があったと言う事は……
「槍とか、篭手とか?」
「恐らくは。バーサーカーの宝具は変幻自在です。本来であれば、その様な形態にも姿を変えられるでしょう」
ともなると、無意識の内にその宝具の力まで使えていたということだろうか。
術式だけではなく、そんな規格外の事まで出来る術式だと。
「そこまで万能性に優れた術式であれば、より高度に使えるようになれば勝率も上がるでしょう」
「やっぱり……」
これはきっと、ラニから譲り受けた術式と並ぶ切り札になる。
だからこそ、調べなければならない。この術式を確実に使用する方法を。
「出力パスは……絆?」
「……絆?」
「……恐らく、効率よく出力するためには絆が重要という事でしょうが……」
随分と、概念的な話になった。
使おうと思っても、こう曖昧だと発動しにくい。
「ともかく、使用が出来たということはこの条件の一端は掴んでいるでしょう。のこる猶予期間で色々と試してみては?」
「うん。そうだね」
残る猶予期間は三日。その間に、少なくとも戦いで使えるくらいにはなっておかなくては。
新たな課題が出来てしまったが、きっと有力な武器になる。
今日の残りは今後の方針を定め、明日からの訓練の内容をラニと相談してから、早めに活動を終えることにした。
二つの決着術式、実は更に一つ手に入れる予定でした。
さすがに行き過ぎ感あるので没に。この効果あるなら二つで十分じゃ。
それと、ここまで待っていてくださった読者の皆様。
とりあえず、お待たせしましたといっておきます。