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ありったけの強化コードを紡ぎ、メルトの補助をする。
ただでさえ最高クラスのサーヴァントの力が三倍になる、それがどれだけ恐ろしい事かは想像に難くない。
耐久、筋力、敏捷を上昇させ、更に魔力の強化で擬似的な魔力放出を可能とさせる。
その上での第一撃は――
「――っあ!?」
明らかな、セイバーの圧勝だった。剣の振られた先に吹き飛んだメルトを逃さないように素早く体勢を整え、追い討ちに掛かる。
咄嗟に盾のコードを発動するが、聖剣の一閃の前にはほんの一瞬の時間稼ぎにしかならない。
そんな僅かな間でメルトが体勢を立て直す事など出来る筈もない。
振り下ろされた剣を間一髪、メルトの脚具が防ぐがその余波は炎となり、アリーナに罅を入れていく。
切り払い、一端メルトはセイバーと距離を開ける。弱体化のコードを紡ぎ上げ、セイバーに発動する――が、セイバーが振り撒く火炎が防壁のように展開し、コードを通す事無く焼払った。
物理的な防御力だけではない。聖者の数字はコードキャストさえも通さないと言うのか。
強力に過ぎる。まさかこれ程までのスキルを持っていたなんて。
これまでのレオの相手も、セイバーの力に驚愕し、絶望し、そして無念すら抱かぬまま散っていったのだろう。かくも圧倒的な英霊の、太陽の威光に灼かれながら。
だが、まだ諦める訳にはいかない。倒すのではない、時間を稼げば良いのだ。
ラニが頑張ってくれている。それを察されないように今はとにかく戦わなければ。
「メルト、回復を!」
回復のコードを紡いだ瞬間、再びセイバーの剣が振るわれる。
「っ――」
しかし、今度は先程のような完敗の結果には至らなかった。
上手く攻撃を受け流し、メルトが逆に脚を突き出し、しかし咄嗟に下がったセイバーは直撃を免れる。
先の攻撃でメルトはセイバーとの能力差を確信したらしい。そして今の攻撃で僕も理解した。
圧倒的なセイバーとの差。しかしその僅かな隙や軌道を見るくらいならば、メルトにも可能なのだ。とは言っても両者、特別な強化補正が付いている状態。素でどちらが勝っているかは分からないが。
傷の付いた鎧。肉体への直接的な傷ではない以上、聖者の数字の無効化に至ったわけではない。
だがその傷からは僅かに魔力が染み出し、メルトへと吸収されていく。
メルトの攻撃スキルの一つ、『許されぬヒラリオン』。攻撃で与えた傷から魔力を奪い取る、自身の強化と敵の弱化を同時に行えるものだ。
攻撃回数が少ない以上、一つ一つを有効的なものにしていかなければならない。そうメルトは考えたのだろう。
「……」
セイバーは苦渋に歯を噛み締めながら、その目つきを更に鋭く、敵意を更に明確にしている。
もしかすると今のが、この聖杯戦争で最初の傷だったのかもしれない。
「ガウェイン、落ち着いて。どうやら、今まで通りには行かないようです」
「……申し訳ありません、王よ。冷静を欠いていた様です」
「構いません。ですが……」
レオは此方を見て、見慣れた、それでいて今までとは違う笑みを浮かべた。
「どうやら、認識を改める必要がありそうです」
そう言うと、レオはコードを紡ぐ。敏捷の強化――それも最上級、相当の魔力を使うであろうコードを一瞬の内に唱えた。
「彼らは本気で戦うべき存在のようだ。ガウェイン」
「は……全ては我が王の為に」
本気。その単語に身震いする。
これ程の力を見せて尚、上があると?
セイバーは短く応えると、剣で空を切る。
それが炎を集め、聖剣を包んでいく。太陽の聖剣は軋みを上げながら、膨大な火炎を吹き出し、纏わせる。
太陽の騎士が至った一つの形。全てを王に捧げる、忠義の剣閃。
「メルト、防げる?」
「……やってみるしかないわね」
不安げにメルトは言う。ラニのハッキングも、もうすぐ完了するはずだ。
それにそろそろ、セラフの介入で戦闘が強制終了させられてしまう。それまでに、この一撃、これを防げればきっと――
「頼む。後少し、頑張って」
「えぇ、きっと……」
断定では無くとも、頼れる笑みを見せるメルト。耐えられなければ全てが終わり。
かなり分の悪い賭け。今までだってこんな事の連続だった。それらを乗り越えてきたからこそ今がある。
メルトが魔力を変質させ、セイバーが火炎を纏わせた剣を振るう。
度重なる戦いでドレインしてきた魔力、それらを防御に回す『さよならアルブレヒト』。
それは正しい意味で、今までの戦いを糧にするもの。最強の騎士の忠義の一撃と、僕とメルトが戦ってきた結果。どちらが勝るか。
「――はぁっ!」
振り下ろされた剣。覆っていた火炎が一気に爆発し、辺りを灼熱が支配する。
聖者の数字も作用し、アリーナを崩壊させる程の威力となった一撃。真名解放せずともこの威力。改めて最後の相手となる英雄の恐ろしさを知る。
だが、メルトは耐え切った。その脚具で聖剣を受け止め、火炎に揉まれながらも。
『ハクトさん、準備が整いました!』
「っ――!」
そして、勝利への声が鼓膜を揺らす。
「よし、頼む――メルト!」
「えぇ!」
『
「なっ――!?」
「しまった、ガウェインっ!」
暗転、その一瞬に鋭い何かが閃き、
『戦闘を強制終了します』
再び明かりが点くと同時に両者の距離が引き離された。
「つっ……今、のは……!」
戦闘が始まる前の状態。ながらたった一つの大きな変化。
セイバーの腕に走る一筋の傷。明確にセイバー自身のものであるそれから魔力が零れ、メルトに吸収されていく。
「これでも大口を叩けるかしら? 三倍に慣れた私が今の貴方に遅れを取るとでも?」
勝ち誇ったように意地悪く嗤うメルト。見慣れた
対するセイバーは起きた事実に歯噛みし、レオも神妙な顔つきになっている。
この図は明らかに僕達は悪に見えるだろう。
「まだ続けるかしら。私は全然構わないわよ?」
メルトの挑発にセイバーの敵意はより一層大きなものになる。
「……王よ」
「いえ、ここは退きましょう。今日のところは彼らの勝利です」
レオの決定に、悔しさを露にしながらも目を閉じ剣を収めるセイバー。
僕としてもここで決着を付けるつもりはないし、今日の目標である聖者の数字の突破は出来た。これ以上戦う理由はない。
「まさか、ここまでとは。いえ、だからこそ、貴方がここに居るのは正しいことだった」
柔らかな笑みを見せながら、レオはリターンクリスタルを取り出す。
「これはいよいよ、僕も奥の手を出さなければならないかもしれない。楽しみにしてますよ、メルト、ハクトさん」
そう言ってアリーナから退却する主従。
支配されていた空気が解放され、息を吐く。
「お疲れ様、ハク。貴方の補助が無かったら駄目だったかもしれないわ」
「あぁ……メルトもお疲れ」
ついに聖者の数字を突破した。なのに、レオは退き際に意味ありげな言葉を残していった。
奥の手。これまでの戦いで使用していなかった、恐らくはレオの真の切り札。まだ宝具という懸念材料が残っていたというのに、それに加えてまだ強力な武器を持っているというのか。
「……ハク? どうかしたの?」
「いや……レオの奥の手って、何かなって思って」
「……そうね。法螺かもしれないけど、その対処もしておかないとね」
新たな問題が生まれてしまった。やはり最後の相手。一筋縄でいく相手ではないか。
今日はこれで帰ろうとも思ったが、昨日トリガーの入手ができなかったことを思い出す。
決戦以前に、その為にトリガーを取っておかなければ戦うことすら出来ない。
「その前にまずは、トリガーを取らなきゃ」
「えぇ。此処まで来て不戦敗じゃ話にならないわよ」
その後このアリーナの探索をしながらトリガーを探し、今日の内に問題なく回収が出来たのだった。
「恐らくそれは、
三日目。レオの奥の手に心当たりが無いか、ラニに訊いたところ、そんな答えが返ってきた。
「決着術式?」
「はい。魔術の名家に伝わる秘奥の術式です。レオ・ハーウェイのものであればハーウェイに伝わる術式でしょう」
ハーウェイに伝わる秘奥の術式。なる程、正に聖杯戦争の切り札とするには相応しいものだろう。
それもハーウェイは名家の中の名家。実質的に地上を支配している西欧財閥のトップだ。
レオが持つ決着術式も世界のトップに相応しい力も持ったものになるだろう。
当然、秘中の秘であれば表にも出していないだろうし、ムーンセルのデータを覗いたところで情報を得られるはずもない。
ラニですら知らないだろうレオの切り札。決戦時までその正体が知れないとなると、何が来ても対処できる体制をとっておかなければならない。
「攻撃型の術式だったら防げるかもしれないけど……強化型だったら厳しいな」
例えば、筋力を極限まで上昇させるもの。ハーウェイの奥の手という在り方からして、そんな単純なものではないだろうが、そんな能力でもかなりの脅威になる。
「そうですね……どんな術式かは私も分かりません。ですが、出来る限りの対処をしておくべきでしょう」
思案するように顔を下げていたラニは、顔を上げて言った。その表情には、何やら決心の色が見える。
何か、策があるのだろうか。決着術式に対処しうる、何かが。
「……師は言いました。心より信ずる者が現れ、その者が危機にある時、これを開けと」
そう言って差し出してきたのは、キューブ状の黒いプログラム。
宝具に匹敵するのではと思える程の情報量が詰め込まれたそれは明らかに普通のプログラムではない。
圧縮された状態でも分かる、圧倒的な魔力量。
「まさか、これ……」
「はい。私の師、シアリム・エルトナム・レイアトラシアの決着術式です」
ラニに預け、しかしラニでは無い誰かに向けた、アトラスの錬金術師の決着術式。
決着術式に対抗するには、同じ力しかない。そう考えたラニの一つの決意。
「この術式の力は私では計り知れないものです。しかしこれならば、レオ・ハーウェイの決着術式に対抗できると思います」
「……いいのか?」
「はい。ハクトさんは私の魂。だから構わないのです」
微笑みながら、キューブを渡してくる。
本当にラニには世話になりっぱなしだ。どんな問題があっても、頼れる策を用意してくれる。
ラニに頼りきりな事に負い目はある。だが、だからこそ無駄にしてはならない。きっとラニ自身、何かしらの葛藤があって、その果ての決意なんだろうから。
「……ありがとう、ラニ。使わせてもらうよ」
「――はい」
レオの決着術式への対策は手に入れた。まだ彼ら最強の主従に追いつけた訳ではない。だがこれはきっと大きな力になる筈だ。
「ですが、ハクトさん」
「ん?」
「その術式にはロックが掛けられています。解除するには、術式に認証されなければなりません」
なるほど……最上級の術式だ。普通に使う事が出来ないのは当然だろう。
「私自身が使うのであれば問題無いのですが、ハクトさんが使う以上認証――定められた試練の突破が必要です」
「分かった。その試練って?」
その瞬間、携帯端末が音を鳴らす。
見れば、アリーナ第二階層の解放と最後のトリガーの生成を知らせるものだった。
「ちょうど良いタイミングです。試練はアリーナで行われますので、まずはトリガーの取得を」
先にトリガーの取得を済ませるのは、その試練に相応の時間と危険が及ぶことからだろうか。
まだモラトリアムは三日目だが、トリガーの取得も含めて準備は早めに済ませておいた方が良い。
そう考えれば、先にトリガーを取っておいた方が効率的か。
「分かった。メルト、行こう」
『えぇ。ところで……』
メルトが姿を現し、ラニに目を向ける。
「ラニ、試練はどんなものなのかしら。師とやらから何か聞いてないの?」
「詳しくは分かりません。ですが、マスターとサーヴァント、両者に力が無ければならないものだとか」
マスターとサーヴァントの両方……サーヴァントだけが極端に強すぎても駄目、という事だろうか。
「しかし、問題ないと信じます。ハクトさんのマスターとしての実力も戦いを経てかなりのものになっていますから」
世辞であっても、努力が認められるのは嬉しいものがある。
レオと戦うのには大きすぎる差だが、それは今までも変わらない。
大きな差をメルトやラニの助け、そして意地で埋めてきた。今回だってそれは変わらない。
自分だけで出来る事なんて少ない。だからこそ、少ない出来る事を完璧にこなしたいのだ。
「きっと、大丈夫だ。レオに勝つために、絶対その試練も突破する」
「まったく、頼もしいわね」
「では、御武運を」
ラニの激励を受けながら、アリーナに向かう。
今回はレオとの直接対決ではない。だが、きっと相応の危険が伴うだろう。
だからこそ、昨日と同じように、気を引き締めて。
そしてこの決着術式がどんなものなのかを少しだけ楽しみにしながら、歩を進めた。
書いてる途中でいつの間にか借金取りverが出てきて困る。
何故CCCでぶっ壊れたのかこの騎士は。
師の決着術式については、まぁアレです。
いつぞやに感想返信で出さない的な事言ってた気もするけど……
まぁいいか、効果改変はするんだし←