決して固まったとは言い切れない戦意を持ってアリーナの扉の前に立つと、携帯端末から音が漏れる。
『
第一層にて取得されたし』
ちょうど良いタイミングでトリガーが生成された様だ。
アリーナ内で慎二と出会う可能性もある。
その時は、或いは戦わないといけない。
曖昧な気持ちで、彼と戦えると思えない。
だが、そもそもアリーナに入らないと何も始まらない。
だから、行くしかないんだ。
「行くよ、メルト」
「ええ」
アリーナの扉を開く。
眼前に広がる、電子の世界。
まずはトリガーを探さなければならない。
そう思い歩を進めようとすると――
「ハク、気をつけて。シンジが居るわ。サーヴァントも連れてる」
「っ――!」
可能性が現実になった。
恐らく向こうも感づいているだろう。
「何か情報を得られるかもしれないわ。貴方の自由だけど、探して挑むのも良いかもね」
その通りだ。
戦うのなら、情報は一つでも多い方が良い。
あえてこの場で挑んでみるのもいいかもしれない。
歩いていくと、唯一の通路を塞ぐように慎二が立っていた。
「遅かったじゃないか、紫藤。恐怖で逃げ出すとも思ったけど、お前に限ってそれはないと思ってここで待っていてやった甲斐があったよ!」
待っていた、というのは勿論戦闘を目的としたものだろう。
「お前があまりにモタモタしてるから、僕はもうトリガーをゲットしちゃったよ!」
余りにも早すぎる。
もしかすると、アリーナに潜っていたところ、偶然目の前にトリガーが生成された、というところだろうか。
詳細は分からないが、慎二が手に持ってチラつかせるカード型のデータがトリガーだろう。
この短時間でトリガーを入手した彼のその手腕、ないし幸運は確かなものだろう。
そんな驚愕の顔を見て慎二は、
「あははっ、そんな顔するなよ? 才能の差ってやつだからね。うん、気にしなくてもいいよ!」
更に気を良くしたとみえる。
その傍に立つ女性。
彼女が慎二のサーヴァントだろうか。
「慎二――その人は?」
「ん? あぁ、まぁ良いか。僕のサーヴァントだよ。ちょうど良い、テストがてら、ここでゲームオーバーにしてやるよ!」
その言葉に、ゆっくりと前に出ることで応える女性。
腰ほどまでの長い赤髪。
胸元が大きく開いた赤いコート。
手にはクラシックな二丁の拳銃。
そして、何より印象的なのが、顔に斜めに走る大きな傷跡。
「シンジは手が早いねぇ。そんなんじゃ損するよ?」
外見通りの豪快な性格が表に出る話し方。
女性は慎二に対して愚痴を零しながらも、纏う殺気は此方に向けられている。
「ほら、うちのマスターは人間付き合いがご存知の通りヘタクソだろ?」
その殺気を露にしながらも、陽気に話してきた。
「アンタとは、珍しく意気投合してるんで、平和的解決もアリかと思ってたんだがねぇ」
「な、なに勝手に僕を分析してんだよおまえっ! コイツとはただのライバル! いいから痛めつけてやってよ!」
「おやおや、素直じゃないねえ。だがまあ、自称親友を叩きのめす性根の悪さはアタシ好みだ。良い悪党っぷりだよシンジ。報酬をたっぷり用意しときな!」
此方が何も言わずとも、彼らはどんどん話を進めていく。
気付けば、既に彼らの戦意は確かなものになっていた。
「まったく、マスターがマスターならサーヴァントもサーヴァントね。二人揃って性根が悪い。どうしようもない主従ね」
「んな、お前もか! おい紫藤! サーヴァントの躾はマスターの役目だろ! どうなってんだ!」
矛先が此方に向いた。
正直、ついていけない。
「いや……あの……」
「ハクに非はないわ。怒りの矛先を変えるなんて、頭の悪い貴方らしいわね」
「お、お前! 言わせておけば! 大体何なんだよ、その格好! まるで痴女じゃないか!」
「……OK、殺す。ハク、遠慮はいらないわ。徹底的に叩きのめすわよ」
どっちもどっちだ。
三人の――うち二つはばかばかしいが――殺気が鬩ぎ合う。
先ほどは女性の殺気に威圧されていたが、新たに参戦した二つの殺気が完全にそれを押し殺した。
本当に火花が散るのではという程の視線をぶつける慎二とメルトに、半ば取り残された僕と女性は目を合わせる。
「……アンタも大変だねぇ」
「……お互い様です」
言いながら、女性は拳銃を構え、僕はコードキャストの準備をする。
蚊帳の外の僕達ではあるが、結局戦いが始まってしまう事は察していた。
「おい! 手加減なんかするなよ! 絶対倒せよ!」
「はいはい、分かったよ。まったく子供だねぇ」
「ハク……遠慮は不要よ。恐怖、迷い、焦り、その他諸々、今だけ全部捨て去りなさい」
「あぁ……うん、分かっ、た」
一回戦の相手との大事な初戦、果たしてこれで良いのだろうか。
……うん、多分良くない。
さて、しょうもない開幕になったが、慎二とサーヴァントの力は強大だった。
「っ、はぁ……!」
「まさかこんなに弱かったなんてねぇ! はは、言い訳考えといたら?」
僕と慎二がコードキャストを撃ち合う一方で、少し離れたところではメルトと慎二のサーヴァントが戦っていた。
「……ふぅ。やっぱり弱体化した身体には堪えるわね。マスターがシンジと侮っていたわ……」
「降参かい? 身ぐるみ寄こすんなら見逃してやろうじゃないか……っと、剥がせる身ぐるみはそのコート以外になさそうだねぇ」
向こうも、メルトが劣勢のようだ。
やはり、強敵だった。
思ったとおり、いや、思った以上だ。
性格はともかく、彼らの実力は本物。
このままでは、この場で死――
『SE.RA.PHより警告:戦闘を強制終了します』
アリーナに入るときのような、存在する空間そのものが変化する感覚。
一瞬のその嫌悪感の後、僕と慎二、メルトとサーヴァントの位置関係は、初期のものに戻っていた。
どうやら、アリーナ内での戦闘は一定時間で終了するようだ。
幸いだった。
後少しで、メルトも僕も死んでいた。
「チッ……SE.RA.PHに感知されたか。まあいい、とどめを刺すまでもないからね」
戦意が失せたのか、慎二はアリーナの入り口に歩いていく。
「ま、降参するなら早めにしなよ。仮でも親友だった仲だ。ゲームの賞金も少しくらい分けてやるからさ」
そう言って横を通り過ぎていく。
その後を追って女性が此方に近づき、
「……もうちょっと力をつけな。今のままじゃ話にならないよ」
言って、通り過ぎていった。
メルトが、アリーナの壁に寄り掛かり、息をつく。
「強いけど、さすがワ――シンジね。迂闊にも程があるわ」
戦闘開始時の憤怒は何処へやら。
メルトの口元は小さく笑みを浮かべていた。
「あの女の武器からして、多分クラスはアーチャーよ」
そうか、今の戦いで、少しは得たことがある。
慎二が使用してきたコードキャストは僕と同じ、弾丸。
だが、威力は段違いだった。
そしてサーヴァントの武器は拳銃。
遠距離武器を使用するアーチャーのクラスと考えられる。
「成程、時には戦って情報を得る事も必要なのか……」
言いながら、携帯端末のマトリックス欄に書き加える。
『クラス:アーチャー(仮定)
真名:
マスター:間桐 慎二
宝具:
ステータス』
小さな、小さな一歩。
だが、少しだけ、あのサーヴァントの正体にも迫ることが出来た。
拳銃を使うという事は、割と近世の英雄なのだろう。
確か拳銃が使われだしたのは十六世紀頃だ。
それ以降の英雄と断定すれば真名の解明にも繋がる。
少し理解した。
この聖杯戦争は、情報戦だ。
情報を集めれば集めるほど、敵の正体に繋がり、有利になる。
或いは宝具の解明もできるかもしれない。
これからも慎二とはコンタクトを取ったほうが良いだろう。
強敵ながら、単純な性格だし、上手く情報を引き出すことも出来るかもしれない。
いつの間にか戦いに肯定的になっている事に、苦笑する。
決意が固まったわけではないが、戦うという思いは持つことが出来た。
というより、今までの様に中途半端な気持ちでは慎二に一矢報いることすら出来ない。
だから、力をつけて、情報を集め、慎二を超えなければならない。
「メルト、まだ戦える?」
「勿論よ」
メルトは消耗しているはずだが、そんな素振りはみせない。
気を使ってくれているのだとしたら、結果を出してそれに報いなければならない。
そう思い、エネミーの狩猟を開始する。
狩猟がてらアリーナの片隅でトリガーを入手し、一つの目標を達成したのだった。
ムーンセルは死ぬ。
うっわすげえ、後書きにもルビ振れるんですね。
……いや、別に後書きのネタがないわけじゃないですよ?
…………本当ですよ?