Fate/Meltout   作:けっぺん

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ちりゆくくろさそり。
パッと思いついて気に入ったので使いました。
という訳で五回戦、ようやく決着です。


四十五話『散逝黒蠍』

 

 

 勝者と敗者を隔てる壁。

 ユリウスはこの一瞬で、それに細工をしたのだろうか。

 引かれた体は壁に激突する事無く、通り抜けていった。

 肉を裂くような痛みに声にならない叫びをあげ、次の瞬間倒れこんでいたのは敗者側の地面だった。

「っ……あ……!」

 不可能である干渉を無理矢理行った体が軋み、内部から崩壊していく感覚に襲われる。

「ハクっ!」

 メルトが壁に攻撃するも、その侵入をセラフは許容しない。

 ましてや無茶な突入など、言語道断だった。

「お前には、お前にだけは、俺は殺されん。他の誰かに殺されるのは良い。だが、貴様だけは――」

 ユリウスの呪詛のような言葉が一切入ってこない。

 或いはこの激痛は、ユリウス以上のものなのか。

 腕に絡みついた鞭など既に気に留めてもいられない。

 今は痛みを忘れるために叫びを上げることに精一杯だった。

 敗者と同じようにこの体は解体されるのだろうか。

 だとしたら、ユリウスと僕、どちらが先に――

「……小僧、気をしっかり持て」

 ふと、声が掛けられた。

 痛みの中でも、確かに聞こえるそれは、敵であったアサシンのものだ。

「傷は魂にまで響いておらん。儂らが消えればそれも収まろうて」

 アサシンの肩を借り、立ち上がる。

 このサーヴァントは何をしようと言うのか。

「いや何。雇い主が狂気に堕ちたというのなら、それを拾い上げてやるのが儂の務め。その為にはぬしがくたばってはならんのよ」

 言いながらもアサシンは、ユリウスを見つめている。

 味方を見る目とも、敵を見る目とも言い難い眼差しだ。

「……どけ、アサシン。そいつだけは俺が……紫藤 白斗……!」

 名前を呼ばれ、今までに感じたことも無い悪寒が走る。

 恐怖、ではない。

 目の前の男に対する、どうしようもない憐れみだった。

「最期だ……俺にお前を、殺させてくれ――!」

 手に構える短刀も、どす黒く染まった狂気の眼も、懇願の叫びも、何もかもが憐れで仕方ない。

「……すまぬなユリウス。これも末路よ」

 一瞬の内に、アサシンはユリウスの傍に踏み込んでいた。

「っ」

 一撃。

 たった一撃で、ユリウスは再び膝から崩れ落ちた。

 尚も荒々しく息を吐きながら、もがいている。

 最早立つ事も出来ないのだろう。

 左手の令呪が消えていく様を歪んだ顔で見つめるユリウスの体が音を立てて崩れ落ちていく。

 この姿を見て、僕は何を血迷ったのだろうか。

「――ハク!? 下がりなさい!」

 ユリウスに走り寄っていた。

 痛々しさに見ていられなくなったのかもしれない。

 目の前の恐怖を取り払おうと、止めを刺しにきたのかもしれない。

 暗殺者の傍にいるという事がどんな事態を招くかを分かっていながら、僕は歩みを止めなかった。

 二つ目の考察は間違っていると確信できた。

 幾度と無く殺されかけた相手だろうと、消え行く命を前にしてこれを責める事など、僕には出来ない。

 ユリウスと目が合うと、その目が大きく見開いていく。

 驚愕か、喜悦か。

 どちらかを考える前に、わき腹に鋭い痛みが走る。

「――っ」

 有りっ丈の力を込めたであろうユリウスの拳があった。

 勿論、違法術式である短刀は握られたままだ。

 致命傷には至っていない。

 更なる苦痛に壊れそうになるも、それを必死で耐える。

 ユリウスの目が驚愕だと分かったその時、その瞳の奥から狂気が消えたのに気付く。

 その手が落ち、魔力を供給されなくなった短刀が、体の中から消えていくのを感じる。

「…………何故だ?」

 長い沈黙の後、ユリウスは小さく呟いた。

 だが、その質問には応えられない。

 上手く言葉にすることは出来ないし、何よりユリウスが分かっている気がしたから。

「……静かな目だ。本当に理解できない……理解できない、が……お前は、俺を、憐れんでいるのだな」

 頷く事も無ければ、首を横にも振らない。

 ただユリウスに任せるべきだと感じた。

「……決戦の前に、お前は言ったな。何の為に、戦うのだと」

「あぁ」

「ハーウェイだの、聖杯だの、関係ない……そうだとも。お前の見透かした通りだ」

 消えていく体を少しの間見て、再びユリウスは口を開いた。

「幼い頃。まだ、俺が弱かった頃。たった一人、名を呼んだ女が居た」

 アリシア、という名前の女性を思い出す。

 決戦の最中に聞いた何かによると――レオの母だったか。

「不要ですらない。あってはならないと、生きる価値がないと言われた俺に、命の意味を、教えてくれた女だ」

「……その人は?」

「……死んだ。あっけなく、な。レオの後継を磐石にする為に、女は……」

 言わずとも、ユリウスの声色から全てを察することが出来た。

 その女性は身内からの暗殺で死んだのだろう。

 きっと最期は、笑っていたに違いない。

 自らを殺した暗殺者に、“レオを守ってくれ”と言って。

「今思うと、まるで映画のようで、現実感が無い……本当に出来の悪い、悪趣味な、笑い話の様な出来事だった」

 いつの間にか、その目は遠くを見ていた。

 深い思い出の中にいるのだろう。

「……だが、それが俺の目的になった。俺は、女の遺した願いを叶え、彼女の元に、逝きたかった」

 レオを聖杯まで導き、全てを終わらせて逝く。

 その為に標的を討つ無情な暗殺者となった。

 死ぬと分かっていながら、この聖杯戦争に赴いたユリウスの最期。

 それこそが、他でもないユリウスの願いだった。

 手を血に染め続けるユリウスを、人は幽鬼と恐れて嫌悪した。

 だけどユリウスはそれを止めなかった。

 女性の願いを叶えようとする自分にしか、意義を見出せなかったから。

「だがお前は――俺の意義を壊しながら、俺にとどめを刺さなかった……何故、だ?」

 何故、なのか。

 そう考えてみれば、その理由は一つだった。

 決戦の最中に頭に入ってきたあの会話。

 あれを聞き、ユリウスの心に触れたかったからだろう。

 その根底に、何があるのかを。

「俺の――心」

 目を見開きながらユリウスは呟く。

 何度も極限の対峙を繰り返し、その度に苦しめられてきた。

 しかし、ユリウスの冷たい殺気の奥には、小さくも確かに燃える熱があった。

 いつの間にか、僕はそれに魅せられていたのだろう。

「……そんな事を言われたのは、生まれて初めてだ」

 目を細め、小さく微笑むユリウス。

 ユリウスの笑みを見たのは、それが初めてだった。

「これまで俺に近づいてくる者は、蔑むか恐れ謙るかのどちらかだった。だが、お前は真っ直ぐに、俺の目を見つめていたな」

 思いに馳せるように目を閉じるユリウスの体は殆どが消滅していた。

「どんな闇の中でも、絶望の淵に立たされても、その瞳には強い光が宿っていた。俺は、そんなお前が妬ましかった」

 ユリウスの本音に、怒りなどの感情は沸いて来なかった。

 それを真っ直ぐに受け止める。

「……もしかすると、羨んでいたのかもしれんな」

 そう言って差し出される右手に、戸惑いを覚える。

 最早殺意はない。

 殺すためではなく、もっと穏やかな意思の篭った仕草だった。

「……決して褒められた人生ではないが、一人も友人がいないまま逝くのは、情けない話だと、思って、な……おかしいか?」

「……いや」

 照れたように目を逸らすユリウスに、思わず笑みが零れる。

 その手に触れると、砂細工のように呆気なく崩れていく。

「――すまんな。面倒に付き合わせた。そろそろ、時間だ」

 虚ろなその目が、アサシンに向けられる。

 ほぼ消滅し、言いたいこともあるだろうに口を開かず、魔拳士はそこに立っていた。

「……アサシン、これで、終わりだ」

 小さく一度だけ頷き、アサシンも柔らかな笑みを浮かべる。

「これもまた良し、よな。ユリウスよ、此度の戦い、存分に心躍ったぞ――」

 中国の拳法史にその人あり。

 そう言われ、実践において最強の一人と謳われた魔人・李書文は虚空へと消えていった。

 その人生と同じように、武に生きて、武の因果によって果てたその第二の戦いは、満足げな笑みを浮かべたまま終わりを告げた。

 そして、その雇い主も。

「あぁ――これで、満足だ――」

 安らかに笑いながら、闇に溶けていった。

 黒い暗殺者の最期を見届けると同時、壁が消えてメルトが走ってくる。

「ハク、大丈夫!?」

「ん、あぁ……大丈夫」

 体中に響く痛みは治まったが、わき腹の傷は残るままだ。

 鋭い痛みと流れ出る血は止まらない。

「……早く戻ろう、疲れた」

「えぇ、お疲れ様、ハク」

「うん。メルトもお疲れ……宝具、かっこよかった」

「……ふふ、気に入ってもらえたなら幸いよ」

 現れた出口にゆっくりと向かう。

 生き延びたという安心感に倒れそうになるも、とにかく校舎に戻るまでは眠ってはならないと気を取り直す。

 五度目となる出口の感覚に浸りながら、大きく息を吐いた。

 

 

 校舎に戻ってくる。

 最早、ここに戻ってこれるマスターは四人。

 校舎に、一足早く帰ってきていたマスターがいた。

「……」

「……レオ」

 たった今倒したユリウスの弟。

 当たり前と言えば当たり前だろう。

 レオとしても、この戦いの結末は無視できないものだろう。

「兄さんを破るとは、正直、驚いています。僕も認識を改めないといけませんね」

 約束された王の表情が硬くなる。

 紛れも無い、敵を前にした表情だ。

「貴方は強い。賞賛に値する程に」

 坦々とレオは言葉を紡いでいく。

 憎悪や怒り、復讐心といったものは一切篭っていない。

 その言葉に疑問を抱かずにいられなかった。

「……恨まないのか?」

「可笑しな事を。僕に貴方を恨む道理はありません。今回の戦いで命を落としたのが兄さんだった。それだけのことです」

 さも当然、といったようにレオは続ける。

「僕にあるのは予想を上回った貴方の健闘への感想だけです」

 嘘偽りなどないのだろう。

 それを疑うことすらさせない、レオを取り巻く全てが物語っている。

「だけど、僕の中に今までとは違う貴方への関心が生まれたのは事実です。ようやく貴方という個が見えた。きっと正しく、素晴らしい敵として」

 レオのいつも通りの温かい笑みに恐怖を感じたのは初めてかもしれない。

 ようやくレオに争うべき敵として認められた。

 或いは怒りが、或いは喜びが生まれる筈のそれに対して抱いたのは、どうしようもない恐怖。

 体がレオを拒絶する。

 これ以上レオと向き合っていたくないと悲鳴を上げる。

 穏やかに照らしてくれていた日輪が、突如その灼熱性を露にしたかのような感覚。

 障害となる、確かな敵。そう認められただけで、これだけの威圧感を出されるとは。

「もしかすると、貴方こそ僕の最後の相手かもしれない」

 最後――つまりは、決勝戦。

 次の六回戦を勝ち抜いて、聖杯に至る最後の難関。

 そこで相対するのが、レオと僕なのだろうか。

「……うん、ちょっと興奮しますね。そうなったら楽しみになります」

 決勝で戦うのだとしたら。

 レオはそれに相応しい、最強の敵といえる。

 楽しみ、そういった感情は確かにある。

 しかし恐怖心は拭いきれなかった。

「では、いずれその時が来たらよろしくお願いします。また、お会いしましょう」

 レオはそう言って去っていく。

 しばらく歩いて、突然立ち止まり、此方を振り返った。

「――お大事に」

 服を赤く染める血で勘付いたのか。

 わき腹の傷の事を言っているのだろう。

 今度こそレオは去り、完全に見えなくなる。

 ユリウス程露骨なものでないにしろ、彼を遥かに超える威圧感。

 大きく抗し難い、『北風と太陽』の逸話のようだ。

 レオ、彼はそれほど遠くに居るのだろう。

 世界の王になる運命を持って生まれた存在。

 太陽の王。その距離は、ずっと遠く。絶望的なまでに隔たれている。

 だとすれば、もっと強くならなければいけない。

 勝利するには、レオに近づき、追い越さなければならないのだから。

 

 

 部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。

 サーヴァントの傷とは違い、マスターの傷はどうやら治癒されないらしい。

 それほど深くはないが、少々不快に感じる。

 とはいえ、まぁ気にすることでもないか。

 明日からは六回戦が始まる。

 セミファイナルともなれば、こんな傷、気にしても居られないだろう。

 ――宝具を解禁した上での戦いは、此方の勝利で幕を下ろした。

 今まで何度も味わってきた、その英霊の代名詞ともいえる奇跡。

 圧倒的な火力で相手を殲滅する無敵艦隊。

 体内の毒を爆発させ、致命傷へと変える祈りの弓。

 ページを始めに戻すように、物語を初期化する永久機関。

 愛憎という心が生んだ、破壊の権化たる戦乙女の槍。

 勇猛を謳う軍勢の戦意を喪失させた二万を超える串刺城塞。

 気で呑む技法をやってのけ、その一撃で相手を屠る拳。

 様々なものがあったが、メルトのそれは一際特殊なものだった。

 敵を飲み込み、溶かして蜜にする。

 あれはもしかすると、単体に使用するものではないのかもしれない。

 一定の文明を築いた大衆や世界に対して使用する、対界、対衆宝具。

 ハイ・サーヴァント、女神の力を持ったメルトに相応しい、強力な宝具だった。

 だが、きっとあれだけに頼れるなんて都合の良い展開にはならない。

 残るマスターは自分を除いて三人。

 誰もが強力なサーヴァントを連れ、自身も確かな実力を持った人物に違いない。

 宝具はあくまでも切り札、それを使わなくとも、相手と戦える実力にならなければ。

 これからの戦いに新たに決意を決めつつ、その日は深い深い眠りについていった。




満足しました。七回戦で化けて出ることもないでしょう。
次は六回戦、準決勝ともなると色々と感慨深いです。
そろそろ終わりも近づいてきました。
このまま失踪も無く突っ走りたいところです。

え? CCC? なんすかそれ?

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