翌日、目を覚ますと携帯端末にメッセージが届いていた。
二階の掲示板にて一回戦の対戦相手を発表するとのこと。
まだ戦う決意は固まっていないが、とにかく確認するほかない。
というわけで、僕は掲示板の前に立っていた。
張り出されている、白い紙に書かれた二つの名前。
一つは、紫藤 白斗。
そしてもう一つ、
『マスター:
決戦場:一の月想海』
「まと、う……しんじ……」
聞き覚えのある、というより、自分の記憶に強く、大きく残っている。
仮初の学校生活で、特に癖の強かった少年の名前。
「へえ。まさか君が一回戦の相手とはね。この本戦にいるだけでも驚きだったけどねぇ!」
癇に障る声が聞こえた。
青みがかった天然パーマ。
群青色の瞳は人を小馬鹿にするように此方を見ている。
制服の胸元を大きく開いたそのファッションは、彼の高慢な性質が強く表れている。
見違えようのない、間桐 慎二その人だ。
「けど、考えてみればそれもアリかな。僕の友人に振り当てられた以上、君も世界有数の魔術師って事だもんな」
他人を見下すような態度ながら、今回ばかりは頭に入ってこない。
「格の違いは歴然だけど、楽しく友人やってたワケだし。一応、おめでとうと言っておくよ」
慎二が対戦相手。
つまりは、慎二と殺しあわなければならない。
あくまでも仮とはいえ、慎二は友人だ。
殺すなんて、出来るわけがない。
「――そういえば、君、予選をギリギリで通過したんだって? どうせ、お情けで通してもらったんだろ?」
間違いない。
僕は予選を死の瀬戸際で何とか切り抜けた。
メルトがあのタイミングで来てくれなければ死んでいた。
情けをかけられたという可能性は十分にある。
「いいよねぇ凡俗は、いろいろハンデつけてもらってさ」
慎二は間を空けずに嫌味を口にしてくる。
その嫌味に少し耳を傾けるだけで、簡単に苛立ちが発生する。
「でも本戦からは実力勝負だから、勘違いしたままは良くないぜ?」
彼と殺しあう、という現実と苛立ちが混在する。
このまま彼の弁を聞いていると壊れてしまいそうで、とにかくここから立ち去ろうとする。
「あれ? 恐れをなした? まぁいいや。精々、正々堂々戦おうじゃないか。大丈夫、結構いい勝負になると思うぜ? 君だって選ばれたマスターなんだから」
それを追いかけるような相変わらずの慎二の言葉を、これ以上聞きたくなかった。
逃げるように個室に入り、椅子にもたれ掛かる。
「っ、はぁ……!」
殺しあいという現実的な恐怖、友人と戦わなければならないという焦り、戦う決意を固めることができないという悩み、それらが生む苛立ち。
どうすればいいのか分からない。
メルトが傍に実体化する。
「……一回戦から、あいつなの? ……忌々しい」
小声で何か聞こえた気がする。
それに、メルトは今……
「メルト、慎二の事知ってるのか?」
「えぇ……少し、ね。それよりハク、戦う意思がないならさっさと死になさい」
メルトから発せられた言葉は、非情なものだった。
だが、それはこのままなら迎えてしまう結末だ。
戦意がなければこの一回戦にでも僕は死ぬ。
この一回戦、猶予期間はたったの一週間だ。
決意を固めなければ、一週間後には死んでしまうのだから、悪あがきをせずに今の内に死ね。
そう言っているのだ。
「……メルト」
メルトはただ待っている。
僕の答えを。
「まだ、決意を固めることはできない。でも、死にたくない」
「……」
「生きるために誰かを殺すのは、やっても良い事かな?」
「どんな生き物でも、他の命を取らないと生きていけないわ。それに同情するかどうかはその人の考え次第だけど」
メルトは答えを出すつもりはない。
元から彼女は、僕が戦うならば戦う、という考えを持っている。
だから、この戦いにおいて、考えを出さなければならないのは僕だけだ。
「ただ、相手がワ……シンジだとしても、曖昧な気持ちで殺すならそれは命に対する冒涜よ」
「……うん、だけど」
「分かっているわ。猶予期間は始まったばかり。決戦までに考えを固めなさい」
問題の先送りにすぎない。
だけどメルトはそれを是としてくれた。
メルトが期待してくれるなら、それに応えなければならない。
だから頑張ろう。
今、出来る限りの事を。
「アリーナに行こう。まずは強くならなきゃ」
「分かったわ。行きましょ、ハク」
+
学校を
勿論、何もしていないワケじゃない。
この聖杯戦争における最大の敵――レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイの対抗策を練っているのだ。
彼は自身の実力もさることながら、サーヴァントもかなりの強者だ。
何せ聖剣の担い手。一筋縄ではいかないだろう。
彼のサーヴァント、そのスキルは、正直異常ともいえる。
初対面で真名を名乗らせるという行動は、彼の自信の表れだろうか。
幸か不幸か、彼のサーヴァントは世界的に有名な英雄だ。
その逸話を知ることは難しくはなかったが、有名な分、実力のあるマスターについたサーヴァントはステータスが極限まで引き上げられるだろう。
あのサーヴァントは、レオについている限り逸話本来の強力な力を存分に発揮できる。
正直――今の力ではレオには勝てない。
一回戦で当たらなかったのは幸いだ。
せめて私のサーヴァントが万全の状態になってからではないと、恐らく勝負にすらならないだろう。
「悔しいけど、出来れば終盤まで当たらないで欲しいわね……」
思わず零れた呟きに、返す言葉が一つ。
「時間が経てば彼らも力をつける。オレは今の内に倒した方が良いと思うが……」
「無理よ。スペックは勝ってるとはいえ、まだ足りないわ。アンタは鎧を一部位でも多く取り戻す!」
何故か分からないけど、私のサーヴァントは不完全な状態で召喚された。
宝具の類は計四つ。だが、その内二つが全く機能していない状態だった。
そのうち一つ――黄金の鎧についてはとりあえず昨日、アリーナでひたすら戦ったことでその一部を取り戻した。
とはいえ、左肩だけでは話にならない。
完全な状態にならないと、レオに勝つ事は難しいだろう。
残る一つは、その宝具から派生するものだ。
つまり、まずは鎧を取り戻さないと私のサーヴァントは十全な力を発揮できない。
「痛いところを突いてくれる。だが、何故鎧が無いのか、それはオレにも分からん。召喚が不完全だったのではないか?」
「召喚したのはムーンセルでしょ! まったく、何はともあれ、アリーナに向かうわよ。さっさと鎧を完全なものにしないと!」
「リン、何故気が立っている? 戦闘に差し支えるぞ」
「アンタのせいでしょ! バカランサー!」
非常に率直、あらゆる虚偽を捨て去るランサーの言葉は、怒りを買いやすいものだ。
彼が誠実な英雄だということは知っている。
だが、彼の解釈と性格は、ある意味はた迷惑なものなのだ。
鎧が無いことを良しと、自己完結してしまっている。
今のところは、性能的にも性格的にも、決してアタリサーヴァントとは言い難いけど、本来の力が出せればレオのサーヴァントにも劣らない英雄だ。
「情緒不安定なマスターだ。幸先が不安だな」
「だー、もう! 全、部! ア、ン、タ、が! 原因なの!」
訂正、今のところは、とんでもないハズレサーヴァント。本来の力が出ても多分性格的にはハズレサーヴァントだ。
レオと戦う前の大前提として、私はまずこのランサーを上手く扱う術を考えなくてはならなくなった。
兄貴じゃ在り来たりだと思った。
本来の力を出して欲しかった。
後悔はしていない。
公開はしている。