Fate/Meltout   作:けっぺん

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すみません。


三十一話『溶かす者、砕く者』

 ランサーが戦い方を変更してから、優勢と思われていた戦局は徐々に変わりつつあった。

「さぁ、来るがいい! ただし覚悟せよ、侵略の対価は高くつくぞ!」

 ただひたすら、守りに徹した戦法。

 元より低い敏捷性を捨て、高い耐久性を利用して繰り出される一撃は非常に重い。

 自身に仇なすもの達は身分を問わず極刑に処したヴラド三世だからこそ持てる圧倒的な反逆耐性。

 守りにこそ、ランサーの本領があった。

「ははははは! 不信心者共、身の程を弁えるのだな!」

 余裕の表情ながら隙のない構えをとるランサー。

 メルトとリップが一旦戻ってくる。

「ハク、手詰まりよ。新しい対抗策を見出さないと」

「分かってる。分かってるけど……」

 向こうが守りに入るのならば、対応しきれない手数で攻めればいい。

 サーヴァントが二人いる以上それは容易だと思っていた。

 しかし、ランサーの防戦能力は予想を大幅に上回っていた。

 しかも厄介なことに、ランサーは守備の構えを崩すつもりは無いらしい。

 このまま朝になれば違法マスターには運営の処罰が与えられる。

 だがそれではタスクの達成とは言えず、勿論令呪も貰えないだろう。

 どうにかしてこの守りを崩し、とにかく反撃の一手を打たなければならない。

「白羽さん、何か手はない?」

「ちょっと試してみる――seal_guard()(防御封印)!」

 白羽さんによって打ち込まれたコードは、しかしランサーに届くことなく解れて消える。

「……うん、無理かも」

「……」

 どうするか。

 どうやら防御系統の構えを解かせるコードを放ったらしいが、失敗に終わったらしい。

 分が悪い、ランサーの重い一撃に、成す術もない。

 ランサーの守りを破る一撃――リップならば可能だろうか。

「……リップ、あの守り――少しでも崩せるかしら?」

 メルトが何か手段を思いついたようで、リップに声を掛ける。

「え……うん、アレが動かないなら……簡単だけど」

「なら良いわ。一瞬でも良い、突破口を開いて」

「うん……!」

 状況が状況ならリップもメルトと組むことも良いのだろうか。

 ともかく、突破口が開けるならば、あの姉妹のコンビネーションに頼るしかない。

「なら任せてみようか。頑張ってね、二人とも」

「……頼むぞ、メルト、リップ」

「任せなさい」

「が、頑張ります……!」

 メルトとリップが駆ける。

「正面から来るか、愚か者めが!」

 ランサーが守りの構えで待ち構える。

「ランサー! ミンチ! ミンチミンチミンチィィッ!」

「ふはははは! お任せを! 必ずやこの者共を賜わそうぞ!」

 哄笑するランサーに対して、リップは小さく呟く。

「堕ちるサロメ――」

 リップの魔力が変貌していく。

 守りの構えのランサーと対をなす、守りを捨てたインファイトの型。

 今までのリップとは違う、瞬間的な素早い動きでランサーの守りの内に入りこみ、その爪を光らせる。

「ぬぅ――!」

密室は(この手の中で)――釣鐘の箱(死んでください)!」

 全方位から次々と襲い来る爪の連撃。

 その一撃一撃はランサーが対応できない重さと威力を兼ね、完璧であったランサーの構えを打ち崩す。

 ミシリ、という音と共にランサーを包む両手が握り締められた後、リップはその手を直ぐに離す。

 血塗れの鎧に罅が入り、その場に膝を付くランサー。

 その大きな隙を、メルトが逃す筈も無い。

「さぁ――終わりよ!」

 まず正面から一撃。

 その一撃は軽く、だがそれを終えたメルトは、素早い動きでランサーの背後まで移動する。

 さらに一撃。

「ぐ……き、貴様……」

「ふ……ふふ……はは……!」

 リップが作り上げた隙を発端に、メルトの独擅場が始まった。

 威力は小さいが、防御の体勢に戻させない連撃。

 恍惚とした表情のメルトを見るに、これが薄々気付いていた彼女の本性――加虐体質(サディズム)の真髄。

 ランサーには少しずつ、しかし確実に傷を増やしていく。

 仮面のマスターも、表情は動かないがその仕草は動揺を隠さない。

「あは……ははははは!」

 全方位から叩き込まれる、鋭い嵐。

 その終焉は、上方からの一撃。

王子を誘う(アッサンブレ)――魔のオディール(エトワール)!」

 重力の助けも得て威力を増した踵落としは、咄嗟に動いたランサーの頭をかち割る事は出来ずとも、肩の鎧を砕き割るに至った。

「が、ぁあ……!」

 傷は鎧の下――肩をも砕いただろう。

 その機能を停止したのは利き腕ではない左だったが、それは戦況を大きく変える一手だった。

 そしてそこに、メルトが止めの一撃を――

「ミィィィィィンチィィィィィ!」

 決めようとした瞬間、甲高い叫びがあがる。

 今まで何もせず、騒いでいただけのマスターが放ったコードキャストは、メルトの動きを停止させる。

「ランサァァァァ!」

 続け様に紡がれた術式は、動くこともままならなかったランサーの傷を癒し、左腕の蘇生は敵わないまでも行動できる状態にまで回復させた。

「感謝だ妻よ、そなたの助力には、勝利を以て報いましょうぞ」

「ウン……ランルークン、オ腹空イタ。アレ、ゼッタイ美味シイヨネ?」

「くはははは! 然り、これ以上待たせる事もありますまい――今すぐに決着をつけようぞ!」

 ランサーが先ほどと同じように、身体中の傷から魔力を放つ。

 しかし、その密度と量は以前の比ではない。

 魔力は密集し、固まり、槍の形になると柄から床に突き刺さっていく。

「ランルークン、オ腹ペコペコ。トッテモ、トッテモ美味シソウ。ダカラ、ソレガ悲シイ!」

「そうであろう、愛するものしか口にできぬ女よ。その姿に、オレはかつてに失くした愛を見たのだ」

 次々に生成されていく槍は辺りにくまなく刺さり、戦場跡を思わせる一帯を作り上げていく。

「愛を貪れ、そなたに虚飾はない。獰猛な欲求、偽りのない求愛、幼すぎる――破綻した恋慕。同じヒトとして、吐き気を催さずにはいられない!」

 そう言いながらも、ランサーは今までに無い程、不気味な笑みで口元を歪めていた。

 あまりにも恐ろしい、怪物の笑み。

 そこに存在する、紛れも無いヒトのカタチ――

「あぁ、だからこそ、愛に狂え。その姿は美しい――」

「食ベタイ、苦シイ、悲シイ! ランルークン、泣キタイ!」

「それでいいのだ、我が妻よ! お前の欲望は、我が槍で肯定しよう!」

 そこは、例えるならヴラド三世が侵略に対して使用した串刺し野原。

 床に刺さる無数の槍に供えられる供物は無いまでも、周囲に広がる怨嗟と苦痛の叫び声。

 これこそ、ランサーの生涯において最も恐ろしい逸話として、宝具の域にまで達した城塞。

「さぁ、妻よ! これなる生贄の血を以て、その喉を潤し給え!」

 掲げられた槍は宙へと解き放たれる。

 最早この戦場に、保健室であったという形跡はない。

 固有結界とは違う、ランサーがその真価を発揮できる世界へと誘う大魔術。

 その空は血塗れて紅く、それを飾るは一個の星。

「いざ――滅せよ! 串刺城塞(カズィクル・ベイ)!」

 地上の槍は動きを阻害し、空に浮く星――膨大な魔力を持った槍が領土を踏む不届き者を穿つ。

 盾のコードキャスト――いや、駄目だ。

 あれは絶大な威力を持っている、即席の盾では防ぐことが出来ない。

 避ける事もこの戦場では敵わない。

 巨大な一撃を確実に与えるための呪いの戦場、それこそがこの宝具、『串刺城塞(カズィクル・ベイ)』。

「ちょ、アレやばくない!?」

 白羽さんが焦っている。

 リップもあれを防ぐ術はないのだろう。

 メルトも速度重視のサーヴァント、防御に関しては――

「あなた達、固まってなさい」

「――え?」

「早く!」

 言われ、咄嗟に白羽さんとリップを抱き寄せる。

「え!? は、白斗君!?」

「あ、あの、戦闘中にこんな事、きゃう!?」

 ええい、何でこういう場面でこう言った台詞を吐けるのか。

 ともかく槍は間もなく僕たちを飲み込む、纏まったところでどうにかなる問題ではないのだが、

「どの程度必要かしら――開放(アルブレヒト)

 そんな一言の後、メルトはあろう事か槍に真っ向から向かっていく。

「メルト!?」

「メルトちゃん!?」

 あまりにも無謀、あれでは死ににいくようなものではないか。

「あの……大丈夫、ですよ」

 リップが小さく呟く。

「本領、とは言えないけど……あのメルトは強いですから」

 信じがたい言葉と同時に、激突音が響き渡る。

 魔力が四散する輝きが視界を塞ぎ、次の瞬間メルトは無傷の状態で僕の前に立っていた。

 何が起きたかは分からないが、今のが勝敗を決定的に分けたに違いない。

 再び視界に入ったランサーの手に、槍は握られていなかった。

「何と……神は貴様らを許されるのか……?」

 呆然としたランサー。

「否、ならばこの手で終止符を打とう! まだ決着はついておらぬ!」

 近くに刺さる槍を抜き放ち、向かってくる。

 専守の構えなど、もう忘れているのか。

 半ば自棄になっているようだ。

「リップ、決めるわよ!」

「え、あ、うん!」

 この槍の戦場においては、僕たちが不利。

 ながら二人は、アレを迎え撃つ気でいる。

 そしてそれは、二人が本気で協力している瞬間。

 ランサーの一撃を、リップの巨大な爪が払う。

「ぬぉ!?」

 最早力も残っていないようで、握った槍はいとも簡単に離れ、ランサーは宙へと打ち上げられた。

 その間にメルトはリップの腕に乗り――って、

「消えてくださいっ!」

「んなぁっ!?」

 ぶん投げられたメルトは、超高速でランサーに迫る。

砕き溶かすは(ロマンスオブ)――」

相反の愛(メルトブレイク)っ!」

 鋭い脚の棘がランサーに突き刺さる。

「――っあ」

 遂に、勝負は決した。

 ……あれって技だったのか。

 

 

 +

 

 

 ランサーが崩れ落ちると同時、身体の先から消えていく感覚に見舞われる。

 どうしてだろう、ランサーが負けるなんて事、ありえないのに。

「……これも良しか。貴様達の毒血を最愛の妻に飲ませるほど、オレも悪にはなりきれぬ」

 ランサーは、負けてしまった。

 なら、食べないと――とても哀しいけど、食べないと……

「いえ……それには及びませぬ。この身は、貴女に愛される資格が無い。怪物はこのまま消え去るのみ……」

 消えてしまう。

 ランサーの姿が、少しずつ黒く染まり、崩れていく。

 

 ――食べる食べると望みながらその実、倒した相手を一口もしなかった哀しい女よ。

 

 なのに、ランサーは食べてはいけないという。

 これまで、ずっと一緒に戦ってきたのに愛するなと。

「く、は。これだから、人間というものは美しい。正気を失いながらもそなたはまだ人間だった」

 立ち上がって、こちらに歩いてくるランサーは、優しい笑みを浮かべている。

 肩に置かれた手が温かい。

 服が赤く、紅く、染まっていく。

「その魂には、まだ救いの余地があるのです。故にあなたは煉獄へ。我が身体は地獄に落ちるが定め……」

「ラン、サー……」

「それでは、しばしの暇をいただこうか……」

 また、大事な家族がいなくなった。

 翼が折れて、飛べなくなった小鳥のペギーちゃん。

 パパ、ママ、友達。

 そして――

「……アァ」

 消えてしまった。

 消してしまった。

 あの子を、何よりも愛したあの子を。

 何て事をしてしまったのか。

 心がこんなに苦しい。

 ――あぁ、ランルー君(わたし)は、何をしていたのか。

 ランサーはずっと止めていたんだ。

 何で、こんな簡単な事に気付かなかったのだろうか。

 あの二人のマスター達は、とても愛らしく見える。

 なのに――食べてはいけないんだ。

 このお腹には何一つ入ることはなかった。

 あんなに沢山消してしまったのに、あんなに沢山目の前から消えていったのに。

 結局、お腹は空っぽ。

 みんな、みんなどこかに行ってしまって――でも、今からみんなのところに行けるのかな。

 そしたらご馳走を作って、みんなでテーブルを囲んで、パーティをしよう。

 パパも、ママも、友達もいっぱい呼んで。

 ペギーちゃんにもとっておきのご馳走を振舞おう。

 勿論ランサーも呼んで、みんなに紹介するんだ。

 あぁ、でもあの子は言葉が分からないし、ご馳走も食べれないね。

 でもきっと楽しんでくれるよ、だって――()はすっごく楽しみだもん。

 ……考えているだけでお腹が減るなぁ。

 お腹――

 

 

 +

 

 

 ランサーが残した血溜りに縋っていたマスターは、やがて唐突に消え去った。

 違法という手段に至ったとはいえ、今の二人も確たる願いを持ってこの戦いに挑んだに違いない。

 それを思うと、やはり罪悪感を持ってしまう自分が情けなくなる。

「ふぅ……何とか終わったね」

「うん、タスクはこれで達成かな?」

「勿論だ。良くやった、君たち」

「っ!?」

 突然背後からかけられた声に振り向くと、そこには言峰神父がいた。

「違法マスターの討伐、確かに達成された。その報酬として予備礼呪の一画をそれぞれに授けよう」

 短い処置の後、手に刻まれた令呪は、元の三画の形へと戻った。

 一人のマスターを倒して手に入れたものだ。

 使う機会を間違ってはいけない。

「では、今より君達は再び敵同士となるが、どちらも頑張ってくれたまえ。君たちの戦いには期待しているよ」

 そうだ。

 今ので四回戦が終わったわけではない。

 協力体制だった白羽さんと、戦わなければならないのだ。

「白斗君、負けないよ」

「……僕も、絶対に負けない」

 その夜、白羽さんとの会話はそれで終わった。

 個室へと戻っていく白羽さんを見届け、リップもそれを追う様に個室に入っていく。

「ふぅ……私もそろそろ休みたいわ」

「お疲れ、メルト。でもちょっと待ってて」

 廊下の奥から歩いてくる二人を待つ。

 保健室から避難した桜とラニだ。

「良かった……無事だったのですね」

「精神的疲労を確認しました。すぐに休んでください」

 二人とも心配してくれたようだが、実際あの時危険だったのは自分達だったのだから自分の心配が優先だと思うのだが。

「結局何があったのですか? あのマスター、何故保健室に?」

「違法マスターだよ。倒すようにって神父からタスクを受けていたんだ」

 と、ここまで言って秘密にしておいた方が良かったと悟る。

 健康管理用のAIである桜と、協力者として心配してくれたラニが危険事を許すはずも無く、

 

「大体ハクトさんは無謀すぎるんです。令呪一画のために命を懸けるなど……」

「健康管理AIとして私も見過ごせない事があるんです。紫藤さん、あなたは第一……」

 その日寝ることが出来たのは保健室が復旧された明け方で、それまでは個室の中にまで入ってきた二人にこっ酷く説教されたのだった。

「言葉責め……成程」

 何が成程なのか、このサーヴァントは。




アッサンブレ=バレエ用語で「集める」「集結」の意。当然だが集中攻撃の事ではない。

構想段階ではリップがメルトをぶん投げる協力技があったとのことなので使用。
「(メルトごと)消滅してください!」って言いながら投げるだけの技らしいけど個人的イメージは勢いつけたライダーキック。
ついでに言うとリップとの戦いを入れたのはこれを使わせたかったからです、はい。
なのになんでこんなに描写が短くなったんでしょうね。

ランルー君については、まぁ個人的な解釈を詰め込ませていただきました。
婉曲的表現にしたので結局どんな過去があったのかはご想像にお任せします。

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