甲州住みではないんですが頭痛吐き気を催す程度の暑さはあります。
熱中症で倒れないようにしないと。
どうやら僕の勘は当たるらしい。
結果的に、嫌な予感は的中した。
一応リップも、協力には賛同してくれた。
「メルト、リップのスピードを補って……」
「リップはスピードはメルトちゃんに頼って、とにかく力で押していこうか」
こうしてアリーナで連携の練習をしている点からそれは明らかだ。
だが、問題はその過程だ。
どんな方法を使ったかはしらないが、碌な方法ではないのだろう。
「リップ! あなた私を狙ってるでしょう!?」
「そ、そんなつもりないもん……」
弁解しようとするリップ。
どうやらあの爪は、無意識の内にメルトに向いているようだ。
協力を承諾こそすれ、連携に肯定的になる気は更々無いらしい。
「やっぱアレじゃ駄目かなぁ?」
「どんな説得の仕方したんだ?」
「あぁ、うん。えっと……」
白羽さんは少し悩むような素振りを見せた後、耳打ちしてくる。
「……何やってんすか」
思わず中途半端な敬語になってしまった。
「いやぁ……大きいし、さぁ。ご利益が」
「無いと思うよ」
「結構君も辛辣だね……」
改めて、この白羽さんというマスターの在り方に疑問を持つ。
いや、まぁ、分からなくもないのだが。
昨日、令呪の使い道について尋ねられたときの勘違いからして、白羽さんはそういう事はしない常識人だと思っていたのだが、そうではないらしい。
結局この人もどこか外れた性格を持っているようだ。
というか説得というより、強制ではないか。
まぁそれは置いておこう。
「良い度胸ねリップ! 私に勝てると思って?」
「メルトだって……私が本気になれば直ぐに死んじゃうよ?」
「とか言っても、どうせあなた、
「え!? ど、どうしてそれを……って事はやっぱりメルトも……」
「ご明察ね。
いつの間にやら協力は血で血を洗う殺し合いに発展しそうになっていた。
トラッシュアンドクラッシュやらイデスやら、聞き覚えの無い単語が聞こえたが、どうやら今のメルトとリップにはその力が無いようなので、突っ込む必要もないだろう。
「ストップ、ストップ! 今は協力体制だって!」
「止めないでハク。私は売られた喧嘩は買う主義なのよ」
どうやら喧嘩はリップが吹っ掛けたらしい。
メルトはリップを心から嫌ってはいないと言っていたが、向こうが来るなら迎え撃つつもりのようだ。
ならばリップを説得しなければならないのだが、
「リップ、頼むから協力してくれ。タスクで負けたら白羽さんも君も死ぬんだ」
「……あ、う……わ、分かりました。ハクトさんが言うなら……」
あれ、思ったより簡単に了承してくれた。
「何で白斗君の言葉は素直に受け入れるの? マスター私なのに」
白羽さんは不満そうだが、この際気にしない。
せっかくリップがその気になってくれたのだ。
今の内に最低限の連携は出来るようにしておかなければ。
前提からして、メルトはスピード重視、リップはパワー重視のステータスを持っている。
協力に際し、両者の力を知っておかなければならないと、サーヴァントのステータスを教えあった。
白羽さんはリップから聞いたステータスよりもメルトのステータスが低かったことに驚いていたが、それはリップも変わりない。
『ステータス:筋力B 耐久C 敏捷E 魔力D 幸運E』
最終的に決戦で戦う事になるので、ステータスが低いのは助かるが、余計に連携が重要になったのも事実だ。
ランサーのステータスはかなり高水準だ。
敏捷と幸運以外はB以上。
ランサーのクラスは敏捷の高いサーヴァントが据えられる傾向にあるらしいが、このランサーは例外のようだ。
重戦車、といったところか。
だからこそ、メルトの速度で翻弄し、リップの重い一撃を如何に命中させるかが重要なのだ。
それは二人とも理解しているだろうが、
「私が敵の前に居る時に攻撃しないでって言ってるでしょ!」
「メルト足速いんだから……直ぐに離れれば良いじゃない」
一体何ループすれば事態は進展するのだろうか。
「難儀だねぇ」
白羽さんの呟きに全力で同意しながら、姉妹サーヴァントの仲の悪さに改めて呆れ果てた。
あの後、五回程のループを経て、ようやく連携は形になった。
なので明日に向けて休憩という事で練習を切り上げ、僕は保健室に来ていた。
桜の話では、ラニはもうほぼ全快といっても良い様だが、大事をとって後数日は保健室に居るようだ。
「魂が……?」
ラニは自身の事を話してくれた。
「はい。思えば、師はいつも言っていました。私に
魂、というのは言葉通りの意味ではなく、もっと抽象的――心を表しているのだろう。
「何故でしょうね。昨日、それを思い出したら、あなたの姿が師と重なってしまって。話しているうちに体温の上昇を計測したのです」
胸が熱い。しかし、気分は軽やか。
ラニが初の事例と考えているそれは、明らかに、
「ラニ、それが心だよ。ラニが得た
紛れも無い、心だ。
ラニが得た、正真正銘、空っぽの器に汲み淹れるもの。
「ここ、ろ――これが……師よ、これが、そうなのですね。器を満たす
心、と反芻するように繰り返し、しばらくして瞳を此方に向ける。
「ありがとうございます、ハクトさん。私の
「ううん、記憶を探すのを手伝ってくれるんだ。僕も助けるのは当然だよ」
手伝ってもらう対価になるとは思えないが、それでも出来る限りラニの助けになってあげたい。
「では、次はこちらの番です。何か私に出来ることはありませんか?」
ラニの助けを借りるような事。
記憶については今調べることは無理だろうし、対戦相手、ないしタスクで戦う相手についてだろうか。
しかし、危険が伴うようなことはやってほしくない。
違法行為を繰り返すマスターに探りを入れて目を付けられたら大変だし、何でも即決する白羽さんがラニに手を出さないという確信はない。
如何にラニを信頼していてもそんな事をさせる訳には……
「ちょっと良いかしら?」
と、そのとき、姿を消していたメルトが出現した。
「……ハクトさんのサーヴァントですか?」
ラニはメルトの突然の出現に驚きながらも聞いてくる。
「あぁ、うん、僕のサーヴァントのメルトリリスだ」
「よろしく、ラニ。メルトで良いわ」
「え、えぇ……よろしくお願いします」
何か歯切れが悪いが、どうかしたのだろうか。
「何というか……ハクトさんの趣味ですか?」
「えっ」
そうか、歯切れの悪さの理由が分かった。
僕は馴れてしまったのか殆ど気にしなくなっていたが、メルトはそもそも格好がアレなのだ。
三回戦において助けに行ったときは状況が状況だったため、気にしている暇もなかったのだろう。
ってそんな冷静に考察している場合ではない。
「違う、違うから。僕の趣味じゃ……」
「心外ね。誰のためにこんな格好をしていると思っているのかしら」
「知らないよ!」
「その……男性の欲求は知っていますが、他者の面前でこの格好をさせるのは……あの……」
明らかに嫌がらせの笑みを浮かべているメルトと顔を赤くするラニの反応に返す言葉が見つからず、僕は考えるのを止めた。
さて、被害者数百人相当の人身事故を起こすレベルの話の脱線をしたものの、
「あぁ、忘れてたわ。ラニ、ステータスへの異常から身を護る礼装を持っていないかしら」
「異常から身を護る……持ち合わせはありませんが、一回限りの物なら練成出来るでしょう。本格的な物は、設備が無いのでどうにも……」
「そう。なら簡単なもので良いから作ってもらえる?」
「分かりました。恐らく二日ほど掛かりますが……」
「構わないわ。決戦までに用意してもらえれば」
決戦まで、という事はリップの対策だろうか。
ステータスへの異常から身を護ると言っていたが、リップは見たところ力で押すタイプに思える。
そういった特殊能力を持っているのだろうか。
「保険よ。リップが持っていた力は厄介だから、その残滓が残っていたら一瞬でクシャ、よ」
「持っていた力、つまり今は無いのか?」
「えぇ、さっき聞いてたでしょ? id_es、私とリップに与えられた特殊能力よ」
id_es。
そう言えば、二人がアリーナで喧嘩している際、そんな言葉を漏らしていた気がする。
「リップは失ったって言っているけど、万が一ハッタリだったら厳しいわね」
「それのみで勝敗を決するほどのもの……どんな能力なのですか?」
「トラッシュ&クラッシュ。あの腕を使ってどんなものでも圧縮する力よ」
「圧縮?」
「対象を押し潰して五センチほどのキューブに変化させるの。潰されたら最後、二度と元に戻れないわ」
しかもその潰すというのは、物理的な事ではなく視覚的なもので、リップから見て手で覆い隠せるものなら対象に出来るという。
それが本当なら、一歩も動かずに勝利可能なチートスキルだ。
「だからそういう外部干渉から身を保護する礼装が必要なのよ」
「成程……万が一に備えるのは良い事です。全力を尽くしましょう」
「よろしくね、ラニ」
ラニは快く引き受けてくれた。
メルトも今回の戦いに対する意気込みは今まで以上のようだ。
そんな中、僕だけが曖昧でいる訳には行かない。
そもそも、明日のタスクで負けるかもしれない、なんて考えている事自体、メルトにとっては論外だったに違いない。
メルトの気持ちを、ラニの援助を無駄にするわけには行かない。
タスクと決戦、二つに対する決意を新たにしながら、その日一日、礼装を作るため、ラニの手伝いをして過ごしたのだった。
+
「メルトウイルス……かぁ」
リップから聞いたメルトちゃんの特殊能力に嘆息する。
相手のパラメータを吸収し、
経験値を吸収して自らのレベルを上昇させるというのは、単純に戦闘経験を積むより余程簡単だ。
今のメルトちゃんは幸いこのスキルを使えないようだが、それでもドレインなるスキルは健在である可能性が高いという。
リップもトラッシュ&クラッシュが使えないみたいだし、そこはお相子って事で良いんだろうけど。
メルトウイルスの代わりがドレインなのに対して、トラッシュ&クラッシュの代わりが怪力スキルってのは、どうなのかな。
怪力スキルはその名の通り、一定時間ながら筋力のステータスを上昇させるものだ。
だが、敵のスキルや能力を吸収するドレインスキルに対してこれでは、釣り合いが合わないのでは。
「シラハさん……どうかしましたか?」
リップが怪訝な顔で問うてくる。
ありゃ、心配させちゃったかな。
「ううん、大丈夫。メルトちゃんの対策を考えてたんだけど、それどころじゃないね」
今はタスクを確実に突破するのが最優先だ。
連携はある程度取れるようになったし、後は相手のサーヴァントの弱点やらを調べようと思ったんだけど。
「……さすがに杭とか水流とかは……違うよね」
「はい……真正の吸血鬼ではありませんし……」
結局のところ、ヴラド三世の弱点は見つからない。
高ランクの無辜の怪物なるスキルを取得していることでその身体は吸血鬼となっている。
だが、だからといって吸血鬼の弱点を試す暇なぞ与えてくれないだろう。
上手くいけばそれで良いが、意味がなければジ・エンド。
決戦の前に死ぬなんて、それこそ論外だ。
それに、そんな奇抜な方法、多分白斗君が許可しないだろう。
サーヴァントはサーヴァントによって倒すのが一番有効的で、確実な方法なのだ。
まぁ、弱点を気にしなくても、マトリクスを見る限りでは特殊な防御スキルとかもないし、勝機は十分にあるだろう。
言峰ちゃんの嫌がらせで絶対防御を持ったサーヴァント――例えばジークフリート辺りと戦わされる可能性も否めなかったが、それは杞憂と終わりそうだ。
強力な腕力を持ったリップと、リップに足りなかった速度を補ってくれるメルトちゃんがいれば、多分問題ない。
白野君の魔術師としての力は分からないが、少なくとも私よりは上に違いない。
後は場合に応じて宝具を使えばきっと勝てる。
「気楽にいけば大丈夫よね」
「シラハさんは呑気です……」
うん、それは理解してる。
直す気は更々無いんだけどね。
普段はのんびり、時には即決、これが人生を楽しむ秘訣なのだ。
「白斗君とメルトちゃんにも分かってほしいんだけどなぁ」
「ハクトさんには……変わってほしくないです」
ほほう、白斗君
マスターとしては複雑だけど、まぁ分からなくもない。
リップの気持ちが想像通りだとしたら、正直戦わせたくない。
だとしても、勝たなければ死ぬのは私たち。
白斗君を、メルトちゃんを倒して、生き延びなければならない。
リップの願いを叶えてあげたい。
いや、でもその場合、白斗君を倒して良いのだろうか。
そもそも、この対戦カード自体、リップの願いに相反したものに思えて仕方ない。
「……やっぱ深く考えるのは、私の性に合わないわ」
嫌なこと、面倒なことは全部後回し。
今は眼前にあることだけに集中すれば良い。
今回の決戦は、今までより肉体面でも精神面でも厳しいものになるだろう。
それはきっと、リップも一緒。
だから――
「よっし、リップ、昨日の続きよ!」
「え、えぇ!? ま、またやるんですか!?」
「当然! くふふ、覚悟しなさい!」
もう暫くは、呑気でいいよね?
何をしてたかって、ナニですよ。はい。
三日に一回で良いかなぁ、更新……
すみません、頑張ります。