2-Bの教室の扉にコードを入力し、開く。
個室の内装は普通の教室とそう変わりはない。
ただ、自分とサーヴァントだけの空間という事もあり、落ち着けるというのはありがたい。
個室に入るなり、メルトが姿を現す。
「
その言葉と同時に作業を始め、およそ三十分。
ほとんどメルトが主体となり、置いてあった机を
中央に簡素なテーブルと椅子が二脚、そして余った材料の山が端に積んである。
必要になり次第、新たな家具を作っていこうという算段だ。
メルトが椅子に腰掛け、辺りを見渡す。
座るにおいて、鋭い鋼の脚具は非常に邪魔に思える。
前に伸ばして座っているが、踵が床についていないのは明らかだ。
「殺風景だけど、少しずつ改築していけばいいわね」
そんな事はお構いなしと言わんばかりに、メルトは部屋の評価をしている。
どうやら気にしてはいないようだ。
だが、何はどうあれ、安心できる空間に変わりはない。
休息や情報収集のほか、メルトと込み入った話をするときはここを利用することになるだろう。
「まぁ、……が無いのは不満だけど、きっと購買にでも売ってるでしょう」
「何か必要なものがあるのか?」
「必須という訳ではないわ。余裕が出来たら、という程度のものよ」
とは言っていても、その「何か」が絶対に欲しいというのは顔に出ている。
余裕が出来たら是非それを買ってあげよう。
「さて、そろそろアリーナに向かいましょう。戦いの空気には馴れておくべきだわ」
「分かった」
確かに、一回戦の猶予期間は既に始まっている。
対戦相手が発表されていないとはいえ、ある程度戦闘経験は積んでおいたほうが良いだろう。
個室を出て、校舎一階の倉庫に向かう。
マスターたちが行き交う廊下を歩いていき、倉庫に辿り着く。
そういえば、個室の改装をしている時に携帯端末にメッセージが届いていた。
言峰神父からのものであり、報告し忘れていた事柄の説明だった。
謝罪の言葉やその他、余計なものは一切無く、ただ「アリーナに入れるのは一日一度のみ。準備を怠らないように」と書かれていただけだった。
何となくわざと説明せず、嫌がらせ目的で遅れて説明したという気もするが、アリーナに入る前に届いたのは幸いだった。
とは言っても、今日はあくまでも空気に馴れることが目的であり、本格的な探索をするつもりはない。
何もアイテムは所持していないが、大丈夫だろうか、とは思いつつも、先立つもの――つまりは金は一銭もない。
どうやらアリーナで地道に集めろという事らしい。
アイテムを買おうにも、そもそも買えないのでは仕方がない。
『大丈夫よ。最初のアリーナくらい余裕だから』
姿を消したメルトが自信を持って言う。
確かにメルトの実力は、人形を一撃で倒した初戦で知っている。
一回戦の準備をするアリーナだし、問題はないだろう。
「よし、行こう」
倉庫、もといアリーナの扉を開ける。
部屋の内部は既に倉庫だった内装は消滅しており、真っ暗な空間が広がっている。
不安は感じるが、これは今後、何度も体験する事になる闇だ。
意を決して、闇に入っていく。
そこは予選の際にも歩いたような、電子の世界。
深海を連想させる迷宮だった。
校舎内と気温等は大して変わらない。
「ここが、アリーナ?」
「そうよ。この内部では戦闘が許されているから、思う存分に腕を磨くことができるわ」
実体化したメルトが隣に立つ。
それだけで安心できる。
まだ彼女と出会って数時間程度なのに、「メルトが居れば平気」と思える。
たったこれだけで、初めてのアリーナ、という不安が消え去った。
感謝すれば、メルトは首を傾げるだけだろうから、心に秘めつつ、探索を開始する。
「アリーナ内は
「分かった。とりあえずまずは一戦だね」
エネミーを探してしばらく歩く。
すると、通路の先に宙に浮くブロック体が徘徊していた。
あれがエネミーだろうか。
「気楽に行きましょう。あの程度、軽いわよ」
「よし、頼む、メルト!」
言葉と同時に、メルトが駆ける。
エネミーはそれを察知する前に、メルトのレンジ内に収まっていた。
メルトの容赦のない蹴りがエネミーを襲う。
エネミーの反撃が来るが、それを軽くいなして二撃目を叩き込む。
それで限界が訪れたらしく、エネミーは黒い粒子となってゆっくりと消滅していった。
「やっぱり、この程度ね。造作もないわ」
頼もしい言葉と共に、メルトは僕の前に帰還する。
これなら何体でもいけそうだ。
「次に行きましょう」
「よし!」
見渡してみると、遠くに幾つかのエネミーの影が見える。
片っ端から倒していこう。
一体目のキューブは単純ながら素早い攻撃を連発してきた。
回避と防御を使い分けつつ、急所を突いた一撃で消滅させる。
二体目は大振りの攻撃を連発してくる。
メルトは冷静に攻撃を避けつつ、合間に隙の小さい攻撃で何度か攻撃し、倒すことが出来た。
三体目のキューブは防御体制を崩さず、此方の攻撃に対して反撃を行おうとする。
だが、その防御を打ち崩す強力な一撃により、キューブは砕けた。
三戦連勝の達成感に浸っている最中、
「っ、ハク!」
「え?」
身体を衝撃が襲う。
振り向くと、いつの間にかキューブが二体、浮遊していた。
その内一体の攻撃を喰らったらしく、衝撃を受けた腰に鈍い痛みが走っている。
「この!」
メルトの実力は確かでも、二体のエネミー相手では安全とは言えないようで、防御を主体としている。
隙を突きつつ、一撃を加えて一体を消滅させるが、そこにもう一体が突っ込んでいく。
背後への突進。
確認できていないメルトは回避できない――
「メルトっ!」
咄嗟に右手を翳していた。
何も出来ることはないと分かっていながら、無力な手をキューブに向けていた。
その手に何かの文字列が走り、ビー玉程の弾丸が手から放たれ、突進するキューブに直撃したのを、咄嗟に把握できなかった。
一瞬動きを止めたキューブの隙を突き、メルトの蹴りがキューブに止めを指す。
そこでようやく、勝利を理解した。
「っはぁ……!」
深く息をつくメルトに駆け寄る。
「メルト、大丈夫!?」
「……えぇ、問題ないわ。それより……」
メルトは怪訝な顔で僕の右手を見ている。
そうだ、先程の弾丸は、何だったのだろうか。
「さっきのコードキャスト、どうしたの? 見たところ特別な礼装は装備していないわよね?」
「コードキャスト……礼装……?」
良く分からないが、弾丸の情報は、“元からあったように”頭の中に残っていた。
『Shock(8)』
プログラミングにおける関数のような文字列。
「もしかして……」
ふと思いつき、少し遠くを徘徊しているエネミーに右手をむけ、その文字列を唱えてみる。
「――
右手から弾丸が放たれた。
弾丸は狙い違わずエネミーに直撃した。
動きを止めたエネミーは、しばらくの後行動を再開する。
此方には気付いていないようだ。
「ハク、もしかしてコードキャストを自由に使えるの?」
恐らくだが、コードキャストというのはマスターが使う魔術のようなもの。
サーヴァントの戦いのサポートをするための技術だろう。
そして、先程のメルトの疑問――礼装だったか。
あれは多分、このコードキャストを使用するための特殊な装備。
そんなものを装備した記憶はない。
コードキャストの自由使用。
それが出来るのだとしたら戦いも有利になるし、メルトの負担も減る。
「分からないけど、今の弾丸は普通に使えるみたい……」
「ふぅん……どんなコードキャストも使えるのだとしたら、尚更戦闘経験を積んで色々なコードを修得した方が良いわね」
そういうと、メルトは走り、先程のエネミーに止めを指す。
「今日のところはそろそろ帰りましょう。初陣にしては
「分かった」
アリーナを出て、個室に戻る。
夜になり、メルトが椅子に腰掛けて眠る中、僕はコードキャストの実験をしていた。
コードキャストは、言ってみればAからZの文字の並びだ。
弾丸の文字列を思い出し、あれの要領で色々と試してみる。
しかし、やはり上手くはいかない。
弾丸は、あの時咄嗟に翳した手から放たれた。
恐らく窮地に陥った事による無意識の脳の働きで、文字列を組み上げたのだろう。
一時間程、様々な文字列を試し続けていると、
『gain_str(8)』
何かが発動した。
「ひゃっ!?」
と、同時にメルトが叫びをあげ、椅子から転げ落ちた。
「メルト!?」
「っつつ……一体何事……?」
駆け寄ると、メルトは驚きの混じった目で此方を見てきた。
「今の、ハク?」
「多分……コードキャストの実験をしていたら、偶然何か発動しちゃったみたいで……」
落ち着きを取り戻したメルトが立ち上がる。
「サーヴァントの筋力強化のコードね。まったく、不意打ちはやめてちょうだい」
「ご、ごめん……」
メルトは椅子に座りなおし、再び目を閉じる。
筋力強化のコード。
ともなると、同じ要領で他のステータスを強化させるコードも発動できるだろうか。
「……いや、実験はやめておこう」
多分もう一回発動させたら蹴られる。
僕に
そろそろ僕も寝るとしよう。
明日は一回戦の対戦相手が発表される。
誰かを殺さなければ、生き残ることができないという事実。
自分が生きるために、僕は他者を殺すことが出来るだろうか。
考えていると、眠気はすぐに襲ってきた。
椅子に座り、目を閉じる。
山ほどある問題は一旦保留し、僕は深い眠りについていった。
礼装要素が面倒なので棄却。
便利ですが基本性能は低くなるようですよ。
それに使用MPも通常より増すと思います。