ありすとの激戦を終えて数時間。
ふと見つけたユリウスが、普段開いていない視聴覚室に入っていくのを見た。
気になって中の様子を伺ってみる。
何か、
「……やはり決戦場ともなるとセキュリティは最高レベルか。この障壁はさすがに突破不可能だな」
動く気配に、慌てて離れようとするが、隠れるまでの時間はない。
開く扉。出てくるユリウスと目が合うが、殺気を放つだけであっさりと立ち去っていく。
ユリウスも気になったが、開いている視聴覚室への興味が強い。
好奇心で、そこに足を踏み入れた。
中は薄暗く、スクリーンが見やすいようになっている。
プロジェクターではなく、旧式の映写機が置かれている辺り、妙にレトロさを感じさせる。
「あら、ハク、あの映写機、何か変よ」
「え? あ……」
メルトが言う通り、何か映写機の周りのデータに異常が発生していた。
ユリウスが何かを施そうとしたのだろうか。
調べようとしてそれに手を伸ばし――
『――――――――――!!』
何かが脳内に飛び込んでかきまわし、火花を散らした。
攻撃的プログラムの一種だろうか。
それは一瞬で抜けていき、ダメージを負うには至らなかった。
ユリウスの罠ではないようだが、何だったのだろうか。
「あ、ハク!」
メルトの声で前を向くと、スクリーンに映像が映し出されていた。
剣戟の音。
今までに聞いた事のないような、激しく、早く、凄まじいもの。
誰かの決戦の映像だろうか、と目を凝らして見ると、
「……!」
褐色の少女と、黒いツインテールの少女。
見違えようもない、ラニと凛だった。
+
戦況は、此方に向いている。
槍を使えないランサーなんてお笑い種だが、それでもあの偉丈夫と同等、それ以上に渡り合えていた。
「すまないな、狂戦士。
「■■■■――――ッ!!」
ランサーの鋭い手甲の一撃に対して、相手のサーヴァント、バーサーカーは巨大な矛を以て応戦する。
あれは中華ガジェットなる武具の最高峰に位置する宝具、方天画戟だ。
あのバーサーカーの正体は、早期に判明した。
三国志演義における反覆の将。
二度も養父を斬り、幾度となく裏切りを繰り返した、三国志世界において最強も名高い
恐らく筋力ステータスはA、もしくはそれ以上。
ランサーの鎧がまだ不完全な以上、被弾を最小限に抑えなければならない。
「ランサー、やって!」
バーサーカーに向かい弾丸を放つ。
一瞬動きを止めた瞬間、ランサーが目を細くする。
「――武具など無粋。『
それと同時に、相手のマスター、ラニが素早く
「測定せよ、琥珀の鹿」
バーサーカーに術式が込められると同時に、その紅い鎧が勢い良く爆ぜる。
今のは、魔力増強のコードか。
ランサーの攻撃が魔力に準拠した攻撃であると察したというのか。
術式を掛ける事でバーサーカーの魔力への耐久力を強化して、損傷を防いだようだ。
……今更ながら、あの少女が恐ろしく感じる。
「■■■――……■■■■――――ッッ!!」
今の一撃で怒りを覚えたのか、バーサーカーが決戦場を振るわせるほどの咆哮を上げる。
「落ち着きなさい、バーサーカー」
「ッッ……」
ラニの一言で、バーサーカーは制止する。
マスターと意識を同調させることでより機械的なサーヴァントと化すバーサーカー特有の動きだ。
一旦仕切りなおし、ランサーが戻ってくる。
「リン、良い調子だ」
「えぇ、このまま押し切るわよ」
槍を持っていなくとも、最上級の英霊なだけあり、ランサーの力は絶大だった。
これまでの戦いを余裕を持って勝利することが出来たのも、その力の差が大きい。
ある意味、今回の敵が初めて、強敵と思えるものかもしれない。
とはいえ、今のところは優勢。
押し切れば勝てる筈。
「行くわよ、上手く利用して!」
そう言って用意した宝石を辺りに散らばす。
勿論ただの宝石ではない。
魔力を充填し、一つ一つが強力な魔術礼装となっている。
「了解した。ハァッ!」
ランサーの眼が捉えた宝石が一つ一つ着火していく。
宝具の変則使用、相手に意図を伝えないために作戦は伏せたが、どうやら理解できたようだ。
「終わりだっ」
ランサーの宣言で膨大な魔力と炎熱を伴う宝石がバーサーカーに向かう。
「――
ラニがまたしても術式を唱えた瞬間、爆発がバーサーカーを覆う。
当然傍に立つラニも巻き込んでいた。
即死級の攻撃であるはずなのに、勝者と敗者を隔てる壁が現れないということは――
「■■■■――ッ!」
今まで通りながら、どこかしてやったり、というようにも聞こえる咆哮が響き渡る。
煙が晴れたそこには、矛でラニを守るバーサーカーが立っていた。
所々焦げたような黒い痕が残っているだけで、何ら損傷はみられない。
ラニが唱えたコードの影響か。
やはり只者ではない。
「反撃です、バーサーカー、弓を」
マスターの命令を受けたバーサーカーが動き出す。
矛が展開し、二つに分かれる。
それはさながら弓と矢。
「ランサー、多分あれ避けれないわ。上手く乗り切って」
「分かっている」
無茶な注文を、何の躊躇もなく承知した。
弓に巨大な矢を掛け、引き絞る。
「■■■■――――ッ!!」
ランサーが私から離れていく。
放たれた矢は、しかし移動するランサーを追う様に不可解なカーブを描く。
呂布の卓越した弓の技術、それが過大評価された結果だろう。
回避しても、回避しても、矢はカーブしてランサーを追いかける。
「飛距離の制限はないか――ふん!」
ランサーは逃げ切るのを不可能と見たのか、矢と向かい合い、横からその足を叩きつけた。
その体を掠め、矢は地面に落ちる。
「今の一撃を躱すなんて……」
ラニが驚いた顔をしているのを見て、“やり返した”のを確信する。
先ほどのとっておきの攻撃を無傷で防がれたのを根に持っていたので、あえて矢を放つ動作の際に攻撃をせず、それを発動させてから乗り切らせた。
「全く、無茶を言う。オレは矢避けの加護なんぞ持ち合わせていないのだが」
「過ぎた事をとやかく言わないの。それより、また来るわよ」
バーサーカーが矢となっていた矛の一部を取り、再び弓と合わせ一つにする。
「■■■■――!!」
再び力任せに振ってくる攻撃へと移るバーサーカー。
ランサーはそれを上手く躱しながら、攻撃を当てていく。
それぞれは決定打となるには至らないものだが、それでも数を当てれば重傷へと変わる。
「……確立、変動。危険と判断。戻りなさい、バーサーカー」
ラニの元へと戻るバーサーカー。
今度は何をするのだろうか。
「――
バーサーカーを渦巻く魔力が変貌していく。
宝具の使用を直感的に察する。
「気をつけて、ランサー」
「あぁ」
ランサーが短く返答する。
それと同時、ラニの詠唱が始まる。
「――万物は融解し、魂の純度は
先ほどの力任せの攻撃とは違う、舞うような攻撃。
それがランサーの逃げ道を少しずつ塞いていき、より行動範囲を狭めていく。
「
とうとう、一切の逃げ道が無くなったところに、素早く展開したバーサーカーの矢が放たれた。
「■■■■――――ッッ!!」
「くっ、これはヤバイかも――!」
咄嗟に宝石を取り出し、障壁を展開させる。
特殊な効果を持った宝具ではない、ただ単純に、圧倒的な攻撃力だけを追及したもの。
その矢は障壁をいとも簡単に砕きつつランサーに迫る。
――さすがに甘く見すぎていたかも。
そんな後悔をする間もなく、ランサーを貫――
「母よ、力を。『
ランサーの声の直後、激突音と共に大きな爆発が起こる。
結果として、ランサーは無事だった。
鎧の真名を言い放つも、その全貌を取り戻したわけではない。
今行ったのは、瞬間展開か。
ともかく、宝具を使用したバーサーカーの動きが止まっている。
この隙を突けば、勝利は確定だ。
「――敗北を判断。申し訳ありません、師よ。あなたに頂いた
「……え?」
ラニとバーサーカーの魔力の流れがおかしい。
バーサーカーの唸りも、明らかに今までとは違う。
「全高速思考、乗速、無制限。
ば、馬鹿じゃないの!?
あの熱量、本当に自爆でもするつもり!?
「これより、最後の命令を実行します」
「ちょっ、アトラスのホムンクルスってのはそこまでデタラメなの!?」
自殺行為なんてもんじゃない。
私達も巻き込まれかねない、決戦場全てが融解するのではというほどの熱。
更に、それだけでは終わらない。
ラニの右手が光り輝き、魔力を放っている。
「礼呪の使用!? 令呪の魔力も自壊に使用するつもりなの!?」
「聡明だな」
「落ち着いてる場合か! 魔術回路の臨界収束、捨て身にも程があるわよ、あんなのただの自爆じゃない!」
「カミカゼ特攻とかいったか。あれはリンの国の専売特許だった筈だが、何か手立てはないのか?」
「いつの時代の話よ!? 軽口は後、ランサー、出し惜しみなんてしてられないわ、槍使って!」
ランサーに命令する。
鎧を棄却する代わりに使用できる槍。
確かアレは鎧が不完全でも、棄却してありったけの魔力を通せば使用できるはず。
ラニの心臓は本物の
あれが爆発する前に、それ以上の火力を持った宝具で諸共焼払うしかない。
「是非もない。それが命令とあらば、従――む?」
「……は?」
その瞬間、あろう事か第三のマスターが決戦場に現れたのだった。
+
戦闘は、圧倒的なものだった。
今まで自分が切り抜けてきたものが生温く思えるほどだ。
敵の情報がないまま戦う聖杯戦争において、他者の決戦を見る事が出来るのは大きい。
ユリウスが細工したのだろう。
本人が見ずに部屋を出て行ったのは気になるが、ともかくこの期を逃すという選択はなかった。
しかし、問題は戦っている二人だ。
凛とラニ。共にこの聖杯戦争で無力な自分に手を貸してくれた人だ。
その二人が、今殺し合っている。
サーヴァントは、片方は素手、片方は長柄の武器を持っている。
どちらも負けず劣らず、戦況も動かないままと思っていた。
だが、
「リンの勝ちね」
メルトは既に勝敗を察していた。
柔良く剛を制す、確かにラニのサーヴァントの攻撃を、凛のサーヴァントは寸でのところで躱している。
「まさかリンがアレを連れているとは思わなかったけど、あのコンビは間違いなく、この聖杯戦争で最強クラスよ」
メルトの言葉はあのサーヴァントも知っている風な言い方だ。
「マスターもサーヴァントも柔軟さで勝っているわ。ラニがどれだけ強力な宝具を持っていても――」
言葉を切るメルトの目はスクリーンを凝視している。
ラニのサーヴァントが宝具を使用したようだ。
セキュリティの一環だろうか、
だが、何が起きたのか分からないが、凛のサーヴァントは何事もなく立っていた。
宝具も防がれた以上、ラニに勝ち目は――
その時だった。
ラニとサーヴァントに、力が収束していく。
戦闘行為ではない。
「メルト、何が起きているんだ!?」
「ラニが自爆でもしようとしてるんじゃないかしら。ラニの心臓はもう爆発寸前の炉そのものね」
「なっ!?」
自爆。
決戦場を吹き飛ばす程度では収まらないほどの。
「あの様子じゃ、令呪の剥奪を待つまでもなく、ラニは消滅するでしょうね」
駄目だ。
仮にも友達を、スクリーン越しとはいえ、見殺しにする事なんて出来ない。
それに、あのままでは凛も無事では済まないだろう。
でも、何も手段がない。
このままでは――
「あるじゃない。方法」
「――え?」
メルトがコートから手を覗かせ、僕の手を取る。
手に刻まれた、三画の紋様。
実質的にはたった二度のみ、サーヴァントに対する如何なる強権も執行させ得る令呪。
「あのスクリーンを通して繋がっている以上、あそこへ移動して助けることは可能よ」
しかし、それをするには、メルトといえど令呪のサポートは必要。
「それに帰りの分も含めて二つ使う事になるかもしれないわ」
切り札たる令呪を、この一度で二画、要するに実質的に全ての強権を使うことになるかもしれない。
普通のマスターからすれば論外だ。
切り札を、あろうことかライバルを助けるために使うなど。
だが、
「……良いの?」
「嫌だけど、ハクが助けたいのなら、私は止めないわ」
メルトは是としてくれている。
そうだ、マスターとしての理屈じゃない。
友達を救うのに、理由なんていらない。
「私の気が変わらないうちに早く命じなさい。令呪の命令は両者合意の上じゃないと効力が落ちるわよ」
メルトは小さく笑みを浮かべている。
手に刻まれた刻印に魔力を通す。
良しとしてくれるなら、メルトの力を借りるしかない。
この礼呪が起こす、奇跡を以て。
「紫藤 白斗が令呪を以て命ずる――」
「……」
「メルト、僕をあの決戦場へ連れて行って!」
瞬間、令呪の一画が霧散していき、辺りの空間が歪んでいく。
浮遊感と共に、視界が切り替わっていき、次に足が付いたとき、そこは凛とラニのいる決戦場だった。
CCC編書くにしても問題はじな子さんについて。
マジで救われない気がしてきた。