Fate/Meltout   作:けっぺん

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EPILOGUE-3

 

 

 ――夢告ではない、何でもない夢。

 

 ――しかしながら、深く刻まれた夢。

 

 ――であれば、記憶には残せどやることは変わらない。

 

 ――また、かの真理を求めて旅をするだけ。

 

 

 夢であるか、事実であったか。

 月の裏側なる異郷での出来事がどちらであるのか、小生には確信がつかなかった。

 その夢の戦い――中心の少年少女はゴリアテを打ち倒すダビデの如く。

 夢というにはその体験はあまりにも深く刻まれていて。

 事実と断じるにはその冒険はあまりにも超常に過ぎていた。

 超常を今まで経験してこなかった訳ではない。

 真理を求めて世界を廻っていれば、常では起こり得ないような出来事の十や二十、この身をもって痛感している。

 そんな愚僧をして驚愕に驚愕を重ねるほどに、月の裏側の一件は新鮮に満ちていた。

 ――正直な話、あの世界で小生は命を終えるつもりだった。

 記憶を取り戻した時点で分かっていたのだ。

 遂に出会った真理。麗しき黄金の女神の傍につかせていただき、その威光を世界に知らしむるために聖杯戦争に赴いた。

 一回戦。戦うこともなく、対戦相手と見えることもなく勝利を掴み。

 二回戦。大いなる強敵、大いなる試練を前に、女神に宝具の開帳を願い奉り。

 三回戦。リップちゃんと契約した少女と激戦を繰り広げ――小生の力は一歩及ばなかった。

 女神に全てをお任せしていれば、何ら問題なく斬り伏せていたかもしれない。

 先の戦いで女神の宝具を垣間見た小生は、どうにかしてお力になろうと奮闘した。

 その結果、余計に足を引っ張ることになったのだ。

 後悔は、どれだけ煩悩を流しても消え去ることはあるまい。

 されど、これで良いともどこかで思っていた。

 女神の力だけで聖杯戦争を戦い抜いて、果たして女神は小生にお声を聴かせてくれただろうか。

 そんなことはない。あれはやるべきことだったのだ。

 それで敗北したのは、小生の未熟ゆえ。そのために女神の威光を陰らせてしまった。

「……しかし、分かる。貴女はまだ、この世界の何処かにいるのでしょう」

 ならばいつかは再会できよう。その時に備え、丹田を鍛え、チャクラを咲かせなければならない。

 もう一度出会ったその時――今度こそ、女神は小生に啓示を与えてくれるだろう。

 人の手が加えられていない、原初の神性。完全なる彼女の光に当てられるには、自身がこのままでは駄目だ。

 女神の前に出るに相応しく。覚者と等しくなるが如く。

 そう成るために、鍛錬を、旅を続けよう。

 原初の神など存在しないと確信しながら、神話を宗教を洗い出して、世界中を踏破して。

 自身の悪性を遂に否定しうる存在に謁見する栄誉を、僅かな間なれど授かった。

 簡単に諦めてなるものか。この臥籐 門司、諦めの悪さと信仰心は世界頂点に近いと自負しているのだ。

 その信仰心が遥か高みに感じぬ程になるまで、精進すればいい。

 さすればいつか、再びの神託が得られよう。

「うむ! そうと決まれば小生今日から修験者よ! 辺りに霊山はござらぬか!」

 そう叫んだところで、手を差し伸べる者はいない。

 まあ、当たり前といえば当たり前か。

 人通りのある大通りといえど、変わり者を相手にする者などよほどの善人か暇人、或いは警官くらいだ。

 とりあえず、近くの山に行くとしよう。

 簡単に情報の入ってくる霊山は大方赴いた。

 ならば、無名の霊山を探してみるのも修行のうちでは必要なことだろう。

 という訳で、あてもなく疎らな人々の間を通り抜けていく。

 その途中、まったく突然に、感じ取った。

「ッ――――!」

 女神の気配。間違いなく、その威光の――

「っ……何か?」

 ――――どうやら、人違いだったらしい。

「む、いやさ失礼。人違いだったようだ」

「はぁ……」

 その者は、女神の面影なんて少しも感じられない、どこにでもいるような眼鏡の少年だった。

 どんな勘違いか。まったく無関係の夢ある少年に麗しき黄金の女神を重ねかけるなど。

 警戒しつつ去っていく少年。まだまだ小生も、悟りには程遠いということらしい。

 そうと分かれば、ますます急がなければ。

 善は急げ、そして修行も急ぐべしだ。

 そうしてこその激動の人生。モンジ奮闘記に記すべき躍動となる。

 落ち着いてなどいられない。己の人生、逆境を幾度も超える我が聖典、完成はまだ見果てぬ先にあるのだ。

 

 

 +

 

 

 ――物語に記される破滅を迎えないように。

 

 ――従ってくれた騎士の忠告を無駄にしないように。

 

 ――それでも、自分自身のやってきたことを否定しないように。

 

 ――幼い自分を奮い立たせて、僕は先へと歩んでいく。

 

 

「つまり、聖杯は――」

「はい。女王陛下にはそう伝えてください」

 ムーンセルから帰還して二日。サー・ダンがイングランド王国女王陛下の命を受けて顔を出しに来るのは早かった。

 偶然というべきか、奇跡というべきか。

 もしくは、彼と兄さんが共にいたからこそ、僕がそちらに引っ張られたのか。

 ともかく、三人が同じ並行世界に帰還したのだ。

 恐らく、ハクトさんが手を加える程余裕はなかっただろう。

 そんな状況でこうした事象が発生するのは、やはり嬉しいものがあった。

「しかし……サー・ダン。貴方が同じ世界に帰還できたのはまったくの僥倖でした」

「確かに、そうですな。儂も単身で帰還していれば、陛下への虚偽の報告に無理があったでしょう」

「お互いに目的の完遂は出来ず、かといって収穫がなかった訳でもない……痛み分けですが、それもあり、ですか」

 聖杯戦争の一件は、国家間で秘密裏に小さくない騒動となっていた。

 各国のトップやレジスタンスの秘密兵器、諸国の有力な魔術師等、大々的に知られていないまでもその結果次第で世界の勢力図が動く政治の面を持った願望器の争奪戦。

 その結果、確認されている魔術師の百名以上が連続した電脳死を遂げた。

 ムーンセル内部で発生した異常により、聖杯戦争どころではない事件が発生。

 各マスターが共闘せざるをえない状況になり、最終的に生存して地上に戻ったのはたった三名。

 聖杯は手を出すことが危険と判断され、政治的権力のために所有権を主張する国や組織もなくなった。

 西欧財閥は聖杯を手にし、権力を何があっても揺るがぬものにすることは出来ず――しかし、他国が手にし、その上に立つことも出来なくなった。

 イングランド王国は聖杯の所有によって、管理社会の主導権を得ることは出来ず――しかし、西欧財閥の最終目標を妨害することに成功した。

 正に痛み分け。聖杯戦争は、西欧財閥とイングランド王国が互いに利益を分かち合うという形で終結した。

 ――――そういう話になっている。

「まあ……敬愛する陛下への虚偽は、心が痛みましたが」

「それでも尚、話を合わせてくれたことには、感謝するほかありません」

 事実は違う。正しい詳細を知っているのは生存した三人だけ。

 その真実が他の誰かに伝わるということはない。

 月の裏側で起こった、人生観を変えてしまうほどの戦い。

 それは僕たちと、並行世界の彼ら、彼女ら。そして月にいる者だけが知る秘密なのだ。

「ともあれ、結果的には西欧財閥側の勝利となりますか。聖杯がなければ、少なくとも諸国の下剋上は果たされますまい」

「それが世界にとって最も良い形になる――僕はそれを、否定はしません」

 いや、寧ろその気概は強くなったと言っても良いだろう。

 人々に宇宙は遠い。月は侵してはならない。

 もしかすると、あの楽園の民たちは人々の開拓、楽園への到達を望んでいるかもしれない。

 しかし確実に言えることがある。あの場所は決して、何も知らぬ者が土足で立ち入って良い場所ではないのだ。

 まあ……僕の勝手な価値観ではあるのだが。

 というよりも、何というべきか。

 ――知られたくない、のだろうか。

 かの聖域は踏み入るべき場所ではない。踏み入ってほしくない。

 私事で動くのはどうかとも思うが……これまでの政策に、裏の心情が生まれたのだ。

「儂は政治に関わらぬ隠居した老人ゆえ、口は挟みません。しかし……」

 サー・ダンは少しの間、考え込むように顎に手を当てる。

「世界が良い方向に動くのであれば、ハクト君や皆との夢にも確かな意味がある。私見ですが……そうなるのは実に幸福に思いますな」

「ええ、僕はあの一夜を忘れません。いえ、思い出さない日はないでしょう。それほどに鮮烈な思い出です。あの戦いで多くを学びました。何があろうとも、決して――無駄にはしませんよ」

「それが分かれば、儂からはもう何も。それでは用も済みました。これにて、失礼いたします」

「はい。ご足労をお掛けしました。またいずれ、お会いしましょう」

 部屋を出ていくサー・ダン。最初に談笑していた時の言葉を、ふと思い出した。

 ――ユリウス殿にもお会いしたかったのですが、今回は王命で来たゆえ、次の機会といたしましょう」

「……次、ですか」

 確かに。それが正しいことだ。

 女王陛下の命に忠実な彼は任だけを成して帰っていった。

 命令ではなく、己の意思で訪れて、思い出話をしようと誘いを受ければ、喜んで応じよう。

 思い出を語れば、それこそ一日では済むまい。

「……」

 続くように、部屋を出る。サー・ダンを送るのではなく、また別の部屋へ。

 その名を聞かなければ、二度は訪れなかったかもしれない部屋へ――

 

 

「……」

 その部屋は、非常に繊細な機械に満ちた部屋だ。

 ただ一つの目的を、多方面から補助するために作られた、何重にも設置された機械。

 それらは、一人の人間の魂を霊子化し月に送るためのもの。

 一人転送するのに、これだけの装置は必要ない。

 その人間に通常ならざる機能を幾つも付加し、聖杯戦争のルールを逸脱した行為を可能にしているのだ。

 数々の違法術式(ルールブレイカー)を手にし、ただ受けた命令を全うし、僕を勝たせるためだけに動いてくれたマスター。

 ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。母の異なる、僕の兄。

 月の裏側でも、全面においてサポートしてくれた人物。

「……兄さん。サー・ダンが来ました。同じ世界に帰還したのは、兄さんのおかげです」

 死の運命は本来、覆らないもの。月の裏側において、それがハクトさんによって打ち砕かれた。

 だからこそ、僕たちは地上に帰還できている。

 それでも――必ずしも全員に未来が約束される訳ではない。

 設定された寿命が元より近く制限されたものであれば、例外は現れる。

「あの戦いを通して、少し、貴方とも通じれた気がします。戻ってきたら、話をしたいと思ったのですが。

 ――その兄は、永眠(ねむ)っていた。

 予想できていなかったものの、仕方のないことだった。

 戻ってきてから聞いたのだ。兄さんの個体寿命は長くて二十五年。正に、今の状態こそが限界だった。

 体自体は死んではいない。ログアウトしても、この機械を外すまでは命は繋がれている。

 しかし意識は戻っていまい。この体に魂が戻った瞬間から、脳死も同然の状態だろう。

 この体を生かしているのは――少しだけ、落ち着く期間が欲しかったから。

 ここに戻ってこずとも、明日には誰かに命じていたに違いない。

 個人としての彼の命に、執着などしないと思っていたのだが――どうやらあの戦いは、こうした側面でも僕を成長させていたらしい。

 脳に直接繋がれたコードを一つでも外せば、停止した永遠はすぐにでも終わる。

 それでも意識はないのだから、兄さんにとっては変わりないのだろうけど。

「……おや」

 その時、ポケットの中身が揺れた。

 財閥内での連絡用の携帯端末。どうやらメールがあったらしい。

 何かあったのだろうか、と内容を確かめる。

「――――」

『先に行く。これからも、良かれと思うことをするように』

 ――それは紛れもなく、兄の言葉だった。

 霊子化した状態で、まだ彼はメールを送ることが出来る余裕があったのか。

 今の彼が自由であるのか、それとも、これを送って満足し、今度こそ本当の死に至ったのか。

 把握する方法などない。どの道これは、兄さんの最後の言葉。

 たった二十五年の、激動の人生。その果ては、初の友人たちと戦った事件の終わり。

 ならば、未練はないだろう。彼にとって、納得し満たされる最期であった筈だ。

「……」

 財閥に仕える者の一人に、連絡をする。

 この部屋での管理を行っていた人物だ。

「……もしもし、レオです。月への転送室の件ですが……はい。兄さんのコードを外してください」

 手早く要件を伝え終える。これ以上は、兄にとっても苦痛になろう。

「……ありがとう、兄さん。最後に、兄でいてくれて」

 月の裏側では、彼は兄として僕を支えてくれていた。

 それを、最後の瞬間まで貫き通してくれたことが、何処か嬉しかった。

 この数分後には、コードが外され真実、この体は死体となるだろう。

 その瞬間を、見届けるために――僕はもう暫く、この部屋に残ることにした。




ガトー、レオ、ダン、ユリウスのその後となります。
恒例的なおまけ出演、眼鏡の少年。並行世界だしだいじょーぶだいじょーぶ。

ユリウスに関しては、生かしたかったんです。ですが、駄目でした。
EXマテの彼の項より
>また余談ではあるが、地上で瞑想しているユリウスの肉体はなかば死体。
>ユリウスの肉体は今後の生活に支障が出るレベルの脳改造を施しており、ハーウェイのスパコンと有機的に繋がっている。
こうあるので、助かっても苦痛にしかなりませんでした。無念。

さて、次回はようやく、最終話となります。
Meltoutの集大成。皆様の納得のいくものとなるかは分かりませんが、全力を尽くさせていただきます。

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