Fate/Meltout   作:けっぺん

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EPILOGUE-2

 

 

 ――あれから、色々なことを経験した。

 

 ――たった一人の世界というのは寂しかったけれど。

 

 ――あの出来事によって、僕は大きく成長できた。

 

 ――そして、今。

 

 

「はぁ……まったく、面倒だな」

 無意識のうちに、そんな言葉が零れた。

 毎日繰り返すルーチンワーク。しかし、楽になるということなどない。

 出来よう筈もあるまい。

 ルーチンワークといっても、まったく同じことをしているという訳ではないのだから。

 霊子ハッカーとしての鍛錬。

 誰に言われたのでもなく、これは習慣となっていた。

 忘れもしない。あの夜が明けた朝から、僕はひたすらそれを続けている。

 その日の目標を達成すれば、また次の日はもう少し先まで。

 それを成し遂げたら、更に一歩先へ。

 毎日、毎日。繰り返して、繰り返して。

 少しずつでも先に進むことをこれまでずっと続けて、僕は今に至っていた。

「しかし、それを毎日続けてるって辺り、やっぱり才能なんだろうけど」

 今日のノルマを達成し、椅子に寄り掛かって一息つく。

 肩を解しつつ、パソコンの画面を眺める。

 いつもと変わりない、退屈なニュース。興味のないスキャンダルやらを読み流す。

 今日も今日とて、目を引くものはない。我ながら、面白みのない人生を歩んでいるものだ。

 いつしか、ゲームに打ち込む時間も少なくなっていた。

 ゲームチャンプの名に恥じない記録を打ち立てようとしていた頃は、到底考えられなかったろう。

 「じな子」に勝たんがために、プレイングテクニックを磨き続けた日々。

 一位を追い続ける二位と、その下で切磋琢磨するプレイヤー。

 そんなゲーム界隈が、あの夜を境に徐々に変化していった。

 まず始まりに、プレイ時間にモノを言わせていた「じな子」が唐突に消えた。

 その後、少しずつ記録を落としていった「シンジ」が消えた。

 そこからはトップが立て続けに入れ替わる時期が続き、新たなゲームが出ても相変わらず白熱した争いが勃発していた。

 どうでもいいと思いつつも、その戦いを眺め続けていたのはやはり未練があったからなのだろう。

 今は再び、一人のプレイヤーが一位に君臨し、新たなゲームチャンプとなっている。

 アジアだけでなく、世界チャンプ。

 名立たるトップ層を蹴散らし、異常な早さで首位に立った――よっぽどの暇人なのだろう。

「まあ、僕も人のことは言えないけどさ」

 あの頃の、ゲームに明け暮れていた僕とは違えども、今もやっていることは大して変わりない。

 将来役に立つかもわからない、霊子ハッカーとしての実力の向上をひたすら続ける生活。

 それがようやく実を結んだものの、結局意味があるかどうか。

 未来なんて見える筈もない。だから今やれることに打ち込めるとも考えられるのだが。

「さて……今日はもう少し――」

 やってみようか、そう思った時。

 

「――失礼。シンジ・マトウの部屋は此処であっているか」

 

「へ――?」

 突然扉が開かれ、部屋の中に誰かが入り込んできた。

「……ノックくらいするのが常識だと思うけど?」

「聞こえなかったか。聴力に衰えはないと聞いていたが……そうなると、集中していたか。それはすまなかった」

 ……どうやら、此方の失態だったらしい。

 考えに頭を巡らせていたため、ノックすらも気付かなかったとは。

「いや……いいよ別に。それで、何か?」

 年上の男だ。

 二十代か、或いは三十代くらい。やたらに背の高い西洋人。

「特に今、何があるという訳ではない。新入りがどんな者か、見に来ただけだ」

 新入り……つまり、この男は「ここ」に以前からいる者なのか。

 そう思えば、確かに風格というか、やたらに威厳がある気もする。

 その厳つい不機嫌さを醸す表情のせいかもしれないが。

「……ふむ。良い才能だ。そしてその才に感けず努力してきたと見える」

「え、は……?」

 組み上げた術式を眺めつつ、男は言ってくる。

 突然の評価に、不信感を隠せない。

 向こうには此方の素性が知れているようだが、僕はこの男について何も知らないのだ。

 ――少なくとも、僕から見れば、この男の容姿から良い第一印象を持つことは出来ない。

「警戒するのも無理はないが、これから自分の世話をすることになる者に対して向ける目ではないな」

「世話……?」

 確かに、ここに来て初日。碌に情報もなく来ただけなので、何も聞かされていない状況が続けば困るところだった。

「組織の再構に君の力は大きい助けとなるだろう。その技術を高めるために、私も尽くさせてもらう」

「尽くさせてもらうって……アンタ、結局なんなのさ?」

「講師だ。とはいっても、実績など褒められたものではないがね」

 講師……そうは見えないが。

 人は見かけによらないとは言うが、到底そうは思えない。

「ともかくだ。月の聖杯戦争、勝てずともそれから生還したイレギュラー――君の存在は非常に貴重だ。そして才と努力、その能力は伸ばせば確実に大成することだろう」

 他者を教え、導くに相応しい彼の言葉は、かつて僕を大きく成長させた戦いを知ってのそれだった。

 別に僕が聖杯戦争に参加したことは、大っぴらにはしていない。

 しかしそれを知っている辺り、それなりの情報源があるのだろう。

 外見から魔術師としての腕前なんて分かりっこないが、もしかすると、只者ではないかもしれない。

「新たな魔術の発展に君が力を貸してくれるのならば、この組織も君を歓迎し――」

「悪いけどさ、僕は魔術の発展なんかに興味はないから」

 しかし、男は何かを勘違いしている。

 今の内に自分の意思だけは、伝えておかなければならない。

「僕はもう一度、確実な手段で月に行きたいだけだ。昔の友達に会うために」

「――――」

 全てはその時のために、やってきた。

 ムーンセルへの接続自体は可能だ。あの時から、ずっと。

 だが、赴くことが出来るのは表層だけ。言わばそこは扉であり、ムーンセルに無限にあろうアクセスの一つでしかない。

 アイツもそれは気にも留めまい。ゆえに、彼に気付いてもらうには、それより先に自分の力でアクセスするべきだ。

「そうか。なるほど――友に会う、それが君の動力源か」

 そんな、訳の分からないだろう心持ちを、しかし男は笑わず、まるで覚えでもあるように頷いた。

「それがこれほどの大きな意思になるならば、実に将来は有望だ」

 何を根拠にしているのかは不明だが、男は確信を持っていた。

「……アンタ、一体」

「ああ、名前を伝え忘れていたか」

 的外れな答えに至ったらしい。

 しかし、確かに聞いていない。あまり興味はないが、今後も関わっていくなら名前を聞いておいても良いだろう。

「私は、ロード・エルメロイ二世。よろしく頼む」

 初めて聞く名でなければおかしい筈なのに、その名には覚えがあった。

 そして奇跡ともいえる偶然に、吹き出しそうになる。

 まさか、こんなところで出会うことになろうとは。

 僕とジナコが引退してからの後釜としてゲームチャンプに君臨した、「エルメロイ二世」たる存在に。

 

 ――これが、新世代の魔術を探求する組織との出会い。

 あの時の事件以上の出来事なんて今後起こらないだろうと思っていた僕の先入観を覆すことになる、新たな戦いの始まり。

 月へ行くことはまだまだ先。

 しかし、アイツとの再会はそう遠くはなく。

 数ある並行世界の等しい危機。人類史の救済に関わることになるのは二年後。

 間桐 慎二、十八歳の時である。

 

 

 +

 

 

 ――友と出会って、友を失って。

 

 ――大事な家族を失って、大切な思い出を得て。

 

 ――結局全ては手に残らなくて。

 

 ――それでもまだ、心の奥底に確かにあって。

 

 

 フライパンの上で油を跳ねさせる小さな肉を、じっと見つめる。

 普通の人であれば、毎日のように見る光景だろう。

 だけど、私は違う。

 一体何年、この光景を見ていなかったか。

 そもそも、いつからだろう。私がこの肉に愛というものを感じられなくなったのは。

「ふん……ふん、ふん……」

 ラジオから流れてくる、好きな曲を口ずさみながら、その様子を見届ける。

 真っ赤な色が暗くなってきて、人が食べるのに相応しくなっていく。

 塩と胡椒で味付けした肉は良い匂いを漂わせている。

 自然と顔が綻んだ。

「……ふん……ふん……」

 曲が終わった頃、程よい焼き加減になった肉を皿に移す。

 色とりどりの野菜を添えて、料理として完成した皿をテーブルに持っていく。

「……」

 たった一人が座るには、大きすぎるテーブル。

 椅子は四つ。大きいのが三つに、小さいのが一つ。

 そのうち、使うのは一つだけ。いつも座っていた椅子について、周りを眺めた。

 誰もいない。ペットがいた筈の鳥籠も、空っぽになっていた。

 悲しい。悲しいけど、もう涙は流し尽くしてしまった。

 私はこの先ずっと、悲しまなければならない。後悔しなければならない。

 そのためにも、右手にナイフ、左手にフォークを持つ。

「――いただきます」

 あまり力の籠らない手でどうにか切り分けて、小さな小さな一切れを、口元に持っていく。

 拒もうとする手、口。半ば押し込むように、肉を口に入れた。

「…………おい、しい」

 ひどく懐かしい、肉の味が口いっぱいに広がった。

 味覚が刺激されること。そして、美味という感覚そのものに久しい幸福を覚える。

 そして、驚愕した。

 まだ私は――私は、物を食べることが出来るのだと。

「おいしい、おいしい、ね」

 もう一口、二口と食べて、付け合わせを放り込む。

 それだけで、満腹だった。ずっと空っぽだったおなかは、たったこれだけでいっぱいだった。

 まあ、当然といえば当然だ。最初からそんなに食べることなんて出来ない。

 だけど、これは大きな一歩。やっと私は、元に戻れたような気がして。

「……ランサー」

 自分をここにまで引き戻してくれた、最愛のサーヴァントの名が口から零れる。

 どんな時でも私を思って、私のために動いてくれたサーヴァント。

 彼がいてくれたからこそ、私は続けて生きることが出来るのだ。

「私、まだ、生きられるよ。愛を選んで、食べられるよ……」

 枯れた筈の涙が、気付けば滂沱のように流れ落ちていた。

 その命を擲って、何もかもの全てを尽くして、彼は教えてくれた。

 今までやってきたことは決して覆せない。それはランサーも言っていた。

 だけどもう、私は隠さない。仮面なんて着けないし、鏡に映った自分自身としっかり向き合おう。

 そして、ランサーだけではない。

 道を示してくれたのはランサーだけど、その道を作ってくれた人。そして、その道を飾ってくれた人がいる。

 月で出会った、たくさんの友達がいる。

 シンジ君、ありすちゃん、ジナコちゃん。そしてハクト君と、生徒会の皆。

 ほんの少しの間だったけれど、それはとても楽しい思い出だった。

 これから先、いつになろうとも消えることはない。大切な、大切な宝物。

「あり、がとう……ありがとうね……」

 誰に聞こえている訳でもないけれど、言わずにはいられなかった。

 私は生きていける。確信があった。

 いつまで続くか分からない。すぐに終わっても仕方ない。

 それでも出来る限り、足掻いてみよう。彼らがあそこまでやってくれたのだから、私は頑なに生きていなければならないのだ。

 それまで自分でも機械のようだと自覚できる笑顔は、今一度自然に浮かべてみて。

「――――あはは」

 すごく、すごく、清々しいものだと実感できた。




シンジ、ランルー君のその後となります。
やっぱりおまけの出演なエルメロイ二世。一度書いてみたかったんです。
シンジが何やら、GOに繋がるっぽいこと言ってますが、本作はCCC編で終わります。
あくまでも、彼の旅路はまだ続いていくことの示唆程度に思っていただければ。
とはいっても、本編完結後の最後の短編の一つとして、GO編の嘘予告みたいなものを用意してあります。
そこで少しだけ……彼のその後が語られるでしょう。

本作は残り二話を予定しています。
宣言通り十一月中に終わることは叶わないでしょうが、もう完結まで秒読みです。
後ほんの少しだけ、どうかお付き合いください。

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