Fate/Meltout   作:けっぺん

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EPILOGUE-1

 

 ――何か大きな、夢を見ていた。

 

 ――たった一夜に過ぎない。生活の一端にある取るに足らない筈の泡沫。

 

 ――しかし、何故だろう。

 

 ――ひどく記憶に、残っていた。

 

 

 いつか体験したようなそれは、果たしていつのことだっただろう。

 決して、最近ではない。記憶野にしっかりと刻み込まれた情報は、今の私の在り方にあまりにも影響を与えすぎている。

 そもそもの私の行動理由。何故私が今こうしているかといえば、その記憶こそが他でもない原因だ。

 しかしその夢は、私が知っている事象と少し違う。

 新たなる戦場に溺れ、始まりはあの人と敵対し、表の戦い以上の戦火を潜り抜けた。

 彼らにとっては好ましくない、災いともいえる戦争。

 その中で、私は愛する子供と出会った。

 たった一夜。あくまでも夢に過ぎない。

 それでも私は、あの子と共にいることを幸せに感じていた。

 たとえ彼との邂逅が夢であっても、あの子との出会いは現実であってほしい。

 もっとあの子の親として、接してあげたかった。

 そうした思いが交錯し、脳の機能を活性化させ、意識を急速に覚醒に向かわせていく。

 あくまでも、それまであったことは夢なのだと脳に訴えかけ、現実へと引き戻す。

 夢が終わってしまった以上、眠りを覚ますことに否やはない。

 ――休眠状態から覚醒状態に移行。

 無理なく移行作業を完了させ、思考をクリーンにする。

「――――っ」

 目を開く。真っ白な天井が視界に飛び込んできた。

 状況整理――完了。やはり夢は夢。一夜の幻に過ぎなかったらしい。

 何故ならば、それが実際にあったと証明できるものが何もないのだから。

 ホムンクルスが夢を見るということ自体異常なのだろうが、それは問題ではない。

 強いて言えば、私が目指すその先で、もしかすると証明できるかもしれない。

 私はただ真っ直ぐに、月を目指しているのだから。

 冗談話としても荒唐無稽に過ぎる。月の裏側で戦いを繰り広げたなどと。

 それでも、これはきっと“在った”ことだ。彼に会えば、それも明らかになる。

 また一つ、先に歩む要因が増えたのだ。

「……きっと、後少しです。待っていてくださいね」

 聖杯戦争が終わり、地上に帰ってきて二年あまり。

 宇宙開拓という目標はようやく世界に浸透しはじめ、徐々に協力者も増えてきた。

 最後に至るまでの過程を考えれば、まだ序盤も序盤。しかし、それでもここまでで大きな一歩を幾度も進めてきた。

 まだ壁は多くとも、きっと乗り越えられる。あの人の意思を、私は継いでいるのだから。

「さあ……時間を無駄にはできません」

 体を起こす。昨日を、一昨日を、これまでを顧みれば普段通り。あまりにも当たり前である筈なのに――隣に誰もいないことに、小さくない違和感を感じた。

 それほどまでに、あの夢もまた、大きな影響を与えていたらしい。

 やはり、未練か。これを晴らすために、後一体何年をかけるだろう。

 此度の夢で知り合った者も少なからず存在する。彼女たちとの邂逅も、実に楽しみだ。

 衣服を着替え、部屋の外に出る。

 つい先日訪れた新たな拠点。まだ慣れない部屋を出る。

「――おっと。おはよう、ラニ」

「ええ。おはようございます」

 廊下に出てすぐに出会ったのは、私のパートナーとも言うべき人だった。

 出会って一年。あの人と似通っていながら、紛れもない別人。

「まだ朝礼には早いけど、朝食にする?」

「そうですね。そうした方が、時間的余裕も生まれます。しかし、かえって遅刻などはないようにしませんと」

「確かに。オルガマリー所長に大目玉を喰らうからね」

 ――人理継続保障機関・カルデア。

 一ヶ月程前に結成された、ムーンセルへの接続を通して人類の存続の是非と対応を目的とする機関だ。

 当然、公的に知られていないムーンセルの存在を表沙汰に出来ない以上、この機関は裏方。暗がりの組織である。

 聖杯戦争に参加しなかった魔術師たちが力を合わせるこの機関の在り方は新興宗教にも近く、世間からの批判は大きい。

 しかし、機関の所長であるオルガマリー・アニムスフィアが年若いながらも先頭に立ち、守り切っている。

 この機関は現状、最も月に近い。私たちにとっては、とても心強い味方なのだ。

「……ハクトさん」

「ん? 何?」

 前を歩く、“彼”と同じ名を持ったパートナーに問う。

「この機関は、いずれ月に届きます。一体、後どれほどでしょう?」

「……分からない。だけど、必ず届くと確約がある。僕ならぬ僕が、君を導いたのだろう?」

「……はい」

「なら、間違いない。いつかと断言は出来なくても、確たる未来があるなら良いじゃないか。ラニは、そこに向かって迷わず歩いて行ける」

 この人は知っている。自分と限りなく近い存在が月にいることを。

 知った上で、私に力を貸してくれているのだ。

 自身を目覚めさせてくれたことに恩義を感じ、その礼を伝えるためだけに。

 たったそのためだけに、真っ直ぐ前に。

 これまであった障害に尻込みせず、乗り越えて進み続けるその姿は、確かに根源が同じであると思えるものだった。

「そう、ですね。ふふ」

「ど、どうしたんだ……?」

「やはり貴方は、あの人と近しい存在です」

 きっとこの人とならば、月に辿り着くことが出来る。

 私の心の在り処を教えてくれたあの人。

 礼を言わなければならないのは私も同じ。一回だけでは足りない。何度でも、伝えたい。

 それに、あそこに辿り着けば、異なる世界で目覚めたマスターたちとも再会できるかもしれない。

 ゆえに、私は歩む。

 ――いつしか(そら)に手が届く、その時まで。

 

 

 +

 

 

 ――この選択に至るまで、そう時間は掛からなかった。

 

 ――仕方あるまい。こういう世界にやってきてしまったのならば。

 

 

 缶コーヒーのプルタブを引き、一口飲むと深い苦さとほのかな甘さの混ざった絶妙な味が広がる。

 ホッと息をつくと疲れは何処かへ飛んでいく。

 仕事終わりのコーヒーは格別だ。紅茶なども悪くないが、こうした場においてコーヒーに勝る飲み物などあるまい。

「――ふう。これも最後と思うと、色々感慨深いものね」

「そうか。俺からしてみればいつもの一杯に過ぎないが」

「だったら、さっさと足を洗いなさい――なんて言っても聞かないんでしょうけど」

「さも俺が異常のような物言いをするのはやめてくれ」

 苦い顔をする彼の言葉はごもっともだけど、彼が異常であることは否定しない。

 ハクト君に匹敵、ないし超えるくらいに頑なで、意地っ張りで、しようのない夢追い人。

 目的は違えど、レジスタンスという同じ道筋を選んだ彼とはそれなりに親交があった。

 最近は会っていなかったが、どうやら中東で活動していたらしい。

 月へと潜入するために調整を続けていた私とは違い、アウトドアでの活動を続けていた彼の肌は、色の抜けた髪を強調させるのに適した褐色に染まっていた。

「まったく。突然レジスタンスを下りると聞いた時は驚いたぞ。一体どういう心境の変化かね?」

「別に。西欧財閥も傾いた今、その先の結果が見えたってだけよ」

「その理由が真実だったとして、君は率先して動くと思うが」

「良いの。そういうことにしておいて」

 追及を封じる。どうせ理由を話したところで信じられまい。

「まあ、理由はともかく、私はこれでオサラバ。後始末やらの手伝いには感謝するわ」

「その件は構わないが……何故わざわざ日本に戻るのだね? あの国も暫く安定はないぞ?」

「分かってる。でも、用事があるのよ。暫くは滞在するつもりだから」

 缶の中身を一気に飲み干して、ゴミ箱に投げ入れる。

 不要になったものを同業者に売り払って、随分と軽くなった荷物を肩に下げる。

「それじゃあ」

 たったそれだけが、別れの言葉。

「ああ――」

 彼にはまだ何か、言いたいことがあったのだろう。

 しかし、それを聞くつもりはない。

 この先起こり得ること何もかもに耳を閉じて目を閉じて、無視をすることは出来ないだろう。

 私自身の性格は熟知している。西欧財閥の傾きによる問題の規模によっては、居ても立ってもいられなくなるかもしれない。

 ゆえに、暫く、と言った。

 レジスタンスを下りるのは、あくまでも暫定の話であり、確定事項ではないのだから。

 

 

 ――私、遠坂 凛は、月へのダイブという任務を終え、再び地上で目を覚ました。

 そこから状況整理、把握に二日、費やした。

 西欧財閥の次期当主、レオナルド・B・ハーウェイは私と同じく月へと潜入し、霊子世界の内部で戦死。

 早くも崩れ始めた西欧財閥の管理体制。脱退、独立をこの数日で宣言した国も少なからず存在する。

 今が好機とみたレジスタンスは抵抗運動をより強めている。

 それが、現在の地上の状況。

 そんな中で私は、レジスタンスから身を引いた。

 私はフリーであったし、主導者さえいれば活動には支障がない。

 いずれ帰ってくるにしても、暫くの間は――休むのも、悪くないと思った。

 

 

 レオナルド・B・ハーウェイは死亡した。それは紛れもない事実であり、否定できる要素はどこにも存在しない。

 だからこそ西欧財閥は揺らいでいる。次期当主の急死とは、それほどの大事なのだ。

 しかし私は、「生きたレオ」を知っている。

 最初は敵として対立し、戦いへと戻るために共闘し、最終的には、まあ、それなりの友人にはなれただろう。

 そんな彼はこの世界にはいない。どころか、共に戦った生徒会の面々の全ては、この世界では死者である。

 それでも、友である彼ら、彼女らは生きている。

 こことは別の、決して赴くことの出来ない並行世界で、それぞれの道を歩んでいる。

 そんな確信がある以上、私はこの世界で生きることに迷いはなかった。

 私がこうして確信を持ち、また他の世界で誰かが私の生を信じているかもしれない。

 その世界の私は、『正しい歴史』として死んでしまっているのだろうけど、それはさしたる問題ではないのだ。

 また月にダイブして、彼らと再会するのも良いかもしれない。

 少なくとも現状は、あの事件に関わった人々しか分からない月の秘密がある。

 それらを共有する者たちが集まる場とするならば、彼らも喜んで扉を開けてくれる筈だ。

「それも、暫くはお預けね」

 まだこの世界でやりたい事は山ほどある。

 レジスタンスから離れた以上、これまでやりたくとも出来なかったことをするのも悪くはない。

 だが、まず最初は――

「この辺の筈だけど……」

 受け取った情報を頼りに訪れた日本の街。

 懐かしさなんて感じない街並みを歩く。

 日本の記憶はもう殆どないため、異郷も良いところだ。

 だが、ここに住むとなれば、慣れるほかない。

「あ……」

 見つけた。意外と良い家に住んでいることに、失礼だが驚いた。

 彼女と会うことは最初から決めていた。

 元気にしているだろうか。

 とはいっても、最後に会ったのは数日前。まさか死んでなんていないだろうけど。

 インターホンを鳴らす。家の奥で、ガタガタと音がする。

「はいはい、なんスか――」

「――久しぶりね、ジナコ」

 月の裏側で出会った友に微笑む。

 これから私は、彼女をあちこちに連れまわすことになるだろう。

 遠慮はしない。そんな、遠くない無茶振りの未来を思えば――なんとも心が躍った。




ラニ、凛、ジナコのその後となります。
カルデアと所長、それから白髪の男はちょっとしたおまけの出演。
特に意味があるかといえば、別にありません。

さて、残るエピローグですが、申し訳ありません。二日更新は無理です。
それぞれの最後の出番ゆえしっかりと書きたいので、ある程度時間を掛けさせていただきます。

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