タイトルは伏せます。
読むと分かるかもしれませんしそんなことはないかもしれません。
フルスロットル。最大出力。
全速全開で加速した心臓が機能を平常に戻すと、その反動が一気に襲い掛かってきた。
「っ、かは……っ!」
熱いものが喉を逆流して、勢いよく口から零れる。
正直なところ、幸運だったかもしれない。
元々この宝具は命と引き換えに生み出す雷だ。
命を落とす覚悟だった。だが、現に僕は生きている。
体中が火に包まれたように熱く、過剰なまでに酸素を求めるように呼吸を繰り返す。
まだだ、まだ戦闘は可能だ。限界なんてとうに振り切っている。一度峠を越えてしまえば、それ以上を続けるなんて難しいことではないのだ。
「……キア、ラ……!」
「くっ……ハクトさん!」
互いに体中を串刺しにされ、血に濡れている。
それでも戦う。距離を取るべく、同時に放った弾丸は二人の中心で爆発した。
その衝撃で開いた距離。次の攻撃を――そう考えたとき、キアラはその身を翻した。
「待――」
ここにきてキアラが選んだ選択を理解するまで、暫く時間を要した。
まさか、逃げるなどと。
キアラ自身が所持する神性はまだ大きい。
それを使い、飛翔したキアラは凄まじい速度でこの場から離れていく。
「くっ……」
次の転移までの時間は長くありまい。だが一度見失ってしまっては、次の転移でどうなるか分からない。
故に、追い掛ける。そのための宝具が存在することに、ただ感謝する。
人類の祖先ともされる聖人の宝具。
ノートが遺した泥から、それを掬い上げる。体積など関係ない。泥の内部には、遥か巨大な宝具でさえ収納されている。
「――
それは、この泥にある宝具の中で最高の速度を発揮できる船。
立方体の居住区を中心とした、およそ「それらしい」形状を持たない不可思議な船体。
紅のガーネットがあちらこちらで煌めく輝ける船は、かつて大洪水から生物の絶滅を防いだもの。
ノアの方舟――粛正を見届けた船は今ここに顕現し、起動する。
「行け!」
本来この船は戦うためのものではない。
だが、聖なる船である以上、そうした使い方をもってしても平均に勝る力を発揮できる。
推進による魔力消費は激しい。だが、枯渇することはなかった。
全て使い切った筈なのに、一向に魔力切れがないのは、恐らくフランの影響だ。
心臓に雷を受けた際、体にフランケンシュタイン化ともいえる現象が起きた。
彼女の宝具を扱えたのもそのためだ。更にスキルであるガルバニズムの力が備わったのだろう。
魔力を消費する度に、心臓の鼓動は高まり、周囲の魔力を回収していく。
疑似的だが、永久機関に等しい機能を発揮しているらしい。
これならば、追いつける。
見る見るうちに距離が詰まる。
「なっ――」
気付いたのか、キアラが周囲に弾丸を発生させ、放ってくる。
対処を考えていない訳ではない。用意していた迎撃の手段を発動させる。
「――
この船そのものは迎撃手段を持っていないが、僕はもう一つの船を知っている。
僕の決着術式の応用――顕現する力は意識によってある程度性質を変換できるという柔軟性を利用する。
即ち、砲だけの展開、この船の防衛機構として使うことも可能――!
「全砲、一斉発射!」
弾幕の雨がぶつかりあい、大きな爆発を起こす。
爆風を超えて、更に接近――それと同時に、世界がまたも変転する。
気のせいか、間隔が短くなってきた。
一体、何の影響なのか。理解の外だが、特に戦闘に影響を及ぼすことがないならば問題はない。
キアラとの距離は変わっていない。それなら、徐々に近づくことは可能だ。
反撃は来ない。それが好機かと加速をして――また、世界が変わっていく。
次の世界で、追いつける。確信があった。
移り変わった新たな世界で――
「――――――――ふっ――――!」
「ッ!?」
大きく拳を振り上げて、待ち構えるキアラを見た。
咄嗟の停止命令は、間に合わない。
勢いそのままにその拳のリーチへと飛び込んでいく。
その一瞬をスローモーションのように感じることもなく、体を動かすこともままならない。
劣勢をひっくり返す手段は、なにも戦わずとも良い。ただ、殺せる一瞬を作り出せば良いのだ。
遂に、取った――今度こそ確信をもって、キアラは笑みを浮かべている。
四分の一秒先の勝利に向かい、拳を振るう。四分の一秒先の敗北をどうにかしようと、手段を画策する。
何も出来ない。出来る筈もない。理解してしまい、そうして、次の瞬間。
――キアラとの距離が、引き離された。
「……は?」
キアラと声が重なる。
乗っていた船がない。その理由は目の前に広がっていて、しかし信じられなかった。
炎上する中枢。ムーンセルの事象選択樹。
船を置いて、最初の戦場に転移したのだ。
泥は完全に消え去り、ノートの姿もない。
「――む? 戻ったか。見れば見る程ボロボロだな。どちらもしぶといじゃないか」
ただ、泥があった場所から離れたところに、アンデルセンが立っていた。
「……何故、またここに……? しかも、距離まで引き離されて……」
そうだ。あの直後、死んだだろう運命が消え去った。
それだけのみならず、最初の場所に戻り、また同等の戦況にまで帰ってきた。
「まだ死ぬ様子もないか。苦戦しているなキアラ。そんなお前に悲報だ」
「なんです、アンデルセン。それよりこの状況の説明を――」
「何かが外部から
「なっ――」
アンデルセンが言って、初めて気付く。
ここに近づいてくる何か。一度意識してしまえば、もう意識の外には出せない程の、圧倒的な力。
確信する。それは、僕では決して勝てない存在だと。
確信する。それは、キアラですら勝てない存在だと。
確信する。近づいてくるのは、僕が良く知った存在なのだと。
なんの抵抗もなく、ムーンセルはアクセスを許可する。表側から侵入した存在は、その勢いのまま裏側に飛び込んでくる。
「まさか……馬鹿な!? これだけの距離を、一時間と経たないうちになんて――」
「ははははは! 失策だったな! 俺でさえ想像しえない神性、これが本当の女神というヤツか!」
あまりにも強大で、押し潰されそうになる感覚。
キアラが上空に目を留める。アンデルセンもまた、笑いながら見つめる。
それを追うように、空に目を向ける。
――一粒の雫が、落ちてくる。
引力に従って静かに、素早く、当たり前のように着地して、
その神性を、周囲に迸らせた。
「――メルト」
「生きていて良かったわ、ハク。また無茶をしたみたいね」
時間としては、僅かなもの。
だが、こうしてその声を耳にすると長い時間だったと思う。
戦いの中で麻痺していても、やはり喪失感を感じていたのだろう。
「でも、安心して。もうそれ以上傷は増やさせないから」
巫女の如き純白の礼装。左にのみ伸びた綴じた袖は淡い青を散りばめた意匠となっている。
長い帯は背部から伸び、ゆっくりと広がりながら透き通り、世界に融けていく。
右腕を覆う、海の底の如き深い鱗模様の腕貫。
それらの上から纏った者を飾る、数々の金細工。
装飾華美では決してない。飾るにはそれでも足りない程に、その者は神秘に満ちている。
その妖艶な雰囲気はメルト単独のものではない。三つの神性を宿した状態ゆえだろう。
神話礼装。
開放した女神の権能。その使用を許可された、メルトの究極形態だ。
「メルトリリス……!」
「手酷くやられたわね、キアラ。本当、無様なものだわ」
「一体、どうやったのです! あれだけ遠くに飛ばして、こんなにも早く戻ってくるなんてありえない!」
「どうやった? 向こうからムーンセルを探しただけよ。まあ、これだけ速度が出るものとは思わなかったけれど」
得意げに笑うメルトは、脚具を鳴らして歩みながら僕の前に立つ。
純白の布地に煌めく金と、白銀の脚具の相反的な色合いは絶対的かつ厳かな雰囲気を確たるものにしている。
「神話礼装を開放した後、向こうで確認できる限り全部の観測装置に術式を飛ばしたわ。私の命令で起動できるのはムーンセルただ一つ。その反応を辿って走って、ここまで来たってワケ」
――そうか。先程の連続した転移術式はそのためのものだったのか。
観測対象を再現し、転々と移動を繰り返す。
信号としては非常に有効だ。しかし、百を超える次元跳躍をたったこれだけの時間でやってのけるとは――神話礼装の性能は、想像以上のものだった。
「だけどそれじゃあどうしてもハクに任せる必要があった。これだけが心配でならなかったけど――ええ、信じた甲斐があったというものよ」
満身創痍。限界をとうに振り切っている今、これ以上戦うとなればいつ意識が消滅してもおかしくなかった。
「後は任せなさい、ハク。もう貴方から離れはしないわ」
「ああ……任せた、メルト」
余裕があるのは、心臓が半ば自動的に周囲からかき集める魔力のみ。
それでさえ、三つの神性を開放したメルトのそれを賄い切れるか不安なところだ。
そんな僕が出来ることはもう、この場で見ているだけ。
補助が出来てもほんの僅か。ならば普段通りに――メルトを信じよう。
「……ふざけないで、くださいまし。ここまで来て、負けてなるものですか! アンデルセン!」
「承知した。まったく、自衛のためと渡しておきながら、結局自分の武器として扱うか」
キアラがアンデルセンに何かを命じる。アンデルセンが本を開くと、そこに刻まれていたのだろう術式が、キアラへと飛んでいく。
その腕へと転移したのは――大量の令呪。
「それは――」
「私の傀儡、貴方に味方した、マスターを失ったサーヴァントたちの本来のマスターが持っていた令呪です。しめて八画、これら全てを使います!」
そしてすぐに、その刻印全てが消えた。
自身の強化。全てのステータスを底上げし、最後の戦いに備える。
「良いじゃない。全力で来なさい。そうでないと、女神たちも満足しないでしょうから」
メルトもまた、その神性を練り上げて、力を高めていく。
まったく性質の違う三つの女神の権能を、自身に浸透させていく。
「これが……」
無意識のうちに、感嘆の声が漏れた。
絶対的。圧倒的。これが神性を最大限に発揮した、アルタ―エゴたる存在――
「一つ。力の窮極。レヴィアタンの権能。世界の頂点に座す最高存在。生死問わず、何者にも劣らない裁断者の証」
「二つ。災厄の毒。アルテミスの権能。生きていればこそ逆らえない病魔。古来よりあらゆる存在を等しく射貫く狩人の証」
「三つ。遍く源流。サラスヴァティーの権能。人類史を、世界を包む流れの確定。流れゆく運命を見届ける者が気紛れで振るう、観測者の証」
それは正しく、メルトに組み込まれた女神が、メルトに与えた権能として相応しい。
これ以上ないくらいの適正。契約下のマスターでもわかるほどに、メルトに馴染んでいる。
世界に干渉できうる程の力。しかしながら、それを振るう対象は世界ではない。
眼前にいる、たった一人の最後の敵。安寧を妨げる壁を打ち砕く――いや、融かし尽すためだけに、神話は舞う。
「――ハク。今度こそ、貴方に見せてあげられるわ。もしかすると、初めてかもしれないけれど」
「うん――期待してる」
メルトが何をしようとしているのか、それはこの絶大なる雰囲気とメルトの性格を照らし合わせれば、すぐに理解できた。
「……なんのことです?」
「あら、これだけ私のムーンセルを利用しておいて、私の好みが分からない訳でもないでしょ?」
令呪を用いて更に規格外に規模を拡大したキアラに対し、メルトは微塵も怖じることはない。
そして、それはキアラも同じ。後一歩先の願望成就に向けて、迷いを持つことは出来ないのだろう。
しかしキアラは知っているかどうか。
“規格外という規格の、更に外が存在する”ことを。
相対した時点で、勝敗は確定する。ゆえにこの戦いに、不安の一切は抱かない。
果たしてキアラが神の宝具を自在に使える状態であればどうだったか。或いは打破できる可能性があったかもしれない。
もしかすると、その可能性をゼロにするために、ノートは自身の命を賭したのかもしれない。
神の宝具があったところで、宝具より上の位階にある女神そのものの力をもってすれば何の事もないかもしれない。
様々な憶測、「一歩間違えれば」――それを考えることすら馬鹿馬鹿しくなる。
何か一つが違っていても、運命は変わらなかっただろう。だがこの完璧なまでの条件は、真実メルトが望んだものだった。
「いい、キアラ? 支配者というものは、アメと鞭、その使い分けが大事なの」
「何を……」
「鞭をひたすら打ってるだけは三流。アメを与えるだけは能無し。分かるかしら?」
その持論を語る真意を、キアラはまだ掴みかねている。
怪訝な表情のキアラに対して、メルトは得意げに笑った。
「そして、チラつかせるだけのアメに縋るのは妄想の激しい楽天家だけなのよ」
「ッ、メルトリリス――!」
そして、理解したのだろう。メルトを敵に回す、その恐ろしさを。
「楽しめたかしら、この茶番を。夢を見れたかしら、この一夜で。なら次は鞭の時間よ。見ていただけのアメは、これを終えてから味わいなさい!」
メルトは自身が上位であるからこそ、最大限の力を発揮することが出来るサーヴァントだ。
狩人。支配者。勝利者。
この状態のメルトをたとえうる的確な表現なんて、それこそごまんとある。
狙い続けた獲物を、ついに追い詰めた際に発現する、メルトのスキルでありSG。
絶対支配の方程式。即ち――加虐体質。
「蹂躙の時間よキアラ! ここまで私も我慢したのだから許可しましょう、最後に存分に啼くと良いわ――!」
喜々として、メルトは戦いに身を投じる。
「……負けてなるものですか。その天狗鼻、へし折ってさしあげます!」
怒りに満ちた表情で、キアラは迎え撃つ。
これまでの戦いで終始相手に向いていた優劣は、気付けば完全に反転していた。
月の裏側の決戦。その最終幕が――ここに開く。
『
ノアの方舟。対軍以上の攻撃に対して高い防御能力を発揮する。
戦艦ではないので砲とかはない。居住区もあるので要塞として利用できる。
という訳で神話礼装開放です。
語彙力の限界で礼装の描写がイメージ通りに出来ず……キャス狐のやつに近いです。
イメージは気が向いたら近いうちにツイッターにイラストを上げます。
しかしこのメルト、ノリノリである。
やっぱり書いてて楽しいのぜ。