→執行者、黒アイリ(その他礼装ブラザーズの皆さん+ブーディカさん)
「……少し、驚きましたが」
恐らくそれは、神が鍛えた盾。
聖剣であろうとも破るのは難しいのだろう。
縁に至るまで細微な装飾を施された大盾は傷一つついていない。
星の聖剣をもってしても無傷――
「やはり、これを砕くには至りませんか。それよりも、見なさいなハクトさん。今度は、下界ですわ」
キアラの言葉に、周囲を見渡す。
超高層ビルが連なる摩天楼。その一角の屋上に、僕たちは立っているらしい。
人などいない。ただ『世界』を再現しただけの戦場なのだから。
「こうした都市に住まう、何十万、何百万という人々。全ての欲を受けるという私の勝利――ああ、もうすぐそこにまで――」
「――
手に大剣を取り出し、一気に振り抜く。
神の手によって打たれようと、それが守るための盾であるのならば、
「おっ、と……」
それを過たず打ち壊すのがこの剣の力だ。
剣のリーチから離れたキアラは両断を免れたものの、盾は砕け散る。
しかし、果たしてあといくつあるのだろうか。
一つにつき一つをぶつけていれば、先に限界が来るのは当然、こちらであろう。
ともかく、大剣を収納する。巨大すぎて小回りが利かない武器では咄嗟のことに対応できない。
「……」
キアラは、目に見えて疲弊している。
対して、僕は先の致命傷を失くし、全快に近くなっている。
ただし、だからといって油断は出来ない。
神の宝具の数々を相手にする以上、これでもまだ有利はキアラにある。
「まったく、言葉を交わすも営みの一興だというのに。貴方が私を嫌う理由もわかりますが、だからといって会話をしないという訳でもないでしょう?」
「……貴方にとっては、時間がないというのに?」
「ええ。それとこれとは話が別です。私の前に立ちはだかる最後の障害と、無骨な戦いをするだけではあまりに詰まりません」
そう言いつつも、キアラは右手に一振りの剣を取り出す。
赤熱した刀身はゆらゆらと陽炎のように揺れ動き、その形は判然としない。
この距離で、見るだけで伝わってくる。今まで使ってきた神々の宝具の中でもそれは、最大級の力を持つと。
「正直なところ、私はこれを振るうだけで良かったのですが。やはり私、その場の欲に身を傾けたくなりますの」
それほどまでに、強力な宝具なのか。
恐らくそれは、神々の宝具の中でもキアラが切り札と選んだものの一つだろう。
その一刀で勝利を確信できるほどの――それを使わなかったのは、神ゆえの戯れか。
メルトはまだ、戻ってこない。ならば場合によっては、アレを一人でどうにかしなければならない。
「……怖い目。そんな眼差しを向けられては私、この剣の銘を読みたくなってしまいます。これでも、ハクトさんとは仲良くしたいのですよ?」
「貴方がその願望を持つ限り、僕は貴方と敵対する。
そんな、ある種慈悲とも呼べるものを、真っ向から否定する。
その欲に溺れることは出来ない。
故にこれは、打ち勝たなければならない試練なのだ。
「そう。なら、私は観測者を滅ぼしましょう。地上に憧れを持ちながら
地上への憧れ――当然、それは持っている。
だが地上に赴くなんてことが出来ないのは百も承知だし、それを誰かに指摘されても、在り方は微塵も揺らがない。
持っている、自分だけの力なんて、そんな底意地だけ。だからこの体はきっと、そういうもので出来ていた。
「――行きますよ、ハクトさん」
「――行くぞ、キアラ」
互いに宣言し、互いに武器を用意する。
それと同時に世界が再び変転したのを、視界の端で確認する。
どうやら、夜らしい。それ以外は分からない。
そもそもこの連続転移は何の意図があって、誰が仕組んだものなのか。
今は思考の外に追いやる。恐らくこれで――決着がつく。
キアラの持つ剣、その炎の刀身が円盤のような波紋と共に広がり、周囲に灼熱を発生させる。
同じくして僕が選んだのは、神殺しの槍。
相手が発動に時間を費やすのであれば、此方も発動のデメリットを度外視して最強の武器を選ぶ。
顕現した槍は、やはり重い。
だがそれが背負ったものの重さだと思えば、振るえる気がした。
紫電の槍が持つ力も、また炎。互いの炎熱、どちらが勝るかの勝負。
ありったけの魔力を込める。出し惜しんで次の瞬間命がなかったなんて、笑い話にもならない。
後先は考えない。これが無理でも「どうにかなる」と考えなければ、この勝負、競り合うことすら出来まい。
槍の先に、熱が集中する。天性の肉体だろうと軽く灰燼と化すだろう、太陽の如き熱。
キアラの剣も、また同じ。薄れた陽炎はその存在を巨大化させ、天へと届かんばかりの揺らぎへと変わっている。
片や、対神宝具。片や、対界宝具。
互いが持つ最大級の力が、交差すべく持ち主に口を開かせる。
「
「
さあ、早く告げろと槍が唸る。
堰を切って溢れ出るその時を、今か今かと待ち構える。
「――
キアラが、その銘の続きを謳う。
残りは互い一節。どちらが合図するまでもなく、宝具の真名は同時に告げられた。
「――
「――
神をも超越する神殺しの槍が、灼熱の閃光を爆発させる。
原初に刻まれる守護の剣が、揺らめき全てを刃へと成す。
『
その剣の歴史を遡れば、古代はバビロニアにおける最強に名高い神・マルドゥークが持つ剣に至る。
なるほど、それは切り札に相応しい。
だが力ならば、雷神の槍も負けてはいない。
「ッ――――」
たった一度限り。だからこそ、発動すれば敵を決して逃さない。
無敵の羅刹であろうとも、天に構える神であろうとも、全てを打ち堕とし、焼き尽くす。
「ああ――! イイ! 最高! こうでなくては! 本気で互いをぶつけ合う、なんて心地良いことなんでしょう!」
歓喜に打ち震えるキアラ。それはやはり、勝利を確信しているからなのだろう。
一点突破の閃光と、周囲に吹き荒れる嵐。
それで槍が押し切れないのは、キアラの剣が規格外を超えた規格外であるからだ。
夜が暁を超えて黎明の如き光に満ちる。何度も何度も反転し、刹那刹那で夜と昼が入れ替わっていく。
EXランク同士の激突。百パーセントを超えて、体中に力を籠める。
神の熱風が体を少しずつ焦がしていく。全快だった体は瞬く間に消耗し、しかし痛みを感じないのが少し不気味に感じる。
感覚が麻痺しているだけなのだろうか。ただ目の前の壁を壊そうと集中しているのだから、それも仕方ない。
「――おおおおおオオォおおおおおおぉぉぉ――!」
「っ、ええ――ええ、ええ、ええ! 私を消してごらんなさいな! その槍で、出来るものなら!」
甲高い、可聴域を超えんばかりの炸裂音が響く。
いつしか、熱さを感じなくなった。寧ろ絶対零度の如き冷たさが体中に突き刺さる。
喉が焼ける。眼が焼ける。脳が焼ける。心が焼ける。頂に至った激突が、思考までもを白く染めていく。
「――――――――ガッ」
意識が現実へと戻ったのは、首に受けた衝撃からだった。
細い指に掴まれている。覚醒により呼吸を取り戻したものの、すぐさまそれが難しくなる。
体に力が入らない。指先すら動かない。
ようやく取り戻した痛覚が体の危機を訴える。死の一歩手前だと、危険信号を出す。
「――紙一重でした。私も少し、危機感を感じましたよ。しかしどうやら、決着も付いたようです」
耳元で、そんな声が聞こえる。喜悦に塗れた声色からして、先ほどの戦いの帰趨はキアラに傾いたらしい。
カルナの槍が敗北した。驚愕は生まれてこなかった。
文字通り、命を握られた今、心にあるのはどうしようもない申し訳なさ。
勝つことが出来なかった。
事件は解決には至らなかった。
皆を地上に帰せなかった。
世界を救うことは、出来なかった。
「あら……泣いていまして? 生憎私、加虐趣味はありませんの。寧ろそれほどまでに悲哀に満ちているのなら、すぐに開放してあげたくなって」
未熟ここに極まった。もう何一つ出来ない以上、僕はこのまま身を任せるしかない。
「……っ」
「心配せずとも、一瞬です。貴方を快楽の内に逝かせてあげられないことが心残りですが……仕方ありませんね」
首を掴むその手が強まる。
息が詰まり、意識が遠のいていく。
諦める諦めないの問題ではない。確定した運命を覆すことは、出来ないのだ。
「さようなら、ハクトさん。これが救いとなるかは分かりませんが――一連の事件、とても楽しかったですよ」
そして、そのまま――命は速やかに刈り取られ――
「――――あ?」
「づっ……!」
唐突に、肺が圧迫された。
手が離され、身が地に落ちたと分かるまで暫く時間を要した。
目だけを動かして見上げれば――キアラはその体を震わせていた。
左手に持っていた炎の剣が、硝子のように砕けて消えていく。
「どう、いう、事……? 神々の力が、跡形もなく……!」
――消えた?
一体何が起きたのか、すぐに一つ、思い至った。
「――ノート」
「なっ……馬鹿な! 死に際の悪足掻きで、あれだけの神々を消し切れるものですか!」
そうとは、限らない。
ノートが最後に放った宝具が、彼女を構成する最古の女神が持つ宝具なのだとしたら。
神々の位階の中で、最上位に位置する存在の権能なのだとしたら。
或いはあれだけの神々の集合体であって影を覆い包み、キアラから引き離すことも可能なのかもしれない。
それがノートの、キアラへの復讐。
絶対的な優位を覆す、命を賭した反撃の一手。
「し、しかし! 私の勝利は揺らがない!」
キアラの拳が握られる。今度こそ何もないように、すぐさま振り下ろす――
「――ぐ、あああああああああ――――――――!!」
それも適わない程に優先される痛覚の爆発が、キアラを支配する。
黒い炎。肺から吹き上がる、破壊の権化。
「何、何ですかこれは!? 私の力が、焼けていく! 塵と化していく!」
その炎は、見覚えがあった。
『――アンタ如きがセンパイを殺そうなんて、良くも思い上がれたものだよ』
炎の奥底から、声が聞こえてくる。
「――ローズ」
それはかつて、膨大な愛を抱えたアルタ―エゴのもの。
キアラが取り込んだ、力の源。
「ローズマリー……! その存在、私が完全に溶かした筈なのに!」
『馬鹿じゃないの? 愛だけがボクの自慢だったんだよ。それを簡単に消せると思ったら大きな間違いだね』
ローズが内部から、キアラを破壊していく。
神々の宝具を失い、そして現在進行形でその力を弱らせていく。
それは、あまりにも突然だった。
そして予想外。取り込まれたと思っていたローズが、凄まじいまでの精神力で生き延びていようとは。
『センパイ! ボクごとやって!』
「っ、だけ、ど……」
『良いから――動けるでしょ?』
――――ローズの言葉を聞いて、体に意識を向ける。
心臓の鼓動が熱い。心臓に命じられるように、体が動く。
『ボクは、センパイに殺されるなら何も文句はないよ。寧ろそれが嬉しいの。こんな女に殺された上書きを、お願い――』
か細く、それでいて強い懇願だった。
既に死んだ存在なれど、「死に直せる」のならばそれを選ぶ、と。
立ち上がる。それが出来る体ではないのに、道理なんて存在しないかのように不可能を超える。
キアラの首を掴む。宛らそれは先ほどの意趣返しのようだった。
「分かった、ローズ。さよなら」
『うん――ありがとう、センパイ』
ローズに別れを告げる。今から行う行動は、既に決定している。
熱い心臓の鼓動。その理由は、ローズの階層での出来事にあった。
ローズの宝具であった短剣による傷。その根を焼いた、一人のサーヴァント。
フランケンシュタイン。
決して一流には至らない、儚き狂戦士。彼女は消滅こそしたが、その証は確かに“ここ”にある。
彼女の宝具は命を賭した攻撃。そして死の間際、低確率ながら“第二のフランケンシュタイン”を生み出す可能性がある。
心臓の昂ぶりが最高潮に達する。この際、自分がどうなるかなんて考えない。
「やめ――――」
彼女には剣がある。使ってはならない禁忌の宝具が。
それを僕は今ここで、ただ目の前の敵を倒すためだけに、真名を告げる――!
「――――
心臓が、雷の刃を生む。
辺り一面を巻き込んで、僕もキアラも分け隔てなく嵐は全てを引き裂いていく。
光の中に、舞う鮮血。
事、ここに至って遂にキアラに与えた重傷は、正に散っていった者たちの総意たる一撃だった。
エッケザックスの利便性が異常。
そんな訳で、一瞬登場のローズでした。
脱落した三人の力による大逆転。しかしまだ戦いは続きます。
メルト? そろそろじゃね?