なんか、やっぱり書きやすく思います。
とか言いながら割とギリギリだったんですが。
GOはぽんぽこの三回目の再臨をさせました。モニュメント八個は無理です。
剣戟の中で、いつの間にか上空に溜まった魔力の塊。
それに気付くと、キアラの笑みが深まる。
「ふふ……貴方の持つ宝具で、これが躱せまして?」
「っ……」
あまりにも、渡り合えている訳だ。
キアラは戦っている合間にも、これを用意していたのだ。
距離を取り、手を翳したキアラ。爆発した魔力が無数の矢となって、雨のように降り注ぐ。
「――――」
アレを対処できる宝具を検索。即座に発見し、出力する。
手に顕現したのは、手の平に乗るくらいの小さな箱。
「
かつて閉じ込めたものを内部で知らぬ内に増幅させ、次に開いたとき、それを災厄として外へと解き放つ宝具。
パンドラの箱。ギリシャ神話において、神々によって作られた完全なる女性――パンドラが地上に放たれた際に渡された、決して開くべからずとされた箱。
ある日パンドラが好奇心に負けて開けてしまうと、後に世界中に満ちることになる様々な災厄が飛び出したという。
この宝具の真価を発揮するのには、時間が掛かる。
閉じ込めたものが内部で増幅し、確かな威力となるまで待たないとならない。
それに、一度完全に解き放ってしまえば次はない。かといって出し惜しめば威力は出ない。
しかしこれまでこの箱に入っていたのは、規格外の一撃だ。
四階層――ジナコの階層を攻略し、その先に向かう際、ノートと激突した。
あの時ノートはこの箱を使い、アルジュナの矢を受け止めた。
そしてその矢は箱の中で力を増し――ここで力となってくれる。
「ほう……」
キアラの矢一本一本に対して、箱から飛び出した無数の矢がぶつかる。
そうして、キアラの矢は全滅し。
残ったアルジュナの矢がキアラに襲い掛かる――!
「ええ、そうでなくては――!」
キアラも当然のように、神霊の宝具で対処をする。
しかし、どんな武具が来ようと対処出来るよう、注意深くその行動を見る。
「
出現した巨大な鱗に、矢はいとも簡単に受け止められた。
防御宝具か――いや、違う。
身体強化を掛け、横に飛ぶ。今まで立っていた場所を削るように、何かが通った。
強固な鱗に覆われた、数十メートルはあろうかという大蛇。
その真名は、今しがたキアラが解放した。
イルルヤンカシュ。ヒッタイトの神話に登場する強大なる蛇竜だ。
大蛇が嵐を司る神に倒される。そんな、世界の神話に見られる伝承の祖ともされる物語に登場する怪物を、召喚する宝具なのか?
「幻獣……!」
「ええ。遥かヒッタイトの神ですら、正面からは勝てなかった蛇竜です。さあ、貴方にこの神話、乗り越えられますか?」
戯れの如く神話を解いてくるキアラ。
泥の中にある宝具をかつて持っていた英雄に、怪物退治を成し遂げた猛者は何人か存在する。
それでも――これほどの怪物を殺した者がいるかといえば、否だ。
イルルヤンカシュは神にも勝る力を持った怪物。例え神々の宝具として劣化したものだとしても、その暴威は凄まじい。
「さあ、暴れなさいイルルヤンカシュ。貴方とハクトさんの舞い、さぞ見応えがあるでしょう!」
咆哮を上げたイルルヤンカシュが、牙を剥いて突っ込んでくる。
この怪物は毒の息も、不死の肉体も持ってはいない。
だが逆を返せば、何の特異性もなしに神を凌駕したということ。
「ッ、くっ……」
床を抉り、間髪入れずにその頭を大きく振ってくる。
尖った鱗は、先端に触れただけでも危険だ。
しかし、一撃たりとも受けずにあの怪物を倒すなど、大英雄でも難しいだろう。
英雄には程遠いマスターが立ち向かおうなど、考えるだけでも愚かしい。
ならば、怪物殺しの宝具で少しでも近づく。
決着術式を開放し、絆に手を伸ばす。強大な怪物を討伐した英雄となれば、真っ先に彼こそが思い浮かぶ。
手元に現れたのは、黄昏に輝く聖剣。
イルルヤンカシュの突進を躱し際に、首にそれを叩き込む。
僅か、鱗に罅が入る。だがその鉄壁を完全に打ち崩すには至らない。
仕方がない――この怪物に負けていては、キアラには遠く及ぶまい。
「――――
模倣した聖剣の運動を最大まで増幅させ、込められた特殊な魔力を解き放つ。
かつて竜殺しを成し遂げた偉大な大英雄・ジークフリート。
彼が生涯の相棒とした聖剣による黄昏の斬撃は、鱗に入った罅の奥へと飛び込んでいく。
――しかし、致命傷には至らない。
担い手でないが故か。それとも、この蛇竜が聖剣一撃では足りない程に耐久力が高いのか。
「あらあら……これでは、もう少し位の低いモノを喚んだ方が楽しかったでしょうか」
高見の見物、とばかりにキアラは宙に浮く泥の塊に座り、戦いを見下ろしている。
こんなことをしている場合ではない。この怪物はキアラの駒に過ぎないのだ。
一刻も早く、倒さなければならない。
だが、あの怪物を打倒しうるもの……
ランサーの神殺しの槍ならば、可能だろう。だがアレは、真名開放の負担と時間が掛かりすぎる。
六階層の決戦でも、ランサーの時間稼ぎがなければ発動もままならなかった。
であれば、ノートから譲り受けた宝具は――
セイバーの
そんな中で怪物退治を成し遂げたという伝説を持つものとなれば更にごく少数。
ならば――威力以外の、宝具が持つ能力から何か勝機を見出せないか。
「おや、それは……?」
取り出した宝具を持っていた英霊は、怪物殺しを成した存在ではない。
確かにその武芸は英雄たるに相応しいもの。だが、彼は武芸の才を望まれた訳ではなかった。
しかし彼は戦いを求めた。妄信する大英雄と同じように振る舞うことを求めた。
彼が闘技場で握った剣には、その信仰が込められている。
棍棒にも見える、無骨なグラディウス。
信仰に篤かった英雄が定めた、その名は――
「――
英雄の名は、コンモドゥス。第十七代ローマ皇帝。
彼は皇帝でありながら大英雄ヘラクレスに憧れ、闘技に明け暮れた。
その大いなる信仰心が、この宝具をもって顕現する。
「ッ」
当たれば一溜まりもないだろう、尾の薙ぎが向かってくる。
その速度はサーヴァントであっても回避は困難だろう。
だが、それが見える。
動きの一片までもを観察し、その隙を見出す。
――跳躍。
尾を躱し、着地。そのまま頭部まで走り、剣を叩き込む。
「……目に見えて、動きが変わりましたね。それがその宝具の力ですか」
ギリシャの大英雄、ヘラクレスの武芸を模倣する宝具。
一撃に火力を込める宝具ではない。それ故に、すぐに発見することは出来なかった。
だが、こういう宝具もある。武器に込められた概念によって、敵を凌駕する。
ヘラクレスは十二の難行を乗り越えた。その中には当然、人では到底及ばない怪物を退治した逸話もある。
「まだ、か」
浅い。今の一撃では、怪物の頭蓋を割るには至らなかったようだ。
だがどうするか、と悩むことはない。
剣から流れてくるヘラクレスの技量には迷いがない。
まるで、この程度造作もないとでも言うように、その“技”が頭に入ってくる。
蛇が大口を開く。
動きを止めたことを隙と見たのだろう。
ギリギリまで、待つ。少しでもタイミングを間違えれば、次の瞬間にはあの口の中だ。
だが、問題ないと確信がある。それも、ヘラクレスが大英雄たる所以なのだろう。
大口が迫る。その動きの中にある、刹那の勝機。
躱し、首元が手に届く。剣を握る手を強める。
グラディウスの大きさでは、この蛇を一撃の下に両断することは出来ない。
ならば――何も一撃で倒せばいいなんてことはない。
それが可能なのが、かの大英雄――!
「――――
大振りながら、超速の斬撃。
鱗の合間を縫うように、怪物の皮膚を引き裂いていく。
振り抜いて、しかし終わらない。次の一撃へと転じ、更に切り傷を広げる。
首の下へと潜り込む。届かなかった部位に剣を通していく。
思考よりも早く、体は反対側へと動いていた。後一歩――剣を振り下ろす。宝具とは思えない返り血が、べったりとこびり付く。
気にしない。最後の一撃によって、芯の如く通っていた骨を両断する。
延べ九撃。一秒にも満たない僅かな時間で完成された、怪物殺しの連撃。
驚嘆すべきヘラクレスの武芸と、それに信仰によって極限まで近づいた皇帝の力量。
かくしてイルルヤンカシュの頭部は宙を舞う。
統制を失った胴体は力なく倒れ、黒い粒子となって消えていく。
その奥義の開放と共に、技芸は剣へと戻っていく。ヘラクレスへの狂信は僕にはない。それを悟ったように、剣は粉々に砕け散った。
怪物殺しに浸っている暇はない。キアラを見上げると、彼女は余裕を持った笑みを浮かべながら手を打ってきた。
「お見事。とはいっても、ハクトさんならきっとやってくれると思いました」
「……そうか」
油断はしない。
キアラの駒の一つを倒したに過ぎないのだ。
「なら、どうでしょう。もう一つ面白いものがあるのですが」
言いながら、キアラは戦場に何かを放り投げてくる。
それは地上に降りるまでに肥大し――その姿を現す。
人とも樹木ともつかない、異形の獣。
胴の中心から万華鏡のように広がる無数の瞳。
枯れ枝の如く広がる、細い六本の腕。
「あれは……」
先のイルルヤンカシュと同等の霊格。
紛れもなく、最高位の幻獣。いや、神獣に匹敵するかもしれない。
「
――フンババ。古代はバビロニアの叙事詩に記される怪物。
英雄王ギルガメッシュとその朋友エルキドゥによって征伐された森の番人。
武勇譚を広げていた二人の伝説の一つであり、他でもないエルキドゥの死の要員の一つ。
「無論、その身に宿した宝具をもってすれば問題ないでしょう? 精々、愉しませてくださいな」
「っ……」
先ほどのように、ただ躱せばいいという話ではない。
フンババは口から毒の吐息と炎を吐くという。
少しでもそれに巻き込まれれば終わり。
イルルヤンカシュ程の堅固さはないと思うが、だからといって迂闊には攻撃できない。
アレを相手にするには一層の注意が必要な――
「――――」
その時だった。僕とキアラ、アンデルセン。三人しかいなかった戦場に、第三者が現れたのは。
白髪を伸ばしたシスター服の少女。何よりこの場にいてはいけない、絶対に守るべき存在。
「――、カレン?」
「どうも。まだ生きていたようで、何よりです」
相変わらず、抑揚のない声で返してくるカレン。
何故彼女がここにいるのか。そもそも、どうやってここに……
「どうせ最後だから、と使ったのですが。決着していないとは失望です。わたしの運の無さがいけないのでしょうか」
いや、それよりも――何故その体が、ノイズに侵されているのか。
「……まあ。まあ、まあ! なんということでしょう、最後の鍵がわざわざ、其方から出向いてくれるなんて」
「ええ。こんにちは黒幕さん。自己満足の救済に目処は付いたかしら?」
「勿論ですとも。貴女が出向いてくれたのならば、すぐにでも始められる事でしたから」
救済、即ちキアラの願望成就。ノートが――白融の半身がキアラの手にある以上、残りはカレンの身に宿るものだけ。
駄目だ。渡すことは出来ない。
「カレン、今すぐに旧校舎に戻って!」
「出来ません。リターンクリスタルなんて持っていませんし、そもそも、この体ももう持ちませんし」
「え――?」
「わかりませんか? ここに来るために、最後の令呪を使ったんです」
平然と、カレンは言ってのけた。
最後の令呪を使用し、その結果、死に至ると。
「結局わたしには、この任は重すぎたんです。ですから投げ出す――これ、お返ししますね」
「ッ」
胸に手が置かれる。流れ込んできたのは――守るべき、最重要のデータ。
「白、融……?」
「はい。後は勝手に守るなりしてください。わたしはもう、疲れました」
ふらふらと、カレンは前に出てくる。
ノイズが広がる一方で、その体の奥から何かがこみ上げてくる。
「……それで何しに来たのです? その鍵をハクトさんに渡して、自分は死のうと?」
「そうです。其方の錠前ももう限界ですし、わたしも自棄になったのでしょう」
ですから――と、振り向いたカレンは、僅かに頬を緩めていた。
「ですから、今からやることは咎めないでください。“この子”もそれを求めているんです」
「この、子……?」
「――――さようなら、■■■――」
何かを呟いたようにも、ただ口を動かしたようにも感じた。
ただそれは、今までカレンが向けてきた笑みとは明らかに違うもので。
その後に紡がれる言葉の意味も判別出来ないままに、少女の形をしたAIは粒子となって消滅した。
それと同時に、奇跡が解放される。
奇跡の正体を悟る。それはカレンがその身に宿していたサーヴァントの切り札たる宝具。
「ッ――固有結界、ですって!?」
「違うな! アレは奴の最期が剣となったもの――言わば概念武装だ!」
キアラは驚愕し、アンデルセンはどこか歓喜するように、目の前の光景を見る。
異変はこの戦場だけではなく、迷宮を、旧校舎を、月の裏側全域を覆った。
吹き上がる灼熱。逃げようのない絶望。ただ諦めるしかない、終わりの色。
これが、そのサーヴァントの最後。敵味方など関係ない。この事件を根本から断ち切るように、全てを焼き払う心象風景。
そして、それに誘発されるように二つ、更なる異変が起きる。
一つ――何処からかも分からない、恐らく遥か遠方から飛来してきた斬撃。
覚えのあるものでありながら、比べようもない程に力を増した矢がムーンセルの中枢に突き刺さる。
一つ――キアラの座していた泥から伸びた、一本の手。
小さく華奢なそれは――漆黒の傘を握っている。
「これは――――まさかッ――!?」
「――セ――――パ、イ――――――――!」
泥から抜け出し、黒い少女が落下する。
炎による、月の裏側の崩壊が始まる。その瞬間、戦いにタイムリミットが設定された。
『
ギリシャ神話のパンドラの宝具。
中に収容したものをゆっくりと増幅。開くことで開放する。
特性上、月の聖杯戦争を勝ち抜くのにまったく向いていない。
『
ローマ帝国十七代皇帝、コンモドゥスの宝具。
真名開放により自身の霊格をヘラクレスに匹敵させる。
ただしヘラクレスに対する信仰が足りないと限界が発生する。
ネロとかイスカンダルとかなら多分、更に強くなる。
カレンはこれにて退場です。お疲れ様でした。
既に空気のフンババ。発動した宝具の詳細、及びカレンに組み込まれたサーヴァントの真名は次回明かされます。