Fate/Meltout   作:けっぺん

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皇帝陛下のおかげでぽんぽこやらアンデルセンやらの再臨素材が確保できました。
周回もそこまで辛くはないので、楽しく集められそうです。
マジ元老院さまさまですね。


Desire of The World.-8

 

 

 正直なところ、特に苦労もせずに勝てると思っていた。

 ヴァイオレットちゃんの魔眼さえあれば、それだけで決着がつくのではないかと。

 だけど、まったく予想外だったのが、キアラさんのエゴが何やら言葉を紡ぐだけでレジストしてしまったことだ。

 こうなってしまえば、完全に止められるのはきっと僅かな時間。耐性のつく可能性も考えると、そう多くは使えない。

『所業無我など猿の戯言、火宅とは蹂躙するもの――』

 エゴの上空に練り上げられた魔力が肥大する。嫌な予感を覚え、対抗して術式を紡ぐ。

『溢れ出る六欲に溺れましょうや――!』

 爆発した魔力は私が作るものとは比べ物にならない無数の弾丸となって襲い掛かる。

 リップたちの前にそれぞれ盾を展開。プロテアちゃんは――と思ったが、彼女は彼女で迎撃のために魔力を表出させていた。

 だが、それでも一斉に展開すれば精度が落ちる。数は少ない方が良い。

「ガトーさん!」

「ぬっ!?」

 ガトーさんの傍にまで走り、自分たちの前にも盾を作る。

 合計四つ。受け止めた衝撃がフィードバックし、体中に響く。

「ッ――!」

 きっと白斗君であれば、ここまで痛みを感じずとも防ぎきれただろう。

 だけど私はそうもいかない。戦いを多く経験してきた彼とは違い、私は術式の鍛錬すら行ってこなかった。

 そんな事実からすれば、私が今の攻撃をどうにか防げたのは幸運なのだろうか。

『おや……たった一度で随分と弱りますのね』

 エゴからしてみれば、今の攻撃は小手調べ程度のものだったかもしれない。

 不安が高まる。アルタ―エゴの皆はともかく、私自身とガトーさんの身を守れるかどうか。

「シラハさん、エゴの攻撃に関しては、私が分担します。プロテア!」

「うん――このせかい、カズラにかしてあげる」

 カズラちゃんとプロテアちゃんが言葉を交わした瞬間、迷宮の雰囲気が変わった。

 そして、床に広がっていく植物の根のような網目模様。

 それの正体は、かつて三階層を攻略していたときに通信越しに見たことがある。

 カズラちゃんのid_es、インセクトイーター。領土に踏み入るものに対する防衛手段。

「戦闘のため、完全な展開は出来ません。だけど、攻撃は力の限り防いでみせます」

「分かった……よろしく、カズラちゃん」

 その選択をしたということは、完全な展開をしてもエゴを捕食することは出来ないのだろう。

 たった一つで決着がつくレベルのid_esが二つも通用しないということだ。

 リップのid_esは――まだ、止めた方がいいか。

 一回使うだけで凄まじい魔力を消費する術式だ。

 使って通用しなかったのでは、その後の戦いに致命的な不利を抱えることになる。

 それは避けたい。なら、プロテアちゃんのid_esは……

 戦いのうちにエゴを凌駕するレベルにまで上昇してくれれば良いのだが、そこまでの成長速度とは思えない。

 当然、レベルは上がれば上がるほど、更に上を目指しにくくなる。加えてその経験値を弾丸にして打ち出すという戦法を取っていれば、ますます速度は遅くなる。

 結局――現状、正攻法で倒すしかないのか。

 大丈夫。リップもヴァイオレットちゃんも、戦闘能力は並みのサーヴァントを大きく上回る。

 プロテアちゃんも規格外だし、カズラちゃんも、スキルを応用した魔術はキャスタークラスに引けを取らない。

 きっと、多分、ガトーさんも戦力になってくれる。

 勝てない筈がない。これだけの人材が揃っているんだ。私が弱気になっていてどうする。

「まだまだ、負けないよ。この程度じゃ……」

『そうですか。なら、それも良し。教道感化といたしましょう』

 エゴが構える。これまで暫く戦って分かっていることは、このエゴの格闘術は凄まじい。

 それに加えてエゴの術式の腕。それこそ、アルタ―エゴ複数と渡り合えるほどだ。

 そんな相手に対して怖じることもなく前に出たのは、ガトーさんだった。

「ああ、おぬし、殺生院 キアラの分体に相違あるまいな?」

『あら……状況把握すら出来ていなかったのでしょうか』

「うむ。そもそも小生、こんなところまで生き残る資格がなかったゆえな」

「ガトーさん……?」

「元々ジナコ=カリギリの迷宮で終えるつもりだった命よ。ここまで生き延びたのだ。かの魔性菩薩、真言立川の能化との禅問答を今一度と思ってな」

 今、一度……?

『……まだ忘れていなかったのですね。やはりその記憶、全て奪っておくべきでした』

「ふん、そうだとしてもすぐに見抜いただろうよ。イシュタルの如き強欲、ラグナロクの実行者であること、見抜けぬほど鈍くないわ。まさかハルマゲドンの場で戦士に名を連ねられるとは思わなかったが」

 ……何を言っているのかは分からないけど、ガトーさんは至極真面目な雰囲気だった。

 ゴチャゴチャなそれを解釈すれば……ガトーさんは薄々気付いていたってこと?

『私の本体が苦手意識を持っている筈です。ここまで暑苦しい者相手にして、逃げ腰になるのも頷けますわ』

 エゴの言葉はそれで終わりだった。

 大きく踏み込み、瞬間的に近づいてきたエゴがガトーさんに向けて拳を振るう。

 対処が間に合わない。一呼吸よりも早い一撃は、術式の一端さえも紡ぐ暇を与えない。

「――――」

 アルタ―エゴの皆がいなければ、みすみすその攻撃を許していた。

 ヴァイオレットちゃんがガトーさんを線維で退避、追撃しようとしたエゴをカズラちゃんがid_esを発動して止める。

 捕食の花に自ら突っ込めるほど、耐性がある訳でもないのか……だけどやっぱり、決定打には足りないのだと思う。

「おお、恩に着るぞ! 今小生は、おぬしにアプサラスが如き威光を見ている!」

「意味が分かりません……それに威光も何も、私にはアプサラスが組み込まれて――ッ!」

 しかし、食虫花を回避して迫るという選択を取ったエゴが素早く行動する。

 一応、予想は出来ていた。紡ぎ上げた弾丸を放ち、示し合わせたようにリップが走る。

『――甘いです!』

 弾丸は片手で弾かれ、リップの大振りな爪の間を掻い潜るようにエゴが通り抜ける。

 ――大丈夫。リップはそれに反応できる。

「は――ぁ――ッ!」

 爪を振るった勢いそのままに体を回転。もう片手で拳を作り、裏拳をぶつける。

『か――――ッ!』

 エゴはどうやら、防御が間に合ったようだ。

 それでも追撃を止め、大きく距離を取り直すことには成功した。

「感謝します。今のものは、私も対処が難しかった」

「気にしないでください、ヴァイオレット」

 ガトーさんを放り投げるように後ろにやり、ヴァイオレットちゃんが再び前に出る。

『っ……、まさか武術に通じているとは。ですが、まだ未熟。その程度では、私の核には届きません』

 リップはユリウス君のアサシンに短い間ながら武術を教わっていた。

 どうやら筋は良かったらしく、リップは短期間で武術を用いた応用戦闘まである程度出来るようになった。

 しかしそれでも、習熟(Aランク)には程遠い。最後の授業のときのアサシン曰く、「これで基本に足を踏み入れた程度」だとか。

 武術を学ぶのは相当難しいのはそれで充分分かった。だけどそれで諦めることなく、リップは毎日欠かさず技を鍛えている。

 強力な近接戦闘を持つキアラさんのエゴ相手でも、多少は渡り合えると良いのだけど……

「しかし……決定打となるに足るのは私が思うにパッションリップとプロテアのみ。パッションリップ、前に出なさい。私たちがサポートします」

「は、はい……!」

 リップが構える。エゴを倒せるのは、リップとプロテアちゃんだけ……

 だけどプロテアちゃんは……正直、ヴァイオレットちゃんがどれだけ有効な策を考えても、従うかわからない。

 それほどまでに自由なのだ。ならば、リップの方が、作戦に組み込みやすいということなのだろう。

 まあ、ヴァイオレットちゃんが計算に加えられないとしても、プロテアちゃんも敵ではない。

 きっと良いところで手助けをしてくれることだろう。そう信じたい。

「御女神、小生は如何に動けばよろしいか!?」

「切に願います、大人しくしていてください。貴方の行動は一々想定外が過ぎて頭が痛くなります」

 ヴァイオレットちゃんにそこまで言わせるガトーさんは一体何者なのだろう……とはいっても、ヴァイオレットちゃんの頭痛の種は結構多いと思うけど。

『お喋りは結構ですが――私は待つことはしませんわ?』

 再びエゴが構え、此方に突っ込んでくる。

 視認は出来ても私では対処できない。人では届きえない境地の速度に対応できるのは、アルタ―エゴの皆だけ。

「えいっ」

 エゴの進行方向に落ちてきた巨大な拳。

 誰のものかなんて、考えるまでもない。この場にいる一番の不確定要素、プロテアちゃんその人だ。

 拳は確かにエゴを捉えて、押し潰す――その筈だった。

「え……?」

「う、嘘……?」

 超重量を易々と受け止める、等身大のエゴ。

 ありえない光景に、暫く思考が止まる。

『……随分、レベルが落ちたものです。無駄遣いしなければ、ここで決着がついたものを』

「っ――――!」

 そして、プロテアちゃんの体が浮いた。

 ただ単純な魔力の力押し。しかし驚くべきは、そんな強引な方法でプロテアちゃんを吹き飛ばしたことだ。

「プロテアちゃんっ!」

 プロテアちゃんが自身の要素を使いすぎたがゆえに、力が弱まってしまっているのだろう。

 だけどあくまでも吹き飛ばしただけ。直接的なダメージにはなっていない。

 だからこそ、エゴのその行動をリップたちは攻撃のための隙とみる。

「――はぁ!」

 大きく踏み込んで、拳を突き出すリップ。

 ヴァイオレットちゃんたちもそのサポートのために動こうとする。

 だが――

『捕えましたわ』

「ッ、な……っ!?」

 その拳は届かず、繋ぎ止められたかのようにリップの動きが停止した。

 エゴを見れば、その手は独特の印を結んでいる。

『一切如来、金剛界――智拳印』

 エゴとリップを取り巻くように現れた黒い境界。

 宛ら、この世界との隔たりのようだった。

 此方から決して手出しできない、完全なる空間の形成。リップはそれに捕らわれてしまったのだ。

「動け、ない……!」

「っ……カズラちゃん! あの空間、どうにかできる!?」

「だ、駄目です! 此方の干渉を受け付けません!」

 拙い、エゴとリップ、二人だけの状況でリップが動けないのでは――

 

「――――ぬぅう! リップちゃん、小生が今救済者とならん!」

 

「……はぇ?」

「待っ――」

 ヴァイオレットちゃんの静止を一切気にせず走るガトーさんを、茫然と目で追う。

「この令呪、与え給う! その仏性をもって、涅槃より悪を払え――オン、バザラダドバン、ソワカァァ!」

 良くわからない叫びと共に、何の躊躇いもなく――ガトーさんは令呪を使った。

 そうして拳を境界にぶつけると、弾ける音が響く。

『なっ……貴方、真言を……!』

 リップに体の自由が戻ると、其方に気を回しつつ、エゴはガトーさんに殴りかかる。

 私では隙の見当たらない、アサシンとは違う系統の武術。

 それを、

「この程度、我が女神の試練を前にしては――」

 普段のガトーさんでは想像もつかないほどに無駄のない動きで回避して、あっという間にエゴの懐にまで攻め寄り、

「さしたる苦行でもないわあ!」

『が、ふ――ッ!』

 右の拳を力いっぱい、エゴの頬にぶち込んだ。

 紙のように軽く吹き飛んだエゴ。ただ唖然として、その光景を見ていたが、思えば今が絶好のチャンスだ。

 考えろ、これを絶対の勝機とする手段を。

「――――、ヴァイオレットちゃん、魔眼を!」

「っ、分かりました……!」

 渾身の一撃とはいえ、サーヴァントではなく一介の人間の一撃。

 すぐに体勢を立て直し、素早く反撃に移ろうとするエゴ。

 眼鏡を外したヴァイオレットちゃんの魔眼によって、その動きが停止する。

 しかし、その寸前に発動された先程と同じ、魔力の塊。

 上空で肥大し、無数の弾丸として放たれる。ならばそれを防ぐのは――

「カズラちゃん!」

「はいっ!」

 全員を守るように広がる花弁。

 食虫花よりも捕食の力は少ないまでも、エゴの作り出した弾丸は即興のものに過ぎない。

 威力が高くなければ、カズラちゃんが纏めて受けられる。そしてその間に私は最後のピースを用意する。

愛に触れる刹那のサロメ(ダンスオブ・セブンヴェールズ)!」

 決められる状況ならば、上手く効いてくれることを祈って賭けてみるまで。

「――gain(解放)_trash(トラッシュ)&crash(クラッシュ)!」

 リップに本来の力を還元する。

 それだけで、やるべきことを理解したリップは、花弁が消えたと同時に手を前に出す。

 手に収めたものを極限にまで圧縮する、リップが持っていたid_es。

 その効力はリップにとって視覚的に、手の内にあれば発動する。

 ゆえに、手を翳したこの時点で、決着する。

「潰れて――ください!」

 くしゃり、という呆気ない音。

 爪を軋ませて拳を作った瞬間、エゴの姿は消えた。

 正確には――圧縮されて小さなキューブへと変化した。

「……終わった?」

 隠し切れない安堵からか、ふと声が漏れた。

 お約束からすれば、これは禁句なんだろうけど、堪えることなんて出来なかった。

 死んでいない。まだ私は生きている。その事実を理解して、自然と顔が綻んだ。

「――ぬ――――!?」

「え?」

 しかし、ガトーさんの驚愕の声で再びエゴに目を向ける。

「ッ!?」

 四角くなった筈のエゴが、手を伸ばしてきていた。

 生き足掻いているようにも見える、強烈なまでの執着。

 大して長くは持たないだろう。アレが動いたとしても、ここまでは届かない。

 だが油断は出来ない、と注意深く構える。

 ――数秒経ったか。静寂の中で、事態は動いた。

『ッ、ま、だ――!』

「これ、うるさい」

 そのキューブが予想外にも魔力を肥大化させた瞬間、その小さな姿は巨大な手の下敷きになった。

「あ……」

 例えは悪いけれど……まるで鬱陶しい羽虫を潰すように。

「プロテアちゃん……?」

 それだけでは終わらない。

 巨大な手は潰したキューブ付近の床を抉り取るように掬い上げる。

「……くらいんきゅーぶ」

 呟かれた言葉は、扉を開ける鍵らしい。

 この階の中心に開いた、かつてプロテアちゃんを収容していた世界。

 それだけしか知らないから、中に何があるのかは分からない。

 しかしこの場で、その内部のものを一つだけ知ることになる。

「えい」

 無造作に、プロテアちゃんは手の中身を穴に向けて放り投げる。

 堕天の檻は新たな収容者を迎え入れて――無慈悲に閉じた。

「……これで、良いのかな?」

「……少なくとも、あのエゴは脅威ではなくなった、と思います」

 最後の戦いとしては、少しシュールというか、情けないというか。

 ある意味ではプロテアちゃんの規格外っぷりを思い知る形で、月の裏側における私たちの最後の戦いは終わったのだった。




はい、これにてキアラ・エゴは全滅です。お疲れさま? でした。
白羽の知識幅はハクには及びません。
そのため、エゴやガトーの色々も「良くわからないもの」として片づけています。

ちなみに今回の話で、一人脱落予定でした。
誰なのかはここで明言はしませんが、用語集にチラリと載せておくと思います。

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