Fate/Meltout   作:けっぺん

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け「CCCの要望があったから軽くプロット書いてみた」
K「おぉ、良いんじゃねコレ。で、書き溜めは何話まで進んでる?」
け「26話」
K「ちょっと待て」


二十三話『はなしのおわり』

 どうやら、決着が付いたようだ。

 私は屋上でそれを察した。

 何とも例えようのない虚無感が襲い、手が指先からゆっくりと黒く染まっていく。

「……あの少年はやったのか」

 つまり、“ありす”は敗れた。

 ようやく、夢は終わる。

「シドウさんが勝ったのですね。やはり普通のマスターではないようだ」

 隣に立つ少年、レオが言う。

 傍に控える騎士は何も言わず、此方を警戒しているようだ。

「期待していた甲斐があった。これで私の役目も終わる」

 本を閉じる。

 サーヴァント『ナーサリーライム』。

 その正体は固有結界。

 何の手違いか知らないが、あの少女に喚ばれたサーヴァントは二人だった。

 私と、ナーサリーライムという英雄。

 その二人を望まなかったありすは、無意識のままに令呪を用いていた。

 曰く、『あたしを喚んで』と。

 故に私は宝具を使用し、ナーサリーライムの(ありかた)を変えた。

 ありすに呼ばれるべき本当のサーヴァントとして、アリスを作り上げた。

 それが全てだ。

 ありすはアリスであり、アリスはありす。

 そして、私はその世界から外れた作家にすぎない。

「キャスターさん、貴方はマスターとの契約を絶ったと聞きましたが、今まで現界していた魔力はどうしていたのです?」

「パス自体は繋がったままだからね。魔力だけはありすから頂いていた。共に消滅しようとしているのが証拠だ」

 ゆっくりと消えていく身体に、特に未練も持たない。

 少女を護る剣となるのには、私の力は不向きだったのだ。

 少女は敗れた。私も消える。

「ふふ、『少女の為の物語(アリス・リデル・ワールド)』は終わりを告げた。良い閉幕だ」

「お疲れ様でした。キャスターさん」

 レオからの労いの言葉を受けつつ、目を閉じて消滅していく感覚に身を委ねる。

 当たり前だが生前に味わったことの無いものだ、どうせだから愉しもう、と。

「そうだ……レオ、一つ頼みが――」

 最後の作業を終え、大方は満足だ。

 だが、(ゴースト)とはいえ、夢ある少女を護れなかった。

 それだけが、心残りだった。

 

 

 +

 

 

 決した。

 素早くジャバウォックを倒したメルトが、ありす達を同時に討ったのだ。

 膝から崩れ落ちる黒いありすの手を、白いありすがゆっくりと取る。

「あれ……消えていくよ……?」

 ドレスが、肌が染まり、消えていく。

 それの始動は、

 

 ―

 

 勝者を敗者を隔てる壁だった。

「そっか、もう……終わりなんだね」

 ありすはそれを理解したのか、小さく呟いた。

「……なんで?」

 従者(アリス)は、主人(ありす)の手をしっかりと握り締めつつも、悲痛な声を上げる。

 それを握り返しつつ、ありすは言う。

あたし(ありす)はずっと一人で。誰も見てくれなくて。居場所が無くて。寂しくて。ずっと、ずっと……」

「やっと見つけたのに。あたし(アリス)だけのあたし(ありす)を。居場所を。幸せを……それだけでよかったのに。ずっとこのままで、ずっとずっと。それだけでよかったのに……」

 ありすはアリスの、アリスはありすの存在理由。居場所。そして幸せ。

 それは今、僕の手によって、同時に失われようとしていた。

「なんで終わっちゃうの? どうして、こんな小さな幸せも持ってられないの? どうして……」

 少女の言葉は、勝者(ぼく)の心を抉っていく。

 これが聖杯戦争。そういってしまえば終わりだ。

 だが、少女たちは事情が違う。

 サイバーゴーストであり、あのサーヴァントはありすの写し身。

 死した少女と、その少女を写した英雄は、この戦いこそが遊びであり、小さな幸福だったのだ。

「いいんだ……もう」

 しかし、ありすは小さく微笑む。

 遊びは終わり、それを静かに認めるように。

あたし(ありす)、分かってたよ。きっと、何もかもなくなっちゃうって……」

あたし(ありす)……」

「だって、良く覚えてないけれど、あたし(ありす)は多分もう死んでるもの……あの病院に、あたし(ありす)の体はないの」

 (ゴースト)であるという自覚を、少女は持っていた。

「ここにいるあたし(ありす)は抜け殻だったから……さいしょから何もなかったんだ。ううん……」

 ありすは首を横に振って、自分の言葉を否定する。

「あの病院にいたころからあたし(ありす)には何もなかった。だれもあたし(ありす)を見てくれなかった。一人だった。痛かった」

 ――誰も、少女(ありす)を人間として扱わなかった。

 生前の少女はどれほどの苦痛を受けてきたのか。

 戦火の中で負傷して、或いは四肢を失う程の怪我だったのかもしれない。

 だからこそ、ありすは走り回りたかった。

 もっと、もっと、遊びたかった。

ふしぎなせかい(ワンダーランド)に来てもずっと同じ。あたし(ありす)は一人で、寂しくて。だからね、わかってた。あたし(アリス)も、居場所も、きっとすぐになくなっちゃうって」

 ありすの目が此方に向けられる。

 その目は涙に潤み、一層の罪悪感を覚えさせるものだ。

「でもね……ねぇ、お兄ちゃんは、あたし(ありす)のこと、見てくれた……?」

「……うん、見てたよ」

 当たり前だ。

 だから今、自分は涙を流しているのだろう。

「やっぱり……お兄ちゃんなら、見てくれてると思ってた。お兄ちゃんはあたし(ありす)に似てるから。あたし(ありす)と違って、ちゃんと居場所(カラダ)があるけれど……」

 呟かれた言葉の意味は分からなかったが、ありすはアリスに向き直り言葉を続ける。

「ありがとう、あたし(アリス)……いつもいっしょにいてくれて。お友達になってくれて……」

「……」

 アリスはただそれを黙って聞き受ける。

「それにありがとう、お兄ちゃん。あたし(ありす)と遊んでくれて……あたし(ありす)のことを見てくれて……」

 体の大半を既に失い、しかし従者の手を離さず、ありすは続ける。

「ほんとはもう少しだけ遊んでいたかったけど……バイバイ――お兄ちゃん」

 しっかりと、聞き届けた。

 涙を止め処なく流しつつも最期まで笑いながら、ありすは消えていった。

 砂糖菓子の細工が砕ける、透き通った音と煌きを残して。

 しかしそれも一瞬、ありすを追って消えていく。

 残滓も残さず、ただ、写し身たる黒い少女だけが残る。

「……あたし(アリス)あたし(ありす)が見てる夢だから。鏡の中のあたし(ありす)だから。あたし(ありす)がきえたら、このあたし(アリス)もきえちゃう」

 残されたアリスは、此方を向いて呟く。

「次のせいはいせんそうで呼ばれても、あたし(アリス)はいまのあたし(アリス)じゃない。それに――もう()()()()もいない……」

 おじさん、とは誰の事だろうか。

 少女二人で閉じた世界に、踏み入れることを許された存在か。

 この場にいないのは、ありすが認めなかったか、その存在が最後まで、少女達の世界に踏み入れることを許可されたのを知らないままだったのか。

 分からないが、ともかくその存在は、この場に居ない事は確実だった。

 そして、呟いた少女本人も、それを気にしないように目を瞑って、ゆっくりと横になる。

「……いつもあたしは誰かの夢。ほんとのあたし(アリス)は誰も知らないもの。あたし(ありす)あたし(アリス)。でもしあわせだったけど」

 ナーサリーライムという英霊は、マスターの心象によって姿を変える。

 次の聖杯戦争で呼ばれたとしても、そのときにこの少女の姿で現れることなどない。

 本当の姿は誰も知らない、子供達の英雄は消滅を拒もうとしない。

 主の下へ、一刻も早く向かおうとしているのか。

「あれ……なんで泣いてるのかな。泣いてもほんものになんかなれないって、わかって、いるのに……な…………」

 零れ落ちていく涙の意味を理解できないまま、物語は幕を閉じた。

 最後に残ったリボンが静かに消え、黒の砂糖菓子は主人の後を追っていく。

 これを、後何度繰り返すのだろうか。

 聖杯戦争の非情なルール。

 既に三度目とはいえ、これが当然だとは思いたくはなかった。

「ごめんなさい……」

 メルトが、既に居ない二人の少女に謝罪する。

 何があったのかは分からないが、メルトの目には後悔の色はなかった。

「……行こう、メルト」

「ええ……」

 既にないはずの、砂糖菓子の甘い煌きを背中に感じながら、決戦場を出て行った。

 

 

 決戦場を出ると、ちょうど階段を下りてきたレオと鉢合う。

「……死を悼んでいるのですね」

 沈んだ心にかけられる、暖かい声。

 何故かレオは、此方の心境を分かっているかのようだった。

「命が失われるのは悲しい事です。それがこのような無慈悲な戦いであれば尚のことです」

「無慈悲……? 無意味じゃなくて……?」

「ええ。憎しみによって殺し合うのではなく、互いに同じ目的を持ったまま、相容れずに闘うしかなかった。人としての心を持ったまま人を殺めるのは悲しい。実に無慈悲です」

 何かに渇望するから、人は聖杯(キセキ)へと手を伸ばす。

 自分以上の(もの)に采配を委ねる。

 誰しも、自分がこの世で一番正しいと、信じることができないから。

 そう唱えるレオの言葉は、混迷した世を導く、完成した救い主の言葉だった。

「待っていてください。僕は世界の王になるために生まれた。貴方の悼みも彼女の痛みも認めます。いずれ誰も、無意味な死を迎えないように」

 確たる勝利を疑わないレオ。

 それが、世界を変える王の姿。

「地上の貧困も、ここの戦いも同じですよ。足りていないから奪うしかない。その調停をするため僕はここにきた」

 徹底した管理と秩序を。

 欠乏がなければ争いは起きない。

「人々に、完全な平等を。それがこの世界のあるべき姿。理想社会なのです」

 抗いがたい毒の様な言葉。

 若しくは、癒しの薬か。

 少女の死で沈み込んだ心に、レオの声は穏やかに染み込んでいく。

 

「ひっどい勧誘だこと。右も左もわからないそいつに、よくもまあ堂々とつけこめるもんだわ」

 そこに割って入ってきたのは、凛だった。

 その瞳にはレオへの敵意が篭っている。

「話は聞かせてもらったけど。今のはあくまでハーウェイの、西欧財閥にとっての理想よね」

「いえ。万人にとっての理想ですよ。理不尽な死が待つ世界は、誰しもが避けたいものでしょう」

「あら、資源を独占されて、生き死にまでアンタらに管理される社会が、万人にとっての理想っていうの? 生まれた子供を、平気で飢え死にさせる世界が? 十年先の未来まで、寿命までデザインされる人間が?」

 凛が言う世界は、レオの言う世界と同じものだとは思えない程のものだった。

 同じ世界を別の側面から見ただけで、これだけ酷いものに感じるとは。

「余計なお世話なのよ。何百何千年と今のままで生き続けたいのならご勝手に。私はそんなのまっぴらよ」

「――噂通りの人ですね、ミス遠坂。国連からその将来を期待されながら、中東の武装集団に身を投じた若き魔術師」

 レオはあくまでも表情を崩さずに、凛に言う。

「貴女の言い分もわからないではありませんが、資源の管理は効率の良い配分をするためのもの。支配欲からの独占は行われません。僕らの支配圏の実態を見ていただければ分かると思いますが」

「ハーウェイの管理都市なら知ってるわ。階級に応じた生活が保障されてる、不安要素のない平穏な世界。どこにも行けない、どこに行く必要もない楽園」

 凛はその視線を鋭くする。

 平穏な世界に根付く一つの結末を突きつけるために。

「けれど、あそこには未来がない。希望も、幸せも。人はただ生きているだけだわ。娯楽あっての人間じゃない。私、見ての通り肉食だから。農場(ファーム)暮らしは性に合わないわ」

「ミス遠坂。それは貴女の強さがあっての生き方です。ですが、貴女は全ての人間に自分と同等の強さを求められますか?」

「ッ――それは……」

「できませんね。貴女は自分の身勝手さも傲慢さもわかっている。だからこそ、その苦しみを共有できない」

 凛が言葉に詰まる。

 すべての力なき人々に、自分と同じ苦悩を負えと強制できない。

 そう言い放つレオに凛は反論しようとするが、それも包み込み、レオは告げる。

「脱落する人間が居るのなら自分が助ければいいと思っている。だから、貴女は僕には勝てない」

「……なんですって?」

「貴女の言う幸せは狭いのです。人を救うには、まず人を捨てねばならない。支配者は必要なのです。それは貴女でも、今の僕でも無理です。けれど聖杯の力があれば可能だ」

 地上を、星を照らす光になれる、とレオは断言する。

「世界の三割に達する西欧財閥の支配地域の市民達から不満の声は出てきていません。反抗は域外から発生するもの、貴女の言うファームが完全である事の証です」

 つまり、レオが言いたいのは――

 

「ですから、農場の羊になれないのなら死んでください」

 

 その一点だ。

 西欧財閥という名の牢獄。

 生を約束する代わりに、未来も、娯楽もない日々。

 牢獄は言うなれば農場で、そこで暮らす人々は自由を奪われた羊にすぎない。

 レオはそれを是として、凛はそれを否としている。

「申し訳ありませんが、アジア圏の六割は人類には不要な世界です。もちろん、共に人類の未来を守ろうというのならいつでもあなた方を歓迎します」

「……ふん、ま、平行線だとは思ってたけど、よくわかったわ。私がこの戦いに参加したのは間違ってなかったって」

 それは、静かな宣戦布告だった。

 この戦いで、レオを何が何でも殺す、と。

 告げられたレオは、そうですか、と笑みを浮かべたまま言う。

「ですが、聡明な貴女なら分かっているのではないですか? 或いは、既に」

「筋金入りの王様っぷりね。それだけは褒めてあげるわ」

 二人はそれぞれ、別々の方向に去っていく。

 どちらも、確たる理想を持って、戦っている。

 なのに僕にはなにもない。

 ただ生き残るために、他者の命を奪っている。

 ――それでも、戦うしかないのだ。

「そうだ、シドウさん」

「え!?」

 突然声が掛けられ、驚きながらその方向を見ると、レオが戻ってきていた。

「相手のマトリクスが開示されているでしょう。それを見ておくように、と伝言を伝えられていました」

 それだけ言って、レオは再び去っていく。

「マトリクス……?」

 言われるがままに携帯端末を見る。

 勝利したサーヴァントの詳細は、校舎に戻ってくると更新される仕様になっている。

 ステータスやスキル等が書かれるのだが、

「……あれ?」

『どうしたの、ハク?』

「……キャスターの項目が、二つあるんだ」

 一つは、ありすが連れていたナーサリーライム。

 そして、もう一つ、情報を探るにおいて二回戦から力を貸してくれた、男性のサーヴァントの姿があった。

「……ルイス・キャロル」

 そこに書かれていた名前は、紛れもなく『不思議の国のアリス』の作者。

 マスターの欄にありすと書かれたそれのカラクリは最後まで理解できなかったが、ありすが敗退した以上、彼がもうここにいないのも確実。

 マトリクスに書かれた激励の言葉を心に刻み、キャスターに感謝をするのだった。




明日マトリクスを投稿予定です。
男キャスターについてはそれをご参照いただければ。

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