ギルガメッシュだ! あの金ぴかの英雄王め!
お集まりの紳士諸賢、淑女の皆様。
これよりアンデルセンが語りますは一人の女の物語。
愛にあふれ、愛にくるい、あらゆる不道徳を歓喜のうちに迎え入れ、あまねく欲にまみれた女。
女の名は殺生院 キアラ。
キアラを討つべく集いしは、正しき目を持つ我らが希望。
善悪は定まらぬものなれど、此度は明白。
悪とは是れ殺生院、善とは是れ恋する
この物語がいかなる終演を迎えるか、どうぞ皆様、最後まで目をお放しなきように――!
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「メルト、神話礼装を!」
「ええ!」
最早、一切の加減をすることも出来ない。
一分一秒でも早くこの戦いを終結させる。そのためにも、メルトに神話礼装の解放を促す。
それまでの間、僕がキアラの攻撃に耐え切ることが出来るか。
戦いの雌雄は、そこにかかっている。
「おや。どうやら私と戦うにおいて、究極の力を持ってきたようですね」
しかし、キアラは余裕の表情を崩さない。
慈愛に満ち、全てを蕩かすような甘い声で、その切り札を裁定する。
「確かに、女神に届かんばかりの力で掛かられては、私も少しばかり梃子摺るかもしれません」
寧ろそれでも勝利は揺るがないとばかりの絶対的な自信。
解放の準備を始めたメルトに手が向けられる。
何が来ても良いように、魔術回路を励起させる。咄嗟の対応が出来るよう、瞬間的に絆を表出させる用意をする。
だが、
「ですので――残念ながらメルトリリスにはご退場願いましょうか」
「なっ――」
「ハ――――」
何をするまでもなく、無防備なメルトは、消えた。
跡形もなく、そして術式の兆候もなく。
「安心なさい。殺してはいません。宇宙の果ての果てに飛ばし、宇宙と此処との繋がりを絶っただけです」
宇宙の、果ての果て。
一瞬でそこまでの道を作り、かつそこに他者を飛ばす……?
出来るわけがない。ムーンセルの力を使おうとも、それだけで数年は掛かるだろうことだ。
「メルトリリスが此処に辿り着くには、宇宙の最果てからムーンセルまで、百を超える次元跳躍が必要です。一体何千年、かかるでしょうねえ?」
「そんな……ことが」
「可能なのですよ。この残り火の力は、私が作り出したものですから」
足元に零れる女神の泥を掬い上げ、キアラは言う。
「世界のあらゆる英雄の系譜。その情報。この子に授けたのは、私がBBに作らせた機能をダウングレードしたものです」
「――サーヴァントセル……オートマトン」
「そう。それのオリジナル、英霊より上を行く、神霊の系譜! それが今の私には宿っているのです」
サーヴァントセル・オートマトン。ノートの持っていた、チートスキル。
しかしそもそも、BBにアルターエゴを作らせたのはキアラであり、その力をキアラが決めていたとしたら。
その上を持っていてもおかしくはない。
英霊など及びもつかない神霊たちの力の系譜。しかし、そんなものを持てる筈が……
「神というのは、人を超えて欲深いものです。誘蛾灯に集う羽虫のように――美味しく頂きましたわ」
「ッ……」
規格外、というレベルではない。
その体を以って、キアラは神霊たちを呑み込んだとでもいうのだろうか。
「神霊の力をもってすれば、月の主を宇宙の果てにまで飛ばすなど造作もない。言ったでしょう、戯れだと」
キアラの余裕が、ようやく理解できた。
自身が神となっただけではない。
その内に幾つもの柱を取り込んで、正真正銘の神霊複合体となっているのだ。
「おいでなさいな。貴方も同じく、床に招きましょう」
手が伸びてくる。
先程のように、力を振るうためのものではない。
慈愛と慈悲を込めて、此方を誘うような素振り。
「じっくりと、貴方が究極の快楽を理解してくれるまで、お話をしましょう。私と一つになれば、戦うことの馬鹿らしさも理解できます」
要求を切って捨てたことに、何ら怒りは持っていない。
何故なら、自分は既に勝利しているから。
足元の、あまりにも矮小な力なき虫に怒りを持ったところで、何の意味があろうか。
全能の神として、慈悲を与えているのだ。まだ、その罪は如何様にも赦しが効くと。
「……」
それに対する答えは、明白だ。
最低でも、メルトが戻ってくるまで。最大では、数時間――キアラにとっての刻限が経過するまで。
圧倒的な敵に対し、一人で挑むしかない。
「あら、あら……やはり、人というものは何処までも愚かです。だからこそ私が救いを与えるしかないのですね」
「……させない。たとえ一人でも、貴方を打ち倒す」
「自惚れが過ぎますね。では少しだけ、苦しんでもらいましょうか」
魔力を流し、出力する。表出させた盾を前に突き出すと、その瞬間衝撃が襲い掛かった。
「ッ――」
「立派な盾です。では、聖杯戦争に呼ばれる英雄たちの奇跡、とくと見せてくださいまし」
受けた攻撃の威力相応の魔力を生み出し貯蔵する盾。
同じ攻撃を三度ならば支障なく受けることの出来る盾だが、それでも万能ではない。
「――
怖気を感じ、咄嗟に盾の真名を叫ぶ。
大きく展開し輝く盾に、何かがぶつかり――
持たない。そう確信し、横に飛ぶ。
手放した盾はその瞬間金切り音と共に砕け、今まで居た場所には圧倒的な魔力を伴った槍が突き刺さっていた。
宝具、だが。知っているものとはランクが違う。
「神霊の……武器?」
「その通り。『
正真正銘、神が所持するという宝具。
こんなものを、キアラは幾つも所持しているというのか。
恐ろしい。絶望的。だが、勝機の一切がなくなったという訳ではない。
最上位の宝具を多数持っているとしても、それを使用するキアラは単一だ。
ならば条件は、僕も同じ。
相手が位で勝るのならば、僕は戦法で勝るしかない。
「ほら、対処をしないとその柔肌、串刺しですわ?」
瞬間的に近付いてきて、槍を手に取ったキアラはその勢いのままに薙いでくる。
左手の泥に収容された宝具を検索し、その攻撃に耐えうる一本を探し出す――!
「なっ……」
身体強化を掛けつつ表出、振った剣は神の槍を無傷のままに受け止めた。
決して毀れることのない清らかな剣。
神の宝具に勝るとも劣らない頑強さによって、キアラに僅かながらの隙を生み出す。
剣を握ったまま、弾丸を放つ。
「ぐっ――」
その隙を少しでも大きくし、反撃への糸口にする。
剣を振り上げる。
これをまず、最初の一撃に――
「――舞は終わりだ。その足を落としてやろう」
「ッ――――!?」
動きが唐突に停止する。
戦っていた僕とキアラの手によるものではない。
この場における第三者、言葉を詠んで異質な事象を織り成せるのは、たった一人。
「アンデルセン……!」
「悪いな。戦闘に関して俺はてんで無力だが、これでもキアラのサーヴァントだ。目の前で危機に陥っているのを黙って見ていられるほど、薄情でもない」
アンデルセンの言葉による束縛は、すぐに解放された。
それほど強力なものではないらしいが、停止している間にキアラへの束縛も解けてしまった。
「……助かりましたわ、アンデルセン。偶には役に立ちますのね」
「神に等しい力を得ておきながら、いとも簡単に隙を作るとはな。頭を冷やす意味合いも込めて、一発喰らっておいた方が良かったか?」
「余計な舌は回さなくて結構です。貴方はそれを見張っていなさい」
「やれやれ。見張って、いざ何かが起きても何も出来んのだがな」
キアラの命令に、アンデルセンは肩を竦める。
アンデルセンが「見張れ」と命令された“それ”――かつてノートであった泥だ。
もしかして、泥には見張っておく、守らなければならない理由があるのか?
――まさか。
「あれが……核なのか?」
「……まあ、明かしても負けるつもりはありません。ご名答です、ハクトさん」
サーヴァントセル・オートマトン。英霊の情報を自身に適合させるチートスキル。
キアラはそれを応用して神の力を得ている。
だがキアラは人から変生した存在であって、元々女神を組み合わせて作られたアルターエゴではない。
キアラ自身の体にはそのスキルを組み込むことは出来ず、外部にあるあの泥の塊を核としているのか。
ならば……アレを破壊すれば、神々の能力は行使できなくなる。
勝利するにおいて、それは必須項目だ。だがそれは、この手でノートを殺すも同じ事。
ノートはまだ生きている、という可能性はゼロではない筈だ。人の形を無くしても、まだ命が消えてはいないと信じたい。
「あの核を破壊すれば、私が持つ数多の神性は消えるでしょう。ですが、貴方に出来ますか?」
「……」
「出来ないですよね。幾ら堕ちても女神の泥。それに、まだこの子は生きているのですから」
宙に浮かぶ泥の塊――ノートが、まだ生きている。
であれば、それに手を掛けることは、僕には出来ない。
キアラに操られ、しかし最後の瞬間、彼女はBBを守ろうとしたのだ。それまで敵であっても、あの時は……
「ふん。キアラ、また足を掬われるぞ。勝つつもりならそのエゴの個、さっさと断ってしまえ」
「黙りなさい、アンデルセン。まだノートには役目があるのです」
アンデルセンの苦言を、キアラが一喝する。
「せっかくノートに、そんな二柱が組み込まれているんだもの。戦いの途中に神々の欲を受ければ、私、其方に気が移ってしまいそうですし」
恥じるように、頬を染めるキアラ。
つまり、そうなるに足る理由が、ノートを“生かして”いる理由で。
「あの泥は大容量を収容できるので、神々の存在を一身に受けても大丈夫でしょう。ですがまあ――当然処女なのでしょうし、遠慮を知らない神々の相手はさぞ辛いでしょうね」
「キアラ――――!」
感情に任せた無謀を、どうにか抑え付ける。
考えなしに突っ込んで勝てる相手ではない。たとえ何があっても、してはいけない選択だ。
「怒りました? 良いではありませんか。どうせ消えかけのエゴ一人、犯され抜いてから死んだところで些事でしょう?」
平然と、笑みを浮かべたまま、そんな事をキアラは言ってのける。
「この泥は私が人間の欲を固めた影を生み出す最後の出力装置でもあります。でもほら、影はまだ生まれている。体中を陵辱されて尚仕事が出来ているということは存外、彼女も悦んでいるかもしれませんよ」
淡い輝きを放ち続ける泥。ノートの内心を見て取ることは出来ない。
だが、今までのノートと徹底的に違うということは、明白だ。
左手に宿る泥と、目の前の泥では性質が違いすぎる。あまりにも苦痛に満ちていて――
「まあそれなら、私も嬉しいですわ。所詮神々へのご機嫌取りでしかなかったこの子が、快楽の内に逝ってくれるのなら」
――――セン、パ――イ――?
「ッ――――あぁアア!」
多分それが、我慢出来なかったのだと思う。
気付けばその怒り全てを両手に込めて、キアラに剣を叩き込んでいた。
「――おや」
防御に使われた神の槍は、無敵ではなく。
決して毀れぬという逸話を持った剣の前に砕け散った。
「そう……そうです。怒りなさい。月を蝕まれた怒り、知己を穢された怒り、全てを狂わされた怒り。激情を以って挑まなければ、
歓喜をもって迎え入れるキアラと相対し、ようやく理解した。
目の前の敵とは、決して相容れない。疑いから目を背けていた自分は、どうしようもなく馬鹿だったのだと。
かつて、歩んできた道を絶対に否定しないと決めた。
だが、生まれたのは後悔。
こんな事件が起きなければ。もっと管理を徹底していれば。
ノートは無自覚の使命を持つことも、あのような結末を迎えることもなかった。
ローズが狂気を身に宿すことも、あのような結末を迎えることもなかった。
BBが狂うこともマスターを守ることに身命を賭してきたサーヴァントが再び死ぬこともなかった。
――――この女が許しがたい最悪の敵として、立ちはだかることもなかった!
「貴方は私を赦さなくて良い。さあ! 全てをぶつけてきなさいな!」
「元より――そのつもりだ!」
再びキアラが取り出した武具に、剣をぶつける。
怒りに身を任せるなんてことはしない。
あくまでも、戦意の一端だ。この場における戦う理由、その最たるものとして、闘志の炎にくべるだけ。
だがその激情は、確かに力を大きく底上げしている。
「――――おおおおおおおぉぉぉぉッ!」
心臓の鼓動が早い。心臓の鼓動が強い。
尋常ならざる力が全身に流れる。身体強化が際限なく、その役割を発達させていく。
体が軽い。まるでその肉体が人間のものではないかのように、あらゆる機能が強化している。
果てが見えない。決して枯渇することなく、魔力は燃料となって投下されていく――!
原作ラスボスのキアラだとちょっと物足りないんで、強化しました。
その結果、ノートがとんでもねえとばっちりを食らいました。
書いてて軽く鬱になりました。愛着沸くものですね。