Fate/Meltout   作:けっぺん

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まさかアポマテ発売よりリリースが遅れることなどありえまい。


Last Battle on Mooncell.-3

 

 そして、わたしは観測する。

 今いる場所の、すぐ下。最後の砦の入り口を。

 

 白融というターゲットを求めて迫る、悍しい影。

 一つ一つの戦闘力は平均以下のサーヴァント程度。

 知能は持たない。それを踏まえれば、精々高レベルのエネミー程度だ。

 しかし、この影の脅威はその数。真実無数に襲い来るのだから、如何に強力なサーヴァントであろうと、戦っていてはいつかは枯渇する。

 ゆえにそれにわざわざ戦いを挑むのは愚直の極みであり、手を出す正当な理由なんてない。

 人間の行動原理は不明なれど、圧倒的な数を相手に必要のない戦闘を行うのが愚かでしかないことは、十分に理解できるだろう。

 遠坂 凛には、わたしは理解できないが理由が存在する。

 だがそれ以外の、旧校舎にいる者には現状戦う理由が存在しない。

 襲い掛かられれば自己防衛をすることになろう。

 しかし、影は白融を求めるばかり。向こうも手を出されなければ、如何な存在も放っておくだろう。

 今、旧校舎に存在する影の攻撃目標は白融と遠坂 凛。

 人の情がないからこそ、それは如実に分かっている筈だ。

 自身の目の前を通って、二階へと上っていく影をただ見ているだけで、安全は約束される。

 それを、しかしその者は否定した。

「――欲の影よ、商売の邪魔をしてくれるな」

 同じ観念を持つわたしからしても、到底理解できない行動だった。

 徐に懐から取り出した剣の柄。

 それに彼は自前の魔力を通して刃を作り、投擲することで先頭を行く影を貫いたのだ。

 黒鍵という、彼が自己防衛のために所持している礼装。

 自身が危機に瀕した際に使うべし――その基本事項に、今の状況は接触していない。

 AIとしての義務感ではなく、彼――言峰は自身の選択で、影を敵に回したのだ。

 牙を剥いた者に慈悲をかけるほど、影には自我がない。

 正に機械だ。影は向きを変え、言峰を認識する。

「まったく。ようやく軌道に乗ってきたと思うのだが。ここにきて薄汚い煤共に荒らされるとはな」

 口から零れる不安とは裏腹に、その口元は吊り上がっている。

 光の灯らない瞳は、待ちに待った獲物を見つけた捕食者の如く。

 扱う品物の入ったガラスケースを飛び越え、その動作の最中に再び黒鍵を各手三丁ずつ、指の間に挟み。

 着地したときに既に放たれていた黒鍵は、六の影を狙い違わず貫いていた。

「さて、お前たちが私に手を出さずとも、此処を通るのであれば妨害するが。諦めて退散するのが良い選択だと思うがね」

 そんな警告とは裏腹に、言峰は次の黒鍵を取り出し、先頭の影に狙いを定める。

 意思のない影が警告に応える筈もない。それを分かっているのだろう。

 その明確な戦闘姿勢を、影は敵と判断する。

「そうか。重畳だ。体も鈍っていてな。たまには震脚の一つでも、踏んでみたかったのだ」

 敵ならば、影は決して逃さない。

 迫ってきた先頭の六体を黒鍵で貫くと、その屍を超えて迫ってきた影に言峰は一息で接近する。

「はあ――っ!」

 地響きを起こさんばかりの震脚と同時に放たれた拳が、影を打ち抜く。

 続く連撃で順に迫る影を一、二、三と潰していく。

 狭い廊下という地の利を、言峰は活かしている。

 影の強みである、大群による蹂躙が出来ない状態であれば、言峰という一介のAIであっても対処が可能なのか。

 しかし、それでもある程度の時間だけ。

 倒す数と入り込んでくる数の差は圧倒的で、三分と経たないうちに言峰は囲まれていた。

 言峰が操る八極拳は群れを相手するのに向いていない。

 ひと時に複数倒せても、それは黒鍵による数体のみ。言峰は小さな隙を見て回収しているが、それでも十や二十といった影を一度に倒すことなどできない。

 群れが言峰に襲い掛かる。

 影は推定三十。黒鍵だろうと八極拳だろうと、一度に殲滅などできない。

 このまま言峰は一瞬にして呑まれる。それが、当たり前の運命。

 だが――

「甘いな、影よ。あのような欠陥品の下にいるのだ。この程度で消えては、いられんだろうに――!」

 そこでは、終わらなかった。

 腕を赤く輝かせたと思えば、言峰を中心として広がる、胎動する闇。

 群がっていた影は一瞬にして消し飛び、言峰は不敵に笑った。

「まったく、これの存在、彼らに知られずに済んだのは幸いか。知れていれば、全て没収など目に見えている」

 腕に刻まれた、十数画はあろうかという令呪。

 そのうち三つを使った、擬似術式――どうやら言峰は切り札を用意していたらしい。

「そう数も使えん。だが効果はあるようだ――黒蛇現照(アジダハカ)とでも名付けようか」

 令呪は聖杯戦争におけるマスターの参加権であり、監督役を担っていた言峰は令呪の管理を行っている。

 膨大な魔力を贅沢に三つ使った攻撃は、言峰が危機を脱するのには十分すぎた。

 尚も流れ込んでくる影。外にいる遠坂 凛とランサーによってその数は激減しているが、それでもAI一人で対応するには多すぎる。

 絶望的。これらを敵に回してしまった以上、言峰に生存の未来はない。

 だが、その表情は至極愉快げだった。

「まだ来るか。構わん、愉しませるがいい」

 令呪には限りがある。先程の攻撃も、あと十回と使えない。

 黒鍵と八極拳を如何に駆使しようと、この数を前にしては限界はそう遠くないうちに訪れよう。

 だというのに、何故言峰は笑っているのか。

 最低限、今から生徒会室に逃げ込めば、僅かにだが可能性が生まれる。

 その選択を、言峰は最初から考えていない。

「くく、お前たちにとっては私のあらゆる行動は迷惑でしかなかっただろう。なにせ、私という存在に刻まれた性質だったのでな」

 彼方の、ここにはいない誰かに告げるように、言峰は独りごちる。

 言いながらも、数を増す影を次々と殲滅していく。

「ゆえに、これは単なる気紛れだ。どうせ消えるのならば、最後くらい手を貸すのも悪くはない――精々、足掻かせてもらおうか」

 言峰にとってそれは、最初で最後の戦いになるのだろう。

 恐らく――いや、確実にこのAIはこの事件が収束するまで持たない。

 程なくして、言峰は影に呑まれ消滅する。その運命は決して覆らない。

 生徒会室に影が辿り着くまでの時間を延ばすだけともいえる行動に意味があるかといえば否だ。

 既に生徒会室は戦闘態勢を整えている。この行動は、まったくの無意味だ。

 この行動に意味が生まれるかどうか。全てはあの、愉悦に身を染めたAIだけが知りえることだ。

 

 

 +

 

 

 一階、二階と迷宮を降りていく。

 影の数は凄まじい。油断すればすぐに呑まれかねないほどだ。

 これだけのマスターとサーヴァントがいて尚、苦戦を免れない。

「くっ……!」

「ハク!」

 先に進むことが難しい。基本的に旧校舎を目指す影だが、敵として認識された以上全方向からの襲撃に対処が必要になっている。

 メルトの斬撃が道を切り開く。

 その道が埋まる前にガウェインが剣を振るう。

 炎が影の襲撃を防ぐように立ち上り、その隙に道を駆ける。

「これで、三階か……」

「思った以上に、数が多いな。この分だと発生地帯周辺は――」

 ユリウスの懸念は、すぐに正解だと分かった。

 降りてきた三階。そこはさながら、黒の海だった。

「ッ……」

 どうやらここは、旧校舎に最も近い影の発生地帯になっているらしい。

 床が見えないほどにまで影は増えており、中心部は山のように盛り上がっている。

 ガウェインが広範囲を焼き払うことでどうにか三階の床を踏む。

 しかし、その数は圧倒的だ。

 まともに先に進もうとしても、満足に歩くこともできないだろう。

「……仕方ありません。ここは――」

 レオが前に出る。

 対軍宝具を持ち、この場の攻略に少しでも有利だろうガウェインを連れた自身ならばどうにかできると判断したのだろう。

 だが、言葉のその先は述べられなかった。

 僕たちの背後から聞こえた爆音と、その正体だろう前方の爆発でレオは足を止めた。

 影が吹き飛ぶ。微々たる数だが、今の爆発はかなりの威力を持っていた。

 火薬を存分に使った攻撃。それを得意とするサーヴァントは、この月の裏側にただ一人。

 

「――ライダー! 船を下ろせ!」

 

 マスターの号令で、そのサーヴァントが誇る船が降下してくる。

 生徒会に所属しているマスターではない。

 しかしどうやら――避難をしていなかったようだ。

 すぐ傍に船が停まる。その間も襲撃してくる影を、爆風が一気に殲滅する。

「……慎二」

「奇遇だな、紫藤。こんなところで会うなんて」

 船の上から、慎二が顔を出す。

 それは、決して考えなかった助力だった。

「シンジ、何故……」

「とりあえず、皆乗れよ。込み入った話はそれからだ」

 確かに、この場にいては戦いながら話すことになる。

 ライダーの宝具は霊子の海を往く船。この迷宮ならば飛行が可能だ。

 影の襲撃から、少しの間ならば逃れることが出来よう。

「よし――皆」

 一人ひとり、船に乗り込んでいく。

 影の殲滅はその間も止めない。ライダーの対軍宝具の強みが存分に発揮されている。

「全員乗ったね、出すよ!」

 船が浮上する。影が手を伸ばしてくるも、既に届かない位置にまで上っている。

「……それで、慎二君。なんでここに? 避難、しなかったの?」

「しようとしたさ。だけど落ち着かないんだよ。こんな戦場で、大人しくしてるってのがなんか嫌だったんだ」

「で、散歩しようってシンジが提案してきたのさ。校庭の嬢ちゃんたちがあの影たちを引き受けている間に、アタシたちは入ってきたってワケ」

「散歩……?」

「細かいことはいいんだよっ。別に助けるつもりはなかったけど、追いついちゃったらしょうがないだろ」

 それが本心なのか、そうでないのかはこの際いい。

 重要なのは慎二がここに助けに来てくれたという一点。これならば先に進める。

「お前たちをこの階の終わりにまで連れてったら、ここは僕が引き受ける。それで良いな」

 何故それを知っているのだろう……という質問は、最早野暮だろう。

 僕がすべき選択は、慎二にここを任せるということ。

 危険は大きい。だが、慎二ならば信頼できる。きっと無事でいられるだろうと、確信がある。

「間桐 慎二とライダーにこの場を任せるならば、この後に多少余裕が生まれます。彼の提案は妥当かと」

 ヴァイオレットのやや機械的な分析からしても、それは確実らしい。

 ならばこれ以上考えることもない。

「……任せた、慎二。この階のどこかに、影の発生源がある。それを破壊してくれ」

「分かった。ちょっと広すぎるけど……ライダー、どうにかなるよな?」

「無理……と言いたいところだけど。こんだけ信頼されたらやらない訳には行かないね。オーケーだ、その仕事引き受けた」

 歯を見せて笑うライダー。最初の仕事と言わんばかりに、船が動き出す。

「ヨーソロー、ってな。まったく、報酬なしで働くたあ、アタシも物好きが祟ったもんだよ」

 下を爆撃しながら、ライダーの船は進む。今までとは比べ物にならない速度で、迷宮を先に進んでいく。

 ――もう少し先まで、と欲が嵩む。

 いや、それは駄目だ。慎二がここを受け持つと言ったのだから。

 やがて三階の終わりまで辿り着くと、階段の傍を爆撃し、下りる場所を確保する。

「ありがとうございます、シンジ。貴方の助力は、きっと解決に繋がるでしょう」

「当たり前だろ。もう行けよ。後は任せるぞ。生きられるのなら、僕はまだ死にたくないからな」

「――ああ」

 船から下り、先へと進む。

 慎二は最後まで、此方を見ている気がした。

 爆撃の音を遠くに聞きながら、更に下へと降りていく。

 ここで後ろを振り向くことは出来ない。

 ただただ、前へ。まだゴールは、遥か先なのだ。




言峰:旧校舎一階廊下
凛の倒しそびれた影と対峙。

慎二:三階
影の発生源破壊を担当。

遂に言峰が参戦。え? 戦闘能力持ってたのかって?
八章章末
>セイバー「逆に戦闘能力のあるAIがいるのか?」
>ハク「いるといえばいるけど」
黒蛇現照(アジダハカ)はUCでの必殺技です。かっこいいです。

次回は多分、アレを発動します。多分。

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