いやー楽しみだなー。更新遅れるかもしれないなー。
普段通りのように呆気なく、目覚めのときはやってきた。
疲れは取れている。
大体、何時間くらい経ったのだろうか。
生徒会が連絡をしてこないことからして、まだ定められた時間にはなっていないのだろう。
未だ、外の景色は夜のまま。
月がないのが当たり前の、月の夜。
今まで地上にいた他のマスターにとって、この景色にはやはり違和感を抱くものなのか。
そんな他愛のない疑問が生まれる程度には、余裕もできていた。
隣に眠るメルトの目覚めも近いらしく、時折体を動かしている。
メルトが自然に目覚めるまで、待っていても構わないだろう。
「……」
――勝っても負けても、この日が最後だ。
この日のために僕はここまで戦ってきたといってもいい。
ここで敗北してしまえば、全てが無駄になる。
帰るために突破しなければならない障害であるのならば――僕は全力で挑む。
「……ん、っ」
思ったよりも早く、メルトの目は覚めた。
上半身を起こし、体を伸ばしながら欠伸をするメルトは、安心を抱かせる日常の体言だった。
「おはよう、メルト」
「ええ……おはよう、ハク。……いよいよね」
「ああ、そうだね」
この事件のうちで感じる、最後の『日常』となるだろう。
メルトの髪を梳くこの時間も愛おしく、いつまでも続けていたいとさえ思える。
だが、惜しむようなことはない。
時間の概念は表に帰れば存在する。
僕たちは勝利する――そして、明日を迎える。
そのためにも、『この時間』から脱出しなければならない。
大丈夫。決意は出来ている。落ち着いてもいるし、何よりメルトがいる。
皆も力を貸してくれるとあらば、負ける要因なんて一体何処にあろうか。
明日になって、何かが決定的に変わるということもない。
ただ、この日常を感じる場所が旧校舎から中枢になるということだけ。
「――覚悟は出来てる、ハク?」
「勿論。キアラさんの好きにさせる訳にはいかないからね」
沈黙に耐えかねたのか、メルトが問いを投げてくる。
聖杯戦争では、戦いに迷いを持ち、大した覚悟も持てないままに戦ったときがあった。
だが、その過程を通して僕は戦う理由を持ち、聖杯戦争の勝者にまでなれたのだ。
その先でもう一度戦いに巻き込まれた。
では果たしてその戦いで、迷いを抱くだろうか。
答えは否だ。寧ろその結果を否定しないためにと、意志はより固くなる。
負けられないという気持ちは、或いはレオとの戦いよりも上をいく。
「はい。終わったよ、メルト」
「ありがと。さて、と……もう行くのかしら?」
「うん……そのつもりだ」
つまりは、聖杯戦争が終わったときと同じ。
――この旧校舎の個室に別れを告げるときがやってきたのだ。
「……」
「メルト、未練がある?」
「いえ。……ん、ちょっとあるかもしれないわ」
人形の数々だけでなく、周囲を見渡すメルト。
この部屋で過ごした時間は、表側の校舎と比べれば遥かに短いだろう。
だがそれでも、大きな戦いの拠点として使っていた場だ。それと別れを告げることに何も感じないなんてことはない。
「まあでも、だからってずっとここにいる訳にもいかないわ。さあ、終わらせにいきましょう」
メルトは至極落ち着いて見えるが、その内心は怒りに満ちている。
以前自分を殺した敵が、再び自身を巻き込んだ事件を起こしていることに。
そして彼女との戦いを前にして、その感情を解き放つときが近付いている。
嵐の前の静けさとでも言うべきか――メルトの不機嫌は、十分に伝わってきた。
「――よし」
この部屋にはもう、戻ってこない。
前と同じ、中枢に行くために、ここでの日常は置いていく。
そして決戦に向けて、最後のブリーフィングへと向かう。
これが或いは――皆との最後の語らいになるかもしれない。
「おはようございます、ハクトさん。良い夜ですね」
「健康状態は万全のようです。これ以上にないコンディションのようで安心しました」
「ま、そうじゃないと困るんだけどね」
生徒会室にはもう、メンバー全員が揃っていた。
全員がいたっていつも通り。最後というものを感じさせない様子だ。
「ふぁ……、いつもより暗いと、やっぱり眠くなるね」
「お前はもう少し、緊張感というものを持ったらどうだ……?」
「ふ、そうはいっても、儂らもいつもと変わらない気もするがな」
眠そうな白羽さんには緊張感が見られないが、しかし彼女も理解している筈だ。
だからこそ、普段のままにいる。
もしかするとそれは――いつまでもこのままでいたいという小さな願望の表れだろうか。
「おお、御女神。今宵も御機嫌麗しゅうッ!」
「……貴方、本当に神なら誰でもいいのね」
「うむ! 是、神性とは尊きもの。そなたも名高い女神の集まりとなれば、頭を垂れるほかあるまい」
相変わらずよくわからない言葉を並べ立てるガトーに、メルトは若干引きながら応対する。
普段なら無視するところだが、相手をしている辺り、メルトにも思うところがあるのかもしれない。
「女神の神性なら、私も所持しているのですが」
「わ、私も……」
「私もですけど……お母様も女神も因子を持ってますよね?」
「ええ、まあ……」
「ぬおおっ! ジーザス! オール・マイ・ゴッデス――!」
「ええい、喧しい。耳元で騒ぐな」
何やら心底感動しているらしいガトーは感極まれりとばかりに叫び、アタランテに叱責される。
「なんていうか、相変わらずね。大体想像できてたことだけど」
「はい。だけど……これで良いと思います。リラックス効果にも繋がるでしょうし」
「まあ、この抜けた感じはわたしも嫌いではありません」
その通りだ。精神衛生上これで悪いということはまったくない。
寧ろ、安心させるものだ。
戦いに赴くというのは今までと変わりないのだ。ならばこれまでの通り、いつもの調子で送り出してくれることはありがたい。
「はい、どうぞ紫藤さん。今回は特別、腕によりをかけて淹れました」
「ありがとう、桜」
席につくと、桜が紅茶を差し出してくる。
芳醇な香りは鼻腔を突き、無意識に眠っていた意識を刺激する。
一口飲む。熱さと深い味でその意識は一気に覚醒した。
紅茶に関して造詣のない僕でも、それが一際レベルの高い逸品であることは分かった。
「既に地上では失われた種を味わえるというのは、月の特権ですね。これの存在だけで、いつまでもここにいたくなります」
「確かに。私はあまり飲み慣れてなかったけど、偶には良いかも」
「ふむ……これほどのものは我が国でもそうは見かけないな」
桜の紅茶は各自が絶賛していた。
よく飲んでいるだろうレオやダンさんでさえも感嘆の声を漏らしている。
ほんの数分、ごく僅かなティータイム。
カップを空にしたレオは笑みを消して、切り出してきた。
「……さて、ハクトさん。すぐに向かうのですか?」
「ああ。まだ時間には余裕があるみたいだけど、早く動くに越したことはないから」
役目を終えたセブンレイターは、既にその在り方を変えていた。
キアラさんの提示した、十八時間という期限。
その瞬間までのカウントとして時間を刻むボードの数字は、まだ六時間近く残されている。
この期限をキアラさんが守るつもりならば、まだまだ余裕はある。
だがこれ以上やることもない。準備などないし、それこそもう一度あの場に行くだけだ。
「そう、ですか……長いようで短かった。ここにきて、それを実感しますね」
ラニの呟きには、悲壮が篭っていた。
「きっと聖杯戦争で貴方を送り出すときも、これを感じていたのでしょう。何度目であってもこれは、決して嬉しい感情ではありませんね」
「ラニ……」
聖杯戦争の終了後、中枢に接続するときのラニの涙を覚えている。
出会った当初は空虚なホムンクルスだった彼女だが、あの時の涙は本物だった。
彼女の始まりから終わりにかけての成長は――桜が望んでいた心そのものだったのだろうか。
願望の体現者たるラニ。僕は再び、彼女に見送られて先に進むことになるのだ。
「ラニ。それでも、これが僕たちの選択です。僕たちがやるべきことは、彼をここで見送ること。そうでしょう?」
そんなラニを、レオが諭す。
そう。それが正しい選択だ。皆を此処で待機させて、僕自身の手で全てを終わらせる。
だが――選択には既に致命的な間違いが起きていた。
『――もし、聞こえますか? ハクトさん』
「ッ――!」
サクラ迷宮からのハッキング。その相手など考えるまでもない。
「……キアラさん」
『随分と時間が経ちましたが、答えは出たでしょうか?』
キアラさんの言葉は、此方の回答を確信しているかの声色だった。
「……答えは、出てます。キアラさん、貴女の望みに答えることはできない」
はっきりと告げる。
どれだけ彼女に利があろうと、彼女の望みは許容できないものだ。
『ふふ……そういうと思ってました。では私に挑むつもりがあると?』
「はい。何があっても、貴女に勝って、全てを終わらせます」
『そうですか……仕方ありませんわ。その強情、今から融かせると思うと……滾ってしまいます』
次の瞬間、空間が震撼した。
地響きと同時に聞こえてきたのは、ざわざわと何かが蠢くような奇妙な音。
『良いでしょう。月に巣食う不浄として、私は貴女の挑戦を受けましょう。尤も――生きて此処まで来れたらの話ですが』
「一体何を……?」
『サクラ迷宮を無事に抜けられるか、楽しみにしていますわ』
答えは、返ってこないまま、通信が切れた。
代わりにその答えを出したのは、凛だった。
「ちょ……何これ!?」
「凛!?」
「これ、見て……迷宮内部の映像よ」
各階層に一つずつ仕込まれた術式から送られてきた映像。
その中のいくつかに映っていたのは、ただひたすらに広がる闇。
最下層からゆっくり、ゆっくりと迫ってくる、不気味な泥。
全てがくっついているように見えて、拡大すればそれが膨大な影の群れであることが窺える。
「シェイプシフター……?」
それは、BBが使役していた特殊なエネミーに似ていた。
だが、その性質はまったく違う。どこまでも清純で、それでいて不浄の塊のような影。
「真っ直ぐ、旧校舎へ向かっています。これでは遠からず、辿り着くでしょう」
「狙いは……」
「わたしの中にある、白融でしょうね」
すぐさまキアラさんの意図を見て取ったのは、カレンだった。
恐らくキアラさんは、ノートが所持していた白融の片割れを持っているだろう。
ならば、残るはカレンが持つもののみ。
「だとしたら、やるべき事は……篭城か」
「いえ、それは得策じゃないわ。流石に量が多すぎる。底が見えない以上、ここに篭るのは避けた方が良いわ」
確かに、残り数時間、ここでカレンを守り続ければキアラさんは自然消滅するだろう。
だがこれがキアラさんのいう強硬手段なのだとすれば、彼女が勝利を確信しうるものだ。
圧倒的な物量。あれが仮に無限なのだとしたら、いずれ呑まれる。
だったら、僕たちが取るべき行動は――
「――旧校舎を守りつつ、キアラさんを倒す、か」
「そうなりますね。ならば、ハクトさんとメルトさんだけでは……」
「ええ……難しい、わね」
神話礼装を解放しても、メルトだけでは旧校舎から中枢までをカバーできないだろう。
「それなら、やっぱり私たちの出番かな?」
頼むしかない。そう思い至ったのは、白羽さんと同時だった。
「どうせ白斗君が負けたら全部終わりなんだから、私たちが命を惜しむ必要もないもんね」
「……そうだな。此処を守り、そして紫藤を中枢まで送り届ける。一人や二人では、到底出来まい」
白羽さんの提案に、ユリウスが同意する。
二人が言いたいことは明白で、レオは頷くと此方を見る。
決定をするのは僕だ。ならば僕は――
「――頼む、皆」
最後の戦いに皆を巻き込んでしまう。だが謝罪をするのはお門違いだろう。
彼らがそんなものを求めていないのはわかっている。
だから言葉はそれだけに留める。レオは頷き、席を立った。
「――皆さん、覚悟は良いですか? これは僕たち全員が立ち会う、世界を守る戦いでしょう」
どんな世界だろうと、犠牲になってはいけない。
「全員で事に当たります。未来のために、世界のために、そして、自分たちのために」
だから進む。月の裏側全てが戦場になる予感は、確実に当たると分かっていても。
「今度こそ、ここに月海原生徒会、ラストミッションの開始を宣言します――!」
本当の本当にラストミッション。
ラスボスその2、影さんの登場です。
その1は言わずもがなです。
ここにきて気付いたのですが、ガトーは脇で相槌役に置くより作中の小話のメインに置くと凄い書きやすいです。
最後の日に何してんだって話なんですけどね。
次回は多分、最終決戦開始です。多分。