Fate/Meltout   作:けっぺん

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多分この辺りまでが最終章の序章的な感じ。
今回ちょっと短めです。


Break Down is Nigh.-1

 

 

「脳波、覚醒状態に移行しました。バイタル、全て安定――変換、安全に終了します」

 

 遠のいた意識はすぐに戻っていく。

 視界は閉じているようで、広がっているのは暗闇のみ。

「――紫藤さん、気が付きましたか?」

「ッ――――ああ」

 重い瞼を開く。開けた視界には、心配そうに此方を覗く桜が映る。

 気付けば、自分の椅子に腰掛けていた。

 体には気だるさのようなものが残っているが、カレンの槍によって回復した体力はそのままのため、暫く体を動かしていないことが影響しているのだろう。

「どうやら、成功したみたいね。お疲れ様、ハクト君、ヴァイオレット」

 凛の労いの言葉に一際強く反応したのは、BBだった。

「……ヴァイオ、レット」

「BB……ただいま、戻りまし――」

 久々の再開でも、普段通りに事を済まそうとするヴァイオレットは、そこで言葉を止める。

 理由は明白。自身に飛び込んできたBBを受け止めることを優先したのだ。

「今まで……何をしてたんですか。貴女は、私の信頼する、ブレーンだというのに……」

「……すみません。貴女に無断で、体を休めていました」

 BBの声は震えていた。

 しかし、矜持か意地か、最後の堤防を決して崩したりはしない。

 自身より背丈の低い母のその様を、ヴァイオレットは笑わず、ただなされるがままにしている。

 どこか戸惑っている様子も見られたが、しかし両者とも、抱いている最たるものは喜びだった。

「ヴァイオレット……良かった……っ!」

 BBに続き、カズラも駆けていく。

「カズラ……」

 BBとは違い、カズラは惜しみなく涙を流している。

 彼女が消えたと思っていたときと同じ。今度は悲しみではなく喜びで。

「ヴァイオレット、ノートから受けた傷は……」

「完治しています。貴方たちの最後の作戦には、問題なく参加できるでしょう」

 レオの確認に、ヴァイオレットは事務的に答える。

 ヴァイオレットはノートによって命に至るほどの深い傷を負わされた。

 恐らくあれも、無意識のうちにキアラさんに操られての行動なのだろう。

「出来れば、現状を教えてもらえますか。無論、今しがた真髄を解放したサーヴァントを起こしてからで構いません」

 ヴァイオレットが視線を向けた先には、術式に包まれたメルトがいる。

 未だに休眠状態のままのメルトは、何ら今までと変わりは見られない。

「では、メルトリリスの休眠状態を解除します。お疲れ様でした」

 ラニはその一言と共に、メルトの周囲を取り巻く術式を操作して取り除く。

 目を開けたメルトは暫く呆然と、胸に手を当てていた。

「……」

「メルト?」

「何か体に問題が? であればすぐに確かめますが……」

「いえ――少し違和感があるだけよ。原初の楔は、完全に解放されたわ」

 当然、違和感はあるだろう。

 これまで存在していなかった力が突然自身に組み込まれたのだから。

「メルトリリスの内部に今までなかったブラックボックスが確認できる。これが権能の集合体だろう」

「なんと計り知れぬ容量……この権能を神話礼装として編み直し、自身に纏わせるのか」

「ぬうぅ……! こ、これが神話の女神の神威! 小生の女神に負けず劣らずビューティホー!」

 此方に歩み寄ってくるメルトは、どうにも違和感を拭えていないらしい。

 パスからは変わった様子は伝わってこない。

 だが、メルトにとって堪えがたいものらしく、不愉快そうに顔を顰めるばかりだ。

「メルトちゃん……大丈夫?」

「違和感はすぐ最適化されるでしょう。後は本人の意思次第で神話礼装として解放することが出来ます」

「あっ、今は駄目です! 階梯と種別が違いすぎます。旧校舎のサーバでは、サーヴァントを一人しか収容していない状態だとしても簡単にダウンしちゃいますから」

「そうでなくとも、神話礼装の出力は凄まじい。お前がどれだけ特殊なサーヴァントだろうと、使用は一度きりと定めるべきだ」

「言われずとも、分かってるわ。力を借りすぎるのも癪だし、進んで使おうなんて思わないわよ」

 暫く休むわ――そう良いながら、メルトは姿を消す。

 それを見届けるや否や、話は済んだとヴァイオレットに視線で促される。

 ヴァイオレットは最後の戦いに力を貸してくれると言った。ならば、現在の状況は教えて当然だ。

 ――全てを語り終えるのに、そう時間は掛からなかった。

 僕とメルトが月を管理していること。

 キアラさんが全ての元凶であったこと。そもそもの事件の発端。

 ノートがキアラさんの“駒”であったこと。

 キアラさんの要求から、これからどうするかまで。

 語り終えた頃には、BBは既に平常心に戻っていた。カズラは相変わらずヴァイオレットに寄り付いているが、涙は既に引いているようだ。

「――これが、現状。僕の主観もあったけれど、間違いないかな?」

 桜とBBに確認すると、慎重な顔つきで頷く。

「BBは、其方のサクラにバグを移されて起動したAI……」

 ヴァイオレットは自身の中で考えを纏め、結論を出す。

「……そう、です。全て間違ってません」

 苦々しげに肯定する桜。

 やはり、その部分を追求されるのは好ましくないのだろう。

「殺生院 キアラは中枢に陣取っている。時間経過で襲撃を宣言しているため、自動消滅を待つことは出来ない。ゆえに確実に勝利できる手段を見出した訳ですか」

「ああ、その通りだ」

 間違いなく、戦いを避けることはできない。

 キアラさんの要求を呑むなど絶対に許容できない以上、それは明白だ。

 だから、勝つために最上級の力を手に入れた。神話礼装で駄目ならば、手段はない。

「では、すぐにでも?」

「いえ。一時休憩を取ります。少なくとも、一晩分。十分に時間はありますから」

「しっかり休んで、勝ってもらわないとね。じゃなきゃ、ここまでやってきた意味がないもの」

 そう――凛の言う通りだ。

 戦うならば、勝たなければ。そうでなくては、意味がないのだ。

「――皆。僕が表に戻ってからのことだけど」

 話を切り出すと、全員が黙り込む。

 この先に進むにおいて、決して避けられない命題がある。

 皆の、これからについて。それは皆にとっても、無視できないことだろう。

「中枢に接続したら、皆を随時地上に帰還させようと思う」

「は――?」

 聖杯戦争に敗北し、死の運命から逃れられないという事実。

 それを覆す手段は存在する。

 いや――そもそも、皆の死の運命は、確定付けられていない。

「どういうこと? 私たちは……」

「この事件は聖杯戦争を元にして発生したものだけど、前提として必ずしも必要だった訳じゃない」

 あくまでこの事件の発端は、メルトの生前の記憶が開封されたこと。

 その結果として発生した事件は、僕の歩んできた聖杯戦争を元に再現された。

 だが、その記録が事件の発生に必要だった訳ではない。言わば、イレギュラーに近い。

「恐らく、月が裏側を観測すれば、皆は発生源の不明なデータとして扱われる」

 聖杯戦争は既に終結している。

 ゆえにマスターなど残っている筈もない。だが、だからといって敗北者として処理するのは早計だ。

「普通なら保留とされるデータだけに、その処理の判断は僕とメルトが操作できる」

 だから――

 

「だから、そうやって、皆を自然に帰還できる並行世界に転送する」

 

 結論としては、その一点だ。

 皆が元々いた世界に限りなく近い形で、不自然のないように。

「……そんな事が?」

「可能だ。だけど、皆が皆、同じ世界に戻ることは出来ないと思う」

 自然、当たり前に存在する人として扱われるだろうが、それでも帰還した皆はイレギュラーとなる。

 一人や二人といった少人数ならまだしも、多人数を同じ世界に送ることは難しい。

 イレギュラーは多ければ多いほど、大きくなる。

 その世界を破綻させないためにも、全員が同じ世界を共有することは出来ない。

「皆が望むならで良い。けれど、これが僕に出来る、最上のお礼なんだ」

 保留とされるであろうデータ。しかし、それが発見されたのは不正な領域だ。

 すぐに復旧不可能なまでに封印されるかもしれない。或いは、削除されてしまうかもしれない。

 だから、素早く処理するにはそのくらいしか出来ない。

 全員に、願望に適した世界を用意する――そういったことは多分、間に合わないのだ。

「……なるほど。月の全てを操れるのであれば、それも可能だろう」

「生きて、帰れる……か」

 果たしてこれが良いことか。僕には判断できない。

 全ては皆の価値観に左右される。

「……時間を取るべきでは? 各々、考えを固める必要があるでしょう」

 そう切り出したのはラニだった。

「そうですね。最後の作戦の前です。長めの休養を取りましょう」

 間違いない。これが月の裏側での最後の休養になるだろうし、次の戦いが最終決戦となることだろう。

 きっと皆、考えを纏める必要があるだろう。長い休憩を取ることは正しい。

「分かりました。では、マスターは全員休んでください。今回ばっかりは、この部屋に残ることは許可できません」

 健康管理AIの観点から、桜は指示をする。

 全員の力が必要になる状況になるかは、まだ分からない。

 だがそれでも、もしかすると自衛が必要になるかもしれない。

 それをするためにも、皆にも休んでもらわなければ。

「旧校舎のセキュリティを最大まで高めておきます。BBも手を貸して」

「分かってるわ。皆さん、安心して休んでください」

「それでは、八時間程度の休憩を取りますが――サクラ、BB、何かあればすぐに召集を掛けてください」

 レオの指示に二人が頷く。それを確認したレオは、解散を掛けた。

 しっかりと休むべきというのは全員分かっているらしく、ガトーが出て行ったのを始まりに次々と部屋を出て行く。

 普段殆ど休んでいないらしいユリウスも、今日は休むべきだと判断したのか早めに部屋に戻る。

 やがて、残っているのは僕とメルト、桜、BB、カレン。そしてカズラとヴァイオレットだけになった。

「センパイ?」

「どうしました? あ、セキュリティのことなら問題ありませんよ?」

「いや、そうじゃなくて……」

 (マスター)をどうするかの方針は説明した。だが、まだ決めなければならないことがある。

「BBとアルターエゴを、全部終わった後どうするか。まだ決めていなかった」

「ッ」

 身を強張らせるBB。

 自らの処遇がどうなるか、想像してしまったのかもしれない。

 バグである存在を、正しく処理すればどうなるか。考えるまでもないだろう。

 僕は、そうするべきなのだろう。だが、

「僕としては、桜同様AIとして起用しようと思ってる。それで、良いかな?」

「――え?」

 僕は彼女たちを罰することはできない。

 結局は、メルトに委ねられるのだが――何ら否定意見が出てこない。

「で、でも……」

「最終決定はBBたち自身に任せるけど……僕は、BBたちに手伝って欲しいと思ってる」

 言いたいことは言った。休む時間は僕にも必要だし、その前にやることはまだ残っている。

 席を立ち、部屋の扉に手を掛ける。

 それから扉を開いて、部屋から出るまでに――

「――ようやく」

 声が、聞こえた。

「……」

 聞き間違える筈もない。カレンのものだ。

 その呟きの真意が掴めず振り返るも、カレンは窓から外を眺めていて表情が見えない。

 扉を閉めるまでに、結局カレンが此方を向くことはなかった。

 この事件に際して起用されたAIであるカレンも、当然表側での処遇について差別はしない。

 だが、その呟きが何か、とても不吉なように聞こえた。




積極的にフラグを立てていくスタイル。
イレギュラーデータを保留から地上転送に持っていけるかは割と審議物だと思いますが、地上に肉体もあるし無理は通ると判断しました。

次回は多分、いわゆる会話パートです。多分。

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