Fate/Meltout   作:けっぺん

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明日で二周年みたいですね。何も用意してないですけど。
本当に長い期間続けてきたんだなと思います。

で、それと関係ないんですが今更活動用ツイッター始めました。
いつもの前書きのノリで小説に関係あることないこと呟くと思います。
けっぺんのページから移動できますので、興味がありましたらどうぞ。


Nott.-2

 

 相手の支配しているものに毒を浸透させ、その脅威を払う。

 メルトが持つドレインスキルの応用であり、対処は非常に難しい。

 何せ、自身の力にメルトの毒が侵入していることを察知しなければならないからだ。

 知れたとしても、それを追い出したり消滅させたりする手段が必要であり、その行動に移行する早さも重要になってくる。

 ノートはプロテアが突破されたときに備えて、迷宮中に『女神の繰り糸(エルキドゥ)』を設置しておいたのだろう。

 だが、それを管理するのはノート一人。当然、一つ一つに意識なんて向けてはおられず、認識能力は薄くなる。

 その穴をメルトは突いた。

 驚くべきはその浸透の速さだ。迷宮ひとつに丸ごと浸透する毒など、時間がかかりすぎる。

 今のメルトではそれほどの速度の毒を使用することなどできない筈だが……

「……白羽さんが?」

『うん。通信は随時復旧していったけど、最初に繋がったのがメルトちゃんだったの』

 メルトに本来の力を戻す手段は、この月の裏側においてたった一つだけ。

『メルトウイルスについても、話は聞いてたし。結構巧く再現できたと思うんだけど』

「そうね。粗は目立ったけど、意識の向かない場所を手中に収めるくらいは簡単だったわ」

 白羽さんの決着術式『愛に触れる刹那のサロメ(ダンスオブ・セブンヴェールズ)』は、かつて見た力を術式として再現するスキル。

 それによってメルトは一時的にメルトウイルスを再取得、最上位の女神の宝具までも侵し、支配するほどの力を得たのだ。

「さて、ノート。もう一回泥を敷くかしら。私はもうid_esを持ってないわよ?」

 得意げなメルトの挑発に、ノートは冷たい視線を返す。

 だが、それだけ。その目のまま、周囲を見渡す。

 囲むようにサーヴァントが立ち、マスターたちが更にその封鎖を強固なものにする。

 これならば、宝具を出す暇すら与えまい。

 斧で迎撃することが出来ても、精々一人や二人が限界だ。

 ひっそりと用意していた切り札を封じた以上、最早これまで。決着は付いたも同然だった。

「……ここまで、かしら。せめてこれの形態を全て見せたかったのですが」

「諦めなさい。そんな厄介なモノ、もう使わせないわ」

 斧を撫でながら、ノートは呟く。

 しかし、そんな願いを許容する者など誰一人いない。

 一撃でさえ驚異的なものを、後四度なんて冗談にも程がある。

「凄いのですよ。空を翔る対空、夢を砕く対幻想、神を貫く対神。ですが使えないのであれば――仕方ない」

 至極残念そうな面持ちのまま、ノートは斧を振り上げる。

 この状況においてあまりにも大きな隙を晒したことに、誰もが動揺するが、だからといって攻撃を緩めたりはしない。

 ランサーの槍が何よりも素早く胸を貫き、二つの聖剣のうち一つ、ガウェインの剣が斧を持つ右腕を斬り飛ばす。

 続くセイバーの斬撃が肩から斜めに走る。間隔を空けずに放たれたアタランテの矢が左目を穿った。

 その連撃の外で、メルトとリップは互いに近付き、同時攻撃のために構える。

「――シグナム(SCEGNAM)

 致命傷を既に超えている筈なのに、ノートは動きを止めようとしない。

 未知の攻撃かもしれないとランサーたちが下がる。しかしその中で、ノートは新たな傷を受けた。

「な――」

 体から伸びた三本の鎖が放り投げられた斧を絡め取り、引き寄せた。

 そしてそのまま、刃を受け入れる。

 加速していく負傷に終止符を打つように。

 斧は華奢な体を両断せんばかりの重さと勢いだ。

「っ!」

 その勢いは決して衰えず、体に食い込み、メキリと乾いた音が響き渡る。

 一切の血を流さず、無骨な粉砕は不自然な皹を広げていく。

 そして、その背に届く前に、斧は消え去った。

「これは――」

 傷は依然としてそのままながら、その瞬間、ノートの力は明らかに変質した。

「降れ」

 今までのような、余裕に満ちたものとは違う、短い言葉。

 その一言でノートの体から出現した武器が降り注ぐ。

「ッ――!」

 戻ってきたメルトが、魔力の波による防壁を展開する。

 吸収してきた能力を惜しまず使う、『さよならアルブレヒト』の防御。

 今まで数多の攻撃から身を守ってきた。こと防御性能において、これより上のものなどない。

 だが、一つの懸念が安堵をさせない。

 むしろ、瞬間的に感じた危機感が、盾の展開とメルトの退避を同時に行わせる。

「なっ……ハク――!」

「づ――ぁ……ッ!」

 絶対的な波を超え、盾を容易く貫き、尚消えない勢いが感じたことのない痛みを生む。

「ハクト君!?」

「ハクトさんっ!」

 偶然に左腕を後ろに下げたことが功を奏した。

 受け流すかたちにならなければ、そのまま持っていかれていたに違いない。

 だが、それで終わりではない。

 渾身の力を込めた身体強化で武器の雨を潜り抜ける。

 目的を悟ったメルトの魔力によるブーストも相まって、逃げ場がなくなる前にどうにか逃げ延びる。

 左腕以外は掠り傷程度――だが、遂に限界を迎えたらしい体は勢いのまま崩れ落ちた。

「ハク!?」

「っ……メルト……」

 一歩進むこともままならない。

 動かすことすら難しいくらいだ。

「後は、メルトリリス……貴女だけです」

 ノートの周囲に泡のように浮き上がる泥の塊。

 それらが一斉に武器に変化する。形状は今まで通りでありながら、あれは……

「対、神……兵装」

「対幻想としての側面も持っていますよ。あらゆる防御は無意味――なので、今度こそ、ここまでです」

 あの斧の、最後の使用法――対己兵装として、自身に取り込み『女神の繰り糸(エルキドゥ)』に力を付加する。

 まさに切り札……とっておきと呼ぶに相応しいものだ。

 神性の側面を強く持つ防御スキルには相性が良すぎる。『さよならアルブレヒト』を貫けるのは、至極当然のことなのか。

「ちょっと、私たちを忘れてんじゃないわよ。ランサー!」

 此方に意識が向いているノートに、ランサーが迫る。

「ええ――忘れていませんよ」

 その刺突を、周囲に浮いた泥が受け止める。

 否、正確には、泥から出現した宝具が。

 四つの鋭利な黄金。バーサーカーの宝具の全力開放をも受け止めた盾だ。

「邪魔するならば、殺します」

「貴様――」

女神の繰り糸(エルキドゥ)

 ――動きという概念が、体から消失する。

 元々重かった体が完全に動きを止め、鎖に繋ぎ止められた。

「失策でしたね。隠れていれば良かったものを」

 例外はいない。プロテアまでもが対象となり、ノート以外の全てが停止していた。

 全員が認識できる場所に出てきた以上、誰かを取りこぼすなどする筈もない。

「逃げられるなら、勝手に逃げてください。この際、下らない執念など捨てます。センパイとメルトリリスさえこの先に向かわせなければ、それで良い」

 BBの目的を達成するため。

 ノートがその一点をただ求めているという確信はない。

 今尚、謎の存在とも言っていい彼女は何者なのか。精々立てられるのは憶測だ。

「ノート……僕は――」

 目的を言って、何になる。

 最早BBと敵対する理由などない。それをノートに告げて、納得するだろうか。

 ――するだろう。だが、それで戦いを終えるかはまた別の話なのだ。

「言葉など、もう要りません。貴方が何を思っていようと、断固としてここは通さない」

 ノートはその先を封じ、周囲の泥を変化させる。

 動くことはできない。だが、どうにかして逃げなければ……

 

「のーと。なんどいえばわかるの?」

 

「……っ」

 体に自由が戻ったのは、あまりにも唐突だった。

「……また、貴女ですか」

「このせかいをのーとにあげるつもりはないよ」

 プロテアが何かしたらしい。

 だが、ノートは驚いた様子はない。

 寧ろまるで興味がないかのように、目を向けすらしない。

「なら、それでも良い。踊り狂いなさい」

 そう、なんらノートが不利になったということはなく、未だに僕たちに不利がある。

 対幻想と対神の性能を持った無数の武器。

 全員を同時に襲いくるだろう連撃を捌き切るのは困難を窮める。

 動けるようになったとて、僕の状況は変わりない。

 歩くことすら難しい以上、あの武器一つ躱すことすら不可能だ。

「……大丈夫よ、ハク。あの程度、貴方を連れて躱しきるなんて造作もないわ」

 メルトのそれが虚勢であることはすぐに分かる。

 あれほどの武器の雨、逃れられる筈がない。メルトだけでなく、この場の面々が全滅してもまったくおかしくない程の威力と密度を持っている。

「そうですか。では、見せてもらうとしましょう。どれほど持つか――」

 今までのような笑みは見せず、ノートは手を振り上げる。

 周囲にも十分に気を配っており、どこからの不意打ちさえ成功する気配はない。

 しかし、手は振り下ろされることはなく。そして、武器の雨が降ることもなく。

 目に捉えたサーヴァントの存在に、僅かに意識を向けた。

「……セイバー?」

 目の前に立ったのは、長い銀髪の男だった。

 髪がまるで避けているかのように、不自然に開いた背中には、発光する葉のような文様が浮かんでいる。

 彼が守るべきマスター――ユリウスを見る。アタランテが近くにいれど、彼女は二人の魔術師を守れるほど防御に秀でたサーヴァントではない。

 だが、彼は微笑んでいる。己のサーヴァントがやろうとしていることを、分かっているようだった。

「……何の、つもりです?」

「いや……やっと分かった。お前もいたって、純粋だったのか」

 最も信ずる剣を輝かせながら、その刃先をノートに向ける。

「それが原動力ならば、また解せぬものが生まれるが……それは、俺が知るべきことでもあるまい」

「セイバー、貴方……」

「何も言うな。お前の主に動かされただけだ」

「……僕に?」

 セイバーは、此方を見ずに告げてくる。

「多くの迷いに立たされながらも、答えを見出し、自らを信じて歩む。それは、俺が幾らやろうとしても、出来ぬ選択だった」

 告白を続けながらも、セイバーはその手に持つ剣の力を解放していく。

 対するノートも、何もしない訳ではない。周囲に浮かぶ武器を更に増し、その隙間を通して攻撃することさえ難しいまでの数にしていく。

「己で道を選ぶ……この程度の些事が、俺には出来なかった。常人にとって何でもない、取るに足らん選択がな」

「じゃあ……もしかして」

「どうせ最後だ。ここで一つ、駒が消えても問題あるまい」

 セイバーが、誰の命令も指示も、請われることもなく、自分で選んだ道。

「……死ぬつもりですか?」

「感慨深いな。答えを持てば、戦いの下で果てる未来が見えていても――猛る」

 彼の生は、暗殺によって終わった。

 親友の妻、そして自身の妻との諍いが、彼を滅ぼした。

 何の感慨も、持たなかったのだろう。ただ、『これで自分の役目は終わった』とだけ確信して、眠りについたのだろう。

 そんな彼が――ついに、答えを得た。

 あまりにも小さな、それでいて、彼が最も望んでいた『答え』。

「――シドウ、だったか」

「ッ」

 名を呼ばれ、僅かに硬直する。

 声色まで変わることはなくとも、その雰囲気は十分に変化が見られる。

 その変わりようは、とても同じ存在とは思えなかった。

「最後の扉を開く――後は、任せるぞ」

 まだ敵であった頃、手を借りた際に告げられた言葉。

 あの時とまったく同じそれは、変わりつつも前と同じセイバーであると確信できるものだった。

「――ああ」

 だから、そう返す。

 この先に行き、全てを終わらせると。

「……分かっていて尚、まだ私の邪魔をするのですね」

「ああ。それがするべきか、せざるべきか……裁定することまでは出来んからな」

 一時ごとに輝きを増し、力の真髄を解放する聖剣を構える。

 彼はもう、これからすぐに待ち受ける運命を知っている。

 知った上で、甘んじて受け入れている。

「その選択、後悔なさい。貴方は答えには辿り着かないでしょう」

 武器が、一斉に此方を向く。

 一見それは、他のサーヴァントやマスターに対して無防備になっているように思える。

 だが、武器の密度と隙間の小ささから、ノートの対処を追いつかせずに攻撃することは出来ないだろう。

 絶望的な状況に、セイバーは少しも竦まない。

「辿り着かなくても良いさ」

 セイバーは、不敵に言う。

「――答えはもう、得ている」

「――――ッ」

 ノートが腕を振り下ろしたのを合図に、武器が射出される。

 防御の術式など意味を為さない凄まじい威力の雨を、セイバーはその聖剣で打ち払う。

「――下がれ!」

「っ」

 メルトに担がれ、大きく後退する。

 セイバーだけを狙った武器の嵐は、此方には飛んでこない。

 ただ、放った瞬間新たに生み出される武器はまさに無尽蔵で、力を解放した聖剣でも一振りで弾ける量はそう多くはない。

 完全無比の一薙ぎを潜り抜けた武器は当然、担い手に襲い掛かる。

「ガッ……!」

「セイバーッ!」

 幻想種の血によって得た圧倒的な防御力は、幻想を破る兵装を前にしては存在しないも同然だ。

 だが、一つを受けてもセイバーは怯まない。

 どころかその被弾でスイッチが入ったように、一歩前に出る。

「――」

 圧倒的な火力を持つランサーの力を借りれば。

 一瞬の隙にノートを射りえるアタランテの力を借りれば。

 id_esによって戦況を変ええるメルトやリップの力を借りれば。

 或いは、先ほどまで敵であったプロテアの力を借りれば、有利に状況を動かせるかもしれない。

 それでも誰一人、動くことはない。

 そんな助力は不要だとセイバーが言外に告げていることは、誰から見ても明らかだった。

 守るべき存在が離れ、今狙われているのは自分一人。

 逆境に挑むセイバーは、周囲を見ていない。

 ただ目の前の敵だけを見て、自らのために剣を振るっている。

 剣を膝に受け、また一歩。

 槍を胸に受け、今度は二歩。

 数歩進むごとに捌ききれなかった武器がセイバーに突き刺さる。

 だが、セイバーは止まらない。寧ろ一歩ごとにその速度は増している。

「……セイバー」

 それを補助しようとしてか、ユリウスが口を開く。

 彼が持つ刻印の最後の一画を突き出して、セイバーに最大限の信頼を込めながら。

「令呪をもって命ずる。痛覚を遮断し、ノートを倒せ!」

 最後の命令を告げる。

「――なる、ほど」

 セイバーが、納得したように声を漏らした。

 だが、その“何か”に浸ることもなく、歩調を速めて疾駆する。

 相対して体に受ける武器の量は増えていく。

 串刺しになって尚止まらないセイバー。その体に遂に、黒いノイズが走り始めた。

「これが、良かれと思う選択というもの」

 刻一刻と近付くその瞬間を一切気にすることもなく、増え続ける傷を気にすることもなく。

 身を屈め、その聖剣が最高潮に達したその瞬間、跳躍する。

「――正義、か」

 全てを使い果たさんばかりに放出した魔力で武器を最大限吹き飛ばしながら、ノートへと一直線に進んでいく。

「悪くはないな。正義の味方というのも――」

 そう呟いた直後、心臓を剣が貫く。

 勢いが殺され、しかし落ちることはなく、更なる魔力の爆発によって一気に近付く。

 後一撃、持つか持たないか。そんなギリギリな状況は――それより先には進まなかった。

「……あ」

 今の一撃を与えた剣が、最後だったのだろう。

 メルトが迷宮に仕組んであった泥を侵食し、溶かしたのは決定的だった。

 ノートを最強たらしめていた女神の泥は、完全に枯渇した。

 泥の影響か、人形のごとく無機質だった体の傷や断面からは、真っ赤な血が流れ落ちている。

 そんな自らを見て、薄く笑う。そしてノートは、腕を下ろした。

「――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

「っ――――」

 究極の聖剣は黄昏の極光を引き連れて、無抵抗となったノートにその魔力を全てぶち込んだ。

 斜めに一閃を受けたノートは、鮮血を迸らせて失墜していく。

 とさり、という軽い音と共に、最強のアルターエゴは床に落ちた。

 戦いに決着を付けたサーヴァントは、何も未練などないように急速に消えていく。

 最後に呟いた、正義の味方。それは、セイバーの望みを体言した存在なのかもしれない。

 自らの信ずる正義を選び、それだけを信じて動く。

 新たに生まれた望み。正義の味方を夢見て、大英雄は逝く。

 サーヴァントとして召喚されたネーデルランドの竜殺し、ジークフリートの――それが、最期のときだった。




割と駆け足な気もしますが、セイバーさん脱落です。お疲れ様でした。
気づいた人もいるかもしれませんが、彼の真名が出たのは初めてなんですよね。
当初から意味もなく、真名を出すのは最後だけにしようと決めていました。
そして彼のおかげで遂に決着、物語も最終局面に動いていきます。

次回は多分、八章ラストです。多分。

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