下駄履かせるの早すぎじゃね?
そして一体何話メルト不在話が続くのか。
「プロテアの……欲しい、愛」
「うん。くれるんだよね、せんぱい。ここまできてくれたんだもん」
空間だけではない。
僕の今立っている円盤そのものにも、どうやら皹が入っているらしい。
断続的に軋むような音は続いている。
恐らくそれは、プロテアの心の動きによるもの。
「……その前に落ち着いて、プロテア」
一先ず告げると、再び瞬きながら此方を見つめてくる。
音が消え、破壊も止まる。やはり……この空間は、プロテアの心の動きに反応して悲鳴を上げているのか。
プロテアの心は、余りにも大き過ぎるのだ。
この深層世界はいわば器。
当然、他者と比べればそれは途轍もなく大きいのだろうが、その器を所持しているのは他でもない、規格外のアルターエゴたるプロテアだ。
器に定量注がれる筈の心が、器が拡張するよりも早く膨張してしまった。
ゆえに、限界を超えた量を注がれた器。それが奇跡的に収まっている。
だが、あくまでも無理矢理。普通ならば溢れるなり、器が破裂するなりするのが当然なのだ。
発生している異常は、その影響か。
いつ壊れても不思議ではない。どうやら、思った以上にプロテアの深層は危険なようだ。
刺激は避けたい。出来れば、落ち着いたまま、話を続けよう。
「プロテア。この場所がどんな場所か、分かってる?」
「ここは、わたしのへや。わたしがのぞんだものが、いくらでもやってくるの」
プロテアの部屋……。
もしかして、プロテアはこの場所が心の中だと分かっていないのだろうか。
「望んだもの?」
「そう。それも、あれも、これも……わたしがのぞんだもの」
望んだもの……周りにある『愛』の成れの果ては、かつてプロテアが『望んだもの』。
しかし、興味は失せたのか。
欲しい愛ではなかった。望んだものがやってきて、しかし違ったので捨てられた。
ゴミの集積場、というにはその主は幼過ぎる。
適切に例えるならば、これはオモチャ箱、子供部屋だ。
興味の失せた愛。望んだものではなかった愛。それらが一挙に此処に集っている。
「ぜんぶ、ぜんぶちがったけど。せんぱいはほんとうにわたしがのぞんだものなの」
そして、僕もまた、その部屋に呼ばれた、という事か。
彼女にとって、これら全てが愛。
プロテア自身はそもそも、愛というものを説明できないのだろう。
これらに愛を覚えたのだとすれば、それぞれ、余りにも性質が違い過ぎている。
「プロテアが求めている愛……それを、僕があげれば良いのかな?」
「……くれるんだよね?」
少し不安げに、プロテアは問い返してくる。
震動と軋み、広がる皹は余計に速度と規模を増す。
不安という感情の変化が影響しているのだ。
どうするべきか、と苦渋の選択が頭を過ぎる。
このまま安定させれば、不安を常にプロテアに持たせていなければならない。
落ち着かせれば、この堤防が限界を迎えるかもしれない。
――考えるまでもないか。逃げることなど、どうせ出来ないのだ。
僕なりの方法で、プロテアを説き伏せればいい。
「……どんな愛か、にもよるかな。僕も、持っている
「……? あいには、そんなにしゅるいがあるの?」
「そう。『愛』って一言で言ってもたった一つじゃない。愛と呼べるものは、沢山あるんだ」
やはり、今までの衛士との対話とはまるで異なる。
プロテアは幼子だ。彼女に一から僕の知る限りの『愛』というものを、教えていく事が鍵だろう。
「これを。この沢山の愛を、プロテアはどうして集めたんだ?」
彼女を理解するための、一番の前提。
原形こそ分からないまでも、これらはプロテアの言う愛だ。
ならば、何故これだけの数をひたすらに集め続けたのか。
渇愛のアルターエゴたる性質の所以は、一体何なのか。
「……」
暫く時間を掛けて、プロテアは考える様子を見せる。
「それは、おいしそうだったから。それは、たのしそうだったから。……これは、あたたかそうだったたから」
ああ――やはり。
プロテアがこれらを集めたことに、明確な理由なんてない。
美味しそうだったから。楽しそうだったから。温かそうだったから。
曖昧な、ひどく言えば動物的な理由で愛を求めるエゴ。
求める理由が曖昧だったゆえに、これだけバラバラなかたちの『愛』を集め続けた。
違いを知らずに、『愛』と付くものを際限なく。
「これらはプロテアの欲しい愛じゃなかった。それでも求め続けるって事は、欲しい愛がある。そうだろ?」
「……ん、うん」
僅か、困惑した様子が見られる。
しかし、自分で考え、答えを出した。
何も分からない自己完結の世界ではない。
プロテアにも自我がある。意思があり、物事を考えることが出来る。
やはり――和解の糸口はある。きっと、僕の言葉を理解してくれる。
「でも、どんな愛か分かっていない」
「うん……でも、せんぱいなら」
「くれるんじゃないか……か。僕はそうしてあげたいけれど、言い切ることは出来ない」
「え……?」
先程言ったように、僕がこの場でプロテアが求める愛を提示出来るかと問われれば、断言はしきれない。
愛と定義できるものは数多い。家族愛。姉妹愛。友愛。自己愛。情愛。慈愛。
人が持てる愛から
だが、欲するものは限定される。
それが一体何なのか。見出さなければならない。
そのためには、一つ必要な事がある。未知数であった危険はより増える。しかし、承知の上だ。
「プロテア、降りてこられる?」
束縛されて、他の方面に目を向けることが出来なかった。
それゆえにプロテアは愛の種類を知らず、『愛』という概念だけを知識として持っていた。
ならば、その見識を広める。繋がれた立場を、打ち壊すことから。
「おりる……」
鎖を壊すという事は、プロテアを大きく動かすという事だ。
この空間に、凄まじい負担が掛かるだろう。それに耐えられるかどうか。
「おり……」
左足を繋いでいた鎖が、唐突に砕け散る。
その影響による震動を感じる暇もあればこそ、立て続けに右足、左手と鎖が砕け、自由となったプロテアの体が重力に任せて落下を始める。
「きゃ――」
「危ない……っ!」
限界の近付く空間。揺れに傾こうとする体を叱咤して、持ち堪える。
落下するプロテアの真下までどうにか走り、その体を受け止めた。瞬間、
「ッ――――!?」
バチ、バチ、バチ……と受け止めた腕から体中に掛けて電気が流れるような衝撃が走る。
体を構成している霊子の役割を強制的に書き換えようとする、悪性のプログラム。
しかし――それだけだった。何が起こることもなく、ただプログラムは体にこびり付くように残るだけ。
「……これは……」
解析する。これ自体が悪性というよりは……悪性を抑制するプロテクトだろうか。
数値が一定を超えると最低値へと戻るという単純なものながら、その役割を作るための工程は非常に難解で、例外など生まれないように徹底的に作ってある。
対象である数値は……年齢?
年齢が一定値になると、若返るプログラム?
設定したのはBB、もしくはアルターエゴの誰かだろう。だがそもそも、何故そんなものをプロテアに……。
「……あったかい」
「ん?」
胸元に熱を感じ、見てみるとプロテアが顔を埋めていた。
抱きとめた体を見て、今更間に合ったことを自覚する。
と同時に、長い長い髪を踏んでいない事を確認する。
小さな手は制服を握りこんで、離そうとしない。……なんとなく、メルトが見ていなくて良かったと思う。
「すごい、これが……あいなんだ」
「えっと……プロテア?」
「やっぱり、せんぱいがあいをくれた。いっしょにいてくれるだけで、こんなにあったかい……」
現在進行形で体を流れ続ける電気はプロテアから発されている。
しかし、当の本人はそんなもの気にもしない。
「プロテア、なんともないのか?」
「なにが?」
首を傾げるプロテア。その表情には一切虚飾はなく、ありのままの疑問を表している。
「そのプロテクト、かなり強力なものだけど……体に異常とか、本当に何も感じないのか?」
「いじょう……? ぜんぜんいたくないし、つらくないよ」
いや……そんな筈はない。
内部だけでなく、外部に影響を及ぼしてまで一つの効果を追求したプロテクト。
いわば見えない鎖だ。成長という当たり前の概念を封じ込める大いなる負荷。
最早これは術式というよりも呪いの類。違法のレベルの術式が遥かに易しく思えるほどの凶悪な束縛。
何もない筈がない。なんらかの形で、プロテアを縛っている。
「それよりっ、もっともっとあいをちょうだい。すっごくあったかいの、もっともっと、あったいかいの!」
やはり、プロテアは気にした様子はない。
本当に何もないのか? 気にしていないというより、そもそも気付いていないような……
「これが……プロテアの言う、愛なのか?」
「うん。ちがうの?」
そんな束縛から表出する電流が、何故僕に効力を成していないのかは分からないが、ともかくプロテアについて、考えを凝らす。
話していれば、このプロテクトによる影響もきっと判明する。
「少し、違うかな。ただ触れているだけ。それも一つの愛の形かもしれないけど……」
……僕自身も、考えるきっかけになる。
『愛』というものについての僕なりの見識。
思い返してみれば、プロテアに話すべき事柄に該当するものは見当たる。
だが、それをどう言葉にするか。どうプロテアに教えるか。簡単に答えは出てこない。
「僕は今、愛をあげようとして、プロテアを受け止めたんじゃない。僕なりの考えだけど……あげる側ともらう側、両者が自覚してこそ、愛だと思うんだ」
だからこそ、愛というのは大きな絆なのだ。
――たった一つの愛のために全てを賭して、その他を捨てた男を知っている。
想ってくれたがゆえに、想った。それが確たる愛であり、彼の生きる意味になっていた。
暗がりに身を落としても、かつての光明を希望として、愛する人に預けられた弟の影であり続けた。
人のあらゆる行いの動力源。そして、根底にあるもの。それが、愛。
「欲に正直なのは良いけれど、一方通行の愛じゃ駄目なんだ。相手を理解して、相手を想う。僕の考える愛は、そういうものだ」
ゆっくりと、床にプロテアを下ろす。
「ほら」
「――――っ」
そして、プロテアの小さな手を弱い力で握り込む。
プロテアが受け入れることで、僕なりの答えが出る。
少女から伝わる熱の面積はごく小さくなった。だが、どれだけ触れているかなど関係ない。
「……さっきより、あったかい」
「それが愛だ。僕があげられる愛。どうかな、プロテア」
驚愕と、恐らくは感動。
目を大きく開いたプロテアは、ゆっくりと僕の手に自身のもう一方の手を重ねる。
ぺたぺたと不思議そうに触れて放してを繰り返し、その顔を綻ばせた。
屈託のない、満面の笑み。
それは、今までで一番大きなプロテアの心情変化だった。
「おいしい……たのしい……あったかい……。これが、ほんとうの、あい……」
ただ愛を求めるためだけのエゴ。その性質は、『愛』の形を知らなかったがゆえに自身が望むものを探していただけ。
彼女が求める愛を見つければ、それで終わり――そう思っていた。
だが、
「そっか……これが、わたしのほしいあい」
決定的に異なっていたと気付く。
「これなら、おなかがいっぱいになる……もっと、もっとください、おなかが、くうくうなって、しかたないの」
自覚したがゆえに、欲はより深まり、それこそ満たされるまで欲してしまう。
今まで欲することに集中しすぎて気づかなかった空腹を、方向性を見出したことで感じ取ってしまった。
「プロ、テア……――――ッ!」
すぐ傍の床が割れる。
背後からその皹は走ってきていたようだ。
プロテアを受け止めるために近付いていなければ、どうなっていたか。
「せんぱいはここにきてくれた。わたしのせかいにきてくれた。これからもずっとずっと、わたしはせんぱいにあいをもらえる。そうなんだよね、せんぱい」
昂ぶる感情に崩壊が続く空間。一気に砕けないのは、壊れ始めたがために既に
しかし空間の瞬間崩壊という危険性がなくなったことと引き換えに新たな問題が懸念される。
感情が漏れることによる影響。そして何より、目の前で発生している異常。
「うれしい……のーとにも、ろーずにも、だれにもわたさない。せんぱいは、わたしにだけ、あいをくれればいいの……!」
最早手を介するまでもなく、体中から電気は発されている。
目を細め、視界を狭めないと何も見えなくなるほどに光も強くなる。
呪いの勢いが強くなるという事は、プロテクトの存在意義が強まっている事も同義。
小刻みな振動。明らかな異常が発生しているプロテアへと、電気が逆流する。
高揚による暴走――それを呪いが抑え込もうとしているのだ。
「――プロテアッ!」
特化し過ぎた渇愛の性質。
付加された幼化の呪い。
抑制できない心。
それらが一つになったのが、キングプロテアというアルターエゴ。
「あい……もっと、もっと……っ!」
否が応にも、感じ取った。理解すべき世界を。
プロテクトの中で誰にも知られずに育った、独自で特異な感情。
目に見えて、空間は狭くなっている。
残る時間は少ない。やるべき事を、早くやらなければ――
ハクの最強伝説
・呪い無効化←New!
ていうか恥ずいわ。何言ってんのこの主人公。
呪いの電気に触れると強制的に若返ります。ただしハクには効きません。
まあ、呪いが効かない理由は後々語られます。
次回は多分、ハク無双が加速します。多分。
なんかこの予告良いですね。